第21話 人としての行い
妖精──?
背の低い草木に囲まれる場所に倒れた少女。
小さな体に、背から生えた羽根はお伽噺に出てくる妖精そのものだった。
しかし、この世界から妖精は消えたはず。
最後に妖精が見かけられたのは、リシュが人間だった頃から数えて20年ほど昔のはずだ。
故に目の前で横たわっている小さな少女が妖精のはずは──ここまで考たところで、リシュは少女へと駆けよった。横たわる少女の姿にしばらく驚いていたリシュであったが、それどころではないことに気付いたからだ。
一対の羽根。その片方が途中で千切れ、魔力が傷口から流出している。
仮に少女が妖精であれば魔力の流出は死に繋がる。
リシュが人であった頃に読んだ本によれば妖精とは、魔法生命体であり魔力を一定以上に失えば己の存在を維持できなくなる。そう書かれていた。
幸い、今でこそダンジョン・マスターであるが、かつては治癒魔導士だった。
彼は人とは別の存在となってしまった現状で治癒魔法が使えるか不安を覚えながらも、記憶を頼りに少女の治療を始めた。しばらくすると、少女の千切れた羽根が、元の姿であったであろう蝶の羽根へと治ったのを見て安堵する。
どうやら、人間をやめても治癒魔法を扱う能力は残っていたみたいだ──。
先程まで思い詰めていた気持ちも、少女を治療することに集中したおかげで紛らわすことができたようだ。このとき、ようやく自分の口から洩れる息が白くなっていることに気付いた。
夜を迎えた森を歩いたせいで、思いのほか体が冷えていたようだ。
リシュは寒さをしのぐために障壁──魔力で作った膜で全身に覆うと、先程まで冷たく肌を刺すかのようだった外気が、肌に届かなくなったのを感じ寒さをしのげた。
だが、少女が纏っている布は寒さを防げるような全身を覆う物ではない。
このまま眠り続ければ、少女は凍えかねないと考えたリシュは、布を持っていないか考えるもハンカチ一枚持っていないことを思い出す。
少女の手の平に納まるであろう小さな体。
種族そのものが違うとはいえ、異性の体に触れるのは戸惑う。
だが凍えさせるわけにはいかないので、少女を手で包むなどして温めようとして手を伸ばしたところで──少女が目を覚ました。
「……人間!」
最初は状況が理解できなかったようだが、リシュを見た少女は敵意を持った目で彼を睨む。
このとき、すでに少女が障壁を張っているのにリシュは気付いた。
彼女が張ったのは、寒さを十分に防げるであろう強度の障壁。
凍えることはないだろう。そう判断してリシュはその場を去ることにした。
最期に人間の真似事ができた。そんな想いに抱きながら──。




