閑話 スウィートブレイクタイム
「クリス様、そろそろお茶にしませんか?」
クリスが錬金術商店に通うようになって一週間が経った。その間、クリスは熱心に地下の書庫で朝から晩まで文献を読み漁り続けていた。
エリヴィーラはあまり客が来ないとは言え、店番もあるので度々席を外していたが、クリスはずっと地下の書庫に籠りっぱなしである。さすがに身体に悪いのではないかと、気遣いの得意ではないエリヴィーラでさえ思ったのだ。
「ああ、そこに置いてくれ」
クリスは熱心に本を読んでいて、書庫を訪れたエリヴィーラの方を見ようとさえしない。彼の視線はずっと文字を追っていた。
「クリス様、あまり根を詰めると身体に良くないですよ」
淡々とした口調で、大して心配している素振りもなく、エリヴィーラは言う。ゆるりとした動きでクリスは本から顔を上げた。その顔には疲労の色が見えた。
「……意外だな。お前はそーゆうの気にしない性質だと思ってた」
「それは当たってますね」
エリヴィーラは徹夜で錬金術に没頭することがあり、友人であるジェシカから何度怒られたかわからない。エリヴィーラが徹夜していると、彼女はどこからかその情報を聞きつけて、青空亭の差し入れを持って来てくれるので、今のところ大事には至っていない。
「友達がケーキを差し入れしてくれたんですよ」
「……更に意外だな。お前に友達がいたなんて」
「多くはないですけど、私だって友達ぐらいいますよ」
さっきからこの人はエリヴィーラのことを何だと思っているのだろう。友達もおらず、研究室にこもって、錬金術の研究ばかりしているように見えるのだろうか。あながち間違いでもないが、心底意外そうな顔をされると、さすがにエリヴィーラも面白くない。
『いらないならいいんですよ』と言おうとしたところで、クリスは読んでいた本を閉じた。そして、彼は器用にもドレス姿で胡坐をかいていたが、きびきびとした動きで立ち上がる。
「じゃあ、せっかくだしお茶にするか。俺、昨日飲んだお茶が良い」
「グレールの茶葉ですね。いいですよ。まだ茶葉はありますから。他にも貰い物のお菓子があるのでよかったら」
「おー」
気のなさそうな返事だったが、クリスの目が爛々と輝いていたのを、エリヴィーラは見逃さなかった。疲れた顔をしているが、最初に声をかけた時より浮足立っているようにも見える。
(もしかして、甘いもの好きなのかな?)
男性で甘いものが好きとは珍しい。しかし、そんな気のない素振りを見せなくてもいいと思うのだが。
大体、無駄に完璧な女装姿のおかげで、表面上はただの甘いもの好き女子にしか見えないので、大した違和感もない。
「クリス様、甘いもの好きなんですか?」
「え? まあ……嫌いではないな。それがどうしたんだ?」
「──いえ、別に」
やはりクリスは甘いものが好きなようだと確信を強めながら、エリヴィーラは淡々と返す。
「……何だよ、言いたいことがあるなら言えよ」
「私も甘いもの好きですよ」
「……意外だな。お前は絶対甘いもの好きなタイプじゃないだろう」
「人を見た目で判断するのはどうかと思いますね」
じろっと半眼で睨むようにしてエリヴィーラはクリスを見やる。それ以上何か失礼なことを言うようなら怒るという意思表示だったが、クリスはそれを正しく汲んだようだった。
彼は肩を竦めてそれきり黙る。
「私は、男の人が甘いもの好きでも良いと思いますよ」
「…………俺は甘いもの好きだなんて言ってないぞ」
クリスは唸るような調子で、憮然とした面持ちで尚もそう言い募った。思春期の少年が拗ねたような表情を浮かべていたので、エリヴィーラはそれを少し好ましく思った。
いつもの高慢な美少女を演じるよりも、そちらの方がクリスらしいと思ったのだ。まだ、知り合って一週間しか経っていないというのに、不思議なことだ。
「……そうですね。失礼しました」
「全くだ。俺は別に甘いものが食べたいんじゃなくて、お茶が飲みたいんだ。早くお茶淹れてくれよ、エリヴィーラ」
クリスはふんと鼻を鳴らしてそう念押ししてから、エリヴィーラを追い越してさっさと一階へと向かう。
「……わかりましたよ」
エリヴィーラは小さくため息をつき、先を行くクリスの後を追った。その顔にはエリヴィーラにしては珍しく、微笑が浮かんでいた。