プロローグ
少年の記憶にあるその花は、美しい紫色の花をつけていた。
まるで司祭がつけているフードのような形をしていて、香りも良いものだった。小さい頃からベッドに敷き詰められていたので、見覚えはあった。
その花を少年に見せびらかすと、浅黒い肌をしたひげ面の男は少年の手にそれを渡した。少年が連れて来られた組織の首長だった。
『それを食べろ』
幼い少年の記憶では花というものは食べるものではなく、愛でるものだった。
ベッドに敷き詰めているのも、おぼろげに覚えている母がそうしていたように、花の香りを楽しむものだと思っていた。
困惑したように花を眺める少年を、男は容赦なく殴った。あまりの痛さに少年は呆然としたように、自分を殴った男を見上げた。
男は少年に花を渡した時と同じようにどんな表情も浮かべていなかった。せめて怒っていれば少年も理解できたが、男の無表情さを気味悪く感じた。
『食べろ』
再度繰り返される言葉に、少年は殴られるのが嫌で、その花を口にした。青臭くてまずかったが、無理やり飲み込んだ。
男は少年がそれを食べるのを見ると、ようやく満足そうな顔をした。
少年が殴られずにいることにほっとしていると、強烈な嘔吐感が彼を襲った。花を口にしてから数十秒程度しか経っていないが、少年はあの花が原因だとすぐに分かった。
あれは食べてはいけない花だったのだ。
思わず嘔吐するが、男は全く心配する素振りもなかった。それが当たり前のように咳込む少年の様子を眺めていた。
『た、たすけ……』
苦しみ助けを求める少年の手を男は振り払い、少年を閉じ込めた部屋から出て行った。
少年は部屋で涙を流しながら嘔吐を繰り返し、荒い呼吸を繰り返した。
──ああ、これはきっと自分は死ぬ。
そう思った。
どうせ死ぬなら早く死んでしまいたい。こんな苦しみを味わって死にたくない。
そう思ったが、少年はその日は生き残ってしまった。
そして、それが憎らしいほどに美しく、残酷な紫色の花との始まりだった。