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エピローグ~中の人がヒロインになりました~

本日2回目の投稿です。今回で本編が最終話になります。

ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。




 私が再び目を覚ました時は、戦後の事後処理も大体終わっていて、

アデル様の屋敷の自室のベッドの中だった。


 聞く所によると私は、あの後に反動で一週間も眠り続けてしまい、

酷くみんなを心配させてしまったそうだ。



(でもこれで……私の目的も達成できたってことだよね?)


 ユリアの救出とアデル様のバッドエンドへの回避、アンやリオさんのことも含め、

数々の問題を一気にクリアーできた私は、結果オーライで今も浮かれていたりする。



(道のりは大変だったけれど、良かった本当に……)


 そして私はいつも通りの日々に戻りつつあった。

窓の外の空を見上げて微笑む。季節はもうすぐあたたかい春を迎える。

そう、私がこの世界に来て1年になろうとしていた。

思い返せば、あっという間の出来事だったよね。


 新しい“私”になってからというもの、

些細なことでも、なんだか新鮮な出来事に感じていて、

でもこれまでの経験が活かされていたから、気づけばすっかり馴染んでいる。

初めてユリアになった時よりも、体がより実感のわくものになっていた。


 本当の意味で私は、この世界の住人になったのだろう。



「ほらほらユリア、手が止まってるわよ」


「はいはい、すみませんリーディナ」


 言われるままに、私は手にしていた人参の皮を剥く。


 あれから……他のみんなは、事態の収束を確認した後、

私達の後を追うように王都へ戻ってきたという。


 その際に水晶に閉じ込められていた人達も解放されたのと、

リオさんも目を覚ましたので、共に保護という名目で連れ帰ってきたらしい。


 魔王とするべく呪術の核の部分として囚われていた彼は、私達の力で浄化されたものの、

これまでの反動でかなり弱り切っており、未だ寝込む状態が続いている。


 龍体を維持することもできず、なんとか人型で過ごしているものの、

ローザンレイツの気候が体に合うのか、経過は順調らしく、

元々が蒼黒龍な為に、回復は人より早いだろうとのことだが……。



「そういえばリオさん……だったかしら? 今はユリア達の所に居るのよね」


 棚から調味料を取り出して計量しているローディナがそう私に問いかけてきたので、

こくりと頷いて見せる。


 そう、実はリオさん……現在はアデル様のお屋敷で面倒を見ています。


「ええ、まだ動き回るのは難しいですが、意識ははっきりしていますし、

 アデル様と普通にお話しすることも出来るようで、安心しました」



 アデル様の身内として保護された彼は、弟のリイ王子様が後見人となる事が決まり、

現在はこのローザンレイツで表向きは人間として暮らしていたりする。



『世話を……かけたねアデル』


『体調はどうだ』


『まだ手足がしびれるけど、何とか大丈夫だよ』



 目が覚めてからのリオさんは、憑き物が取れたという表現がぴったりで、

これまでの言動が嘘のように穏やかなものに変わっていました。



(ふふ……それにしても元魔王様なメインヒーローお二人が、

 こうして同じ屋根の下に居るなんて不思議)



 国を脅かしたリオさんの立場は、アンより複雑ではある。

保護したものの、当初は散々処遇にもめたのは言うまでもない。


 アンを操り、城の敷地へ手引きさせて王子様達を襲った件もあるし、

魔王のベースとして利用された件もあるだから。


(アンはリイ王子様が取り計ってくれて、保護観察付きで恩赦がもらえたけれども)


 不穏な種は……と事情を知る上層部の方で処刑の話も出たし、

どこかに隔離して、一生監視するという事も考えられたそうだが、

彼もまた被害者であり自然と密接な関係を持つ蒼黒龍だと言う事と、脅威が去った事、

人型となった彼が髪と瞳の色は違うものの、ルディ王子様に面差しが似ている為、

悪用されないために、傍に置いておいた方が良いと言う判断が下ったのだ。



 何より、アデル様が彼を助けてほしいと、頭を下げた事も大きな理由でもある。


 今回の魔王復活の阻止に一番貢献したのは、他でもないアデル様です。

アデル様は褒美の代わりにリオさんの釈放を望んだため、リオさんは恩赦を与えられ、

処刑を免れたとのこと。勿論、アデル様達の監視の上ではあるけれども。


(それにしても、アデル様変わったよね)


 あの野生育ちのアデル様が他の龍、それも親友とはいえ雄である彼を、

自分の縄張りに迎えるなんて相当の判断だと思う(ラミスさんでさえ招かなかったのに)

人間として暮らす事を決めた以上、色々と折り合いをつけることを決めたのでしょうか。



『リオ、言っておくが俺のユリアには手を出すなよ。彼女は俺の花嫁だ』


……折り合いをつけたけれども、一つ屋根の下で生活するために、

アデル様はリオさんに、きちっと牽制する事を忘れなかったのは言うまでもないですが。


 ルディ王子様は、彼を自分の所で面倒を見ようと言ってくれたけれど、

リオさんのこれまでを思うと、親友のアデル様の傍で過ごす方が安心だろうとのこと。

ずっと人間に対して不信感を持ってしまいましたから、アデル様と共に過ごせば、

認識も変わるんじゃないか、とのことでした。



 この国で最強と言われてきた、蒼黒騎士団長のアデル様、

そして行方不明とされていた討伐隊が無事に帰還した出来事は、

不安がらせていた民を勇気づけ、王都は帰還を喜ぶ国民たちで未だにお祝いムード。

増えていた魔物の数も徐々に減りつつあるようです。


 ……が、国にとっての本当の脅威はまだ去っていなかった。

そう、アデル様の存在だ。


 陰でローザンレイツ国王が、アデル様の不在をいいことにやらかした暴挙、

花嫁となる私を平和のための人柱に再度利用しようとした話は、

アデル様の耳に入ることになったのだ。



『……俺の居ない間に、俺の花嫁にずいぶんとなめた真似をしてくれたものだな』



 アデル様は知り合いの精霊さん達の告げ口で事態を知らされた途端、

瞳を金色に輝かし、怒り心頭で陛下の居る執務室に乱入、

傍に控えていた護衛と重臣達をその場で軽々放り投げた後、

青ざめたまま、部屋の隅で固まっている陛下の頭を掴んで持ち上げ、

奥歯がたがたさせるぞオラ、みたいな事をしたらしい。


 それも……ぬいぐるみの姿で、ですよ。ええ、あの可愛らしいお姿で、です。


 そう、本体のアデル様が私につきっきりの間、

分身のぬいぐるみアデル様の方は、そんな事をやっていたわけです。

得体のしれない動くぬいぐるみに襲われるのは、さぞかし怖かったんじゃないかと。


 リオさんの件では、あんなにしおらしかったのに……とは言うまい。


 でもそんなことしたら不敬罪で捕まるんじゃ? 


 ……と後でその話をおじサマーズから聞いて慌てた私に対し、

ルディ王子様は『心配ないよ』と首を振っていた。


 そもそも龍族の長、しかも始祖としての先祖がえりまでしてみせたアデル様にとって、

黄金龍にまでなった彼は、龍族でも最上位にあたる神龍になる。


 で、聞いたところによると当時あの現場にいて、

黄金龍の放つ光を浴びた龍族の皆さん達は、

それぞれ何かしらの恩恵を受けていた事が判明した。


 ラミスさん達紅炎龍は、魔法耐性能力が付加されたのはもちろん魔力も強化。


 白龍の末裔であるルディ王子様と弟のリイ王子様の場合は、

それぞれ龍の逆鱗ができ、失われていた力が強化されていたとのこと。


 そのお蔭で中途半端な人型しか取れなかったルディ王子様は、

完全な人型を取れるようになり、人前で手袋を外すこともできて、龍体にもなれ、

全く鱗がなかった弟のリイ王子様も、兄と同様にその恩恵を頂けたことで、

ルディ王子様と同等の能力を得ることが出来たそうだ。


 だからリイ王子様は……そのせいで変なスイッチがまた入ってしまいましたよ。



『アデルバード様、このご恩は忘れません!!』


 リイ王子様、今やアデル様も私を見るような目で見ておりますよ。


 で、話を戻しまして、そんな恩恵すら貰えなかった陛下の場合は、

龍の血も能力も低いままなので格下の存在、龍としては半人前以下。


 その為、ルディ王子様達が白龍としての力を完全に取り戻したことにより、

今は息子である王子様達の方が、白龍の中では格上になるらしいのだ。

もちろんこれは内緒の話。



『父上はもう、私やリイには太刀打ちできないよ。

 本気になれば私達の方が強いからね』



 龍の加護を受けて繁栄した国だけに、龍の怒りを買うことはできない。

龍の長なら猶更なおさらだ。それを思い出させられる事態となった訳である。


 さらに強い龍は本気になれば、格下の龍を従わせられる能力がある。

それがカリスマというやつだ。


 その頂点がアデル様だけれども、白龍の中では息子であるルディ王子様達の方が上、

だから陛下を従わせるのは簡単だとのこと。


 だからルディ王子様が、父である陛下は任せてくれとアデル様に言って、

友のよしみでとなんとか怒りを鎮めてくれたので、大事にはならずに済んだものの……。

アデル様は念のため、陛下の瞳に服従の刻印を刻み、

二度と刃向えないようにしたとかなんとか。


 その後、ルディ王子様、リイ王子様を従えて目撃者の記憶を消すという、

隠蔽工作ということもしていたらしいですよ。



(あれ、アデル様……魔王様の片鱗が見え隠れしている気がするのは気のせいかな?)


 陰でこの国を牛耳っている気がするのは、私の思い過ごしだろうか……。うん。



「みい、ユリア、ナニデキルノ?」


「ええ、ちょっと待っていてくださいね。おすそわけを後であげますから」


「みい? ホント? ワカッタ~」


「はい、おりこうさんにはビスケットですよ~」


「み? ワーイ、ユリアダイスキ~」


 ティアルは窓の外から邪魔しないようにと、ちょこんと座って大人しくしていた。

本日、私達は仲良く出かけているが、そこに珍しくリファは私達に同行していない。



 実はリファ……なんと妊娠していたんですよね。



 私が知る限り、リファは常に私にべったりだったし、

森に出かけている時にも、リファの仲間には会ったことがないのに。


 こ、これは急いでリファの旦那様を探して、

「お子さん生まれますよ」って教えてあげなくてはいけないんじゃないか?

親権問題はどうなるのか、生まれたら私もちょっとだけ抱っこさせてもらえるかしら、

なんて、混乱の余りに余計な心配までしていた私の頭をなでるアデル様が居て。



『リファは狼じゃないからな、天白狼てんはくろうには性別はなく個体で子が産める。

 その代わり、生涯で産める奇跡は1回のみという話だったが……』


『えっ、リ、リファはママンだけじゃなくて、パパンでもあったのですか!?』


『クウン?』


 なんてことだ知らなかった……リファは本当にすごいんですね。

でも1回? あれ、リファって確か前に子供を失っていたよね……。

つまり、本当ならもう産めない筈だよね? なんて思っていたら、

脳裏にあのリファの子ども達の顔が思い浮かんだ。


 一度は空に召されたはずの魂、

それがあの空間で金の髪のユリアの傍にいたのは……。



(――……もしかして)


 リファはずっと亡くなった子供たちに会えることを望んでいた。

きっとあの子達も、また会いたいと望んでいたんじゃないかな?

だから、ずっとあの空間に……ユリアと同じように魂の状態で居たのではないか。



(もう一度、リファの子どもとして……生まれてくるために)


 白き獣は神様の使い……その言葉が思い浮かぶ。


 あの子たちは神様の傍でお手伝いをして、私を助けてくれた。

つまり、今回あの子達も出来る限りの働きをしたことで、

こうして生まれ変わることを許されたんじゃないか。



『リファ……あの子たちがまた会いに来てくれたんだよ。良かったね』


『クウン……?』


『これから生まれてくるこの子達は、きっとあの子達の生まれ変わりだよ』



 リファは私の言葉を理解したのか、一瞬はっとした様子で目を見開き、

じっと自分の体を見下ろした後、お腹を愛おしそうに舐めて毛づくろいしていた。

私は良かったと一緒になってリファのお腹に手を添え、

またあの子たちに会えることを、楽しみだねとリファに笑いかけて……。



「屋敷の中も、これからどんどん賑やかになりそう」


 そんなやり取りがあり、リファは今とても大事な身なので、

余り刺激しないよう、屋敷でお留守番ということになったのです。


 リファに起きた奇跡も、アデル様の起こしたものなのかなと思うけれども、

私はあの子たちも、陰で立派に貢献してくれたんだと密かに思っています。




(さてと……)


 さてあれだけの奇跡を起こした肝心のアデル様なんですが、

あれから伝え聞いた話によると、アデル様は元の蒼黒色に戻り、

その後、人型になると憎しみの証として現れていた顔の痣も消え、

それと同時に失っていた属性も戻っていたらしい。


(アデル様は憎しみの連鎖を自分で断ち切って、あの時に一緒に浄化されたのかな)


 しかし色が元に戻った事でアデル様はなぜか落ち込んでいた。

あの金色のまま人型になれば、私とお揃いの金色の髪になっていたかもしれないと、

ちょっと、いえかなり期待していたらしいですよ。


 だから『アデル様は今の髪色の方が似合っていると思いますよ』と私が伝えると、

アデル様はようやく機嫌を直してくれましたが。


 内心、これ以上キラキラされたら、その……。

私の心臓が持たない、なんて思っていたりする。


 アデル様の愛情表現は相変わらず、とっても一途な種族ですから。

ただそのせいで、他の人達の目の前でもラブシーンをやりたがるのですがね?



(はっ、いかんいかん。これ以上は考えたら卒倒する)



 ちなみに、あの時の騒ぎで現場に後から遭遇した一部の冒険者たちによって、

蒼黒龍が黄金龍に変わる姿を目撃してしまったらしく、

彼ら冒険者の人達の口からギルドや街中で話が広がり、

瞬く間に王都の人間たちに、蒼黒龍の隠された秘密が知られることになった。


 当然ながらその話は、天地がひっくり返るほどの大騒ぎとなっている。

今や蒼黒龍は愛される人気者だ。ぬいぐるみは生産が追い付かないほどらしいし。


 リイ王子様はこれを好機とし、黒き獣の迫害にも似た扱いを改めようと立ち上がり、

教会にて新たに黒き獣の見解を書き記すことにした。


 そして兄のルディ王子様は、蒼黒龍だけでなく、

他の龍族にも価値があるとして龍族を狩る事を全面的に禁止し、

必要ならば保護する条例を作るそうだ。


 そんなこんなで色々な方面で、黄金龍の出現は影響を与えているんです。




「そういえば今日、アンは一緒に来なかったのね」



 ローディナの言葉に私はこくりと頷く。



「うん、誘ったんだけどリオさんの傍にいてあげたいって」


「お? ということは……いよいよ進展あり?」


 リーディナ、目がキラキラしているよ。



「うーん、リオさんもどうやらアンの好意には気づいているみたいだけど」



 女主人公アンはというと、リオさんをうちで保護してからというもの、

ずっとリオさんに会いに来て世話を焼いていたものだから、

この際だから、住み込みで面倒見たらどうかと持ちかけて、今や屋敷の大事な戦力だ。

勿論、戦う方じゃなくて、お屋敷の家事とかの方ね。

そう、彼女はメイド仲間になったのです。



「アンは生計を立てる為に冒険者をやっていたみたいだけど、やっぱり女の子だし、

 いつまでも一人でそんな不安定で危ない仕事をさせていたら心配だったから」


 うちのお屋敷なら、身分とか育ちとか関係ないから、気兼ねなく暮らせる。

屋敷に来るまでは、余り食事も摂れない日も多かったため、顔色が悪かった所があるが、

今は私達と一緒に栄養のある食事を摂り、規則正しく生活することができて、

気持ち的にも余裕ができているようだ。


 初々しくも距離を縮めようとしているアンの邪魔はしたくない。

そんな訳で生のロマンスに飢えているメイドの後輩のユーディ達と一緒に、

じっと野次馬根性を抑えつつ、二人の進展を生暖かく見守っているのである。



(うまくいくといいな、困った時にはしっかりサポートするからねアン)



 さて、実はここで関係者以外、公にはできない話題がある。


 アデル様達の故郷と主人公ズについてだ。

そう、そこでも2つの奇跡が起こっていた。


 まず1つ目、リオさんが取り込んだ筈の蒼黒龍の同胞達なのだが、

リオさんの理性がまだ奇跡的に残っていたせいか、

彼らは完全に取り込むことまではされておらず、

むしろリオさんが、みんなの魂を寸前の所で守っていたことが後になって分かった。


 それにより、龍本来が持つ再生能力、

それも黄金龍クラスの驚異的な力と、私の浄化と具現化能力の相乗効果で、

同胞の蒼黒龍たちがリオさんの中から影と共に分断した際に、

救出される結果となっていたそうだ。


 その中には先立ったはずの討伐隊の皆さんや、アデル様の家族も居たらしく、

そうして討伐隊は生還、蒼黒龍はいくつもの偶然が重なり、絶滅を免れていたらしい。

もちろん、これだけの長い期間、魂だけでも無事であったのは本当に奇跡だと思う。

それだけリオさんの精神力もけた違いに強かったということだろうけど、

流石はもう一人のメインヒーローだ。ただでは起きない性格なのだろう。



(ただ、アデル様の同胞からしたら、人間への印象はまだ悪いよね)


 あれからアデル様は同胞が戻ってきたものの、故郷へは帰らず王都に居てくれる。

私を花嫁と望んでいることもあり、色々と確執は残っているけれども、

時間をかけて解決していこうと、そう思っているようです。



「それにしても今日はよくお許しが出たわね。

 あれからずっとお屋敷の外は厳禁だったでしょ?」



 リーディナは手に持っていた野菜を包丁でダンダンと豪快に切っていく。

そう、今日は私にとって久しぶりの外出、やっとお出かけが解禁となった日だ。

今日は二人に誘われて、私は王都にある料理教室へ来ていたんですが。



「いえ、今日の私はなんというか……付き添いで」


「「え?」」



 私が使う鍋を洗おうと手を伸ばせば、その手を大きな手が包み込んだ。



「ユリア、水に触れると体を冷やすからだめだ。それは俺がやろう」


「あ、はいありがとうございますアデル様」



 そう……今日の料理教室に、なんとアデル様が生徒として参加していたのです。

それも私の付添ではなく、アデル様の付添が私なのだ。

これはアデル様が「行きたい」と言い出したのがきっかけなんですよ。


 この女性陣の中に唯一の男性……それも背が高い上に、かの有名なイケメン騎士団長。

当然ながらそこかしこで動揺の声だったり、きゃあきゃあと騒ぐ声が聞こえてくる。

一見すると、アデル様のハーレム状態になっているのではないだろうか、この部屋。

黒いシンプルなエプロンに身を包んだラフな姿のアデル様、かなりレアな光景です。



「あのアデルバード様が料理を習いたいなんて……可愛いことを仰るのね」



 ローディナはくすくす笑いながら愛の力よね。なんて言っているが。



「というか、仕事はいいんですか? 仕事は、騎士団長ってお仕事忙しいでしょう?」



 リーディナがアデル様に言うと、彼は真剣な顔でこういってのける。



「ユリアに温かいスープを作ってやれるようになりたいんだ……。

 自分で作ったものをユリアに給餌する。それ以外に今優先する事項はない」


「言ってのけたわね」


「はあ……いつもながら、ごちそうさまです」



 アデル様はあれから更に過保護になった気がする。

だから私を労わる為、せめて体に優しいスープだけでも作ってやりたかったのだと。



『そうだ。この際、俺は家庭的な雄になるべく修行しよう』


 そして悩みに悩んだ末、彼はここに居る。


 でもやはり彼は部下を統括する立場である為、長期休みを取るのには難儀した。

なので、なんならこれを置いていくと、ぬいぐるみのアデル様を騎士団に置いていき、

無理やり休みを勝ち取ったのだという。


 でもね? その際に分身にしたアデル様が本体のアデル様と喧嘩したんですよ。



『ナゼ、オマエガ、ユリアトイルンダ!!』


『お前は俺がリオと戦闘している間、ユリアとずっと一緒に居ただろうっ!!』



 キシャ―!!


 ザシュッ! ザシュッ!!



『ちょっ!? 自分同士で喧嘩しないでください!!』



 ……と、まあ、分身にしても花嫁を溺愛する気持ちはダダ漏れだった為、

私を巡って自分同士で喧嘩を始めてしまったんですね。なんて厄介な。

結局私があみだくじで決めようと提案し、今回はぬいぐるみのアデル様が、

しくしくと騎士団長のお仕事をすることになりましたが。



(あれで仕事できるのかな……後であっちのご機嫌も取らないと)



 あみだで決まった途端、自分に大ダメージ起こしていたぬいぐるみのアデル様。

口からぼわんと煙を吐いていたから心配だ。


 そして、みごと休暇を勝ち取った本体のアデル様は、

こうして私と一緒にのんきに料理をしている。



「でもいいのでしょうか……今をときめく騎士団長様にこんなことをさせて。

 私、鬼嫁って言われたりしませんかね?」


「うん? オニヨメ? むしろ愛妻家って思われるんじゃない?」


「花嫁修業ならぬ、花婿修行なんて感心よね」



 リーディナ達の言葉に顔がぼっと火照る。


「でっ、でも最初は反対もしたんですよ。

 アデル様は大事なお仕事があるから、そちらに専念してほしいし。

 その……アデル様が私と同じエプロンがいいって言ったりもしていたから」


「「ふりふりの……?」」


 私の身に着けているのはいつものメイド用のエプロン。

騎士団長がそのふりふりのエプロンを着けたがる姿を想像して、

全力で阻止した貴方は偉いと、二人に肩をがしりと掴まれた。


 うん、やっぱり二人もそう思うよね……。

いくらお揃いでも、止めた方がいいと思うのよ。

絵面としてはレアかもしれないけど、周りの女性陣が衝撃で倒れる気がするし。



 そうそう忘れていた……あともう一つの奇跡だが、同じように恩恵を受けたのは、

もう一人の男主人公、そう、ディータさんの方。


 彼もあの時のどさくさによって巻き込まれたらしく、

アンの体から飛び出てきて、彼女なしでも実体を保てるようになった。


 リイ王子様いわく、蒼黒龍のみなさんやディータさんのような状態を、

「受肉」というものらしい。


 肉体を得て、再び生を取り戻した状態のことを言うそうだ。


 最初から、居ない人前提であった彼まで現れた事で、

アンも他の人も混乱して絶叫する程驚き、現場は一時パニックとなった。

そんな状態だったので、事態を理解できないみんなは彼を警戒したらしいが、

ディータさんは仕方なく自分の身の上を告白し、

妹である彼女に兄だと伝えたそうだ。



『うそ……じゃあ、私のお兄さんなんですか?』


『うん、君と一緒に生まれる事はできなかったけどね』


 アンは戸惑いはしていたが、思い当たる節がいろいろあったのだろう、

記憶がない間に助けられていたことに気づくと、彼をすぐに受け入れた。


 でも、ディータさんは両親にはこの件は伏せておいてほしいとアンに頼んでいた。

今更大きな息子が現れたら驚かせ、困らせてしまうことを気にしていた彼は、

自由の身になったことで冒険者として旅をすると言いだし、先日王都を出て行った。

自分の足で、意思でこの世界を見てみたいという彼の願いがそこにあったのだ。


 アンの為にも一緒にお屋敷に来てはという話もしたけれど、

彼の願いを聞いて、それ以上は引きとめられなかった。



「そういえばディータさんがアンに旅先から手紙を送ってくれるって、

 約束をしてくれたそうです。アンはずっと故郷の家族とは疎遠になっていたし、

 とても嬉しそうでした」


「ああ、あのお兄さん?」


「ええ、アンはお兄さんが出来たと喜んでいて、

 一緒に暮らしたがっているんですけどね。

 やっぱりディータさんの方は、どう接したらいいか分からないみたいで」



 ずっと妹さんのプライベートな部分をのぞき見している状態でしたし、

アンはお兄さんである彼を両親に話したがっているのですが、

故郷の気質から見ても、きっと混乱を招くからと、ディータさんは頑なに断っています。

親子関係を築けるほどの時間を過ごしていないため、親子の情は元々希薄。

ただ唯一の妹だけは、命を助けられたり傍にいたため、違うらしいけれども……。



「複雑な事情だし、余り私が介入してはどうかと思うので、見守っていますが」



 彼女がアデル様の屋敷でお世話になる事が決まったこともあり、

『妹を頼むね』と言って私達に託した後、王都から去り、旅に出てしまいましたが、

きっと王都に立ち寄った際には屋敷に立ち寄ってくれると私は思っている。



(また、会えるといいな、そうしたら大事なお客様としておもてなししよう)



 ニコニコとそんな事を考えていたら、両脇に手を添えられ軽く持ち上げられた。



「ひあっ!?」


「ユリア、スープが出来たぞ。試食をしてもらえるか?」



 そう言うなり傍の椅子に腰かけたアデル様は、

自分の膝の上に私を横抱きに座らせた。



「へ? あの……」


「直に座ったらユリアが体を冷やすだろう?」



 さあ、とアデル様は湯気の立つスープ皿から木のスプーンですくい、

ふうふうと息を吹きかけて冷ましていたかと思うと、私の口元にそっと持ってくる。

……ま、まさか給餌をしよとしているのかな。それも、こんな公の場でっ!?



「じ、自分で食べられますから……」



 ほらっ、みんなが見ている、見ているよっ!? 視線が痛いよ?


 いや、痛いどころかきゃあきゃあ言われているよ? ちょ、倒れだす人までいるよ。

アデル様、今フェロモン出しまくっているんじゃないの? ダダ漏れしているの!?

でもそれ以上に熱い視線を向けてくるアデル様、私はその顔に弱いんですが。


 く……っ、イケメンテロリズムな方がここに居たのを忘れていたわ。



「花嫁への給餌は、伴侶になる雄の役目だと思うが」


 唇を空いている方の指先でなぞられ、口を開けた途端にスープを流し込まれた。

とろみのある野菜スープが口の中に広がる。


 ここで盛大にアデル様に目がけて噴出さなかったのは、私自身を褒めてやりたい。


 少し唇の横からこぼれてしまったら、

さも当然のようにアデル様は顔を近づけてぺろりと舐められた。


 平然と、何でもないことのように、そしてそのまま頬に何度もキスをしてくる始末。



「うまいか? ユリアの好みに作れただろうか?」


「は、はひ……」


 帰って来てからというもの、アデル様は始終こんな感じだ。

花嫁溺愛発作という本能から起こる衝動を抑えて、お勤めを果たしていたアデル様。

その労をねぎらいたいという気持ちに嘘はありません。ありません……が。



「ユリア、俺の花嫁……ようやく一緒に居られる」



 その反動は一気に私に降りかかりました。

いえ、災厄のように言ってしまってはいけませんが、まさにそんな感じなんです。

この方の愛情に耐えられるでしょうか私の精神は。


 こうして私が物思いにふけっている間、

アデル様はおかまいなしに私の額や頬に、リップノイズ付きで唇を付けてくるのだ。

無理だ。どう考えても無理! これでは平静でいられるわけがありません。


 放っておいたら人の耳を甘噛みしてきたり、首筋に唇を当ててくるんだよこの人。



「ひゃっ、や……アデル様ぁ!」


「……あんたたち……場所をわきまえなさいよ」



 やれやれと顔を真っ赤にしたリーディナに思わずツッコミを食らう始末。

ですがアデル様、すでに外野は眼中にありませんでした。

って、ちょっと待って私は不可抗力だからね!!



「もう少し暖かくなってユリアの体調が良ければ、いよいよ人間の婚姻式か。

 ルディ達が何やら面倒な手続きをしてくれているようだが、待ち遠しいな」


「……は、はい」


 そもそもユリアが秘匿されていた存在ですからね、戸籍とか色々あるんでしょう。


 アデル様は機嫌よさそうに、私の指に指輪をはめ直す。

いつも失くしてしまいそうだと、未だに首にずっと下げていたそれ。

アデル様はずっと気にしていたようだ。



「その際にはそうだな……俺が作った花でユリアの髪を飾ろう」



 こんな風にと髪にさされる一輪の紫色の薔薇。アデル様の瞳の色と同じ色。

そのことが本当に嬉しくて、私は満面の笑顔を彼に向ける。

こうしてアデル様の温もりに包まれるのが恥ずかしくても、やっぱり嬉しいから。


(大変だったけれど、この世界に来てよかったな)


 夢は諦めることになったけれど、もう後悔はしていない。

元の世界に居たままならば、きっと私は現実に打ちのめされていた気がするから、

こんなに大切にされて、こんなに必要とされる日が来たのは夢のようだもの。



――“もし、それでまた弊害が起きたら?”



 それはこの世界に来て、ユリアになってから何度も考えていたよ。


(だけど大丈夫、だって今はあの頃と違って一人じゃないんだもの)


 本当ならユリアは、俗世には接触してはいけない立場の女の子。


 だからこの人生を歩むことになる私は、この一件が去ったら、

再び世間とは隔離された場所で、孤独に過ごさなければいけないのかもしれないと、

実は密かに思った事がある。


 周りが、世界がアデル様と共にいる事を許してくれないかもしれないと。


(でもね。諦めたくないって思ったんだ)


 どんな時でも諦めない。そうあなたは言ってくれたよね。



 失ったものは大きかったけれど、ここで得られたものも大きい。

沢山の縁と運が重なって、私は今の私を手に入れることができた。

だから私の選択を後悔はしないように、これからもがんばるよ……と瞼を閉じると、

もう一人の私が微笑んでいる気がして、心の中が温かくなる。



(ユリア……周りがどんなに変わっても私の名前だけは変わらない。

 それだけで……そう、十分だと思うから)



 あれから金の髪のユリアの声を聞くことはなかった。

でも確かに彼女は私の中にいると思える。


 そしていつか――また会える気がするんだ。


 別の形で。



 違う名前を持ち、記憶は失くしてしまうけれども時がめぐれば、

家族として、あの子は再び私達の元に現れるんじゃないかという予感があった。

私達の子どもとして……そう思えるのはあの時に神様、

そう、川元さんに別れ際に言われた一言が理由だ。



『君から生まれたものだから、

 別の形でなら、また生まれることが出来るかもしれないよ。

 勿論、あの子がそれを望むのであればだけれどね』



 その時まで、私はあの子の為にも、しっかりとこの場所で地盤を固めようと思う。



(だから、乗り越えてみせるよ。何度でも)


 春になったら私はアデル様のお嫁さんになり、女主人になる。

そうなれば今より立場も変わって、もっと大変な事も増えるかもしれないけれど、

ここには相談できる心強い仲間もいるし、友人もいる。何よりアデル様が一緒だ。




「――帰るか……おいで、ユリア」


「はい、アデル様、ティアルもおいで?」


「みい、ハーイ」


「「ユリア、またね~」」


「うん! またね二人とも」



 本日の講習が終わり、友達と別れた帰り道、

いつものようにアデル様と手をつなぎ、石畳の道を歩いて家路をたどる。

これが当たり前のように思えるようになったのは、

それだけ私が幸せになった証拠なのだろう。


(ここが、これから私の生きていく世界なんだ……)


 蒼い空はどこまでも澄んで続いていき、今日も1歩ずつ新しい道を歩いていく、

夢を目指してひたむきに歩いていた、あの頃の自分に負けないように。


 こうして私は、この世界で私だけの物語を紡ぐことになり……。



――中の人がヒロインになりました。





~FIN~


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