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95・ユリアと結理亜



 突然、無情にも告げられた言葉が、重く私の心に圧し掛かる。

どくどくと鼓動の音がうるさく感じる。今……この人はなんて言った?



「そんな……タイムリミットって」



 手のひらの上で小刻みに震えている、金色の蝶の姿をしたもう一人のユリア。



 人型を保てないってことは、より危険な状態ってことだよね?



 そうだ。私が記憶を取り戻すにつれ、彼女の姿は消えて行ったじゃないか。



(つまり私が彼女の記憶を引き継いだり、自身の過去を思い出すということは……)



 それだけ”ユリアだった“彼女の立場を危うくするということになるわけで。

今の彼女はユリアたらしめるものを、全て失ってしまった形になるのでは。



「勿論このままいけば……だね。その子にとってはそうなることが望みだろうけど、

 これまで彼女は、かろうじて別の役割を持つことで今まで存在を維持できていた。

 君から記憶の欠片を預かる事で、ユリアとしての形と意思をかろうじて保っていたが、

 そうすると、君は本領発揮ができないからね。その記憶も君の大事な命の一部だから」


「じゃあ彼女の分の経験の引き継ぎもあったから……それまでの」


「そう、完全に君が過去の記憶を取り戻した今、彼女は存在意義を見失う。

 個を示す名前も失い、役目もなくなるのなら、存在することはもう許されない。

 今の彼女は世界の異端の存在……バグのようなものだ」


「でもなんで彼女だけ? 

 兄やティアル達だって願いを叶えていたじゃないですか」



 私がそう疑問に思い川元さんに問いかけると、川元さんは首を振る。



「彼女の場合、願いの規模がけた違いだったことも起因しているね。

 既に決定されていた理を抹消し、違う物語へと無理やり改変したから」



 兄やティアル達の場合は、世界を組み替えるほどの大それたものではなかった。

願いに比例して代償は大きくなる為に、彼女の場合、消滅は免れないという。



「さらに彼女は、自分がアデルバードの暴走するきっかけとなったと自覚しているから、

 “自身の消滅”を条件に入れたことで、今度こそその望みが叶おうとしているんだ」



 ユリアだった者が消えることで、代償を支払い、

この世界は本当の意味で成立するのだと。



「じゃ、じゃあ今からでも願いの内容を変更はできないんですか!?」


「……既にこの世界はそれで成り立っている。もしも無理やり撤回することになれば、

 その影響でこの世界が消え、以前の理で成り立った世界が確定するだろう。

 それは以前、彼女自身の口からも聞いただろう?」



 つまり、彼女を無理やり救おうとすれば彼女だけでなく、

アデル様の死も、この世界の崩壊も、確定してしまうこととなるのか。



「そんな……っ!」



 現在、ユリアという役割のある娘が2人存在した形となっているために、

「金の髪のユリア」とアデル様が会わないという形で、

この世界はかろうじて成立しているという。



(つまり、彼女が元の世界に戻ることは……)



 一度確定されたアデル様の死を、再び決定づけてしまう結果を招くということで……。

世界が崩壊し、誰も救われないそれは完全なるバッドエンドだ。



 だから、この娘が犠牲になることが、今の世界を存続させる絶対条件なのだと。



「ティアルとリファの場合は、君と共に過ごした記憶を魂では覚えていても、

 現在の器では引き継いでいないだろう? 君との大切な思い出を代償にしたんだ。

 命のように大事な思い出だったからこそできたこと、

 そして君のお兄さんも似たようなものさ。だが、想いの強さが勝り、

 魂自体に刻まれたものだけは残っていた」



 ティアルもリファも純粋な存在だったことと、

それだけ君と築いた絆が強かったんだ……とそう彼は言うけれども。


「……」


「みい?」



 私は足元へ降りて、大人しく座り込んでいたティアルを見つめる。

つまり願いの規模が違いすぎる……ということなんだろう。

ユリアの救出は、アデル様の命と世界の安寧を天秤にかけることなんだと。

助ける手段を見失い途方にくれる私に、川元さんはにっこりと微笑ほほえんだ。



「――……まあ、本来ならそうなるはず・・・・・だったんだけど……ね?」


「え?」



 何? その含みのある言い方……なんだかそれって……。



「あっ、もしかして、助ける方法が、裏ワザがあるんですか!?」



 私の言葉に、今度はにやりと笑った彼は私にこう問いかけてきた。



「さて、じゃあ本題だ。彼女は君に全てを託してこのまま消える事を望んでいるよ。

 でもそれを、きっと君は許さないんだろう?」


「勿論です! このが私から生まれたというなら、なおさらです!」



 私はこれまでユリアが助かる方法を、ずっと探していたんだから。



「君ならそう言うと思った」



 川元さんは安心したように頷く。



「これはユリアルートから君へと続く物語、真相・結理亜ゆりあルートってことかな。

 で、実はオリジナルの君にだけ許された言霊ことだまを、君は”最初から”持っている」


言霊ことだま? 確か私の苗字が「水上みかみ」だから、

 水神の加護があるっていう話なら聞いていますが」


「いや、実はもう1つの言霊が君の名前には隠されていたんだよ。

 いいかい? 下から君の名前を読んで考えてごらん?」


「下ですか?」


「そう、下から結理亜という名を読むとね。

 “”らゆる“ことわり”を“むすぶ”という意味になる。

 君の名前にある、君だけにしかない言霊だ。その力で君は知らないうちに、

 本来なら不可能だったはずの未来を、結び直してきたんだよ。

 神鏡はだからこそ、より強くより的確に応えられた。

 君にしか扱えない裏技ってやつだ。それを利用すればきっと抜け道が作れる」



 だから、私の発した言葉が形となって叶っていたり、

本来はありえないと思うようなことが起きていたのか。



「偶然か必然かは分からないけれど……これから先は俺達の干渉がなかった未知の話。

 物語を超えた世界でどうするかは、ヒロインである君のがんばり次第じゃないかな?」



 そう言われて私は一度ぎゅっと唇を引き結んだ。

落ち着いて考えなくては、彼女を助ける為には今何をすればいいのか。

これまでの事をよく考えると……私が経験してきた出来事にヒントがある気がする。


 まずはそう、神鏡を覚醒させるために必要な鍵のありかを見つけなければ。



「私の考えが正しいのなら、探していたものは……」



 ふと何かを思いついた私は、いつも自分の髪に留めてあった青い蝶の髪飾りを外し、

まじまじと見つめる。初めて神鏡から現れた金色の蝶を見た時は、

ずっとどこかで見た形だと思っていた。


 それはずっとメイドのユリアがいつも身に着けていた装飾品、

【片羽の蝶の髪飾り】に、色も形も大きさも、とても似ていたなと思いだした。


(そう、これは私がユリアになってこの世界に来たあの日から、

 ずっと身に着けていたもの、トレードマークみたいなものだったけれど)


 でもそれだけじゃなくて、よく考えたらもっと以前から、

私が身に着けていたものだったのではないかと思い浮かんだ。


 私が大切にしていたものは、この世界でも別の形で引き継がれている。

ならば……同じように私の傍にあったんだとしたら。

いつだって思い出の中に答えがある筈だ。



「1つはリファのぬいぐるみで、2つめに持っていた鏡は神鏡ハーシェスだったよね。

 ならこの残る3つめの髪飾りが……思い出の中でもずっと身に着けていたものが」


 元の世界から持ってきたいと思っていた3つの宝物。家族との思い出のある品。



(これこそが、私が探していたもののはず)


 ずっと私がユリアになってから、いつも身に着けていた蝶の飾り。

それは今思い返せば、昔、私が母に貰った思い出の髪飾りだったのだとしたら。


(そう、意識を失う前にもずっと、私は母から貰った髪飾りを身に着けていた・・・・・・・


 結理亜として生きてきた私が、この世界に来る時まで身に着け、

ユリアになった時に身に着けていたこの髪飾りこそ……っ!


 私はそれを蝶の姿をしたユリアにそっと近づけると、髪飾りは金色の輝きを放ち、

彼女と共鳴を始め、カシャンと音を立てて失われていた片羽へと変わる。



「やっぱり!」


 じゃあユリアの魂は私の髪飾りの半分にずっと宿っていたんだ。



「――……鍵は、最初から私とあなたが二人で持っていた」



 探すまでもなかった。答えはずっと私の傍にあったんだね。


 きっとこの世界が生まれたのと同時に、

鍵は二人のユリアによって割かれたのだろう。私の大切な記憶と一緒に。

そしてずっとユリアが鍵と記憶の欠片を守ってくれていたんだ。



 「ごめんね。こんなになるまで……早く気づいてあげられなくて」



 これまでのことで、共通にあげられることと言えば、

神鏡を覚醒させるのに必要な代償は――……願いを投映する術者の命、

もしくは同等の価値のあるもの。


 金の髪のユリアは、自身を犠牲にすることで願いを叶えようとしたが、

命を捧げることなく、未だ魂を留めたままで今の世界を支えている状態。

だから、彼女の魂を鍵の中に閉じ込める事で、かろうじて成り立っていたということか。


 そして私の場合は、その例外に漏れて使うことができたのだろう。


「つまり私は正式な所有者であることと、理を結べる存在であること、

 そして“命を吹き込む”声優だったから、最小限の代償で代わりのものが差し出せた」



 消えかかっていたその姿は光を増し、実体を取り戻していく。

蝶から光の球体が飛び出し、その球体が目の前に金色の髪のユリアへと姿が変わり、

私の手のひらの上にぽとりと落ちた蝶はというと、無機質なものへと変わっていた。


 


「あ……私は……」



 声に気づき、はっと視線を元に戻すと、

目の前には、ようやく人型を取り戻せたユリアの姿があったが、

それでもまだ体は透き通っていて、綺麗な金色だった髪は白くなっていた。



(そうか、全てを失っているから……まだ、まだなんだ。これだけじゃ救えないんだ)



 鍵は元の形に戻すことができたけれど、

ユリアに与えられた代償は残ったままだと気づく。


 きっと彼女自身が、まだ救われることを望んでいないせいだろうか。

ならば……解放するためにも引き戻さなきゃっ!



「ユリア、私に後の事を託して消えようとするなんてだめだよ。

 あなたはここで消えちゃいけない。どうか諦めないで」



 そう言うやいなや、私はユリアを離すまいと彼女の腕をがしっと捕まえた。

触れられないかもと駄目もとで伸ばした手だったが、私の記憶が戻ったからだろうか、

かすかに触れられる感触とぬくもりに安堵しつつ、私は彼女が逃げないようにした。



「え……あの、ちょっと待って、私が消えないとあなたまで一緒に……」



 すると、予想外の反応だったのか、

目の前の彼女はおろおろとした様子で私を見つめる。


 そうだね。この世界にユリアという存在はきっと1人しか認められない。

ユリアという役割を持ったその存在は……だからダブルキャストは許されないんだ。

このままいけば私も、ユリアを放棄したと同じ扱いを受けるかもしれない。

そう考えている彼女は、私の手を振りほどこうとしていた。



「私も消えるのは困るよ。でもね? ハッピーエンドにはいつだって条件があるの」

 

「……条件?」


「本当のハッピーエンドって、そもそも誰かの犠牲とかあってはいけないんだよ」



 大団円を狙うなら、なおさらね。

誰かが失われる事で成立するハッピーエンドなんてありえない。



「私がこの物語のメインなら、私と関わっているあなたは、

 もうこの物語の大切な登場人物だから……。だから、だからね? 

 もう1人で背負い込まないで戻ってきていいんだよ、ユリア」

 

「……黒髪のユリア、でも……私はもう」


「願いを叶える為に必要な代償は命……だったんだよね」



 兄もティアルもそしてリファも、そうして鏡の恩恵を受けることができた。

それは私に近しいものであり、代償であるものを支払うという条件を満たしていたからだ。



「でもそれは、私……結理亜ゆりあを取り巻くものに限定されていた話じゃないと思う」



 私達が本当に繋がっていたというのなら、私をモデルに作られたというのならば、

ユリアの傍に居た人も同じ状況下になっているはずなんだ。

そう、あなたの傍にずっと居たあの人も。



「よく考えて? アデル様も――あの時に願ったと思うの、

 崩壊したあの世界で、あなたの救済を、あなたが生きていてくれる未来を」



 家族となってくれたユリアという人間の少女が、生き返ってくれることを。



「あなたの死がきっかけで、アデル様は自身の抱える闇に負けてしまい、

 自我を失って魔王になってしまったけれど……。

 でも、私はその物語は有名だから話だけは少し知っているの」


 魔王となったアデル様の玉座の傍らには、

水晶でできた棺で眠る、金色の髪の少女が居たという話を。

そう、それは”主人公アン”ではなかった。



「自我を失って闇に堕ちても、魔王になってしまっていても、

 きっとアデル様は、あなたのことだけは覚えていたんだよ」



 当時の恋人になったアンではなく、家族だったユリアのことを最後のその瞬間まで。


「もう二度と持てるとは思わなかった家族に、あなたはなってくれた。

 帰る居場所と、家族と過ごす温もりを、もう一度教えてくれる人だった。

 だからアデル様は、あなたをとても大切にしてくれていたんでしょう?」



 だから死の間際にも、また彼女と会えることを願ったんだと思う。

確かに滅ぶきっかけは、ユリアの死だったかもしれないけれど……。



「私はそれだけだとは思えない、きっとあなたは彼の生きる希望でもあったんだ」



 そしてその願いがあったからこそ、

私があなたやアデル様とめぐり会えたんだと思うから。



「あなたと共に築いた強い思いがあったからこそ、今に続いているんだよ」


「アデル様……が……そんな……嘘……」




 ユリアは私の言葉に瞳を潤ませ、声を震わせ戸惑っている。



「あなたが消えれば今度こそ、

 本当にアデル様は、家族のユリアを失うことになるんだよ?」



 いつの間にか水面には外の世界が映しだされている。

私が水晶に取り込まれ意識を失った後の世界の出来事が。



「ユリア! 目を覚ませ!! 覚ましてくれ!!」


 ラミルスさんが必死に剣を振り回し、叫んでいる横で、

ローディナは泣きじゃくりながら私の名を呼んでいる。



「いやああっ!! ユリア――お願い戻ってきてえっ!!」


「ローディナ、攻撃の手を休めないで続けなさい!! 

 私達があいつの気をそらさないと! アデルバード様が動けない!!」



 リーディナは姉のローディナが立ち止まろうとするたびに激を飛ばし、

土の障壁を作り、みんなへ攻撃が行くのをフォローしていた。

ローディナはぐっと口を引き締めて、持っていた弓を震える手で再び構え、

風の魔法で威力を高め、リオさんへと次々に矢を放ち、

部下の騎士の人達は、入り乱れて剣や魔法で応戦を繰り返す。


 そうしてアデル様とリオさんを引き離すべく、みんなは必死に動いてくれていた。



「ユリア! ユリア!!」



 アデル様はリオさんの攻撃を背中に受けながら、爪も牙も鱗もぼろぼろなのに、

必死にリオさんの攻撃から私を庇い、助け出そうと水晶に体当たりし名を呼んでくれていて、

他のみんなも私……ううん”私達”を助け出そうとリオさんに攻撃を仕掛け、

注意を引きつけて気をそらせようとしてくれていた。



「今のアデル様は、あなたとの記憶はもうないけれど、魂は覚えていると思うの、

 だって私とあなたは、アデル様にマーキングされて魂に印を付けられているんだよ?

 あなたが縁を切ったつもりでも、まだあなたの瞳の色はアデル様の色を受け継いでいるもの。

 家族になったユリアと恋人になったユリア、どちらが欠けてもいけないんだよ」



 この瞳の色は兄からアデル様、

そして、兄の妹だった私からユリアへと引き継がれた縁が元だ。

だから私は無属性という存在でも、この色を身に着けることができていたのだろう。



「あ……」


「だから、あなたとアデル様との縁だけは、今も消えてないんだよ?」



 やっとその事に気づいたのか、ユリアは呆然とした顔でこちらを見ていた。

そう、つまり二人のうちどちらが欠けても、

アデル様はきっと救われないし壊れてしまう。

何らかの形で、破滅の道を歩んでしまうのではないかと思うんだ。


(魂があればめぐるかもしれないけれど、消えてしまったらもう何にもできない)


 縁は繋がっている。今も……彼女の瞳の色がその証でもあるから。


 瞼を閉じた私は片手でその上にそっと触れた。



「神鏡でも誰かを想う気持ちは……この縁だけは、瞳に宿る色は消せなかった。

 兄とアデル様との縁、アデル様とあなたの縁、あなたと私の縁、

 それらが続いてこの色が宿っているんだよ」


「……」


「以前と違った形だったとしても、生きていればやり直すことができるじゃない。

 お友達に忘れられていても、もう一度仲良くなることもできるよ?

 それでも消えたいって、会えなくてもいいって本当に思えるの?」


 そう言うと、ユリアはぶんぶんと左右に頭を振る。



「いや……きえたく……ない……っ! ほんとうは……私も……」


「じゃあ、分かるよね?」



 頷く彼女の様子を見て、ようやく私は彼女の腕から手を離し、

代わりに両手を包み込む。彼女の一言が、立ち向かうための大事なきっかけになる。



「あきらめ……ないっ!」



 その瞳には強い意志が宿っていた。



「じゃあ、あともう少し一緒に頑張ろう?」


「でも、そうしたら私達はどうすれば……」


「それなんだけれどね? あなたは元の世界で1度命を落としていると考えるなら、

 “今ある世界にまで引きずる必要はない”そうでしょ? 

 あなたは一度、自身の存在を”殺している”んだから」


 ついでに言うけれども、私も同じようなものだ。

しかも私なんて、役者生命まで絶たれているんだよ? これが。



「あ……」


 


 代償については、金の髪のユリアだけでも、じゅうぶんお釣りがくるくらいだし、

私については元々声を紡ぎ、言霊を使う事で代替えの代償を用意できるから、

この条件自体は満たしていると思っていいと思うんだよ。


 残るは「ユリアが消えなければいけない、消えてはいけない」という、

相反する二つの条件を満たす事だ。



 だから私は言霊を使って、この世界の理を別の形に結び直してはどうかと思った。



「だからね? そこで提案なんだけど……私とあなたでユリアになればいいと思うんだ」


「え?」


「だから、私とあなたで、ユリアになればいいんじゃない? 

 ダブルキャストがダメなら一つになれば解決する。いいよね? そうしよう」


「え……ええええええっ!?」


 自分が何を言っているのか分かっているのか、という彼女の顔に、

勿論だとも、と、私はこくこくとうなづいてにっこりと微笑む。



「あなたはもう、帰る所はどこにもないと思っているようだけど違うよ?

 私から生まれたのなら、元に戻ればいい。私はあなたを受け入れる覚悟がある。

 それならきっと、条件を満たしてあなたを縛る制約からは外れると思うから」



 私がオリジナルだとかの話をされた時、思い浮かんだのは演技をする際の事。

だから金の髪のユリアは、私の側面でもあるのだと思うことにしたんだ。

だって、演じる時は自分の経験や記憶をベースにしていることが多いんだから。



「よく考えたら、私をモデルに作られたなら原点は一緒ってことじゃない?

 そうなると、私からすればあなたは、演技の引き出しの一つであり私の一部だもの。

 だからここは、あなたが”消えるべき”と思い込み作り出していた深層世界なんだよ」



 代償は既に支払っていたとし、

彼女自身を縛るものを違うものとして置き換えてみる。

発想の転換というやつだ。



「だからもう1人で背負い込まなくて大丈夫。あなたが恐れることなんてないんだよ」


「……」


「さっ、じゃあ早く一緒に帰ろう? アデル様が待っているから帰らないと。

 あの人が暴走して魔王化しないように……私達はその為のくさびでもあるんだもの」



 私はあなた、あなたは私だった。それだけのこと。

別に細かく悩む必要なんてなかったんだよ。



「……そんな発想、考えてみたこともなかったわ」


「うん? 私とあなたの関係はちょっと複雑に考えすぎたんだと思うよ。

 あなたは私の半身、魂の半分みたいなもの、なら帰る所はここでしょう?」



 そう言って私は、自分の胸元にぽんっと手を触れた。



「あ……」


 諦めていた彼女の瞳に涙があふれる様を見て、私は再度微笑み頷く。



「……本当にいいの? 私を受け入れるということは、

 過去の世界での私が受けた痛みも何もかも、あなたが……」



 自身に起きた事として、受け入れるということになる……そう言いたいのだろう。



「うん……大丈夫。あなたの体を介して見てきたから。

 それにほら、私って役者だったじゃない?

 これまで何度も、他の人の人生を疑似体験してきたようなものだものだったし」


 新人だと特に、壮絶な人生たどっているキャラもよく振られる役回りなんだよ。

ユリアよりのめり込める役なんて、もうきっとないだろうけれど。



「だから帰っておいでユリア、ううん。もう一人の私……あるべき状態に戻ろう?

 それなら条件も満たせるはずだよ。一緒にアデル様に会いに行こう」


「……もし、それでまた弊害が起きたら?」


「その時はその時に考える。私の行動力とあなたの判断力があれば乗り切れるよ。

 前にあなたが言っていたでしょ? 私はあきらめないって、

 だから今はこれを最善だと信じて選択する」



  そう言うとユリアは口元をほころばせ「そうね」と首をかしげて笑った。

 そんな彼女に向かい、両腕を広げて私はおいでと話しかける。



「黒髪のユリア……やっぱり私はあなたにはかなわない。だからアデル様も……」


「え?」


「ううん、私を受け入れてくれてありがとう……」



 微笑んだ彼女はそう言葉を言い残して、私の中へとすうっと消えていく。


 それは一瞬の出来事で、私が気づいた時には、

目の前にいたはずの彼女の姿はいなくなっていた。


 もう彼女の声は聞こえる事はないが、喪失感はない。

私はそっと胸元に手を添えて「お帰り」と言って微笑む。


 こうして二人のユリアは、あるべき“私”へと形作った。



「……川元さん、ありがとうございました」



 そして私は、この様子を静かに見守ってくれていた川元さんに礼を言い、

大人しく待っていてくれたティアルを抱いて、みんなの元へと向かうことにした。



「ああ、行っておいで……。

 そうだアンフィールのこともついでに君に頼みたいな、いいかな?」



 去り際に言われた言葉に私は一度振り返る。川元さんは少し寂しげに笑っていた。

思い返せばこの人は、私にとってもう一人の兄貴分だった人で、

兄と一緒になって私を可愛がってくれた人だった。



「アンはもう私の大事な友達ですから任せてください。

 じゃ、さよなら! ありがとうございました!! 

 またね川……えと利也としやお兄ちゃん!」



 縁があればまた別の形で出会える気がするから。

私は元気よく、あの頃の呼び方でお別れをすることにした。

きっと彼は、兄の代わりに助けに来てくれたのだろうと、そんな気がするんだ。


 私は白いリファの子ども達に案内され、元の世界へと引き返す為に走り出した。




※ ※ ※ ※




――……どこからか声が聞こえる。私を呼ぶあの人の声。


 私はその声のする方へと意識を向ける。ぴくりと自分の瞼が動くのを感じた。



「――ユリア!? 待っていろ、すぐに出してやるからな!!!」


「アデル……さま……?」



 懐かしい声に導かれるように意識が浮上していく。うっすらと目を開けると、

目の前には水晶を隔てて龍体のアデル様の顔があった。



「アデル……様」


 その名を呼ぶだけで、じんわりと胸が熱くなった気がした。

瞳からは涙があふれ、「やっと会えたんだ」という感情が一気にこみあげてくる。


 ああ……きっとこれは、アデル様の元に帰ってこられたもう一人の私の感情、

それが強く私に反応しているせいなのだろう。



「アデル様……っ!」


 指先だけがかろうじて動かせた。水晶を隔てて彼の姿が鮮明に見える。

外側ではアデル様が爪先を立てて、必死に水晶を削ってくれていた。


 息はぎりぎりできるが、まだ余り体は動かせない。

視線だけは自由に動かせたので足元を見てみると、

ティアルが私にしがみ付いたまま、丸まって震えたまま眠っていた。

私を助けようとして一緒に巻き込まれてしまったらしい。


 そしてなぜかアデル様の背後では、怪獣映画……のような事態が起きていた。



「キシャアアアアアッ!!」


「ウオオオオン!!」


「リファ! 落ち着けって!!」


「リファ、落ち着いて!!」


 私が居ない間、一体どんなことになっているのだろうと思っていたら、

なんと私達を攻撃されたと判断したリファが怒って巨大化し、

リオさんと対峙していたらしい。


 それを援護しつつ、正気に戻らせようと、

ラミルスさんとローディナ達が群がっている。

いや、私達を助ける為に注意を引きつけているのかもしれないが。



「お願いです! リオさん私の言葉を聞いてください!!

 私の名前はアン、アンフィールって言います。あなたに助けられた人間の娘です。

 私はあなたの事をずっと探していて、あなたのことがずっと好きでした!」


 アンはというと、そんな騒動の中で顔を真っ赤にして必死に愛の告白をしていた。

でも当然ながらリオさんは今それどころじゃないので、聞く耳持たずという感じです。

いや、動揺はしているようなので、多少は効果があるのかもしれませんね。


 みんながみんな、一生懸命になっていることだけは分かったんだけども。

こんな緊迫した状況で不謹慎かもしれないけれど、私はこう思ってしまった。



(なんていう……カオスですか)


 私、この状況下でどう立ち回ればいいのでしょうか?


「ユリア!」



 アデル様が触れる爪先に、私は必死に手を伸ばし水晶を通して手を重ねる。

すると水晶が軋みを帯び始め、ぴしぴしっと音を立てながら石にヒビが入った。

壊せると判断したアデル様が、今度は体当たりをしてそのヒビを広げ、

ついに私を閉じ込めていた石を砕いてくれた。


 ふっと一瞬にして砂塵の粒になった水晶は、私達の拘束を解きその場から消え、

私は落ちる前にアデル様の尾に腰元をつかまれて、そのまましゃがみ込んで呼吸を繰り返す。


 


「ユリア、ユリア大丈夫かっ!?」


「か……は……はい、なんとか、ティアルも無事のようです」


「みい~?」



 ころんと寝返った拍子に、ティアルもぱっちりと目を開けて起き上がる。



「みい、ティアル、オキタ!」



 少し離れた所には、アデル様のぬいぐるみが地面に転がっていたのを見るに、

アデル様の分身は、無事に本体に戻すことができたのだろう。


「ユリア……?」


「はい?」



 アデル様の声に振り向くと、彼は私に顔を近づけようとして動きが止まり、

不思議そうな顔をして僅かに首をかしげた。



「一体何が……あった?」


「え?」


「雰囲気が……何か……」



 アデル様の言葉の意図するものに気づき、私は微笑んだ。



「色々あったんです。大切な事を思いだして……生まれ変わったような状態というか」



 訳が分からないと言った顔をするアデル様の顔を、私はそっと撫でた。



 「なぜだろう……ユリアからなんだか、懐かしい気配がする」



 そう言ったアデル様は、それ以上私に追及することはなく、

僅かにだが口元が震え、言葉が浮かんでこないようだった。

記憶はなくても何か感じ取ったのだろう。瞳が潤んでいた。

だから私はこう答える。


「ただいま帰りました。アデル様」



 そのやり取りを横目に見ていた騎士団とローディナ達は、

私の姿を見つけると目を見開き、一斉にわっと歓声を上げ始め、

私の生還を喜んでくれた。



「よかった!! ユリア!!」


 ローディナが泣き笑いの表情で私に微笑みかけてくれる。



「おい! みんな――っ!! ユリアちゃんが助かったぞー!!」


「うおおおっ! ユリアちゃーん!」




 私が救出されたことに気づき、一旦攻撃の手を緩め、

後退しながらルディ王子と弟のリイ王子がこちらに駆け寄ってくる。



「ユリア君、良かった大事ないか」


「は、はい、ご心配をおかけしましたルディ王子様」


「そうか……戦況は見ての通りだ。今はリファが暴走気味だが時間稼ぎにはなっている。

 だがこのままだと長くは持たないだろうな、あのリオというのは元々が龍の長の一族、

 ラミルス達はその影響で今は動きが制限され、上手く立ち回れないようで人型で戦っている。

 私と弟は、龍の能力が薄いせいか余り影響はないのだが、

 あの禍々しい魔力だけでも圧倒的に不利だ」


「兄上、ですがユリア様を水晶で閉じ込めてから動きは鈍くなっている気がします。

 きっと彼女の持つ神鏡の影響でしょう、ユリア様は無属性なので逆に作用したのかと、

 鏡は邪気払いの効果もあると聞いたことがあるので」



 聖職者のリイ王子様は、兄の言葉を補足するように話に加わってきた。


 ん? まって、邪気を払うって……。


 私はその時、ひらめいた。



「……あ、あの、ルディ王子様とリイ王子様は光属性の魔法が使えましたよね?

 それを私に目がけて一斉に掛けてみてくれませんか? 試したいことがあるんです」


「ユ、ユリア、突然何を言うんだ、そんなことをしたらユリアが……」



 アデル様が慌てたように私を止めようとするが、それを私は手で制止する。



「今のリオさんは闇属性が強くなった状態なんですよね、

 ならばそれに対する有効手段は光属性の筈、

 それを私の持つ神鏡の特性でリオさんの方に跳ね返して、

 弱体化させられないでしょうか?」




 そう、鏡の特性の中には元々光を反射する能力がある。

さらに神鏡を合わせて2つ持つ形になる今の私は、それを増幅させることも出来るはずだ。



「ルディ王子様達の放つ光魔法に、私の神鏡の効果を付加させるんです。

 それで効果も上げて、そうしたらリオさんから悪いものを引きはがせるかもしれない」



 そう、これはお祓いの要領だ。何より私は無属性の体質がある。

使い方次第ではリオさんに掛けられた呪いのような魔法を無効化できるのではないか?



「あとは……これを」



 私はポケットの中にずっとしまっていた龍のうろこを取り出した。

みんなとの絆でもらった五色の鱗、これにはそれぞ龍の属性が、

強い魔力が秘められている。



「前にリーディナに教えてもらったんです。

 私の持つ無属性は水のような働きをするって、

 魔力をインクのように例えると、少し使ったくらいじゃ色は染まらないけれど、

 逆に大量の魔力を注ぎこむと、その色に染まることができるって。

 それを応用すれば、アデル様の失われた力を取り戻して強化できるかも……」



 もらった鱗の中には、もう一人の私から貰った水神の鱗まであるし。



(水は命をつなぐ命の源だから、神格クラスの鱗の力が主軸になれば)



 偏った魔力の強化しかしていないリオさんに、対抗できるのではないか?

前に言われた絆を束ねるとは、このことだと思うから。


 

「あと神鏡についてはこの通りです。もう私の意思で取り出し可能となりました」



 神鏡ハーシェスは、私ともう一人のあの子が持っていたのと合わせて2つある。


 私は両手を目の前に伸ばし出現して見せると、

それを目撃したアデル様達は驚いていた。

鏡面は水面の波紋を描きながら動き始め、私の周りを蝶のように飛び始める。



「これで、私もようやくみなさんのお役に立てると思います」



 するといち早く私の置かれた状況に気づいたリイ王子様が、

私に輝かんばかりの瞳で一歩歩み寄ってくる。



「ユリア様、ま、まままままさか覚醒が!?」


「リイ王子様……また敬語になってますよ? はい、探し物は見つかりました。

 それと代償についても条件はクリアーしているので大丈夫です。

 まだ上手く使いこなせるかまではやってみないことには分かりませんが、

 他に方法もないし、これに賭けてみようかと」



「だめだ! ユリアの体が今度こそ耐えられなくなったらどうするんだ。

 それに万一にも神鏡が反応するのが遅れたら、それに代償といったがそれは……」


 必死に止めようとするアデル様の体を私はそっとなでる。



「大丈夫ですよアデル様、きっと大丈夫です」


 

「ユリア……」


「もう決めたんです……ごめんなさいアデル様、

 これは私がやらなければいけない役目だから、

 それを誰かに背負わせるわけには、放棄するわけにはいかないんです」



 一度静かに頭を下げると、私はアデル様に頬ずりをする。



「その後でアデル様のご協力を得られませんか? 

 神鏡の力を使えても、私にはみなさんをサポートするだけしかできない。

 だから、決着を付けるのはアデル様の役目だと思うんです」


「ユリア……」


「リオさん、助けられるなら助けたいですよね? 

 アデル様の大切な親友ですもの。私の願いもアデル様と一緒の気持ちです。

 だから……どうかまだ諦めないでください。私も諦めないでがんばります。

 アデル様の為なら私は沢山がんばれるんですから」



 無言で交わされる視線、それだけで十分だった。

言葉を詰まらせたアデル様は、しばし無言で私を見つめ続けた後、

私の意志が揺らがないことを知ると、まぶたを閉じてすっと頭を下げる。



「ユリアがそう決めた事なら……俺も共にあろう。花嫁の願いは俺の願い」


「ありがとうございます。アデル様」


「ん……お礼を言うのは俺の方だユリア、こんな中でもリオを見捨てずにいてくれて」


「ユリア君……では私も君の望みのままに、リイもそれでいいか?」


「はい、私と兄上はあなたの望むように従います。

 このまま何も策がなければ全滅してしまいますから」


「はい、よろしくお願いします」



 失敗は許されない一度きりの大勝負だ。緊張する体に気合を入れて私は顔を上げる。



(大丈夫、今はみんなが居るんだ。

 ”あの時”とは違う……私だけじゃないんだからきっと)



 アドリブも練習すらない本番、一度限りの大勝負。

ピリピリとした張りつめた空気の中、光の魔方陣がルディ王子様、

リイ王子様の前に出現し、アデル様と私はリオさんに向き合った。



「――よし、ではいくぞ! ユリア君!!」


「はい、リファ! よけて――っ!!」



 私の声に反応したリファは横目に私の姿をとらえると、冷静を取り戻し、

動きを止めたのを見計らい、ラミスさん達は瞬時に龍体へと姿を変えて、

リファをリオさんから引き離す事に成功する。


 その間に私は、髪に留まっている蝶の髪飾りを取り外す。


 髪飾りは既に色と形が変わっており、青色から金色になっていた。


 私はそれを手のひらに乗せると蝶は私の意思に反応し、

私の体を包み込むように金色の光の粒子を振りまいて、

光に包まれた私の背には、金色の大きな蝶の羽がはえていた。



(鍵が羽に変わった?)



 その後ルディ王子様とリイ王子様が、私に向かって攻撃魔法を放つ。


 私は目の前に出した2枚の神鏡を重ねあわせ、みんなの光魔法を重ね後ろから支え、

歯を食いしばってその衝撃を必死になって受け止める。

じりじりと後退していく自分の体、自分の足先が地面に埋め込まれる。

その威力に耐えていた私を見かねて、リファが私の体を後ろから支え、

ティアルも足に前足を添えて手伝ってくれた。



「くっ……うううっ!?」


「クウン!!」


「みい! ユリア、ガンバレ、ガンバレ!」


「ううう、うああああああ――っ!」


 その時、誰かの手が私の手と重なった気配がした。


(え? まさかユリア?)


 すると負荷が軽減され、私はぐっと体制を前かがみにして固定する。

思いが重なる。内側から力があふれてくる。


(そうだね。ユリア、もう一人の私……一緒にこの運命を切り開こう)



「いっけえええええ――っ!!」



 重ねた光を、なんとかリオさん目がけて反射させることに成功すると、

その風圧でみんながリオさんと距離が離される。



「ギャアアアアア――ッ!?」


 光が当たったリオさんの口から悲鳴が上がる。



「うわ、まぶしいっ!」


「な、なんだ前が見えないっ!?」


「何がどうなって……」


「お、おい何か出てきたぞ!!」



 咆哮を上げていたリオさんの口から、赤と黒の何かの塊がいくつか出てくる。

最後には黒い大きな影のようなものがごっそりと出てきて、

リオさんはそのまま豪快に地面に倒れこんだ。

舞い上がる土煙となぎ倒されていく沢山の木々が、その衝撃を物語っていた。


 私は最後に出てきた黒い影に何かを感じ、

頭を抱えてしゃがみ込んでいたアンの姿を見つけ、

彼女に向かって私は思いきり叫ぶ。



「アン!! あれ!! 今のうちにあの黒い影にめがけて陰縫いをして! 」


「は、はい!?」


「渡しておいた武器があるでしょ! その特殊効果を使うの!!」



 彼女に渡していた私の武器を使うよう指示すると、

急に言われたことで、わたわたしたアンが遅れて反応し、

腰元に控えていた短剣を手から落としてしまうと、アンはパニックを起こしてしまった。


 すると男主人公のディータさんが彼女の代わりに現れ、落ちた短剣を拾いあげ、

リオさんから出てきた影に特攻するように駆け寄って行った。

それを見たリファが風で援護し、その速度はどんどん早くなる。


「うおおおおおっ!!」



 舞い上がっている土煙と、荒れた大地を踏み分けて彼は走った。

そして彼が叫び声とともに影そのものに飛びかかる形で地面に突き刺し、動きを拘束する。

それは正確な一手だったようで、刺した途端に影から悲鳴のような怒号のような咆哮が響く。



「よし! 次!」



 時間稼ぎができた間に、私は1度静まった神鏡の鏡面に1枚、また1枚と、

極度の緊張で震えている自分の手を叱咤しながら、龍の鱗を次々に入れていく。


 鏡面は鱗を入れるごとに赤、白、黄……と色が変わっていき、

輝きと光を増し、辺りにも波紋のように広がっていった。



「ユリア君、今度は何をする気だい?」



 ルディ王子様の言葉に、私は最後の一枚、水神の青い鱗を鏡の中に入れる。



「みなさんから貰ったこれで、アデル様の失われている力を代用するんです!」



 これは龍の鱗、皆の属性、つまり魔力が宿ったものだから、その代りとなるはずだ。

先程と違うのは、これは邪気払いではなく補助と強化を目的としたものだということ、

決してアデル様を弱体化させるものじゃない、みんなの鱗の能力を引き上げるものだから。


 そして二人分の神鏡の力で相乗効果を狙う。



「アデル様!!」



 私が叫ぶとアデル様は頷き、鏡の放つ光の中に身を投げ出す。

一瞬、先ほどよりも強い光が辺りを照らし、アデル様がその中に取り込まれていく。


 大丈夫、アデル様ならきっと大丈夫……! 

そう信じて私は神鏡を持つ手にぐっと力を込めた。



 光が完全に消えた後、私達は固唾をのんでアデル様がいた所を見た。


 そこには――……。



「あ……あれは何だ?」



「……黄金の龍?」



 現れたアデル様の体は蒼黒色ではなく、光り輝く黄金色に様変わりをしていた。

補強する意味でしたはずの行動でしたが、予想の斜め上を行ってしまった事に、

それを行った張本人の私は驚きに一瞬固まり、わたわたとしてしまった。



「ご、ごごごごめんなさいい……もしかしてこれは失敗? 失敗ですか?」



 ちょっと待って、ここまで来て……。

まさか選択肢を間違えちゃったと言うのはありなの!?


 そう思った私の傍で、ルディ王子様は何かを悟ったのか、私に手を振り合図する。



「いや……違うユリア君、これは、この姿は私達龍族の始祖の姿そのものだ。

 蒼黒龍は全属性を持った古代種レジェンドクラスと呼ばれていた理由が分かった。

 元々蒼黒龍は始祖の反転した姿だった。つまりアデルバードは先祖がえりをしたんだよ」



 一方、強化され、キラキラに姿が変わったアデル様はというと。



「……」


 変わった自分の姿を見下ろして一瞬驚きはしたものの、その後はけろっとしていた。



「……大物ですね。流石はアデル様、こんな事では物怖じしない性格のようです」


「ああ、あの余裕ぶり……彼は元々始祖の気質が色濃く引き継がれたのだろうな」



 その代りに驚いていたのは、それを見ていた周りの者達だった。




「うおおおい、なんで変わってるんだよお前! その色はどうした!」



 ラミスさんが困惑して遠くで絶叫しているよ。ですよねー。


 みんな、蒼黒龍だったアデル様が、光り輝く黄金の龍に姿を変えたものだから、

驚きのあまりにその場に硬直してしまっているではないか。

みんな、まだ戦闘中だよ!!



(気づけば龍族の皆さんは、身を低くしてアデル様に敬意を示しているし)



 見ればルディ王子もリイ王子も地面に膝を着き、

片手を胸にあてて頭を深く下げているではないか。



「あの……何をしているんですか?」


「ぜ、絶対的な何かを感じるんだ」




 リイ王子様が顔中汗だくになってそう答えた。今にでもひれ伏しそうな勢いですよ。

威圧的な何かを感じるらしいが、私はキラキラしていて綺麗だなと思うだけだった。


 そうこうしているうちに、アデル様はふわりと宙に浮かび、

その場にうごめいて今にも逃げ出そうとしている影に向かい、

爪を振り下ろしながら飛び掛かった。



――キシャアアアア――ッ!!!



 アデル様の咆哮と共に、口から放たれた閃光が影を散らし、

残骸すら切り裂いていく鋭い爪、辺りはより強い光で覆われた。

その光で天が割けるように雲間が開き、辺りを照らす。圧倒的な力だった。


 その威力で影が消える一瞬、いろんな人の悲鳴にも聞こえる音が響き、

影の中に黒い顔をした人達が、苦痛の顔をしているのが浮かび上がり、

徐々に消えていくのが見えた。あれが呪術を行っていた人達なのだろうか……。



「……終わったの?」


 ローディナがそうぽつりと呟けば。




 しばしの静寂の後、私達は残されたリオさんを身構えたまま凝視し、

先程のような禍々しい気配を纏っていない事に気づくと、みんなで無言のまま視線を交わす。

リイ王子様が静かに兄のルディ王子様に頷いてみせ、

ルディ王子様はゆっくりと立ち上がり、そして剣を高々に掲げた。



「我々の勝利だ!!」



 わっと辺りに響く歓声の数。ローディナ達が私達の元へ駆けよってきた。

泣き笑いでぐしゃぐしゃになったその顔で、私達は生還の喜びを共に喜んだ。


 私はローディナとリーディナに両手をつかまれながら、

上空を舞うアデル様と視線を交わし、そっとほほ笑みを返す。

……と同時に、そのまま私の視界は地面へと吸い込まれていった。



「うそ!? ユリア!!」


「ユリアちゃん!!」


「みいいいいっ! ユリア、オキル!!」


「ガウガウ!」



 足元からがくりと力が抜け、視界が真っ暗になっていく。


 ああ……みんなが呼んでいる声がする。起きたいのはやまやまなんだけど、

なんか、ずっと気を張っていたし怒涛の展開続きだったから、

体が追い付いてないんだろうね……なんて地面に顔を付けたままの私は、

みんなと勝利の余韻にあまり浸れないまま、意識は暗転してしまった……。






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