84・兆候
アデル様が出立してから3日後、私はいつもの日常に戻ろうと必死だった。
じっとしているよりも、体を動かしていた方が余計な事を考えずに済むという事もある。
おじサマーズはそんな私が、カラ元気だと気づいていたようだったけれど、
私はアデル様が心配しないようにと、いつもの自分を心がけて生活しようと思った。
けれど、一日の殆どの予定がアデル様の用事で組み込まれていた私は、
彼の不在を事あるごとにひしひしと感じてしまう。
「はあ、アデル様……今頃はどの辺にいらっしゃるでしょうか?」
窓辺で日向ぼっこをするぬいぐるみ版のアデル様を見て、私は一人そう呟いた。
本物のアデル様は、今頃きっと大変な思いをしているに違いないのに、
傍で支えてあげられないのが、とても辛くて……。
これまでと違うこの不安が、気のせいであればいいと切に願います。
「イーアさ~ん、こっち持って頂けますか?」
ふと振り返ると、ユーディがテーブルの端をつかみ持ち上げていた。
本日は大掃除の日です。一度家具を外に出して、ほこりを全て取り除くのが主な仕事。
天気もいいですから、この方が効率いいですね。
「はい、分かりました。それにしても普段のお仕事に加えてですから、
思ったよりも結構大変ですよね。この新規開拓の作業も……。
ああ、このテーブル後でおじさまに修繕を頼んでおかないと」
そんな他愛無い話をしながら、イーアが私に苦笑してくる。
この開拓作業は帰ってきたアデル様を喜ばせようと、三人で決めたことだった。
「そうですねえ、人手不足ですから色んな持ち場を兼任していますし」
「クウン?」
「あ、リファは奇麗な毛並みが汚れちゃうので、そこで見ていて下さいね?」
「キュイ」
真っ白な毛並みのリファが、尻尾をぱたつかせながら「何か手伝おうか?」と、
言っているようだったので、私は気持ちだけを頂く事にしました。
あのふわもこで、真っ白で奇麗な毛並みをほこりだらけにはしたくないぞ、うん。
リファは「分かった~」と、こくりと頷いて、何時ものように見守ってくれております。
「……クウン」
その優しげな瞳は、何時も騎士団の皆さまを威嚇する時とは違っていました。
やっぱり、リファはお母さんだなとつくづく思いますね。
(アデル様にお留守番を任されるのはこれまで何度かありましたけど)
リファも少し何かしていたいのかな? そわそわと外を眺めながら此方を見てきます。
すぐ傍には、旅先から送られてきた一輪の紫の薔薇が窓辺に飾られている。
アデル様の無事を知るのは、時折ここへ送られてくるこの花だけだったので、
気づけば私もリファも、屋敷に閉じこもりがちになっていました。
「それにしても、少しずつやっていますが、あまり進まないですよね」
まあ、それというのも私にやる事が多いせいでしょう。
今後も考えて私は備蓄や備品の確保をしていましたから。
「本格的な冬になったら、あまりこういう事は出来なくなりますね。
ここは何に使う予定なんですか? ユリアさん」
「このお部屋は風通しと日当たりも良い場所なので、
使えるようになったら、室内で育てられる植物をたくさん置いて、
温室を兼ねた、アデル様の休憩場所にどうかと思っているんですが」
日向ぼっこが好きなアデル様なので、
私室以外でもゆっくり出来る空間は欲しい所。
自分の家だと言うのに、まだまだ龍体で行動出来る範囲が少ないですし。
アデル様が帰ってこられた時に喜んでもらえるといいな。
「使われていない家具は極力減らして、軽く室内で体を動かせるように、
寒くなってきたら、リファの憩いスペースにも出来ると思いますから」
最近になってルディ王子様に教えてもらった事があります。
何とこのお屋敷、かなりの特殊効果が組み込まれた建物だったとの事。
私がせっせと単純なトラップを仕掛けていたのとは違い、
壁やガラスには強固な防御結界、避難する為のパニックルームと隠し通路、
至る所に隠し武器が備わっていたそうなんです。
そう、私はすっかり大事な事を忘れていたのですよ。
このお屋敷は元々、あのルディ王子様の所有する建物だった事を。
宿泊まで出来るんですから、防犯についても当然対策していますよね。
更に聞けば、おじサマーズの中には元近衛騎士団出身の方も居たそうで、
領地や財産を相続できない、次男坊や三男坊の方達が騎士として王都に来たものの、
怪我などの事情で引退しなくてはならなくなり、今後の身の振り方に困っていた所、
このお屋敷での使用人として雇われる事になったそう。
『前戦で働くのは無理でも、多少の防衛は出来るさ』
『おうとも』
『だから、アデルバード様が不在でも安心してくれな?』
元々が跡継ぎでもなく、雇われ騎士でもあった皆さんは変なプライドとかもなく、
素直に次の仕事を喜んで受け入れて今に至るそうな。
それ……もっと早く聞きたかったよ。私のこれまでの努力は一体なんなのですか。
(タワシで本気で戦うんじゃないんだ)
だから、こうしてみると王都にもし魔物が現れる事になっても、
ここである程度の防衛手段が取れるようになっているようだ。
(リーディナのくれた防犯設備もありますし)
以前ルディ王子様達が使っていた避難経路も確認したし、備蓄も増えつつある。
もしも何かあれば、迷わずここから逃げろとアデル様には言われているが、
出来るだけ私は、アデル様の帰る場所を守りたいと思っていた。
「それにしても、ご主人様の留守中に憩いの場所を作ってあげたいだなんて、
本当に睦まじくて微笑ましいですねえ。ね? イーアさん」
「うふふ、そうですねえ。ごちそうさまです」
「あはは……そ、そう見えますか?
と、とにかく猫の手も借りたいくらいに忙しいですよね」
この二人は勿論、おじサマーズ、おじいちゃマーズにも、
これから大変な事になる可能性がある事を話しておいた。
けれど実感の沸かない二人はいつもどおりの様子だ。
(あまり下手に怖がらせてもいけないものね)
王都から離れさせるという選択肢も実はあったのだけれど、
二人はここに残りたいと希望したので、心配ながらも残ってもらっているが、
避難袋なるものを各自で用意して、万一の時はそれを持ち、
王都の外へ迷わず逃げるようにも話をしておいた。
(何もなければそれにこした事はないのですが)
物思いにふけりながら私が手を動かして掃除をしていると、
リファの隣で同じように待ちぼうけをしていたティアルが、
じいいい~っと自分の小さな前足を見ていたかと思うと……。
「みい、ハイ」
と、肉球つきの前足を私の方へと差し出してきました。
「ん? どうしましたティアル。抱っこですか?」
「みいみい、ティアルノ、オテテ、カシテアゲル~」
すると、今度は隣で私達のやりとりの様子を眺めていたリファが。
「クウン?」
と、またもやティアルと同じように前足を私の方に差し出してきました。
もしかして、リファも手を貸してくれるって言いたいのかな?
「リ、リファ?」
「みい、ネコノテ、ティアルノテ、カシタゲル」
「ティアル? えと……」
「みいみい、コレデ、ユリア、ダイジョブ?」
「クウン?」
「……」
と、両前足を此方に伸ばし、つぶらな瞳で見つめてくる我らがあにまるズ。
あ、もしかして私がさっき猫の手も借りたいとか言ったからなの?
――な、なんていい子達なんだ!!
「いっ、いいいんですよ。ものの例えで本当に貸して下さらなくてもっ!
あああっ、可愛い、うちの子達が可愛すぎるっ!」
「み?」
「クウン?」
リファとティアルが首を傾げる中、私はリファ達をぎゅうう~っと抱きしめる。
そして、暫くの間、私とリファとティアルはじゃれ付いておりました。
君達は隣のお部屋で遊んでくれてもいいんですよ? なんて。
この感動は、ボディランゲージで盛大に伝えたいと思います!!
「ええ~と、ユリアさ~ん。そろそろ戻ってきてください?」
その後、イーアに呼び戻されて、お仕事に再開する事になるのでした。まる。
(アデル様、私元気に過ごしていますよ。だから、だから心配しないで下さいね?)
そう思いながら、窓辺に飾られた薔薇の花を見つめて私は微笑んだ。
※ ※ ※ ※
「――……そう、アデルバード様の結婚の申し込みを受け入れたの」
ローディナは私の近況を聞くと、お茶のはいったカップを両手で持ち微笑んでいた。
「はい……でも、この状況下なので色々と不安で」
私はローディナ、リーディナがお茶を飲んでいる間、
せっせと城にいるルディ王子様宛てに、アデル様の安否を訪ねる手紙を書いていた。
「今回はとても大変な討伐になるそうね。騎士団の皆様からお聞きしたわ。
でもユリア、どうか元気を出して? アデルバード様ならきっと大丈夫よ。
大事なユリアを心配させるような事をあの方はきっとしないわ。
ね? リーディナだってそう思うでしょう?」
「そうそう、アデルバード様はとてもお強いもの、きっと無事に帰ってこられるわ。
ユリアの顔を見たくて頑張ってくると思うもの。だから笑顔で迎えればいいのよ。
いつもどおり、アデルバード様の好物でも作ってさしあげてね」
「はい」
アデル様が出立してから2週間後、旅先からの連絡は少なくなった。
(本当は騎士団に寝泊りしてでも、近況を聞きたかったけれど)
あくまでアデル様の使いという事で、騎士団本部への出入りを許されていた手前、
不在時に出入りが許される訳もなく、仕方なく私が出来たのは屋敷で待機するようになって、
外出を極力控えるようにした事位で。
そんな私を心配してローディナ、リーディナが、
こうして様子を見に来てくれるようになったのだ。
二人には危険な魔物討伐命令が来たので、アデル様は遠出をされていると話したが、
私の表情を見て、それが今までと違うという事に気づかれてしまった。
するとローディナは、いい事を思いついたと急に立ち上がった。
「今回の討伐は、長期の遠征だから帰って来るまでに時間が掛かるんでしょう?
なら、アデルバード様が戻って来る時までに、婚礼衣装を用意しておきましょうよ。
それで帰って来たら、アデルバード様を皆でびっくりさせるの」
「婚礼衣装……?」
「そう、アデルバード様の結婚の申し込みを受け入れたんでしょう?
だったら、戻られた時に式を挙げる為の花嫁衣裳が必要になるわよね?
花嫁はね。婚礼に使う衣装や小道具一式を用意しておかないといけないの。
ここで便りを待つだけじゃ、ユリアも気が滅入るでしょ?」
だから待っている間に仕上げてしまおうと、ローディナは私に提案してくる。
花嫁衣裳……確かに、アデル様と結婚すると、あの勢いで言ってしまったんだっけ。
私はぼっと顔が火照りだし、思わず自分の両頬を手で押さえた。
「あ、それは良い考えねローディナ。流石は私の片割れだわ。
以前、アデルバード様が婚礼用の生地を買ったとか言っていたわよね?」
「え? ええ。言われてみればそんな物がありましたが……」
私が戸惑いがちに頷くと、ぱっと目を輝かせたローディナが椅子から立ち上がる。
「じゃあそれを使いましょう、ふふ、デザインはどんなものがいいかしら?
髪は編んで結い上げて、いつも贈られる薔薇の花をあしらってもいいわよね。
生地を見せてもらってもいい? 何かイメージが沸くかも」
「あ、はい……確かここの奥に……」
部屋の隅のクローゼットの奥から取り出すと、
同様に使われていない未使用の白い靴も見つけた。
「あ、これアデル様が作ってくれた靴……」
私が思わず手に取った新品の靴を見て、隣に並んだリーディナが顔を寄せてくる。
「あら~、おそろいの靴まで準備して……なんて用意の良い事。
ええと白い婚礼衣装用に使える生地に、同色の靴、
それに真珠の耳飾も先日貰ったのよね?」
「…………なんか、殆どそろっているわよね? ローディナ」
「ええ、そうねリーディナ。足りないものがあれば私達の物で代用しようと思ったけれど」
「「…………」」
「ええと、あの……二人とも?」
急に二人して顔を見合わせ無言になったので、不安になって声を掛ける。
「ユリア、つかぬ事を聞くけれど、これを頂いたのっていつ頃?」
首をかしげてリーディナが聞いてきたので、私も同じように傾げて答える。
「ええと……正式に恋人になる前だったかと」
「……アデルバード様、実はユリアにかなり前からアプローチしていたんじゃ?
そう思わない? ローディナ」
リーディナは片割れのローディナの方を振り向いた。
「どう見てもそうよね? 早くお嫁さんになって欲しかったんじゃないかしら?
というか、順番が逆だと思うの。もうアデルバード様ったら……。
ユリアに思いを告げる前に、遠まわしに婚礼の準備から始めているなんて。
とっても気が早すぎるんじゃないかしら? ユリアの気持ちも確かめてなかったのに」
「そうねえ。それでユリアが拒否する可能性もあったでしょうし。
でもユリアもこんな感じだし、最初はお互いに自覚なしだったんでしょ?」
「ああ、そうだったわね。じゃあ似たもの同士でお似合いかしら」
そして二人してうんうんと頷いて納得されてしまわれましたよ。
「ええと、あの?」
「ユリア、アデル様を大事にしてさしあげてね?」
二人に声をかけたら、ローディナにがしりと両手をつかまれ、涙目で訴えられた。
「そうそう、ここまで不器用で真っ直ぐな人はなかなか居ないと思うわ。
きっと、ユリアへの気持ちをどうして良いか分からなかったのね」
初々しいわね~なんて、リーディナがにこにことローディナの言葉に頷いている。
どうやらこれは同情されたのだろうか。
(アデル様、なんだか良く分からないけれど可哀想な子扱いですよ!)
私が首をかしげていると、リーディナは話をどんどんと進めていく。
「騎士の世界って無骨なイメージだものね。まあ、ここまでとは思うけれども。
さて、じゃあ肝心の婚礼衣装だけど……まずはドレスの用意よね。
あと指輪? 首飾りも必要よね。あ、女神の祭典で貰った参加商品の青いリボン、
アレは婚礼用に使う物だからちょうど良かったわね。あの時参加しておいて」
婚礼衣装などの一式は、嫁ぐ家側が用意する事になっているそうで、
私の場合、実家はおろか家族も見つかっていない……と表向きにはなっている為、
二人が自称姉代わりとして、準備を手伝ってくれるという事になりました。
うん、ありがたいんだけど、何だかこそばゆいような?
それにしても花嫁衣裳か……ローディナが趣味丸出しなデザインを提供されそう。
そんな事を密かに思いつつ、出来るだけ控えめでお願いしますとお願いしておいた。
放っておいたら、ふりっふりのドレスにされそうだものね。
「……アデル様、喜んで下さるでしょうか?」
「きっと喜ぶわよ。だって花嫁姿が見たいと仰っていたんでしょ?」
リーディナが何を今更と笑えば、その隣でローディナは何度も頷いてくれる。
「ええ、あの恋愛ごと”だけ”にはもの凄く奥手なユリアが!
こうしてすっごく前向きに結婚を考えてくれたんだもの、
アデルバード様は相当待って下さっていたようだし、むしろよくここまで待っていたと思うわ」
姉に続いてリーディナも頷いて見せた。
「ねー?」
「ねー?」
「“あの”は余計です」
ふと、私はアデル様が送ってきた手紙を思い出す。
アデル様が出立してからというもの、ずっと私宛に届けられるアデル様からの手紙、
メサージスバードが来る回数が減っていく事に、私は不安を覚えていた。
届けられるのは、アデル様の無事を知らせる手紙と、一輪の紫色の薔薇のつぼみ。
窓辺へと飾られた花を眺めて、私はアデル様に思いをはせた。
すると、急にかしこまったローディナが私に歩み寄る。
「あの……ね。実はアデルバード様の事でユリアに大事な話があって」
「え?」
「これね……アデルバード様から受け取っていたんだけれど……」
そう言って、ローディナが持ってきた鞄から取り出された包み、
それを開くと、中は小さなペンダントだった。
紫色に光るその存在を見て、目を疑い……固まる。
なんで……どうしてこれがここに、こんな所にあるの?
なぜローディナが持っているの?
これは、これはアデル様が一番大事にしていたものじゃ……。
「ローディナ、これって……」
どくどくと鼓動が早くなる。私の表情は一瞬にして強張った。
「アデル様がずっと大事にしていた……」
紫色の輝きを持つそれは、アデル様が始終肌身離さず身に着けていた龍星石のペンダント。
これまでアデル様の大切に持っていた。とてもとても大切な物だ。
だってこれは、アデル様のお母さんの形見の品だったはずだ。
それがどうしてこんな所に、ローディナが持っていたの?
「――実は出立の日の朝、アデルバード様に託されて……。
彼……蒼黒龍の生き残りなんですってね」
「!?」
まさか、あのアデル様が自ら人に正体を明かしたの?
想定していなかった事態に、私は一瞬にして全身がこわばった後、体が震えた。
そして私は余りの展開に、深く考えている余裕すらなくなり、
ペンダントの石を握り締め、頭を深く深く下げて懇願する。
「お、お願い!! アデル様の事は誰にも話さないで!!
他の人達に知られたら、どんな目に遭うか分からないのっ!」
「ユリア……」
「アデル様、この国へ来る前に辛い思いをして、やっと笑えるようになってくれたの、
ここで安らぎの時間を手に入れて、居場所だと思ってくれるようになったの、
それなのに、悪意ある人に正体が知られたらアデル様がまた傷つけられる。
せっかく手に入れられた。ここでの居場所も幸せも壊されてしまうから、
そんなの、そんなの絶対に嫌だから、お願い他の人には言ったりしないで……っ!!」
私はパニックになりかけていた。アデル様の正体が他の人にバレてしまう。
その時はアデル様が危険に晒されるかもしれないと、ずっと恐れていた事だったから。
アデル様は賞金付きの蒼黒龍、正体が世間に知られたら無事では済まないだろう。
この国を守る為に、危険な地に行ったアデル様の帰る場所を壊したくなかったのに。
アデル様は人間である私達を許し、信じて守ろうとしてくれているのに、
また傷つけて辛い思いをさせるのは嫌だった。
「ローディナもリーディナも、蒼黒龍の素材を欲しがっていたのは分かっていたけど!
でも、でもアデル様がこれ以上辛い思いをするのは……」
「お、落ち着いてユリア、私は……ううん私もリーディナもこの事は話す気は無いわ。
突然の話でとても驚いたけれど、私達はこれまでのあの方をずっと傍で見てきた。
それに正体を教えてくれたのはアデルバード様の方なのよ。聞いてなかった?」
「え? あ……」
「私を一人の彫金師として、何よりユリアの大事な友達として、
この石を加工してユリアに指輪を作ってあげて欲しいと、そう頼まれたの、
女主人の指輪を持っていないと、ユリアが周りに認めて貰えないだろうからって。
以前、お母様の形見と仰っていたし、とても貴重な石だから最初は断ったのよ。
そうしたら、私がユリアの信頼する者だからと託して下さって……」
「アデル様が……」
「本当は……アデルバード様が自分で渡したかったと思うんだけど、
ユリアを守る為の大事な物だから、早めに渡してあげて欲しいって」
そして私の知らない空白の時間を教えてくれた。
※ ※ ※ ※
『――……どうして私にこの事を教えてくれたのですか?
アデルバード様にとって私は彫金師で、妹のリーディナは錬金術師、
龍を素材として扱おうとする私達は、いわば貴方様の天敵のはずです』
『……ユリアが自らの命を掛けてまで信じた友を、俺も信じてみようと思う』
『ユリアの、友達だから……?』
『そうだ。記憶のないユリアの為に、君は危険区域まで足を踏み入れた。
そしてユリアはそんな君を思い、危険を顧みずに助けに行こうとした。
君の妹も同じだ。互いに思い合う者達ならば、ユリアが信じられるならば、
俺も信じられるとそう思う……だからこれを託そうと思った』
その時にアデル様は自身の正体と、持っていた石が母親が最後に残したものだと話した。
大事な物でしょうと尋ねるローディナに、大事な物だからユリアに渡したい、
そう言った後、アデル様はローディナに頭を下げたという。
『君を、ユリアが心から信頼する友として頼みがある。
ユリアの瞳が紫色なのは、俺の所有の印が付いてしまったせいだ。
俺にもしもの時があれば、今度はユリアが狙われるかもしれない』
『ユリアが……あの子が狙われる?』
『勿論、ユリア自身には俺のような力も効果も持ち合わせていないが、
その辺の人間はそうは思わないだろう。だからどうか傍で守ってやってくれないか?
俺の体を素材として欲しいのなら、今のうちに出来る限り提供する。
だからその代わり、ユリアだけは守ってやってくれないだろうか?』
それは一つの交渉でもあった。最高級のレア素材であるアデル様、
自身の身を引き換えにしてでも、私が狙われる可能性を考えて助けを求めた。
あれほど人間に対し警戒していたアデル様は、知り合った彼女を私の友として信じ、
人に協力を願える程になっていたのだった。
それを聞いた私は、あの助けを求められなかったアデル様が……。
私を介して変わろうとしているのを感じた。
『……私がもしも、アデルバード様の交渉を受け入れたりしたら、
そんな事をする私は、もうユリアと友達ではいられなくなります。
あの子はそんな事をする私を決して許してはくれないでしょう。
それにユリアは、大事なアデルバード様が傷つけられる事を、
はたして望むような娘でしょうか?』
『……いや』
『大丈夫です。こんな話を私に持ちかけてこなくても、ユリアの事は私が守ります。
あの子は私にとって、大切な友達で、命の恩人で、妹のような存在ですから』
『……そうか』
『だからどうか、無事に帰って来てあげて下さい。
あの子には貴方しか居ません。あの子を泣かせるような事だけはしないで』
『ああ……ありがとう』
そうしてアデル様は、私の事を友人のローディナに託し、出立したという。
それが、私の知らなかった空白の出来事だった。
※ ※ ※ ※
「――それで、指輪を作る為に使ったから、少し欠けてしまったけれど、
残りはユリアに返しておこうと思って、アデルバード様が戻られたら返してさしあげて」
「アデル様が私の為に……」
私は手のひらにあるアデル様のペンダントを手渡され、
それから作られた指輪を渡された。最高レベルの魔石である龍星石の指輪。
紫色に輝く輝石が付いたシンプルなデザインの指輪と、ペンダントを交互に見つめる。
アデル様は、祝福以外にも私にお守りを渡そうとしてくれていたんだ。
「今回の対価はアデルバード様の無事な帰還、そう約束してこの依頼を受けたの、
だから安心してね? 私達はユリアの大切な人を危険になんて晒したりしないわ」
「ローディナ……」
ほっと安堵の息を吐くと、私の手をリーディナがそっと両手で包み込む。
「ごめん、ごめんねユリア。私、事情も知らなかったとはいえ、
長い間ユリアとアデルバード様を不安がらせる事をしていたんだね。
いつもレア素材が欲しいとか、傍でしきりに言っていたんだもの、
知らなかったとはいえ……凄い無神経だった」
「リーディナ……」
「……ユリアがこんなに怯えるのも当たり前だよね。本当にごめんね?
私も、絶対にアデルバード様の事を誰かに話したりはしないから」
「ありがとう、ありがとう二人とも、本当に……」
「何言っているのよ友達でしょ?」
「そうそう」
例え大事な友達でも、私はアデル様の素性を二人に話す事が出来ないままだった。
私が出来なかった事、それをアデルバード様は勇気を出して言えたのだろう。
私が思うよりも彼は、人間として成長していたんだ。
身内でもない相手を信頼するという事を、ここで学んでいたんですね。
(アデル様がこの事を知ったら、きっと喜んでくれるよね?
私やルディ王子様以外にも、信頼できる味方が出来たんだから)
帰って来たら、真っ先にこの事を知らせてあげたいな。
私は窓から見える空を見上げて、遠い場所に居るアデル様に思いをはせた。
※ ※ ※ ※
でも、それから……アデル様からの音信は完全に途絶えてしまった。
皆で仕上げた花嫁衣裳も見せられないまま、月日は無情にも過ぎ去って、
アデル様が最初に言っていた三ヶ月、その約束の期日がついにやって来てしまった。
ローザンレイツの国王が、魔王の出現を公式に発表したのはそれから一週間後、
討伐隊として密かに出立した、騎士団の消息が途絶えた事を伝えられ、
この状況から、蒼黒騎士団長アデルバードの生存も厳しいと判断された。
その無情な通告は屋敷にも届けられて……。
一緒に入っていたのは、黒く縁どられた死亡宣告。
「アデル……様……」
「みい、ユリア……アデル、ドウシタノ?」
「クウン~……」
そして私は……見せられなかった花嫁衣裳を腕に抱いて、泣き続けた。
「う……う……うあああああ――っ!!」
――“ユリアの花嫁姿はきっと綺麗だっただろうな……最後に見たかった”
あの時に交わした言葉が、私の頭に何度も何度も繰り返される。
「アデル様……アデル様ぁ……っ!!」
アデル様に見せられなかった姿、伝えたかった沢山の言葉、
つい数ヶ月前までは一緒に居たはずなのに、どうしてこんな事になったのだろう?
私が何処かで間違った選択肢をしたからなのか、私には分からなかった。
分かるのは、取り残された現実だけ、
無情にも突きつけられたアデル様の喪失は、私を足元から崩れさせた。




