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83・龍の祝福



「最近は忙しくて、かまってやれずにすまなかったなユリア、

 収穫祭の時に渡そうと思って、用意していた物を贈るのが遅くなってしまった」



 アデル様はお屋敷に戻ってくるやいなや、懐から小さな包みを取り出すと、

私の耳元に真珠の耳飾りを着けてくれました。



(もしかして、私が祭りに参加できないからと思って、用意してくれていたのかな)



 本当は沢山の人の目に触れるからと、収穫祭、特にイベントみたいなものは、

危ないから参加しないようにとアデル様に言われていたんですよね。

でも結局はローディナ達によって、私は別人になりすまして参加したのだけれども。

そっと右手で耳元へと手を伸ばし、真珠に触れてみてその感触を確かめた。


 こんな高価な装飾品を頂くのは初めての事で、ついつい緊張してしまう。




「あ……ありがとうございます。アデル様。大切にしますね?」


「ああ、よく似合っている。それならば仕事中でも身に着けていられるだろう?」


「え? それはちょっと目立つのでは……」




 自称魔王様のリオさんの襲撃から、アデル様の自由な時間はかなり減ってしまい、

巡回の配置や緊急避難などの対策の為に、寄宿舎に寝泊りが続いている。

だからこうして久しぶりに、アデル様が屋敷に帰ってこられた事が何より嬉しかった。


 優しく微笑みかけてくれるアデル様に、なんだかとても恥ずかしくなって、

周りの人の目が気になるのもそうなのですが、思わずうつむいてしまいました。

こんな風にアデル様を見られるのも、あと少しになるかもしれないのに、

私は何をやっているんでしょうか。


 アデル様を筆頭に、魔王討伐の為の部隊が密かに編成されている事を、

私は本人からではなく、ルディ王子様が送ってきた手紙で知る事になり、

徐々にですが王都の中でも、この異変を感じる人達が増えてきたと感じます。



(あの時の騒動を全て覚えていなくても、直前の記憶まではある人が居ますし)



 王都に出入りする冒険者、行商人は以前より厳しく取り調べられ始め、

ピリピリした雰囲気を出す騎士団の巡回の数が増えた事が、

勘のいい人達から伝わったせいもあるでしょう。



(いつまでも、こんな事を隠せるわけが無いもの。時間の問題だよね)



 人間の悪意によって作り出された魔王が現れた。

これまで幾度か魔王を名乗る者が表れてはいたそうですが、

そのからくりを作ったのが人間である事を、龍族の皆が知ったらどう思うだろう?

人間の世界に溶け込んでいる彼らには、とても辛い話だと思う。

 

 一般の方々が詳しい経緯を知るのは、きっともっと先の事になると思いますが、

私はアデル様の選んだ花嫁だった事から、事前に話を振られたようです。



(もしも民に知れ渡る時が来るとしたら、アデル様達の身に何かあった時なのかな)



 そう思うと、胸元につきんと痛みが走った。



(大丈夫、大丈夫だよね。まだそうなると決まったわけじゃないもの)



 きっともう一人のユリアが経験した悲しい物語は、

アデル様がそのからくりを知ってしまったせいなのだろう。魔王の正体と負の連鎖。

人間に絶望し、ユリアの敵討ちのつもりで力を手に入れようとしたら、

力を得る為の獲物として手に掛けた魔王の正体が、実は親友のリオさんだったと気づき、

それで完全に狂ってしまったんだ。


 ユリアは自分を介することで、アデル様に人間を理解させる役割があった。

でも、それが悪く作用して、余計に人間を憎悪させる事に繋がってしまったのだろう。



――では、この先に待ち受ける未来は、一体どんなことになるのだろう?



(今のところ、主人公の行方は分からないし……どうしたらいいのかな)



 あれからギルドと宿を往復して、主人公達の二人を探すも見つからなかった。

アンが急に姿を消した事に、宿屋のおかみさんも酷く心配していたから、

彼女を匿っているというわけでもなさそうだ。


 囚われているのか、それとも逃げているのかは分からないけれど、

ただひたすらに二人の無事を祈り、合流する事が出来ないか考えていた。

そして、この事で私は一つ分かった事がある。


 私があの襲撃事件の場で見たディータさんは、やはり本物だという事。

ディータさんはアンが行方を消したと同時期に、姿を消したまま戻ってきていない。

となると、二人があの後から行動を共にしている可能性が高いと思う。



「ユーディ、イーア、仕事中に悪いがユリアを少し借りたい」


「はいはいはい! どうぞどうぞ。ね? イーアさん」


 

 ぼうっと今後の対策を考えている間に、隣に居たユーディは何度も頷いて、

すぐそばに居たイーアを振り返る。



「はい、私達の事はお気になさらず、お二人でごゆっくりされて下さい。

 恋人同士なのに、これまで余り一緒に居られなかったんですものね。

 掃除なら私とユーディで頑張りますから、私どもに遠慮なさらずどうぞ」


 そしてイーアも続いて頷いた。



 待っていましたと言わんばかりに、私の横に並んでいた二人は、

私から持っていたモップを取り上げて、ぐいぐいと背中を押されました。


「えと……でも大広間の掃除がまだ残っていますし、いつも二人に悪いですから」



 なんて私が言おうとしていると、満面の笑みで阻止されましたよ。



「いえいえ、ユリアさんは先輩ですし。ね? ここは先輩を立てないと」



 ユーディが含みをこめた笑顔を私に向け、隣に居るイーアに続きを促せば。



「そうですね。いずれユリアさんは私達のご主人さ……いえいえなんでも。

 とにかく大丈夫ですよ~私達は、おじ様がたと頑張っていきますから」



 これは「行っておくべき」という圧力でしょうか?



(ああ、目が輝いている二人……って、二人!? ちょっとなんでイーアまで?)



 ユーディのコレクションの恋愛小説の影響でも受けたのですか!?


 前はアデル様が変な知識を手に入れていたから、

あれほど周りを巻き込んじゃ駄目って、あんなに、あんなに言っていたのに!

なんか「これは式の日取りを早めに決めた方が」とかなんとか、

二人でこそこそとつぶやいているんですけれど!?


 部屋の隅ではいつのまにかこの様子を見に来たおじサマーズが、

「ユリアちゃん幸せにな……」って涙を拭っているんですけど!?


 ちょっ、私ただ出かけるだけですよね? 

なんでこれから嫁いで行くみたいな状況に?

というかここは私の生活拠点ですからね!?



「じゃあ、行こうかユリア。ユリアと久しぶりに街を一緒に歩きたい」


「え、あの……でも」


「「行ってらっしゃいませ~」」



 いつものように恋人つなぎで出かける私達、変わらないいつもの日常のはず。

でもこの時のアデル様は、少し元気が無いように見えたのは気のせいでしょうか?

私は何度か後ろを振り返るものの、やはりアデル様を優先するべきだと判断しました。


 ここ数日のアデル様は、とても気が張り詰めていたと思いますから。



「おいで、ここは段差でつまづきやすい」


「は、はい」


 石畳の溝に私がつまづいたりしないよう、隣に寄り添いエスコートしてくれる。

アデル様とはこんな風にいつも一緒に出かけましたよね。

おかげで私は、この街で沢山の思い出が出来ました。



「あの、アデル様……どちらかで休まれますか?」


「ああ、そうだな余りユリアを歩かせてもかわいそうだ」


「い、いえ、私はアデル様がお疲れではないかと……」


「俺は大丈夫だ。元より体力は人間よりある方だし、ユリアが傍に居るのだからな。

 おいで、前にユリアがおいしいと言っていた店に久しぶりに寄ろう」


「は、はい」



 今日も一緒に船に乗ったり、お気に入りの喫茶店でお茶をしたりして、

きっと仕事で疲れているはずなのに、私の為に無理に時間を作ってくれたんだなと、

そう気づいてはいても、一緒に居られる時間が嬉しくてついつい甘えてしまう。

これを逃すと、今度はいつ過ごせるか本当に分からないから。



(これは頃合を見て、気持ちが休めるように静かな場所に誘導した方がいいかな)



 彼を見つめると、ふといつも首から下げられているペンダントが目に留まる。

それは日の光に照らされて、きらきらと輝いて見えた。

アデル様の瞳と同じ色をした綺麗な紫色の宝石【龍星石】。


 私が初めてアデル様と出会った時も首から下げられていた物だ。



(そう言えば、この石はとても珍しい石だってリーディナが言っていたな)



 龍がその身に宿して生まれてくる為、入手も難しくその数も少ないとの事、

中でも、絶滅したと言われる蒼黒龍の龍星石は龍の長とも呼ばれるだけあって、

その効力はトップクラス、魔石としての需要も高いそうだ。


 錬金術の中でも一番のレア素材だそうで、

リーディナはアデル様が貴重な物を所有していると知ると、目を輝かせていたし。



※  ※  ※  ※




『あの、アデルバード様! 突然で驚くのは重々承知ですが、

 その石を私に譲っては頂けないでしょうか? 勿論お金は用意します!!』



――と、アデル様に懇願していた事があるんですよね。

今や蒼黒龍は絶滅したと言われているだけに、入手するのは最早不可能な為でしょう。

ギルドでも何度か募られていた事もありましたが、依頼を受けた人は居ませんでしたし。


 リーディナは見習い錬金術師で、いずれは一流になりたがっていたから、

幻とまで言われている蒼黒龍の龍星石を使ったアイテムも作りたいと思うのは、

見習いとしても当然ある。


 だから知り合いの方が持っていると知れば、そう出てもおかしくはないかなと。

でも、アデル様は……その話を言われた時にとても悲しい顔をしていました。


 だから私の方から断りを入れようかとも思ったのですが、



『――すまないが、これは俺の母が遺した大事な形見だから、譲る事は出来ない』



……と言ってアデル様が自分で断っていたんです。



『そっ、そうだったんですかっ!? そんな大事な物だったなんて知らなくて、

 変な事を言って申し訳ありませんでした。今のは聞かなかった事にして下さい』



 リーディナも流石に人の形見をどうこうしたいとは思いませんよね。

『悪い事言っちゃったよね』とリーディナは落ち込んでいましたし。

 

 

 アデル様は普段からその石を肌身離さず身につけていたから、

とてもお母様を大事にされていたんだなと思います。

実は時折、あの石に触れて悲しい顔をしている事がありますし……。

リオさんとの再会後に、石に触れる事も多くなったのを知っているのは私だけだ。



(リオさんとの事を思うと、余計に家族や仲間のことを思い出してしまうよね)



 形見の経緯を思うと、私も一緒になって落ち込みそうになる。

この石は、アデル様の辛い思い出の残る品でもあるのだから……。





※  ※  ※  ※




「ん? どうしたユリア」


「な、なんでもないです」



 声を掛けられて、はっと我に返り考えるのを止めた。

ぷるぷると顔を左右に振って、何でもないふりをする。

いけないいけない、私がアデル様を心配させてどうするんですか。

私がアデル様を心配して労わるのが先なのに。



「あと数ヶ月すれば、ユリアと出会った季節がやってくるな」


「そうなるんですね……時間が経つのは本当に早かったです」



 最初はどうなるかと不安ばかりで周りを見るのも怖かったけれど、

アデル様はそんな私を気遣い、色々と面倒を見てくれた。

そしてそのおかげで私は色々な人と交流が出来て、思い出が出来たんだ。

どれも私にとっては大切な思い出で、時間の流れの早さに驚いてしまう。



「ユリアは……この王都に来て辛い事は無かったか?

 傷つけようとする者は居なかったか? 君を陥れようとする者は?

 君を苦しめるものはこの地に居ないか?」


「アデル様?」


「君を守ると約束した。それなのに俺は守りきれていない。

 いつもそうだった。肝心な時にユリアの傍に居ない事ばかりだ。

 何か気がかりな事があるのならば、今のうちに俺が何とかしておきたい。

 出来る限り、君を不安がらせるものは俺が排除しておく」



 アデル様とはこれまで沢山の約束をした。私の事、アデル様の事を。

それをアデル様は守れずにいた事を気に病んでいたのだろうか?

すまないと頭を下げるアデル様を安心させるように、私は彼の手を両手で包み込む。



「い、いいえ、アデル様が謝ることではありません。

 それに私はずっと周りの方達に守られて、支えられてきましたよ。

 アデル様に、リファとティアル、屋敷の皆様、ローディナとリーディナ、

 騎士団のみなさん、この街で出会った街の人達に。

 記憶の無い私を皆さんは気遣って下さいました」



 旅立つアデル様は心配なのだろう。一人この場に取り残される形になる私が。

つがいになる龍は離れ離れになる事は滅多に無いという。

危険な状況下ならば尚更の事、花嫁の傍から離れるのは本来ありえないそうだ。


 自分が離れている間に、花嫁である私に万が一の事でもあればと。

アデル様は私に降りかかる災厄を、未然に防ごうとしてくれていた。



「ユリア……君にとってこの街の人は、人間は君に優しいものだったか?」


「はい、とても優しくしてくれました」



 でも、その中で一番優しかったのはアデル様なんです。

人間としてこの地で暮らしていた。アデル様が誰よりも私を気に掛けてくれた。

自分の方が人間との共存に苦労していた最中だったのに、

私を理解しようと、人間に関する本を手に取り学ぼうとまでしてくれた。


 きっとアデル様は傷つきながらでも、相手を思いやれる方なんじゃないかと、

私はそう思っている。こんな事を言うとアデル様は複雑な顔をするかもしれないけれど。



「アデル様は……この国の人間の事が理解できましたか?」


「俺は……そうだな。ユリアやライオルディ、屋敷の者達を介して色々な事を知った。

 ここへ来なければ分かる事も出来なかった感情、他人に対する思いやりは、

 俺達の種族にも共通するものがある。ユリアのお陰で色々な楽しみも増えた」


「そう……ですか、良かった」



 この国で暮らす事が辛い事ばかりじゃない事を教えたかった私は、

それがきちんと伝えられていた事に安堵した。私も少しだけアデル様の役に立てたんだ。



「他に心残りといえば、ユリアの家族をまだ見つけてやれていない事だ」


「アデル様?」


「ユリアの父親にあいさつに行き、俺との婚姻を認めて貰っていないからな」



 婚姻の、あいさつ……。


 ああ、アデル様は私と人間として暮らそうと真剣に考えてくれていたんですね。

この世界には私の本当の両親はいませんが、その気持ちだけでも嬉しいです。

あのアデル様が、人間としての行動をここまで勉強してくれていたなんて。



「アデル様、私はもう家族が見つからなくても――……」



 もう十分幸せだから探さなくてもいい。過去よりも今を生きます。

そうアデル様に言おうと思ったのですが……。



「ユリアの父親に、“お前の娘を花嫁に寄越せ”とまだ言っていないからな」


「……はい?」


「父に挨拶に行く、それはすなわち父を超えた雄のみが嫁に貰う事を許される。

 よりよい血を次代に残すのなら、父親よりも強い事を示すのが一番手っ取り早い。

 人間もまた。龍と同じ原理の元にいるらしい合理的な考えだ」



 そう言いつつ、アデル様は握りこぶしを作って見せた。一瞬見えた小さな紫色の火花。

これ……どうみても拳で語り合うとかいう意味じゃないだろうか?



「いえアデル様、そ、それあいさつじゃなくて脅し……それも強奪では?」


 何か、何か今……とんでもない言葉を聞いてしまったような?


 親に挨拶に行って「お嬢さんを俺に下さい」と話すのではなくて、

よこ、寄越せっ!? しかも力で押さえつけるとか既に違う方向じゃないですか。

確かに動物とかの場合は、強い雄の子孫を残すのが目的であるそうですが!



「ああ、大丈夫だ。ユリアは体が弱いが俺は気にしていない。

 安心してこの俺に嫁として寄越すがいいと、お前の父に言うつもりだ。

 そしてユリアの父を超える姿を見せれば、文句は言われないだろう」


「アデル様、ちが……」



――分かってないよ! このお兄さんっ!!



(そんな事、私の世界で本当にお父さんに言ったら、

 うちのお父さん、お茶を吹き出して卒倒しちゃいますよ)



 アデル様はあいかわらずのようです。そんな事が例え実現できたとしても、

私が絶対に止めますから!! 事件になってしまいますよ!!

どうして龍のお兄さんは、好戦的な部分が抜けきらないのでしょうか?

最近は平穏に物事を考えられるようになったと思っていたのに……。



……あれ? でも思い返すとそうでもないかな?



「ユリアの花嫁衣装とやらも見ていないからな。見たかった」


「アデル様……」


「ユリア……三ヶ月……三ヶ月だ。俺がもしも三ヶ月経っても帰って来なかったら、

 屋敷の相続権はユリアの名前になるようにした。ライオルディには君の後見人に、

 君は俺の存在が無くても花嫁として屋敷に残り、このまま暮らし続けられるよう、

 出来る限りの準備は整えておいた。生活の不安はないはずだ」


「――え?」



 其処で私は気づいた。アデル様の会話は「過去形」だったことに。

この数日間、彼が忙しかったのは出立の準備だけじゃなくて、

残される私の今後を考えての行動だった事に驚き、私は足を止めた。


 何を、何を言っているんですか? それってまるで……。



「ユリアは俺が居なくてもあの屋敷の女主人になれる。俺がここで稼いだ財産も、

 もしもの時に貰える騎士の遺族年金とやらも、ユリアが相続する事になった。

 困った時はライオルディと屋敷の者達に頼れ。あの者達は信用できる。

 きっと助けになってくれるはずだと……そう俺も信じてみようと思う」


「アデル……様?」


「こうして俺が、人間をあてにする事になるのも皮肉なものだな……。

 だが経験しなければ本当に分からない事だった。

 リオが魔王として完全に覚醒したとき、真っ先に狙うのはこの国だろう。

 その前に俺は刺し違えてでも止めるつもりだ」


「……何を、何を仰っているんですか?」



――それはまるで、私への遺言みたいじゃないですか。



「ユリアには友だったリオの事を詳しくは話していなかったな。

 リオは好戦的な蒼黒龍には珍しいほどの、平和主義な龍だったんだ。

 人間との相互理解を深め、いつか共存できる為に尽くしたいと望んでいて、

 俺がこの地で人間と共存する事を選んだのも、あいつの遺志を継ぐつもりだったんだ」



 この地へ誘ってくれたのは、他でもないリオさんだと言いたいのだろう。


「あいつの言葉が無かったら、俺はユリアとも出会えなかった。

 本当のリオは悪い奴ではない。それだけは分かってやって欲しい」



 私は何度も頷いて見せた。分かっている。

素のリオさんはとってもいい龍なんだって。

ただ沢山の負の力に蝕まれて、あんな状態になっているだけなんだって事は。



「昔、俺は仲間や家族を助ける事ができずに、自分だけが生き延びてしまった。

 リオを止めるのは俺のつぐないでもある。だが、あいつは同胞全ての力を手に入れた。

 不完全な俺一匹が挑んで、そうそう簡単に倒せる相手じゃない事は俺にも分かる。

 数十匹、数百匹分の蒼黒龍の力が相手だ。もしもの時がある事を、

 ユリアにはどうか覚悟しておいて欲しい」


「……や、いやです。そんな、そんな事を言わないで下さい」


「だが、一つだけ方法があるんだ。俺自身が媒介になりあいつを封印する方法。

 同じ蒼黒龍の血肉を持つ俺が封印の核になってリオを石に変え、動きを封じる。

 それならこの地や生態に影響は与えず、歪んだ力を徐々に削げるだろう。

 何百年かかるかは分からないが、きっとそれなら……」


「アデル様!?」


「そうすれば、あいつも元に戻せるのではないかと思っているんだ。

 だが、どちらにしろ俺はもう二度とユリアとは生きて会えないだろう。

 あいつに殺されるか、刺し違えるか、命の限りであいつを浄化し続けるか」



 それはアデル様まで一緒に封印されるという事じゃないですか。

視界が涙で歪んでアデル様の顔がまともに見られない。

そんな事を聞きたかった訳じゃない、聞きたい訳じゃないのに。

今ある方法で、実行できそうなのはそれしかないと、アデル様は悲しげに微笑んでいた。



「ユリア……俺は本当なら既に生きてはいなかった存在だ。

 ここに居る俺はいわば幻のようなもの。ことわりから外れた存在に他ならない」



 ことわりから外れたと聞いて、私の胸はどきりと鼓動をうつ、

アデル様は知らない、知らないはずなのにまるで「先代のユリア」がした事を、

全て分かっているかのような言葉だった。


 そう確かにアデル様は、ことわりから外れている存在だろう。

一度破滅を迎えた未来を、今の状態に変えられているのだから。



「助かった当時はなぜ俺だけがと思っていたが、

 今なら生き延びた意味が分かる。この地に流れ着いたのも愛するものを見つけ、

 その者の為に命を掛けて戦う為に、俺が残る事が許されたのだろう。

 だが悪くないと思える。俺は花嫁の幸せの為に戦う事ができるのだから」


「アデル様……っ」


「花嫁の幸せを守るのは伴侶となる俺の役目。龍の誇りをかけてでも君を守ろう。

 ユリアが愛した場所を、人を、そして何よりユリア自身を守りたいと思う。

 例え裏切り者の蒼黒龍だと、かつての仲間達にののしられる事になっても。

 この俺だけはユリアの盾となり、剣となろう」



 アデル様は私の手を取ると、手の甲に口付けをし、

小さく何かを呟いたのが聞こえた。


 その瞬間、手から全身にかけてふわりと優しい風が包み込んでいく。



「やはりユリアに直接の魔法は使えないが、俺の体を介せば祝福位は出来たようだ。

 君には俺のマーキングがされているからな」


「アデル……様? 今、何を……」


「俺のたった一人の花嫁に龍の加護を。君を傷つける全てのものから守れるように。

 愛している。愛していた……この世で出会った誰よりも、何よりも。

 俺の花嫁、たった一人の小さな花嫁。この俺を絶望のふちから救い癒してくれた。

 願わくば君の笑顔がこれからもずっと続くように……俺の持てる最大限の祝福を君に」



 体に触れている柔らかな感覚。それが蒼黒龍の施す祝福だと気づく。

優しく温かいアデル様のくれた祝福は、不安がる私を包み込んでくれる。

きいんと何かの音が頭の中に響き、体の中を何かがかけ巡った感覚がした。



「小さなお守りのようなものだ」



 でも、私はアデル様のしてくれる事の全てが不安だった。


 ”もう二度と戻ってこられない”そうアデル様は言っているも同然だったから。



「ユリアの花嫁姿はきっと綺麗だっただろうな……最後に見たかった」


「どうして……どうしてそんな事を言うんですか? 最後だなんて、

 花嫁姿なら私が後で幾らでも見せられるじゃないですか、

 どうして“見る為に戻ってくる”と言ってはくれないんですか?」


「ユリア……」


「凄く無茶な事を言っていると自分でも分かってます! 酷い事言っているって、

 無神経な女だって、でも、でも……っ、そうでもしないとアデル様は!!」



 ぎゅっとスカートを両手で握り締め顔を上げる。

涙が後から後から溢れて止まらなかったが、私はアデル様から目をそらさなかった。



「そうでもしないとアデル様は、ご自分を犠牲に考えてしまうじゃないですか」



 今のアデル様は何もかもを諦めていた。せっかく手に入れられたここでの居場所も。

自分が生き延びる事も、生きて幸せになるということも。

私だったら諦めきれない、だからこうして最後まであがこうとしているのに、

アデル様は私を守る為に、自分の命を投げ出す事を“真っ先に”選んだのだ。


 何もかもをたった一人で背負うつもりで。




「アデル様だけ危険な場所に行かせて、離れ離れになるのは嫌です。すごく嫌です。

 でも、でもきっと無事に帰ってきて下さると信じたいから、私は我慢していたのに、

 そんな事を言うのなら私も魔王討伐に同行します。駄目だって言っても追いかけます。  

 アデル様がどんなに怖い顔で私に叱ってきても、絶対に付いていきますから!」


「ユリア……」


「分かっています。アデル様が私を連れて行こうとしない理由も、

 これ以上、私を危険な事に巻き込みたくないからでしょう?」



 きっとアデル様も気づいているはずだ。

私の体の中にある神鏡を利用すれば、突破口になるかもしれないという事も。

これまで何度も魔物の持つ闇を退けた鏡。この力を上手く利用する事が出来れば、

リオさんをどうにか出来るかもしれないと考えたはずだ。


 でも、それを選ぼうとしなかったのは、

神鏡を使う度に、その反動で体調を崩して寝込む私がいた事と、

万一失敗した時に、私が真っ先に死ぬ危険があったからだろう。


(先日みたいな怖さを、私はまた経験しなきゃいけないんだもの)



 どちらの選択をしても、私の命を危険に晒す事になるのなら、

アデル様は自身を犠牲にする方を選んだのだろう。



「ユリア、君の所有しているものの力は未知数だが、とても不安定でもある。

 これまでは上手く作用したが、今度も上手くいくとは限らない。

 何より、あれほどの膨大な魔力を所有するリオとまともに対峙したら、

 ユリアは体への負荷がかかり過ぎてきっと壊れてしまうだろう。

 俺は君にそんな危険な真似はさせたくない」


「私だって、アデル様だけを危ない目に遭わせたくありません!!」



 確かに命を危険にさらす事になるし、

アデル様を守るという約束も守れないかもしれない。


 

「でも万一に何かあったとしても、アデル様と一緒に居られます。

 龍の夫婦は最後まで共にありつづけるものなのでしょう?

 なら最後まで私も一緒にアデル様と居ます。アデル様を一人ぼっちになんてさせません」



 アデル様の瞳は出会った頃に戻りかかっていた。知り合ったばかりのあの頃、

全てを諦めて存在していた。とても孤独だったあの頃に……。

そんな風にさせたくなくて、沢山笑えるようにしてあげたくて、

ここが第二の故郷と思えるように、私は出来る限りで続けてやっていた。

それなのに、それなのに! アデル様は自分から手放す事を考えた。


「アデル様がいなくなるのに、どうして私の笑顔が続くなんて思うんですか?

 笑えるわけ無いじゃないですか、私の大切な人がこれから死のうとしているのに!!」


 こんな状態のアデル様を一人きりになんて出来ない、出来るわけがなかった。

私はアデル様をこんな姿にしたかったわけじゃない。

幸せになってほしかった。誰よりも幸せになってほしかったから。

だからこの地に残る事を、ユリアを引き継ぐ事を受け入れたんだ。


 私の頭をなでようとしたアデル様の手を、ぎゅっと強く両手で包む。



「ここに来て良かったって、私と会えて良かったと言ってくれたじゃないですか。

 生きてください……諦めないで、生きる事を、幸せになることを諦めないで下さい。

 私のためにも、どうか、どうか生きて私の所に帰ってくると約束して下さい。

 約束してくれないならこの手は離しません!! ルディ殿下を怒らせても、

 皆を失望させても私はアデル様にそんな事をさせません!!」



 託された思いがある。その為に犠牲になった人がいる。

アデル様の知らない所で、もう一人のユリアは今もアデル様の幸せを祈っている。


 そして私もアデル様の幸せをずっとずっと祈っている。

この人が二度と破滅への道を踏まない為に、

もう二度とアデル様にあんな思いをさせたくないから。

私もアデル様をつなぎ止めておきたいと心から願った。


 だから私は初めて自分の立場を最大限に利用した。

アデル様を縛るくさびとして、アデル様が生きるという本能だけは手放さないように。


 無茶を言っているというのは百も承知だ。



「おね……おねがい……です」



 でもそれ以上、喉に言葉が引っかかっているかのように、

私は泣きじゃくって上手く話すことができなくなった。

どうしたらいいんだろう、どうしたらアデル様は考えを変えてくれる?

アデル様の力になりたいのに、未だ不安定なのは私も同じだった。



「ユリア……ああ、そうだな君はそういう娘だった。

 俺の為に泣いてくれる娘、苦しむ俺にずっと傍に居てくれたのも君だけだった。

 そして俺の花嫁になってくれた。その娘の願いを叶えるのは伴侶である俺の役目だな」


「アデル……様」


「俺が居なくなれば、ユリアはかつての俺のようになってしまうか。

 花嫁を泣かせる訳にはいかないな……では何としてでも帰ってこよう。

 だからその時には今度こそ俺の花嫁になって式を挙げてくれるか? ユリア」


「はい、はい! 私、アデル様の、花嫁になります!! だから、だから……っ」


「ああ、帰ってくる……花嫁の、俺のユリアの元に、必ず」



 誓った沢山の約束と、交わされた口付け、

温かな腕のぬくもりに、私はぎゅっとしがみつくように応えた。

やっぱり私はアデル様が好きで、本当に本当に大好きで、

だから私も一緒に生きたいと思えたんだ。これからもずっと……。



※  ※  ※  ※



「――では、行ってくるユリア。体には気をつけてな」


「はい……アデル様も。どうぞお気をつけて行ってらっしゃいませ」



 やがて出立の時はやって来て、騎士の鎧と兜を身にまとったアデル様は、

名残を惜しむように私の頬に口付けをする。


 私はいつもどおりに、普段と変わらずにアデル様を玄関で見送った。

ちゃんと私笑えているかな? まぶたとか腫れてない?

アデル様が好きな私の笑顔をちゃんと見せられたかな?

そんな事を思いながら、アデル様の姿を精一杯目に焼き付けた。


 彼を不安がらせないように、私は笑顔で送りたかった。



「ティアル、俺が居ない間ユリアの事を頼んだぞ」


「みい! ティアル、ツヨイコナノ、マカサレタ!」


「リファ、お前は一緒に来なくていい……ここにユリア達と残れ。

 そして引き続きユリアを傍で守ってくれるか?」


「ガウ!!」


 リファは不服そうに討伐の同行を願い出ていたけれど、

静かに首を振るアデル様にしゅんとうな垂れ、私の背後に回った。

きっとこの子も緊急時だから、アデル様の傍に行きたい気持ちは一緒なのだろう。

そっとリファの頭をなでて慰めると、切なげにリファは喉を鳴らした。



「ユリア……」


「アデル様」



 最後にぎゅっと交わす抱擁。大丈夫、きっと大丈夫だ。

私は震えそうになるのをこらえて、いつもどおりを装った。

心配させては駄目だ。アデル様が安心して行けるようにしないと。



「お気をつけて……行ってらっしゃいませ、アデル様」


「「行ってらっしゃいませ、ご主人様」」



 私の後にユーディとイーアの言葉が重なり、

その後ろではいつもは見送りに参加しないおじサマーズ、おじいちゃマーズが並んで、

深々と頭を下げて主人の出立を見送る。今回の出立がとても危険なものである事を、

屋敷の者達はアデル様から聞かされていた為だった。


 扉が閉ざされるその瞬間まで、私はじっとその姿を見送る。遠ざかる背中と靴音。

いつもと同じ見送りの筈なのに、いつもとは違って胸が痛い。

足が震えて立っているのもやっとだった。手も先ほどから落ち着かない。

そうして完全に扉で隔てられた瞬間に、私はこらえていた涙が一気に溢れた。



 行かないで……その言葉を必死に飲み込んで。


 

そして、アデル様の居ない空虚な時間だけが無常にも過ぎていった……。





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