82・にゃんこVS魔王様
自称・次期魔王様のリオさんの襲撃から二時間後のこと、
彼が放った攻撃の影響で昏倒した数名の騎士達は、
その後すぐに目を覚ましたけれど、ルディ王子様だけはなかなか目を覚ます事が無かった。
駆けつけた残りの騎士達が、安全な部屋へと彼を移動させていたけれど、
ルディ王子様は、まるで死んだ人のようにピクリとも動かずじまいで……。
「……みい、ルディ」
それまでずっとティアルが傍で大人しく見守っていましたが、
周りの大人達の反応を見て、子供心に何かを察したのか、
急にルディ王子様に張り付いて……。
「みい! ルディ、オキル、ハゲル!」
――と、ティアルが物凄く余計な一言も付け加えて、
必死になって彼を肉球でぺちぺちしたり、顔面に貼りついて、
「ハゲル、ルディ、ハゲルヨ!?」と必死になって呼びかけておりました。
すると、それまでなんにも反応が無かったルディ王子様に変化が見られ、
ぷるぷると震えだしたかと思えば……。
「ぷはっ!? ま、まだ私の生え際は後退してないよ! ……って、あれ?」
「みい、ルディ、オキタ」
がばっと勢いよく飛び起きて頭を両手で確かめるルディ王子様の姿が。
ティアルは嬉しそうに、ルディ王子にぎゅっと抱きついている。
ちょっ、ティアル、起こし方はそれでいいの? 起きたのは良いとしても。
「で、殿下、お目覚めになられましたか、お体の具合は?
其処の君、直ぐに陛下にお目覚めになられたとご報告を頼めますか?」
「はっ!!」
城の医師が診た時には何の反応も見せず、死んだように寝ていたのに、
気道を塞がれたせいか、それとも「ハゲ」のキーワードに過剰反応したのか、
必死な形相で今も髪の生え際を確かめているルディ王子様。
(えーと、ティアルに人前で“ハゲ”と言わせない様にした方がいいのかしら?)
なんてことを子猫姿になったままの私は考えていた。
ほら、ルディ王子様にこれ以上ヅラ疑惑が沸いたら……って、
今、必死に笑いを堪えようとする医師や護衛騎士さん達が居るじゃありませんか。
明らかに今、殿下の後頭部に視線が集中しましたよね? 考えちゃいましたよね?
「こほん……まだ軽く頭痛がするが、動けないほどではない。
至急アデルバードと話したい事がある。皆は出払って貰えるか」
改めて診察を済ませると他の人達は全てルディ王子様の言葉で、
部屋の外へとそそくさと出て行きました。
「みい(よし)」
さて、私も外へ……と思ったら、アデル様にがっしりと抱えられていたらしい。
アデル様? そう言いたげに視線を上げればアデル様に顎をなでられた。
「みいい……(アデル様ぁ……)」
「……ユリアはここに居ろ」
はあ……これは、リオさんが私を連れて行くとか言っていたので、
溺愛発作で離したくないって思ったのかな。では安心させるためにじっとしています。
ちょっ!? アデル様、こんな所で私の匂い嗅がないで下さいよ!
今から大事な話をするんでしょ!? ぺちぺちとアデル様に肉球で抗議します。
「アデルバード……お取り込み中で悪いが、私が気を失っている間に何があった?」
「ずっと死んだと思っていたものが別の形で生き延びていた。
これまでの一件はあいつが裏で仕組んでいた事らしい」
「どういうことだ?」
手短にアデル様はこれまでの経緯をルディ王子様に報告する。
同郷の仲間であるリオさんが魔物として生き延び、人間への復讐を告げてきたこと、
そしてあの場に居合わせて倒れた人達は、一部記憶の欠如があった事を。
「魔物が空間を越えてやってきたこと、人間の娘が操られて来た事は覚えていたが、
リオの姿は皆覚えていなかったようだ。自分に不利な記憶を消したんだろう」
「先ほどリオといったか、確かそれは君の親友の名ではなかったか?
私と面差しがとても似ているという話だったが」
「ああ……瞳と髪の色を除けば人型の姿はお前と瓜二つだ。それは以前話したな。
だが、かつてリオだった者は魔族の王となろうとしているらしい。
今は禁術と取り込んだ者達の影響で、性格はかなり歪んでいたようだが」
でもそのお陰で、「魔王様と瓜二つ」の顔を持つルディ王子様は、
騎士や城に勤める者達の疑いの目を免れたと思う。
(あの時、ルディ王子様が城の中に居る事を知らない人達が見たら、
きっと彼が魔物に魅入られたと間違われたんじゃないでしょうか?)
人間を滅ぼすと言っていた者と容姿がそっくりなんて、不安をあおりかねませんし。
「禁術……では龍の血肉を使い、魔族を作り上げる儀式の犠牲者か」
起き上がろうとしたルディ王子様をアデル様は制した。
「余り無理をするな。リオはお前にも強めの催眠をかけたのだろう」
「いや、ゆっくり休んでもいられないだろう。事態は悪化していく。
そうだ、あの娘は今何処にいる? 捕らえて城の牢屋に居るのか?」
囚われの娘とは、つまり女主人公の事だ。
この状況ではアンは操られていたとはいえ、魔物を王都に手引きした容疑者になる。
でも、実はあの騒動の中で彼女は忽然と姿を消してしまったんですよ。
今どこに居るのか、何をしているのか私にも分かりません。
(アン……大丈夫かなあ? 無事だと良いんだけど)
「動ける者で周辺を見回ったが、娘を見つける事は出来なかった。
モータルが出現した時の事を考えると、再び連れ去った可能性もあるな。
あれだけの魔力を持つ娘だ。贄として利用するつもりなのかもしれん」
あとは、本人の意思であの場から逃げ出したか……ですよね。
あの時の強風と土埃では、匂いすらかき消されている為、
リファやティアルの嗅覚でも後を追う事は難しかったですし。
「彼女は連れ去られたか、もしくは本人が逃げたのか……どちらにせよ、
あの娘を取り調べ、経緯を把握する事は出来なくなったな。
今後の為にも、王都から出入りする者を制限するしかないか」
地面に倒れていた筈のアンを私も探したけれど、
もう何処にもその姿はなかったんですよね。
――ただ、その代わり、とても気になる事があったんですよ。
あ、実はこれは「私だけが知っている情報」なのですが……。
※ ※ ※ ※
それは、リオさんが私達の接待に感涙(?)して、
悪役さながらの捨て台詞を言いながら去った後の話。
私は辺りを見回してアンの姿を探して保護しようとしたら……。
『……みい?(……え?)』
其処で此処には絶対に居ないはずの人影に気づく。
風で舞い上がった土埃が、辺りから完全に消え去る前に垣間見えたのは、
現場から走り去る、紫色の髪をした一人の青年の後姿。
それもどこかで見覚えのある背格好と服装に、私は何度も瞬きしたのだ。
(ディータ、さん?)
其処で私が見つけたのは「此処には居ないはず」のディータさんの後ろ姿。
私が出会った時に着ていた冒険者の旅装束に、長い長剣を背中に背負った彼は、
此方を一度も振り返る事無く、さっと壁を軽々飛び越えて行ってしまった。
それがあっという間の素早い身のこなしなので、驚いているうちに対応が遅れ、
そのまま姿を見失ってしまったのだった。
あれがリオさんの術が見せた幻だったのか、それとも本人だったのか、
一瞬の事で確認は出来なかったけれど。
(本物だったとしたら、なんで……こんな所にディータさんが?)
でも以前、ディータさんはアンを危ない人達から逃がしてくれた事があったよね?
(なら、二人は個人的に面識があったのかも)
もしかして、私が知らない所で交友関係が出来ているのかも知れない。
街で様子のおかしいアンを気にかけ、此処まで探しにきて偶然見つけたとか?
あの時、アデル様は声を荒げてリオさんと話していたし、
騒ぎを外で聞きつけて、此処までやって来たのだとしたら?
(どさくさに紛れて、倒れていたアンを逃がすのも可能だよね)
私達はリオさんの出現に驚き、其方に注意が完全に行っていたのだから。
そして私は未だにその事をアデル様にさえ話す事が出来なかった。
※ ※ ※ ※
(さて、どうしよう……これは安易に言うべき話じゃないものね)
大事な事だとは思うけれど、確証が無い今、彼が不利になる情報は流せない。
(ルディ王子様は私には何もしないと言ってくれたけれど、
アンの事までは安全を保障してくれるとは限らないし……)
もしも話せば、容疑がディータさんにも掛けられ、拘束される可能性が高い。
それで彼の行動を制限する事で、何か別の弊害が生まれるのでは?
(私はアン達の味方でいてあげないと……今後二人が不利になったら大変だ)
だから、良心が痛みつつも二人が不利な状況に陥る証言は控える事にした。
幸い、彼の存在に気づいたのは私だけのようだし、このまま私が黙っていれば、
少しの間は時間稼ぎが出来ると思う。その間に対策を考えよう。
魔女狩りの様にならないで欲しいと私は二人の無事を切実に祈る。
知り合いの誰かが辛い目に遭うのは、とても悲しいと身を持って知っているから。
(魔術とか詳しい事が分かる人に、一度アンを診て貰いたいけれど……。
何か酷い事されたら怖いし、そんな事あの子にさせたくない)
私は先代のユリアが経験した最後の記憶を思い出していた。
アンが武器を持った男達に狙われていた理由、今ならそれが分かる。
あれは災いの元凶となる娘と思われ、災いの種を摘もうとしたのだろう。
だから先代のユリアはそれを知り、彼女を助ける為に身代わりになったんだ。
“助けてあげて”
今も強く脳裏に残る、ユリアに託された願い。
(ごめんなさい……私、あの子を助けられなかった)
貴方に託された事だったのに。あの子は必死に助けを求めていたのに。
そんな事を私が考えている間に、アデル様達の話し合いは着々と進んでいた。
「という事は、君を含めて蒼黒龍の生き残りがいると言うことだな」
「そうなるな。リオも蒼黒龍の生き残りだ。
ただ、魔物の手に堕ちる寸前で逆に体を乗っ取り魔族へ堕ちたようだな、
もうあの状態では俺の眷属とは言えないかもしれないが。
“完全に魔王として覚醒したその時には、人間どもを必ず滅ぼす”と、
そうリオは言っていた。きっとお前達へ宛てた伝言だろう 」
「君の仲間が見つかった事は喜ばしい事の筈なのに、素直に喜べない状況だ」
「それは俺も同じだ。こんな形で出会う位ならとさえ思った。
ユリアが機転を利かせて追い払ってくれなかったら、今頃は危なかったかもしれない。
未だに俺は完全に力も取り戻してもいないからな」
アデル様はそう言いながら、自分の頬をなでた。
其処にはまだ人間を憎んでいた印でもあるアザがある。
だいぶ薄くはなっているけれども、完全に消えた訳じゃない。
このアザが完全に消えた時、アデル様は本当の実力を発揮できるのだろう。
「ユリア君が? その姿のままで君を助けたのかい?」
ええ、ルディ王子様は先程のやりとりを見ていませんけれど、
リオさんに別の意味での「特別なおもてなし」をしたんですよね。
だってアデル様を悪い道に引き込もうとした悪い悪いお友達なんですよ?
普段は温厚なサポート系ヒロインのユリアさんでも、
流石に許せない一線を越えてしまいました。
悪いお友達が相手なら、遠慮なんてしなくていいと思います。
(ましてや、相手はアデル様を食べようとした魔王様ですし)
アデル様が連れて行かれなくて本当に良かった。
そんな形でもう二度と会えなくなるなんて、そんなの絶対に嫌ですよ。
ぎゅっと私は前足でアデル様にしがみ付き、すりすりと頬ずりをした。
「みにゃああん、みいみいみ。
(アデル様が道を踏み外さなくて、本当に良かったです)」
……あれ?この言い方だと、アデル様がまるでグレて不良になる言い方だわ。
首を傾げてそんな事を考える私に、アデル様は頭をなでてくる。
「俺は今回の件で、個人的にリオに対して許せないことがある。
理を歪め、同胞を贄にした事も許せないのだが、
あいつは俺のユリアまで奪うとまで言ってきた」
ああ、確かに言っていましたよね。まあ、あれはペットとしてでしょうが。
愛玩用に生かしておいてやるよって事なので、余り嬉しくも無いですね。
言っておきますが私はアデル様のも……こほん、なんでもないです。ええ。
「それともう一つ、ユリアがせっかく食べさせてくれるというのに、
リオはユリアのお願いを拒み、お願いを聞いてやらなかった。
これが許せると思うか? ユリアがどうしても食べて欲しいと願っていたのに。
あいつはユリアを、俺の花嫁となる娘を悲しませた。それが許せん」
「……は?」
「み?(え?)」
「お陰であれからユリアが凄く落ち込んでしまってな。実に許しがたい。
今度会ったら、リオの口の中に残りの【どす黒クッキー】をねじ込んでやろう。
ユリアの願いは絶対に全て叶えてやりたい。悲しませるものか。
何を持ってでもユリアの為にあいつに償わせて見せる」
「えーと? アデルバード? ま、まさかリーディナ君のアレを?
まさかあの異様な匂いのする物体を元友達に食べさせようとしたのかい?」
そう言いながら、ルディ王子様の視線はアデル様の腕の中にいる私の方へ。
ええ、何て恐ろしい事をするんだと言わんばかりの訴えようです。
私は子猫のフリでそっぽを向きました。だって……魔王戦ですよ?
ラスボスが相手となったら、子猫でも手を抜く訳にはいかないんですよ。ええ。
「ああ、ユリアが嬉しそうにリオをもてなしていたぞ。
それに初めてユリアが俺にやきもちとやらを焼いてくれてな。
俺がリオと一緒に行ってしまうと思って、精一杯引き止めてくれて……。
あの時のユリアはとても愛らしかった。出来ればもう一度見たい」
――いや、それちょっと違いますよアデル様。
「みい、みいみいにゃ、みい、みい……みっ、みにゃ!?
(私は、アデル様が悪い道に進まないようにですね?
必死に、必死に守ろうとしてですね……ちょっ、聞いてますか!?)」
やめて! 私の耳としっぽを、なでくりまわすのやめて!
ぺちぺちと私は顔を近づけてきたアデル様の顔を肉球で叩くが、
アデル様はそんな私を優しげな目で見下ろして、口元を指先でなでてくる。
だめだ。アデル様にはむしろご褒美だったわ。
「不思議だな。一応あれも給餌の一つだとは思うのだが、
妬ましいと思う気持ちが一切沸いてこないんだ。あれは許せる範囲だ。
むしろ、俺じゃなければそれでいいとさえ思ってしまう。
いや、ユリアがどうしてもと願うのなら、俺は命をかけても応えるが」
つまり、あのクッキーに関してはカウント対象にはならないようです。
それは……あれの驚異的な破壊力を熟知しているアデル様ですもの、
幾ら私が異性にお菓子を勧めても快く許せますよね。本能で拒否していますから。
あの後、なんともいえない顔で私を見ていたアデル様を思い出しました。
痴話げんかとかで俺に食べさせたりしないよな? そんな顔をしていたんですよね。
で、今もそんな顔をしているんですね。小刻みに震えながら。
そんなに嫌なんですね。いえ、あれはそもそも攻撃アイテムですし。
だから私は、不安がるアデル様を安心させる為にこう話しかけました。
「みにゃ、みいみい(大事なアデル様に、あんな危ないもの食べさせたりしませんよ)」
アデル様には、普通の、本当に普通の木の実たっぷりのクッキーにしますから。
甘くて安全な、アデル様の大好きなクッキーを作りますよ?
ええ、間違ってもオヤツに出したりして、
アデル様の愛情を確かめようとなんてしませんから、安心して下さいね?
あの時は大事なアデル様をリオさんから守ろうと、必死に戦っただけなのです。
何せ相手は魔王様で、あの時のアデル様は孤立無援状態でした。
あそこで戦闘になったら、アデル様が不利なのは目に見えていましたもの。
私もこの姿では後方支援がろくに出来なかったですし。
「ユリア!」
「みい!(アデル様!)」
誤解が解けた事で、ひしっ! と私は子猫姿のままでアデル様と抱き合いました。
「おーい? 二人……というか、二匹ともじゃれるのは後にしてくれたまえ。
仲がいいのは大変宜しい事だけれども、今は大事な話し合いの最中なんだよ?」
ルディ王子様が呆れ顔で此方を見ていますが、
私は今、アデル様の大事な信頼を取り戻している所なんです。
此処は快く目をつむって頂きましょうか。はい。
まあ、じゃれるのはさておき、今後難題が山積みですよね。
「では話を戻して、君はこれからどうするアデルバード。
奴の目的は人間なのだろう? ならば君はこの件に関わる必要はない筈だ。
君はユリア君を連れて安全な地へ行く事を望むなら、私もそれを手伝おう」
「いや……リオは、昔のあいつは人間をとても愛していた。
こんな事、かつてのリオが望むとはとても思えない」
「アデルバード」
「大丈夫だ……あいつは俺が同胞としても責任を持って止めてみせる。
それにユリアが愛しているこの場所を、人間達を俺は守ってやりたい」
「そうか、君に迷いが無いのならばいい。辛い役目を背負わせるがすまない」
蒼黒龍のリオさんに対抗できる人は、アデル様を抜かせばきっと誰も居ない。
それが分かっていたからこそ、ルディ王子様は巻き込むのに戸惑っていたのだろう。
もしもの事がアデル様にあれば、遅かれ早かれこの世界は終わってしまうのだから。
でも私は……アデル様を危険に巻き込むのは嫌だった。
誰かがやらなければいけないのは分かっている。分かっているけれど……。
(この先の未来が、私には分からないから)
こうしてアデル様はかつての友と敵対する道を選び、
人間の味方に付いた初めての蒼黒龍になった。
※ ※ ※ ※
そうして王都は表向き、いつもの日常へと戻っていきました。
にぎわっている最中に城が襲撃された一件は、
まだ詳しい経緯を知らされない国民をさぞや怯えさせただろうと思いきや、
以前、城でアデル様がプリン爆破事件なるものを起こした事もあり、
ああ、いつものアレか~なんて思われてしまったようで。
「うう……国民の皆様が不安から暴動を起こすよりはいいですが、
これは流石に不名誉な事なので何とも言えません」
アデル様本人は別にかまわないって仰っているのですが、
私としましては、アデル様の無実をどうにかしたいと思うんですよ。
それと今度来る時には、人間を滅ぼすとか言っていた自称魔王様、
つまりリオさんなんですが、あの後に私達が対策をするより早く、
リオさんは一度ならず、二度、三度と王都へとやって来ていたようです。
「最近、黒ずくめのフード被った男が夜な夜な徘徊しているらしいよ」
「もうすぐ冬になるってのに、不審者かねえ……野良猫が騒いで仕方ないよ。
騎士団も巡回を強化しているらしいけど、直ぐに姿を消すんで、
かなり手こずっているらしいね」
「ああ、俺も見たよそれ。なんか街の猫を追いかけて思いっきり引っかかれてた」
「何がしたいんだかね?」
自称魔王様、すっかり不審者扱いです。いいのかなこんな扱いで。
でも確かに、あのいかにも「私は怪しい人です」と言わんばかりの黒ずくめの格好だと、怪しい人にしか見られませんよね……何も知らない一般の方からすると。
「みにゃ、みにゃああん」
「ワン! ワンワン!!」
「ピー!! ピイピイ」
一方私は通訳をしてくれるティアルによって、王都に暮らしている野良と、
使い魔友達のアニモー達と連携を取り、密かな情報交換をしていた。
「みい、ネコノミンナ、オイカケラレタッテ」
「うーん。狙いはやはり猫族の捕獲でしたか」
先日いらした時に、「猫族は滅ぼさない」とか言っていましたものね。
で、人間を滅ぼす前に、夜な夜な捕獲しようとしたのかな。
人間社会で虐げられている可哀そうな種族という見方なのかも。
ええ、多分リオさんのタイプだとこうなるんじゃないかな~と、
ある程度予測していた私は、この数日間である物を準備して、
彼を見かけたら教えて欲しいと頼んでおいたんです。
この不穏な状況に、流石のアデル様でも軽視出来ないと感じたのか、
連日騎士団の宿舎に寝泊りして、情報収集と対策の会議に出ているそうで、
ある意味私は、サポート役として実に動きやすい状況下でおりました。
まあ、勿論保護者のリファは私にぴったりくっついておりますけども。
アデル様はこれから、リオさんとの戦いが待っている。
ならば、私は出来るだけ戦況が上手くいくように影で支えたい。
「私はアデル様の準備が整うまで、相手の動きを遅らせる事ですよね」
今後の事を考えて、物資の確保、保存食を用意し、備蓄用の部屋を増設しつつ、
王都の中を子猫姿で定期的に巡回する事にしました。
(ノー、魔王化! イエス、平穏!)
そうしたら早速、不審者情報を知らせに来てくれる子が居ましたよ。
あわてて駆けつけた先には、人さらいならぬ猫さらいをする怪しい男の姿。
顔や手には無数の引っかき傷があり、肩や腕には必死に逃げようとする猫さん達が。
ああ、泣き叫んでいるじゃありませんか、これは直ぐに助けてあげないと!
「にぎゃっ! にぎゃあああ!!」
「こら! 大人しく……いい子にするんだ!」
「みぎゃああっ!!」
泣いて嫌がっていますよ猫さん達、よっぽど嫌なんですねリオさんの事が。
さて、話し合いが通用するのならば、とっくにアデル様が解決していたでしょうし、
ここはやはり作戦通りに事を進めるべきか。
「ん……? ああ、アデルバードの所の子じゃないか」
毎夜、猫の保護に奔走しているリオさんは、
見た目は普通の人……いえ完全に不審者ですけれど、
あの魔物のモータルを一瞬にして塵にしてしまった方です。油断は出来ません。
リファには物陰に隠れて待機してもらったし、私は一定の距離を保って近づく。
「ちょうどいい所に来たね……君をずっと探していたんだ」
にたりと口角が上がり言われた瞬間、私の全身がぞわっと寒気がした。
(同じ蒼黒龍なのに、立っているだけでこんなに怖いなんて……)
赤い目が光っているのがなんとも怖い、お化け屋敷に居たら喜ばれそうな人です。
今はそんな悠長な事を言っている場合じゃないですけどね。
足元が少し震えているのを必死にこらえて、私は愛想よくのん気な声を出した。
リオさんは幸い私を本当の子猫だと思っているから、そのように振舞う方が良いでしょう。
「みい? みいみいみ。みにゃあ~。
(あれえ? 誰かと思ったらアデル様のお友達のリオさんだ。こんばんは~)」
「あ、ああ……僕を覚えているのか、アデルは一緒じゃないのかい?」
私が近づくと一瞬びくりと彼の肩が震え、しきりに辺りを警戒しているではないか。
私が背中に背負っているものを見つけたらしい、
先ほどからやたら背中に背負っているものを凝視されている。
ふむふむ、何か武器を持っていると思われたのかな?
では、ここは油断させないといけませんよね~?
私はティアルのご機嫌な姿を思い浮かべながら、愛嬌をふりまいて、
無害な猫を演じようではありませんか。
「み! みいみみにゃあん。
(はい、私はアデル様にお茶を届ける途中だったんですよ)」
「そうか、お使いか……ところでアデルは元気にしているのか?」
「み! みにゃあん! みいみいみ。
(はい、とってもとっても元気ですよ!
お仕事を頑張っているアデル様に、おいしいお茶をご用意していたんです)」
そう言いながら私は「そうだ! 味見を忘れていました」と言いながら、
水筒を下ろし、キャップを開けようとするが開かない。何度やっても開かない。
何度か開けようとして、開かないと言いながら涙目でリオさんを見上げた。
「みい、みいい……みにゃあん。
(あか、開かないのです……私は使い魔失格です)」
アデル様に怒られるかもしれない……そう言いながら、しょぼーんと涙を流す私。
体をぷるぷる震わせて本当に涙を流していますが、嘘っこ泣きなのはお約束です。
「なっ、泣く事はないだろう!? 貸してみろ、僕がその位開けてあげるよ」
どうやら今はリオさんの自我の方が強いようです。それとも猫に弱いだけなのか。
わたわたしながら近づいてきたリオさんは、私から水筒を慌てて奪い取ると、
直ぐにぽんっと音を立てて水筒を開けてくれました。
(あれ? 本来のリオさんて実はいい人……いや龍なのかな?)
ああ、だめだめ。相手はアデル様を取り込もうとしたんだった。
私が油断してどうするんですか、逆でしょう!
私が油断させなきゃいけないんだから。
水筒の蓋の部分はコップになっておりまして、
その中に少し注ぐとリオさんは私に渡してくれました。
こちらに注意が向いている隙に、囚われていた猫さん達に逃げて~! と、
しっぽで合図し、ささーっと皆が逃げていくのを横目で確認する。よしよし。
「ほら! これでいいだろう?」
「みい、みにゃあん。みにゃ。
(わあ、ありがとうございます。リオさん)」
渡されたお茶をぺろりと飲んだ私は、片方の前足でほっぺたをぽんぽん。
「みい! にいにい、みにゃあん。
(おいしい! 良かったあ、これならアデル様も喜んでくれますね)」
「……不思議な香りだな。アデルバードはこれを飲んだ事が?」
「みい! みいみいにゃ?
(はい、宜しければ開けてくれたお礼に一口いかがですか?)」
私はそう言いながら、よたよたとお茶入りのコップをリオさんに勧めます。
ええ、これこそが私の仕組んだ罠でございました。
味見をして見せて油断させる。題して、魔女のおばあさん作戦です。
「……いい香りだ」
アデル様が飲んだ事ある。子猫の私が飲んでも平気。
イコール飲んでも安全なもの。そう判断したようですリオさん。
「――では、僕も一口頂こうか」
そう言ってごくりと飲んだリオさんは、
そのまま地面に頭をめり込ませて埋もれてしまいました。
ええ、その位の威力がある事を私は知っておりましたとも。知っておりましたとも!
以前にアデル様が勝手に飲んでしまった「健康茶ブレンド」今回は更に進化して、
新作のEX版が発売されたのでそれを使わせて頂きました。
命まで奪う代物ではありませんが、しばらくの間は再起不能になる物です。
元々は健康茶、体には害はありません。ただ味が独特なんですよね。
匂いは薬湯と同じですから、龍族限定の効果なのでしょう。
(普段、アデル様との生活で龍の嗜好を熟知している私に死角は無い……たぶん!)
嗅覚の鋭いアデル様でさえ引っかかった飲み物ですもの。
リオさんが引っかからないなんて事は無いだろうな~と思いましたが、
まさかこんなに簡単に引っかかるとは思わなかったので、
心の中で、「いや、本当にすみません」と謝っておきました。
「みい? みいい~?
(リオさん? リオさ~ん?)」
「ぐっ……がはっ!!」
あ、今ゲーム画面とかならグロッキー状態になっていますよね? これ。
よし、このまま再起不能にして、リファの風で王都の外に出してもらいましょうかね。
(猫さんが嫌がる事をしたら駄目なんですからね?)
ちらっと今のうちにリファにしっぽを振って合図を送り、次の段階へ。
今の私は無邪気な子猫、何も知らない使い魔のユリアを演じます。
心配性のリファがハラハラしながら見守っているし、
時間が経つと飛び込んできそうだから、早くケリをつけないと。
「みい、みにゃあん! みにゃ!
(リオさん、そんなに感動してくれるなんて! ユリア感激です!)」
「ち、ちが……っ!」
「みいみいみ、みいい、みー! みにゃあん~!
(アデル様は刺激的なお味が好きなんですが、リオさんもなんですねえ、
よーし! それじゃあついでにコレもサービスしちゃいますよ~!)」
そう言いながら、地面から顔を出したリオさんのお口にぽいっと特性の飴玉を一つ。
ええ、問答無用でお口の中に放り込ませて頂きました。
「ぐわあああああああっ!」
「みい?(おいしいですか?)」
先日リオさんがいらした後、私はリーディナにある物を頼んでおりました。
以前の【どす黒クッキー】だけだとアレなので、飴バージョンもあるとステキ!
そんな事を言って、取り急ぎ用意してもらった物がこちらの商品になります。
新作【どす黒飴】禍々しい色合いですが、効果は抜群です。
「いっ、いつのまに……アデルはこんな……っ、
こんな破壊的なものを……あいつの味覚は異常なのか……!!」
アデル様が味覚オンチだと勘違いされてしまいましたが、成功のようです。
私がもう一ついかがですかと、新しい飴をうきうきしながら取り出そうとすると、
振り返った時にはリオさんの姿は消えておりました。
逃げられましたか……ですが撃退は成功したようですね。
「クウン!!」
リオさんが居なくなった途端に、リファは急いで私に駆け寄って顔をなめてくる。
私も安全が確認されると、その場にぺたっと座り込んでしまいました。
ぷるぷるとリファの足にしがみついて震えだす私の体に気づき、
ぽいっと自分の背中へと乗せてくれたリファは、
そのまま騎士団へと連れて行ってくれるようです。
(これで、あと少しは時間稼ぎが出来るよね?)
こうして王都の平穏は飴とお茶によって守られた……なんて言ったら変な話ですが
しばらくはリオさんも来ないだろうし、安心かなと思いました。
その後、弟王子であるリイ王子様の援助とリーディナの多大な協力により、
王都周辺の壁に【どす黒飴】を特殊加工して飾る事になりまして、
これ何の魔よけ? なんて聞かれる事も多かったそうですが、
猫さらいなる不審者は現れなくなったという事です。めでたしめでたし?




