81・狂う絆
――“リオ”その名は私にも覚えがある。
なぜってそれは、「アデルルート」に出てきた名前だったから。
蒼黒龍の集落を襲われた時に、アデル様を庇い、真っ先に死んだ筈の仲間。
そして何より、アデル様の親友であった者の名前だ。
そんな彼がなぜこんな所に? 私はアデル様と青年を交互に見る。
アデル様の言葉を聞いたのは、彼の懐にいた私だけだった。
「みい……(アデル様……)」
髪の色はアデル様と同じ、蒼みがかった黒色をした腰元まで流れる長い髪、
瞼を開いた瞳の色は、完全なる魔物の印となる真紅の色。
その身に纏うのは、禍々しさを感じる漆黒の装束という異様ないでたち。
そして人型であるにもかかわらず頭部に伸びているのは、
二つの長い角、そのうちの片方は先端が折れてしまっている。
その事から見ても、彼がリオさん本人である事を証明していた。
だって、その折れた角の先の部分は今、アデル様の剣として使われているのだから。
親友の形見として……折れた角の欠片を使って形成された剣、
これまでアデル様がとても大事にしていた物だ。
(この姿……見覚えある。これ、夢の中で見たアデル様が魔王になった時の……)
――魔王……そう、目の前の青年の姿は確かに魔王の姿だった。
「やれやれ……多少知恵を授けた位では上手く動いてはくれないか。
所詮は人間が作ったまがい物の命のようだ。使えないな」
「で、殿――」
騎士の皆さんが、ルディ王子様と似ている青年の出現に驚いていると、
不意にリオさんが騎士の人達をひと睨みし、軽く手を振り上げた。
すると周りに居た仲間の騎士達が一斉にばたばたと倒れていくのを目撃した。
アデル様と私をその場に残して。
「!?」
何か術を使って昏倒させられたらしい。あっという間の出来事だった。
(そうだ。この人が本当にリオさんなら、アデル様みたいに詠唱無しで魔法が使えるんだ)
城の方を振り返ると、ルディ王子様と傍に控えていた護衛の人達も見えない事から、
彼らも一緒になって倒れてしまったらしい。
「これでゆっくり話せる……やあ、久しいね。アデル、こんな所に居たんだ。
またこうして君と話せる事になるとは思いもしなかったよ」
「……お前はあの時に死んだ筈だ。なぜ、なぜ生きているリオ!!」
感動の再会という訳には勿論いかなかった。目の前の青年の言葉からして、
今回の一件はこの人が裏で手を引いていたという事になる。
アデル様の瞳は悲しげに揺らぎ、こんな再会をしてしまった事に悲痛な声を上げた。
人との共存をとアデル様に説いていた親友が、まさか人間を襲うようになるとは、
きっと思いもしなかっただろう。
それは、これまでのアデル様の苦労を、気持ちを全て否定されたようなものだった。
「お前は、人間との共存を望んでいたのではなかったのか?
だからこそ俺は、お前の分までこの地で生き延びようとしていたんだ」
――いつか、親友の気持ちが理解できる日が来ると、そう信じて。
アデル様の気持ちが、私には痛いほどに分かった。
「それなのに、なぜ人間を襲う真似をした! それも魔物に魂を売ってまで!!
俺の知っているリオは、人間をとても愛していた。この俺が呆れるほどに」
「みい……(アデル様)」
「人間との共存、それをこの俺に話していたのはお前だろう、リオ!!」
友の凶行を咎めるアデル様を見ながら、リオさんは不気味に笑う。
それはまるで他愛無い会話をしている時の戯れの様に。
けれどその姿は温かみのあるものではなく、酷くいびつで、
冷たい印象のする笑い方だと私は思った。
にたりと……リオさんが口角を上げた唇から白い牙が見える。
「はは、はははは、ははははは、ひひひひひひ」
そんなアデル様をあざ笑うように、リオさんはケラケラと笑い続けた。
「君の口から人間の共存について語られる日が来るとはね。ひひひ、はははは」
「リオ……お前……本当にリオなのか?」
「……はははは、ああ、そうっ! そうだよアデル僕はリオだ。
しかしあの人間を毛嫌いしていた君が、人間を庇おうとするなんてね。
それも、裏切り者の紅炎龍の生き残りどもとも仲良くしているとは」
同じ蒼黒龍だというのに、こんなにも違うものなのか。
その雰囲気は実に対照的で、私はリオさんを怖いと感じた。
アデル様の時は怖くなかったのに、リオさんには異質な強い恐怖を感じる。
私が物語の中で知るリオさんは、物静かでいつもアデル様を優しく見守る人だった。
(目の前の人は本当にリオさんなのだろうか? 別人にしか見えない)
リオさんの姿を借りた魔物ではないのかと、そんな事すら思ってしまった。
「そうだね……確かにかつての僕は、愚かにもそんな幻想を抱いていたよ。
でも、過ちであった事に後から気付いた。気付いた時には遅かったけれど、
僕を取り込もうとしたコレを逆に取り込まれたフリをして、
今の今までずっと裏で操っていたんだよ。俺達の力を利用しようといたからね。
だからに利用してやった! まさか獲物が反撃するなんて思いもしなかっただろう」
「リオ……」
「あれから僕は反省したんだ。君の意見が全て正しかったよ。
僕の愚かな考えが、人間への甘い考えが、大切な僕らの故郷を滅ぼしてしまった。
これに飲み込まれた僕は、同胞達の怒りと憎しみと悲鳴を一身に聞いたよ。
“復讐を、仇を”そう望まれ、僕は仲間の悲願を聞いたんだ。魔物の腹の中でね」
”復讐を、我らの仇を”
”我らを滅ぼす人間が憎い”
「だから皆が望んだ報復を、龍の誇りを掛けてでも遂げると彼らに誓ったんだ」
「…………報復を」
「だから――こいつに取り込まれる前に“僕が”先に皆を取り込んだ。
この魔物に利用される位なら、僕が皆の力を有効に使うと決めてね。
蒼黒龍の怒りを買った恐ろしさ、その身を持って味わって貰わないと」
彼が聞いたというのは、モータルに取り込まれた同胞達の断末魔なのだろう。
当時、気を失い、唯一被害を免れたアデル様には分からない出来事だった。
そしてそれは――魔物の持つ負の力に洗脳された証拠でもある。
「違う……リオ、分からないのか? 魔物に堕ちてまで皆は報復を望んだりしない。
魔物になるという事は、龍の誇りを捨てるという事なんだぞ!?」
けれど、リオさんにアデル様の必死の言葉は通じなかった。
「アデル、君の言うとおりだったよ。人間は害悪だ。生かす価値すらない」
「俺は其処まで言っていない。言ったつもりは……」
「あの時、僕が君の言葉に耳を傾けなかった落ち度だと、ずっと後悔していたよ。
だからずっとこの魔物の中で機会をうかがって身を潜めていたんだ。
僕達龍族の、蒼黒龍の悲願を果たす為に、人間への復讐を。
怨嗟の言葉を呟きながら、この魔物に知恵を与えてね」
荒れ果てた故郷に取り残されたのはアデル様だけじゃなかった。
別の形で、リオさんも絶望を味わい、そして強くなろうとした。
アデル様とは全く別の形と意味で……。
アデル様には手を差し伸べてくれる人が居た。助けてくれる人達が居た。
同種ではないものの、理解してくれる龍族の仲間も居た。
けれどリオさんには居なかったんだ。彼を助けてくれる人が……。
――だからこんなにも……壊れてしまったのか。
(リオさん……)
私の目に涙がにじむ。かつて夢で見たアデル様の姿と重なって見えた。
「力を欲し、人に惑わされず、人間の国を滅ぼせるだけの揺ぎ無い力を。
酷く手間取ってしまったし、姿もこんなに醜く変わってしまったけれど。
だが、お陰で以前よりも強い力を手に入れる事が出来たんだよアデル。
これは復讐だ。僕達を貶め、滅ぼした人間達への……ね」
「龍の誇りを捨て、魔物へと堕ち、その王となる気かリオ……。
以前のお前ならば、そんな選択肢を絶対に選ばなかった。
俺に人と生きるきっかけをくれたのはお前だったのに、なぜ、こんな事に」
「みい……(アデル様……)」
そう、アデル様が人間の治める国、ローザンレイツで暮らすのを決めたのは、
何よりも親友だったリオさんの遺した言葉。大切な親友の言葉がきっかけだった。
きっとそれがなかったら、ルディ王子様の誘いにも乗らなかったと思う。
そのリオさんが、今度は人間への復讐を望んでいると聞き、
アデル様は変わり果ててしまったリオさんを悲しげに見つめていた。
(でもこれは、アデル様がなるかも知れなかった未来の姿なんだ)
アデル様とリオさん。同じ過去の境遇を持つ二人。
親友だった二人はかつての立場を逆転し、敵同士として顔を合わせていた。
(そう……か、リオさんはアデル様の対の存在なんだ)
一方がある行動をすれば、もう一方は別の行動をするように、
それぞれ、この世界の物語には役割を持つ人達が居る。
つまり、アデル様が魔王に堕ちない場合、用意されているのがリオさんなんだろう。
私も、そしてアデル様も分かっていた。これは本当のリオさんじゃない事に。
リオさんはその心を闇に飲み込まれ、黒く塗りつぶされてしまっているのだ。
それは以前、アカデミーで出会った院長先生と同じ様に禁術を使った事で、
本来の人格をゆがめられ、凶暴な衝動を産み付けられてしまったのだろう。
かろうじて、まだベースとなる彼の自我が残っているだけで、
リオさんがあの時の院長先生の様に変わってしまうのは、きっと時間の問題の筈。
最後には自身が誰かも分からなくなる前に、彼を止める必要があった。
「事情は変わってくるんだよ。あの時の出来事が僕の目を覚まさせた。
僕達の故郷も、仲間もつまらない人間の為に奪われてしまった。
その怒りと絶望で苦しみ、僕はそれまでの考えが過ちだと気付いた。
魔物の体内で力を取り込んで、操り、力を蓄える事にしたんだ。
これは僕だけの意思じゃない。蒼黒龍の総意として動いているんだよ」
君も人間をずっと憎んでいたんだ。僕に賛同してくれるだろう?
そう言いたげに、リオさんはアデル様に笑いかける。
「蒼黒龍は龍の長だ。他の龍族は僕の決定に従う義務がある。
その身に宿る魔力も血肉も僕の大事な贄になって捧げて貰うよ」
だから――龍の長として、他の龍族も「道具」として自分に従わせるのだと。
(駄目……そんなの駄目。アデル様をそんな事に巻き込まないで)
それを聞いて私の全身の毛は一気に逆立ち、目がめきょっと見開く。
(油断しちゃ駄目だ。彼はアデル様を悪い道へと引き込もうとする。悪いお友達)
私は瞬時にリオさんへの同情心から警戒心へと切り替わった。
アデル様を悪い方向へ導こうとするのなら、こっちにだって考えがある。
私はアデル様を守る為に、幸せにする為に戦うんだから!
「リオ、つまりこれまでの一件、やはり全てお前の差し金か」
「君も言っていただろう? 人間など信用するに値しないと。
直ぐに助けて貰った恩も忘れ、裏切り、命を狩りにやって来る筈だと。
だがまさか、そう言っていた君が以前の私の願い通りに此処で暮らしているとは、
僕だって思いもしなかったよ。前に君を見かけた時はまさかと思っていたが……。
だけど、こうしてまた会えて嬉しい、本当に嬉しいんだよアデル、僕の友」
さあ僕と一緒に行こう? 僕達は人間達に復讐する権利がある。
そう言ってアデル様に手を差し伸べてくるリオさんは無邪気に笑う。
それはまるで、今から遊びに行こうとでも誘っているかのように、楽しげに。
「――……」
アデル様は悩んでいるのか、すぐにリオさんに返答しなかった。
彼も憎しみが全て消えているわけじゃない、頬に残る炎のような痣がそれを証明している。
それだけに私は沈黙するアデル様を見て不安になる。
流れる静寂の中で、私はぎゅっとアデル様に必死で抱きついた。
だめ、誘いに乗っちゃだめ、そんなことをしたらアデル様の未来はなくなってしまう。
そうなればアデル様を助ける為に犠牲になった先代のユリアは?
あの子の気持ちはどうなってしまうの? 私には託された願いがあるのに。
「みにゃあ! みにゃああっ!!」
「……ユリア」
必死に引き止める私を見て、アデル様はハッと私の存在に気付き、
暫し私の顔をじっと見つめた後、リオさんに向かって左右に頭を振った。
「……リオ、俺はもう、故郷で暮らしていた頃の俺ではない。
ここへ来なかったら俺は変われなかった。気付く事も出来なかった。
今のお前の姿は過去の俺だ。人間を良く知ろうともせずにいた頃の。
あのままだったなら、俺は迷わずお前の手を取っていたかもしれないな」
「みっ!(アデル様!)」
「だが……俺はもう、そうはならないと決めた。人と共存する道を俺は選ぶ。
俺はここで守るものを見つけた。居場所をくれた者が居る、生きる意味も見出せた。
正体を知りながらも秘密を守り、心配し、俺の為に涙を流してくれるものがここにはいる。
俺よりも弱く、とても小さな命だ。あの頃の俺なら目にもかけなかっただろう。
だが、今はそんな小さな命を愛おしいと思い、守りたいと思うようになった」
「アデル? 何を……」
「リオ、お前のお陰だ……過去のお前が俺の背中を押してくれた」
そう言いながら、アデル様はリオさんの元へと歩み寄る。
「お前が居たから、俺は半身とようやくめぐり会えた。感謝している。
ここへ来なければ、きっと出会う事が出来なかっただろう」
そう言ってアデル様は、かつての親友の喉元に目掛けて剣先を向けた。
「だから、例えお前の頼みでも力にはなってやれん。すまんなリオ。
――いや、“リオだったもの”と言った方がいいのか? 魔族の王よ」
アデル様の返答に私は胸が震えていると、リオさんは目の前で顔を歪めた。
「……意外だね。てっきり君なら直ぐに賛同してくれると思っていたのに、
一体どういう心境の変化があったというんだい? 同胞の誘いを無下にするなんて、
あれほど人間を嫌っていた君がどうして人間に加担するんだ?
今、半身と言ったがまさか……花嫁をここで見つけたとでも?」
「ああ」
ちょっ!? ここでなぜカミングアウトー!?
さらっと言ってのけたアデル様に呆然とするリオさんの姿、
そしてアデル様の片方の手は、先程からずっと震える私の頭の上に。
こ、こんな所で何も私をなでなくてもいいのにっ!!
ぺちぺちと、抗議の意味でアデル様の胸元を肉球で叩く私。
そんな事を警戒もなく目の前でやっているものだから、
リオさんは私の存在にようやく気付いたようだった。視線が合う。
……はっ!? もしかして今のうちに何か出来たのではないか?
子猫で魔王に不意打ちアタックを……えーと? どうやって?
「その……生き物は」
「ユリアだ」
「み~」
「ね、猫? これが噂に聞いたしっぽの長い猫か?
な、なぜ君が触れているのに、気絶したり、怯えたりしないんだ」
そうですよ。子猫ですが何か?
「ユリアは俺に懐いているからな。体調の心配をしてくれる事はあるが、
俺の気に怯えて泣き出した事は一度も無い」
私の姿を見るなり、「この生き物は是非、僕の手で保護しなければ」と、
なにやら恍惚な目をして、ぶつぶつと呟いているリオさんが居る。
え? ちょっと待って? 保護ってまさか私の事ですか?
今まで陰鬱そうな表情だったリオさんの顔が、ぱっと明るくなっていた。
「人間の里にこんなに愛らしい生き物が居たとは!
アデル、そ、その生き物ともども一緒に僕の城に連れてきてもいいよ?
歓迎する。物凄く歓迎するよ。その猫族だけは滅ぼさないと約束しよう。
魔物達にも一切手出しはさせない様にする」
魔王様の権力、ちっさ! ……なんて私が思ったけれど言わない事にするよ。うん。
「――断る。ユリアは体が弱いから、とても野生では暮らせない。
この俺が始終傍にいて守ってやらないと、外敵にも狙われやすいからな」
「みい?」
「い、一度なでさせてくれないか?」
「駄目だ」
……えーと、あの~……なんだろうね? この雰囲気。
リオさんの様子を見るに、彼も小動物が好きだったりするのでは……。
さっきまで一触即発寸前では? と身構えていた私は何処へ?
見るからに二人の会話は、動物を愛でたいリオさんと、
それを断る飼い主の構図になっていました。
アデル様、私達は今そんな事を話している暇はないのでは?
真剣なお話をしていたのは、その話題は何処へ行ってしまわれたのか。
(あ~今のうちにアンの様子でも見に行こうかな? 奪還出来るかも)
私、そんな事を考えとりましたよ。ええ。
「ユリアは俺の花嫁だ。気安く近づくな。お前でもただじゃおかない」
「嫁? ま、まさか君の選んだ花嫁というのは、この小さな猫なのか!?」
「そうだが何か?」
正確には「猫」じゃなくて「人間」なんですけれどね。
なんか、子猫姿の私がアデル様の選んだ「龍の花嫁」だと聞いた途端、
可哀相な子を見るような目で見られていますよ。アデル様。
アデル様ね。肝心な所を抜いて話をする癖があるんですよね。
リオさんも、親友だったのなら気付きましょうよ。アデル様はこういう性格なんだから。
今の会話だと、蒼黒龍のアデル様が子猫をお嫁さんにするって意味に捉えられますよね。
うん、種族の差以前に、体格差がありすぎると思うんだ。
「た、確かに同胞の雌は絶滅してしまったが……。
よりによって、こんな、こんな小さすぎる別種の雌にするなんて……。
しかも、まだ子供じゃないのか? そこまで見境がなくなったのか君は」
「何を言う、俺はいたってまともだ。可愛いだろう?
この俺がこんな事をしても怒らない……ほら」
そう言って、私の頭をなで繰り回すアデル様と、
あれ? おかしいなと思いつつも、アデル様にしがみ付いて彼を守ろうとする私の姿。
とってもちぐはぐな光景だと思われます。はい。
「普通の猫なら、発狂して気絶してしまう所だ。
リオ、お前なら分かる筈だ。これまで小動物に怯えられていたお前なら」
「ぐ、ぐぬぬぬ。確かに僕では怯えて逃げ出してしまう。
この姿になったら尚更、小動物に怯えられる様になってしまったよ。
こうなったら力ずくでも君とその猫を連れて行こう!!」
「やれるものならやってみろ。ユリアはお前になど渡さない!!」
そういえば、えーと確か、メインヒーローって「二人」居たんだよね?
だからアデル様は「メインヒーローの一人」って表記になっていたもの。
で、私の記憶が確かならば、もう一人のメインが魔王だった筈……だから、
リオさんもメインヒーロー、しかもダークヒーローだと思うんだけれども。
なんか飼い猫を自慢するご主人様と、友人の低レベルな言い争いになっている気が?
いいのだろうか、メインのヒーロー達がこんなので。
(まあいい、これは好都合だ。相手が暴走しないうちに……)
二人が言い争っている間に、私はいそいそと行動に出ることにした。
背負ってきた小さなリュックの中を前足で漁っていると、
私を見つめる何かの視線に気が付き、辺りを見回したら、
物陰で震えながらも、こちらに近づこうとしているリファの姿を発見する。
「みい」
リファは無事だったみたいだ。私はリファに前足を振った。
「クウン」
その合図に、リファも私の意図が分かったらしく頷いてくれる。流石はママンだ。
せーの! 猫語でそう言った私がリュックから取り出した物を宙に放り投げると、
リファが見計らったように勢いよく風を起こして、あるアイテムを飛ばした。
「みい! みーいみい~?(そうれ! たーんとお食べ~?)」
それは、かつてリーディナがティアルの為に作って生まれた副産物。
色んな素材詰め込みまくりのアイテム、【どす黒クッキー】だった。
ちなみに改良されてはいるものの、以前よりも更に黒くなっております。
私はこれをリュックに入れて、持ち歩いていたんですね護身用に。
「ぐはっ!?」
どす黒クッキーは見事、言い争っていたリオさんの口の中へと命中。
表面は砂糖で匂いごとコーティングされているので、
傍目には使い魔用のおやつと思われるでしょう。
だ・け・ど。一旦口の中に入れようものなら、
驚異的な破壊力を生み出すという魔のクッキーでございます。
かつて、アデル様も近づく事すら出来なかったお菓子ですもの。
同じ龍族の、それも「五感にも優れた元蒼黒龍」のリオさんならば、
効果も絶大なんじゃないかなと思ったわけで。
野生育ちの龍だったならば、動物の本能には忠実なはずなんです。
そう、甘いものは安心、苦いもの、酸っぱいものは毒物と見分ける動物的本能、
逆手に取れば、こっちに勝機があると思いました。
甘いとね。本能で安全だと考えて口の中に入れてしまうんですよ。
「みいい~(大成功~)」
パチパチと私は前足で手を叩いて喜ぶ。遠くにいるリファにも手を振った。
魔王戦は僅か1ターン目で強制終了となりました。
いや、終了させました。アニモーな私達が、無血戦線でございます。
「ユリア……」
「みい?」
作戦大成功と喜ぶ私達に、アデル様はなんとも言えないような顔で見つめてくる。
でもほら、先手必勝っていうじゃないですか、アデル様。
相手が油断している時が一番だと思うんですよ。はい。
要するに何ていうか……そう、勝てばいいのよ。勝てば!
「みい! みいみい!(大丈夫です! 私には騎士道精神なんてありませんし!!)」
「…………そうだな。というか、まだアレを持っていたのか」
「みい! みいみい(はい! 護身用に)」
いくら同郷の元親友でも、魔王様相手に油断は宜しくないと思うんだ?
ボス戦って前置き口上が無駄に長いですし、そんなことを相手がのん気にしている間に、
仕掛けた方がいいと思うんですよと、私はにゃんにゃんとアデル様に説いた。
いくらアデル様のお友達でも、アデル様を魔王側に付かせる訳にはいきません!
バッドエンドまっしぐらな展開になんてさせる気はないんですから。
「みい、みにゃああ!(リオさんには、絶対に渡さないんですから!)」
アデル様を不幸にする可能性が高いなら、全力でフラグをへし折ってやりますとも!
まして、アデル様にお友達を手に掛けるなんて業を背負わせる訳には!!
アデル様の未来は、二代目ユリアがきちんと、きちんとお守りするんですからね!
相手が魔王様だろうと、譲る訳にはいきません。私だって戦いますよ!
「ユリア……俺を心配してくれたのか」
ちょっ、アデル様、何で私に頬ずりしているんですか!? 私必死なんですよ?
今は大事な所なんですから、私にじゃれるのは後にして下さいっ!!
「ぐ……うううう~な、何だコレは!? 鼻が、鼻がもげるっ!!」
「……大丈夫か? リオ」
鼻をつまみながら、アデル様は「一応」親友のリオさんを気遣ってはいますが、
流石に近づいて助けようとまではしていませんでした。むしろ、後退して距離を置いた。
ピクピクと口を両手で覆いながら、悶え苦しむリオさんを確認すると、
アデル様は剣の先で突こうと……あ、アデル様それは流石に止めてあげて下さい。
というか、一応お友達なんですよね? 彼って。
「……くっ、や、やるなアデル。いたいけな子猫を使ってこの僕をだまし討ちとは。
何時の間にこんな卑劣な戦略を覚えたんだ。やはり人間の入れ知恵か」
「――いや? 俺はまだ何もしていないのだが?」
「みゃあ(私がやりました)」
そう言って私は小さな右前足を上に伸ばした。はい、犯人ならぬ猫、挙手。
「嘘だ! その子猫に何か指示してやらせたんだろう!?
よく見たら所有の印が付いているじゃないか、本当は君の使い魔だろう!
こんな小さな子に、なんて物騒なものを持ち歩かせているんだ!!
危ないじゃないか! 胃がただれ落ちるかと思ったぞ!!」
「みい、みいい(いえ、全て私が好き勝手絶頂にやったんですが)」
私が全てやりましたよ。そうさっきから猫語で言っているんですがね?
子猫があんな事を思いつかないだろうと、リオさんは思ったようです。
何しろ見た目もこんな小さな子猫ですし。まあ、無理もないかなと。
まさかこんな小さい子が、そんな知恵を持っているとは思わないですよね。
(あれ? 私、これ絶対にラスボス戦だと思って警戒していたんだけど……違うのかな?)
――だから、先制攻撃したんだよ?
魔王が出てくるって、普通はラスボス戦の筈なんだけれど……。
ちょっと反応が違う気がするのは私だけ?
魔王様堕ちルートやったことないから、分からないや。
「僕が出来ないことをやって、精神攻撃する事まで覚えたのかアデル」
さっきのアデル様がしきりに私をなでていたのも、
何気にリオさんの心を抉る精神攻撃になっていたのかも。
ある意味、この姿って魔王戦には有効なのかもしれない。後でメモしておこう。
魔王、にゃんこ有効……っと。あれ? 弱肉強食な世界は何処へ行ったの?
「な、なかなかやるな。きょ、今日は特別にこの辺で止めておいてあげるよ」
「いや、だから俺はまだ何もしていないのだが、リオ……」
「みい、みい(いえ、だから私が)」
流石に倒す事は出来なかったらしいですが、かなりのダメージを受けた模様。
彼の全身から白い煙がしゅうしゅうと立ち込めてきており、
リオさんは忌々しそうに、口元とお腹を押さえておりました。
「みい、みにゃあん?(おかわり、いかがですか?)」
だから私はうきうきしながら、愛らしい猫ボイスで二枚目を取り出そうとすると、
リオさんが顔を青ざめてずざっと後退した。本気でびびっているらしい。
どうやら人間を滅ぼす気力はもうないようです。
というか、今はそれ所ではないようですね。
よろけているし、立っているのもやっとの状況ですから。
(リーディナ、あなたはきっと将来、凄い錬金術師になりますよ)
あなたの冒険創作料理が、魔王戦にここまで有効だとは思いませんでしたよ。
ある意味、これも才能だと思うんです。ええ、この際、料理の腕は諦めるのも手ですね。
よし、このまま戦闘不能まで持ち込もう。
「みいーみーみ、みいーみーみ(たーべーて、たーべーて)」
「きょっ、今日は引き下がるが忘れないでくれアデル。私は必ず同胞の仇は討つ。
完全に魔王として覚醒したその時には、人間どもを必ず滅ぼす。必ずだ!!」
「リオ……帰るのは全然構わないがお前に頼みがある」
「何?」
「ユリアの”お願い”は全て叶えてやりたい。だからこれを一口でも食べてやってくれ。
大丈夫だ。たぶん、きっと、おそらく? 死にはしないから」
「嫌だよ!! 君まで末恐ろしいことを言わないでくれ!!」
「みい、みい(せめて一口、 せめて一口)」
前足をぶんぶん上下に振って、強く意思表示をしてみた。
「ユリアが”あーん”をしてくれるというんだ。
俺は本来、他の雄への給餌は許せないが、
今回に限り、今回だけは特別に許してやろう。という訳で絶対に食べろリオ、
ユリアを悲しませる事はこの俺が許さん」
「お、覚えていろアデル。このままじゃ済まさないからな!」
悪役の捨て台詞を吐いて「自称・魔王様」は空間を切り裂き、姿を消しました。
自称とつけることにしたのは、私がこれまで抱いていた魔王様のイメージが、
ことごとく違っていたせいだと思います。うん、しょぼいなんて言わないから!
むしろ。モータルの方が断然ボスっぽい気がしたんだけれども、
それを言ったら、きっとリオさんが落ち込むような気がしたので止めときました。
「みにゃあ(追い込みアタックは無理でしたか)」
しょぼんとうつむく私の頭を、アデル様はなでてくれる。
「クウン~?」
駆け寄ってきて、こちらを気遣ってくれるリファにアデル様は静かに頷いた。
「ああ、俺は大事無い。ユリアも大丈夫か?」
「みい(大丈夫です)」
「そうか……ユリア、余り危険な事をしては駄目だぞ?
お転婆が過ぎると命に関わる。君に何かあったら俺は悲しい」
「みい」
こくりと私は頷き、アデル様のなでる手に身を委ねた。
そして心の中で盛大に謝罪した。アデル様の大事なお友達に勝手に手を出したことと、
きっとこれからもアデル様が危険に巻き込まれるのであれば、
私は危険を承知で行動することがあることを……。
例えそれがアデル様の望まぬことだったとしても。
(私だってアデル様を守りたい。助けになりたい)
「クウン~」
「リファも無事か」
私達の頭をそれぞれなでるアデル様。でもアデル様は少し上の空だった。
「あいつが俺を連れて行くと言っていたが、“生かして”という意味ではないな。
俺を養分として取り込み、魔王の一部として力を付ける意味だったのだろう」
私はのん気な言い争いだと思っていたが、アデル様はそう思わなかったようで、
後から聞かされたその意味を教えられると、私は全身が震えていた。
先手必勝どころか、下手をしたらアデル様が殺されていたかもしれないという事実に。
平然とした様子で言っているアデル様に見えたが、私をなでるその手は震えていた。
じゃあ、やっぱりもう一つ口に投げ込んでおくべきだったか! お土産に!
「あの優しかったリオが、同胞だった俺の命を奪おうとする程になるとはな……」
「みい……(アデル様……)」
人間を慕っていたリオさんは、人間を滅ぼす側に。
人間を嫌っていたアデル様は、人間を守る側に。
同胞である二匹の蒼黒龍は皮肉にも、その立場を逆転させたのだ。
故郷が滅ぼされた事をきっかけとして。
「俺にはユリア……君が居た。ユリアが居たから俺は狂わずにいられた。
だが、状況が違えば、ああなっていたのは俺だったのかもしれない。
リオは俺と違い、周りに誰も居なかったんだろう。
傍にいて支えてくれる者も、手を差し伸べてくれる者も」
そうアデル様がぽつりと呟きながら、私の頭をなでる。
その言葉に私は胸が痛んだ。アデル様がリオさんと同じ道を選んだ未来を、
私は先代のユリアを介して知っていたから。
(龍は同胞を大事にする)
だからこそ、これ以上狂っていく仲間を見捨てられない。
それが、かつて心を通わせた大切な親友ならば尚更だ。
「ユリア……君が人間だとリオが知れば、あいつは必ず君の命を狙うだろう。
俺の心を惑わせた人間だと怒り狂い、真っ先に牙を向ける筈だ。
そうなってしまう前に、俺はリオを止めなくてはいけない。
何より、本当のリオは、そんなことを望むようなものでは無かった。
昔はとても……とても優しい奴だったんだ。人間をとても愛していた」
そして、龍の花嫁と決めた私をアデル様は見捨てられない。
私は既に、アデル様の中で半身として認識されているのだから。
「みい(アデル様)」
今リオさんを止められるとしたら、同じ蒼黒龍であるアデル様だけだろう。
他の龍族では、圧倒的な力の差に倒されてしまうと思う。
それを知っている私は、アデル様にそれ以上何も言えなかった。
(行かないで……アデル様……)
言える訳が無かった。アデル様に龍の誇りを捨てられる訳が無いから。
どちらを選んでも、アデル様には辛い未来が待っている。
私はアデル様に顔を埋めて、彼の言葉に静かに頷いた。
口から出て行きそうな本音を精一杯堪えて……。




