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80・見えない絆



「みい……(ルディ王子様……)」



 ルディ王子様の両手の甲にある三枚ずつのうろこは、

日の光を受けて存在を主張する。私はそれに見入ってしまった。


 何度見てもルディ王子様の手の甲にある物は、白銀色に輝くもので、

紛れも無く龍のうろこだった。ルディ王子様にある筈が無い印、

人間の手には決して存在しないはずの、龍族の証の一つ。



――という事は、ルディ王子様は勿論、弟のリイ王子様も本当は……。



「……みいみい、みい(……二人とも、白龍の末裔まつえい )」



 その身の白さから野生の中ではとても生きられないとされ、

数種ある龍族の中でも、唯一滅んでしまったと言われている幻の白き龍。

それがまさか、この国の王族だったなんて。


 白龍は滅んだのではなく、別の形で生きながらえていたのだとしたら。

彼らもアデル様の同胞という事になる。


 先ほど彼が言っていた。アデル様に王位を譲渡するという話は、

あれは「自分よりも格が上の、龍族の長の方が王位にふさわしい」という、

意味も含まれての事だったのだろう。


 そしてティアルが『ルディ、ハゲ』と普段から言っていたその意味は、

あれは「髪の毛」の事ではなく、「うろこ」の事を言っていたのか。

今までずっと、ルディ王子様達は人間だとばかり思い込んでいた私は、

衝撃の余り、彼の手元を何度も凝視していた。


 あれ? でもアデル様はこの事を知らないんですよね……?



「みい(ルディ王子様)」


「…………ん?」



 彼の両手に全意識が向いている私の存在に気付くと、

ルディ王子様はにこりと笑い、剣を持つ手とは逆の左手の指を立てて、

し~っと私に合図を送ってきた。



「……参ったな、彼には秘密に頼むよ?」




 つまりアデル様には、この件を内緒にしていて欲しいという意味なんですよね?



(そうか、この人は人間の王子様としてアデル様と接していたのだから……)



 

 せっかく築いた関係を崩す事を考えて、彼には話さないつもりなのか。



 人間不信のアデル様にでさえ、明かさなかったルディ王子様の正体。

いや、出来なかったのかも知れない。出会ったばかりのアデル様の事を考えれば。


 知らなかった。まさかルディ王子様達まで龍族だったなんて。

弟のリイ王子様も、そういえば制約がどうのと言っていたから、

この件も当然含まれていたんだろう。自らの正体を明かせないという制約が。


 人化しているのに残っている龍の印、それはアデル様やラミスさんにはないから、

彼はきっと完全な人化をする事が出来ないのだろう。



(つまり、さっきルディ王子様の言っていた“龍の加護”って、

 ルディ王子様達の龍の血が薄まっている事を言っていたんだ……)



 彼の持っている剣も、アデル様の愛用している剣と形状が似ている事から見て、

あれは白龍の角で作られた剣なのだろう。きっと先祖である白龍から受け継いだ。



「み! みいみ!?(そうだ! アデル様!?)」



 とと、今はそんな事をのん気に考えている場合じゃなかった!?

外ではアデル様達が大変な目に遭っているのに!!



「みいい~ユリア~……」


「み、みい、みい?(ティ、ティアルは、此処で待っていて下さいね?)」


「みにゃあ~ティアル、イイコ、イイコシテル」



 震えているティアルは私の言葉に、何度もこくこくと頷く。

私は攻撃が止んだのを確認すると、怯えるティアルをなだめて柱の影に隠し、

ティアルの肉球と私の肉球を合わせて、指きりの代わりに猫タッチで良い子のお約束。



「みい、みいみい?(さて、これからどうしよう)」



 かろうじて損傷を免れた窓辺によじ登り、再び外の様子をうかがった。

既に今の騒ぎを聞きつけたのか、警備の者達も徐々に集まってきており、

人の声が先程よりも大きい。それはある意味不利だと私は気付く。

その場にいる騎士の人達は龍族出身の人が多く、下手をすれば正体がバレてしまう。


 人目が多い事が、逆に彼らの行動を制限してしまうからだった。


 私はハラハラしながら様子をうかがう。そう、この中で一番危ない人の姿を探した。



「みっ、みいみ!(いたっ、アデル様!)」



「貴様、よくも……俺のユリアを……オレノ……ハナヨメヲッ!!」




 先程の攻撃で激昂したのは、やはりアデル様だった。


 彼の本能が「花嫁を傷つけられた」と判断し、暴走しかかっているではないか。

アデル様の怒りに呼応する様に地面が揺れ、大気を震わし、近くにある壁が崩れる。

周囲に風が巻き起こり、その中心でアデル様の牙が伸びていった。



「わわわっ! 落ち着けアデルバード!! ユリアは無事だから!

 ほら!! あそこの窓辺から見ているだろう?」



 今にでも龍化して大技をぶっ放そうとした彼は、

ラミスさんが私の存在にいち早く気付き、慌てて彼を取り押さえてくれたお陰で、

大衆の前で正体をさらすという事態を免れ、大事にはならなかった。


「ぐ……グルルルル……」


 けれど、今のアデル様は龍の本能が強く反応している。

それだけ、龍の花嫁となる娘の影響力が強い事を意味していた。



「みい~!(アデル様~!)」



 だから私は此処に居ます! そう猫語で声高々に無事を告げると、

アデル様は私の声を聞きつけ、ぴたっと動きが止まり此方へ勢いよく振り返る。

そして窓辺に立つ、子猫姿の私をアデル様が見つけた。


 一瞬だけ静寂の時間が流れ、私はアデル様に凝視されていた。



「……っ、ユ、ユリア!? ……良かった。無事だったのか。

 怪我はないか? 待っていてくれ、直ぐに終わらせて其方へ行く」



 アデル様は私の無事を知って安堵あんどした顔を見せる。



「みい(アデル様)」



 (しば)しの間、交わされる視線。ほっと私も安堵あんどして息を吐くと――。



「アデルバード団長! 対象、捕獲しました!!」



 肝心のアンは、アデル様とラミスさんが言い合っている間に、

数名の騎士達に取り押さえられているではないか。

此方に攻撃を仕掛けた事で、すきが出来たようだ。



「うあああああああああああっ!!」


 耳をつんざようなアンの悲鳴が響き、それが周囲の騎士達の聴覚を狂わせる。

その悲鳴とともにうごめく闇が抵抗を見せ始め、

まるでアンの声に応じ、彼女に従っているかのように、

押さえつける騎士達を払い除けようとする。


 それはとても普通の人間の女の子が出来るような所業ではなかった。




「く……っ!? なんて力だ。数人がかりで押さえ付けているのにっ!」


「これ、本当に人間の女の子がやっているんですか!?

 もしも、これが人心を惑わす魔物の類だとしたら俺達は……」


「アデルバード団長! ラミルス副団長! ご決断を!!」



 普段は女性に優しい騎士の人達も、非情な決断を上司であるラミスさん達に求める。

目の前の少女は、得体の知れない魔物を王都へと引き込んだ元凶でもある。


 だからこそ、被害は最小限にと考え、彼らは普段ならしない究極の決断をする。

王都の国民の命と少女の命を天秤に掛けたのだ。


 ただし、もしそうなればアンの命は……。



「いや駄目だ!! この少女は殿下の仰るように操られている可能性が高い!

 国内で起きた事件なら、魔道士達に彼女を見てもらった方がいいだろう。

 こんな事例は初めてなんだ。今後の対策の為にもそれは最終手段にする!!」



 ラミスさんはアデル様から離れた後、部下に声を荒げてそれを止めた。



「生け捕りって事ですか! うわっ! また暴れだしたぞ」


「おい、誰か縛るものを!! 普通の縄じゃ駄目だ!!」


「……っの!」


「あああああっ!!」



 彼女が悲鳴を上げると、アンの瞳の色が元の赤紫の瞳へと変わるのに気付く。

その様子を見て、私はかつて暴走していたリファの姿を思い出した。

今、色が戻ったという事は、まだ完全に魔物には堕ちていないのではないか?



――もしかして、今ならまだ間に合うんじゃ?



 私はアンの状態から、彼女を救えないかと必死に考えを巡らせる。



(今ならあの子を助けられるかもしれない。でも、どうやって? どうすれば?)


 此処で状況判断を誤れば、皆が危険にさらされてしまう。

おろおろと私は周りを見て、何か手段はないか必死に考える。

そんな折、ふと、悲鳴の後にアンが唇を震わせながら動かし、

何やらずっと必死に何かを訴えている様に見えた。



「み?」


 それは声になってはいないものの、口が何度もぱくぱくと動いている。

口唇術は知らないものの、私は口の動かし方でそれが読めないか考えた。



(何か……私の経験で役立つものは……)


 

 私の中で何かひらめきが浮かび、記憶の引き出しが開かれた。

そうだ演技の基礎である、発声練習の時の口の開き方で分かるかも知れない。

養成所に通っていた頃に習ったレッスン内容を思い出しながら、

私は彼女の言葉を読み取ってみる事にした。



(あ……じゃない、か? ええと……た?)



 た――……た す け て。



「みい?(助けてって言っているの?)」




――じゃあ、やっぱりまだ彼女アンには自我があるんだ!



 アンが力尽き、ふっと意識を失い倒れた直後、

今度は騎士達の背後に突如、闇の塊が新たに出現していた。

アンが宿主だと思っていた彼らは、その周りに向ける注意を怠ってしまい、

それが相手にすきを見せる形となってしまう。



「だめだ危ないっ!? 避けろ!!」



 それに気付いたアデル様が部下達に向け、直ぐ避難指示を出すが遅かった。

闇は彼女を取り押さえる騎士達に近づくと、彼らをあっという間に弾き飛ばしていた。



「ぐっ!?」


「うあああああっ!?」



「気をつけろ! そいつは普通の魔物じゃない!!

 立ち止まらずに後方に下がれ!! 単独で動くな!!」



 アデル様の声に、難を逃れた騎士達は指示に従い後方へと一気に下がる。



「うわあっ!? なんだこれ!! 動けないぞっ!!」



 けれど吹き飛ばされた数名の中には、既に動きを止められた者達が居た。

彼らの足元を見ると、黒い結晶の塊が騎士達の足を捕らえている。

そしてその結晶は、みるみるうちに悲鳴を上げる彼らを飲み込んでいった。



「お前らっ!?」



 部下達が結晶に取り込まれるのを見て、ラミスさんが部下達に駆け寄る。

必死に剣の柄で結晶を叩き、中から仲間を出そうとするが、びくともしなかった。



「なんだよ全然壊れないぞ、これっ!! いやまて、これってまさか……あの時の?」



 別の方向からの攻撃に気付いた人達が後方に飛びのき、剣で切りつけたが、

実体を有しない相手に、剣は通用しなかった。 

 

 闇の塊は皆が怯んでいる隙に、倒れているアンの姿を覆い隠してしまう。

彼女の魔力をそうそう手放す訳には行かないという事だろうか?

塊の中から伸びてくる無数のつるらしきものが、騎士達目掛けて襲い掛かる。



「み……(これって)」



 それはまるで、ローディナ捜索の際に出くわした光景に酷似していた。



 そう、まるであの時の再現のような……私は驚きで目を見開くと、

キラリと何かが塊の傍で反射したのに気付き、ある物を発見する。

光った先には、見覚えがある短剣らしき物が、闇の塊に突き刺さっているではないか。



「み、みい……(う、うそ……)」



 見覚えがあるなんてものじゃない。あれは元々私が持っていた短剣じゃないか。

かつて私がローディナを助けようと魔物との一戦を交えて、失ってしまったもの。

それが此処にあるという事は、今、私達の目の前にいるこの魔物の正体は……。



(あれってまさかモータルなの!? なんでこんな所に?)



 アデル様もそれに気が付くと、ギュッと剣の柄を強く握り、

突然現れたモータルを忌々いまいましそうににらみつける。



「まさか……お前は……」



 闇の塊は、たちまちにして一つの魔物の姿へと姿を変えていく。

それはかつて、ローディナやアデル様達を圧倒的な力で襲った異形の魔物、

ルディ王子様が名づけた未知の魔物、モータルが居た。




「みい、みいみい!みいみいみ!!

(ルディ王子様、あれはモータルです!!

 直ぐに他の方達を此処から避難させないとっ!!)」



 私は背後を振り返り、前方の魔物の正体をルディ王子様に伝える。



「モータル? あれが君達が前に言っていた未知の魔物か!?」


「みい!(そうです!)」


「……参ったな、まだ対策も出来てないやからが相手だとすると厄介だ。

 王都は魔道士達の結界により、魔物を寄せ付けない様にしていた筈だ。

 しかも、警備が一番厳重な城の敷地内まで出入りが出来るとなると……。

 加護の力が此処まで弱くなってしまったのか」



 それまで余裕の笑みを浮かべていたルディ王子様の顔は、

相手が蒼黒龍であるアデル様ですら、手こずった相手だと知るやいなや、

一気に険しいものとなった。


 いまだ対策が進んでいない未知の魔物とあって、

精鋭ぞろいの騎士団でさえ倒せる見込みは薄いと思われる。

つまり、この戦況を変える手段はないと言う事なのだ。


 例え今此処で、私とリイ王子様が共闘して時間を止めて動いたとしても、

周りの人達を避難させる事も出来ない。


(何より、リイ王子様の今の体調では負担が大きい)


 リイ王子様もそれが分かっているのか、苦々しい表情で外の魔物を見下ろしていた。



「兄上……見た所、先程の娘が利用されていたのでは……?

 あの娘はかなりの魔力を秘めているようです。常人を遥かに上回る。

 だから魔物が動く核として利用しているのでは」



 弟のリイ王子様がルディ王子様に近づいて、そう告げると、

ルディ王子様はその言葉に軽く頷いた。



「そうか、娘を傀儡くぐつとして捕らえたか。可哀相な事をする。

 あの娘を媒介にして操り、王都の中へと手引きさせていたのだろう。

 という事は、なかなかモータルは高い知能があって行動しているらしい」


「み、みい……っ(そ、そんな……っ)」



 あのパレードの時に様子がおかしかったのは、このせいだったのか!

生気すら薄れ、今は人形のようにピクリとも動かなくなってしまった彼女。

私はあの時、彼女の異変に気付いていたのに、すぐ傍にいたのに、

何もしてあげられなかった。助けてあげられなかった。


 その事が今こんなにも悔やまれる。



(あの時、既に彼女は魔物の手に堕ちていたなんて)



 かろうじて完全には乗っ取られてはいなさそうなのだが、

これでは自我を失ってしまうのも、きっと時間の問題かも知れない。

アンは私以上に巻き込まれ体質だったから、こんな事になってしまったのか?

でも一体彼女の身に何があったのだろう?


 あの時、パレードの際に彼女を心配そうに見ていた青年の姿は其処には居ない。

青年……川元さんはこの件に何か関わっているのだろうか?



「みい……(アン……)」



 彼女の変わり果てた姿を見て、私は胸が痛み、瞳を潤ませた。

こみ上げてくる感情はきっと私のものじゃない、もう一人のユリアの感情なのだろう。

アンはユリアの大切な親友だった。その親友がこんな姿になって苦しんでいたら、

きっと助けてあげたいと思うはずだ。


(私がローディナ達を助けたいと思った時のように)



 私はあの子の事を良く知らない。


 ゲームをしている際にプレイヤーとして使った位で、

その時に得た知識しか知らない。此方の世界では、これまで殆ど接点も無かった子だ。


 でも、もう一人のユリアは夢を介して私に教えてくれていた。

アンが記憶を失くして不安がるユリアを気に掛け、彼女の為に色々してくれた事を。

アンはとてもとても優しくて明るい子で、温かい人だった。


 沢山の思い出と、優しさを彼女はくれたからこそ、二人は親友になれた。

だからユリアは心を開き、誰よりも大切で愛する人を託す事も出来たのだろう。

渡された記憶の欠片で、私はあのアンとも見えない絆が出来ているのに気付く。



 それは前任のユリアが作ってくれた大事な……見えない絆。

二代目となったユリアに引き継がれた一つの情。




”――助けてあげて”


 心の中でもう一人のユリアが願う。



(――助けたい)


 私の心がその思いに共鳴する。



 それをアン自身は知らなくても、彼女がユリアの事をもう覚えていなくても。



(例えもう二度と、あの頃のような二人になれなくても……)



 あの子もまた、ユリアの大切な友人の一人である事に変わりは無いのだと。



「殿下!! ご無事ですか!?」



 入り口で警備をしていた騎士の人達が、崩れた瓦礫がれきをどかし、

ドアをこじ開けて部屋へと一気になだれ込んでくると、ルディ王子様達の無事を確認し、

盾となる様に彼らは窓側に立つと外の様子を伺い始めた。

そしてルディ王子様を出来るだけ窓から離そうと奥へと誘導する。



「此処は危険です。どうぞこちらから避難を」


「お怪我はありませんか?」


「私は大事無い。それよりも、外では厄介な事になっているようだ。

 直ぐに父上と弟達にこの件を報告し、この城から避難させてやってくれるか。

 ……ちょうど来賓らいひんの方々がお帰り頂いた後で助かったな」



 この騒ぎに気付き、更に駆けつけた警備の騎士達や重臣達に指示を出すと、

ルディ王子様は皆に見られないように背を向けて、新しく手袋をめ直している。

予備の手袋を常備していたらしい。確かにあれは見られたら大変ですよね。



「みい(でも)」



 先ほど狙われていたのは私ではなく、傍にいたルディ王子様のようだ。



「兄上」



 一旦、白猫一家を逃がしに行っていた弟のリイ王子様は、

武器の大ガマを片手に持ったまま、直ぐに兄であるルディ王子様の所へ戻ってきた。



「大事無い、リイ、動けるか?」


「は……咄嗟とっさの事で対応が遅れまして、申し訳ありません」


「構わん。俺とお前では能力差があるからな。お前は弟達と共に此処から離れろ。

 この騒動だと、警備の者達もかく乱されている事だろうな。

 女子供を先に避難を……と言いたい所だが、見ての通りだ。

 不用意に接触するのは危険だし、他にもああいうのが潜んでいるかもしれん。

 私は此処であれを引き付ける事にする。どうやら狙いは私のようだからな」


「兄上! しかしそれは……それでしたらこの私が!」


「リイ、俺は二度も同じ事は言わん。最善を尽くせ。

 今は此処で迷っている暇はないだろう。疲れているところ悪いが、

 城下の者達の避難も任せたぞ、出来るだけ此方で時間稼ぎはしよう」


「……は」



 リイ王子様は不服ながらも、ルディ王子様の指示に従うべく、

部屋の外へと駆け出して行った。慌てたように護衛の者達が後に続くが、

やはり数名はルディ王子様を守ろうと、傍に控える者達とに別れた。

けれどその者達にでさえ、ルディ王子様は逃げるようにと指示を出していた。


 今現在、あの魔物に対抗できる手段は見つかっていないのだと話して。

そう、これは「負け戦なのだから」と。



「みい(ルディ王子様)」


「ユリア君、君も早く此処から逃げるんだ。ティアルに案内して貰うといい。

 私がすきを突いてアデルバードをあの場から連れ出す事にする。

 万一の時は、彼と君が生き延びる事を最優先にしよう。

 君達が生き伸びてくれれば、きっとまだ希望はある」



 そんな事を、こっそりと私の耳元で話しかけるルディ王子様。



 万一の時……それを想像するだけで体が震える。それは最悪の事態である事を意味する。

ルディ王子様はまさか、自分を犠牲にアデル様を守ろうとしているのではないか?

王位を譲るというのは、こういう事も想定していたのかも知れない。

でも私は、その最悪の事態にはさせたくなかった。



「君達が生き延びてくれる事がローザンレイツの……我らの希望だ」


「みい! みいみい!!(駄目! 駄目です!!)」



 私はぶんぶんと顔を左右に振る。何度も何度も。

此処に居る人達をおとりにして生き延びるなんて出来ない。



(誰かが欠けていい物語なんて存在しないのに)



 頼りになるべき女主人公アンは囚われの身で、もう一人の男主人公ディータは不在。

主軸である二人が味方にいない事で、天秤は魔物側の有利に働いている。

今そろっている条件で、一体どれだけの事が自分に出来るだろう?


(考えて、考えるんだ。私は此処にいる唯一のサポート役なんだから!)



 ルディ王子様は知らない。私とアデル様だけが希望の存在ではない事に。

今囚われているアンは、この世界の中心に位置する羅針盤らしんばんのような立場だし、

ルディ王子様だって大事な役割がきっとある筈なんだ。



(アデル様っ!!)



 以前の時よりも力を取り戻し、調子を整えたアデル様は素早く敵の捕縛から逃れ、

剣を振るって追い払おうとはしているが一進一退を繰り返している。

相手は闇属性の魔物、アデル様の得意とする主力ベースもまた闇属性なだけに、

もしかするとアデル様の魔力を食らっているのかもしれない。



(アデル様がもしも今、全属性だったら……)



 まだアデル様の力は全て取り戻せてはいないだけに、突破口が見えなかった。


 そうこうしているうちに、闇はどんどん深みを増して大きくなり、勢いをつけていく。

まるで城一帯を覆い隠し、王都を飲み込んでしまうかと思うほど闇は広がる。

モータルは勢いを増してうごめく闇の増殖を増やしていた。


 それはまさに、あの時の再現のようで。



(再現……そうだっ!)



 まだ対抗策があるじゃないか、私は自身の腰に手を当てようとして、

……今、私の姿が白い子猫の姿になっていた事を思い出す。



(……ない!?)


 

 普段はいつも身に着けている物が、今日に限ってなかった。

私専用の武器、護身用の二本の短剣が。



(私のお馬鹿~っ!! こんな時に限って~っ!!)


 

 お城の中に武器を持ち込む猫がいたら、流石に不審に思われるからと、

騎士団にあるアデル様の執務室に物騒な武器は置いてきたんだった。

じゃあアデル様の執務室に装備を取りに戻って……駄目だ。往復に時間が掛かりすぎる。


 更に言えば、ローディナから貰った守りのペンダントも、

この小さな体には邪魔だからと、アデル様の部屋に置きっぱなしでした。


 これまで何度か神鏡を操る事が出来ないかと、試した事はあるけれども、

今まで成功したのは、リファの子供を映したあの時だけだ。

ローディナの時のような奇跡の再現を起こして挑むには、

同じ条件をそろえていないと発生が難しいのではないだろうか?


 流石に丸腰での特攻は怖かった。無茶にも程がある。

けれど私は、この状況を今どうにかしなければいけない。


(主人公の二人には助けを求められない……)



 きっとアデル様の性格だと逃げたりしない、

いや、逃げられないんだ。アデル様は誇り高き蒼黒龍なのだから。


(私が、此処にいるから尚更)


 そして私は、そんなアデル様や大切な皆を置いて逃げる事は出来なかった。



「みい……」



 しかし、今の私は攻撃力も全くといって無い猫姿なんて……。

私は迫り来る危機感に震えながら、この打開策を必死に考えていた。

これまでの経験を活かし、今ある条件と知識で……。



「み!(そうだ!)」



 ふとある事を思い出して、私は部屋を探り出した。

此処へ来る時に一緒に持ち込んだ。ビスケット型のリュックの存在。

あれに検問に唯一引っかからない物を持ち込んだんだった。

何か隙を作る手立てがあるかも知れない。



「ラミルス」


「おうっ! 行くぞアデルバード!」



 二人が同時に剣先に炎をまとわせると、敵の懐へと飛び込んでいく。

そして、アンの周囲を覆っていた闇を分断させる事に成功する。

それを見て、部下の人達から歓声が上がった。



「やった!」


「流石は団長と副団長です!!」


「今のうちにあの娘を此方に……」



 部下の一人がアンを助けようと飛び出した。それに続く残りの騎士達。

あと数歩、あともう少しで彼女へと手が届く……筈だった。


 分断された筈の闇は宿主を失い、威力を弱めて霧散するかと思われたが、

うごめきながら再び勢いを増し、アンに近づいた騎士達の目の前に立ちふさがると、

後方へと弾き飛ばしていた。



「うわあああああ――っ!?」



 魔物の抵抗を受けた者達は、背後に控えていた騎士達も巻き込み、

次々に倒れていった。いまだ威力は落ちてはいなかったのだ。



「く……っ、これだけでは闇をはらえないか」



 ぎり……とアデル様の口元が忌々いまいましそうに歪む。彼の顔に焦りの色が浮かぶ。

長期戦ともなれば不利となる事を、彼は長年の経験から気付いたようだった。



「み?」



 その時、瓦礫がれきの間にあったリュックを見つけ出せた私は、

急いでリュックを口にくわえて引きずり出すと、背後にいるリファに頼んだ。



「みい、みいみい!(リファお願い、私を外に連れて行って!!)」


「クウン!? キャウンキャウン!!」



 リファは私の言葉に驚いて、あそこへは行っては駄目だと制止しようとする。

今までずっと一緒に居た子だったから、私の考えている事が分かるのだろう。

でも私はそれには従えない。私はこのまま受身でいては駄目なんだ。



(過去は変えられないけれど、この先の未来は変えられる。きっと!)



 何もしなかったら、人任せにしたらこの先の未来はきっと変えられない。


(ユリアだって、あの子だって凄く頑張ったんだ。私も頑張らなきゃ!)


 それに先代のユリアは言っていたじゃないか。これは「私の物語」なのだと。



(つまり、これを変えられるなら私しかいない。キーパーソンは私なんだ!)



 サポートキャラとして、ユリアとして此処に存在しているのならば、

私も此処で何らかの役割を示した方がいい筈だ。誰かの手助けになる事を。

諦めたらそれで終わり。後悔しないために精一杯の抵抗をすると決めたのだから。


――だから。



「……みい? みいみい(……ごめんね? 白狼のお母さん)」



 私はリファにしがみ付いて震えていたティアルに目配せをする。

ティアルがリファの傍に居るのなら、危険を転じる事がきっと出来るはず。

だからきっと二匹は大丈夫だ。ティアルは「神鏡の恩恵」を受けた子なのだから。



「ユリア君? 一体どうし……まっ、待ちたまえ此処は……っ!」



――3階! そうルディ王子様は言いたかったんだと思う。




 私はそれを聞く前に、部屋の隅で発見したクッションを口にくわえ、

それにしがみ付いたまま、窓の外へと勢いよく飛び降りた。

今の私は子猫姿、体の体重は通常よりも軽くなっている筈だ。

そして窓の真下に土があるのならば、落ちた時の衝撃は軽くなるはず。


 

 これは一つの賭けだった。それも自身の命を天秤に賭けた。



(神器の覚醒かくせいには鍵が必要だって、前にリイ王子様は言っていたけれど)



 今、此処に鍵となるものは無い。そしてそれが何かも分からない。

となれば、他の方法を探すしかなかった。


 これまでに鏡の力が発揮されたのは計三回、うち二つは共通点がある。


 モータルに遭遇した時と、リイ王子様に襲われた時、

そのどちらも私が「危険に晒されている時」に発動しているのだ。

つまり、その状況を再び引き起こすには、私が「危険を感じる」必要がある。



(お願い! 私に応えて!! 神鏡ハーシェス!!)



 闇をはらうには光だ。それも強い強い光。

私は神鏡の放つ奇跡の光に一縷いちるの望みをかけて、地面へ向かって落ちていく。



「ユリア君――っ!!」


「なっ? ユリア!?」



 ルディ王子様の叫びに驚き、アデル様が振り返り私の名を呼ぶ声がする。

リファが慌てて私の後を追って窓の外へと飛び出してきた。

それよりも先に落ちていく私の体。


「~~っ!!」


 下へ下へと落ちていく感覚は、体感的にはビルの屋上から飛び降りるかの勢いだ。

体が小さい分、私は三階からでもその位の怖さを感じていた。


 声にならない叫びが口から出てきた瞬間、私の体は一気に熱くなる。

そして白銀の光が、私の全身を包み込むような感覚がしたかと思えば、、

私の体は闇に飲まれていく一帯を照らし始めた。


 それは、傍から見れば白い子猫が起こした奇跡……に見えたのかも知れない。



「なっ!?」


「なんだこの光は?」


「今度は何だよ!?」


「こ、子猫が光ってる……?」



 月の無い深夜の闇のように、騎士達の視界を奪っていた闇が晴れていく。

やはり鏡は宿主であるユリアを守ろうと発動してくれたようだった。

けれど私は喜ぶひまなんてない、この後の衝撃を考えて、それ所ではなかった。



「にいいいい――っ!?」


「ユリア!」



 

 アデル様が身をひるがえし、右手をかざして私の体の回りを風で包み込んでくれる。

地面へと落ちる速度が弱まり、一瞬ふわりと宙に浮かんだかと思えば、

私は駆け寄ってきたアデル様の腕の中にすとんと落ちた。



「みっ……」



 た……助かった! 肉球の付いた手がぷるぷると小刻みに震え、

アデル様の服をぎゅっとしがみ付く私。生きているという実感。

うあああ~アデル様ありがとうございます~っ!! 助かった。助かりました!



「……っ、大丈夫か? ユリア」


「み、みい(は、はい)」


「良かった……怪我は無いな?」



 こくこくと頷き、小刻みに震える私をアデル様は抱きしめてくれる。


「みい……」



 また勝手な事をしてごめんなさい。でも私も何かしたかったんです。

今ある状態で対抗策があるとしたら、これしか思い浮かばなかったから。


 鏡は流石に出なかったようだけれど、私の全身は今も白く発光している。

その光で闇の増殖を抑え、アンから闇を分断できたようだ。

今のうちにとアデル様に猫語で指示を出した私は、彼の懐に潜り込むと、

私と共に居る事でアデル様にも神鏡の光の恩恵があったのか、

彼の持つ剣が白く光り始めていた。


 そう、これこそが私の真の目的。



「これは……あの時と同じ」


「みい」



 そう、以前私がローディナを助けようとして自分の短剣を光らせたのと同じ、

魔を退ける白い光をアデル様の持つ剣で再現して見せたのだった。


 自分のが無いなら、他の人の物でやればいいんじゃないか? という、

実に単純すぎる発想である。上手く出来るかは、謎だったけれども。

そしてこの中で一番の突破口となる人は、アデル様しか居なかった。



「ユリア、これを君がやっているのか? いや、今は話している暇はないか、

 よし……ユリア俺から決して離れるな。分かったな?」


「み!(はい!)」



 アデル様は私の頭をなでると、私を懐へ入れたままモータルへと切りかかる。

悲鳴を上げ、抵抗を見せるモータルにアデル様は二度、三度と間髪いれずに切り込んだ。

そしてその攻撃は手ごたえがあるのを確認できたのである。これならいける!


「アデルバードの援護を、お前達は今のうちに女の子の救出をしろ!!」


「はい!」


「お任せを!!」



 ラミスさんの指示で動いたアンの救出は、先程とは違い、あっさりと成功した。

モータルが光る剣を持つアデル様(正確には猫の私)に怯えて後退したせいだろう。


「とどめだ」


 アデル様がとどめを刺そうと剣を振り上げた。その時だった。

モータルの背後から突如、黒い二本の手が突き出るように伸びてきて、

あっという間にモータルの体は真っ二つに引き裂かれてしまったのである。


「なっ……!?」



 振り上げられたまま動きが止まるアデル様。

モータルの体内から現れた頭部は長い黒髪と角を生やし、

黒ずくめの装束に身を包んだ、いかにも怪しい一人の青年がい出てきた。



「まっ、また誰か出てきたぞ?」



 驚いた騎士達もまた向けていた剣先の動きが鈍る。

悲鳴を上げる事無く地面へと倒れ、霧散するかのように消えていくモータルの姿。

あれ程、皆をてこずらせていた者を、目の前の青年はいとも簡単にして倒してしまった。



「こ、今度は何だ?」


「ひ、人?」


「何者だ……?」



 ざわざわと動揺した数名の騎士がつぶやく。

その中で、アデル様は顔を青ざめ目の前の青年を見つめていた。



「……まさか……そんな馬鹿な……」


「みい?(アデル様?)」



 震えるアデル様の声がする。


 私は目の前の青年からアデル様の方へと視線を向ける。

呆然としたアデル様の様子はただ事ではない。けれど私はその意味が分からなかった。


 けれど、その真実は直ぐに判明する。



 ゆっくりと顔を上げ、立ち上がった黒髪の青年。

長い髪で隠れていた為に、アデル様を除いた他の人達は誰もが気付くのが遅れた。

その髪の色はアデル様と同じで……此方を向く面差しは、

なんとこの国の第一王子、ルディ王子様と瓜二つだったのである。


 弟のリイ王子様よりも、もっともっとそっくりで本人かと錯覚してしまう程に。



「み……(ルディ王子様?)」



 私が呆然と目の前に立つ青年を凝視する。


 けれど、本物のルディ王子様は今も城の中から此方を見下ろしており、

ルディ王子様の方も、自分と瓜二つの青年の姿に驚いているようだった。

二人を見分けられるのは、髪の色と瞳の色位だったが、

まるでそれは、ルディ王子様の影が魔物となったかのような印象だった。



「リオ……お前は死んだはずだ」



 ぽつりと呟いたのは、またもアデル様の声だった。



 ”リオ”その名に私は覚えがある。


 確か、アデル様の大切な亡き同郷の仲間であり、親友の名前。

アデル様がこの地へ来るきっかけを作った蒼黒龍の名前だった。






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