79・隠された真実
冷めてしまったお茶は下げられ、温かいお茶に入れ替えられる。
カップを傾け、暫くは静かに過ごした後に頃合を見計らったかのように、
ルディ王子様は給仕の為に部屋の隅で控えていた女官を下がらせた。
「先程は何だかごたごたしてしまって悪いね。配慮が足りなかった」
「み、みい……(い、いえ……)」
まさか、「わざとですよね?」……なんて流石に言えませんでしたよ。
急にパチンと指を鳴らしたルディ王子様は、その場に簡易の空間魔法を作り上げる。
それは以前、リーディナが会話を外に漏らさぬようにと作っていた。
球体の防護壁のようなものだった。
部屋の隅にいるリファと猫の親子は、微妙にその空間からは外れており、
中には私とルディ王子様、弟のリイ王子様、そして絶賛おやつタイムなティアルが居た。
「しかし、先程の様子で改めてよく分かったよ。
アデルバードは本当にユリア君のことを好いているようだね。
……で、ものは相談なんだが、ユリア君は権力などには興味がないのかい?」
「み、みい?(は、はい?)」
「もしもユリア君がこの王都に留まっていてくれるのならば、
私も父上も、君の求める物を出来るだけ用意すると約束する。
地位も、財産も……私の命でさえもだ」
「みっ!?」
何を言うんですかこの人は? 話を変えすぎでしょう!
私はケーキの欠片を喉に一瞬詰まらせた。
少し咳き込みながら、ぷるぷると首を左右に振って興味がない事を意思表示。
むしろ、そんなものいらないですよ。あったら面倒なことになるだけだろうし、
名声……は、声優をやっていた頃は欲しかったけれど、今はそういうのは無いです。
(今は、アデル様の幸せを守るのが第一ですから)
するとルディ王子様は、もの凄く残念そうな顔でため息を吐き、窓の外を眺める。
窓の外では、アデル様とラミスさんがまた何やら言い争いをしており、
いつの間にか剣の打ち合いまでやらかしていた。
だが、単なる悪ふざけのようである。どちらも手を抜いていたのが分かったので、
私はルディ王子様の方に再び目を向けた。どう考えてもこちらの話の方が重要だろう。
「君やアデルバードが、そういう者だったら苦労しなかったんだけれどね。
いや、良いことばかりとは限らないか……要望次第では国を傾ける可能性もある。
……ユリア君、これは私の考えた戯言だと思って聞いてくれないか?
実は私は、アデルバードに次代の王となって貰えないかとも思っていたんだよ」
「なっ? 兄上! それは一体どういうことですか!?」
「みっ!?」
今の発言は、恍惚状態に陥っていた弟のリイ王子様の目を一気に覚まさせた。
リイ王子様が私達の方を振り返り、兄のルディ王子様に詰め寄ろうとするも、
ルディ王子様は片手をあげてこれを制した。
「兄上っ!」
「引け、リイ、今は大事な話の途中だ」
言われたリイ王子様は、ぐっと口を引き結ぶと右のにぎり拳を胸元に添え、
不服そうに頭を下げたまま、さっと後ろへと下がって行く。
その姿は明確な上下関係を思わせるやり取りだった。
「何時の日か、私の口から君にきちんと伝える必要があると思っていた。
既に私のこと、君のこと、そしてアデルバードに関する詳細は、
ここに居る弟のリイからも聞いていただろう?」
「……っ!?」
――どうして……見抜かれている。
ルディ王子様は、私とリイ王子様が密かに情報交換をしていると、
既にどこかで気付いていたのか。私は全身からどっと汗が噴出しそうだった。
思わずリイ王子様と視線を交わす。この状況はまずくないですか?
裏でこそこそと暗躍していたのですから。
一体何を言われるんだろう。共謀していたと思われるのだろうか?
「…………」
リイ王子様は「私は話していない」という意味で、
こちらに向かって小さく首を振る。彼も驚いているようだった。
困惑する私達の様子を見て、ルディ王子様は「やはりな」とため息を吐く。
あ……今、カマかけられていたんだ。まずい、今度こそバレた。
「二人とも、この私に隠し事をしようだなんて、まだまだ甘いね」
「「……っ」」
「……まあ、私も素直に白状すると、リイが君に話したことは全て真実だよ。
私は君の素性を初めから知っていたんだよ。ユリア君。
何しろ君をこの王都へと招き入れようとしたのは、他でもない私だからね」
「みい……(ルディ王子様……)」
「そしてアデルバードをも利用しようとした。悪い男だよ。
恐ろしい目に遭い、記憶を失くし、身寄りも分からぬ君を不安がらせていたのに、
これまで王家は君に一切の手助けをしなかったこと、本当にすまないと思っている。
恨まれても仕方のない事をしていたと自覚しているよ。
最も、君を保護したのがアデルバードでなかったのならば、
こんなややこしい事にはなっていなかっただろうが」
これまで隠していた事をさらりと認め、淡々と話し始めるルディ王子様。
その表情はいつも私が知る彼の顔とは違っているように感じる。
私が知らない、ルディ王子様の顔で何だか居心地が悪い。
「……」
「私はね、この国を維持する為だけに生まれた。そう思って生きてきた。
だから国の為になら、自身を犠牲にしても構わないとも思っていたんだ。
他のことには何一つ恵まれなかった私には、過ぎた望みしかないからね。
王位継承権を彼に譲っても構わないとさえ思っていたんだよ。
それだけに彼の強い守りの力を、加護をこの国に与えて欲しいと思っている」
「みい……(それは……)」
「この国は、かつて一匹の龍により救われた歴史がある。
その時、龍の守りの加護で維持し、発展することが出来てね。
我らはその時の事を忘れぬ為に、白き龍をローザンレイツ王家の紋章に取り入れた。
私達王族と、龍は元から深い繋がりがあるんだよ。その恩を私達は忘れてない。
だが、このまま行けば白き龍の加護は私の代で途絶えるだろう」
ルディ王子様から聞かされたのは、王家を救ったという白い龍の伝説。
再びこのローザンレイツが加護を得る為には、白龍の存在が必要となるが、
現存する白龍は既になく、龍族の中でも真っ先に滅んでしまった種族らしい。
その結果、ルディ王子様は、かつて国を救ってくれた白龍よりも、
遥かに上回る力を持つという、龍族の長、蒼黒龍の加護を王家に取り入れようとしたという。
私はルディ王子様の話を聞きながら、彼の瞳をじいい~っと見てみた。
人は嘘をつく時に目の瞳孔の動きに変化があると聞いたことがある。
私はそれを見る事で、彼が本当の事を言っているのだと判断した。
「加護も失われつつある今だからこそ、再びそれを得られたらと思うんだよ」
白い龍の主な能力は……確か治癒で光の属性。
その中には疲弊した土壌を癒し、浄化する力があるともアデル様に聞いていた。
「ユリア君、君の目にはこの収穫祭が豊かなものに見えるかい?」
私は窓の外を見て、こくりと頷いた。屋敷の庭でも木の実が多く採れたし、
素材探しのために、皆で冒険に出た時も沢山の自然の恵みを感じる事が出来た。
収穫祭は豊穣に感謝する祭り。豊かな状態で無いと行う事が出来ない行事だ。
それをふまえると、多くの資源に恵まれていると私は思っている。
今年それが出来るなら、恵みが多かったのだろうと判断したのだが、
この国の政治を執り行うルディ王子様から見ると、それは違うようだった。
「一見、収穫は多く見えているが、実際は衰退の兆候が現れているんだ。
ある所の水源は干上がり、ある所では土壌が汚染され作物が腐った。
その結果、昨年よりも収穫量は7割にも満たなくなってしまったよ。
今はこれだけで済んでいるが、この状態が継続的に進めば、
生き物が生息するには難しい時がいずれ来てしまうと私達は思っている」
「み……?」
人心を不安がらせない為に、例年通りを装い行った収穫祭。
実際には、もっと深刻な状況になっているそうだ。
私が何も知らなかったのは、徹底された情報操作のせいとの事。
既に問題の場所は立ち入り禁止区域とされており、
この件はかろうじて公にはされていないが、それも時間の問題だという。
「自然と直結した蒼黒龍の数が、一気に激減したのが原因だよ。
急激な衰退は、自然界の法則を大きく揺るがす事態だ。
元々自然界は自己治癒力を兼ね備えてはいるが、回復には時間が掛かる。
一年での回復は微々たるものだ。また我々ではその代わりにもならない」
「みい」
蒼黒龍は、かつて存在していた神格クラスの龍に限りなく近い龍族だ。
龍の始祖となる黄金龍の力の殆どを引き継いだという。
彼らが他の龍族より大きく自然界に作用するのは、この為らしい。
今まで白龍が滅んでも均衡が崩れずに何とかなっていたのは、
彼らを遥かに上回る力を持つ、蒼黒龍の群れが多く生息していたから。
そして白龍自体が龍の中でも一番力が弱かった事も理由の一つらしい。
けれど5年前にアデル様の故郷を襲った出来事で、蒼黒龍の数は激減、
その頃を境にして、均衡が崩れ、年々衰退の兆候が出始めていると言う事か。
「ただし、それを今の現状でかろうじて食い止めているものがある。
唯一生き残ったアデルバードの存在だ。もしも彼までいなかったら、
きっともっと酷い状況下に置かれていた筈だ」
「みい」
「そしてこのローザンレイツの王都は龍脈の流れる中心部なんだ。
龍脈は地下に流れる気の流れの通路みたいなもので、彼は恵みの力そのもの。
言わばアデルバードの能力を最大限に活かし、傷ついた土壌を再生させ、
土地の活性をする為にこの地ほど最適な場所はない」
「…………」
「更に騎士団長という立場で各地を巡り、弱った土地を彼一人で蘇らせている。
土壌が衰退している場合は、さすがに現地に直接行かないといけないからね。
だが、彼が誰かの保護を受けず、万一にでも何処かで死ぬ事があれば、
いずれ龍脈の流れは一気に滞り、この国は勿論、大陸全土が滅びるだろう。
それだけは何としても食い止めねばならない」
特別何かをして貰うつもりはなく、ただ「傍にいて欲しい」だけ。
彼が人として生息しているだけで、滅びの進行は食い止められている。
そして、加護を得る為には、王都に引き止める見えない鎖を着ける必要があるのだと。
見えない鎖とは、すなわち「想いの情」であり、「絆」ということ。
その鎖は既に私が持っていた。彼の恋人という形で。
そう、私自身がアデル様を繋ぎとめる「鎖」そのものなのだ。
「かつての龍が味方してくれなかったら、この国はとうに滅んでいた。
人の世では、強きものが国を制する王となる歴史があるだろう?
それをふまえると、龍の長である彼に国を返納するのは当然の考えなのだよ。
望めばこの国の王になる権利が彼にはある」
”我ら”はそれまでの間、国を預かっていただけの話なのだと。
(アデル様が王様……そんな事、考えた事も無かった)
「私も父上も、この国を民を救ってくれるのならば全てを捧げる覚悟はある。
君か、それともアデルバードにこの国を欲する程の野心でもあれば、
私達は喜んで彼に玉座を譲り、君に輝く王妃の冠でも用意するんだけれどね。
どういう訳か、二人ともそういうことには無頓着だからな、交渉すらできないよ」
いえいえ、その前にいきなりアデル様を王座に……とか無理でしょう?
これまでの秩序が崩れてしまうから、反対勢力がきっと黙ってはいないと思うんです。
「みい、みいみい……(アデル様は、国とか政治とかの知識には疎いですし……)」
それに国民や他国の人達にも、どうやって納得させる気だったんですか。
私がそう言おうとすると、ルディ王子様は元々アデル様をこの国に連れてきた時に、
遠い親戚だといって彼の後見人になった経緯があると話してくれた。
血を重んじられて、人間のつまらないものさしでアデル様が見下されたりしないようにと。
「そう思って、戸籍はどう転んでもいいようにしておいたよ。
父上には悪いけれど、いざという時の事を想定して、
彼を隠し子と言うことで認めてもらう手筈だって用意している。
ああ、私達に子供が出来たらという跡継ぎ争いの心配もしなくていい。
その時には、私達は子供の出来ない体として世間に公表し、生涯独身を貫くことにするから」
――其処までっ!?
た、確かにこの国に一番縛り付けられる立場は、王となる者だろう。
でも、ここにいて貰う為だけに、其処までの犠牲を考えているなんて。
しかも政治については、王子様達が影になって補佐するつもりだったらしい。
「まあ、あくまで私の考えの一つではあった。それについては諦めるよ。
あと君にはいつか、心からの謝罪と礼を言いたいと思っていた。
ユリア君はまだ私を疑っているだろうが、もう君をどうこうする気は私にはないよ。
私は個人的な理由でも、アデルバードの幸せをずっと願っているんだ。
私のかけがえの無い大切な友でもあるからね」
「……みい(ルディ王子様)」
「君が来るまでの彼は、最後の龍として孤独に生きる事も考えていたんだよ。
そんな彼の孤独と悲しみを癒してくれたのは、他でもない君自身だ。
ユリア君が彼の傷ついた心に寄り添い、その存在を尊重してくれたからこそ、
彼も心を開いてくれたんだと、私はそう思う」
優しい目で窓の外に居るアデル様を見つめるルディ王子様。
その姿はとても嘘を言っているようには見えなくて、
私は本当にアデル様の身を案じてくれてもいたんだなと分かった。
「ユリア君は、ありのままの彼を知っても受け入れてくれた。
だからこそ、ユリア君……君には大事な話をしておきたいと思う。
君はアデルバードの選んだ最愛、最後となる蒼黒龍の花嫁だから。
これから話す事は、今後の君にも深く関係する事になるだろう」
声を潜めて伝えられる言葉に、緊張が伝わってくる。
もしかして、アデル様の事でまだ私の知らないことがあるのだろうか?
「なぜ、蒼黒龍が人間の間では異端視されているかは知っているね?」
一つ、私は了承の意味で頷いた。
色にはそれぞれ見る者に与える印象が違う。
白が無垢や始まりを意味するのに対し、反対色である黒は死や終わりを意味し、
不吉なものとして畏怖されるからだろう。
私のいた世界でも黒を持つ龍は悪いものとされている位に、
良い印象を周りに与えていない事を私は知っている。
「だが、どうして異端視されているかの理由までは知らないだろう?
実は色だけで不吉だという事だけではない、体に内在する魔力も関係している。
貴重な龍の中でも長というだけあって、魔力や能力は他の龍族とは桁違いだ。
その為に蒼黒龍の血肉は、邪教崇拝の材料としても狙われる」
邪教崇拝……? 何かの呪術に使われるという事だろうか?
「邪教と言うのは、魔物を統べる王、魔王の君臨を願う者達の教えだ。
ようするに魔王をあがめる集団の終末思想というものだね」
「!?」
魔王……それはアデル様が自らの心の闇に囚われた時になった姿。
彼が魔王そのものを蘇らせる媒介そのものとなっていたのならば、
アデル様が自ら魔王に身を転じる事も可能なのだろう。
意外な所で、アデル様と魔王には接点があったのだ。
「元々、龍は貴重なアイテム生成などの素材となるからね。
現時点で分かるのは、彼の故郷と同胞達を襲ったのは、
その邪教崇拝の者達の手によるものだと言うことだ」
「……っ!?」
「勿論、それを行った者は既にこの世の者ではなくなっているだろうが。
あれは人の身で行うには分が悪すぎる。だからこそ禁術とされているんだ。
アデルバードは同胞の為に仇を見つけたいと願っていたが、
それはもう無理だろうと私は思っているよ」
「…………み」
「既に自分達が呼び寄せた魔物の生贄として、取り込まれているだろうからね」
その話で思い出すのは、リーディナを助ける為に忍び込んだアカデミーでの一件。
院長が禁術を用いて延命し続けた結果、魔に乗っ取られ自我を失ってしまった。
きっとルディ王子様が言っているのは、同様の事がどこかで起きただろうと言う事だ。
ずきりと一瞬頭が痛み、私は嫌な事を思い出した。思い出してしまった。
以前、ローディナ達を襲った闇属性の魔物、“モータル”は、
魔王復活の直前に出てきたものだったことに。
そう、最後の方に出てくる筈のボスクラスの敵だったのだ。
つまり、あれが既に出現している時点で、魔王が出てくる予兆だったんだろう。
(龍がレアアイテムになる事は知っていたけれど……。
アデル様が、魔王と元々深い関係があったという事?)
私はモータルと初めて遭遇した時の事を思い出す。
思い出さなきゃ、今、何かが引っかかる気がするんだ。
あの時、そうローディナ達が襲われた時に、あの魔物は、モータルは何を狙っていた?
(最初に、ローディナの存在に気付いたのは私だった)
――それは、なぜ?
(彼女の手には、キラリと何やら光るものが握られていて……)
それが一瞬光ったからこそ、私は彼女の存在に気付く事が出来たんだ。
あの時は気が動転していて、光ったアレが何かまでは気付かなかったけれど、
つい先日、私はユリアに同じものを手渡されたじゃないか、
色合いとか光沢は違うものの、キラキラと輝く龍の鱗を。
――ユリアはきっと、この事を私に伝えたかったんだ!
(きっと制約で行動が制限されていたから、あんな伝え方だったのかな。
じゃあ、ローディナが持っていた物も龍の鱗だったの?)
どくどくと、緊張の為に早まる鼓動を感じる。
体が小刻みに震える。なぜ、なぜ今まで気付かなかったんだ。
あの後、次にモータルに狙われたのは誰だった?
(アデル様とラミスさん、それと――……)
騎士団に所属していた、龍族の人達……。
そう、捜索隊に加わっていたのは、体力と力に自信のあった龍族の人達だけ。
(もしかして……狙われていたのは最初から龍族の人達に限定されていた?)
ただ、無作為に狙われていたわけじゃなく、理由があって襲われていたのなら、
あの魔物は、龍の力を取り込んで強くなろうとしているのでは?
(アデル様が、魔物を食らって魔王の力を手に入れた時と同じように、
今度はその逆、彼らの力を取り込んで力を付けようとしているんだ!!
その力の源となるのが、龍の長であった蒼黒龍だったのだろう。
なぜ、これまで人間による被害報告、行方不明の報告がなかったのか。
その意味が分かった。
狙われていたのが、最初から力の強い龍族に限定されるとしたら、
ローディナ達は運悪く、龍の落とした鱗を拾っていたせいで、
龍の同胞と誤認されて捕らえられたのでは……。
「(早く、早くルディ王子様と、アデル様達にこの事を教えないと!)」
では今一番、危険なのは何処?
龍が一番集まっている場所は……ここ、ローザンレイツしかない!!
私が重要な事に気が付き、ルディ王子様に伝えようと口を開きかけた時だった。
「……っ! うわあああっ!?」
「み?」
「なんだ? やけに下が騒がしいな」
窓の外で突然誰かの悲鳴が響く、喧騒とは違う人の声が聞こえ、
私達は一斉に窓の外へと視線を向け、声のした方へと見下ろす。
すると其処には城を囲む外壁の一点に深い闇の塊が突如出現し、
徐々に姿を大きく広げていたのである。
木々に止まっていた鳥達が一斉に音を立てて飛び立っていく。
この兆候は魔物が出る合図だが、なぜこんな所に?
まさかこんな王都の、しかも城の敷地内まで入ってくる魔物なんて見たことが無い。
「みいい~っ!!」
その時、ティアルが突然悲鳴を上げる。
窓の外を一緒に見ていたティアルとリファの毛が一気に逆立っていた。
二匹は窓から離れ、部屋の隅で体を丸めて震えだす。
白い猫一家も同じように集まり、今にでも逃げようと壁を引っかいていた。
「みい? みいみ?(ティアル? リファ?)」
「グルルル……」
「みいい~コワイノ~」
リファはティアルを背に庇い、牙をむいて窓の外を睨んでいる。
そして私も傍に来るようにと必死に合図を送っているようだった。
外にいたアデル様は勿論、ラミスさんは指笛を鳴らして仲間に合図を送り、
数名がその笛の音に気付いて駆けつけ、即座に陣形を取る。
剣を一斉に引き抜いて構えた。
「こんな所まで気配も隠してやって来るとは、魔道士の結界が破られたのか?
何処からやって来たのか分からんが、調べるのは後だ。
城下にはまだ大勢の人が居る、此処から外に逃がすなよ……っ?」
アデル様が剣を向けたまま、傍にいたラミスさんに目で合図を送る。
「誰か魔道士と錬金術師を呼んで来い。
下手に暴れられないように動きを封じた方がいいだろう」
指示を出していたラミスさんの剣先が、ふと僅かに揺れる。
まるで何かの存在に気付き、動揺しているようだった。
「なんだ? 闇の中に何か居るぞ、見えるかアデルバード?」
「…………っ!?」
傍にいたアデル様は目を細めて目の前の塊を凝視し、
アデル様もまた、何かに驚いているようだった。
こつこつ、こつこつ……何かの靴音のような音が響く。
その闇は別の空間へと繋がっているらしい。
闇の中から、誰かが少しずつこちらへと近づいてくる気配。
やがてソレは一人の人影から少女の姿を取り、武器を構えている騎士達の前に姿を現した。
腰元まで流れる長いツーサイドアップにした赤紫の髪がゆるやかに風に揺れ、
瞳は閉ざされたままの少女の瞳だったが、その姿は私にはとても見覚えのあるもので……。
「みい!?(アン!?)」
その姿は、私が知るこの物語の女主人公のアンで、
街で見かけた青ざめたままの顔をしている事に気付く。
私は後ろに居たティアル達を振り返る。この子達は彼女に反応していたのか、
先日見た時と同じように体を小刻みに震わせ、耳が垂れている二匹を見た。
(もしかして、ティアル達が怯えていたのはアンの方じゃなくて……)
「お、女の子?」
「女の子が出てきたぞ」
「こ、これが魔物?」
突然現れた少女の存在に、騎士の集団からどよめく声が上がる。
剣を向ける人達は、現れた者が歳若い少女という事に戸惑いつつも、
ふらふらとした足取りで闇から出てきた彼女に向ける剣先を変えなかった。
距離を保ちながらも、騎士団の人達が相手の出方を見張る姿がある。
「なんだ? 何かの余興……とかではなさそうだね」
目を細めたルディ王子様の青い瞳が、一瞬だけ険しくなる。
彼は持っていたカップを置き、壁に立てかけていた自前の楽器をおもむろにつかんだ。
いや、ルディ王子様、こんな時に戦闘の音楽を奏でなくていいですからっ!
あなた様は一刻も早くここから逃げて下さい!! 危ないので!!
「みいみい、みいい!(ルディ王子様、早くお逃げ下さい!!)」
危ないです。危険です!! 怪我でもしたらどうするんですか!
慌てて私が前足をぶんぶん降って逃げるように促した。
王子様がこんな所で襲われたら、大変な事になりますよ!!
ぴたり……と、アンの歩みが止まり、ゆっくりと彼女の双眸が開かれると、
虚ろな瞳の色は私が知っている赤紫色ではなく、真紅の色へと変わっていた事に気付く。
それは魔物の印、一度リファがなりかけたあの瞳の色だった。
――彼女本来の瞳の色じゃないっ!?
「!?」
見開いた瞳は目の前の騎士達ではなく、城の中で見ていた私達を見上げている。
一瞬、目が合ったかと思えば、その視線はルディ王子様へと向けられていた。
まずいと思い彼に駆け寄ろうとした瞬間、私達に向けて黒い稲妻が放たれる。
「み゛にゃああああ!?」
辺りに響き渡る轟音、天を切り裂くかのような鳴り響く雷鳴、
黒い光が辺りを覆い隠し、その光は城の中の私達を襲った。
「ユリアッ!?」
それは、余りにも早い詠唱無しの攻撃魔法だった。
アデル様がそれに気付き、私の名を呼びながら止めようとするも間に合わない。
とっさにリファは窓の傍にいた私の首元を咥えて、後方へと投げ、
ティアルと一緒にリファに覆いかぶさられていた。
「!?」
悲鳴を上げる事も出来ず、衝撃とともに窓のガラスが飛び散り、
吹きすさぶ風の中で壁は崩れ、部屋にあった物が後方に吹き飛んでいく。
強い風が辺りを覆い、私達は次に来るであろう衝撃を覚悟し体を強張らせていた。
が、衝撃はいつまで経ってもやって来ない。恐る恐る私が目を開けてみれば、
私達の目の前には、鎌を振るって障害物を跳ね除けている弟のリイ王子様と、
どこから出したのか、剣を握る兄のルディ王子様が立っていた……。
「……やれやれ、可愛らしいレディかと思えば、どうやら招かれざる客のようだ。
折角用意して貰ったお茶がまた台無しになったじゃないか。
可愛いお嬢さんの飛び込みの来客は大歓迎したい所だけれど、
申し訳ないが、私はもう少し淑やかなレディが好みでね」
と、ルディ王子様は突然の事態余り動じた様子も無く、
白銀に輝く剣を両手に構えて衝撃を受け止めていたのである。
それも、二度、三度とやって来る追撃に対し、剣舞を舞うかのごとく全て受け止め、
外へと難なく跳ね返していた。それも息を乱す事も無く笑みを浮かべたままで。
前々から思っていましたけど、この人……。
――やっぱり、実は物凄く強かったりする?
「みい……(すごい……)」
足元には、彼がいつも冒険の際に持ち歩いていた。
パルンというあのルディ王子様ご愛用の楽器が転がっている。
あのやけに重過ぎる楽器は良く見ると変形しており、軸部分が無かった。
どうやら、ルディ王子様が持っている剣の柄になっていたらしい。
変わった形状をしているなあと思っていたのだが、まさか剣が仕込まれていたなんて。
(仕込みの剣を隠すカモフラージュだったんだ……あの楽器)
楽器は相手を油断させる為のものだったのだろう。
どう見ても、今もっている剣の大きさと、楽器の大きさは合わないし、
魔道具でその実際の大きさを小さくして持ち歩いていたようだ。
やはりルディ王子様は曲者だったらしい。
「はあ、せっかく今日の為に仕立てておいた衣装も台無しだよ。
仕上げてくれた針子のお嬢さん達に、後できちんと謝らないといけないな」
「みっ!?」
そして私は見た。ルディ王子様に本来ならば「ありえないもの」があることに。
今の衝撃で彼の身に着けていた両手の手袋は破れ、
むき出しになった手に付いているソレ。
本来ならば、存在しない筈の印が其処にある。
白銀色に輝く龍の鱗……それがルディ王子様の、彼の両手の甲に付いていたのである。




