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7・恋しくてお料理修行


 次の日、まさかこんなに泣く事になろうとは思わなかったなあ。

リファの柔らかな毛並みと温もりになぐさめて貰って、顔を上げた時、

気づけば顔はとんでもない事になっていたよ。



「うわ……後先も考えずにやってしまった」


「クウン~?」


「ん、大丈夫……心配させてごめんね? リファ」



 今はもう驚く事も無くなったユリアの顔、自分の本当の顔とは違うけれど、

これも「今の私」なんだと受け入れられるようになったのは、

充分な時間が経過したからだと思う。


 ホームシックになるのは、素性を隠す為に自分自身をさらけ出せないせいだ。

ずっと素性を偽っているものだからね。



(大丈夫だと思ったんだけどなあ……不安が出て来たかな)



 いつか、私の素性も偽物だってばれる可能性はあるよね。


 ここには本当の自分を知る人はいない。アデル様でさえも先輩ではなかった。

自分が知る人達も……これから何処かで出会うかも知れない登場人物も、

きっと私のような人は居ないかも知れない。その可能性が高い。


(私、これからどうすればいいんだろう……)


 押し寄せてくる不安と込み上げた感情のまま、リファに泣きついてしまった結果、

まぶたが腫れて目は真っ赤になっていました。



「う~……困ったなあ。これは直ぐには治らないよね」



 そうは思ってもこんな理由で仕事は休むわけにはいかない。

お世話になっている身だけに、ぜいたくは出来ないもんね。

誰にも見つからないように庭に出て井戸に行き、桶に水を張る。


(少しでも冷やしておかないと)


 張った水に手を入れて、何度かパシャパシャ音を立てて顔を洗う。

しばらくやっていると目も冴えて来る。

朝の冷たい水が、ひんやりと伝わって心地よかった。


「……ふう、よし! 落ち込むの終了!!」


 部屋に戻って、アデル様にお借りした服に着替え、

すそを何度か折り曲げた後に髪をブラシで整えていく。

記憶にあるユリアの髪は、後ろに三つ編みがあったから、

それを頼りに鏡を見て、私の知るユリアの髪形にする。


 最初から持っていた蝶の髪飾りを着けて、身支度は完成。



「こんなものかな?」



 念の為、鏡で後姿も確認しました。そして厨房ちゅうぼうへと向かう、

中では既に使用人の皆様が仕事に取り掛かっていました。


 ああ、遅刻厳禁な職業を目指しているのに、これはいけません!

一度の遅刻で信用を失う事もあるんですから、注意しないと。




「お、おはようございます! 申し訳ありません遅れました」


「おは……おおいっ?!どうしたんだいユリアちゃん?!

 綺麗なお目目が真っ赤じゃないか~! 

 ま、まさかアデルバード様に泣かされたのかい?」


 一人のおじ様が気づくと、他の方達も一斉にどよめきをあげて振り返る。

何でしょう、其処まで私の顔は酷いのでしょうか?



「は? いえいえ……違いますけど。

 やっぱりまだ目立ちますかね? 一応冷やしたんですが」



 じっくりと目を濡らしたタオルで冷やしたい所なのですが、

朝は準備に忙しいので、あまり時間を掛けていられませんし。



「ユリアちゃんはすれてなくて素直だからなあ、

 アデルバード様が気に入って好きになるのも分かる!

 だがユリアちゃんは俺達の可愛い娘同然だ! 今は俺達が保護者代わり、

 だから安心してくれ、後でアデルバード様にはきつく言ってお――」


「違います違いますったら! これは何でもないんです」



 なぜか、アデル様にしつこく言い寄られて、怖くて泣いたのだと思ったらしい。



「身よりも分からなくて不安になっている娘に、なんて卑劣な事を!!」



 手には麺棒やヘラを手にして立ち上がる、頼もしきおじサマーズ。

人手が足りないから、ここにはおじ様の使用人が全員集合していました。


 皆が勘違いしてアデル様に戦闘を仕掛ける気満々だったのを見て、

慌てて止めました。ラスボスクラスの方に、「おたま」で戦うってどんだけですか!?


 彼、一応ヒーローですよ? 


 ヒーロー補正で、刃向ったらバッドエンドまっしぐらですよ?!



「ちょっと家族が恋しくなったといいますか……。

 今頃、私の家族だった人達はどうしているのかな? とか、

 色々考えてしまって……やっぱり心配しているかなって」


「ユリアちゃん……」


「だ、大丈夫です。大丈夫ですから」



 記憶は無いと言う事は話しているのですが、孤独を感じてしまったと説明。

そうしないと、皆さんが本気でアデル様を悪者にしてしまいますからね。

恩人にそんな事出来ませんよ。これだけ良くしてくれているのに。


「アデル様は、本当にお優しい方ですよ」


 なんだかんだ言って、ここに置いてくれて私の様子を見に来てくれるし、

聞けば昨日も、眠りこけた私を部屋まで運んでくれたらしい。

どうりで目が覚めたら部屋にいたはずだよ。

てっきりリファが運んでくれたのかと思ってたわ。


……まあ、その延長で私がアデル様に迫られたと勘違いされたらしいが。



(じゃあ後で、お礼をきちんと言っておかないと)


 それにしても……このユリアの姿だと彼は本当に優しいな。

プレーヤー側でゲームしていた時はこんな感じじゃなかったよ。

そう、もっと取っ付きにくい感じで、近寄りがたい何かがあったもの。

やっぱりユリアの立場って特殊なのかな。



「あ……ああ、そうか、そうだよなあ……」


「ユリアちゃんは不安だよな。見ず知らずの男所帯な場所で暮らし始めて、

 名前以外の事は思い出せないんだもんなあ」


「何処かのお嬢さんって事は分かるんだけどな、俺達も見つけてやりたいよ。

 きっと家族には会えるから、元気出してな?」


「は、はい、ありがとうございます」



 ――だから、その手に持っている調理器具で戦うのは止めて下さいね?


 アデル様を怒らせて、このお屋敷を追い出されたくありませんし、

平和的な解決を望みますよ。人間、話し合いが大事、ここ重要!


 あ、アデル様は龍でした。異種間交流問題も平和にお願いします。はい。



(……お屋敷の中に不審者がもし来たら、箒と麺棒で戦うのかな……?)



 ――……今の様子だと、やる可能性は大だな。


 男性使用人って、防犯の意味でも雇われていたりしますからね。



「で、では、気を取り直してお食事の準備をお手伝いしますね~?」



 これでもね、料理は出来るのです。一応は作れるんですよ?

でも悲しいかな……「誰も信じちゃくれなかった」という事実。


 まあ、どこぞのお嬢様と見られている為に、

そんな誤解が生まれていても仕方ないかもしれませんが。

こちらの食材もまだ分からない物も多いですし、お手伝いしつつ勉強したいんですけどね。


 だから、まずは包丁を握らせて欲しいと頼んでみたら……。


「だっ、だめだめだめ!?」


「嫁入り前の女の子に怪我をさせられないよ!! 傷が残ったらどうするの」とか、


「アデルバード様とリファ様に俺達が殺されるよ!!」とか、


「それでユリアちゃんが倒れたりしたら!!」とか言われて泣かれました。


 ……私、どんだけ使えない奴認定をされているのでしょうか?

怪我をした自分の指を見て気絶するような、そんな繊細な神経は流石にありませんよ。

あ、でも嫁入り前の年頃の女の子が体に傷付いてるとまずいですかね?


(確かにこれは借り物の体だからなあ)


 一応、良い所のお嬢さんと位置づけられているので、

下手な事をさせられないかもしれません。でもメイドを極めるには避けては通れない。


「どうしよう、保護された先でこき使われていたって悪い噂にでもなったら……」



 おいおいと一人のおじ様がそう言って泣いてしまいました。

傷を付けようものなら、庶民の方が処罰の対象にされるというのは、

こちらでもあるのかもしれませんね。


 流石に……多少事情を知る私は”違う”と言えないのが辛い所です。

だって私が記憶ないっていうのが嘘ってバレてしまうし。


「それじゃあ何かあったら、私が勝手にやったと言いますので!」



 私は諦めませんでした。食改善もかねて修業すると決めたんですから、

こちらの食事は美味しいですが、私の慣れ親しんだ味付けではなく、

なんというか、一味足りない……何か物足りなさを感じるそんな味付けが多いです。


(自分だけ違う食事を、別途用意してもらう訳にもいきませんし)


 ならば、普段の食事を私好みにしてしまってはどうか? と考えた訳で。


 そこで徐々に皆さんを私の好みに慣れて頂く為には、

厨房の侵略も必要と判断しました。そう、侵略です。

コックのおじ様は気難しくて無口な方でしたが、

毎日元気に挨拶あいさつとお手伝いをしていたら、態度が軟化してきましたし。


 やっぱり、きちんとした挨拶あいさつは大切ですね。

特に目上の方はきちんと見てくれます。だからあともう少しだと思うんですよ。

ずっと真面目に働いているのでお嬢様の道楽とも思われなくなりましたし、

徐々にお屋敷の方々とも、信頼されてきている気がします。



「本当に大丈夫か? 何だったら俺が代わるよ?」


「い、今のうちに包帯とか持って来た方がいいか?」


「あ、ああ、き、傷薬になる薬草を採りに行って来る!」



 おろおろとするおじサマーズの面々。もう怪我するの前提ですか私?

なぜかリファも加わって「ウオンウオン」言って動揺しているじゃありませんか。


(私だってこの位出来ますよ! 出来ますとも!! 何で泣くのさ?)


 今日から私は玉ねぎの皮剥きから、ジャガイモの皮剥きに無理やり進級しました。


(私の世界でも見慣れたものですし大丈夫ですよ。任せて下さいな!)



 コックのおじ様は、私が包丁を落としても怪我をしないようにと、

先端を折った物を渡してくれました。それを使ってするすると皮剥かわむき開始。


 最初はそろって顔を青ざめて、固唾を呑んで見守るおじ様達とリファでしたが、

私が手馴れた様子でやっているその姿を見て、かなり驚かれました。


 そう、その驚き方は小さな女の子が、

天才的な包丁捌ほうちょうさばきをしたかのような反応ぶり。


 ……なんだろう。色んな意味で居た堪れなくなるんだが。


(た、ただの皮むきでそこまで反応するっ!?)



「これは驚いた……ユリアちゃんは何処かで料理の経験があるんだね?」


「でも、お嬢様なんだろう? 趣味で料理をやっていたとか?

 花嫁修業とかのつもりでやっていたのなら分かるが……」


「いや……もしかしたら、本当は苦労していた子なんじゃないか?

 掃除をする時の手際の良さを見たら、とても初めてとは思えんし」


「……っ!?」



 ぎくーん! もしやバレたか!? 早くなる胸の鼓動を感じつつ作業を続ける。



(へ、平常心、平常心を装わなきゃ……いや、それにしても私)



 ――ちょっと調子に乗りすぎたああ~っ!!



「そうだな……あの手の荒れようを見たら、

 継子虐ままこいじめにでも遭っていたのかも知れんぞ?」


「可哀想にユリアちゃん。それで親御さんが見つからないのか……。

 既にもう帰る家が無いのかも……」


「両親の財産は強欲な親戚とか義理の母親に乗っ取られて!」


「……って事は何か? 綺麗なドレス着ていたのは人買いに売る為にか?

 確かにユリアちゃんの髪と瞳の色は綺麗だが……ああ、俺は悲しい」


「そういえば聞いた事があるぞ? 金髪とか珍しい瞳の娘は高く売れるって」


「それだ!!」



 そろって涙ぐみ、ちーんと鼻をかむおじサマーズ。

そしてその中には、コックのおじ様まで加わっておりました……。



「……何の苦労も無いお嬢さんだとばかり思っていたのに、

 実は凄い苦労していたんだな……そうとは気付かず、配慮出来なくて申し訳ねえ」


 ……と、なぜか勝手に思われているようです。現在進行形で。



「お、俺らユリアちゃんをここから絶対に追い出したりなんてしないからなっ!?」


「え、ええと、あの?」


「ああ、だから安心してくれな? 不安になってやってくれてたんだろう?」


「腫れ物みたいに扱ってた訳じゃないんだ。本当にごめんな?」



(――なんだか余計に、哀れみの目で見られているのですが!?)



「クウン……」



(――ちょっ?! なんでリファまで目を潤ませているのですか、 違いますよ!!)


 手が荒れているのは、此処で水仕事をしているからなんですが?

炊事、洗濯、掃除……大変ですけど頑張ってますよ。勿論やれる範囲で。


(だから苦労したのかと言えば……うーん……違うとも言い切れないのかな?)



 今、放置プレイされた異世界で大変な思いをしているのは事実ですし。

便利な世界に生きていた私としては、何かと不便だなと思う事が殆どだし。



(うーん……でもここで否定も肯定もしたら不味いよね。

 まさか異世界で日常的にやっていました……とは言える訳ないし。

 少し包丁が使えるだけで、こんなに動揺されるとは思わなかったわ)



 おじ様達……おじサマーズと呼ばせてもらおう。どうやら彼らの中では、



「もしも身元が分からないままだったら、俺達で面倒見てあげような?」



 という、妙な結束力が生まれており。


 そして、「もしかして……身元が判明しない方が安全なんじゃないか?」と、

ひそひそと話し合うのが聞こえた。だから此処で匿おうと。



「それじゃあ、目下の問題はアデルバード様の凶行だな」


「そうだな……じゃあ夜はユリアちゃんに夜這いなんてしないように、

 部屋の入り口にこちらから鍵をかけておくか……」


「じゃあ、俺は万一の時に呼んでくれたらハタキで戦うわ」


「ああ、そうしてくれ、じゃあ俺も手伝おうタワシで!」



 ――無理だから!! って言うか止めて!!



「一体さっきから、なぜアデル様の名前が出てくるのですか?」



 アデル様はそんな凶行に走る方だったでしょうか? いえいえ、違いますよね?


 二次元なら、クールビューティで許されるそれも、実在するとやっぱりおかしいとか?

そうですよね。二次元のイケメンだから許される事もあると思います。

クールな人も、実在するとただの根暗な人と格付けされるでしょうし……。


 でも、そんなに悪い方とは思えないのですが……ねえ?



「え、えーと?」


「だって……なあ?」


「君は記憶を失くしているから分からないだろうけど、

 アデルバード様の女性のトラブルは王都では有名な話なんだよ」



 首を傾げていたら、おじサマーズは改めて教えてくれました。

このお屋敷では、使用人として入ったばかりの若い娘達が、

美青年の、しかも独身のご主人様であるアデル様を好きになる事が多いが、

なぜか短期間でその印象が一転、アデル様に怯えて泣き出して、

夜逃げ同然に出て行くのだと。


 厨房でおじサマーズ達が協力しなければいけないのも、

補助係のキッチンメイドが次々に脱走し、全て居なくなったせいらしい。


「昔はここもさ……結構使用人を多く抱えていた屋敷だったんだがな」


「だから俺ら、こんな状況になるまで料理なんてした事なかったんだわ。

 大体、担当の仕事しかやった事なかったからな、その他がどうしても滞るんだよ」


「やっぱり色々兼任しているから、後回しにしちまうんだよなあ」



 いや、それは知っていますよ。私も何回か逃げて行く子達を見ましたし、

本人の気が、周りの人に影響しているという事もです。


「俺達にとっては良い方だから、アデルバード様を悪く言いたくは無いんだけどよ。

 実際にあの方がここの主人になった時から、全てが狂いだしたんだ。

 女の子が居なくなったら、その恋人だった若い男も一緒に出て行っちまうし、

 お陰で俺達のような者でも未だに雇ってくれているけどな」


「きっとアデルバード様が若いお嬢さんたちを泣かせているんだろ?

 ……って事は強引に関係を迫って泣かせているんだろう。

 これだけ女の子達が次々辞めて行くんじゃ、そうとしか考えられん」


「俺達のご主人様だけど、手癖の悪さだけは賛同できない。

 せめてユリアちゃんは、このおじさん達がアデルバード様の毒牙から、

 絶対に絶対に守ってやるからな?!」


「ええええーっ?」



 ――アデル様―ッ!! 凄い方向に話が進んでおりますよーっ?



「ちっ、違います。アデル様に限って、そんな事をする方じゃありませんっ!!」


「ああ……ユリアちゃんは優しいなあ……尚更心配だ」


「だな、ユリアちゃんが傷ついて泣く姿を俺は見たくない」


「騙されないように、気をつけなくちゃな」


「本当に何でもないんですからーっ!!」



 居た堪れないながらも朝食の準備を終え、ご主人様を起こしに行く私。

最初行こうとしたら「その役は俺が!」「いや俺が!!」と言われました。



「あ、あの、本当に大丈夫ですよ。そんな事をする方ではありませんから、

 お願いですから安心してくださいな?」



 顔は真っ赤。もうどんどんこちらが止める間もなく勝手にイメージが出来ていく。

おじサマーズはこのお屋敷での父親代わりになってくれるそうで。



「泣きたくなったらパパの胸に飛び込んでおいで?」 なんて言われました。


 だから、顔を引きつらせながら、


「アリガトウゴザイマス」


 ……と言うのが精一杯でした。


 ――誰か!! 本当にツッコミ入れて!! そういうのは大歓迎ですから!!




※ ※ ※ ※




 頬をぺちぺちと叩いて深呼吸……さて、仕事に集中しないと。



「――……お、おはようございます。アデル様……ユリアです。入ります」




 ノックを二回、少し間を持って部屋に静かに入ります。

気分は……スタジオ入りする時の緊張感だ。


 主人の神経にさわらぬよう、抜き足さし足……靴音が響かないように気を使い、

そっと入り口のドアを閉めました。


 なんだかこういう事やっていると、マイクワークを思い出しますね。



「ああ……おはよう、ユリア」



 アデル様は既に起きていて、ほとんど身支度が終わっておりました。

彼はいつも身支度を自分で済ませてしまうので、余り手が掛かりません。


(人に触れられるのが苦手だからだろうな)


 でも最初、この屋敷に来た頃は自分で釦をとめる事も出来なかったそうなので、

彼からすると、かなりの進歩じゃないでしょうか?


 私は鏡台からブラシを持って来て、カフスの釦をとめている間に、

後ろに椅子を持っていって髪を整えます。背、届かないですからね。



「後ろから失礼致します」


「ああ、頼む」


 これ……考えてみたら実は凄い事ですよね。彼は龍なのですし。

髪は鱗のように、触れられるのを極端に嫌がる部分だと思います。

その為、私にこの仕事を任せてくれるのはとても名誉な事かと。


(龍のお兄さんの毛づくろい、毛づくろい……ふんふん)


 脳裏では大きな龍にブラッシングしている姿を想像。


 毛先からゆっくりと梳いて行き、後ろを整えると、後は前髪、

メインヒーローで騎士団長様ですもの、身だしなみはきっちりとしないとね。

身支度を任されているのですから、寝癖なんて残せません。


「少し髪をオイルでお纏めますね?」


 ブラシを掛けた後はポケットにブラシをしまい、

軽くカメリア……。椿油つばきあぶらを少量手に取り、

髪に優しく馴染なじませる。同じ物があって驚きましたよ。


 これは私が、偶然女性向けのお店で見つけて試し始めたもの。

この世界では、主に女性用の化粧落とし用に使われていた物ですが、

髪にも使える事を私は知っていたので、自分の髪で試してからアデル様に使う事にしました。


(アデル様は動物性の物って嫌がるんですよね、匂いに敏感だから)



「……便利な物があるのだな」


 髪も良くまとまって、アデル様も目の前の鏡を見て、

とても気に入って下さいました。



「ユリア、今日は寄宿舎に泊まる事になった。俺の帰りは待たなくていい」


「はい、かしこまりました」


「……」


「?」



 さっきから、じいい~っと見られている気がします。眼力強いですね。

でも私は見慣れたものなので、ちっとも怖くはありませんでした。


 ボーっとしているのか、色々考えているのかは分かりませんが、

この方は騎士団長様ですから、信頼出来る方だと思います。


 いつか彼の傍で働く私の姿を見て、ここで働くのは大丈夫なのだと、

女の子達が安心してこのお屋敷で働いてくれるといいなと思います。

そんな事を考えていると、ふと左の頬に感触が……。


 え? と触れている部分は、アデル様の手で触れられている事に気づく。



「アデル様?」


「……」



 先日は頭を主に撫でられましたよね。そして今度は頬。

きっと傍にいても泣き叫ばない娘が不思議なんでしょうね。


(あ、そうか人間の女の子が珍しいのかも……)


 別段それ以上の事はないので、好きにさせてあげました。

良く分かりませんが、嫌な感じはしません。

むしろ、ちょっとドキドキしてしまいます。


(相手は、龍のお兄さんだものね)


 自分の縄張りに居る新参者に興味を持った。犬や猫のようなものなのかな。


 だから、にこっとアデル様に微笑んでみます。

気分は野良猫に「怖くないよ~?」と意思表示する時のような心境。


 すると彼の指がすっと離れて、私に背を向け歩き出すアデル様。


(お? これは認められたのかしら?)


 だから私もいそいそと椅子を降りて、ご主人様が部屋を出たのを見送ってから、

私はさっとベッドメイキングを済ませるためシーツを新しいものに替えます。

窓を開けて空気を入れ替えて深呼吸……今日は良い天気ですね!

ご主人様の朝食の給仕も少しお手伝いして、お見送りです。行ってらっしゃいませ~!




 その後……午後のお茶の時間にこの時の事を、

ふと思い出した私だったんですが……思い出したらなんだか頬が火照ってしまった。

異性にあんな事されたの初めてだったんですよね。

いや、相手は龍だけど。分かっていても人型だとドキドキするじゃないか。


だから思うんです。ユリアという女の子がアデル様を意識してしまったの、

しょうがない事なんじゃないかなって。私みたいに異性に免疫のない子なら尚更。



「あの――……男の人が突然頭をなでたり、頬をなでるのは、

 どういった意味でしょうか? ここでの何かの習慣のようなものですかね?」



 なんて、念のために何気なくおじサマーズに聞いたもんだから、

その直後、凄い騒動を巻き起こす事になったのは言うまでもない。








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