77・猫部屋と王子様
『アデル様に会えなくて寂しい』
何気なく屋敷の皆様に言った方便は、私の正直な気持ちでもあったらしい。
人の喧騒から離れ、石畳の道をたどり、丘の上にある騎士団へと向かう私は、
本部が近づくにつれて、鼓動が早くなっていくのを感じていたし、
朝に会ったばかりだというのに、会えるのがとても嬉しかった。
「やっぱり城下と比べると、ここら辺はまだ静かな方ですね」
こうして何気なくお世話をするようになってからというもの、
彼が徐々に自分が傍にいる事を許してくれて、同じ時間を過ごしていくうちに、
すっかり私は、アデル様と一緒にいるのが当たり前のように感じるようになった。
そして時間の経過とともに、少しずつ私とアデル様の関係も変化していく。
互いの名前を呼び合う回数も増え、互いの手を重ねる事も増え、
私がアデル様の事を、「ご主人様」と余り呼ばすに名前で呼ぶのが多くなったのも、
きっと心の変化が現れているせいかもしれない。
「……っ」
ずきり……と、未だに痛む心を織り交ぜながらも、
今はただ前を向いて、この変化を受け入れようとしていた。
ここで立ち止まってはだめだ。ユリアの分まで今は前に進まなきゃ。
「さて、アデル様の休憩時間には間に合いそうかな?」
そう呟きながら辺りを見回した直後、こちらへ駆けて来るアデル様の姿を発見。
「あ、アデル様だ。ふふ、もしかして迎えに来て下さったのかな?」
私が手を振る間もなく、アデル様は私の元へとやって来た。
「あああユリア!! 体を冷やさないうちに部屋に入るんだ!」
いつものクールビューティは何のその、取り乱したアデル様は、
直ぐに自身の着ていた制服の上着を脱いで私の肩にかけてくれた後、
彼の肩に担がれて、あっという間に連行される事になった。
どうやら屋敷で休んでいるはずの私が居るのを見つけて、慌てて走ってきたようだ。
「……え?」
「は、早く部屋を暖かくして、医者も連れてきた方が良いか?
後は薬草を用意して薬湯を……っ! 早く、早く移動しないと」
「うわっ!? え? あの、ちょ……アデルさまあああ~っ!?
私大丈夫です。熱とかありませんからあああ~っ!」
私の悲鳴を聞きつけて、建物の影から現れる警備隊の皆様と、
つい先ほどまで一緒に居た部下の人達が、その一部始終を見ており、
余りに切羽詰ったアデル様の形相に萎縮したのか、硬直している。
「道を開けろっ!!」
アデル様の必死の怒号に慌てて道を開ける皆様に、
私は肩の上からぺこぺこと頭を下げる。お騒がせして申し訳ありませんと、
だが私が一緒に居る事に気付くと、皆さんの顔は尚更青ざめていた。
「ユ、ユリアちゃんが一緒だぞ!?」
「離れろっ!!」
「ひっ! ひいい~っ!!」
「はっ、早く、団長の邪魔をするなっ!!」
はい、珍獣のごとき扱いは相変わらずですね。グレていいですか? 私。
引きつった顔で私達を避けていく、アデル様直属の部下の皆様のこの反応。
けれども、アデル様はその動きよりも遥かに行動が早かったので、
私が皆さんにご挨拶をする暇なんて、勿論無くて……。
まさか会いに来ただけで、これほど動揺されるとは思わなかったです。
「クウン~」
「みい~マッテ~」
一瞬の事でしたので、その場に置いてけぼりを食らっていたリファとティアル。
慌てて私達の後を、てけてけと懸命に追いかけてきます。
けれどもアデル様は、後ろの二匹の存在に全く気付いておりません。
スタスタと大股で建物の中へと入って行きました。
「ユリア、来るのならばせめて辻馬車を使ってくれ。
費用なら俺が後で支払うから遠慮しないで使うんだ。
若い娘の一人歩きは危険だと、前にも言っただろう?
特に今のような人が混雑するような時期なら尚更だ」
「は、はあ……申し訳ありません。リファ達も一緒でしたし、明るかったので」
この王都には、情報収集の為に馴染みになった方達も多く居ます。
至る所でちょっと寄っていかない? と声を掛けられたりで、
余り危険性を感じてはいなかったんですが。
ほら、アデル様の部下の方も定期的に巡回して下さっていますし。
何より、私は一応使用人という立場なので、
アデル様の居ない時に、馬車を一人で利用するのは勇気がいるんですよね。
その……庶民的な生活に慣れきった私としましては、
この位の距離は歩いておかないと、ほら体力が落ちると思いますので。
「……それにしても、ユリア、もう出てきて大丈夫なのか?
どうして屋敷で休んでいなかったんだ。寒かっただろう?」
「あ……あの、その……アデル様のお傍に居たかったん……です」
怒られないうちに素直に告白します。王都にいらっしゃるのにお世話しないなんて、
私の中で生まれたヒロイン魂が、正確にはメイド魂が黙っていないというか。
申し訳なく小さな声でお伝えした所、アデル様の動きがぴたりと止まった。
「そ、そうだったのか……すまない。君を寂しがらせてしまったのだな?
本当ならば俺がもっと気遣うべきだった。体が弱っている時は心細くなるからな。
辛い時に無理を押してこの俺に会いに来てくれたのか。
ユリアが、この俺を恋しく思ってくれる日が来るとは……」
「アデル様?」
「あ、ああ、俺もユリアの顔が見られて嬉しい」
そう言って私を床の上へと降ろし、ぎゅっと抱きしめられる。
「アデル様……」
「会いに来てくれてありがとう、ユリア」
「は、はい」
恋人になってから、私がこんなことをアデル様に言うのは初めてですものね。
今まで何回も仕事で言っていた台詞のはずなのに、
本人の前だと恥ずかしさ倍増なんですけど、何ですかこれは?
小刻みに良く分からない震えがするんですよ。全身。
(――あれ? 私、今……何気に告白したようなものだよね?)
言い慣れた台詞の筈なのに、なんでこんなに緊張しているのっ? 私!?
もしかして同じ台詞でも、使う時を間違えた? 顔が火照って来ましたよ。
これが気持ちのこもった言葉なんだと、私は痛感する。
ただ感情を込めるのとは全然違うんだ。
「先日も倒れたばかりだし、外の外気がユリアを傷つけたら大変だと思ったんだ。
ユリアが俺を望んでくれたのなら何も言わない。
俺の為に昼食を持ってきてくれたのだな?」
「は、はい……アデル様のお好きな肉料理もご用意しました。
いつものように、部屋で静かにお召し上がりになりたいのではと思いまして」
「ん、気遣ってくれてくれたのか。ではありがたく頂こう、おいでユリア」
大事に抱えていた籠をアデル様が受け取ると、
もう片方の手を私の腰に回し、建物の中へと促された。
ええと、ここまではいい……のかな? 恋人なんだし。
戸惑いつつもアデル様の制服に手を添えて歩く。
(この位は我慢、この位は我慢)
心の中で必死に念じる。まだ慣れないからこの至近距離は恥ずかしい。
こういうやり取りが当たり前に思える日がくるのかな?
(周りの人の視線もなんだか恥ずかしいし)
あと気になるのは、背後で何やら呻き声がしているんですけれども。
「あ、あの、アデル様、後ろが……ですね?」
「大丈夫だ。あいつらは普段から念入りに鍛えている。
この位の事で伸びるようなら、国など守れないだろう」
「は、はあ……」
普段は女性や子供に影響が強いとされる龍気。
それが今もろに部下の人達にも影響があったらしい。
最もその効果は別のものらしく、威嚇に使われたようだが。
「みいい~ティアル、オイテカナイデ~」
「キャウン!!」
幸いにも離れていたティアル達には影響は無いようでしたが。
あ、ティアルが無意識に避けたのかな? 幸運体質だし。
その後も私達を見かけた方々の反応は、すさまじいものでしたよ。
「……ん? ひっ、だ、団長!?」
反対方向から廊下を歩いてきた人達は壁に張り付かんばかりに私達を避け、
視線が合わないようにと、必死に目元を隠し鼻まで塞いでいる人が……。
あ、酸欠で倒れたようですアデル様っ!?
「大丈夫だ。それ位の事では死なん」
「ええっ!?」
さすがに息はしていいって言ってあげて下さいよ。アデル様!
そうして私は背後の事を気にかけつつも、私達が素早く通り過ぎた方が良いと判断し、
いそいそとアデル様を促し、先へと進む。
折を見て皆様にきちんと謝ろう、そうしよう。
※ ※ ※ ※
騎士団長の執務室にあるレンガ造りの暖炉で暖まってから、
露店でのお土産とともに、アデル様の昼食を入れた籠を手に取る。
本部にある食堂に行ってお湯を分けてもらうと、
執務室に隣接してある戸棚から茶葉と食器を取り出し、
温めたポットに茶葉を入れてお湯を注いだ。
「よし」
砂時計がさらさらと落ちているのを確認し、皿に持ってきた物を並べる。
机の上で午前の報告書に目を通していたアデル様は、
一通りの準備が整うのを見計らって書類から顔を上げた。
「……今日はやけに豪勢だな」
「はい、お屋敷でご用意したものと、露店で売っているものもご用意しました。
二日目に開催していた料理コンテストの優勝した料理もありますよ。
ちなみに優勝したのはローディナだったそうですよ。凄いですよね」
「そうか、それは楽しみだ」
先程のごたごたで籠の中身は崩れてしまっていたものの、
何とか最低限は形を取り戻せて、アデル様も黙々と食べて下さいました。
元々、アデル様って余り食事に口を出してきたりしませんでしたが、
「ああ、これは美味いな。露店のものか?」
「はい、アデル様の好きそうな料理でしたので、
先日ご一緒したお肉屋さんが、秘伝のタレで作ったという串焼きです。
収穫祭限定で出しているそうですよ」
余り、お祭り気分を味わえないアデル様に、せめてもの楽しみをご提供。
「アデル様にお持ちすると言ったら、おまけして下さいました」
「そうか、ではまた買い物に行った際に礼を言わなくてはな」
最近はアデル様にも、ちょっとした変化がありまして、
以前は出されたものを機械的に食べる事が多かったように見えましたが、
お腹を満たすだけでなく、味わう楽しみを覚えて下さったようで、
よく美味しいとか、これは苦手だとか言って下さるようにもなりましたよ。
少しずつアデル様の好物も増えてきているのが、とても嬉しいと感じるひと時です。
「――……みい、ユリア、オシゴトオワッタ~?
ティアルノオヘヤデ、アソボ~?」
しばらくして、アデル様が食後のお茶を飲んでいるのを確認すると、
それまで部屋の隅でじっと大人しく待っていたティアルが、
後片付けをする私の足元まで、てちてちとやって来て話しかけてきました。
「え? ティアルのお部屋にですか?」
「みい、ティアルノ、オヘヤ、ミセタゲル~」
部屋……というと、つまりあれですよね?
ルディ王子様が用意してくれた。お城の中にある部屋という事で……。
いや、ティアルの部屋を見たい気持ちは山々なんですけれども、
私は使用人ですし、お城の中を堂々と出歩ける身分ではないんですよ。
使った食器を重ねて籠の中にしまい、軽食用のスコーンの乗る皿に布を被せ、
アデル様の好きな果実のジャムとハチミツの入った小瓶を並べていると、
ティアルはしっぽを揺らしながら、「イコ~?」と何度もお誘いをしてくる。
「みい、オモチャ、タクサン、アルヨ~」
「ああ、確かにアデル様のお屋敷には余り玩具がありませんよね。
たまにおじいちゃま達が作って下さったりはしている位で」
もしかして、アデル様の屋敷だと玩具が少ないせいで、
ティアルは遊び足りないのかな?
それにしても、ティアルは自室まで用意して貰っていたのか。
私はてっきり、ルディ王子様のお部屋で一緒に暮らしていたのかと思っていたのに。
(ティアルが私達の所に居る時は、私の部屋で殆ど過ごしていたからなあ)
小さい子だし、母親と再会する前はよく寂しがっていた事もあるので、
部屋を用意するなんて、考えてもいなかったんですが。
「ええと、見てみたいとは思うんですが、私ではティアルと違って、
お城の中を自由に出歩いたり出来る身分ではありませんし、
以前はルディ王子様の直筆のサインのある招待状があったから、
特別に許されていたんですよ」
「み? ティアルイッショ、ダイジョウブ」
「一緒ならって事ですか? うーん、でも……」
ティアルの部屋がある場所って、どう考えても王族の私室の近くだよね?
この子が気安くルディ王子様に会いに行けて、迷わない範囲ともなると、
きっとそれしかないだろうし。そんな近くに行って大丈夫だろうか?
「みい? オネガーイ? アソボ、アソボ」
「う……っ」
(……どうしよう、ティアルのつぶらな瞳が見つめていて、断れない)
――流石に、ルディ王子様に会うのが気まずいなんて、言えないよ。
『兄上はユリアを王家の血脈に加える計画だった』
という、入り込んだ話も聞いた事だし。
「うーん」
弟のリイ王子様に、ルディ王子様とユリアの関係を知らされたあの時から、
何だか気まずい感じがして、会うのを自然と避けてしまったんですよね。
一応は、気持ちの整理はつけたつもりなのだけれども、
あの普段の笑みを思い出しても、他にも何かあるんじゃないかな~って、
そう思うんですよね。ティアルの大好きな人を悪く言いたくは無いんですが。
――なんというか、うさん臭い?
(ユリアが婚約者候補だったって事を彼は隠していたし、
もしかしたら、今後の私達の関係次第で、ルディ王子様の態度も変わるかもしれないし)
弟のリイ王子様にその話を聞いたことで私は思い出したんだ。
それは「蒼穹のインフィニティ」の基本システム。
誰かがある行動をすれば、別の人物が違う行動に出るという、行動パターンそのもの。
これまで私の知る情報を総合すると、私達がどう動くかによって、
ルディ王子様は敵にも味方にもなる気がしていたんですよ。
(弟のリイ王子様は大丈夫だって言っていたけれど、
なんだろう、女の勘っていうの? ルディ王子様はまだ何か隠している気がする)
そして多分、私の勘は当たっているんだと思う。
これまでの私の勘って、いつも何だかんだで当たっていたし。
最初は女の勘だと思っていた事もあったが、どうも違う気がする。
これはきっと……本来ユリアが持っていた能力の一つではないだろうか?
――神鏡使いの直感って事かな。
幸いな事に、私もアデル様も知らず知らずのうちに、
ルディ王子様が敵に回る可能性を避けていたようだけれども。
(私が見てきたルディ王子様は、ほんの一部分でしかなかったということで、
だから念の為に、まだ用心しておこうかなと思うんですよ)
先代のユリアが居なくなってしまったから、私が解決しなければいけない案件だし。
そう、まだ彼の本心を聞いていないから尚更。
「みい~? ダメ?」
「うーん、うーん」
でも、ティアルはそれを知らなくてもいい話。
ティアルはルディ王子様にとても可愛がられていて、ティアルも慕っている。
それは裏表も無いのは事実だ。しばし私は考えてティアルに頷いた。
最近はごたごたと忙しくて、ティアルの遊びに付き合ってあげられなかったから、
少しだけでも時間を作ってあげようかな?
「ティアルは、もうお祭りには行かなくてもいいんですか?」
「みい、ティアル、オヘヤガイイ」
もしかしたら、お祭りには飽きてしまったのかな?
子供向けの催しもやっていると思うんですが、ティアルは首を振っています。
「お城にあるティアルのお部屋か、だ、大丈夫かな?」
「少しくらいなら大丈夫だろう、ティアルが一緒に居れば問題はない筈だ。
後で俺も証人となれば、疑う者は流石に居ないだろう」
「アデル様?」
「俺もまだ報告書類の仕事が残っているし、当番の巡回もある。
今の時間帯は城下で人がごった返しているだろうから、
君を一人で送り出すよりは安全でいい」
食後のお茶を飲んでいたアデル様は、私にそう話してから、
手招きされたので近づくと、髪に新しい紫の薔薇の花を飾ってくれた。
それに一瞬口づけし、満足そうに頷く姿がある。
離れる間際、彼の指先が私の顔の輪郭をなぞり、
私は頬がかっと熱くなるのを感じた。思わず両頬をおさえる。
「君は俺の大事な恋人になった事は知られている。
俺の“花”を傷つけるほど、奴らもそう愚かじゃないはずだ。
死に物狂いで君を守ろうとするだろう。普段の俺としては不本意だが、
ユリアがそれで穏やかに過ごせるのならば、今日は目を瞑ろう」
「は……はあ」
“花”って、この薔薇の事じゃあない……よね?
なんか暗に「花嫁」の意味を指している気がするのは、
アデル様の気心を良く知っているからこそでしょうか?
そうですよね。本来の求愛で相思相愛になったら即夫婦になるんですものね。
私ほど、彼を待たせている女も居ませんよね。
(い、いつかはこっちの方も覚悟を決めないといけないんだよね)
贈られた薔薇の花に指先で少し触れてうつむく。
色々と差し迫った問題の多い私でございましたよ。
でも確かに、蒼黒龍であるアデル様の庇護を受けている私が、
その上「花嫁候補」という存在になった今、傷つけようとは思わないか。
(ラミスさんも護衛を付けていたとか言っていたものね)
多分、城の中に入っても私の護衛をして下さる人は居るのだろうし。
でも護衛……かあ、何度か今日も後ろを振り返ったけれど全然分からなかったよ。
一体何処から私を見ているんだろう? 今度、そっちも確認しておきたいな。
(大丈夫だとは思うけれど、変な所を見られないようにしないと、
まあ、これは声優やっていた頃も気をつけていたし)
普段から、人に見られている事を意識するというのは常識ですからね。
軽く散らばった書類の束を整理して、アデル様の使用したカップを下げた。
インクの残量、羊皮紙の量をちらりと見て補充するものが無いか確認したら、
窓の外を見て陽の位置を確認、夕暮れにはまだ時間がありそう。
私はティアルに向かって両手を広げた。
「よし、じゃあ、おいでティアル」
「みい! ワーイ」
嬉しそうに目を輝かせたティアルが、私の腕の中に飛び込んでくる。
そんなティアルを私は抱き上げて、アデル様に一礼。
「頃合を見て迎えにいこう。帰りは送る」
「はい、それでは少しの間、お傍を離れますねアデル様。
もしも何か御用がございましたら、直ぐにお呼び下さい」
「みいみい、ワーイ、ワーイ、ユリアトアソブ~」
私はアデル様に城の城門に連れて行ってもらい、
リファと仲良く“三匹”でティアルのお部屋に行く事にしました。
「みいい~(ここでも猫になるなんて~)」
……ええ、アデル様が城へ行くことを許したのは「メイドユリア」の方ではなく、
「にゃんこなユリア」の方だったんですよ。
アデル様は、「子猫の姿の方が周りも油断するから」と考えたようです。
その為、アデル様の別室で白い子猫姿になったのでした。
私の子猫姿に上機嫌で抱き上げるアデル様の姿がありますよ。
「今日は他国の来賓客は居ないが、うるさい貴族どもは居るからな、
人目に付きやすい普段のユリアの容姿だと、変な虫が付きかねん。
流石にこんないたいけな子猫になっていれば、無体を働く者はそう居ないだろう。
居たら俺が容赦なく潰すところだ」
「み……みいみい(は、はははは……)」
アデル様にあごを大人しくなでられつつ、そうならない事を切に願う私。
ですがアデル様、全ての人間が猫好きではないと思うんです?
そしてそのまま、ティアルがお友達を連れて来たという形にして、
国王陛下にもアポ無しで謁見できる権力を持つアデル様が、
騎士団長という自身の立場をフル活用なさいまして。
「俺の使い魔達だ。身元はこの俺が保証する。
ティアルの要請で供として連れてきた」
「アデルバード様の使い魔ですか、かしこまりました。
それではお通り下さい。ティアル様、お帰りなさいませ」
「みい、タダイマ~」
まさか騎士団長様の使い魔を疑う人なんているわけも無く。
ティアルはルディ王子様から貰った王家の紋章入りの腕輪を見せて、
自身の証明をしているようだ。
王家の者しか身に着けることを許されぬ青い宝石が輝く。
殿下の愛猫という事で、恭しく中へと通されます。
「みい、バイバーイ」
ティアルは門番の人達に元気よく前足をふりふりと振る。
既に何度かティアルは行き来しているから、腕輪を見せなくてもいいのだけれど、
ティアルはいつもここで見せるのが好きみたいで、毎回やっています。
何はともあれ、ティアルのお供と言う事で保証され、
本日もあにまるフリーパスで収まりました。
あ、一応子猫用のビスケット型リュックを背負って来ましたけれどね。
手荷物検査もされましたが、難なく進入成功です。
(――ふっ、流石にリーディナの開発した新商品は見破れないか)
奇抜な発想のリーディナの商品は、まだ開発途中ですし。
まだ周知されていないのも幸いしましたよ。
ティアルともリュックはおそろいなので、見た目にも可愛いです。
廊下の途中まで行ってから、忙しいアデル様とはお別れです。
私はアデル様に頭をなでられるのを大人しく受け入れ、
送って下さった事のお礼を言いました。
「城は広いから、気をつけて行くんだぞ?」
「みい、みいみい(はい、ありがとうございました)」
小動物の姿だと、城の中は余計に広く感じるが、
この姿だと、堂々と行動できるから安心だ。
「みいみい?(さて、どちらに行けば?)」
「クウン」
「みい、みい、コッチナノ」
何処までも続いていきそうな長い廊下を歩く私達、
赤い絨毯の上をぽてぽて仲良く進みながら、
不思議な顔をして私達を見下ろす女官の皆様や、貴族のお兄さんに小さく頭を下げ、
ティアルは上機嫌でみいみい言いながら、広いお城の中を案内してくれる。
最初は私達を見て、頭をなでようと近づく人もいたのだけれど、
ティアルの身に着けていた腕輪の存在に気付くなり、
みんな慌てたように足を止めて、膝を折り、頭を下げるんだ。
殿下の愛猫だから、不用意に触る事は出来ないと判断したのかな。
「ティ、ティアル様お帰りなさいませ」
「お帰りなさいませ」
「誰か直ぐにお世話係のものに伝えろ、ティアル様がお戻りになられたぞ!」
「道を開けろ、ティアル様がお通りになる」
えーと何ですかこの反応は?
気付けば、お部屋までご案内しようかと言い出す者までいらっしゃるんですが。
「みい! ティアル、デキルノ」
でもティアルがいやいやと首を振って断り、
お付きを志願した人達は、残念そうにすごすご下がっていくのを見て。
「……みいみいみ(ティアルは権力のある子猫様だったんですね)」
「み? ナアニ? ソレ、オイシイ?」
「み、みいにゃん(ううん、美味しくない)」
「みい? ティアル、オイシイノガイイ~」
ティアルは平常運転でございました。
※ ※ ※ ※
案内されたのは、南向きの暖かい温室の近くにあった白いドアの前。
「みいみい、ティアルノヘヤ、ココ」
「みい? (ここがティアルのお部屋ですか?)」
「クウン?」
見るからに重厚な装飾の施された両開きのドア。
ネームプレートなんて物は勿論ありませんが、
まあそれは、警備上の問題もあると思います。
その代わり、ドアの装飾に小さな猫が掘られていて、ノブも猫足仕様、
ここの部屋がティアルのものだと分かる猫仕様のデザインです。
ティアルが好きそうなお花を模した金色のベルが、ドアの入り口に取り付けられていて、
そのドアの真下中央に、使い魔専用の小さな出入り口があるのを発見する。
「みい。オイデ~?」
私とリファはティアルに案内されるがまま、
使い魔用の出入り口から、そろそろ並んで中に入っていくと、
部屋は若草色の壁紙に統一された。小さな森が広がっていた。
正しくは森の中を再現していると言った方が正しいか。
木や花の鉢が至る所に設置され、まるで秘密基地のような部屋だ。
大きな窓から差し込む光は暖かな印象さえ感じる。
天井からは木目が活かされた木のブランコや、弦で作ったハンモック。
ツリーハウスにあるような小ぶりの小屋も部屋の隅に設置されている。
その中にキャットタワーやら、猫の玩具が部屋の至る所にある。
無駄にだだっ広い所に、転々と置かれた猫のアイテムの数々に呆然とし、
そして何より……ティアルの部屋は私の部屋よりも広かった。
しかも部屋が二つもあったので、とても子猫一匹が住むような部屋ではない。
(うん、予想はしていたけれど、想像以上だった)
広いんだけど、これだけ広い中に一匹だけでお留守番していたのか。
「みいみい(ティアルは、私達と出会う前はずっとここに居たんですよね)」
「みい、オシロノミンナ、イソガシイノ、アソンデクレナイ」
さっきの様子では、抱っこしてくれる人とかはいなかったのだろう。
きっとそれをしてくれたのは、ルディ王子様とリイ王子様位で、
ここで一匹ぼっちで、ルディ王子様を待つだけの生活を送っていたと思うと、
ティアルの寂しさを感じて胸が切なくなる。
(ずっとここに居るのは寂しいよね)
ティアルがアデル様の部屋に入り浸っているのは、きっとそういう事なんだろうな。
ティアルに用意された部屋は二つあったので、
もう一つはどうなっているのかな~と覗いて見ると、
「……み?(何?)」
「う……ううう……」
部屋の隅で何やらすすり泣く男の声が聞こえる。それも何処かで聞いたような声だ。
何だか凄く嫌な予感がして、私はおもむろに覗いていた顔を引っ込め、
見なかった事にしようとした。
「みい? ユリア?」
「みいみい、みいにゃん?
(ティアル、お部屋を見せてくれてありがとう。じゃあ帰りましょうか?)」
「クウン?」
「みいみい、ナンデ~? アソボ~?」
「みい……(何でと言われると……)」
私は感情を引っ込めた顔で、隣の部屋に居た存在を思い出した。
何であの人、こんな所に居るんだろう? そんな事を思ってしまったんだな。
するとティアルは、私の言いたい事が分かったのか、
「みい、ルディイル? ティアル、イナイ、エンエンナノ」
そう言って、隣の部屋へと続く小さな出入り口から部屋に入ってしまった。
隣の部屋はティアルのベッドルームになっていた。
その部屋のインテリアは、普通の子供部屋。
とはいっても、用意されてあるのは人間用のベッドであり、
こちらでは、ティアルの好きそうな動物達のぬいぐるみが所狭しと並べられ、
そのベッドの直ぐ傍では、ぽつーんと膝を抱えた一人の青年の姿がある。
普通、大の男がこんな所に居たら違和感で気付く筈なのだが、
一瞬、同化しているのではないかと思うほどに、中に埋もれていたので気付かなかった。
「なぜだ。なぜ私だけ……」
しかも、何やらまだ、ぶつぶつと呟いているのだが。
「みい?(本当に行くのですか?)」
其処に居たのは第一王子のルディ王子様だった。なぜこんな所に?
青い織物に白銀色の龍と王家の紋章が入った刺繍。
青い宝石が豪華にちりばめられた衣装を身に纏っているルディ王子様が、
しくしくと泣きながら、漂う何かをまとって、其処に存在していたのである。
思わず、見なかったことにした私の判断は正しいんじゃないだろうか?
むしろ、みんなが肯定してくれると思うんだが。なんか残念モードになってますよ。
「みい、ルディ、タダイマ~」
「はっ!? ティアル、帰ってきてくれたのかい?」
「みい、ルディ、ダッコダッコ」
ルディ王子様は駆け寄ってきたティアルを抱き上げると、
嬉しそうに再会を喜び、頬ずりをしていた。本当に嬉しいようだ。
そして、そのままティアルのあの柔らかなお腹に顔を埋め……。
――ああっ!? ずるい!! 私もやりたい!!
「みい、ゲンキ、デタ?」
ぽんぽんとティアルは前足でルディの頭をなでている。
「ん……ありがとうティアル、癒されたよ。
野生育ちなのに、ここまで全幅の信頼を見せてくれるのは君だけだ」
そう言いつつ、ティアルのピンクの肉球もぷにぷに触っている。
ルディ王子様!! そ、そんな事までなさるなんてっ!?
ティアルは嫌がる素振りも見せず、されるがまま。
私も、私にもソレをやらせてください!! あああ。
思わず、自分の肉球つきの手を見つめてみるが、
違う、違うんだ。自分をもふっても癒されない。
これは別の子で無いと楽しめないんですよ。
「みい、ルディ、サビシイ、ティアルイッショ」
「そうかそうか、私を気にかけてくれたんだね。
うんうん、私はティアルが居てくれて嬉しいよ」
ルディ王子様が寂しがらないようにと考えて?
……もしかして、ティアルがたまにルディ王子様に会いたいと言っていたのは、
こうなる事を知っていて、会いに来ていたのではないだろうか?
ティアル……これじゃあどっちがご主人様か分からないよ。
「みいみい、ルディ、エンエン、ハゲル」
「まだ髪の生え際は後退していないよ!?」
えーと? つまりティアルはルディ王子様がストレスでハゲないように、
気にかけて会いに来ていたと言う事でいいんでしょうか?
子猫に毛根を気にされる飼い主ってどうなの? これ……。
「みい~アトネ、ユリア、リファ、イッショナノ」
「ん? ああティアルと一緒に遊びに来てくれたのか。
そうかそうか、君達よく来てくれたね歓迎するよ。
ところで私の愚痴を少し聞いてくれるかい? 私の可愛いアニモー達。
なに、少し聞いてくれるだけでいいんだ」
――誰が貴方のアニモー達ですか。
いつの間にかルディ王子様のものになっていますよ。
言っておきますが、私はアデル様のも……こほん、な、何でもないです。
「実は何時も仕事を丸投げしても、真面目に請け負ってくれていた愚弟がだよ?」
『主の身元に参ります』
「――とか、不吉な書き置きを残して失踪してくれやがってね。
お陰でこっちは、最悪の事態を考えて部下も従えて不眠不休、
愚弟の捜索と来賓客の接待を兼任しなくてはならず、
幼い弟達は『兄様が居ない』って泣き出すわで、もう大変で」
「み゛っ?(え゛っ?)」
ぐ、愚弟って……あの、それってリイ王子様の事ですよね?
もしかして彼は、本気で私との密談の後に神様の川元さんに会いに行ったの?
しかし、なぜよりにもよって、そんな書き置きを残すんですか、リイ王子様!?
そんな物を残したら、城の皆様は心配するじゃないですか。
別れ際に目を輝かせていたリイ王子様の顔が目に浮かんだ。
あの後、スキップしながら神様の追いかけをしたんだろうなあ……。
「おまけに、どう護衛の隙を突いたのかは分からないが、
護衛の供も付けずに単独で姿を消したらしくてね。
時期が時期だけに、それはそれは私も心配したんだよ。何か思い詰めたかと。
そうしたら今朝、目にクマをこさえて疲労困憊の姿で城の前で倒れていてね。
ずっと寝込んでいるんだよ。お陰でこっちはせっかくの収穫祭なのに楽しめなかった」
え? それじゃあ、今の今までリイ王子様はずっと神様探しの為に、
この丸二日近く、王都をさ迷い歩いていたという事に? な、なんという執念だ。
リイ王子様の神様スキーは半端ないものだと再認識いたしました。
下僕スイッチ、恐るべし。
「みい、ルディ、ガンバッタ、イイコ、イイコ」
そう言いながら、ティアルは小さく何度か頷き、
ルディ王子様の頭をぽんぽんと前足でなでている。
「うう、そう言ってくれるのは君だけだよティアル~ッ!!
父上は『次代の王たるもの、この位の事に動じてどうするんだ』と言われてね。
一人で先に休まれてしまったんだよ。この私に捜索指示を丸投げしてね。
まったく、あのくそじじ……いやなんでもない」
う……うわあ~それは大変な事になってたんですね。
(アデル様、そんな大変な事になっているって言ってなかったのに。
いや、そもそもアデル様は、リイ王子様の話題を出すのを嫌がっていたな)
でも、先ほど会った時に少し疲れた顔をしていたのは、そのせいもあるのかな?
てっきり、人間の多さに疲れているのだと思っていたんだけれど。
アデル様は仕事の愚痴って私に言わないからなあ。
「みいみい、イイコ、イイコ、ルディ、イイコ」
良く分からないけれど、ティアルはルディ王子様を労わる事にしたらしく、
頭をなでられて嬉しかったのか、ルディ王子様は少し元気を取り戻したよう。
しかしなんだ。小さい子猫に慰められる王子様の構図って、異様です。
(でも普段はこんな愚痴でさえ、人前で気安く言えない立場なだけに、
ティアルのような、政治とは関係ない存在はありがたいのかもしれませんね)
王族って大変なんだなと思います。
(こうして見ると、ルディ王子様もアデル様や私と同じ様な感覚はあるよね)
一人、そう納得する私。そうだ。ルディ王子様だってそういう所はある。
冷たいだけの人じゃないんだよ。きっと。
「ところで……この白い子猫が、もしかして噂に聞いていたユリア君かい?」
「みい(はい)」
私はそうですと言う意味で、ぺこりとお辞儀もして見せた。
「そうか、その姿では初めてお会いするね。これはまた愛らしい姿だ。
ようこそ白いレディ、城の中で会うのはあの時の茶会以来か……歓迎するよ。
そうだ! せっかく遊びに来てくれたんだし、またお茶でもご馳走しようか。
以前来た時はゆっくり味わえなかっただろう?」
「クウン?」
「うん、勿論リファもティアルもご招待するよ。
今日は収穫祭にちなんだ珍しい菓子を城で取りそろえているからね。
一緒に食べて行くといい、私もそろそろ自分の為に時間を使おうと思う」
「みいい~ティアル、タベル~」
「キュウウン!」
「それでは行こうか、おいで私の可愛いアニモー達」
「みいみい、ワーイ、オカシ~」
あ、何とか断ろうと思ったのに、私は二匹のしっぽをつかみ損ねた。
にぎにぎと肉球の付いた手の平を見つめる私。なんたる変わり身の早さの二匹だ。
こうなった場合、最早この子達を止められるもの等居ないだろう。
ティアル達は甘い物が弱点なのだもの。
あっという間にティアル達は、ルディ王子様の手中におさまってしまった。
(うああ、何たること!? 遊ぶ方はいいの~?)
そんなわけで予定が変更となり、ルディ王子様達を追いかける事になりました。




