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76・遠き日の約束と暫しの休息


――それは、遠い昔の思い出。



 今では懐かしいその声が、私の名前を呼ぶ。



『……結理亜ゆりあは、将来何になりたいんだい?』



 その日は、いつも仕事と学業で忙しい兄が、

私の為に時間を作って遊びに連れて行ってくれて、

お気に入りのぬいぐるみを抱くティアルにお留守番を頼んで、母に任せ、

大きな手につながれて歩く私は、にこにこと問いかけてきた兄に答えた。



『私はねえ、お兄ちゃんみたいな役者になりたいな』



 歳の離れた兄のりつお兄ちゃんの存在は、私の自慢であり憧れだった。


 一番近くに居て、一番遠い存在。それでいて私の目には輝いて見えたから。

まだ小さな世界しか知らない私と違い、私の知らない世界をたくさん知る兄、

最初は兄の付き合いで始めた台本の読み合わせで、私は演技の楽しさを知り、

くるくると様変わりしていく演技の魅力に引き込まれた。


 だからその世界に身を置く兄は、私の目標の姿でもあったんだ。



『そうか、それじゃあ結理亜はいつか俺の後輩になるのか、

 何時か俺とも共演する日が来るかもな』


『うん、だからね。待っていてね? 私、頑張るから、

 お兄ちゃんと同じ役者になるからね』


『分かった。でも結構大変だぞ? 覚える事もいっぱいあるし、

 演技の幅を広げる為には、学業も頑張らないとな?

 結理亜が目指す道は、生涯勉強なんだから』


『うん、がんばる』



――それが、私がりつお兄ちゃんと……兄と交わした約束。


――本当に、本当に大切な約束だったの。


 私が兄の背中を追って業界に入るきっかけだったから。


(それなのに、ごめんねお兄ちゃん。私はその約束をもう守れそうにないよ……)



 ここで大切な人が出来たの、守りたいものが出来たの。

交わした約束も大事だったけれど、今は目の前の人を助けたいと思ったの。

 

 久しぶりに見た兄の姿なのに、視界がぼやけて兄の顔がよく見えない。

夢の中で私は笑いかけてくれる兄に向かって、何度も何度も謝っていた。

成長した姿の私が、幼い私と手を繋いで歩く兄の後ろ姿を見送りながら……。


 遠ざかる時間の狭間に消えていくかのように、

今ではもう夢の中でしか会えない兄の名を呼んだ。



 ※ ※ ※ ※




 収穫祭二日目の朝となり、メイド服に着替えてホールに出てきた私に、

イーアとユーディ、そしておじサマーズ達は待っていたかのように立っていました。

あれ? おかしいな、いつも私がみんなの中で一番早起きだったのに。

そんな事を内心考えていた私は、にっこりと微笑む後輩のイーアを見て身構える。


 こ、この時のイーアは何か物申したい時のサインだ。



「お、おはようございま……す?」


「おはようございます。ユリアさん。体調はいかがですか?

 せっかく起きてきて下さったのに、大変、たーいへん申し訳ないのですが、

 ユリアさんは、アデルバード様より今日一日の間、

 強制的にベッドでの静養をさせるようにと命じられております」


「え? イーア、それはどういう……」



 問いただそうとした私に、イーアの隣に居たユーディが割り込んだ。



「昨日、王都で倒れたって言っていたじゃないですか、それでご主人様が」


『ユリアを放っておくと、具合が悪い時も無理に働こうとするから、

 今日はゆっくりと寝かしつけておいて欲しい』


「……って仰っていたんですよ。

 愛されていますよねえ、今日もごちそうさまです。ふふっ」


「そ、そんな、ユーディまで!?」


「「ささ、そんな訳で、ユリアさんは本日“も”安静にしていて下さいね~?」」



 私の両腕をがっしりとつかみ、部屋へと連行される私が居た。

待って!? 話せば分かる、というか話し合おうじゃないか諸君!

昨日は馬車で帰宅した後、ずっと安静にしていたじゃないですかっ!!

何も二日目まで持ち越さなくてもいいと思うんだ? うん。



「きょ、今日こそは食い倒れ道楽をやろうと思っていたのに」



 おじサマーズは始終、にこにこと私を見守っておりましたよ。

止めて下さらないなんて、そんなそんなっ!?

この様子だと、脱走するのも出来なさそうですよ?



「ユリアちゃん、休憩時間に何かお土産買ってきてあげるからね~?」



 いやいや? 実際に参加してこそ、祭りの醍醐味だいごみは味わえるというものです。

でも私のむなしき言葉は、皆様の心には響かなかった。

遠のいていく期間限定のレア料理の数々に、私は切なくなる。



「げ、限定スイーツ……がくっ」


「ユリアちゃんはこんな時でも、食べ物に忠実だねえ」


「アデルバード様と一緒だねえ」


「流石は恋人同士、いや婚約者か」


「お、おじサマーズまで、うう」



――何てことだ。味方が居ないだと?



 そんなこんなで、収穫祭二日目は絶対安静の刑に処された私です。

いえね? 二日目こそはと早起きした矢先にこれですよ?

掃除道具を取り上げられ、自室のベッドに押し込まれた私は、



「みい~ユリア、ネンネ、ネンネ」



 と、ティアルによってぽんぽんっと寝かしつけられたのでした。



「ティアルまで……うう」


「みいみい、ティアル、イッショ、ネンネシタゲル~」


「うっ! 可愛いだけに文句言えない!」



 寝ている私の隣に潜り込んできたティアルは、尚もぽんぽんと寝かしつけてくれます。

なんていい子なんでしょう。いい子なだけにティアルの優しさに何も言えない。

本当はティアルもにぎやかなお祭りに、みんなと行きたいだろうに。



「みい、サビシクナイヨ?」


「うう、ありがとうございます。ありがとうございます」



 私が寂しがらないように、一緒に居てくれるんだってさ。

いい子だ。いい子過ぎて罪悪感がするから言えない。

私、今、すこぶる元気だなんて、そんなそんな。



「クウン~キュイイ」



 リファも反対側を陣取って、ぽふぽふと尻尾であやしてくれている。

柔らかなリファの尻尾、触っているだけでも落ち着くんですけれども、

考えてみたらリファは留守番は嬉しいんだよね。元々人間嫌いだったのだし、

人の多い王都に出たりするよりは、日向ぼっこできる部屋にいる方がね?


 でも鼻をひくひくさせているから、ユーディの家族が気になるのかもしれない。

流石に子供達にえたりはしないけれど、少し警戒しているみたいだ。

お母さんなリファでも、人間の子供は苦手なのかも。



「リファ、大丈夫だよ。ユーディに弟さん達の事は任せてあるし、

 無闇に近づかせないように頼んであるから」


「クウン~」


「だから、安心してね?」



 しかし、おもてなしする為に、いろいろプランを立てていた私の努力は何処へ?

部屋の外からは、賑やかで楽しそうな声が聞こえてくるだけに辛いんですが。

私はぬいぐるみ版アデル様を抱きかかえ、動き回りたい欲求に駆られ……。

いえ、別にはいかいぐせがある訳ではないんですけれども。


 しばらくすると、昨日お誘いに来てくれた使い魔友達のアニモー軍団が、

今日も遊びに来てくれて、私のお部屋までやってきてくれたんです。

で、ベッドの周りを囲まれました。まあ、何てメルヘンな光景でしょう。


「キュウ?」


「みいみい」


「キャウン?」


「ピイピイ?」



 もしかして「今日もだめ?」なんて言っているのかな?

ちょっとしょぼんとした顔でこちらを見てくるんです。



――なんですか、この愛くるしい動物達は!! 



 思いっきり頭をなでてあげたい! なでくり回したい!



「クウン~キュイイ」


 すると、リファがアニモー達に代わりに謝ってくれていたらしく、

その様はまるで、「子供が熱を出したからごめんね?」と応対する母の姿に見えた。

いや、そもそもリファは私のお母さん代わりなんだけども。


 大きな姿のリファはちょっと怖いらしく、みんなは引き気味に話を聞いていて、

大人しく帰ってくれたのだけれども、悪い事しちゃったなあ。

小さい姿のリファの時は一緒に遊んでいるのにね。やっぱり難しいかな?



「う~暇ですね」



 私がベッドの中でゴロゴロしつつ暇を持て余していると、昼頃になって、

窓をコツコツ叩くアニモー達が居た。あれ? さっき帰ったと思ったのに。

というかここは二階だよ? もしかして、さっきもよじ登ってきたのかな?


 見ると、それぞれ口に何かをくわえて持って来ており、

窓の傍にそれを置くと、「バイバーイ」と言わんばかりに帰って行きました。



「みい? ユリア、オミマイナノ」


「え? 私に?」



 ベッドから抜け出たティアルが、窓に置かれた物を持って来てくれる。


 窓の外には、木の実や甘い蜜が味わえるお花が置いてあったり、

滋養に良いとされる薬草まであるではありませんか。

私は両手を顔に覆って、小刻みに震えて感動しましたよ。

みんな、なんてフレンドリーでいい子達なの! 


 この気持ちを是非ボディランゲージで表したい!!



「ああ、私も一緒に行きたかったなあ……。

 今日は、ローディナが料理コンテストに参加するのに、

 秋の味覚満載の料理の数々……試食も出来ないなんて、

 まかない開発の参考になると思ったのに」



 ごちそう……考えるだけで胸がときめくんですが。

きっと美味しい料理がここぞとばかりに並ぶんだろうな。


 でも、私不在の中、おじサマーズやおじいちゃマーズ。

そしてユーディ、イーアがその分頑張って下さる様子なので、

これ以上はご心配をお掛けするわけにもいかず……。

私は二日目を大人しくベッドの中で過ごす事にしました。


 アデル様? 勿論、メサージスバードで連絡したりしてきましたよ。

お手製の薔薇の花もきっちり添えられておりました。

ただ、ちょっとだけその回数が何時もよりも多い気がしたんだけれども、

まさか以前のように、無数のメサージスバードを飛ばす気じゃないだろうか?

なんて思ったりもして、以前は何事かと思ったことがあったりして。ヒヤヒヤしますよ。



※  ※  ※  ※





――そしてやってきた三日目。


 滞在していた。ユーディのご家族の出立の時がやって来ました。



「――それでは、どうもお世話になりました」



 早朝、ユーディの一家はそろって私達に頭を下げた。

アデル様のお屋敷で王都での収穫祭を家族で楽しみ、

娘の働き振りを間近で見る事が出来た彼女のご両親は、

ユーディがとても生き生きと過ごしている事に、安堵してくれたようだった。



「娘の働くさまを、こうして身近で見学出来るとは思いませんでした。

 アデルバード様の寛大なお心遣い、感謝いたします」



 主人であるアデル様が、宿直もかねた仕事で留守にしている為、

私を始めとする使用人一同は、挨拶が出来ないご主人様の代わりに、

ユーディ達の家族の見送りで玄関に集まっていた。


 使用人の家族を泊めるなんて、本来はありえない事なのですが、

これは出稼ぎに出した年頃の娘さんを心配する親御さんの気持ちも考慮して、

みなさんも賛成してくれたのですよ。



――これまで、良くない噂があったアデル様の屋敷ですからね。



 そう、これはイメージアップの一環と、初見の方の貴重な意見を貰うと言う、

かなり有意義な経験にもなったわけです。お陰で接客や衛生面、気になった事など、

私達では見落としてしまう点も聞きやすいですし。



(これで急なお客様への対応も対策マニュアルが出来ると思いますし、

 何より、今回の印象がお互いに良ければ将来的に、

 ユーディの弟さん、妹さん達もここの使用人となっていただける道筋が出来ますし)



 このご招待は、使用人獲得のPR活動にも繋がるわけです。



(王都の住民に興味を持って頂けないのであれば、

 発想の転換で、将来出稼ぎする予定の人をスカウトすればいいですよね)



 私は確認出来ませんでしたが、おじサマーズの話によれば、

とても礼儀正しいお子様達だったとの事ですので、きっと大丈夫でしょう。

ユーディも弟さん、妹さん達に就職先が決まりつつあるので、ほっとしていますし。

紹介状なしにいきなり屋敷に勤めるなんてこと、普通はなかなか出来ませんからね。


 けれどまさか、こんなに早くお帰りになるとは思わなかったんです。

私達としては、収穫祭の期間はずっといらっしゃると思っていたので。

ええ、それはもう、ありとあらゆる得意分野を活かしたおもてなしをですね?

私はまだ何にもしておりませんし、ええ。



「まだ収穫祭は始まったばかりですから、ごゆっくりされても……」


 そう言う私に、申し訳なさそうに彼女の父親は首を振る。



「いえいえ。私どもは仕事がありますので、二日も見られれば十分です。

 まさか騎士団長様のお屋敷に、私どもがご厚意で宿泊させていただけるなんて、

 ユーディの主人となって下さった方は、とても思いやりのあるお方なのですね。

 きちんとご挨拶もしたかったのですが、残念です」



 私はじい~んと感動した。あのアデル様が“思いやりがある”と!

そう言ってくださる方が、ついに現れたのです!!



(遠い空の下にいるアデル様、聞こえますか? やりましたよ。

 これはきっと、アデル様の時代がやってきたんですよね!)



 ついにアデル様をめて下さる方が現れるようになりました!!

しかも、私を介してではない辺り、ポイント高いんじゃないでしょうか?

なんというか、是非、もう一度言って! と思うお言葉ですよ。

拡声器付きで、騎士団宿舎に向かって声高々に聞かせたい言葉です。ああ。


 なぜここにはボイスレコーダーがないのですか。是非家宝にしたい言葉でしたのに。


 アデル様、聞いたらきっと喜んでくれるんじゃないでしょうか。

おじサマーズ、おじいちゃマーズ達も感動に打ち震えて、

後ろですすり泣いている程ですからね!



「アデル様はお忙しい方なので、今は寄宿舎に滞在していますから。 

 後で私の方から、お礼をお伝えしておきますね」


「ありがとうございます。どうぞ宜しくお伝え下さい」


「はい、こちらこそ遠路はるばるありがとうございました。

 道中どうぞお気をつけてお帰り下さいませ」



 ところで……そのアデル様なのですが。


――本当はつい先ほどまでここに居ただなんてっ! 流石に言えない!!



 私の髪に飾られた紫の薔薇の存在が、その全てを物語っている。

はい、アデル様は10分前に私の部屋の窓から侵入し、ハグと頬ずりを済ませた後、

私の髪にさっと一輪の薔薇を飾り、颯爽さっそうと窓から出て行きました。

その間、一分にも満たない早業はやわざでしたよ。



(毎回思うんですが、アデル様……今までよく正体がバレなかったな)


 傍から見ても、あの身体能力は超人だと思うんですが。

ローザンレイツ国民の、のん気な気風のお陰で難を逃れているのかも。


 それはそうと、こういうのは本当にマメなんですよね。アデル様は。

巡回か何かの折に、屋敷に立ち寄って下さったのだと思われます。



(私も、恋人らしい事を何かした方がいいですよね?)


 これまで異性とお付き合いした事がありませんでしたから、

一体何をしたらいいのかと、最近は悩んでいるんですが、

考えてみても、膝枕とか添い寝、食べ物を食べさせ合い位しかしていませんし。



(ここは、経験と知識豊富なラミスさんに相談して、

 龍の恋人が、一体どういう事を普段するのか聞いてみないと)



 私とユーディの父親の話が一段楽したのを見計らうと、

隣に並んで立っていたユーディが、両親の元へと近づいていく。

久しぶりに会えた家族と別れるのが寂しいのだろう。

その気持ちをんで、私達はそっと後退し様子を見守った。


 またしばらく会えなくなりますからね……ここは気を利かせませんと。



「お父さん、お母さん……」


「ユーディ、元気でやるのよ?」


「うん。また手紙出すね」


「お姉ちゃん」


「ねえちゃ~」



 わらわらと、別れを惜しみ小さな弟さんと妹さん達がユーディを囲む。

家にいた時は、彼女が親代わりになって面倒を見てきたのだろうから、

弟さん達は寂しいですよね。たまに帰省もさせてあげたいのですが、

ユーディの実家は、王都から遠く離れた小さな村にあるため、

なかなか実家には帰る事が出来ないそうです。


 護衛をやとうか、商隊に混ぜて貰って帰らないといけないそうですから。

帰るタイミングとかも合わないと難しいですよね。



「お父さんとお母さんの言う事を良く聞いてね?

 私の分まで、ちゃんとお手伝いもしてあげてね?」


「うん」


「はあい」


「わかった~」


「ふふっ、じゃあ……またね?」



 こくこくと頷く弟さん、妹さん達にユーディはにっこりと微笑む。

そして帰っていくご家族に向かって、元気に手を振って見送りました。

家族を屋敷の外に出て見送って、建物の影で見えなくなると、

ユーディはくるっと方向転換し、私達に深々と頭を下げた。



「皆様、この度は本当に本当に、ありがとうございました!

 家族のみんなに王都見物をさせてあげられて嬉しかったです」


「久々の家族団らんも出来たようだし、良かったねえ」


「んだんだ」


「はい!」



 おじサマーズとおじいちゃマーズの顔は、実につやつやしていた。

これまで若い人に恵まれなかっただけに、あれだけ子供と多く接したお陰で、

一時的にも活気が戻ったようで、凄く嬉しかったようです。



(楽しかったようで、良かったですね皆様)



 私は何も出来なかったけれど、貴重なご意見をアンケートでいただけましたし。

今度はイーアの居た孤児院の子達も、勤め口として用意が出来ないかなと、

密かに考えているんですよね。また機会があればいいなあ。



「さて、それでは通常の業務に戻るわけですが」



 イーアがこほんと咳払いをしつつ、シフト表を見つめます。



「ご家族様が使用していた部屋とご主人様の部屋の清掃、

 洗濯物の回収と洗濯、ご主人様の昼食と軽食の用意と配達、

 大広間、玄関、厨房、浴場、補充品のチェックなどを本日は主に行います。

 後はタイムテーブルに沿って、各自動きましょう」



 ご主人様が何時帰られてもいいように、湯は常に沸かしておくと。

そんな事を思いつつシフトを見れば……私の名前がない。



「えーと? イーア私は……?」


「ユリアさんはまだ本調子ではないので、本日もお部屋で静養を」


「い、いえ、もう大丈夫なので、頑張らせていただきますよ!

 それで休憩時間はのみの市エリアに行って、寄宿舎に向かいますから」



 丸一日、ご~ろごろしていたので大丈夫! 熱も全然高くないですし。

意気込む私を見て、ユーディとイーア、おじサマーズ達が、

どうする? どうしましょうか? とその場にしゃがみ込んで相談を始めたので、

私はうるうると瞳を潤ませた演技で、皆様にお願いをしました。



「ええと……その、それでアデル様のお傍に行きたいのですが」



 もじもじと、エプロンを右手でぎゅっとつかみ、左手は胸元へ、

恥じらいを持つ仕草に、うつむき加減で顔をそらして。

まんま私が演じたユリアの台詞と立ち絵の一部分を抜粋してみました。


 ええ、私が以前、何度もリテイクを要求されたあの時の台詞ですよ。

当時はあんなに苦労したものだったのに、今ではそれが自然と出来るようになった。

恋愛経験を持つと違うって、きっとこの事なんだね。



「ご、ご主人様にお会いできなくて寂しいんですか?」


「は、はい……無理を言っているとは思いますが駄目でしょうか? イーア。

 もしも具合が悪くなったら、無理をせずに休みますから」



 そういう事にしておきました。私達は恋人同士の間柄ですからね。

別におかしくはないでしょう。たぶん、きっと、おそらく?

私は恋する女の目で、駄目もとでお願いしてみる事にします。

普段、私がこんな事を言わないからこそ、効果のある言葉だと思うんだ。



「昨日は、アデル様と余りご一緒に過ごせませんでしたから……」



 自分で言っておいてなんですが、凄く恥ずかしい、物凄く恥ずかしい。

なんでしょう、この胸の中のきゅんっとする感じの言葉は。

自然と頬や耳とかが火照ってくるんですよ。



「こ、恋人同士の逢瀬を邪魔してはいけませんよ。イーアさん」


 ぐっと握りこぶしを作るユーディ。



「ユーディ、でもご命令が……」


「ただでさえ禁断の恋ですもん。私達が理解者でいてさしあげないと!

 こうでもしないとユリアさんは、ご主人様のお傍に行けないんですから。

 きっと今頃、ご主人様も会えない切なさに悶え苦しんでいるんですよ」



――も、悶え苦しむって? アデル様が?


 私はしばしの間、その様子を考えてみた。



「わ、分かりました。そういう事でしたら止められませんよね!

 ではユリアさんは……ストアルームの整理と、在庫確認をお願いします。

 それが終わったら昼食を持って、ご主人様の元に配達に行って下さい。

 ゆっくりでいいですから。でも、くれぐれも無理だけはしないで下さいね?」



 ストアルームとはスパイスやお砂糖、茶葉などをしまう部屋の事です。

病み上がりだという事で、簡単な仕事に回されたようでした。

まあ元々、私はメイド長なので元々管轄している場所なんですけどね?


 恋人の傍に行きたいと匂わせた私の言葉に、ユーディは目を輝かせていたけれど、

この際、我慢します。そういう事にしておこう。

そうしないと、ずっと寝たきりになってしまいますもんね。



「はい、ありがとうございます!」



 そんな訳で、無事に職場復帰に成功。

あれ? 私、メイド長なのにな。イーアにシフトを牛耳られているぞ?

少々、に落ちないながらも、私は比較的に楽なお仕事を与えられ、

うきうきと掃除道具を抱えた。今日こそ計画通りに過ごすんだ。



 ※ ※ ※ ※



 待ちに待った休憩時間、私はバッグを用意し帽子を深めに被り、メガネを着け、

外套がいとうを羽織ると、お出かけスタイルのリファとティアルを抱っこして、

皆様に見送られつつ、アデル様の元へ……。


――行く前に、ちょっとお祭りに寄ってから行こう。



「みい? ドコイクノ~?」


「ええと、アデル様の好きな果実の干したものが欲しいんですよね。

 良心価格で売って下さる店が出ているって聞いたので、まずはそれと、

 少し買い食いして行きましょうか、ティアルも昨日はつき合わせてしまいましたし、

 何かおやつになる物でも買ってあげますね?」


「みい! ワーイ」


 リファは人の多いところは苦手なので、アデル様の傍に居てはと聞いたけれど、

やはり私の方が心配なのか、首を振って小さな体で私の肩にしがみ付いてきます。

この季節になってから、リファの毛はますますふわふわして、とても柔らかい。

陽の光に当たると、白銀色の毛並みが輝いて見える。

こうして大人しくしていると、本当にぬいぐるみのようだわ。


「わあ、やっぱり人が多いなあ。はぐれないで下さいね?」



 広場では来年のぶどう酒を作るため、大きなたるの中でみんなが裸足になって、

手をつないで歌いながらこしらえているのを横目に見ながら、

私は初日に出来なかった買い物をさっと済ませ、

ある場所へと立ち寄る事にした。それはこの王都の中心街にある人気の宿、

木組みとレンガで出来たおしゃれな宿で、私の知り合いが居る場所の一つだ。



「こんにちは」


 手彫りのドアを開けると、ちりんと鈴の音が響く。

ハシバミ色をした木のカウンターには、恰幅のいい年配の女性が受付係をしていた。

栗毛色の髪を後ろにひとくくりにし、話しかけやすそうな優しげな笑みを浮かべている。

実は彼女、ここで遭遇する宿の看板娘ヒロインの母親だったりする。



「おや、ユリアじゃないか、いらっしゃい。

 どうしたんだい? 娘の方は今手が離せないんだけどね」


「すみませんお忙しい所を、おかみさん実はちょっとお聞きしたい事があって」



 私が今日、ここに立ち寄ったのは情報収集の為だ。

一昨日に見かけた様子のおかしかった女主人公アンの事を考え、

とりあえず、先に知り合ったディータさんの様子を見に来たのである。



(ユリアは私に『アデル様を助けて』とだけ言っていたけれど、

 きっと本当は、親友だったアンの事も助けて欲しいんじゃないかな?)


 私がそう思うのは、ユリアから引き継いだ思考回路と記憶が物語っていたから。

流石に二人まとめてというのは頼みにくかったのだろう。


 出会ってから私はディータさんと再び会う機会はなかった。

元々私が屋敷中心の生活である事と、ユリアが隠しヒロインという立場だったから、

逆を返せば、私の方から接触するのも難しいという事になる。

だから、私が何もしなければ余計、彼と関わる機会はないという事だ。


 アンの居場所が分からない以上、ディータさんに仲間になって貰っておいた方が、

後々いいだろうと判断し、私はここに来たのである。



(主人公の影響力を考えたら、どちらかと協力関係でいた方がいいものね)



 先日、助けて貰ったお礼もあるし。何かまた手伝えるかもしれないし。



「あの、こちらにディータさんという方が宿泊していると思うんですが」


「ディータ? 聞いた事ないねえ、ユリアの友達だったのかい?」


「え……?」



 そんな、まさか宿が取れずに王都を離れてしまったのだろうか?

ここは主人公の活動拠点として利用される宿だったはずなのに。

彼は冒険者だったから、宿がなければ仕事と寝床のある場所を求め、

他所の国に行ったのではないか? 流石に王都で野宿なんて出来ないし。


 彼女と会えない今、ディータさんまで不在なのは困る。

これではこの先、何かあった時に対処が出来なくなるのでは。

私は当てが外れて愕然がくぜんとした。



(やっぱり、隠しキャラから会いに行くって言うのは通用しないという事?)



 不意に目線を下げると、手元に宿泊台帳があるのに気付く。

おもむろに手に取った宿泊台帳をめくって、私は念の為に確認した。

せっかく紹介してあげて、喜んでくれていたのに悪い事をしてしまった。

きっとがっかりしただろうな……なんて思っていたら。



「――え?」


 その台帳には、見覚えのある名前が記載されていた。



 アンフィール。その名は私が探していた女主人公だった。

まさか、物語は既にアンの方に傾いているのだろうか?

そんな事をつい考えてしまう私だった。



――もしかして、主人公は互いに同行しないように均衡を保つ行動をする?



(アンが宿泊を先に決めたから、ディータさんが無意識に避けたとか?)




 可能性としてはありえるかもしれない。あの二人は互いに影響力が強いのだから。

主人公二人が同じ宿に滞在していたのなら、普通なら顔馴染みになるものね。

そうなったら、共に冒険に出たりする機会もあるはずだ。

だとしたら、自然と弾かれた……と見るべきだろうか。



「どうしたんだい?」


「あの、この人は……」


「どれどれ? ああ、収穫祭が始まる前からいる長期の宿泊客だよ」



 聞けば、商隊に混じって王都へやって来た一人らしい。

王都とはいえ、若い女の子が宿無しとなると危険だからという事で、

優先的に利用させてあげているとの事。

という事は、彼女の居場所は特定できたわけですね。



「この子が、どうかしたのかい?」


「いえ、何でもないです。ありがとうございました」



 まだ知人でもない私は、これ以上聞きだすと不審に思われるから、

宿のおかみさんにお礼を言って、その場を離れる。


 体調とかも聞きたい所だけど、友人でもない私が知っているのはおかしいですし。

ここのおかみさんは世話好きでもあるので、きっと大丈夫だろう。

同じ年頃の娘さんを持つ親御さんだから、面倒を見てくれる筈だ。


 そして何より、ここの看板娘ヒロインも居るのだから。



「そうなると、ディータさんの方は今何処にいるのかな?

 もしも今度会えたら、謝っておこう……あ」



 ふとある事を思い出して立ち寄ったギルドで、

私は冒険者名簿の中に、ディータさんの名前が無いか探す事にした。

この国内で冒険者として過ごすには、必ずここで名簿登録をし、

その許可証を持っている必要があるのを思い出したから。


 以前に彼と初めて会った時、彼が冒険者になりたてだと言っていたから、

もしやと思い、彼の名前が登録されたままなのか確認しに来たのだ。


 もしも、国を離れているのであれば、登録は抹消されている筈。



「あった。この名簿にディータさんの名前がある……という事は」



 彼はまだローザンレイツの王都を活動拠点にしている事になる。

そうなると、誰かの元で世話になっているのかもしれない。

何はともあれ、宿無しからは免れているようでほっとした。


 アンは宿屋、ディータさんはギルド。

この二つを行き来すれば、何時かまた接触出来るかもしれない。

私はそう考えてギルドを後にした。


 とりあえずは、これで一歩前進だよね。




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