74・ラミルスの収穫祭
――いいよなあ……一般人はお祭り気分でさ。
世間はお祭りムード一色である。
「ラミルス様、全員そろいました」
「ん、忙しいのに悪いな」
収穫祭……人が祭りで浮き足立っている頃、騎士団は修羅場を迎える。
かく言う俺も、副団長という責務と、殿下からの命令文とあわせて、
同時進行で職務をこなしていく必要があった。
そう、俺は女の子と気軽に話せる、この大事な収穫祭の時にも仕事なのだ。
「お前達、集められた理由は分かっているな?
ユリアがアデルバードの伴侶にほぼ確定した。
彼女に万が一の事でも起きれば、奴が自我を失う可能性が高い。
暴走する事になったら、俺達の力では奴を止める事は不可能になる」
一斉に集められた龍仲間もとい、紅蓮騎士メンバーはそろってごくりと息を飲んだ。
ただでさえ手が付けられない野生児……じゃなかった。野生育ちの野郎を、
この大人数でも止められないんだ。万一にでも奴が暴走でもしたら、
どんな被害を被る事になるか分からんではないか。
「――だから、俺達は何としてでもユリアを人間から守らなければならない」
これまで、王家に従い、様々な要人の護衛に付いた経験はあるが、
その中でも最重要とされる娘だけに、失敗する事は許されない。
「いつもはローテーションでの護衛という事になっているが、
当日、俺達が担当するのは城の警備と、王都周辺の巡回もあるし、
護衛と対象はユリアだけじゃないので、厳正なる抽選の上で決めようと思う」
他国の商人や見物客、そして名のある権力者もお忍びで来る季節。
この時期は外貨を集めるのに一番いい時期であり、他国の情勢などを知る上でも、
滞りなく祭りを進行させる為に何度も万全な計画を立て、
何ヶ月も前から準備をしていた。
だが俺達はそんな事よりも、
「一度はお嫁さん候補になってくれたらいいな」と密かに思っていた、
ユリアを守れるという方が何倍も興味があった。
――どうせ守るのなら、女の子の方がいいしな誰だって。
こんな時でも俺達は自分の欲求に正直である。
「ユ、ユリアちゃんと、お話が出来るかもしれないチャーンス!!」
「ユリアちゃんの護衛をしていれば、ローディナちゃん達とも会えるかも!!」
「新たな出会いを紹介してくれるかも!」
「ふ、ふふふ。恨みっこ無しですよラミルス様」
「お、おう。お前らもな、泣くなよ、怒るなよ?」
「当たりますように、当たりますように!」
同じ緊張感で働くのならば、女の子の方がいいという、ごくごく単純な理由で、
抽選の結果、俺は運悪く外れてしまった。
いつも思うが、俺……くじ運悪いんだよな。
「う~外れた。仕方ない、お前ら気張っていけよ」
俺は悔しさも堪えて、上司らしい態度で部下に命令する。
すると、みごと当たりくじを引いた者達は、一同びしっと構えた。
だが、顔がにやけているぞお前ら……。
「はっ!」
「この命に代えましても!!」
「ユリアちゃんをナンパ男や暴漢から守って見せます!!」
「お任せ下さいラミルス様」
「ああ、くれぐれもユリアに食べ物とかおごるなよ。
アデルバードが“求愛行為”をしたと勘違いして怒るからな」
「……お、お話とかも駄目でありますか?」
「駄目に決まってるだろうが! 俺だって……い、いやなんでもない。
ともかくだ! アデルバードに気付かれない程度の距離を保ち、
ユリアの護衛に当たってくれ、紳士協定は絶対だ。以上」
そう言って俺は部下を下がらせてため息を吐く。
最近、やたらアデルバードの視線が鋭くなって、ユリアと話せなくなったせいだろう。
まだ本当の伴侶にはなっていないせいか、奴らも必死である。最後の悪あがきだ。
で、俺はというと、くすぶった思いはまだあるものの、二人を見守っていた。
勿論、二人の友人としてだ。
(まあ、ユリアのあの様子だと、あいつも早々手は出せないか)
ああ見えて、ちゃんとユリアの心が追いつくのを待っているらしい。
(あいつの性格からしたら、随分と気の長い事だな)
この際、さっさと結婚しちまえよとも思うのだが、
ユリアの気持ちを考慮したら、早々そんな事は出来ないのだろう。
奴はユリアの気持ちを待って、大事に心を育んで行くつもりらしい。
――今までの奴からすれば、随分と人間よりな考えになってきた気がする。
「命を賭してでも、蒼黒龍の愛した娘を守れ……か。
予想はしていたが、何だか大事になってきたな」
今やユリアは大事な国の要人の一人。本人には余り自覚が無いようだが、
下手をすれば王家は勿論、蒼黒龍を狙った人質になる可能性がある。
「俺としてはユリアには、こんな大掛かりな祭りになど参加せず、
屋敷の中で大人しくしてくれた方が、身の安全を確保できて助かるんだが」
年頃の若い娘に、そんな酷な事を強いるのは不憫と言う事で、
奴が求愛を始めた頃から、ユリアには内緒で護衛が付けられる事になった。
ユリアは普段から気を使う子だけど、
この祭りをとても楽しみにしていたのを知っているから。
両者の気持ちを考慮して、これ位は許して貰いたい。
「祭りの間は賑やかだが、問題事も起き易いな。
スリや酒に酔った暴漢とかもでるし。何もなきゃいいけど……。
ユリアは……何て言うか色々トラブルに巻き込まれやすい子だから心配だよ」
伴侶にと龍が選んだ雌に、雄の龍は付き添う習性がある。
離れれば次第に自我を失い、雌を取り戻そうと暴れる。
それで万が一にも傷つけられ、命を奪われでもしたら……。
「ユリアを奪った報復として、今度こそあいつは人間の敵になるだろうな」
だからこそ、事前にライオルディ殿下は自身にこう言って来たのだろう。
『ラミルス、収穫祭の時は毎年混雑するから特に気を配れ。
今年はユリア君という、龍の花嫁となる娘が居るのだからな。
ユリア君の傍にはリファやティアルも居るだろうが、
人の目の多い所に出かける可能性がある以上は、油断ができない』
『はっ、アデルバードの方は当日、精神的な負担が少なくなるように、
私の方から人気の少ないエリア、城の警備を任せる事にします』
『ユリア君に彼の世話も頼んであるから、彼の禁断症状が出る前に早めに傍へ。
ああ見えて二人は勘が働く所があるから、気取られるな』
『は……』
ユリアの身の安全は何としてでも守りたい。
弟王子のリハエル殿下が彼女を傷つけた時は、
まだ正式に両思いにはなっていなかったものの、
今はあの時と状況が違う。伴侶となる前提の娘になったんだ。
(俺はその当時、傍にいなかったけれど……また万一の事があったら、
今度こそ暴走は免れないかもしれないもんな。そりゃ必死にもなるよ)
龍からすれば両思いで即、伴侶となるのだから、彼女は伴侶同然の扱いになる。
だから再び同じ事があれば、以前のようにはすまない可能性が高い。
「ユリアはアデルバードの唯一の抑止力。
つまり、彼女を失えばあいつを止める術はなくなってしまうんだろう」
騒動が、大勢の人が行き交う祭りの中で起きれば……被害は甚大なものとなるだろう。
王都中心街で、騎士団長が自ら国を消し去る事をさせる訳にもいくまい。
その為の対策が、変装した部下を護衛につかせる事であり、
俺はアデルバードの補佐として、当日は傍にいる予定だったんだ。
「前途多難だ。最近は人間の習慣にも慣れつつあったんだがな。
流石に毎年大勢の人間の中に、あいつを行かせる訳にも行かないよなあ」
元々人間嫌いだったからな。アデルバードは城の警備でもさせて、
部下達に王都の警備を任せているのが、昨年までの通例だったんで、
今年も機嫌悪く同じようにやるのかと思ったら……。
アデルバードは昨年までとは違う態度に出てきたのだ。
「ユリアが、今度の祭りを楽しみにしているらしい。
仕事を優先にしてるようだが、少しでも気分を味わわせてやれるだろうか。
毎年、人間が余りにも増えるから、何度ぶち壊そうかとも思っていたが、
ユリアが喜んでくれるならば、俺は手を下さなくて良かったと心から思う」
とか言って、暇があれば率先して祭りの準備を手伝っていた奴の姿があった。
いつも無愛想で付き合いの悪いお前は何処に行ったんだよ。アデルバード。
別に騎士団の悪評を独占していた以前よりは、遥かに良い傾向だけれども、
何だかユリアが絡むと、とても気の利く騎士団長になっている気がする。
普段からユリア以外の事でも、この位やって欲しいものだ。
「ま、まあ、お前がやる気になってくれたんなら、それでいいけどよ」
「ん」
「で、当日は一般の人間は城と騎士団には出入り禁止になるけど、
殿下の配慮でユリアの出入りは許可して貰ったから、安心しろよ」
「ああ、感謝する」
――このまま、こいつが上機嫌のまま終わってくれる事を祈ろう。
だが俺は、その後に奴の奇妙な行動を目にする事となった。
※ ※ ※ ※
そんなこんなで、迎えた収穫祭当日。
各自、シフトごとにローテーション通りに持ち場を警備していた。
そして俺達はグループに分かれて城門周辺を巡回している。
完全武装して、いつものように黙々と仕事に当たっていたので、
最初は気付かなかったのだが。
すーはーすーはー……。
(なんだ? この音?)
物音の方向を辿っていると、その先にはアデルバードが居る。
たびたび奴は懐を覗き込んで、ごそごそやっているものだから、
俺も同僚も部下もさすがに気が付いて、奴の見ているものを覗き込んだのだ。
「――あ?」
其処には、なんと小さな白い子猫のぬいぐるみがあった。
なんという事だろう。大の男が子供の玩具を持ち歩いていたのである。
こればかりは俺達も最初、言葉をかける勇気も無かったほどだ。
お前、一体いくつだよと。
「な、なあアデルバード様のあれって……」
「しっ! 見るな!! 人の趣味をとやかく言っては駄目だ」
「だっ、だけどよ。俺達の団長があんな事をしていていいのか?
また世間のゴシップ記事に面白おかしく書かれんぞ、おい」
「えーと、あれじゃないか? ほら、えーと、
お気に入りの枕とかタオルがないと駄目っての」
「あ、あああ~あり得るかもしれない! 今日は泊まりだしな。
団長はお気に入りを大事にする人だし、ほらユリアちゃんだって」
いや待て、だからって「ぬいぐるみ」ってどうなんだよ?
野生で暮らしていたから、お気に入りの物があるのは仕方ないとしても、
よりによって大の男がぬいぐるみ……ふわふわ、もこもこのぬいぐるみを?
――絵面的にも大変よろしくないわ!
「……帰りたい」
ぼそっとアデルバードが呟いていた。だが今、なんと言った?
出勤して僅か2時間ほどで、奴のリミッターが切れ掛かったようだ。
ここから耳をすませば、城下には人がごった返しているだろう人の喧騒、
大衆の声が入り乱れて、龍人の俺達としては大変きつい状況だ。
五感が優れたアデルバードは尚更辛いだろう。気持ちは分かる。分かるんだが。
「あ?」
「早くユリアの笑顔を見たい。彼女の声を聞きたい、
ユリアをこの腕に抱きしめたい……恋しい」
うわっ! のろけかよコイツ!!
未だ独り身の俺達には酷な言葉だぞおい。
何気に今、一緒に同行中の独身騎士達が、相当なダメージを食らっている。
ぴくぴくと震えて撃沈している奴までいるぞ?
だが、アデルバードのダメージは俺よりも酷かったらしい、
ぜえぜえ乱れた呼吸を繰り返し、ユリアが居るだろう屋敷の方向を見つめ、
思いをはせているようだった。
「恋しい、恋しい、恋しい、恋しい……」
ぶつぶつと言いながら、それと同時に地面が揺れる。
いつの間にか龍の尾が、奴の鎧と制服の隙間から伸びてきて、
地面をびったんびったん叩きつけて、イライラを募らせていた。
「うわっ!? ちょっ、まてまてまて!!」
――ここじゃ、人の目に触れるだろうが!!
俺は羽織っていたマントを脱ぎ、奴の腰にそれを慌てて巻いた。
大勢の人の声が城下から此方にも聞こえてきて、相当なストレスがあるらしいな。
奴の心のより所は、今やユリアになっているせいだろう。
「俺が離れている間に、ユリアにもしもの事があったら……」
びったん! びったん!
その瞬間、地面に地響きが出来て、割れ目が出来る。
俺は慌てて同僚達を見る。良かった……念の為に龍仲間で編成しておいて。
こんな所、普通の人間に見せたらどうなるか分からないからな。
「おいおい、待て待てアデルバード!! 早まるな! なっ?!
ここじゃまずいっ、暴れるな、暴れるなよ?!
お前にもしもの事があれば、ユリアが泣くから!!」
――その瞬間、奴の動きがぴたりと止まった。
どうやら”ユリア”の単語に強く反応したらしい。
(――自我を失いかかっていたのに、なんて奴だ)
我を忘れても、ユリアの事は覚えているというのか。
「……ユリア」
俺の言葉に我に返ったのか、アデルバードは取り出したぬいぐるみに顔を埋めた。
すーはーすーはーと、必死に高ぶった気持ちを静めようと呼吸を繰り返している。
何度かそれを続けると、奴は再び仕事に戻っていった。
一同、唖然としつつも奴から離れない様に付いていく。
「ま、まあ最近は討伐とかもあって、ユリアと過ごす時間も減ったからな」
「ああ……」
「だ、大丈夫だ。ユリアは後で来てくれるって話だから」
俺は奴に追いつき、歩調を合わせて隣を歩いてなだめる。
全く、求愛期の雄がどうなるかとは聞いていたが、コレほどとはな。
「で? おい、さっきからのソレは何なんだ?」
俺が聞くと、アデルバードは懐のぬいぐるみを取り出し、
頭を愛おしそうになでた。まるでそれが生きている者のように。
「ユリアだ」
「は?」
「ユリアの代わりだ。ティアルがみかねて貸してくれた」
聞けば、ユリアと離れて出勤する事にアデルバードが渋ったらしく、
余りにも離れたら発狂してしまうと弱音を吐いたらしいのだ。
気高き龍の誇りなど、愛しき娘の前では無力である。
確かに、求愛をしている雄が雌の傍を一定期間も離れているのはありえない。
その間に雌がさらわれたり、他の雄の伴侶になってしまうのを防ぐ為だ。
俺達のような野生の習性が薄れてきた者達でさえ、その衝動はあるらしく、
それが野生育ちの奴ならば、なおさら色濃く表に出てくるのだろう。
『アデル様、今生のお別れではないのですから……。
後で此方のお仕事がひと段落しましたら、其方のお手伝いに伺いますし』
『だが、ユリアと共に眠れないのは寂しい。
腕に抱いて眠れないし、匂いも……俺はまだ試練に耐えなければならないのか』
『そっ!? そんな事を皆さんの前で堂々と言わないで下さい!!』
『なぜだ? 俺達は恋人同士だ。別に恥ずかしい事じゃ……』
『私は恥ずかしいんです。アデル様』
『みい……アデルアデル、コレ、カシタゲル~』
傍でそのやり取りを聞いていたティアルは、何を思ったのか、
自分の持っていた白猫のぬいぐるみを貸してくれたらしい。
アデルバードがユリアと会えなくて寂しいと聞いたせいだろう。
ティアルはそんな奴に対し、
自分のぬいぐるみで寂しさを紛らわせようとしてくれたようだ。
『みいみい、ソレ、ユリア、ニテルノ』
『え?』
『これを貸してくれるのか?』
『みい、ティアル、ウササント、ネルネ~?』
そう言ってピンク色のウサギのぬいぐるみを抱っこしたティアルが居て、
アデルバードは渡された白い子猫のぬいぐるみの頭をなで、頬ずりし、
『ユリア……』
『はい? え?!』
ユリアの腕に、そのぬいぐるみを渡した。
最初は首をかしげて受け取っていたユリアだったが、その意図が分かったのか、
一度、ぎゅうう~と、子猫のぬいぐるみを抱きしめ、
アデルバードにぬいぐるみを渡したという。
『……それじゃあ、私がお伺いするまで、
これを私だと思って、可愛がってあげてください』
で、この状況が生まれたらしい。このカオスな状況が!
奴は勤務時間中、ユリアに言われたとおり、
ずっとその白猫のぬいぐるみを、ユリアと見立てて愛情を注いでいた。
頭をそっとなでたり、額にキスをしたり、抱きしめたまま仮眠したり、
お腹に顔を埋めて匂いを……って、お前、それ変態か!
それ、ユリアにもやってるのかよ、おい!!
すーはーすーはー……。
「ああ、ユリア……早く君の笑顔を見たい、
仕事を頑張ればユリアにほめて貰える。きちんと終わらせなければ」
すーはーすーはーすーはー……。
「そうだ。今度の休憩時間に、城下の店から何か菓子を買って来よう。
昨年、本部に届けられたロマナの果実の焼き菓子が美味かったな。
今年も売っているなら、ユリアにも食べさせてやりたい。
鼻をつまめば、俺でもまた買いに行けるかもしれないな」
未だに、どちらが主人か本当に分からない事まで言ってやがる。
だが、そうだよな。前から頭をなでて貰うのを嬉しそうにしていたもんな。こいつ。
「ユリア……俺は仕事の出来る雄……いや、男になる。見ていてくれ」
「いや、流石に見られないからな? ユリアは。ここに居ないから」
奴は常にそのぬいぐるみを懐に入れて持ち歩く、どんな時でも持ち歩く。
その分、奴が発狂する気配がない所を見ると、禁断症状が出るのが収まっているらしい、
ぬいぐるみ一つで龍の求愛発作を軽減させているとはな。
確かに、龍の嗅覚というのは常人とはかけ離れている。
その為の行為とはいえ、いいのだろうか? 奴の奇行が増えていく気がするんだが。
始末書はとりあえず覚悟しておくかな。うん。
(……というか、奴の事だから本物にも隠れてやっている気がする)
寝ているユリアの匂いを嗅いで、癒されているんだろうな……とか。
あ、今、考えたら無性にむかついてきたぞ、一発殴ってもいいか?
「あ、アデルバード様が、アデルバード様があっ!!」
「し……白いぬいぐるみに笑いかけて話してるよ……」
「団長が壊れた!!」
「怖い、怖いいいっ!!」
――……一方、部下達はかなりの精神ダメージを受けてしまった模様。
余りの異様な光景に仲間達が高熱を発したり、うなされる事態にまで陥り、
この人手が欲しい中、体調不良を訴えるものが続出。
その為、俺は急いでアデルバードを人の少ない場所へと誘導し、
俺も全身鳥肌のまま、奴の奇行を隣で我慢しながらなだめ、
今後のシフトを確認していたのだが。
直後に、不穏な空気が流れた。
「おーい、茶をもらってきたぞ、立ち飲みだが我慢してくれ。
ん? どうしたアデルバード」
アデルバードの肩には伝達用の魔法具、メサージスバードがおり、
それから受け取った手紙をアデルバードは読んでいたんだが。
その顔は険しいものだった。
「どうした?」
「――ユリアが誘拐されたらしい」
「ぶ――っ!?」
「……人間の分際で、俺の女に手を出す気か。
いいだろう、一人残らずユリアの目の前から消してやる。ユリア、無事でいてくれ」
アデルバードがそう言うやいなや、
抜き身の剣を手にして自身の影の中に消えてしまった。
――あいつ……本気で”ヤル気”だっ!?
時間的に見ても、そろそろパレードが始まる頃合だろう。
興奮した龍が、そんな場所に飛び込んだら最後……。
「おまっ!? ちょっと待て、落ち着けええ――っ!!
王都で大技ぶっ放すなよ!! 被害がとんでもない事にっ!!」
俺は慌てて地面に消えたアデルバードを呼んだが効果なし、
奴が抜けた為に編成を組みなおし、そこかしこに指示をする。
こういう事態も想定していたとはいえ、奴の目が光っただけに焦った。
「くっ……至急、あいつを追って……駄目だ。場所が分からん」
「伝令、伝令! 報告します!!
別働隊、ユリア嬢を収穫祭本部の控え室で見失ったとの事」
「なっ!? 鼻の利く奴らでも見失っただと?!」
「は、控え室として用意されたテントに入った所までは確認できたそうですが」
「……っ、もしかして何者かに勘付かれたか?」
部下達からユリアを見失ったと言う報告は、
先ほどアデルバードの誘拐という言葉を裏付ける状況になる。
最悪の事態が俺の脳裏をよぎった。
「誘拐……まずい……まず過ぎる」
――まさか、あいつの正体がばれたとか?
龍を従えるのに一番いい方法は、龍のつがいである雌を捕まえる事だ。
例えばアデルバードの場合、ユリアをさらって人質にすれば、
あいつは従わざるをえなくなるだろう。
だが、それは上手くいけばの話だ。
あいつは、力ずくでも抵抗しユリアを取り戻す筈だ。
蒼黒龍である奴を怒らせたら天変地異を引き起こし、とんでもない事になる。
ついでに言えば、彼女の護衛を任されていた俺達は、
殿下から重い罰が下される事だろう。
「ラミルス様、俺達が付いていながら、申し訳ありません」
「うう、ユリアちゃん……」
「俺達でも見失うって相当だぞ?」
「やっぱり女騎士の方に任せた方が良かったんじゃ……」
そう、実は騎士団にはこことは正反対の場所に、
女騎士だけが所属する女性騎士を束ねる紅の騎士団が存在する。
だが、その者達の正体は全員紅炎龍の雌であり、元来とても気性が激しく、
また強い雄を好むという事からもお分かりだと思う。
――自分よりも強い雄でないと、お呼びではないのだ。
「いや……彼女達に任せたら、ユリアが可哀想だ。
アデルバードを狙っていた連中だからな」
本能で強い雄との間に子を設けようとする性質上、
アデルバードは別種族だが、龍の中では最強だ。十分魅力的な存在だろう。
当然、これまで奴を狙っていた者は少なくない為、
ユリアは彼女達にとって恋敵であり、よく思われて無いかもしれない。
だからこそ、今までは妙な嫉妬が来ないように、
殿下は事前に女性騎士団と男性騎士団の仕事を分け、
互いの騎士団本部に必要な時以外は、出入りしないようにとしていたようだし。
(……まあ、好意を持っても、あいつの念の強さに耐えられるのは、
あそこでも居なかったけどな)
そんな裏事情があった事を、アデルバードは勿論ユリアも知らない。
「こういう点では、二人がのん気な性格で良かったよ。うん」
まあ、怒ったアデルバードの恐ろしさは彼女達にも分かっている事なので、
ユリアに何かをするほど愚かではないとは思うけれども。
ちなみに俺達は、女性との出会いの中に「彼女達」は勘定に入れてない。
この人間社会での暮らしに慣れきってしまったせいか、
彼女達よりも人間の女の子達の様な、「かよわい」女性を好むようになったからだ。
余りにも彼女達の気性が激しいせいで、紅炎龍の雌とはいえ彼女達から選ぶのは、
雄のプライドが許さなくなっているせいだろう。
俺達は、かよわい女の子を守りたいのだから。
――まっ、そんな中、俺の親父とおふくろは大恋愛の末に結婚したけどな。
従来どおり、種族を残す婚姻を望むものも居たりする。
「……それにしても、女騎士と言えば、彼女達は王都の警備をしていたはずだ。
ユリアを控え室で見失ったという事だが、
テントの周辺に女騎士達が居たんじゃないか? 彼女達は見ていないのか?」
「実は気になる事がありまして、ユリア嬢が消える前に、
コンテストの控え室のテントの中でひと騒動があり、
何でも不審な黒ずくめの男がテントの中に乱入して暴れたらしく、
テントの天井部が吹き飛び、参加者の女性達が逃げ出すという事があったそうです」
「なるほど、その騒動のさなかにユリアが連れ去られたと、
では、今回の件は入念に計画された誘拐事件と見ていいだろうな。
その男は周囲の目を引き付ける囮か何かか。その者の顔を見たものは?」
「い、いえ、それが余りに恐ろしくて、娘達はパニックになっていたので、
長身の男だとしか分からなかったそうで……女騎士達も駆けつけた時には、
既に騒動が収束していたらしく」
「恐ろしくて顔を見ている余裕もなかったという事か。確かにな。
そうなると、問題はユリアが何処にさらわれたかだ。
この王都のど真ん中で人の目を盗んでさらうのは、かなり手間がかかる。
だがこんな事を堂々とした輩だ。よっぽどこの計画に自信があるのだろう」
――犯人は一人じゃない、複数が協力しているようだ。
俺は王都の地図を片手に、連れ去られた場所を考える。
この人の多さから言って、わざわざ祭りのさなかに王都から出て行くのは、
不審に思われる事も考えると、ユリアはそう遠くない場所に居る筈だ。
「もしかすると、以前ユリアをさらったという者達の残党かもしれんな。
顔を見られた可能性があるユリアを、まさか口封じに……?」
――いや、それならばその場で切り捨てた方が早い。
何も連れ去るリスクを背負う必要なんてない筈だ。
「魔力の痕跡は?」
「それが怪しいものは何も……」
「そうか……」
「ラミルス様……ユリア嬢、いえユリアちゃんは無事でしょうか?」
部下に言われて、俺は頷く。
「まだ大丈夫なはずだ。
人さらいが目的ならば、彼女に怪我を負わせる真似はしないだろう」
こんな時、ユリアの匂いが辿れればいいのだが、この混雑では匂いが混ざって、
正確な位置を特定するのは難しいな。
だが、リファのような獣の匂いならば辿れるかもしれない。
俺達はそろって最悪の事態になっていない事を祈った。
「至急、ユリアの捜索隊を編成する! アデルバードの応援要請を待ち、
伝令が来たら即出立する。念の為、救護班も一緒に連れて来い。
護衛に当たっていた他の者達は直ぐに此方に合流するように伝えろ!!」
「はっ!!」
慌しく捜索救助隊が編成され、アデルバードからの救援報告を待っていたのだが、
暫くすると、おどおどとした顔で部下の一人が報告に来た。
「――あの……アデルバード様ですが、
先ほど寄宿舎にある自室へお戻りになられたようですが」
「……は?」
これから数名を連絡係として残し、王都の怪しい所を探していこうという時に、
奴が戻ったという知らせは、すなわちユリアが見つかった事を意味する。
もしも行方不明ならば、そのまま奴は地の果てまでもユリアの行方を追う筈だろうから。
俺は連絡もして来なかった事に怒り、他の者達は直ぐに元の持ち場に戻した。
「ア~デルバード!!」
そして俺は奴の自室へ、怒鳴り込んで行ったと言うわけである。
※ ※ ※ ※
「――みい、ラミス、イラッシャイナノ」
奴の部屋へ行ってユリアの無事を確認できたのは良いものの、
直ぐにアデルバードに締め出しをくらった俺は、
ドアを隔ててひと悶着した後、ティアルがドアを開けてくれた。
「あ、ああ、ティアル開けてくれてありがとな?」
「みい、ティアル、イイコナノ」
「ん、ティアルは本当に良い子だ」
しゃがみ込んでティアルの頭をなでてやると、みいみい鳴いて喜んでいる。
で、だ。俺がティアルに案内された室内では、
カオスな状況が広がっていた。
「なんだ……これは……」
「ガウガウ! ガウガウ!」
「ありがとうございます。ありがとうございます!」
リファにより、べしべしと前足で制裁を食らい続け、
それを床で身悶えて喜んでいる。弟王子リハエル殿下の姿。
王族としての威厳も、聖職者としての精錬さも何もあったもんじゃない。
「さっ、ユリア、いい子だから一緒に眠ろう?」
「みっ!? みいいい~っ!!」
「どうしたユリア、遠慮しなくていいぞ。
この姿ならば、ユリアに温もりを分けてやれるだろう?」
子猫になったユリアを寝かしつけ、
いそいそと、その隣に滑り込み、添い寝をしようとするアデルバードの姿。
ちなみにユリアは前足で突っぱねて抵抗をしているようだ。
……一応、この国で重要な役割を持っている大の男達が、
それぞれ好き勝手に過ごしているではないか。
(お前らな……自由すぎるぞ)
一気にどっと疲れが増した。俺の緊張感を返せよ。
四つん這いになって打ちひしがれる俺の姿を見て、
ティアルが前足でぽんと触れてきた。
「みい? ラミス、オウマサン?」
「え?」
キラキラとした目で俺を見てくるティアル。
ああ、遊んでくれるのかと思ったのか?
「みいみい、アソボ、アソボ」
「うん、うん、ごめんなティアル? 遊んであげたい所だけれどさ、
俺はとても真面目で仕事熱心なお兄さんだから、
こいつらを仕事に戻さないといけないんだよ。また今度な?」
「みい、ハーイ」
こっくりと頷いたティアルは、そのまま自身の耳をぎゅっと両前足で押さえる。
――と、同時に俺の怒号が部屋に響いた。
「仕事に戻れええええ――っ!!」
その後、アデルバードとユリアの話から事件の詳細を知らされた。
俺は収穫祭で起きた「なんちゃって人さらい事件」は、
ユリアの友人であるローディナとリーディナの悪戯という事を知り、
俺はがっくりとうな垂れた。つまり……ただのお騒がせ案件だったわけだ。
「俺の緊迫した時間を返してくれ」
そんなこんなで、今回の騒動の幕は閉じたという訳だ。
とりあえず、何かあったら双子姉妹を最初に調べて、
アデルバードに任せるのは止めようと、俺が決意したのは言うまでも無い。




