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73・教えてリイ王子様



 アデル様がアンに対して不穏な言葉を言うものだから、

私は何とか思いとどまって貰うように説得を試みた。

そうしたら、なぜか私が甘えているのだと勘違いされまして……。



「何だか今日のユリアは甘えっこだな」



 と、頭や体をなでこなでこ、さすさす、ぽんぽんと嬉しそうに触って来られて、

私は「ちっがーう!」と内心で叫びつつ、ここは気を逸らしておくことに。

彼の好戦的な性格を配慮するなら、アンにとばっちりが行くでしょうし。



 ――さあ、私よ! 今こそこの身をアデル様に捧げるのです!!


 ――この! に、肉球をっ!!



「み、みい~……(こ、こちらもどうぞ~……)」


「ん? 触っていいのか?」


「みっ(はいっ)」



 い、いつもはここまでサービスしないんですからね。しないんですからね?

私は、震えながらアデル様に肉球を差し出し、彼の興味を引いているうちに、

今後の事を考える事にしました。平和的解決を目指して!

く、くすぐったいけれど我慢だ私よ!



(それにしてもユリアの復帰が見込めないなら、これから一体どうすれば? 

 念の為にアンとも会ってみた方が良いのかな……)



 この世界の中心にいる主人公は男女合わせて二名、

そのうちの一人である男主人公、ディータさんとは既に面識が出来ていて、

活動拠点である宿も私が紹介したから、居場所は把握済み。


 必要なサポート役は、私とリイ王子様が居るので必要最低限はそろっている。

主力戦闘員であるアデル様、ラミスさん、ルディ王子様やリファも居るので、

みんなで協力体制を作っていけたらいいのですが、今後の課題かな。


 ただ、アデル様とリファ、ティアルが凄い警戒しているんだよね。

……って、いつの間にか私、中間管理職になっている気がするのは気のせい?



「み?」



 ああ、そうだそうだ。それはそうとですね。

本日の私の予定は、アデル様のお世話だったんですよ。

ならば、せめてお借りしたベッドを整える事だけでもした方かいいかな?


 だから私はアデル様の腕の中から飛び降りて、前足を使い、

てしてしとベッドメイキングをしてみた。



「……みい」


 ふむ、やはりこの小さな手ではやりにくいなあ。上手くしわが伸びないぞ?



「ユリア、そんな事は別に気にしなくていい」


「みい?」



 いえいえ、アデル様がこちらでお泊りのご予定でしたから、

せめてこれ位はやらせて頂きますよ? 




「屋敷の者達には連絡を取ってあるし、事前に準備もしていたから大丈夫だろう。

 ユリア、俺は自分の恋人が辛い時にまで無理をさせる気はない。

 大事にすると以前約束しただろう? 龍の誓いは絶対だ。

 辛い時は俺に頼って欲しい。もっと甘えてくれてもいいんだぞ?」


「……み?」


「元々、体の弱い君を無理に働かせたくはなかったんだ。

 せめてこういう時位は、遠慮せずにゆっくり休んで欲しい。

 今はユーディとイーアが代わりに居てくれるから、君の不在も補える。

 二人とも良く働いてくれていると聞いているからな」



 そう言われてしまうと、これ以上の事は出来そうもないですね。



(遠慮しなくていいと、ユリアにも言われたんだよね)



「……みい」



 遠慮しないで……ユリアを全うする。

ならば、これからは上手な甘え方を学ぶべきでしょうか?



(完全に引き受けたからには、腹をくくれ私! えい!)



 ぽふっと小さな頭をアデル様の手に押し付けて、額でぐりぐりとしてみた。

ティアルが時々私にするのと同じ行動。するとアデル様の目元が緩む。


 その表情を見て、ああ、やっぱり私は……。

アデル様の笑った顔が好きなんだと再認識した。

それと同時に、胸が切なくなる。



「ああ……それでいい。おいで?」



 再びアデル様に抱き上げられ、大人しく頭を優しくなでられていると、

ふと、私は今まで感じていた微妙な違和感が無くなっているような気がした。



(……あれ? なんだろう、この感じ……今までと違う?

 なんだか以前よりも体の感覚が馴染んでいる気がする?)



 この姿に慣れた……というよりも、地に足が付いていると感じる。そんな感覚。

それはやはり、本物のユリアが内側から私を支えてくれているからだろうか?



(ユリア……)



 思い出すのはユリアの言葉だ。今の私とユリアは不安定な状況だと言っていた。

それが彼女の記憶を貰い、境界線が薄れていく事で、

段々と安定の兆しが出ているのではないだろうか?



(そう言えば……確かに色々と不安定だなと思う事はあったよね)



 例えば、私には直接の魔法効果は効かないのに、

道具で介した攻撃性の無い場合なら効果があった事、

アデル様は全身がレアアイテムの素材となるからか、

彼が体に触れてきた時も、この体に作用しやすくなっていたし……。



(そう、効いたり、効かなかったり……)



 本来ならば、所有の役割を持つマーキングだけれど、

私には瞳の色が変わった位で、彼が主力として持つ闇属性の力も備わらなかった。



(リファは……マーキングされてないけれど、力は一部使えているし……)



 つまり、全てのものを無属性で跳ね返しているわけでは無かったと思える。



 何より、私がこの体でいても拒絶反応が全く無かったのは、

彼女自身がそれを望んでいたからなのだと、今では思うし。



(きっと……ずっとユリアが傍で私を助けてくれていたんだよね)



 水面以外は何もない虚無の空間で、一人たたずんでいた少女。

あそこは人の世界から隔離されていて、澄んだ空気のとても奇麗な空間だったけれど、

同時にとても寂しい場所だと思えた。



『お願い……アデル様を……助けて……』



 今もきっとあの場所で、彼女はアデル様の幸せを願い続けている。

本当ならば主人公を第一に思い、行動しなければいけないはずなのに……。

そのタブーを破ってまで、アデル様を優先して助けようとした。



(託された私は、一体あの子に何をしてあげられるだろう?)



 彼女の代わりに、ユリアとして存在する以外に……。

助けて貰った分、今度は私が出来るだけその思いに応えてあげたいと思った。

そんな事を思えば思うほど、私の視界は、浮かんできた涙でにじんでしまう。



(駆け出しの新人の声優が演じるものは、不幸な役回りが多い。

 辛い目に遭う役とか、それは知っていたはずだったのに……)



 ――私は、この物語は絶対にハッピーエンドじゃなきゃ嫌だったんだ。


 ――その中には、ユリア、あなたの存在も含まれていたんだよ?



 ユリアは自身の消滅を先延ばしにしたも同然の状況ではないだろうか?

このままじゃ、ユリアは近い将来で本当に消えてしまう気がする。

誰にもそのことを知られることなく、悲しまれる事もなく……。



(大好きな……アデル様の幸せを祈りながら……)



 ――私はそれがどうしても受け入れられなかった。



「みい……」



 切なくなって、思わずアデル様の腕の中で涙がぽろりと落ちると、

今まで部屋の隅でお菓子を頬張るティアルの動きがぴたりと止まり、

私を驚いた目で見つめたまま、硬直していた。



「……み、ユ、ユリア、エンエン? エンエンナノ?」



 ティアルが前足で大事に持っていたお菓子の欠片が、

動揺の余りにぽとっと床に落としていたかと思えば、

ぷるぷる、ぷるぷると小刻みに震えだして……。



「みにゃあああ~っ!! タイヘン、タイヘンナノ!!」



 今度はじたばたと暴れて、リファの制止から離れると、

ティアルはみゃあみゃあ鳴いて、私の方へと一目散に飛んで来た。

そのまま私の顔にぎゅうう~っ! と張り付くように抱きついて来る。


 やや、え? 何事?! ティアル、ティアル、く、苦しいですっ!!


 今度は私がじたばたと暴れると、ティアルの体が少し離れたので、

そのすきに、ぷはっと私は呼吸を整える。はあ~びっくりした。



「みい~っ! エンエン、メーナノ、ユリア、エンエン、メー!」


「み? (ティアル?)」


「みいみい、ティ、ティアル、イッショ、イッショイルヨ?

 サビシクナイヨ? エンエン、ナイナイ、ナイナイ、ネ?」



 そう言いながら、今度は私の頭をしきりに小さな前足でなでて来るティアルの姿が。

涙を懸命に拭おうと、ぺろぺろと顔を舐めてきたりもして、それがくすぐったい。

その姿に、私は夢の中で会話をしたティアルを思い出した。

過去と現在、私の知っているティアルの姿が重なる。



『みい、ティアル、ズットイルヨ? イナクナッテナイヨ?

 ズット、ズットオシエタカッタ』



 今のティアルは昔、私と過ごしていた事など覚えていないはずなのに、

まるで夢の中での会話を覚えているかのように、ティアルは私に付き添ってくれる。

だから、あれはやっぱり私が見た都合のいいものではないんだと再確認して、

ティアルの優しさに私は頷いた。



「み……(ティアル……)」



 昔も確かこんな事があった。幼かった私が泣いている時は、

こうして何時も心配そうに寄り添って、なぐさめてくれたよね。

私は猫語が分からなかったけれど、懸命にお話してくれているのが分かったんだ。



「みい、みいみい(ありがとう、ティアル)」



 ――そうだね。君は何時だって、こうして私の傍に居てくれたんだよね?



 この子の姿は私との関係が元となっていたから、再び巡り会えた。

無意識に私に気づいて欲しいと思って、この姿になったのかな。

頑張って人語を勉強していたのも、私とお話したかったからなのかも。



「みい~……ティアル、ツヨイコ、ユリアマモルヨ?」



 ティアルは私を守ってあげるから、だから泣かないでと、

必死に泣いている私を慰めようとしてくれていた。

でも、ティアルも貰い泣きをしてしまって、今度はティアルの方があやされる立場に。

だから私は小さな前足でティアルの頭をぽんぽんとなでる。



「みいみい、みいみいにゃ(ティアルには、見えない所で守ってもらっていましたよ)」


「……みい? ユリア?」


「みいみ、みにゃあん(ありがとうね。ティアル)」




 私を一人にさせない為にと、この世界で生まれ変わってくれたティアル。


 この子と巡り出会えたのは、私との絆があったから、

仕組まれた運命というものではないのだろう。

大丈夫、これからの不安は沢山あるけれどきっと大丈夫。

私にはこんなに頼もしい小さなナイトも居るんだものね。



(私を慕って、ここまでやって来てくれたティアルの為にも、

 後悔しないように、“絆を束ねて”精一杯に頑張ってみようと思うんだ)



 そんな事を改めて決意する私だった。



「――……そうだユリア、俺達が居る。何も心配しなくていい」




 アデル様はそう言うとベッドに腰掛けて、

私とティアルを膝の上に乗せ、両手で私達の頭をなでてくれた。

その様子を優しく見守るリファも、傍で見守ってくれている。


 みんなが守ってくれるように、私もみんなを守れるような存在になりたい。

ユリアが大事なこの場所は、私にとっても大事なものだから。



 尻尾をゆらゆらしつつ、アデル様の手の感触に身を委ねていると……。

どたどたと、何処からか異様な勢いでこの部屋へと駆け寄ってくる、

誰かの足音らしきものを聞こえて来たので、

私の猫耳がぴんっと動いて即座に反応した。



「みっ?(何っ?)」



 

 うーん、でもこの靴音だけでは判断がつきにくいですな。誰だろう?


 とりあえず、私は慌ててアデル様の膝からリファの背中にぴょんっと飛び移り、

ティアルも呼んで、一緒にリファのお腹の下へといそいそ隠れる事にした。



「クウン?」



 瞬時に、それを察したリファは私達を隠すように覆いかぶさってくれる。

はい、以前リファが教えてくれた。あにまる避難訓練の再現でございました。



「……っ、ユ、ユリア様が倒れたと聞いたが本当なのか――っ!?」



 私とティアルが無事に避難を終えた直後、

慌しくやって来たその人は、アデル様の部屋のドアをノックもなしに突然開けると、

スライディングするかのように、ずざざざ――っと部屋に滑り込んできたのを確認。



「み? みにゃ(あれ? リイ王子様だ)」



 私とティアルは少しビクビクしていたけれど、息せき切ってやって来たのは、

なんとアデル様が先ほど緊急連絡したという弟王子、リイ王子様だったようです。

あのリイ王子様にしては、かなりの取り乱しようですね。


 えーと……? でもごめんなさい。すっかり存在を忘れておりましたよ?



 彼は普段よりも、やたら装飾の多い神官の正装姿に身を包んでいたのですが、

余りに乱暴に動き回ったせいなのか、せっかくの服が所々しわくちゃになっておりまして、

髪もかなりセットが乱れておりました。何より息が酷く乱れているんですが。

いつもきっちりと身だしなみを整えているリイ王子様らしからぬ、そのお姿です。


 多分、慌てすぎて、二、三回、何処かで転んでしまったんだろうなあ~と思われる。



「は――……こ……こんなに、走ったのは……生まれて……初めてだ……」



 ぜえぜえと、乱れた呼吸を繰り返し整えようとするリイ王子様。

直後、ぱったりと力尽き、その場に倒れこんでしまいました。



「みにゃっ!?(リイ王子様っ!?)」


「……みい? ユリア、リイ、ツンツンスル?」



 ティアルは倒れたリイ王子様を見て、何を思ったのか、

彼を自分の羽で突こうかと私に提案してくるんですが、

や、それリイ王子様にやったら駄目だからね? ティアル。

というか誰!? この子にまたそんな事を教えたのっ!


 そんな事を言っているうちに、かの人は四つんばいになりながらも、

こちらへとずりずりと近づいてきますよ。な、なんたる執念でしょうか。


 思わず此処にぴこりんハンマーがあったら、頭をぴこっと叩きたくなります。

あ、それともハリセンチョップ? どちらにせよ今は肉球アタックしか出来ないか。

おっと、私まで妙な発想に行ってしまいました。気をつけよう、うん。



「み~?(え~と?)」



 とりあえず……ご、ごきげんよう~リイ王子様。

リファのお腹から顔を出し、前足をすちゃ! っと上げて、

猫語でご挨拶あいさつをしてみる私。



「――っ!?」



 その瞬間ですが……はい、この先の事はお分かりですね? 

私の白い子猫姿を見るなり、リイ王子様は目を輝かせておりました。


 ついでに何だろう? 彼の背後にバラがぶわああっと一斉に咲く幻覚を見た気がした。

それ位にこの人の輝きようは凄かったのである。

この人、今無駄に光属性の魔法を使った気がするんですが?


 忘れていたけれど、この人は白い動物と神様関連になると、

異様なスイッチが入るんだった。そう、下僕スイッチが!



「ああっ!? お目覚めになられたのですね? ユリア様、

 ご無事で何よりです! お加減の程は如何でしょうか?

 すぐに城付きの医師を呼び寄せますか? それとも何かお召し上がりに?」


「みいみい、みにゃにゃ。みい!……(リイ王子様、敬語になっております。敬語!)」



 子猫相手に敬語を話す成人男性……しかもここは騎士団宿舎内。

ははーっと目の前で床にひれ伏そうとする、この国の第二王子様に、

私は慌てて前足をぱたぱた動かして止める事にした。


 


(どうしよう……リイ王子様が変人扱いされたら、

 本当に陰で変なあだ名で呼ばれそうなんですが?)



 傍から見たら、この構図はアデル様の方に目が行くと思うので、

アデル様を相手に言っているように勘違いされるのではないでしょうか?

……一体何があったんですかと思われるんだろうなあ。

弱みでも握られたんじゃないかとか。



「ユリア様のご尊顔と、神々しいお姿を身近で拝謁はいえつ出来まして、

 私は、私は何と光栄な……っ!? 本日は聖なる特別な日だからこそ、

 神の祝福を与えられたのでしょうか。だから、そのようなお姿に?」



 何だかな、ハアハア言って興奮し始めたリイ王子様は、

もうそれこそ恍惚こうこつ? という目で私を見つめているのですよ。

ちょっとーっ! そこで拝まないでえええっ!?



「収穫の女神達にも微笑まれているなんて、なんと素晴らしい!」



 いえ、それは流石にないですから、それどんなにゃんこ?

収穫の女神の祝福を受けてる子猫って……招き猫? 何か違う気がしますよ?



「ああ、やはりそのお姿は神々しい……。

 普段は世をしのぶ仮のお姿で、こちらこそ真のお姿だったという事なのでしょうか。

 本日は女神の祝福がある喜ばしい祭典の日、ユリア様も何らかの影響が?

 ああ、まずはどうぞ私を、その肉球のおみ足で踏みつけて……」


「――ユリアは回復した。帰れ」



 アデル様がリイ王子様の話を全て聞き終わる前に、

彼の襟首えりくびをむんずとつかみ上げ、部屋の外にぽいっと投げ捨てて、

そのままドアをぴしゃりと閉め、問答無用で強制終了させました。

あ、今……鍵まで念入りに掛けましたね? 容赦なく。


 ……って、アデル様!? 王子様を呼び出しておいて追い払ってしまうんですか!?



「診てもらおうと思ったのだが、なんだか見ていて嫌になった」


「みいい~(アデル様~)」



 その後、閉ざされたドアを必死で叩くリイ王子様の声がする。

なんか、カリカリと爪で引っ掻いてもいるようです?

「せめて一度踏んで下さい」という、怪しい言葉も聞こえてくるんですが。



「みい~(アデル様~)」


「ユリアは気にしなくていい。俺も気にしない」



 そんな中で、アデル様は再びにゃんこズな私達を抱き上げて、なで繰り回しておりますよ。


 でも、えーと……これ、いいのかな? アデル様、そういえばお仕事は? 

そんな事を考えつつ、私は飼い猫の様に喉を鳴らしておりました。

猫の本能には逆らえないの、今の私!





※  ※  ※  ※




 あれからティアルのお願いを受けて、リイ王子様はようやく入室を許可されることに。

アデル様、なんだかんだ言って小さい子のお願いには弱いのです。



「みいみい、リイ~アソボ、アソボ~?」



「ああ~今日も洗礼をありがとうございますっ! リファ様!!」


「ガウ!」



 リイ王子様がいつもの制裁と言う名の洗礼をリファから頂いている間、

ティアルはその周りを嬉しそうに、ぽてぽて歩いて喜んでおります。

きっと遊び相手として認識しているのかもしれませんね。この子は。


 一方、リファは、「うちの子が具合悪いのに!」と怒ってのお仕置きなんですが、

王子様には、やっぱりご褒美ほうびにしかなりませんでしたよ。ええ。





「――……そうだ。忘れる所だった」



 ふと、アデル様は私を見下ろした後、何かを思いついたのか、

床に転がって悶えているリイ王子様に話しかけた。



「リハエル、聖職者と見込んでお前に聞きたい事がある。

 ユリアの体内に眠る鏡を、お前の力でユリアから分断する事はできないだろうか?」


「み?」



 それは突然の話でございました。

鏡とは、神鏡ハ―シェスの事を言っているんですよね?



「――……それは、彼女から鏡を引き離せないかという事か?」



 その話を聞いた途端に、リイ王子様の顔つきが変わる。

無言で立ち上がった彼は、近くにあった椅子に腰掛けると続きを促した。

で、その間に私は、アデル様に前足の肉球をもみもみ触られておりましたよ。

真面目なんだか不真面目なんだか。でも、ついつい許してしまう私がいます。


 これが惚れた弱みという奴でしょうかね?



「ああ、あの鏡のせいでユリアはしょっちゅう体調を崩しているようなんだ。

 だから、鏡をユリアから永久的に切り離してしまえば、

 今回のように、ユリアが苦しむ事は無いのではないか?」


「みい……(アデル様……)」


「以前、お前はあの鏡が神気を放つと言っていたな。

 となれば、あれは本来教会が保護すべき神器ではないのか?」




 確かに言われて見れば、鏡が何か作用する時には、

決まって後で熱を出している状況でしたよね。


 つい先ほども倒れてしまったばかりですし、

こちらの事情を余り詳しく話せないアデル様がそう考えても、

おかしくはないと思いますよ。


 ただ――……これまで何度も危険から守ってくれた物だという事と、

あの鏡の出現時から、徐々に真相へと近づいている事、

熱を出す度に、体に感じた違和感が徐々に消えていく感じがする。



(力を貸してくれた事もあったし、ユリアにも会わせてくれた)



 だから、私には一概に害があるとは思えない。

そりゃあ、ユリアが自身をささげる事にもなった物でもありますが。

 ――これがなければ、アデル様を助ける事も出来なかったのだから。



「神気をまとった鏡など、人が所有するには限界がある。

 ましてやユリアは体が弱いから、いつか体が神気に耐えられなくなるのではと、

 俺はそれを危惧しているんだ。ユリアは俺の大切な半身となる娘、失いたくない。

 その為ならば俺はきっと何でもできる」


「みー……」


「アレが俺のユリアを苦しめているのならば、俺は鏡を破壊する事も覚悟の上だ。

 それで例え、俺がそのとがで呪いを受ける事になったとしても」



 人の手に余る鏡だから、これ以上悪影響が無いうちに壊してしまおうと、

つまりはそういう事らしいです。アデル様は邪魔なものは即排除する思考ですものね。

……その気になれば、魔王様でも特攻して倒してしまうアデル様。

もしかしたら、神様でも対抗出来てしまうのかもしれません。


 というのも、私の世界での龍の認識は空想上の生き物とされていますが、

東洋では神様、西洋では悪魔として扱われている事が多いんですよね。

水神も龍の事を示していたりしますし、可能性がないわけではないかなと。


 でも、だからってこのままアデル様にお任せするわけにはいかなかった。



「みっ、みいみい!!(アデル様、待って下さい!!)」



 アデル様の話に割り込み、私は再び慌てて止めようとした。

あの鏡は私とユリアをつなぐ大事な物、媒介ばいかいだ。

今ここで分断されたら、ユリアとの交信手段がなくなってしまう。

だから私は、にゃーにゃー言ってアデル様にすがり付いた。



「にゃー! にゃーにゃーっ!!(だめー! それは駄目なんですーっ!!)」


「ユリア……すまない、少し待っていてくれるか?

 とても大事な話なんだ。後でたくさん、かまってやるから……」



 と、耳元にささやかれた後、私の額にキスをしてきましたよ。

直後に、私はがくっ! ……っと、気を失うように一発KOです。



「み……っ」



 私の頭の中で、カンカン、カーン!! というゴングが鳴る音と、

「You、Lose!」という敗者へのアナウンスが響きました。


 はい、放心状態です。不意打ちとは卑怯なり。

敗者復活は出来ませんでした。威力が半端ないのです。

心の中では、「ちっがーう!」と再びツッコミをしたい所なんですけれども。

アデル様……気にしないようにしていたけれど、フェロモン倍増していませんか?

なんか、恋人になってからというもの、愛情が更にあふれまくっている気がします。


誰か、本当にこの人を止めて――! 私では無理です~っ!!


 


「ユ、ユリアッ!? ああ、何てことだ! やっぱり鏡のせいなのか!?」


「……いや、今のはアデルバードのせいだと思うが……」


「ガウ」



 珍しく、リイ王子様とリファの意見がそろった奇跡の瞬間でした。



「――……さて、アデルバード。先ほどの話に戻すのだが、

 ユリアから鏡を引き離すのは、私としては賛同できない。

 神鏡を引き取るのであれば、彼女ごと保護する事になるだろう」


「なぜだ?」


「まず、ユリアの意思で鏡が反応する事から、

 彼女は鏡の恩恵を授かり、神聖能力の一つが使えると考えて欲しい」


「ああ……」


「神聖能力とは本来、常人には必要のない力なのは知っているな?

 それが目覚めるという事は、それが必要とされた状況にあるからだ」


「必要に? ユリアにはあれが必要だという事になるのか?」


「覚醒した者の中には、その者の命を守る為に目覚める事が多い。

 例えば私のように体が弱く、それを補い命を守る為にあるのならば、

 分断すると余計ユリアの命が危うくなる可能性があるだろう」


「あの鏡がユリアを守っていると?」



 とてもそうとは思えないと言うアデル様、

彼が見てきた事は断片的な事が多いですものね。

だから、それがとても彼を不安にさせているのだと思う。



「私が初めて彼女と出会った時、彼女の魂は実に不完全で不安定だった。

 以前異物だと私が言ったのは、器である体と魂が異質だった事が理由だ。

 魂と体は本来密接につながっているものだが、それが彼女の場合はないのを見るに、

 元々普通に生きるだけでも、彼女はかなりのリスクを持っていたのだと思う。

 それを考えれば、鏡は彼女の命を守る上で必要不可欠な物だと思える」


「……ユリアの体が弱いのは鏡のせいではない……」



 リイ王子様の話を聞き、アデル様は私を見て悲しい顔を向ける。

何時亡くなってもおかしくないと言われて、彼の紫の瞳が揺らぐ。


 

「確かにアデルバードの言う通り、あれは人の手には余る物ではあるが、

 害があるのならば、とっくに彼女は排除されていただろう。

 だが、これまで鏡はユリアを何度も守っている所を見ると、

 あの鏡は意思を持ち、彼女を宿主に選び、災いとなる力を退けているのだと思う」


「ユリアでなければいけないという事か」



 静かにリイ王子様はアデル様に向かって頷いた。



「あれだけの力を持ちながら、こうして歪まずにいられる所を見ると、

 彼女があの力を悪用する気がないと、鏡も分かっているのだろう」


「……」


「あの鏡は神の威光そのものだ。持つ者次第で脅威にもなり祝福にもなる。

 我が教会の者でさえ、神鏡は手に余る代物と言えるだろうな。

 聖職者といえど、その強い力に魅入られ狂ってしまう者も居るはずだ。

 だから、悪しき者や心の弱い者に、あの鏡の存在を知られるわけにはいかない」



 過ぎた力は人を狂わせ脅威となり、身を滅ぼす引き金にもなる。

そしてそれは次第に感覚が麻痺してくる事にもなるだろうと。 

でも私は一向に変わらず、リイ王子様の件でも彼を助けたことで、

私の意思も尊重し、教会に報告して保護するのではなく、見守る事にしたのだとか。



「――確かにユリアは、害をなすものにも情けを掛ける」



 そう言いつつ、アデル様はじいい~っと目の前のリイ王子様を見た。

今の“害をなすもの”って、明らかにリイ王子様の事を言ってますよね?

リイ王子様も先ほどから、ごほごほと咳払いをしているのですが。



「わ、私もまだまだ未熟なのでな。あの件では本当にすまなかった。

 まさか異質なものの正体が、選ばれし者とは分からなかったんだ」



 ちらちらと私とリイ王子様で目配せをして、

アデル様に話しても大丈夫そうな話のみを伝えて貰う事にしています。


 まさか、あれが三種の神器のひとつです。

……なんてお伝えしようものなら、余計に壊してやる一択でしょう。

彼自身がレアな存在な為、その危険性は十分ご存知だと思いますから。



「では、このままユリアが持っていても大丈夫だと言うのか?

 命を守ってくれているというのならば、もう壊す事は出来ないが、

 体調を崩すたびに、ユリアが悲しそうな顔をするんだ」


「みい……(アデル様……)」


「ユリアは何か辛い思いをしているのではないか?

 こういう時、何時もユリアは無理をする癖がある」



 そう言いながら、アデル様は労わるように私の頭をなでて来る。



「俺や周りの者を、心配させないようにしているのかもしれないが、

 何もしてやれないのは辛い。出来るなら俺が代わってやりたい」


「……君の気持ちは分かるが、それは彼女に与えられた試練でもある。

 この世に生きとし生けるもの、全てに役割があるという教えを考えると、

 ユリアが成長するに必要な事なのだろう、

 だから誰かが身代わりになる事は出来ない。

 魂の目を持つ私ですら、それは無理な事だろう」


「……」


「だが悪い事ばかりではないはずだと私は思う。

 定期的に彼女の様子を見守っているから分かるが、

 最初に出会った頃よりも、彼女の魂は段々と安定し始めているからな」 


「そうか……では、このまま現状維持しかないという事か」


「ああ、そうなるな」



 自分では何の役にも立たないと知り、アデル様は落ち込んでいた。

そんな彼に私は大丈夫ですと、精いっぱいに明るく笑いかける。

再び額をぐりぐりとやって、アデル様を励ました。


 話せない事が多いせいで、ずっと心配を掛けてしまっているせいだろう。

それが出来るのならば話してしまいたいけれど……。



(でも、それをユリアは望まない。そして私も……)



 だから、やはり現状維持をするしかなかった。


 リイ王子様が安定し始めていると言ってくれた言葉は、

夢の中でのユリアが言っていた言葉を裏付ける発言になる。

私としては、ユリアの件が絡んでいるから喜べる状況ではないけれど、

大丈夫だ。きっと……そう思う事にした。


 そして話がまとまり掛けた。その直後――……。



「アデルバードッ!! 戻って来たのなら連絡しろと、

 あれほど言っておいただろうがあああ~っ!!」



 再び誰かが廊下を疾走し、この部屋に向かいながら叫んでいる誰かの声がする。

間も開けずに扉をバーン! っと音を立てて開け飛び込んできたのは、

私達がよく知る紅蓮騎士のラミスさんでした。


 何というか、皆さん。似た者同士だと思うのは私だけ?



「……ああ、そういえば忘れていたな」


「み、みにゃ?!(わ、忘れて?!)」


「忘れるなよ!? ユリアがさらわれたって言うから、

 人員とシフトやりくりして、捜索救助隊を編成して待機していたんだぞっ!?

 ユリアに付けていた護衛数名も、まかれて姿を見失ったって言うから、

 相当な腕の魔道士でも居るのかと思って、すごく焦ったんだからなっ!?」



 そ、それは大変なご迷惑を……。


 私がおろおろと両前足をラミスさんに向かって伸ばすと、

ふと、気になる発言をされた事に気がついた。

えと……私に護衛? なんで? というか全然気がつかなかったんですけれど?


 そんな事を思っていたら、目が合ったリイ王子様が私に教えてくれた。



「君は蒼黒龍の恋人であり、伴侶となる娘というのが確定した。

 その為、君は要人扱いになる。今まで以上に傷つけられる事は許されない。

 本来なら前後左右を護衛の騎士で固めての移動が好ましいのだが、

 それをするとアデルバードが暴走して、君を守ろうと暴れる可能性もある」


「みい……(はあ……)」


「だから、出来るだけ許される距離を保ちながら君の護衛が数名付けられていた。

 君が屋敷の中に居る時は、屋敷の外での警護、外出の際は冒険者などに変装して。

 今日は祭で人の多い状況だから、かなりの人員が用意されたんだろうな」


「み、みにゃあ?(そ、それっていつ頃からですか?)」


「君とアデルバードが恋人になった時からだが」



 ――それ、早く言って下さい!!



 という事は、私が収穫祭の現場でローディナの姿になっていた為に、

いつの間にか見失ってしまったと誤解され、大騒ぎになったという事だ。

其処へ「ユリアは預かった」という手紙がアデル様の元に届いたもんだから、

もう悪い方向を瞬時に考えてもおかしくないですよね。


 まさか、アデル様と仲良くパレードに参加しておりました。なんて言えない。

傍から見ればあれもデートみたいなものですよ。

いや、姿はローディナの姿なんですけれども。



「すまん、色々あって忘れていた。誤解があって人さらいの類ではなかった。

 ただ、途中でユリアが倒れたんでな。ここには医者が常勤しているし、

 先に診せた方がいいと思ったんだ。念の為にリハエルも呼んだ所だ」


「はあ……ま、まあそういう事なら仕方ないか……。

 ああもう、無事だったんならいいよ。何事も無かったんならそれで。

 護衛のすきを狙って、ユリアが襲撃されたんじゃなくて安心した。

 だけど今度はきちんと連絡しろよ。こっちだって心配なんだからな」


「ああ、面倒をかけてすまんな」


「みい、みにゃああん(ご心配をお掛けして、申し訳ありませんでした。ラミスさん)」



 みいみいと、ラミスさんに向かい私も謝ります。



「え……っと? ああ、ユリアか。またその姿になっているの?

 倒れたそうだけれど怪我とかは無いようだね、安心したよ」



 それ以上は深く詮索せず、私の無事を素直に喜んで下さったラミスさん。

何というか、大人の男性の懐の広さを感じました。

私の中でラミスさんの株がさらに上がります。


 そんな事を思いつつ、私が尻尾をフリフリしていると……。



「――ラミルス、ユリアがお前に興味を持っている。

 来て貰って早々に悪いんだが、帰ってくれないか?」


「は? うわっ!? ちょっ!?」



 さっとひざの上に乗っていた私をベッドの上に移動させた直後、

今度はラミスさんの襟首をがしりとつかんだかと思えば、

部屋の外にぽいっと投げ、またも鍵をかける我らがご主人様の姿。



「ちょっ!? いきなり何をするんだアデルバード!!」


「俺のユリアがたぶらかされたら困る。許せラミルス」


「はっ!? 何を言ってんだよ、お前は!!」



 ドアを隔てて言い合いをするお二方をよそに、

私は今のうちにユリアから貰った龍のうろこを、

みんなに気づかれないよう、いそいそとバッグにしまい込む。


 えーと? ところでアデル様、何度も言いますがお仕事は?

ラミスさん、きっと迎えに来てくれたんだとも思うんです?

けれどもアデル様はそれどころじゃない様子でしたよ。はい。




 


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