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71・邂逅

 


 遠く近く、近く遠く鳴り響く音がする。



 またも繰り返すあの旋律の響きに導かれ、私の全身は浮遊感に包まれていた。

何時の間に私は眠ったのだろうか? 全く覚えが無いのだが。

思い出そうとしても、頭に何だかもやが掛かったようにぼんやりして、

体の感覚も、なんだかふわふわしている。



(それにしても落ち着くな……ここは)


まるで全てのしがらみから解放されたかのような感じだ。


 暖かくて優しくて……時間の経過を忘れてしまいそうな空間。

空気はとても澄んでいて、とても心地よい。

そしてなんだか聞こえてくる音色は、懐かしい気がする。



(――私……何処かでこの音色を聞いた事がある?)



 柔らかな風に包まれて、何かに促されるように私はゆっくりと歩き出した。

何処までも続いていく青い空、そして何処までも続くかのような広い水面。

いつか見た夢の続きなのか水面の上を波紋を描きながら歩いていた。

奏でられる音はいつも私をここへ導いているかのようだった。


 水面に映る自分の姿は、偽りの必要がない本来の姿。

視覚はそれを告げているが、私はもう一つ触感で確認する事にする。



 両手でわしっと自分の胸に触れて。



「……うん、間違いない。これは”私”だ」



 いや、確認方法がコレ(・・)ってむなしくなったりしますが、

髪や瞳以外で明確に私だと見分ける方法って、胸のサイズだからね?

ユリアはそれはもう胸を含めて恵まれた容姿をお持ちですから。


 ……言ってみて自分で落ち込む私が居ますよ。

誰も見ていないし、ちょっと膝を抱えて現実逃避しようかな? うん。

いやいや、まだ逃避しては駄目だ。貴重な時間を無駄に出来ないよね。

ここへは私の意志で来られるわけじゃないんだから。


 まずは、そう、情報収集からだよね?

そんな事を思ってどちらの方角を歩こうか迷っていると……。



「「クウン」」


「――え?」



 ふと気づけば、私の足元に小さな白い狼の子供が二匹。

こちらをを見上げながら、足元でちょこんと座っていたのである。

揺れる尻尾はふわふわで、まるで動くぬいぐるみみたいだ。

私の知るリファにとても似ていた。



(あれ? この子達って……)



 私はしゃがみ込んで、手を差し伸べてみた。



「お手」


「「クウン」」



 二匹の狼の子供は前足をちょこんと私の手に乗せる。

うん、このノリのよさはリファの子供達に間違いない。

私はその子狼達に話しかけてみた。



「どうしてここにいるの? もしかして迷子?」




 そういえば、以前同じ夢を見た時にも目が覚める瞬間に子供達を見たな。

リファとアデル様と一緒に、見送ってあげた筈なんだけれど……。


 そんな事を思っていると、二匹は私から離れて、ててて……と歩き出し、

こちらをちらちらと振り返りながら歩みを進めている。

どうやら、私に付いて来てほしいようだ。



「ん? そっちへ行けばいいの?」



 私は不思議に思いながらも、その子達に案内されるがまま歩く事にした。




 ※  ※  ※  ※





「あれ……ユリア……?」



 しばらく歩いていると、音色の先に見えたのは金の髪をしたユリアの姿。

やはり此処は彼女と話す事が出来る空間の様だ。

子狼達は彼女の元を目指して、てててと駆けて行く。

そして、傍に行くと、ちょこんとその場に座り込む。


 柔らかな風がユリアの髪を優しくなでており、

膝を抱えてしゃがみ込んでいる彼女は、何かに笑いかけていた。



「……?」



 でも、以前の時とは違い、印象は薄く感じる。

というのも、前よりも彼女の姿は透けているように見えたからだ。



「――また……ここへ迷い込んでしまったのね?

 ここはあなたのいるべき場所じゃないわ。早くお帰りなさい」



 ユリアは誰かと話している。彼女よりも小さな何かと……。

近づいて見てみると、ユリアの足元に居たのは一匹の黒い子猫で……。

私はその子にとても見覚えがあった。



「み~」



 だから私は、深く考えずに目の前の子猫の名を呼んでみる。



「……ティアル? ティアルなの?」



 なんでこんな所に居るの? そう思いながら思わずティアルの名を呼んでいた。



「みい?」



 名前を呼ぶと黒い子猫は私の方を振り返った。やっぱりティアルらしい。

背中の白い翼をぱたぱたと動かして、きょとんとこちらを見ている。


 あ、でも今の私の姿は「結理亜ゆりあ」だから、

ティアルにとっては初対面になるよね? 流石に私とは分からないか。

……と言うことは、私がティアルを知っていること自体が不自然になる。



(まずいっ! ごまかす為の良い考えが浮かばない!

 あ、でも夢だから別に焦る必要はないのかな? 何とかはぐらかして……)



 そんな事を思いつつ、なぜここにあの子が居るのかと動揺していた。


 いや、夢って見る人の深層心理だとか言うから、

私の夢に出てきたとしても、別におかしくは無いのかも知れないけれども。

なんだか、とっても違和感がしますよ? 接点が無さ過ぎて。

確かにティアルはフリーダムな性格をしておりますが、

まさかこんな領域まで入ってこられるとは思ってもみなかったから。


 


「みにゃあ、ユリア~ドコイッテタノ~?」


「へ?」


「みいみい、サガシタノ~」



 けれど、ティアルは私の存在に気づくと嬉しそうに目を輝かせ、

みいみい言いながら私のふところへと飛び込んでくる。

慌ててティアルを抱きとめるが、私はかなり動揺していた。



 ――え? なぜ、「私」だと分かったの? ティアル?



 今の私の容姿は、ティアルが知るユリアとは姿形も違うのだ。

黒髪の自分がティアルを受け止めている姿で水面にも映っている。

目の前には、この子が一緒に過ごしてきた金の髪のユリアも居るのに、

ティアルは水上結理亜みかみゆりあの姿でいる私に向かって、こう言ったのだ。



 ”ユリア”……と。



 それはつまり――。



「ティ、ティアル? えーと、あのですね? 

 ユリアでしたら、ほら、あちらにいらっしゃるのですが?」



 そう言って、私はティアルを片腕で支えながら、

目の前にいる金の髪のユリアの方を手のひらで指して教えた。

ティアルがよく知るユリアという子は、金の髪のはずだから。



「み~? チガウヨ~? ティアルノユリア、コッチ」



 そう言って、ティアルは前足でぽんぽんと私の胸元を軽く叩く。



 ……やっぱり、勘違いとかでは無いらしい……ね?

わけが分からず、ユリアとティアルを交互に見る私が居た。

こてっと私が首を傾げると、ティアルも私の真似をして首を傾げる。

うん、間違いない、これは私の良く知るティアルだ。

ティアルはよく私の真似っこをするから。



 どうやらティアルは私を見分けているようだ。え? でも、なんでどうして?

姿はまんま「結理亜ゆりあ」だし、ティアルにこの姿を見せた覚えも無いのに。

むしろ、ずっと仮のユリアの姿で接してきたはず」なんですが?



「みい、ティアル、オムカエナノ」


「……えーと、私を迎えに来てくれたんですか?

 という事はやはり、あなたはもしかして、もしかしなくても、

 私がユリアの姿をしていた事を分かっていた言う事でしょうか?

 その、アデル様とかリイ王子様のように?」


「みい? ワカルヨ~? ティアル、オリコウナノ、ユリア、マチガエナイノ」


「え……ええええっ!?」



 つまりティアルは私個人、魂のレベルで見分けていたと言う事だ。

ええと、それって、もしかしてリイ王子様の影響ですか?

私を魂レベルで見分けられたのって、彼しかいないし。


 あ、でもアデル様も見分けていたよね。

マーキングというから、彼はきっと嗅覚で魂を嗅ぎ分けていたんだろう。


 もしかすると両方の? 付食属性、恐るべき能力なんですが。

それとも、あにまるって何か感じる力があるのかな?

ほら私の世界の犬猫でも、変な方角をじっと見ていることがあるっていうし。



「み~ティアル、ユリア、イッショ」



 パニックになる私に、目の前にいる金の髪のユリアは静かに私に頷く。



「……アデル様や殿下のような能力とは、また違ったものなのよ。

 その子はあなたの事が大好きで、こんな所まで迷い込んでしまったのね。

 まだ幼いから、こことは繋がりやすくなっているみたいなの。

 目を覚ましたら、きっとこの子はここでの世界の事は忘れてしまうけれど、

 魂の本質は変わらない事があるわ。強い願いがあれば尚更」



 ティアルのつたない言葉と彼女の補足説明により、

どうやらティアルは、はぐれれた私を探しにやって来たらしいのだ。

それはまさに、お屋敷で過ごす普段のティアルと変わらずに。




「ど、どういう事ですか? 付食属性と関係ないって事ですか!?

 ティアルの能力にそんなのがあるなんて聞いていませんよ!」


「みい?」


「あなたとその子には目には見えない絆があるわ。

 えんと言うものは、互いの運命を引き寄せる事があるの。

 その子は幼いあなたが助け、真名を授けた魂を引き継いでいる。

 それが絆となって想いの力となったのね。

 ――黒髪のユリア、まだ、あなたは思い出せない……?」



 そう彼女に言われて、私は何かが引っかかり必死に思い出そうとする。


 えんと言うからには、私は何処かでこの子と会っていたということだろう。

しかも幼い頃ならば、ローザンレイツでの出来事じゃない。

私の世界で起きたことのはずだ。私はユリアの言葉に必死になって考え込む。


 私はローザンレイツに来た時から、所々記憶の断片が抜け落ちていた。

ユリアはきっとその事を思い出して欲しいと言っているのだろう。

それは、ユリアに関する事だけじゃないのかもしれない。

私の世界での記憶も含まれている気がした。



「……いっ」



 一瞬、ずきりと頭が痛くなるが、必死にその痛みに耐える。

ティアルが私のそんな姿を見て、背伸びをして私の額をなでてきた。



「みい? ユリア、イタイノ? イタイノ、ナイナイ、ナイナイ」



 小さな前足がぽんぽんと私の額に触れる。

そのやりとりで、私は幼い頃を不意に思い出した。



 ※  ※  ※  ※



 助けたと言えば……そう……そう言えば9歳の頃だったか、

ダンボール箱に入れられた捨て猫を拾った事がある。

みゃあみゃあと、か細い声で助けを求めていた小さな子猫が居て……。



『子猫?』


『捨て猫みたいだね。わあ、可愛い』


『でも……うちじゃあ犬がいるから駄目だなあ』


『そうだね。それに……』



 雨の日に学校の帰り道で友達と見つけて……可愛いねと頭をなでて。

でも、その子を連れ帰る人は居なくて、子猫を置いて帰ってしまった。

私も最初は迷いつつも、その子を置いてみんなと帰ろうとしたけれど……。


『……っ』


 途中で、帰る家も無い子猫の事が頭から離れなくなって、

結局私はまた来た道を引き返し、段ボール箱で震えている子を迎えに行ったんだ。



『みゃあ~……』


『……おいで? 一緒におうちに帰ろうね?』



 その子は誰かが手をさし伸ばさなければ、

直ぐにでも息絶えてしまうはかない命だった。



『みいい……』


『大丈夫、お母さんには、私がなんとか頼んでみるから。

 あなたの帰る家、私が用意するね』



――私が、ずっと一緒だよ。



 子猫はとても可愛らしい子だったけど、障害を持って生まれてしまい、

そのせいで元の飼い主に捨てられてしまったらしい。

だから友達はそれに気づくと、誰も引き取ろうとしなかった。


 背中には不自然な二つの突起が出ていた黒い子猫。

でも瞳の色は綺麗な青と黄色のオッドアイ。

きっと障害が無かったら、貰い手も直ぐに見つかったのかもしれない。

母猫も兄弟も傍に居ない中、子猫は小さく孤独と寒さに耐えていた。


 雨の降る日に私はその子を自分の上着で包み、腕に抱えて家に連れ帰った。




※  ※  ※  ※




 思い出したその子の顔と、目の前のティアルの顔が重なる。



「あ……」


「みいみい。ティアル、オンガエシ……ユリア、マモルノ」



 思い出した途端に涙が溢れた……遠い遠い昔にあった私の大切な記憶。


 腕の中のティアルは嬉しそうに、目を細めてみいみい鳴いてみせる。


 思い出してくれた? そう言いたそうな顔をして。

まさかそんな……そんな事が本当にあるのだろうか?

でも、確かに私は幼い頃に一匹の子猫を助けた事がある。


 この子と同じ……黒い子猫を……其処でようやく思い出す。


 あの時に助けた子猫の名前は、「ティアル」と言う名前だったことに。



「ティアル……そう、その名前は私があの子に名づけてあげた。

 紅茶のアールグレイの香りが好きな子だったから、

 だから”ティアル”って名づけてあげて……」



 流石に紅茶は子猫にはあげられないから、

代わりに猫でも食べられるビスケットを、猫用のミルクに浸してあげていた。

そうしたら、そっちの方が大好きになったんだよね。

後で名前を「ビスケ」に改名しようかと本気で悩んだ事もあった。


 私にとても懐いてくれて、家族で大事に育てていた。

学校から帰ると、小さな体で私を必死になって迎えに来てくれたりして、

言葉は分からなかったけれど、私とティアルはとても仲良く暮らしていたんだ。



「でも……あの子は先天的な障害の為に、長くは生きられなくて……」



 それでも最後まで精一杯生きて……半年後に旅立ってしまった。

見送ったのは私の腕の中、小さな声で何か私に懸命に話しかけてくれて、

でも私は何を言っているのか分からないから、何度も「痛いのナイナイ」と、

泣きながらその子の体をなでていたのを思い出す。


 息を引き取り、天国へ逝ったその子に、私は泣きながら絵を描いて贈った。

生きていた頃は余り動けなかったその子の為に、

天国では自由に動き回れる様にと、背中に真っ白な翼を描いてあげて。


『ティアルにある背中の突起は、きっと大きな翼が眠っているんだよ。

 天国ではお友達といっぱい遊べるといいね』


 ……なんて、私は遠いあの子に語りかけるようにつぶやいていたっけ。


「みい、ティアル、アリガトイッタノ。

 ユリア、ティアル、ダイスキナノ」



 ティアルの背にある白い翼、左右の瞳の色が違うオッドアイ。

そしてあの子と同じ名前……それはどれも私に覚えのあるものばかり。


 ああ、そうなんだ。そうだったのか……。



「みい、ユリア、ティアルミエナクナッタ、

 ダカラ、ユリアニ、マタ、ダッコシテホシカッタノ」


「ティアル……」


「みい、ティアル、ズットイルヨ? イナクナッテナイヨ?

 ユリア、エンエンスル、ズット、ズットオシエタカッタ」



 そうか、そういう事だったのか。

この子は私とのえんが元で、この世界に生まれた子だったんだ。

もう一度、私に巡り会う為に……。



「私に……会いに来て……」


「……この子はあなたのことが本当に大好きだったのね。

 魂だけになって、目に見えなくなってもあなたの傍でずっと見守っていたみたい。

 優しくしてくれて、誰よりも可愛がってくれた恩をずっと覚えていたの。

 こうして生まれ変わっても、魂では覚えていたのよ」


「みい、ティアル、ユリア、ナカヨシナノ」


「そんな……事が……」



 ユリアは、神鏡の守人となる位の存在だったから分かるのだろうか、

彼女はまるで実際に見てきた事のように、ティアルの過去を教えてくれた。



 実は私がこの世界に来た時、ティアルの魂も一緒に付いてきていたけれど、

巻き込まれた拍子に私とははぐれてしまい、生まれ変わったらしい。

もう一度「ユリアに出会う事」を本来の目的として、

無意識に私の魂を探し、あの屋敷までやって来たのだろうと。



「……そして、私がこの子を見つけた」


「みい、ユリア、マタ、タスケテクレタ」



 勿論これは、深層世界のティアルだけが覚えていることで。

目を覚ましたティアルには分からないらしい。

それでも無意識に私と居る事を願ってここまで来てくれた。

小さくて、純粋な願いだったからこそ出来た奇跡だった。


 今は魂だけの状態だからこそ、魂に刻まれた記憶を覚えている。

そう言われて私は静かにティアルの頭をなでた。

あの頃と変わらずに、なでてと頭を差し出してくる姿に、

私は懐かしさがこみ上げてくる。


 そうだ。普段、ティアルのする何気ない仕草の数々は、

あの子がよくしていた仕草と一緒じゃないか。



「そうか……ティアルはあの子だったんだ。

 私にまた会いに来てくれたんだ……ごめんね? 気づいてあげられなくて、

 直ぐに思い出してあげられなくて、本当にごめんね?」



 私がこの世界に来たその瞬間から、全て始まっていたんだ。


 ティアルの魂は私に引き寄せられて会いに来てくれたのか。

初めてルディ王子様の手紙を屋敷に届けに来てくれた時、

ティアルが自ら頼んだのも、無意識に何かを感じ取っていたのだろう。



「みい、”マタ、アイニキテネ”、ユリア、イッテクレタ、

 ティアル、ユリア、ミツケタヨ? エライ?」



 それは、天国に逝くあの子に私が最後に話しかけた言葉だった。



「ええ、そうですね……あの時の約束、守ってくれたんですね。

 ありがとう、ティアル。また会えて本当に嬉しい……ありがとうね?」




 確かによく考えてみれば、ユリア・ハーシェスに関する夢の中や、

私が演じた台本や、知っている物語には、ティアルの存在は無かった。

と言う事は、ユリアとティアル自体には接点が無いのだろう。

つまり、私とのえんが元でこの子は同じ屋敷に住むようになったのだ。


 かつて、幼い私とあの子が仲良く一緒に暮らしていたように……。



『みい、オンガエシ……ユリア……ゴシュジンサマ……ダメ?』


『みい、ティアル、オンガエシ……シタイノ』



 以前、出会ったばかりの私に言ってくれたティアルの言葉に、

まさか二重の意味があったなんて思わなかった。


 大好きだった私の家族、幼くして天国に旅立ってしまった子。

またこうして巡り会えるなんて思わなくて、

私は忘れていてごめんね……と、ティアルの頭をもう一度なでて謝った。


 ずっと悲しんでいたら、あの子が天国へ逝けないよと誰かに言われて、

深い深い悲しみを、無理やりに心の奥底へと閉じ込めたせいだろう。

ローザンレイツへ来た時の衝撃が原因では無いと思う。



「みにゃ、イイヨ~。マタ、アエタノ」


「ティアル……優しいね。あの頃と変わらない」


「みいみい、ユリアモ、ヤサシイノ、

 ティアル、タスケテクレタ、ティアル、ユリアスキ」


「ティアル、今はもう苦しくないんだよね……?

 あの頃の私、ティアルを幸せにしてあげられたかな?

 もっとあの時何か出来たんじゃないかって……」


「みい、ティアルゲンキ、ユリア、イッショ、ウレシイ。

 リファ、イッショ、ダカラへーキ」


「あ」



 そういえば……リファも私が知る限りではこちらで存在しないはずの子なのでは?

ではあの子も何らかの関わりが私とあるの?



「あ、あのですね。ちょっとティアルにお聞きしたいのですが……」


「……さあ、その子はそろそろ元の世界に返してあげないと、

 あなたは先にお戻りなさい、ティアル」



 まるで話の途中を遮るかのように、金の髪のユリアがティアルに話しかけた。



「み~ティアル、ユリア、イッショ、イッショイル」



 ティアルはぶんぶんと首を振って、ぎゅっと私にしがみ付いて来る。

離れるのは心細いのかもしれない。私はティアルの頭をなでた。

一緒に帰ってあげたいのは山々なんですが、ここに来たからには、

私はユリアと色々と話したい事があるんだよね。


 先に戻りなさいと言うのなら、きっとこの子だけでも帰る方法があるのだろう。



「ユリア、イッショ、カエル」


「ええと、ご、ごめんねティアル。私は少し彼女とお話したい事があるから、

 先に帰って貰ってもいいですか? 大丈夫、私も後からちゃんと帰りますし、

 それに、リファもアデル様も待っていてくれていますよ?」


「みい……ティアル、リファ、アデル、スキ」


「ええ、だから目が覚めても寂しくないですよね?」


「み~ユリア、サビシイ?」



 ああ、だからこの子は私が寂しくならないように、

小さな体で私にぎゅっと抱きついてくれていたのか。

私は頭をなでて、大丈夫だよと告げた。


 目が覚めた時に、ティアルやリファやアデル様が居てくれるのなら、

私は一人じゃないって思えるようになったから。



「……みいみい、ワカッタノ」



 私の言葉を聞くと、こっくりとティアルは頷いた。



 ティアルのような無垢で小さな魂は、こちらの世界とつながりやすいが、

その反面、儚くて迷いやすく、だから余りここに居ては危険らしい。

でも、傍にいるリファの子供達はどうなのだろう? と何気なくユリアに聞くと、

この子達はユリアの使いとして、この場に存在する事を許されているとか。

つまり、使い魔みたいな感じなのかな?


 一体ここは何処なんでしょう? まさか天国とかじゃないよね?


 ユリアがそっと手を上に伸ばすと、光の道が上空へと作られる。



「さあ……道を辿たどってお行きなさい、

 道しるべを頼りに、まっすぐ行けば迷わないわ」


「ティアル? また大好きなビスケットを焼いてあげますね?」


「みい」



 ユリアは私の腕の中のティアルの頭をなでて促す。

ティアルはそれが理解できたのか、しばし私の目をじいい~と見つめると、

こくんと小さく頷き、いつものように右の前足を上げて返事をした。



「ティアル、オナカスイタ~」



 うん、分かっていたけれど、ティアルは何処までもマイペースな子です。


「ユリア、マタネ」と、私にすりすり甘えてからまぶたを閉じて眠ってしまった。

すると、ティアルは光の球体へと姿を変えて、空へと吸い込まれていく。

あの空の先が、私達が現在暮らしている世界なのだろうか?



「……」



 何となくだが少しずつ分かってきた。この世界のからくり。

それはやはり、私とユリアに関係する事から始まっているのだろう。

ここから消えて行ったティアルを思い出し、上空を見上げながら私はユリアと話した。



「……ずっと、私がこの世界に来たことを不思議に思っていたんだ。

 私と同じ立場の人は他にも居たのに、どうして私だけなんだろうって、

 何か意味があるんじゃないかって、ずっと思っていたんだ。

 これもきっと、その一つだったという事だよね? ユリア」



 人は誰しも何らかの役割を持って生まれてくると聞いた事がある。

それを見出すのは生きていく上での人生課題で、

でも見つけ出せる人は、気づける人はごく少数だとも。

そしてその中に私も含まれていたという事か。


 ゲームの中の人達だけでなく、私の世界の人にも共通するものがある。



「私に必要なのは、失われたものを取り戻す事なんだね?」




 ローザンレイツへ来たばかりの頃、私は確かに言っていた言葉がある。




 ”――私の他にも誰か居たらいいのに。”



 そう思っていた願いは、私の知らない所で叶っていたのだ。

見知らぬ場所に置き去りにされた時に、心の底から願ったもの。

思えば、大和やまと国だって私の願いが強かったから反映されたのではないだろうか?

後付で作るにしても和と洋の世界観だと思ったもの。


 そしてそれも、本来私の知る物語には無かった。

ティアルのように、私が無意識に叶えていたんだとしたら、それは……。



「願いの具現化……私にも出来たんだよね?」



 隣に並んで同じように空を見上げていたユリアは、私の方を振り返ると静かに頷いた。



「ええ、けれど今の私達はとても不安定で、

 だから互いの記憶を取り戻さなければならないの。

 あなたが力を付ける為には、私の記憶と失われた記憶が無ければ意味が無いから。

 あの子がここで生まれ変わったのは、本当に偶然だったけれど、

 大好きなあなたと一緒に居たいという願いを、どうしても叶えたかったのね」



 私の願いに応えてくれた神鏡の存在を思い出す。

持ち主の願いを叶えてくれたのならば、ずっと傍にいたティアルは、

その影響を受けていたとしてもおかしくない。


(あの子は、付食属性があった……という事は、

 その神鏡の恩恵を受けて、願いをその身で反射させていたのなら……)


 ティアルは「私と一緒に居たい」という強い願いを持っていた。

それは器を再び持ち、私の傍に居るという願いだったのだろう。



「純粋な気持ちと思いの強さに神鏡は応えてくれる。

 ……無意識に願いを叶えた後は、あなたをずっと探していたのね」


「ユリア、ティアルまでこっちの世界に居るってことは、

 私がここへ来た影響は他にもあるんじゃないの?

 アデル様もティアルも結理亜わたしの正体に気づいていたもの、

 それに、あなたのその姿は……一体どうしてなの?」



 ずっと気になっていた。先ほどからユリアの姿は透き通っている。

まるでその姿は水面から反射して描かれた幻のようだ。


 思わず彼女の手を取ろうとすると、伸ばした手はすり抜けてしまった。

以前会った時には、その手に触れることも出来たはずなのに……。


 既に彼女の体は、実体が無かった。



「ユリ……ア……?」


「……」



 目の前には、寂しげに微笑むユリアがいた。


 ……気になることがある。私には無いはずのユリアの記憶と能力、

その能力が少しずつ私へと与えられてきているという事は、

どう考えてもユリアの意思が含まれていると思えた。


 何より、以前私にユリアが言った言葉、

ここへ私が来たのはユリアとの事が原因らしいし。

彼女は私にアデル様のことを全て託そうとしている気がした。



「ユリア……教えて、このまま行くとあなたは消えてしまうんじゃないの?」



「……」



 ユリアは答えない。ただ私の問いに寂しげに微笑んでいるだけだった。

それが一層私の胸をしめつける。無言は肯定というし、

まるでユリアは戻って来ない気みたいじゃないか。



「どうして? きっとそれはアデル様の為なんでしょう?

 でもその代わりがなんで私なの? あなたでは駄目なことなの?

 私がアドバイザーをして、手助けをするのでは駄目だったの?」


「……ごめんなさい。私ではもう制約が多すぎて駄目なの。

 誰よりも私に近しい存在で、アデル様を助けてくれる存在。

 それはあなたでしか駄目だった。同じ真名を持ち、こうして繋がることが出来たあなたしか」


「……ユリア、もしかして知っているの? 私が……その、この世界の……」


「――ええ、全て知っているわ。あなたが私に命を宿してくれたことは……」


「っ!?」


「私とあなたは他の誰よりも共通点があった。

 あなたに”命を吹き込まれ”繋がっていた事で、

 あなたとのえんが生まれ、この世界で今も作用している。

 それはティアルだけじゃない。私もなのよ。ミカミ・ユリア」



 心臓がどくりと波打った気がした。

つまり……ユリアは全て知っていたのだろう、

私がこちらの世界を作った者の関係者だと。


 彼女に与えられた「境遇みらい」を誰かに勝手に決められてしまったこと。

それも道楽の一つとして、そんな辛い現実をユリアは知ってしまったのだ。



「魂の状態になった時に、この世界の裏側が私にも分かったの。

 私が鏡を守護する人間だったせいかしらね。最初に知った時は辛かったけれど、

 それよりも私は変えられる可能性があるのならと、神鏡に願った。

 私の魂をにえとして捧げてでも、アデル様をお救いしたかったから」


「え……?」



 ユリアはその時に教えてくれたのは、息を引き取るその瞬間。

自らの命と引き換えに、愛した人の運命を救える様にと祈った事だった。



 待って、待って待って? と言う事は何か?

ユリアは既に一度、バッドエンドを迎えていたと言う事だろうか?



「私が前に夢で見た……アデル様が魔王になってしまう夢、あれってまさか――」


「そう……一度私が、未来で実際に”経験したもの”よ」


「え? で、でも今のアデル様はまだ魔王になっていないし、その兆候もないし、

 それに、一度ユリアは死んでしまったと言うことで……」



 言いかけて、あることを思い出してはっと息をのむ。

私がユリアの姿になったばかりの時、私は頭部に怪我をしていたじゃないか。

それは夢の中で死ぬ間際のユリアも、全く同じ部分を怪我していて、

発見当時、私は瀕死状態に近かったとアデル様に言われたのを思い出す。



「まさか……周りの時間を巻き戻したの?」



 そんなことが……と思ったが、1つ思い当たる節がある。


 そう、時間を止める事が出来る能力を持つ人物が既に1人居たではないか。

弟のリイ王子様が神様と呼ぶ人に貰ったというあの能力ならば、

応用次第で不可能ではないのでは?


 時間を操るという、普通ならばありえない奇跡を起こせる人が居る。

それはきっとリイ王子様じゃなくて、それを他者に与えられる人……。



「神様に……川元さんという人に、ユリアは会っているのね?」



 それは一つの確信。


 神様、リイ王子様が教えてくれた川元と言う人物。

彼ならば、ユリアに時空を越える手助けをしてくれたとしてもおかしくない。

それに、彼女が神鏡の守護者ならば、神様を見る力もあると考えられる。



「ええ、魂となった時に。だからこそ私は奇跡を起こせた。

 たった一度きりの奇跡を……あなたも見たでしょう? 

 私の死でアデル様が狂ってしまうことを、その顛末てんまつを」



 ユリアの問いかけに、今度は私が静かに頷き答える。

夢として垣間見たのは、人間への怨嗟の言葉を吐きながら、

自ら生んだ闇に飲み込まれ、異形の姿へ変わる瞬間と、

断末魔の末に倒れるアデル様の悲しい最後だったことを。



「……アデル様は、あなたの事を本当に大切な家族と思っていたから、

 もう一度、”人間達に家族を奪われる痛み”に耐えられなかった。

 え始めた心の傷を、再び人間の悪意でえぐられる形になってしまって」



 自身の破滅まで覚悟して、彼はその身を自らの持つ闇に飲み込まれてしまった。


「ユリアという家族まで殺した。人間への復讐の為に」



 それまで、孤独だった彼を傍で支えてきたのはユリアだった。

王都で安心して暮らせるように、人脈を作り彼を影から支えていて。

だからこそ、アデル様はユリアに心を開き、家族……同胞に迎え入れたんだろう。

それは、演じた私でも分かる。



「つまり――その存在が最初から居なくなったら?」


「え?」


「あの方が狂う元凶になる”ユリア”が、アデル様と最初から出会わなければ、

 彼と出会う前に”亡くなっていた”のなら、状況は違ってくるわ」


「ユ、ユリア? 何を言っているの?」


 うろたえる私に、ユリアは静かに答える。

あの時、ユリアが神鏡に望んだ願いを。



「私が最後の瞬間に願ったのは、アデル様に待ち受ける運命を変えること。

 その為に必要だと思ったのは、自身の死と彼との関係性……絆の抹消なの」



 その時、私が彼女から聞かされたのは、

私の予想だにしない彼女の意外な告白だった……。




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