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6・ユリア、アトリエを持つの巻


 悲しい恋を知っている。届かなかった恋を私は知っている。



 そして私に求められていたのは、そんな役回りの女の子だった。


 ユリア・ハーシェス。蒼黒騎士団長アデルバードのメイドという立ち位置のヒロイン。

隠しで存在するだけあって、彼女の抱いた思いもまた、秘めたものとして展開されていく。


 ユリアは主人でもあるアデル様に恋をしていた。




『アデル様が笑っていてくれるのなら、幸せでいてくださるのなら、

 私はそれで……それだけでかまわないんです』




 そう言って、密かに抱いた恋心を封印して女主人公に彼の事を託したり、

男主人公に新たな恋を育てていくという、複雑な心境の変化がある彼女の存在。


 まだ、恋すら知らなかった私には、そこまで思える相手が居る彼女が羨ましかった。

だからこの時の私は気づけなかったんだ。


 これだけ近くに居たのに、それだけの思いがあるのに叶わない事実を、

ただ一人、受け止めなければいけないことが、どれほど辛いかなんて……。




※ ※ ※ ※




「さてと」



 今日も制服を身にまとい、絶賛メイド活動中、

……とはいえ屋敷の外は雨が降っております。



 私は溜まりに溜まった屋敷中のつくろい物をするべく、

リファと一緒に開拓して手に入れた、居間のソファーに腰掛けてお裁縫さいほうタイム。



(街へ探検がてら買い物に行って、行動範囲を広げようかなと思っていたけれど)



 今日は雨が降っているせいで、お出かけして情報収集する気にはとてもなれないし、

記憶がないことでリファが毎回心配するし、

最近はご主人様兼、後見人となってくれたアデル様まで、

何かと私の事を干渉して来るようになりました。


 一度、私が人さらいにさらわれた事があるのも理由ですが……。


 理由は私の瞳の色が原因らしいです。





※ ※ ※ ※




『ユリア、君の容姿は特に目立つし狙われやすい。

 特にその瞳の色は、希少価値を求める者も居るかもしれない』


『瞳の……色、ですか?』


『何かあれば俺の名を呼べ、君の匂いは覚えたし目印もある。

 君なら俺の名前を呼べば、すぐにそれが俺にも分かるだろう。

 大抵のものはリファが追い払ってくれるとは思うが、万一もあるからな。

 人間は数と言う暴力や汚い罠をはめる事には長けている。注意するといい』




 龍って聴覚も良いって事でしょうか? 龍って本当に万能なんですね。

言われた直後に別の部屋へ移動して、 試しにこっそり『アデル様~』と小さく言ってみたら、

凄い形相をしたアデル様が剣を片手に乗り込んできました。




『……』


『……』



 絶句する私、絶句するご主人様。

そして無言の沈黙の後、『遊ぶな』と怒られてしまいました。


 や、だって其処まで動揺するとは思わなかったもので、

ちょっと演技がかって、緊迫の中で助けを呼ぶ少女の設定で呼んだせいでしょうか?


 ええ、息もたえだえにして、オーバーリアクション付きでやってみたんですよ。


 さっき会ったばかりだから、流石に分かるんじゃないかなと思うんですが。



(アデル様って、ああ見えてけっこう面倒見がいいですよね)




 最近笑いに飢えているので、少しは茶目っ気を許して欲しいものです。

同じ声だから、ついつい先輩の時のような反応を期待していたんですよ。



※ ※ ※ ※




「それにしても、目の色かあ……」



 来たばかりの頃、私の瞳は空のような澄んだ青色をしていましたが、

保護された直後、なぜか瞳の色は紫色に変わっていました。



 この色に変わってしまったのは、アデル様に助けて貰った影響らしいのです。



(あの人と……アデル様と同じ瞳の色)



 珍しい色合いの瞳は、人攫いに狙われる可能性も高くなるし、

龍や精霊などの眷属けんぞくに間違われる可能性もあるとの事で、

充分に注意するようにとの事でした。



(アデル様も紫色をしていますが、

 まさか、この国の騎士団長がそうとは思われませんよね。

 あれだけ堂々としている方だし……)



 アデル様は異国の民の混血という肩書きで、皆さんをごまかしているそうです。

何より後見人がこの国の王子様ですから、そう簡単に疑われないでしょう。


……よっぽどの博識な人でないと、この見分けは出来ないそうですが、

用心に越した事はないですよね。色が微妙に違う事で人買いにも狙われ易いし、

人の多い所では、大きめの帽子など被ってごまかしてしまおうかと考えています。



(私はイメージ通りのユリアの姿になったなって、そう思ったんだけど……)



 そうつぶやきながら、新しく糸を針に通して作業の手は進んでいきます。



「さて、まずはアデル様の物をやっておこう」



 メインヒーローなのに、ボタンの取れかかったシャツを着ているのを見たら、

思わずどうにかしてあげたくなりますものね。



「まずは身だしなみの改善で、イメージアップさせてあげないと」




 今までこの屋敷でつくろい物が出来る人が居なかったせいか、

アデル様の服を直すついでに、あれよあれよと言う間に増えていきました。


 ここに居るのは住み込みをしている方ばかりなのですが、

自分を含めて他に誰もやれないので、放置されてしまった結果、

着る物に困り新しい物を買うか、そのまま使い捨てるかしか無かったようです。


 これだけの修繕で、お金を取られるのも勿体無いですからね。

針に糸を通すのすら、知らない人も居ますので……。



『アデル様の服を直すついでに繕い物をやりますので、あったら出して下さいますか?』



そう言った所、おじサマーズは一斉に振り向き、目をうるうるさせて感動してくれました。



 いいの?と、何度も聞かれました。


 まさか……ボタン付けをするだけでこんなにも驚かれるなんて、

あ、もしかして、おじ様達は手元がかすんでしまって見えにくいのかもしれませんね。


 その代わり、今日はお掃除を私の分までやって置いてくれることになりまして。



(なんか、物々交換って感じですね。こうやって役割分担していくといいかも。

 その方が効率よく作業が出来るってもんですよ)



 受け取った作業用の服や私服を、名前と共にリストを作って書き、

それからボタンを付け直したり、すそをまつったりとやっていく。




「クウン~?」


「ふふ、大丈夫だよ。リファはおりこうさんだね」



 リファは、怪我しないでねと言いたげに私の作業を傍で見守っている。

……まるで、子供の成長を見守るような優しい目ですな。


(本当はアデル様の使い魔だから、アデル様の傍に居るべきなんだろうけど)



 私の傍に居るように、アデル様が頼んでおいてくれたようだ。




 しわくちゃなシワを伸ばすアイロンも、掛ける人がこれまで居なかったからか、

皆さんが出される物は、どれも似たようなシワだらけの服ばかり。



……アデル様も良く見るとそんな感じです。



 まあ、あの人の場合、人間の格好する事にも苦労していますから、

今は其処まで追求したら可哀想ですよね。


でも、人間らしい所が見えて私としては嬉しかったりする。



(でも……彼はこの世界のメインヒーローだし、

 本編が始まる前に、最低限のことはしてあげないとな)



 この世界は電気が無いので、アイロンも人力……もとい、昔ながらのやり方です。

石を暖炉などで温めて、金属のアイロンの形をしたやかんみたいな物の中に、

焼いた石を火箸ひばしで入れて使用するんですが。



(うーん、作りはシンプルだけど、あると便利)



 火傷にだけは気をつけて、しわを伸ばしていく単調な作業。

で、後は順番に綺麗にせっせとたたんで完成っと、うん完璧。



 出来上がったものをかごに入れて辺りを見回す。うん、忘れ物なし。

かごを持って出来上がった物を、それぞれ持ち主に届けに伺いました。



「いやあ、助かったよユリアちゃん」


「女の子が居るって良いねえ。うるおいがあるよ」


「いえいえ、どうしたしまして……それでは」



 にっこりと微笑んで営業スマイル。今日もサービスです。




「誰も居ないけど、おじゃましまーす……」




 アデル様のお部屋にも直した服をしまいに行って、さっとお片づけ。

直ぐに着られるように、色別に分けてハンガーに掛けておきます。


 実はアデル様の部屋は、お屋敷の中でも一番のテリトリーだったりする。



『君には俺の部屋の鍵を渡しておこう』




 彼に入室を許可された。数少ない者達のみがお世話を任されています。

今はおじ様の一人と、私、リファだけです。

余り自分の物を触られたくないって事なんですかね?



(人間が嫌いなせいもあるんだろうなあ……)



 でも、新人の使用人である私が許されている理由は分かりません。

その為、一応触るのは最低限でやっておきます。


 こまごまとした物を片付けて、新しいシーツでベッドメイキング。

ささっとごみも回収して扉を閉めました。


 細かいお掃除はまだ勝手が分からないので、おじ様にお任せします。



「さて……じゃあ、後は私の用事だけかな?」



 アデルの部屋から居間へと再び戻ってきて、ソファーに座り直す。

居間のテーブルはとても大きいのに、使うのはアデル様だけで、

それも滅多に使われることがない。


 自室に居る方が落ち着くからと言うのが理由だそう。

という事で、私の作業エリアにさせて頂きました。




(中世っぽいイメージだと思っていたけど、生地はいいのがそろっていましたね。

 レースとかもう、うっとりだよ。ビーズとかもヴィンテージ物だったな)



 いそいそと紙袋から出したのは、裁縫店で買ってきた生地。


 いえね。必要な物は買ってくれると言ってくれたアデル様でしたが、

どうも買ってくれるのは、実用性の無いものばかりなんです。

一応、みんな高級品らしく……審美眼はあるんですよね。あの方。


 でも、携帯用の短剣とか、皮のよろいとか……貰ってもどうしようもなく。


「一体あの方は、メイドになった私に何を求めているのでしょうか? 

 まさか冒険に一緒に付いて来いとでも?」



 いやいや、私は流石に格闘技とかは無理だから! 絶対無理だからね!

しょぱなで、魔王の城に喧嘩を売りに行くレベル位の無理があるよ!



殺陣たてとかは少し演技習いでやったけれど、

 あれ、実戦には役に立たないって聞くし……見せる演技だもの。

 構えている間に、普通襲われるって思うものね……)


……おっと脱線した。気を取り直して、今私に必要なのは着替えです。

令嬢が着るようなぴらぴらなドレスだと、身動き取れなくて家事がやりにくいし。



「早めに必要な物をそろえておかないと」



 今欲しいのは、メイド服と普段の着替えかな。

寝る時はアデル様のシャツを借りていますし。私の物はとても少ない。



(とにかく仕事で使う作業着は早く作らないとね)



 ただ、この国には既製品というものが少なく、それでも高めの金額になっており、

ほとんどの服はオーダーメイドか自分で仕立てるのが普通なんだとか。




「まさかこんな所で、ハンドメイドする機会があるとは思いませんでしたわ」



 声優目指していると、身だしなみにかなり気をつけないといけませんので、

ちょっとした小物やリメイク服を作る事はありましたが、

ここでその技術が活かされるとは思わなかったよ。


 よく誤解されるけれども、声優なんて裏方の仕事だから、

外見は関係ないじゃないって事はなくて、むしろ真っ先に見られる部分だったりする。

女性だったら、女性らしい姿が求められます。顔出しも可能かとかでね。


 たとえ顔は普通だとしも、身に着けているもので雰囲気の可愛らしさは表現されるので、

出来ないよりできた方が良いらしいんだよ。そんな訳で良く見せる技術は大事で、

私の場合は特にすごく出来るというわけでは無かったけれど、

このお屋敷の基準では、私は裁縫がとっても出来る部類に入るらしいのだ。


 それは私にも自活する目途があるということ。

必要とされる技術があると重宝されるからね。


 居候だから、自分の事は自分で出来るように心がけなくちゃ。


(お給金も出してくれるそうだから、そこから後で私にかかった費用を返済しよう)



 流石に服はリメイクとか、その程度の腕しかありませんが、

ようは縫い合わせればなんとか形になるんじゃないかなと。

そんな安易に考えたりもしていたんだ。


 なので型紙と生地、リボン、少しのレースは買ってきた。


 あとはミシンが買えない分、アナログの作業でひたすら縫うだけ。

そう、ミシンあったんです。超高級品で貴族でも滅多に買えないレベルで。

地道に足で踏んで手で回すレトロなタイプの物ですが……。


 なので時間は掛かっても、手で地道に縫っていくしかないなと。



「さて、まずは……」



 最初に作るのは、記憶にあるメイドユリアの衣装。



「確か、クラシカルタイプの、スカートの長めのものが特徴だったはず」


 スカート部分はふわりと裾が広がるタイプで、足首まで丈があり、

結構レースとかフリルも使われていたんだよね。

現代を生きる私からしたら、それはコスプレ服にしか思えなかったけれど、

何時までも、着ていたドレスだけで生活するのも無理があるからね。



(動きにくいし……)



 エプロンを数枚作れば、掃除用や料理用とか使用する状況によって分けられるし。

替え用として同じデザインをもう一つ作れば、制服としても使えるだろう。


 後は根気、根気だけなのだ。


 買って来た基本の型紙を少し変えて、

縫い代部分を考慮して型紙より少し大きめに鋏を使って、ジョキジョキと裁断。

ロックミシンも掛けられないから布の端は三つ折にして、アイロン掛けしてから仮縫い。

部屋にある鏡で何度もチェックして丈を詰めていく。


(ここで妥協すると、胸の部分が大変なことになる。

 ああ、羨ましいそんなに余裕にあるなんて、って、今は私がユリアだったね)



 針でずれないように確認して、ちくちくと……気の遠い作業です。

昔のお針子さんを今はとっても尊敬しますよ。

私は早縫いが出来ないので、作業はのろのろでへろへろ……。

ミシンで慣れていたので、時間が掛かる上に手が疲れるよ。




「うーん……でも、ずっと使うものなら妥協は出来ないなあ」



 それに戻ってきた時のユリアの私物にもなるんだし、丁寧に作っておこう。


 あー……気が遠くなってきたけど、誰かに頼むのはお金が掛かるし、

考えてみたら、こっちの世界だとやる事が限られるよね。




「それにしても、ビーズとかレースがあんなに高いとは思わなかったよ。

 こっちの世界の女の子はお洒落するのは大変だろうなあ……。

 レースが編めたらいいんだけどね」


「クウン……?」


「えへへ……アデル様に買って貰えばって言っているのかな?

 これ以上はね……駄目だよ。私、居候だし……」



――人間嫌いのアデル様に、これ以上は迷惑掛けたくないと私は思うんだ。



「貴方のご主人様は、本当にお優しい方だよね」



 ここへ私が来てから、なんだかんだ言いつつも、

彼は身寄りのない私を気にかけてくれているのが分かるんだ。

きっと帰る家がない私に、自分の境遇を重ねたんだと思う。



(だからユリアは、彼を慕っていたんだものね)



 ユリアとしての手がかりは未だつかめず、彼女の安否も分からないけれど、

最低限のものは取り揃えて置いてあげようと思っている。




(あ……そうだ。ここってのみの市とかならあるかも!)



 後でアデル様に聞いてみましょうか。ようするにフリーマーケットだ。




「あとはこちらでの節約生活も色々と勉強しないと。

 お屋敷もガタガタだから、修繕とかもしたいな……」



 ああ、でも皆さん優しい方ばかりで本当に良かった。これなら何とかやっていけそう。




 あんまり後ろ向きも良くないので、私は異世界旅行をしていると思う事にした。


(……ただ、私は一応ヒロインと言う立場なので、必要以上に外に出ると、

 そこかしこで変なトラブルに巻き込まれそうで、凄く凄く面倒くさいなー……)


 なんて思ったりして、まだ殆ど屋敷の中に引きこもっていますが。




「幸い、今はやる事が沢山ありますからね~。

 メイドライフを満喫するだけでも、十分充実している感じですし」




 そう言えば嬉しい事がありました。私の世界でも見た調味料がこちらにあるそうです。

豆を使った発酵食とか……聞くと、隣国にヤマトと言う文化や風習の違う国が在るそうです。


……ツッコミいいですか? それ、日本じゃないの?



(い、いや作っているの日本人だし、となると、やっぱりゲームの世界なのかも?)


 どういう基準かは分からないけれど、私の関わっていたゲームの制作会社、

そこが手掛けた他の作品と、蒼穹のインフィニティの作品の世界同士が、

何かの因果で一部繋がっているようなんだ。


 保存食の技術はこちらでも発達しているだろうから、

そういうの欲しいなと思っていたら、そういう海外の食品を取り扱った行商が時折来るそう。


 それを聞いて、私の目が輝いたのは言うまでも無いですよ。



 日本ちっくな部分を残しておいてくれてありがとう!




(もしかしたら私がメイド経験を積んで、行動範囲を開拓できれば手に入るのかも。

 家事スキルEX、下僕レベルEXとか)



――ちなみに現在の私は、引き篭こもり願望EXですが何か?



(行動出来るか否かは、リファとご主人様となったアデル様次第だけど)



 彼らの信頼をなんとか勝ち取って、もっと移動できる場所を開拓させよう。

最初の買い物の時は、初めてのお使いをする子供の様な目で見られましたからね!



「あ……あとお菓子食べたいなあ、甘いの。

 こっちのかまどで、ケーキとかクッキーが焼けるといいなあ……」



 単調な作業は落ち着くけれど、眠くなる。

前身頃まえみごろと後ろ身頃みごろを合わせた所で、目がとろんとしてきたわ。



「クウン?」




 後ろではリファのふわふわ、ぬくぬくな体が包んでくれる。

……私としては其方の誘惑に、とても耐えられなくなってきた。



そでは明日にするかな……手も疲れたし」



 どちらにせよ、一日で作業は終わりそうにない。

針の数を数えてから、綺麗に片付けてもう一つのかごに入れる。

手作業でやるって本当に疲れるんだな~……もう肩も痛いよ。



「リファ……少し眠っていいかな?」


「クウン」



 リファに了承を取ってから、お腹に体を預けて顔を埋める。

この子は本当にふわふわで温かくて気持ちいい……うとうとしていると、

私が寝易いようにリファが体勢を崩してくれた。



「おやすみなさい」と言っているかのように、リファによってそっと私の体が包まれる。


「ふふ……っ、リファと居ると安心する……」



本当に、なんでだろう? 今はこんなに落ち着くなんて。

まるで本当にリファの子供のようで……少しおかしくなった。


 


※ ※ ※ ※




――そのまま、私は夜になっても目が覚めなかった。

慣れない生活と環境で気が張っていたのか、とても疲れていたんだと思う。



「……ユリア? もしかして居ないのか?」



 そうしたら何時もは元気に迎えに来ていた私が居ないので、

帰って来たアデル様はすごく心配して、直ぐに私の姿を探してくれたらしい。



「ここに居たのか……」



 居間で眠りこけていた私と、それを見守るリファを見てほっとした彼は、

私を起こさないように私の部屋に運んでくれたそうで……。


――……そんな事、ご主人様にさせては駄目だったんですが。



「……っ、ユリア、泣いて、いるのか?」



 誰かの指が、そっと私の頬を撫でた気がした。




 でも私はそれでも目が覚めず、その時、幸せな夢を見ていた。


 父が居て、母が居て、お兄ちゃんが居て……。私が”当たり前”だと思っていた日々。


 何気ないと思っていたそれが、当たり前ではならなくなって、

一緒に居た頃の、幸せのありがたみを今更ながら思い知る。



「ああ、よかった……夢だったんだ”今までの事”は……」



 私が見た夢でそんな風に思っていて。

眠りながら涙を流していた事も知らなかった。


 だから目が覚めた時、私は今の「現実」に引き戻されて、

リファにすがり付いて泣く事も、その時の私はまだ知らずにいた……――。



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