66・恋人初心者レベル1
「お代官様、こんなつもりじゃ、こんなつもりじゃなかったんだ」
私は自室に引きこもり、部屋の隅でえぐえぐ泣きながら、
両手首を前に差し出して、大人しくお縄を貰おうとする。
体勢はそれこそ土下座、全力でスライディング土下座です。
“罪を犯した人は、みんな同じ事を言うんですよ?”
――なんて言葉が、頭に浮かんできてですね?
私は一人で大人しく懺悔大会をしていた。
つ、罪を償いますので、どうかお縄にかけて下さい。
……って、今はユリアの体なんだけれども。
ご本人の合意無しで、勝手に恋人関係なんぞになってごめんなさい。
「このままじゃ、私……アデル様の押しに負けそう……」
まさか、あんな場所で言質を取られるとは思いませんでしたよ。
今までずっとその話をはぐらかしていたのに、ぽろっと本音が……。
ええ、お馬鹿もここまで行くと救いようがないですね。
(アデル様の貴重な告白も私が聞いてしまいました。
本当なら、ユリアが直接聞きたかった言葉だよね?
恋する女の子の大事な場面を、私が代理で受け取ってしまったよ)
錯覚してはいけないのに、自重しろと思うのに、
彼の言っている言葉は、まるで私自身に言われているようで、
素直に受け取ってしまいそうな単純な私が居るんですよ。
私が彼女として生きている時点で、全く同じ状況はまず無理だとは思っていましたが、
まさかここまでとは。アデル様の方が上手でした。
「みいみい、ユリア、ナニシテルノ~? アタラシイ、アソビ?」
傍で見ていたティアルは、ベッドの上で突っ伏す私を、
抜けた翼の羽でちょんちょんっとつついてきた後、私の隣に並んで、
私の真似っこをして遊び始めた。リファは始終首をかしげて私を傍で見守っている。
「クウン? キュウウン?」
尻尾をぱたぱたして、遊ぶ? そう言われている気がするけれども、
私は今、そんな気分じゃないんですよ、リファ。
今日も尻尾がふわふわで、魅力的なお誘いなのですが~……。
「じ、自首をですね……」
「みい? タノシイ?」
「ううん、楽しくない」
「み?」
この場合、誰に自首って、それはユリアしかいない。
彼女の代わりにユリアの仕事を全うし、居場所を守ってきていたのに、
何、勝手な事をしてしまったんですか自分よ。
とても複雑な心境を抱いているわけです。
(勘違いしちゃいけないのになあ……)
彼女の立場になって考えてしまうとね?
自分の体を見ず知らずの他人が勝手に使っている上、
環境を勝手に変えたりされたら、そりゃ嫌だと思うし、怖いよね。
ましてや、恋愛なんて勝手にされたらもう……。
もう、止めて~! とか思うでしょうし。
(一応ユリアには、夢の中で前に謝ったけど……でもなあ)
ローディナの時などに動いたのには、私の心情も勿論盛大にあったけれど、
彼女達を失う事は今後、大きな歪みが出来てしまうとも思えたから、
理由もあって動いたのだ。でも今回はそれを大きく道を外す事になる。
ユリアがアデル様と結ばれる事は無い。
それは彼女の役を演じた私が何より知っている事実だ。
(それなのに……ああ、やってしまった~どうしよう~本当にどうしよう~)
唯一の救いは、好きな人が同じだったと言う事ですかね?
ほら、何とも思わない人とか、嫌いな人とかに触られていたら、
やっぱり嫌だな~って思うだろうし。
(好きな人の場合は、それはそれで考えるのですが)
むしろ、そういうのは私が居なくなってからにしてくれというか。
まあ、肝心のユリアが戻れる方法も分からないから、今は難しいけれども。
ここまで来ると、アデル様の伴侶一直線ルートじゃありませんか?
ふふ、まさか両想いで即お嫁さん対象になるとは思いもしませんでした。
ユリアと交信できないものかと、電波と言うか念を送っているのですが、
一向に反応が無いまま、無駄に時間が経過しております。
完全に今の私は怪しい女その1ですが、まま、これは仕方ないよね。
彼女に私の声が聞こえていたと言うから、何かしら効果あるかもしれないんだし。
(ユリア……私、どうしたらいいの?)
自分の演じた役はどれも分身に思え、切り離せない存在になる。
だからこそ、普通の人よりもユリアの役に思い入れが強くなってしまうんだ。
それに、夢の中とはいえ私は本物のユリアにも会ったのだし……。
別人だからこそ、せめて役割だけでも果たしたかったのだけれども。
私が存在することへの影響がここでも出ているという事だろうか?
「みい、ユリア、オイノリ、オイノリ……リイミタイ?」
「いえ、真似っこじゃないですよティアル」
「み? チガウノ?」
「ええ、違いますね」
そうか~……ティアルの目には、私がリイ王子様の真似っこしていると思ったのか。
あの方の言動は、私の様な凡人が突っ込んではいけない気がするのです。
決して、怪しさ満点で同じタイプには見られたくないな?
なんて思ってませんよ? ……本当に、思ってないですから。ええ。
いやそれよりも、ああ、本当にどうしたら良いのだろうね?
私が予想もしない事態へと、突き進んでいる気がするんですが。
(今後、想定外の状況が立て続けに起きる気がする。
台本から外れすぎた対応は、かなり不安だなあ)
突き進みまくって、もはや私は一人取り残されてしまっていましたよ。
※ ※ ※ ※
ぬいぐるみスキーによる、主従関係からの恋人への昇格をしたのが昨日の事。
『いつもユリアが世話になっている。ユリアの“恋人”のアデルバードだ。
これからもユリアをよろしく頼む』
衝撃的な展開に放心状態だった私は、屋敷へ辿りつくまでに、
私の知り合いという知り合いに、嬉しそうに恋人報告する彼を見ているしかなかった。
人間嫌いなアデル様が自ら接触を試みるなんて珍しい事ですね。
それだけ、この関係を話したいのでしょう。
彼が他の人と嬉しそうに話す姿は、一見微笑ましい光景なのですが、
内容が内容だけに、私は何時気絶してもおかしくないんじゃないかと思いましたよ。
ふ、ふふふ……こんなにノリノリなアデル様を見るのってなかなか無いですよね。
むしろ絶好調ですねアデル様!
私が引きこもりメイドのままだったのなら、ここまでダメージは無かった筈ですが、
……役目のためにと、人脈作りをして頑張っていた結果、
アデル様は私の知り合いと言う知り合いに、この事を知らせようと言い出して、
ひいきにしている肉屋のおじさんにまで、ご挨拶するアデル様が居ました。
『ええっ!? ユリアちゃんの彼氏さんなのかい?
いやあ~騎士様だったなんて、立派な彼氏が居るんだねえユリアちゃん。
色男じゃないか、お似合いだよ』
『は……はあ、アリガトウゴザイマス』
肉屋のおじさんはどうやら世俗には疎かったらしい、
アデル様が騎士団長と言う事も知らないようで、内心ほっとしたが、
それでも十分恥ずかしかった。
『ああ、恋人だ。つい先ほど恋人になったばかりなのだが、
やはり彼女の恋人になったのなら、ユリアの知り合いには、
一度きちんと挨拶をしておかなくてはと思ってな』
『そうかいそうかい、そりゃ、わざわざありがとな。
おめでとうユリアちゃん。お幸せにな?』
『は、はあ……アリガトウゴザイマス』
(こ、恋人を連呼してますよ~? アデル様……)
よっぽど嬉しいのだろうなと言うのが分かる。
だから数時間あれば十分でしたよ。
あの騎士団長様に、ユリアという恋人が出来たという情報が知れ渡るのは。
元々がその容姿、名声、実力ともに有名だったアデル様。
当初に流れていた悪い噂のせいで、私が屋敷で住み込みを始めた頃は、
それはもう、何人もの方に心配される事もありましたが、
アデル様が街中で私を甲斐甲斐しくエスコートする姿を見続けてきた事で、
『なーんだ。本命はやっぱり君だったんだね!』
なんて目の前で言われてしまう事になり……。
女癖が悪いと言う噂は、私の存在で完全に無くなったようです。
彼の誤解が解消されたのは大変喜ばしい事なのですが、別の誤解が生まれた訳で。
(……これ、どうみても、関係を否定したら怖い事になりそう。
というか待って、やっぱりって何? やっぱりって!?)
誤解が誤解を招き、最早、収集がつかない事態になりました。
噂が尾ひれ、背びれまでついて、一人歩きして行き……。
『騎士団長様は、最初から心に決めた女の子がいたんだってよ』
『ああ、聞いた聞いた。何でも身分違いの恋だったんだってな。
周囲の反対も強くて、なかなか踏み切れ無かったって』
なぜか、美談へとすり替えられていましたよ?
ここでアデル様に誤解なんですと説明して、恋人解消を願い出たとしよう。
自然界と密接な関係があるアデル様ゆえに、きっと反動で大災害が起きるのではないか。
それこそ、これまでにない未曾有の大災害が。
(……ローザンレイツが壊滅するかもっ!!)
それに、解消する事でユリアがアデル様に弄ばれた女の子の一人にされ、
アデル様もまた不名誉な噂が再発してしまうのではないか?
と言う事は、恋人という関係を否定する事は難しい。
(……二人の評判が下がって、被害がダブルパンチ?)
アデル様に恥をかかせるようなことは出来る訳がない。悪評なら尚更だ。
その為、私は体中汗だくになりながら、公開処刑を受ける感覚で、
アデル様が恋人として紹介する姿に、こうして耐えるしか無かったのである。
ふふ……ふふふ。逃げられない~逃げ~られない~!
……っは!? 卒倒する所だった。
こんな所でお姫様抱っこなんぞして頂いたら、私もう外を歩けなくなるよ。
ぐうう……耐えろ! 耐えるんだ私よ!!
恋人モードのアデル様が、何時もの三割り増しでキラキラしているけれど、
ここは我慢のユリアさんですよ!
『――俺がここへ来なければ、ユリアとは出会えなかった。
そう思うと、この国で暮らすことにして良かったと思う』
『……アデル様』
其処まで言ってのけたアデル様に、もう何か言う勇気はなく……。
恋人つなぎから、肩や腰を抱かれるようになり、密着度は上がった。
目立つアデル様の積極的な行動に、私は一緒について行くだけで精一杯で。
近くで吐息が、鼓動が聞こえ、ぬくもりを感じる距離と言うのは、
恥ずかしくて居心地が悪くて……。
帰り道は足元を見て歩くのが精一杯で、
アデル様は人目もはばからず堂々と接してくるし。
『……あの二人、やっぱり恋人同士だったのか』
『良く一緒に手を繋いで歩いていたからな~』
『俺、ずっと怪しいと思っていたんだよ』
『俺も俺も』
こそこそと、こちらの方を伺う気配がちらほらと……。
さっと声のする方向を振り返ると、さっと顔を背けられるけれど、
私が前を向くと、まだ視線を感じるんですよね。
所々で私達を見られている状況でした。ち、珍獣になった気分です。
いえ、これは社交界で注目されているのと同じ状況なのかも?
『……ユリア、どうした?』
そして、私が顔を背けるごとに、自分の方に顔を向けさせようとするアデル様。
以前、「俺だけを見ろ」なんて言っていただけに、独占欲と言うのが強いのでしょうか?
更に言うと、人目を気にせずアプローチする人のようですよ!?
髪をなでて来たり、こめかみにキスしてきたりとかね?
『い、いえ、なんでも……ないです』
以前から、アデル様との恋人説は私も聞いた事がありましたが、
今回の一件で、噂は本物となってしまいました。
普段から、アデル様、アデル様とイメージアップ作戦で行動していた為に、
私がアデル様を好きなんだと既に思われていたようで……。
ずっと双方すれ違いの片思いをしていたと思われたのだろう。
周りは結構、やきもきしながら見守っていたようだ。
知り合いは私を刺激しないように、黙っていてくれたらしいですよ。
『ユリア、人が混んできたからこちらの道から帰ろう。
全員と挨拶が出来なくて残念だが、ユリアの体調の方が大事だ』
『は、はいアデル様』
元々が騎士団長という、大事な役職についているアデル様、
どう考えても、目立って当たり前のお方でしたね。
その彼とのやりとりを一部始終見られていたとは恥ずかしい。
放心状態のまま、彼と一緒に買い物を済ませて帰宅したのですが、
屋敷に着いた早々に、ご主人様命令で帰ってきた使用人の皆様を呼び、
全員ホールへ集合させて……後戻りが出来ない言葉を言ってのけました。
はい、私の試練はまだまだ続いていたのですね。
むしろ、これからが本番でした。
『実は皆に大事な知らせがある。今日、ユリアは俺の恋人になった。
だから今後、ユリアの事はそれ相応に配慮してやって欲しい。
俺が居ない間はくれぐれも宜しく頼む』
一同、一瞬だけぽかんと口を開けていたのですが、
その直後、凄い騒動へと発展しました。ええ。
この事に一番喜んだのはやっぱり、ロマンス小説大好きなユーディでした。
『きゃああっ!! ついに、ついにこの時が、本当の恋人になれたんですね!!
おめでとうございます。間近でこんなに素敵な話があるなんて!
私の目に狂いは無かった~っ! 出来ればその経緯を詳しくお願いします!』
ユーディ、目をきらきらさせて両手を拳にして上下に振って喜んでいるし、
あまりに興奮しまくった結果、最後は酸欠になって倒れてしまい、
ティアルが、『ダイジョブ?』と翼でぱたぱたと風を送って、
彼女を介抱してあげていましたよ。
『おめでとうございます。ユリアさん。ご主人様!!
と、言う事は、こ、このまま行けば、いずれは?』
(わあああっ! それに触れないでイーア!!
私が今、一番考えたくない事なんですからああ~っ!!)
けれどアデル様は、まるで『良くぞ聞いてくれた』とばかりに、
嬉しそうにそれに頷いている。その間も私の腰に回った手が離れてくれません……。
に、逃げられないんですが? もしかして、それを見越しての事でしょうか?
く……っ! アデル様、私の性格をよく分かっていらっしゃる。
『俺の希望としては、今すぐにでも式を挙げて夫婦となりたい所なのだが、
ユリアはまだ恥らっているようだし、今は気持ちを貰えただけでも十分だ。
だが、いずれは俺の伴侶になって欲しいと思っている。
夫の立場でユリアを守れるし、ここの女主人となってくれるなら安心だ』
いや! 恥ずかしがっているんじゃなくてっ!!
この状況についていけないだけなんですよ。ご主人様!! 先走りすぎてますよ!!
(女主人って……え? 既に結婚は決定打? 花嫁修業もしなくちゃ駄目なの?
やっぱり、もう逃げ道とかなしですか?)
『……』
思わず、腰に触れている彼の手をぺちぺちして意思表示をしてみましたら、
私がかまってくれない事に、拗ねているとでも思われたのか、
『……ああ、すまないユリア』
腰に触れていた手が離れたかと思いきや、頬をなでるようになりました。
いえ! そうじゃなくてですね!?
勿論、この件について物申したのはおじサマーズ、おじいちゃマーズでした。
実の娘同然、孫同然に考えてくれていたから、少々複雑な顔を見せていたんですね。
『ふむ……』
すると、アデル様が再び懐から本を取り出して、ぱらぱらとページを捲り、
何かをじっくりと読んだ後に、彼は棒読みではあるが『ユリアを俺に下さい』
と、何処かで聞いた台詞を言ってのけました。
『俺はユリアと、結婚を前提にお付き合いとやらをしたい。
生涯を共にする娘をユリアと決めてから、俺は救われた。
だから今度は、俺がユリアを幸せにする番だ』
『アデルバード様……其処までユリアちゃんの事を?』
『ああ、この言葉に二言は無い。この血と名にかけてユリアを大事にすると誓う。
ユリアは俺の気持ちを受け入れてくれたから、今度は俺がそれに精一杯応える』
おじ様の一人が聞くと、それにアデル様は静かに頷いた。
なんだかアデル様は、また何かの影響を受けているのではないか?
以前はユーディから借りた本で、メイドと主人の恋愛について学んでいたし。
(アデル様は根が素直だから、すぐ信じてしまうし)
今回もまた本の影響を受けている気がする。
今度は何の本を読んでいるのだろう?
思い切って背伸びをして、アデル様が読んでいる内容を私は見た。
プライベートだからなんて、言っている場合ではなくなりましたよ。
(むむむ……?)
それは女性とのお付き合いに関する指南書のようなものらしい。
アデル様はお付き合いしている女性の親に、
ご挨拶に行く時の定番の台詞の例文を、
まさにそのまま言っていたのである。
『ア、アデル様……』
既にそんな物を用意していたという事は、
恋人になる前から、結婚する気満々だったと言う事でしょうか?
私が呆然としていると、おじサマーズが『娘はやりたくない』と言い出した。
皆様も定番の台詞を言ってみたかったんですね? おじ様……。
『1人1回ずつだぞ』って、後ろで言い合っている声が聞こえているんですが?
『……』
『いずれはユリアと夫婦になって、彼女の寂しさを埋めてやりたい。
夫として守り、大事に大事に育てる』
アデル様は尚も食い下がって、お嬢さんを俺に下さい発言を繰り返していた。
応用がまだ分からないのか、いやそれよりも聞いていて恥ずかしい。
顔が火照って、アデル様の顔は勿論、皆さんの顔も見られませんよ。
……それよりも、最後の“育てる”って何っ!?
とっても気になるんですけど!
『お前達が、ユリアを大切にしているのは俺にも良く分かっている。
だからこそ、こうしてきちんと話を通そうと思った。
俺達の仲をどうか認めて祝福してくれないだろうか?
俺はユリアを悲しませたくない』
次第におじサマーズ、おじいちゃマーズもアデル様の本気が伝わったのか、
顔を見合わせて、こそこそと何やら相談を始めた。
小さな声で、『どうする?』、『どうしようか』と話す声が聞こえてきて……。
――その前に皆さん、まず私の意志は~? 私の話はここでも無いのでしょうか?
(えーと、えーと、私、一応当事者なんだよ?)
やがて、代表者のおじいちゃまの一人が重々しく進み出て来ました。
このお屋敷で最年長のお方です。
『……アデルバード様、ユリアちゃんを本当に幸せにして下さいますか?
この娘は寂れていたこの屋敷に、春を連れてきてくれました。
血は繋がっていないが、わし等はこの娘を本当の孫や娘のように大事に思っております。
泣かせるような事だけはしないで頂きたい』
『ああ、勿論だ。俺の全てでユリアの幸せを、未来を守る。この名と血にかけても』
『アデル様……』
えーと、えーと、まだ其処までのお話についていけないのですが?
というか、私は部外者扱いの気がしてきましたよ?
恋人=婚約者って事ですか? 本当に展開が早すぎます!
おじサマーズ、おじいちゃマーズは、私が遠くに嫁ぐよりも、
アデル様に嫁がせた方が寂しくないと言う最終判断に至ったのか、
娘(孫)を宜しくお願いしますと、一斉に頭を下げる事となりました。
――おおお~い、私、私の意志は~っ!?
『リ、リファ……?』
『クウン?』
助けを求めた私に、リファは視線をそらしてしまうし。
そうですよね。リファはアデル様の従者ですし、他所へ行かせる位なら、
アデル様にと考えても仕方ないですよね。
『み、味方が居ない……』
『みい? ティアル、イルヨ~?』
がっくりとうな垂れたら、ティアルが私の頭を前足でなでなでしてくれた後、
ぎゅっと抱きついてくれました。でもあの……顔に抱き付かれても。
これはこれで、ティアルのお腹を堪能できて至福なんですけど、息が……。
ぷはっと、ティアルの両脇を持って顔から引き離すと、
ティアルはこてんと首をかしげていた。
『みいみい、ユリア、ケッコンッテ、ナニ?』
『ええと……好きな人と生涯一緒に居る……って誓う事かな?
うーん。説明が難しいなあ、ティアルにはまだ早い話ですかね』
『みい?』
まだ、この子にはその意味が分かっていないようですし。
『……そうか、じゃあユリアちゃんは、アデルバード様の元へ嫁ぐのか』
『それなら寂しくないよな。一つ屋根の下だしな』
『ああ、俺らも安心だ』
『ううっ、ユリアちゃん、幸せにな?』
そんな訳で昨日は皆様からお祝いされ、そのまま宴会を始めてしまわれて……。
完全に外堀が埋められてしまいました。
お祝いムードだったし、皆さんは全員はしゃいでおりますし、
アデル様は始終幸せそうで……公認カップルとなりました。
とても、とても「無かった事に」とか、「ドッキリ」とかで、
流せる状況ではなかったわけで……。
羞恥心も合わさって、私のヒットポイントは大幅にダウンした気が……。
※ ※ ※ ※
「はあ……」
昨日の事を思い出すだけで、羞恥心で顔が火照る。
あの後は、どんな顔でアデル様に接すればいいか悩みましたよ。
なんというか、公認の仲というのも居た堪れなくなりますね。
もう少し……そう、何ですか、手紙のやり取りとか、
スキンシップを余り必要でない所から始めて頂けないものでしょうか?
恋愛初心者には、ハードルが高すぎますよ。
「みいみい、アタラシイ、オトモダチナノ」
告白の発端となったぬいぐるみ版アデル様は、
ごたごたして直ぐに洗ってあげられなかったのですが、
私が入浴する際に、一緒に洗ってあげて暖炉とリファの風で乾かしてもらい、
本来のふわふわな姿へと変わりました。
ティアル、大喜びで抱きついております。
「~~っ」
「クウン?」
「あ、大丈夫です。熱は無いですよリファ」
そのぬいぐるみを見るたび、私の頬はまたも火照ってしまい、
アデル様を前にしているかのような状況に陥っていた訳です。
思い出したように、余り布を出してリボンを作り、
それに鈴をつけて、尻尾に結んであげたら、
アデル様のミニチュア版が完成したせいでしょうか。
昨日の一件が思い出されて、恥ずかしさで居た堪れなくなりますよ。
(私が関わった事で、構築された私の知らない別の物語か……)
私の世界でも、未来なんて予測出来る訳じゃなかったけれど、
これからどう作用していくのかが分からないと、こんなにも不安になるとは。
「みい?」
「とりあえず……この机の上の物をどうにかしないといけませんよね」
アデル様と恋人関係が確定してから、
知り合いと言う知り合いから、手紙がわんさか届いているんですね。
ええ、事の真相を本人から聞こうとする人や、お祝い目的で連絡してくれた方々がね。
「それにしても、一晩でこんなに良く集まったなあ……」
勿論その中には、ローディナ達や王子サマーズも含まれており、
ラミスさんに至っては、「大丈夫か?」と心配するものも含まれていました。
「この短時間で、どう伝わっているのか……かなり気になりますが、
と、とりあえず、皆様にお返事を書かないと」
「みいみい、ティアルモ、ママト、ルディ、オテガミスル~」
「ええ、それじゃあ一緒に書きましょうか?」
「みい、ハーイ」
恋人になった初めての夜。アデル様はまるで水を得た魚のような状態となり、
眠る時になったら、どちらの部屋で一緒に寝ようか? と、
私の手を引いて自分の部屋に誘ってきたり、ほ、頬にキスしてきたり……。
(今までは額ばかりでしたが、恋人になった途端に頬にするようになりましたよ)
いや、恋人だと、そういう事は当たり前なのかもしれませんが、
流石に急にこんな風になるのは色々と気持ちの整理がですね?
そんな訳で、昨日は何時も通りにあにまる姿で眠りました。
で、安心したのもつかの間、私へ給餌をする為に、
昼に一時帰宅する事になるとは思わなかった。
昨日の今日で、これほどに接触が多くなると困りものです。
押し倒されるのが時間の問題のような気がしてきますよ?
何処かでまたOKサイン出さないか、今からヒヤヒヤしているんですが。
でもそうか、恋人になったということは、
今までよりも、こういう接触が増えると言う事なんですよね?
相手は龍のお兄さん。人間での羞恥心は余り分からないのかも。
(情熱的なのは、これまでの事で良く分かりましたが、
このままでは私、お仕事も取り上げられてしまいそう)
そう、実は恋人という地位が確定してから、
アデル様はメイドを辞めてはどうかと言いだしたのだ。
大事にする。その言葉を忠実に守ろうとしたんですね、きっと。
この世界の家事は私の世界のものよりも、まだ重労働な事も多く、
出会ったばかりの時に、いつでも辞めていいと言っていた事もあり、
今がその時ではないかと思ったようです。
(ま、まあ確かに今は、ユーディとイーアが居てくれますが)
まだ人手不足がある屋敷で、私だけ元のお客様モードになるのはちょっと。
アデル様は私をいずれは妻にと考えているから、苦労させたくないと思ったのでしょう。
貴婦人の奥方でも、使用人を指導する為に家事が一通り出来ないといけないらしいが、
手の荒れる仕事も多いため、アデル様は以前から気にしていたようだ。
結局、私がお願いして現状を維持させて頂きましたが、
危うく……メイドヒロインすらも降格する危機でしたよ。
そんな事になったら、ユリアに託された役目も果たせない気がする。
その時のやり取りで、私が花嫁修業したいのだと誤解されたようですが、
……まあ、この際そういう事で流しておきます。
「今までも……十分すぎるくらいに大事にされて来たんですがね」
そう、私はアデル様に保護して貰ってからずっと幸せだった。
水仕事で荒れた私の手に、毎晩クリームを塗ってくれて労わってくれるし。
それにこうして祝福してくれる人達が居るって事は、
私がして来たことは全て間違いではないと思えるから。
「みい?」
「クウン?」
「ううん、何でもないです」
そうそう、恋人になった衝撃ですっかり後回しになっていたけれど、
昨日、私が出会った二人の主人公、アンとディータの事と、
神様らしき人を見かけた件をリイ王子様に伝えておかないと。
唯一の協力体制を築いているのは、彼だけですからね。
主人公である二人が、これからどんな道を歩むのかは分からないけれど、
せめてこれ位は、二人の為にお膳立てをしてあげたいなと。
そして出来れば、アデル様の為に良い方向へ進んで欲しいと思う。
サポートキャラを欠いた今の状況では、苦労するのが目に見えているし。
(ユリアとしての能力は少しずつ身について来ている。
後は私の失われた記憶を出来るだけ思い出さないと)
今の私が出来る事は少ないけれど、前向きに前進あるのみですよね!
「みいみい、リファニモ、オテガミスルネ~?」
「クウン?」
横でティアルが肉球にインクを付けて、
ぺったんぺったん手紙を書いているのをリファと一緒に見守りつつ、
私はリイ王子様へ昨日の出来事を伝える事にした。
主人公二人の件は詳しく話せないけれど、
この世界に強い影響力を与えるかもしれない存在だと言うこと、
もしも彼らが困っていたら、出来る範囲で手助けを願えないかと。
戸惑った私を取り残したまま、全く知らない物語は着実に動き出していた。
平穏な日々の中で、静かに何かの兆候の種は芽生え始めている気がする。
その先になにがあるのか分からぬ侭に、前倒しになった物語の本番。
こみ上げる不安を感じながら、今の私は最善の道を模索していた。
アデル様とユリアが幸せになれる。たった一つの選択肢を選ぶ為に。




