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64・世界の中心に居る人

 


 ローザンレイツで年に一度の大きなお祭り、収穫祭。


 その収穫祭の日が近づくにつれ、着々と王都ではその準備が整い始め、

他国からも商人や観光目的の人が沢山やって来るようになりました。


 特に今年は、建国されてから大きな節目となるという事で、

大々的なものになると予想されており、今から盛大な物にしようと準備に大忙しです。



 そして、王都が活気付き始めている頃、

私は買出しの途中で小さな露店に目を向けた。

そう……その時の事を表現するのならば、「運命」これに尽きるだろう。


 見れば沢山のぬいぐるみの中に埋もれた。とても気になる物体……。

本来ならば、数に埋もれて気にも留めないと思うけれど、

私の本能が働いていたのか、なんと真っ先にその物体に目が行ったのである。



――というか、目が合った。


「……こ、これは」


「お? お嬢ちゃん変わってるねえ……。それが気になるのかい?

 これは誰も買って行かないんで、今では生産も中止した奴なんだよ。

 誰も興味示さないんだよね~……まあ、異端の龍だし、

 人気のない色だから仕方ないんだけどさ」


「そ、そうなんですか?」


「ああ、人気はやっぱり神の使いと言われる白龍かな、

 教会関係者の方も買って行く事がある位だよ。

 後は青龍とか、紅炎こうえん龍が人気あるかな。」



 棚には犬や猫、ウサギなどの定番のぬいぐるみに混じって、

龍を可愛くデフォルメしたぬいぐるみが並んでいたのだが、

その中でも、何だか哀愁を漂わせているぬいぐるみが一つだけあったのだ。


 六色の龍、この世界を維持する為に必要な龍がぬいぐるみとなっていたのだが、

一つだけ、店の片隅でほこりをかぶっている龍のぬいぐるみがあった。



「これ……蒼黒龍……ですよね?」



 そう、其処に寂しげにあったのは、蒼黒龍のぬいぐるみ。

蒼みがかった黒い生地に、紫のつぶらな瞳で可愛らしくなっているのだが、

他の数多くの龍のぬいぐるみの中で人気がないからと、

一つだけぽつんと隅に置いてある。


 それがなんだか、まるで自分の知っているアデル様のようで……。

ほこりをかぶり、誰からも求められず、頭がしょぼんと項垂れている。


そんな様子に私は見えて、それは今まで私が脳内で考えていた、

アデル様の哀愁が漂う龍の姿に見えた。



(ア、アデル様があんな所で寂しそうにしているんですけど……っ!?)



 仲間も居なくて、一人……いえ、一匹ぼっちで寂しそうに……。

それはまるで、オプションで下にダンボール箱も配置して、

箱の縁に前足を引っ掛けて、こちらにキュウウンと泣いて訴えているかのようだった。



(げ、幻聴で声が聞こえてきそうなんですけど……っ!)



 見ているだけで、もう涙腺が崩壊しそうです。

私の目には、まるでアデル様がそこで悲しんでいるように見える。

だから、このまま見捨てて置く事が出来なかった私は、

思わず使命感が湧いて、バッグからお財布を取り出した。



「――す、すみません。あの子おいくらでしょうか?」



 アデル様をあの中から救い出さなくては……っ!!

私は涙目で、ほこりまみれのぬいぐるみを指さした。



「あ? ああ、本当にこれでいいのかい? 他にもっと良いのが……」


「はい! その子がいいんです。その子じゃないと駄目なんです!!」


「そ、そうかい? ……お嬢ちゃん本当に変わってるねえ。

 じゃあ……幾らかおまけしてあげようね? どうせ売れ残りになる筈だったしさ」


「いいいええ! 他のと全く同じお値段で頂きたいです!

 みんな平等!! これ、大事です!! 大事ですよ~?」



 アデル様を三割引きで、三割引きで買うなんてっ!!

捨て値で買い取られるなんて事、あってはならないのですよっ!


 そんな事をされたら、まるでアデル様の価値を下げられたみたいじゃないですか!


 だから平等に、同じお値段で購入させて頂くのが一番だと思います!

何時もは値切りに頑張る私ですが、今回ばかりは原価で買わなくては!!


 私はぐっと握り拳を作って、「需要はある、人気はあるんです!」と力説し、

蒼黒龍のイメージダウンを密かに阻止しました。



「私は蒼黒龍が大好きですから!」



 勢いづいて、少々店主のおじさんが引いておりましたが、

私はぬいぐるみのアデル様を救うという使命感に燃えており、

それどころではありませんでしたよ。ええ。


 そういう訳で、ぬいぐるみ版アデル様。お買い上げです。



「ありがとよ~お嬢ちゃん」


「はい、こちらこそ……売って下さってありがとうございました」



 ほくほく顔でお金を受け取ってくれた店主に、私もお礼を言うと、

手渡された蒼黒龍のぬいぐるみを大事に受け取り、ほこりをぱたぱたと払った。

少し汚れているけれども、ほつれとかは無さそうだ。

これなら、洗えば他のと同じ位に綺麗になるだろう。



「うう……ぬいぐるみ版アデル様、お労しいお姿で……。

 もう、もう大丈夫ですよ? 一緒にお屋敷に帰りましょうね?」



 そんな事をぬいぐるみ版アデル様に話しかけ、ぎゅっと抱きしめる。



「クウン?」


「みい、ユリア、アデルノヌイグルミ?」


「ええ。見て下さい」



 足元で私を不思議そうに見ていたリファとティアルに、

私はしゃがみこんで、買ったばかりのぬいぐるみを見せてあげる。

大きさはティアル達よりも一回りか二回り位大きめだ。



「これ……アデル様に似ていると思いませんか?

 だから、あのままにして置くのは可哀そうで……。

 お屋敷に連れ帰って綺麗にしてあげたいなと」



 売れない余りに、廃棄寸前だとも聞いたし、

あのままだったら、きっとお祭りの後にでも捨てられたかもしれない。


 アデル様がゴミのように扱われるなんて……っ!?


 誰にも省みられずにいるなんて……っ!!


 とてもじゃないけれど、私にはそれを見過ごせなかった。


 

「絶対に救い出したいと思ったんです」


「クウン」



 こくっと頷いたリファは、私の気持ちを理解してくれたようで、

前足でなでなでと、ぬいぐるみの頭をなでてくれます。

つられてティアルも、その頭をぽんぽんっとなでてくれた。


 今日からこの子もお屋敷の仲間です。どうか仲良くしてくださいね?


 綺麗にしたら、アデル様のお気に入りの場所に配置して、

おそろいの干草クッションを作ってあげて、日向ぼっこさせるんだ。



「ティアルはぬいぐるみが好きでしたよね、この子とも仲良くしてくれますか?」


「みい、ティアル、イイコ。イッショ、ネテモイイ?」


「ええ、仲良く眠っていいですよ。まあ、その前にこの子を綺麗に洗わないと……」


「みいみい、ワーイ! ティアルモ、キレイキレイ、テツダウノ~」


「クウン、クウン」



 リファも目をきらきらとさせて、尻尾を振っている。



「ふふっ、ありがとう」



 屋敷に帰ったら、アデル様とおそろいのリボンを尻尾に結んであげよう。

このぬいぐるみの名前は勿論、“アデル”として密かに名づけさせてもらいますよ。

ええ、それ以外に何がありますか? 


 遠征討伐にアデル様が行った時には、抱っこして寝ようかな。

最近は、近く大規模なお祭りが控えているから、

アデル様は忙しくて屋敷に居る事が少ないし……。


 私はそう思って、うきうきとリファ達を連れて買い物を再開する。



「ええと、まずどこへ行こうかな……? 重いものは最後にして、

 あ、ティアル、私達から離れちゃだめですよ?

 ここは人通りが多い所ですから。迷子になったら大変ですし」


「みい、ティアル、イイコスル、オヤクソクナノ」



 この時期、王都は一番の稼ぎ時だったりします。


 お祭りが近づくと物価が高騰こうとうするので、家計を預かる身としては、

今のうちに多くの食材を買い占めておかないといけません。

だから本日は買い溜め要員として、お屋敷メンバーの数名と手分けをし、

買い出しに出かけております。


 まあ、そのお陰で、このぬいぐるみも見つけたという訳なんですが。

今日は良い買い物をしました。お祭り前で余り散財は駄目だと思っていましたが、

アデル様似のぬいぐるみとあっては、買わない訳にはいきませんよね!



「――……ん?」



 そんな事を思いながら、メモを片手に歩いていると、

ふと何かにきつけられる感覚で目線をあげた。



――なんだろう……この感じ……。



 気になる方に目を凝らせば、いちの中で遥か前方を歩く人の中に、

私は一際ひときわ目立つ容姿の女性を見かけた。

後姿なのだが、髪は腰までゆるく流れるような長い赤紫の髪、

ツーサイドアップにしたその髪には、黒いクラシックなリボンで結んである……。


 ――はて? この人、何処かで見たような?



 そんなデジャヴュに見舞われて、とっさに私はさっと物陰に隠れて眺めてみた。



「……?」



 そして、マイクワークできたえた足取りで、そそ、そそっと後をつけてみる。

気分は、スパイメイド・リターンズですよ。


 何だか、無性に無性に気になるんだな、これが。

こういう時の直感は信じていいと思います。

という訳で、ここはじっとじいいいっと観察してみる事に……。



(ええと、服は上下同色の白、すそにピンクブラウンのラインの入った……制服かなあ?)



 白のプリーツスカートに、白のボレロ? みたいな格好で、

同色の長いブーツを履いているのだけれど……。



(やっぱり見覚えがあるなあ……格好はともかく)


 髪型……見た事あるよね?


 後姿……とても見覚えがある気がする。



(……あれ? でも何でだろう……なんでこんなに気になるの私?)



 よく言うよね“オーラがある人”って……。

まさにそんな感じのものを、彼女は持っているように私には見えた。

その他大勢の中に居ても、埋もれる事のない存在感。


 有名な役者とか歌手が、必ずといって良いほど持っているソレ。

ローディナみたいな感覚を私はその時感じ取っていた。私も欲しいぞ、そのオーラ。



(この空間に一際ひときわ目立つ存在感……きっと只者じゃない!)



「クウン?」


「しっ!」



 私はさっと口元に人差し指を当てて、二匹に合図する。

するとティアルは前足でさっと口を塞ぎ、リファは首をかしげながらも、

私の行動に静かに従ってくれた。



「……によると、……だから……えーと……」



 遠くから聞こえてくる彼女の話し声、覚えがない……筈なんだけれども。

何だかつい最近、彼女の声を身近で聞いた事があるような?

それでいて、一緒に走った事がある……走る?



「――……あ」



 ちらりと彼女が横を向いた時、私はそれが誰か気が付いた。



――あの子! きっと”アン”だ。アンフィール!! 


 ゲーム「蒼穹のインフィニティ」での女版の主人公!!

つまり、この世界の中心に居る人物だ。


 これまで同じ王都で暮らしていながら、一度も会う機会がなかった彼女。

夢の中で見た姿そのままで、私の目の前に居たのである。

あの時の夢の中では暗がりだった事もあり、ぱっと見で分からなかったのだ。



(い、いつかは遭遇するかもとは思っていたけど……。

 まさか、こんな所で会う事になろうとは)



 ……はて? でもよく考えてみたら、“会った”という表現はおかしいか。

この状態だと、私だけが彼女を知っている状況だし、

遭遇したと言った方が……それじゃ、熊か。うん、じゃあ、見かけたという事で。



(うーん……まだ早すぎる展開だし、他の人達はともかく、

 自分から率先して彼女と知り合うのはちょっとね……。

 あ、でも今は知り合いではないから、通り過ぎても何ら問題はないかな?)



 今、彼女がどんな未来を望んでいるのか、ものすご~く気になる所ですが、

想定外な状況になると、ローディナの時の様なトラブルになる気がする。

そう、不測の事態に陥る可能性があるのだ。


 ならばここは、野次馬根性の好奇心を抑えて、

「見なかったフリ」をするべきだと考え直し、

私は別の道から行こうとした……んだけれども。



「――あっ、こっちの道なんか薄暗いなあ……何があるんだろ?

 まだ行った事ないから、行ってみ……」


「うわああっ! そっちは危険区域です~っ!」



 思わず叫んでしまった。慌てて口を両手で塞ぎ、さっと建物の陰に隠れる。

危ない危ない。自分から特攻して正体明かす所でしたよ。



「……? 今……誰かの声が聞こえた気がするんだけど……?」



 アンは私が隠れた後、そうつぶやき、どうやら此方を振り返って見ているらしい。


 私はばくばくと早まる鼓動を抑えようと、胸に手を添えてじっとそれに耐えた。

すると彼女は確認するのを諦めたらしく、視線を戻して入ろうとしていた道をやめ、

人通りの多い、安全な道を歩いて行きました。



 で……安心したのもつかの間。


 

「おう、お嬢ちゃん。これ買っていかないかい? 当店の目玉商品、掘り出し物だよ~。

 値段はちょいと張るが、元は十分取れるぜ」


「へえ、そうなんですか~確かに不思議な石ですね~」


「ああ、なんせレアアイテムの、蒼黒龍の龍星石りゅうせいせきだからな!」



(嘘だ! 実物はアデル様に見せて貰ったもの、

 あんな、毒々しい色なんてしていませんでしたよ!!)



 アデル様が持っている本物は、彼の瞳の色のように綺麗な紫色をしているもの。


 明らかに国の営業許可を取っていないであろう、怪しげな露天商の店主に、

通常価格よりも高くお金をふっかけられていたり、

知らない人に腕をつかまれて、連れて行かれそうになっていたりとしていて……。


 

(ちょっとこれって……私が目を放したすきに、

 何かとんでもないトラブルに巻き込まれるんじゃないの? これ……)



 彼女は私のように、いつも誰かが護衛に付いてくれている訳じゃない。

ここで私が離れたりしたら、何か事件か事故に巻き込まれて、

後味の悪い状況になるんじゃないかと思ってしまった。


(それこそ、翌朝の新聞に載ってしまうような?)


 私はハラハラしながら、彼女の後をこそこそと付いて行き……。

その途中で――……。



「……おや、ユリアちゃんじゃないか、さっきから何してるんだい?」



 ……と知り合いのおばさま達に声を掛けられ……。

私は直ぐに静かにと合図を送りました。



「し~……」


「ん? ……かくれんぼかい?」


「みい」


「ああ、リファちゃんとティアルちゃんも一緒かい、今日も可愛いねえ~」


「お菓子食べるかい? 今度の祭りで売り出す新作なんだよ。

 はい、ユリアちゃんも食べな。美味しいよ~?」



 そう言いつつ、おばさま達は一緒に居るティアルとリファに、

焼きたてのお菓子を与えてくれました。そして私にも。

動物好きな方達からは、ちょっとしたアイドルなんですよね。二匹とも。


「いつもすみません。ありがとうございます」


「みい、みい」


「クウン……」



 頭を下げてから、もぐもぐと嬉しそうに口を動かすティアル達の横で、

私も頂いたマドレーヌの様な焼き菓子を頂きつつ、じ~っとアンの観察をする。


 な、なんかスパイらしい感じがしますよ、張り込みしているみたい。



「いつもありがとうございます。おばさま方。

 これ、スパイスが合って凄く美味しいですね。

 いけるんじゃないでしょうか? これなら小さい子でも食べやすいと思います」


「そうかい、そうかい。ありがとよ。じゃあこれは採用だねえ」


「ああっ!? ま、また怪しい人に声を掛けられてる!?

 すみません! あの子を助けてあげて下さいますか?

 私では怖くて近づけないので……っ」


「え? あ、ああ、分かった」


「確かにユリアちゃんじゃ、ああいう奴らにはなめられるだろうねえ。

 よし! おばさん達に任せときな!!」



 腕まくりをしたおばさま数名がアンを助けに行ってくれました。

ありがとうございます。このご恩は忘れません……合掌。


 そうして私は彼女が危険に巻き込まれそうになるたびに、

各所で警備している知り合いの騎士団の人達や、

近くの店のおばさまや、おじ様達に助けて貰ったりして事なきを得ていた。


 そして徐々に近づいていく私が居る。

相手にばれない様にする緊張感を感じつつ、後を追います。



「~~物怖じしない方なのでしょうか? 

 ああ、こ、これはサポートキャラとしてのさがという奴ですか?

 ユリアとして放っておけない、放っておけないよ!」


「みい……ユリア、アノコ、トモダチ?」


「え、ええと、ちょっと違うのですが……はは。

 ちょ、ちょっと傍から見ていて危なっかしいので、

 少し付き合って貰っても良いですか?」


「グルル……」


「みい~……」


「……ん? ど、どうしたのですか? 二匹とも……」



 気づけば、傍に居たリファは体勢を低くして、

やたらグルグルうなり声を上げているし、

ティアルはティアルで、耳をへちょんと垂れて小さく震えていた。


 もしかすると具合でも悪いのかと、心配してしゃがみこめば、

ティアルがぎゅっと前足で私の足に抱きついて来る。



「ティアル?」


「みい……ティアル、コワイ……」


「怖い? 何が怖いんですか?」


「みい……」



 ティアルはそれ以上言えないようだった。

二匹の視線を辿れば、それは私が尾行しているアンへと向かっている。


 人懐こいティアルが、こんな事を言うのは初めてで私はとても驚いた。

あのアデル様にも物怖じせずにいるし、ラミスさん達にも懐いている。

それなのに、親しまれやすそうな彼女を怖いと言うなんて……。


 もしかしたら、私には感じ取れない何かを、

この二匹は感じ取っているのかもしれない。



(主人公の何かっていうと……もしかして主人公属性?

 確かに周りへの影響力が凄く強い気はしますが、

 動物の本能とかで……それを感じているのかな……?)



 ほら、人間では大丈夫なものが、

動物だと駄目って事が色々ありますよね。それかな?

それに物語でも、いきなり仲良くはなれないのが普通ですからね。


 私はティアルを抱き上げて、背中をぽんぽんと当ててあやしてあげる。

小さい子供と同じ、ティアルが一番落ち着く方法だ。



「で、でも……あの子を放ってはおけないですし……。

 ティアル、先にリファと一緒にお屋敷へ帰りますか?」



 無理につき合わせて、怖い思いをさせるのは可哀想で、

私はこのままお屋敷に帰ってはどうかと提案をして見る。

屋敷には、お留守番のイーア達が居る事ですし、寂しくは無いと思いますから。



「み! ティアル、ツヨイコ……ユリア、マモルノ。アデル、ヤクソクシタノ」


「でも……あ、それじゃあ、リファは……?」


「クウン!!」



 勿論付いて行くと言わんばかりに、地面を前足で、てしてし叩いております。

尾行続行となりました。私は本当に大丈夫かな……? と心配しつつも、

震えるティアルを抱き上げたまま、アンの後を追います。



「もし、具合が悪くなったら言って下さいね?」


「みい……」



 この時、私は気づかなかった。気づきようもなかった。


 リファ達が本能で感じ取っていた「もの」が、

この先の未来に大きく関わっていたことを――……。



 ※ ※ ※ ※



 それから数十分、事態は一向に好転せず。


 トラブルメーカーって言うんでしょうか……。

彼女、まさにそんな感じのお方だったようですよ。


 まさか自分から危険な所へ、ノリノリで向かう方が居るとは思いませんでした。

もしかしたら、彼女は王都に来て間もないのかも知れませんね。



(……そうか、それで勝手がまだ分からないのかな?)



 王都の中には人が多くなればなるほど、治安が悪くなる所も各所に点在する。

定期的に騎士団の人達が巡回するものの、やはり相手も知恵を働かせてくるので、

見えない所で悪事をする事も多いらしい。


 私はアデル様に保護されたばかりの時に、

この街の治安の悪い所を念入りに教えられていたから、

安全ではない場所を熟知していた。



『ユリアいいか? この地図で書かれた場所は治安が悪い。

 定期的に騎士団が回っているが、興味本位で近づいては駄目だぞ?

 一応リファはこの王都の地理を分かっていると思うが、

 くれぐれもここのエリアには近づくな、分かったな?』



(――……って、アデル様が言っていたし……)



 ……それがまさか、こんな所でその知識が役に立つとは思いませんでしたよ。ええ。



(会う訳にはいかない、いかないんだけれども……っ!

 せめて、せめて彼女が無事に家に帰るか、誰か知り合いに会えるまでは、

 見守ってあげないと……あげないと……っ!)



 ぷるぷると震えながら、アンがトラブルに見舞われそうになるたびに、

私はリファ達を連れたまま、後ろから助ける状況に陥っていました。


 時には先回りして看板を移動したり、道を塞いで安全な道に誘導したり、

古本を売っていた露店から一冊の本をお借りして、

その場にしゃがみこんで、素性を隠す為に本で顔を隠しながら、

声を作って、一人二役の即興演技インプロでアンに答えを教えたりもした。



「おかーさん! すぐそこの暗い道はなあに?」


「そこはね。怖い人達が沢山居る所だから、絶対に行っては駄目、

 とっても怖い目に遭ったりしたら嫌でしょう?」


「はーい! 分かったよお母さん!」



 大根役者で、すみません。すみません。

傍から見たら、私、怪しさ満点の女ですね~。

でも、必死に動揺した気持ちを抑えて演技するのは大変なんですよ。

声は演じるもののメンタル的な部分が出やすいので。


 特に、心の準備すら出来てなかった私からすると、

即興演劇インプロはかなりの難易度でした。

瞬時に設定と配役と台詞決めないと駄目なので……。


 でも、流石につちかってきた声優としての演技技術は、

私の中で自然と使う事が出来ていましたよ。



 台本代わりの本をわざと目の前に立てて話す事で、

「壁越しでの会話」をしている様に表現、

こうする事で、話す時の音が若干遮られて、

聞く者が物で隔てられている感じで聞こえるんですね。


 私は即座に、これで家の中で会話をしている風にも装いました。


 他にも、彼女にさりげな~く伝わるように、

ウィスパーボイス……つまりはささやき声を風に乗せて、

彼女に教えてあげたり……。


 なんだろう……私、まるで舞台袖であくせく働くスタッフのようですよ。



「ふ~ん。そうなんだ……じゃあ、あっちの道に行こうかな~?」



(――うわああっ! 駄目! そっちも工事中で駄目だから!!)



 どうするよ、これ? 彼女、今までどうやって生きてきたの?

……と、言わんばかりの巻き込まれっぷりです。



「け、警戒心が無いのかな……?」



 なぜ、よりにもよって、無数にある選択肢の中から、

最悪なものばかりを選ぶんですか!?



(いや、確かに彼女、イベント起こしまくりの主人公枠ですけど、

 まだ物語とは関係ない所でもこれって……どうなんでしょう?)



 主人公枠の属性に、なんと不幸体質トラブルメーカーが加わっておりました。



(しかも! ずば抜けている!!)



 私も結構、巻き込まれ体質だとは思いますが、

彼女の場合はそれを遥かに上回るかと思います。何せ、率先して突っ込んでる。

悩みもしないよ、どうするよ。



「一日でこれだけ多くのトラブルに巻き込まれるって……。

 ある意味、とってもレア体質なんじゃないかな?」



 周りを見回して見ても、攻略出来そうな人なんて現れそうにありません。

……という事は、誰の助けも来てくれないと言う訳です。



 イコール……本編始まる前に、自動バッドエンド?



(うわあああっ! そっち、そっち行っては駄目ですって!

 危ない、危ないから~っ!! なんで逆走を選ぶんですか~!!)



 好奇心が旺盛おうせいなのは分かるのですが、

アデル様が私に、絶対に近づいてはいけないと言っていた。

あの裏街へと通じる裏道を、なぜか、ことごとく好んで入って行こうとするので、

私は流石に見捨てて置けずに、わたわたと慌てながら彼女の後を追う。


 けれど、とうとう彼女は回り回って裏街へと歩いて行ってしまった。



――あれ~? 私の今までの苦労は何処へ~?



(……お、恐ろしい。彼女、究極の方向音痴だ!)



「つ、連れ戻さなくちゃ!」




 腰元に下げてある二つの短剣の存在を確認してから、

私はティアルとリファを抱き上げた。急がないと見失ってしまう。

角を曲がって行った彼女を追いかけた私だったが、

アンの足はどんどん速くなり、ついに見失ってしまった。


――足、はやっ!?



「うそ……どうしよう……っ、もしかして尾行しているの気づかれた?

 大事にならないうちに、誰か騎士団の人を呼ばないと……っ」



 急いで来た道を引き返そうとした――その時だった。



「きゃああああっ!?」


「!?」



 それは緊急を知らせる女性の悲鳴。

見失った暗がりの先から聞こえて来たものだった。


 全身からさーと血の気が引いた気がした私は、

リファに合図を送り、元の大きさになってもらうと、

抱いていたティアルを下ろし、腰に下げていた短剣の柄を握る。


 バッグの中には卵煙幕も一応入れてある。

すきを作って、彼女を逃がすだけなら……私でも出来るかも知れない。



「リファ、もしもの時は盛大にお願い!! ティアル、離れないで下さいね?」


「みい! ティアル、オテツダイスル!」



 私達は声のした方へと急いで駆け出す。

騎士団の人達を探して、助けを呼びに行っている暇などなかった。

こんな所で見失ったら、悪い人達に連れ去られて終わりだ。

迷っている暇はない、彼女は危険な目に遭っているのだから。


 背後を取られぬように、建物の影に背中を預けつつ、

慎重に二つ、三つ角を曲がり、辺りの様子を見回した時だった。


 視界の隅に動く人影に気づき、ばっと其方の方向に目をやる。



「え――……?」



 薄暗がりで最初はよく見えなかったが、よく目を凝らして見れば、

声がした所には柄の悪そうな大柄な男達が地面に倒れていた。

その中心には、一人の紺色のマントを纏っている少年が立っており……。

彼の手には暗がりでも分かる程の、刀身の長い両手持ちの大剣を握っていた。



――まさか……あの子が一人でやったの……?



 短い紫色の髪をした小柄な少年……。年は15、6歳位だろうか?


 その少年が、男達を見下ろす赤紫の瞳は冷ややかで、

見ているだけで、ぞくりと寒気がするほどだった。

まだ、あどけなさが残るその顔で、迷い無く目の前の男達を倒したのだろうか。



「誰だ?」


「……っ」


「――……ん? 君は……?」


「あ……」



 私の気配に気づき、目の前の少年は視線をゆっくりとこちらに向けてくる。

その手には……大きな大剣が握られたまま。


 あれ~……なんか……これもデジャヴュ?

対リハエル王子様の時のような状況ではないですか? これ……。



「……どうやら……こいつらの連れとかではなさそうだね。

 こんな所で何をしているの? 女の子が一人で危ないよ?」



 びくりと肩が震えた私は、一瞬何を問われているのか分からなくて、

彼の向ける冷ややかな視線から目をそらせずにいた。

そしてやっとの思いで、問われた事の意味を理解して返事をする。



「あ……あの……わ、私は……っ、怪しいものじゃないです。

 さ、さっき、こちらから女の子の悲鳴が聞こえてきたので助けに……」



 そうだ! アンは、彼女はどうしたんだろう?!

きょろきょろと辺りを見回すが、アンの姿は見当たらない。

もしかすると既に何処かへ連れさらわれてしまったとか?



「あの、ここに赤紫色の髪の女の子を見かけませんでしたか!?」



 どうしよう、一体どこへ連れていかれたんだろう。

想定される事態を考えて、私はパニックで涙目になっていた。



「……ああ、それでか。うん、その女の子なら大丈夫だよ。

 彼女は先に、俺が安全な所へ誘導して逃がしてあげたからさ。安心して?」


「そ、そうなんですか……良かった」


「でも危ないよ? 悲鳴が聞こえたからってこんな所に来たらさ……。

 君みたいな若い女の子が、こんな暗がりの道を一人で歩いていたら、

 こういう奴らに逆に襲われて、連れて行かれるよ?」



 そう言いながら、彼は親指で後ろの男達を指差した。



「……あの、その人達……は……?」


「ん? ああ、こいつらの事? 大丈夫、大丈夫、ちょっと気絶させただけだから。

 王都の中で刃物沙汰を起こすと、こっちが面倒だからね。

 ここの騎士団に目をつけられたら、外もおちおち歩けなくなるしさ」



 私が女の子を助けに来たというのが分かった途端、

少年の印象はがらりと変わって、人当たりのよさそうな笑みを浮かべてきた。

彼が剣をさやに収め、こちらに向き合い暗がりから近づいて来た時、

建物の合間から差し込む光で、相手の容姿がはっきりと分かるようになった。


 彼は冒険者用の皮の鎧と、旅人用の動きやすそうな軽装をしていた。



 ……私はそんな彼の姿を見て、衝撃を受ける。



(あ……れ……もしかして、こ、この人って……)



「危ないから、人通りの多い所まで俺が送ってあげるよ。

 ああ、自己紹介が遅れたね。俺はディータ、ディータ・グランフォルチェ。

 一応、冒険者を目指してこの街に来たばかりなんだ。

 ディーって呼んでくれて構わないよ」


「あ、ありがとうございます。あの……私は……ユリアと申します」



 こんな事ってあるんだろうか?

でも、よくよく考えて見たら、それは当然の事かも知れない。

同じ国に居るのだろうから、こうなってもありえる筈だ。



――この人……男版の主人公じゃないか……!



(面影がとっても似ているし、これはきっと間違いない。この人は主人公さんだ。

 ど、どうしよう……出会ってしまったよ。

 しかも、とっさに挨拶あいさつしてしまったよ)



 そして、浮かび上がった1つの問題点。


 同じ世界に、主人公が”2人も同時に存在する”という事態……。



 こうなる事を私は想定に入れていなかった。ええ、まったくです。

きっと会う事になっても、どちらか1人だけだと勝手に考えていたのだ。

そしてそれは、きっと女主人公アンの方だとばかり思っていて……。


 だから、この状況が余りにも想定外の斜め上過ぎて、私は混乱している。


 でも……そうですよね。同じ世界の人なんだから、

プレイヤーとして選ばなかった主人公も、ただ物語りに絡んで来ないだけで、

こうして同じ王都で暮らしていても当然な訳で……。



(でも……この場合、私はどうすればいいんだろう?)



 2人もメインの主人公が居るという事は、

どちらを重要視して行動サポートすればいいのでしょうか?

まさか、同時進行で対処しなければいけないのかな?



 こうして私は……2人の主人公と遭遇するという状況に陥っておりました。


 この状況は想定外すぎますよ!




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