61・ユリア・ハーシェス
――ああ……まただ……。
それはある夜の事、静かな深い眠りに落ちていた私は、
以前に何度か聞いた不思議な旋律に導かれるように、
再びユリアの夢を垣間見ていた。
流石にこう何度も不思議な夢を見ていると、
その夢に入る時の感覚が、何となく分かるようになった気がする。
気が付くと、辺りは暗くて闇の中をあてもなく走っていた。
月明かりを頼りに森の中を走るのは、二人の少女、
一人はユリア、そしてもう一人は……同じ年頃の女の子らしい。
(一緒にいる人は誰だろう……?)
薄っすらと闇夜に浮かび上がる背格好や髪型を見ても、
それがローディナ達ではない事が分かったが、どこかで見かけた気がする。
何時も私と一緒だったリファは、ユリアの傍には居ない。
私からすればそれは異様な状況である。
あの子はどんな時でも私の傍に居て、守ってくれていたのだから、
今、傍に居ないという事が、私の中ではありえない状況だった。
(――なんで……ここでもリファが一緒に居ないんだろう……?)
そう言えば、ユリアが命を落とす時も傍にリファは居なかった。
ユリアに関する夢では、リファは一度も傍に居ない……。
そして、結理亜は、やっぱりユリアの体の中に存在していて、
その出来事をユリアの視点という形で垣間見ていた。
自分の意思で動けないし、感覚も何だか鈍い。
まるで、スクリーン越しで映画でも見ているかのような……そんな感覚で。
私は目に映る光景を眺めていた。
『――急いでくださいっ! 追っ手に見つかってしまいますっ!』
ユリアは懸命に後ろの少女に声を掛けて、彼女の手を引いて走る。
木々を掻き分け、気の根っこに躓き、手足が擦り傷だらけになっても。
遙か後方にはこちらへと近づいてくる無数の明かりがあり、
足音の数と怒号から、二人を捕まえるのに沢山の人間が使われているようだと分かる。
そしてユリアは、この少女を必死に彼らから逃がそうとしているのだろう。
……と言う事は、狙われているのは女の子の方らしい。
恐怖で顔を引きつらせながら、二人は追っ手から逃げている最中だった。
『で、でも、ユリア、私……もう……っ』
『頑張って下さいっ! 絶対にこんな所で捕まっては駄目!!
諦めては駄目です。立ち止まらないで、アン!!』
ユリアと一緒に居る女の子の名前は、“アン”と言う名前だった。
月明かりで漸く見えた少女の姿は、
ツーサイドアップにした腰まで流れる赤紫の髪に、同色の瞳をした可愛らしい少女だった。
服装は白をベースとした、ローディナのような女の子らしい装いをしている。
背丈はユリアと同じくらいだろうか。何となく、何処かで見た容姿だ。
(あ……そう言えば……)
アン、そうだ確か……その名前はゲームで主人公の名前を決めない時に決まる、
デフォルト名の愛称だったと思うのだが。
(と、言う事は……この子が主人公なの……?)
なんだか、未だに私は彼女と会えていない状態なのに、
その人とユリアが一緒に居るのは、とても不思議な光景だ。
(――ああ、でもそうか……)
私の知る物語では、ユリアと主人公は友人関係になっているのだ。
だから、この状況を見て、数ある未来の話の1つと理解する。
そしてこれは……以前見た夢の続き……ううん、
正確には夢で見た出来事の前に起きた話だろう。
アデル様がユリアを失い、魔物へと堕ちる前の――……。
きっかけとなった……出来事……。
『ここで捕まったら殺される。だから逃げなきゃ……っ』
そんな事をユリアは言って、泣きながら友人の手を引いて、離そうとはしなかった。
狙われているのはユリアじゃないのに、彼女は必死に友人を守ろうとしている。
心の中ではとても怖くて、逃げ出してしまいたい気持ちが伝わってくるのに……。
(……見捨てられなかったんだ。大事な友人だったから)
それがユリアの中に居る私には、彼女の気持ちが痛い位に分かった。
(そうか……ユリアはこうして巻き込まれてしまったんだね……)
彼女がサポートキャラとして、この世界に存在していたのならば、
ユリアは主人や仲間、友人を助ける為に行動するように性格が設定されているはずだ。
友人として、こういう場でも彼女を助ける役目も担っていたのだろう。
そしてきっとアデル様が不在中の時にはと、ユリアに彼女の事を託していたのだ。
でも、なぜ彼女が狙われているのかは、分からなかったけれど、
ユリアが彼女を必死に守ろうとしている事は分かった。
『居たか!?』
『いや、だが、こっちで合っている筈だ!!』
『お前ら探せ!! 見つけたら直ぐに容赦せずに始末しろ!!』
『相手は小娘だ。そう遠くへは逃げられない筈だ!!』
遠くから聞こえる。無数の男達の怒号。迫り来る脅威。
迫るのは明らかな殺意だった。息を潜めて隠れたり、隙を見て走り出す。
追っ手は無数の靴音から、かなりの人数だろう。
カチャカチャと、鎧を着ている者達が動いている気配も分かった。
相手は凶器となる武器を持っている……捕まれば命が無いとユリアは言う。
(彼女がこんな風に命を狙われるような出来事って……あったかな?)
思い出せない……。肝心な所で私はまだ記憶が途切れていた。
まだ、ここへ来た時の後遺症は残っているらしい。
そう言えば、ユリアに関する肝心な情報を今だ思い出せていなかった。
(演じてない部分なら何パターンもあるし、シナリオを把握出来ていないのもある)
魔物の気配にも怯えながら、二人は暗い森の中をひたすら走る。
道なき道を走り、木々の枝が通りすがりに当たって怪我をし、木の根や岩で足を取られた。
転んでも転んでも、ユリアは懸命にアンを起き上がらせて走る。
けれどユリアだって、そう長く気丈に振舞えるわけじゃないのを私は知っていた。
ユリアの心はずっと、アデル様に助けを求めていた。
でもそれをして良いのは、自分ではなく彼の恋人であるアンの方だからと、
必死に出かかった言葉を何度も飲み込んで、迫り来る恐怖に怯えていた。
もう振り返るほどの余裕は無い、体力的にも限界が近づいていた。
その途中、アンが木の根に再び足を引っ掛け、体勢を崩して倒れこんでしまう。
『――あっ!?』
『アン?! 大丈夫ですか!?』
『……う……もう駄目……っ、足をひねってしまったわ……もう私は駄目よ。
ユリア、このまま私と一緒に居たりしたら、あなたまで巻き込まれて殺されてしまう。
だから……お願い、ここで私を置いて逃げて、せめてあなただけでも生き延びて?
ごめんなさい、ごめんなさい、こんな事にあなたまで巻き込んでしまって』
やがて、体力の限界が来たアンは、そんな事を言ってユリアの手を離し、
せめて、ユリアだけでもここから逃がそうとしていた。
ごめんなさい、その言葉だけを何度も繰り返して……。
『そんな駄目です!! そんな事出来ません! あなたに何かあったらアデル様が悲しみます。
だからどうか……諦めないで、きっと、きっとアデル様が助けに来て下さいますから……っ』
『でも、あの人達が私を狙うのは当然だもの、私が……私が生きていたら……っ』
顔を覆って泣き出すアンに、ユリアは労わるようにぎゅっと抱きしめる。
大丈夫……と、ユリアは友を慰め、死を覚悟する彼女を励まそうとする。
けれど、もう友人は動けない。このままでは追っ手に見つかるだろう。
だから私は……ユリアがこれからしようとする事に気付いてしまった。
(――駄目……っ!?)
ユリアに向かってそう叫ぶも、これは既に何処かで起きた決定事項だ。
私がどんなに呼びかけても、私の言葉はユリアには伝わるわけがない。
けれど、私はユリアに辛い思いをさせたくなかった。
(どうしてあなたばかり、辛い思いをしなきゃいけないの……っ!?)
ユリアは息を切らせながら、一度、ぎゅっと口元を引き結ぶと、
震える手でぎゅっと拳を作り、じっと背後から追ってくる無数の明かりを睨む、
そして、地面に膝を突いている友人を見下ろし、アンの肩に触れた。
『アン……ご主人様を……アデル様を、どうかお願いします』
『……え?』
『あの方はとても優しくて、でもお寂しい方で……あなたが来てくれてから、
沢山笑って下さるようになりました。とても感謝しています。
私では、あの方の抱える寂しさを、あの方の苦しみを……。
癒してあげる事は、最後まで出来ませんでしたから……』
『ユリア……?』
『もしも愛するあなたに何かあったら、アデル様が悲しみます。
私の大好きな友人を……アデル様が愛した方を守る事、
それがきっと、あの方に命を救われた意味で、役目だったのでしょう。
だから……あなたをどうか、私の手で守らせてください』
ユリアはそう言って、後ろに結わいていた三つ編みを解き、
腰元に下げていた短剣でアンと同じ位の長さに切った。
やはりユリアは……彼女の身代わりになるつもりなのだろう。
背丈も同じ娘ならば……と。
『相手は明かりを持っているとはいえ、この薄暗さでは判別は難しいでしょう。
相手は森に逃げた娘を追っている……それだけならば私でも良いはずです。
まだ、私の存在はあちらには知られていませんから。
私があなたに成りすましても、直ぐにはバレないと思います』
ユリアが腰元に下げていた短剣を抜き取る。
『何を……何を言っているの……? それって身代わりになるって事じゃ?
そ、そんな駄目よ、止めて、お願い止めてユリアッ!』
泣きながら縋り付いて止めようとしたアンに、
ユリアは寂しげに微笑み、彼女から離れる。
こうして二人が出会ったのも、何かの運命だったのではとユリアは告げる。
『きっとアデル様が……ご主人様があなたを助けに来て下さいます。
だから……どうか諦めないで、私の分まで生きて下さい。
未来の奥方様を、この私が必ずお守りいたします』
そして、ユリアは自分が身に付けていたハシバミ色の外套を脱ぎ、
震えているアンの頭の上から被せた。
『……これなら、草木の色に紛れて目立たないと思います。
私が出来るだけ時間を稼ぎますから、その間に近くの木の陰に隠れて下さい。
例えこの後私に何があっても……どうか、決して声を上げたりしないで。
アデル様の為に、どうか、どうか生き延びてください』
『ユリア……駄目よ……どうして? どうしてあなたがそんな事、
お願い、それなら私が……お願いだから止めて……っ!』
『いいえ、ごめんなさい、もう決めたんです。
今まで私と仲良くしてくれてありがとうございました。アンフィール……。
……アデル様の事を……どうか、宜しくお願いします』
それが――……私が知らなかったユリアに起きた出来事の経緯。
ユリアが自分で選んだ最後だった。
(ああ……こうしてあの子は……)
その後の彼女は、以前、私が夢で見た通りなのだろう。
ユリアは悪意ある人間達の手によって殺されてしまった……。
友人の、アデル様の愛した人の身代わりになって……。
(ユリアからすれば、あの子は恋敵なのに……)
アンは大切な友人であり、そして愛した人の恋人だった。
彼女に万一の事があれば、きっとアデル様が悲しむ。
だから……ユリアはアデル様の幸せの為に、
その身を差し出してまで守ろうとしたのだろう。
(アデル様の事が……本当に好きだったから……)
彼の幸せを……その身を犠牲にしてでも守ろうとしたんだ……。
『ユリア――……ッ!!』
走り疲れ、枯れた声で、必死に背中から友人を呼び止めようとするアン。
一人、来た道を引き返すように走り出すユリア。
この時、二人の運命は逆転したのだ。
『アデル……様……っ』
ユリアは迫り来る死の恐怖を感じつつも、
走りながらアデル様と過ごした日々を思い出していた。
不器用なりにも手を差し伸べてくれた。アデル様の姿、
どんな時でも優しく見守ってくれる優しい瞳。
徐々に柔らかな表情をするようになった彼に、お茶をいれてあげるユリア。
二人で過ごした。優しい穏やかな時間……。
それは私が、これまで断片的に見てきたユリアの夢と合致する。
例えその思いはアデル様には届かなくても、彼女は満たされていた。
彼の傍で過ごせた安らかな日々。
何でもない、ありきたりに見える日常の風景。
けれどそれは、ユリアにとって、愛した人と過ごせた大切な時間。
――きっと彼女が、人生で一番幸せだった日々の出来事。
その思い出を抱きしめながら、ユリアは死を覚悟していた。
(ユリア……)
ユリアが思い出した光景は、ただただ穏やかで優しい。
アデル様が徐々に別の女性を気に掛けるようになっても、
以前のように共に過ごす時間が少なくなっても、
胸の痛みを感じつつも、ユリアは……。
ただ、ただ、アデル様の幸せを祈っていた。
(アデル様の事が……本当に好きだったんだね……)
悲しい恋だと思った。
彼女はこんな時でも、ひたすらアデル様の幸せを願っている。
あれ程に傍に居て、届かなかった想いの為に、
叶わない想いなのに、それでも彼の幸せを願っていた。
ユリアは愛した人を奪った形になる友人を恨んではいなかった。
それどころか、大好きな二人の幸せの為に、自身の犠牲を選んでいる。
アデル様の幸せの為には、彼女の存在が必要だと知っていたから……。
どうして其処まで出来るのか、
私はユリアが、感じた悲しみも苦しみも既に知っていたから、
尚更、この後にユリア自身に待ち受ける運命が辛かった。
ユリアは死ぬ必要なんて無かったのに……。
そこまでしても、アデル様の笑顔をただ守りたかったんだと……。
(ユリア……そんな思いをしてまで……)
好きだったと……伝える事すら出来ずに……。
(……っ)
其処でぷつりと、見えていた光景は止まった。
闇が辺りを覆い、意識が沈んでいく……。 再び闇の中へと落ちる感覚がする。
私は遠ざかるユリアの意識に、必死に手を伸ばそうとした。
“アデル様を……お願い……”
消え入るような、ユリアの声が辺りに響く……。
それはまるで、アンにではなく、私に向けられた言葉に聞こえた。
(ユリア……)
これまで経験した情報と夢を繋ぎ合わせて見て、私はある事に気付いた。
この先に待ち受ける未来では、誰一人幸せになどなれなかったのだと。
ユリアがきっと誰よりも守りたかったアデル様は、
彼女の死がきっかけとなり、人間への復讐を決意してしまう。
そして、彼は想いを寄せていた娘にすら牙を向ける存在へと成り果ててしまった。
(魔王へと変じたアデル様が死ねば、この世界は……どのみち崩壊していた)
アデル様は最後の蒼黒龍、全ての属性を持っていた最後の……。
だから、魔王となった彼を誰かが討ち果たした時点で、
世界の終焉を招く結果を作ってしまうのだろう。
結局、この時のユリアは、大好きな友人も、愛した人も、
二人の未来も何一つ守れなかったのだ……。
※ ※ ※ ※
目が覚めて直ぐに、私は見たばかりの夢を忘れないようにメモをした。
もしかしたら、大事な手がかりの一つになるかも知れないから。
(……ううん、これはきっと手がかりなんだろう、こんなにはっきりと覚えているんだもの)
その後、私はリイ王子様宛てにメサージスバードを飛ばした。
他の人に見られては困るから、こちらの世界の人には分からない日本語で書けば、
読めるのは私とリイ王子様しか居ない為、ちょっとした暗号代わりになっていた。
泣きながら書く手紙には、私の鬼気迫る心情が込められている。
あんな夢を見て気が付いてしまった以上は、
早くユリアの為に何かしてあげたくてしょうがなかった。
大丈夫だ。まだあの結果になる様子はない。きっとまだ間に合うはずだ。
なんとかしてユリアにこの姿を返してあげて、あんな未来には絶対にさせないんだから。
「う~……涙が止まらない」
「クウン?」
「うん……大丈夫。心配させてごめんね? リファ」
手紙で、また密談を出来ないかと聞いてみた所、
リイ王子様はすぐに私の求めに応じ、時間を開けてくれて、
手紙と一緒に地図が書かれた紙が添えられていた。
(日付は……今日だ。じゃあ今日のお仕事はお休みにしないと、
おじ様とユーディ達に断りを入れておこう)
こうして私達は、王家が所有する隠れ家の1つで落ち合う事になったのである。
ちなみに大聖堂で会わないのは……リファが行くのを凄く嫌がっていた為だ。
やたら皆さんにじろじろ見られたりしていましたからね。
(リファの姿は目立つものね。真っ白で聖職者の人が喜ぶ聖なる色とかで。
それに……周りを取り囲まれたら怒りそうな気がしますし)
本当は、リイ王子様に会わせる事自体を嫌がっているのだけど、
何度も頼み込んで、こうして付き添って貰っている。
私もまあ……嘘の子猫姿で皆様を騙す形になってしまい、
とても罪悪感がわくというのも、ひとつの理由ですが……。
「……ごめんね? リファ、また一緒に付いてきて貰っているのに、
お話に参加させてあげられなくて」
「クウン~キュイイ……?」
大丈夫なのか? と、心配してくれているのかな?
私は静かに頷いて、小さくなっているリファにぎゅっと抱きついた。
相変わらず、肝心な話を聞けない状態で申し訳無いが、
こうして傍に居てくれるのはとても安心する。
そして私は小さなリファを抱っこしながら、街中を歩いた。
「――……ええと、ここ……でいいのかな?」
地図にある場所に辿り着けば、小さな石造りの民家だった。
私は背後を確かめた後、静かにドアを開き滑り込むように侵入する。
すると中では、既に質素なテーブルの前に供えられた椅子に座り、
静かにお茶を飲む、リイ王子様の姿があった。
「申し訳ありません。こちらが急に呼びたてる真似をして……」
「いや、気にしないでくれ。早速だが、話を聞かせて欲しい」
「はい」
時間を止めて貰ってから、辺りを確認し、
私は夢で見たユリアの話をリイ王子様に話してみる。
非現実的な話だが、どうしても関係がある気がしていた。
「――……そうか……彼女の夢を……」
「はい……リイ王子様にこんな事を話して、おかしい話かもしれません。
これから起きるかも分からない夢の話なんて……」
「いや……もともと、その体の持ち主は神鏡の所有者だからな、
予知や他の者に意思を伝える力を有していたとしても、おかしくないだろう」
確かに……ユリアは元々、神鏡の宿る娘だものね。
元々何か素質があったのかもしれませんし、リイ王子様のように、
後から能力が目覚めたりとか、あったのかもしれません。
ほら……勇者の剣を持つと、爆発的に能力が上がる……みたいな?
(リーディナが作る。魔道具みたいな効果があるのかも……)
私は大分この体に慣れた事で、そういう力にも馴染んだとかかな?
余り実感のない私でも、こう不思議な事が立て続けに起きていれば、
そんな事もあるのかと信じてしまいますよ。
ほら、私が別人になっている事自体が、既に信じられない出来事ですし。
(相変わらず、私自身は何の能力もない事だけは確かですが)
何か、問題解決の為に備わっていたら良かったんですがね~。
リーディナ達が作るアイテムで、何とか能力を底上げしている程度です。
「だが、呼んでくれて丁度良かった。私も近々、また会おうと思っていたんだ。
実は、ユリア・ハーシェスに付いて調べがついてな。少し……手間取ってしまったが」
「分かったんですか? ユリアの事!」
私はリイ王子様の言葉に希望が見えた。
彼女の事が今より分かれば、ユリアを、この体に戻してあげる事が出来るのかも。
「…………」
「リイ王子様?」
そんな事を思っていたのだが、目の前のリイ王子様は何か悩んでいて、
テーブルの上で両手の指を組み合わせると、戸惑いながらこう言ってきた。
なぜだろう……? さっきから目が泳いでいる気がする。
まさか、何か後ろめたい事でもしたのですか? リイ王子様?
「ああ……それなのだが……な。
実は、私は君に心から謝らなければいけない事がある」
「? ……前に襲われた件でしたら、もういいですけど?」
初対面の時、アカデミーで起きた一件は色々ありましたが、
こうして今は和解して、私に協力してくれていますし……。
一応、色々気遣っていただいて、誠意は伝わりましたから。
「いや……そうではなくて、確かにその件では迷惑を掛けたんだが話は別の事だ。
その、ユリア・ハーシェスの件なのだが、私の力……”魂の目”を使い、
正確に調べようとしたら上手く行かなくてな。
どうも何者かに妨害されていたようなんだ」
聞けばリイ王子様、私直々の依頼という事で、
かなりノリノリで持ち前の神聖能力をフル回転して、
即時解決を狙ったらしいのだが、その際に力を何者かに制限されてしまい、
弾かれ、つい最近まで力の反動により寝込んでいたらしい。
「……リイ王子様の力が及ばない……?」
そんな事があるのだろうか?
「その原因に少し思い当たる節があり、秘密裏に自身の側近と一緒に調べた所、
裏でユリア・ハーシェスの情報を操作していた者が居た事が判明した」
「え?」
情報を操作って……つまり、隠蔽工作?
何だってそんな事をする必要が? というか誰が?
「そんな……一体誰が?」
「相手は、ライオルディ・ローザンレイツ。君も良く知っている私の兄上だ。
兄上が直々にこの件に裏で絡んでいたらしい。第一王子である自身の権力を用いてな。
そして私は、その事を全く知らされていなかった」
「!?」
――ルディ王子様!?
「えっと……つまり、あの……え?」
私の思考回路は、一瞬にして止まりました。
それでも必死に兄王子様の事を思い出す。
つまり、一見おちゃらけた王子様としか思えないあの人が……?
――ルディ王子様が、ユリアの捜索を邪魔していた真の黒幕?
(イコール、王家の陰謀!?)
まさか身近にそんな事をしていた人が居るなんて、私の脳内では既に修羅場。
混乱しながら、思わず席を立とうとする私の目の前で、
リイ王子様は沈痛な面持ちで、深々と頭を下げる。
「私もそれを突き止めたのはつい最近の事なんだ。
弟である私が君にこんな事を言っても、信じて貰えないかもしれないが、
主と私の真名に誓って、私はこの件には一切関わっていない、
本当にこの件は何も知らなかったんだ。私も初めて知って驚いたよ」
「……」
「王家の者が、それも兄上が直々に隠匿していたのだから、
騎士団長のアデルバードや他の者がどんなに捜索しても、私が探していたとしても、
なかなか見つからないのも当然だ。既に手が回っていたんだからな。
兄上はこういう事に関してはやたら隠し事が上手くなる。
それに、次期王位継承者という立場で、独自に動ける特権もあるんだ。
私の力が通用しない兄上なら、彼女の情報を最小限に抑えられるだろう」
「えっと……ちょ、ちょっと待ってください。
なぜルディ王子様が、そんな事をユリアにする必要が何処にあるんですか?
私が会うまで、あの方はユリアとは全く面識が無いはずですよね?」
ティアルと初めて出会い、お城に呼ばれて出会ったあの時こそが、初対面のはずだ。
ルディ王子様はその時に名乗っていたし、そんな素振りは見せなかったのに。
(それじゃあ、あの時呼ばれたのは……実は別に目的があった?)
これではまるで、ユリアの身元が分かるのが困るみたいな状況ではないか。
「兄上がユリアに直接会ったのは、君がその体に入ってからだろう。
だが、存在だけは既に知っていたんだ。ユリア・ハーシェスの存在はな」
「知っていた……?」
「詳しい事は……その、王家の事情も挟むので、
話せない部分もあるのだが……話せる範囲の事は伝えよう」
そう言ってリイ王子様が出したのは、ハーシェスに関する調査書だった。
其処にはハーシェス家に送った書簡の写しと、
ユリアに関する身辺調査の書類。戸籍の写し、
今まで見つからなかった……ユリアの身元を表す情報だ。
「時間が掛かったが、私の力が及ばない事を考えれば、
その対象である王家が怪しいと思ったんだ」
つまり……リイ王子様は自分の身内を調べたと。
嫌な事をさせてしまい、私はリイ王子様に謝る。
見つかったら大事になっていたかもしれない。思わず身震いがしそうだった。
それにリイ王子様は静かに首を振った。
「調べた結果、兄上が普段使っている偽名を使い、
ハーシェス家へ書簡を送った形跡があった。
それも秘密裏にだ……すまない、君達が必死に手がかりを探していたのに、
まさか、私の兄上がこの件に絡んでいたとは」
「どうして……どうしてルディ王子様が?
じゃあ、元々、ハーシェス家は王家との繋がりがあったという事ですか?」
「そうなるな……これはここだけの話に留めておいて欲しいのだが、
王家はある事情で切迫した状況下にあった。
其処で兄上は、国の維持の為に一人の娘の存在に目を付け、
王都へ呼ぼうとしたんだ」
「それってまさか……」
「そうだ。それがユリア・ハーシェス。その体の本当の持ち主だ。
彼女は兄上に呼ばれ、王都へ向かう際に行方不明になったらしい。
だが、その身に宿る鏡の力もあるから、表立っては探せなかった。
下手に探して、悪意ある者に存在を知られるわけにはいかないからな」
――と言う事は……。
神鏡の存在も最初からルディ王子様には筒抜けで、
そして、その存在があるから秘匿されていたのか。
どうりでなかなか見つからない訳だ。王家が上から圧力を掛けていたのなら……。
娘の一人位、存在を消す事位は簡単に出来るだろう。
ユリアの身内が捜索していないという理由が、これで分かった。
――ルディ王子様……ああ見えて、実は切れ者だったとか?
(残念王子様だとばかり思っていたんだけど……。
他にも秘密裏に色々命令されていたんだろうな。
勿論、そっちは証拠が残らないように処分されたんだろうけど)
こちらが手がかりを見つける事が無いように……。
「神鏡の力が本当にあるのか、その当時は分からなかったにせよ、
人心を集め、信仰を集めるだけなら十分利用価値はあるだろう。
得体の知れない物を人は恐れ、崇める傾向にあるからな」
「……」
……アデル様がこの件を知ったら、怒り狂いそう。
あんなに親身になって探してくれていたのに、
自分の保護者になってくれた人に、邪魔されていたのだから。
(あ……そういえば……前に夢で見た断片的な夢の中に、
それに合致する事があったような……?)
それは変わりゆく窓の外の景色を見て、外の世界に憧れていたユリアが居て……。
走る馬車から思い切って飛び降り、転げ落ちたユリアを見た事があったのだ。
じゃあ、あれは……ユリアが王都に呼ばれて、移動の最中に飛び出し、
そのまま気付かれる事無くアデル様に保護されたのだとしたら。
これまで謎だった点と点が……ひとつの線で繋がっていく瞬間だった。
「それで肝心のハーシェス家だが、代々神鏡を祀り、
神器の存在を世俗から秘匿して守護する役目を担ってきた一族らしい。
その鏡が選んだ者を一族に迎え入れ、守人として世俗から隔離する。
それも、本人やその家族の意思さえも無視してだ」
「……えっ?」
「ユリアという娘は、幼い時に鏡によって選び出されたのだろう。
その瞬間、彼女は親元から無理やり引き離され、責務を負わされる事になったらしい。
私のように、自ら望んで神に仕えるようになったのとは違う境遇だ」
「そんな……それじゃあ彼女は無理やり巫女みたいな事を?」
それでは、ユリアがアデル様の傍で暮らしていた日々は、
彼女にとって、普通の人間の娘として暮らしていられる、唯一の時間だったという事だ。
物語によっては、ユリアが実家へと帰る話もあったのだが、
その実家というのは、ユリアにとって本当の家族の元へ行くものじゃなく……。
(ユリア……)
全ての自由を奪われる形となる結末になるという事……。
アデル様の傍でしか、彼女は幸せを見出せなかった。
実家に戻っても、ユリアには自由もなく幸せにはなれない。
だからあんなにユリアは、アデル様を想っていたのだろうか?
一人の娘としての人並みの自由を与えてくれた人だったから……。
そんな彼女が、自身のささやかな幸せさえも投げ出して、
愛した人の未来の為に、犠牲になろうとした事を知る。
「あ……」
その時、脳裏に蘇ったのは、今まで忘れていたはずのユリアの情報。
これは私がこの世界に来るまでに、覚えていたはずの記憶。
私が演じていたユリアの物語の部分だ。
真相エンディングに関わる、ユリアルートの記憶の断片。
(どうして忘れていたんだろう……こんな大事な事だったのに、
時間の経過と共に忘れていたなんて……)
そうだ。ユリアルートであの鏡の存在は確かに出て来た。
何処かで見た気がするのも、物語で私は見ていたせいだろう。
彼女がそれを扱っていた事も、その持ち主だった事も、
ユリアが関わる物語では描かれていた。
つまり、思い出せなかったユリアのもう1つの役目とは、
やはり、神鏡を守護する役目を持つ守人だったという事だ。
(”神鏡使い”……それが本当のユリアの正体であり、本来の能力)
そして、鏡の存在をルディ王子様が既に知っていたのだとしたら……。
「あの、ルディ王子様は……ユリアを一体どうしようとしたんですか?
彼女の存在を知って呼んだと言う事は、まさか鏡の力を……?」
「……ローザンレイツには、今も徐々に失われつつある力がある。
この国を守るために古で交わした守りの力だ。
私達王族には、それに代わる存在がどうしても必要だった。
其処で目を付けたのが、神の力を宿した娘の存在」
「……それって、ユリアを人柱にでも?」
「いや、少し違うな、その存在で不足した分を補うのは同じだが、
兄上はユリアを王家の血脈に加える計画だった。
――つまり、彼女は、私か兄上の婚約者になる予定の娘だったんだ」
「!?」
知らされたその話は……。
私が予想だにしない、まさに斜め上過ぎた話でした……。




