53・龍の自覚と求愛行動
龍の求愛は、こうも厄介なものだと知ったのは、
俺がユリアへの想いを自覚して直ぐの事だった。
(ユリアの事を考えると夜も眠れなくなる。しかし、相手は人間の娘だ。
この俺がまさか天敵であるはずの人間の娘に心を許し、
心を寄せる程にまでなるとはな……)
野生で暮らしていた頃は、きっと想像すら出来なかった。
自分がこんな想いを人間に抱く事になるなんて……。
あれ程に人間を憎み、毛嫌いしていたはずなのに、
人懐っこい彼女の笑顔に感化され、何時しか俺は……。
ユリアと言う人間の娘に恋をしていたのだ。
何時ものように共に過ごしているのに、なぜか緊張したり、
胸の鼓動が早くなったりと落ち着きが無くなる。
これが恋と言うものなのか……実に厄介な物だと、
俺は芽生えた感情に、ただ、ただ戸惑うばかりだ。
(ユリア……)
俺の様子にユリアも戸惑っている気がする。
それなのに、俺はどうしたら良いのか分からない。
変わっていく自分に戸惑いながら、俺は仕事が終わった後、
ユリアの喜ぶ顔を思い浮かべながら、街を出て花を探した。
龍は焦がれる雌に花を贈り、求愛行動に出る。
俺がしようとしているのは、まさにその求愛行動だ。
(本能ではやるべき事を理解しているのに、
この気持ちをどうしていいか分からなくなる……)
街で売っている花は誰でも手に入る。
……という事は、他の雄との差がつけられないのだ。
だから、たまには外で探しに行く事にした。
以前から、無意識のうちに花を贈っていた俺だったが、
自覚すると、ますますユリアに花を贈りたい衝動に駆られる。
しかし、季節は秋……当然ながら心に叶う花はなかなか見つからない。
最後の手段は……自分で作るしかない。
俺は屋敷へ戻ると、夕食を済ませ、体を清めた後、
黙々とユリアに贈るための花を作った。
龍の気と魔力を練り上げ、紫の薔薇を作り上げる。俺の力を宿した龍の花だ。
本来この花を贈るのは、龍の花嫁になった伴侶となる者だけだが、
俺は彼女になら贈っても良いとさえ思っていた。
(上手く出来たな……よし)
一つ作ればもう一つ……俺は眠れない夜をそうして内職に励んだ。
柔らかい肌を持つ彼女が怪我をしないように、棘も一つずつ丁寧に取り除いて……。
※ ※ ※ ※
――そうしていたら……いつの間にか夜が明けた。
「――う……ん……んっ!? えっ、な、何っ? これなに~~っ!?」
次の日の朝、俺はユリアの部屋の中で龍体のまま行き倒れていた。
部屋には床一面に敷き詰められた大量の紫の薔薇の花。
そして、花の山の中で埋もれるように倒れている自分……。
ユリアはその光景を見て、すぐに悲鳴を上げた。
「あっ、アデル様、何時から其処にいらしたんですか!?
というか、この花の山はなんなのですか~!?」
俺は一晩中これを黙々と作り続け、止められなくなった。
彼女の笑顔を思い浮かべると、もっともっとと作りたくなる。
オクリモノ、ユリアニ……オクリモノ……。
ワラッテホシイ……モット、モット……。
龍体に戻ると俺は感情のままに動く。
気が付いた時には抱え切れぬほどの量になった。
俺は薔薇の山を見て途方にくれる。
『……いや、しかしユリアの為に作った花だ。一つも無駄にしたくない』
――この花の一つ一つに、俺の気持ちが詰まっている。
――ユリアに一つでも多く届けたい。
そう思ったのが、早朝の事。
悩みに悩んで、俺は龍体になって花を抱え、ユリアの部屋に運び……。
そのまま俺は力尽きた。魔力を使い果たすまで作り続けて、
俺は酷い疲労感の中、それを運んだのだ。
軽い花でも、量が増えれば重さは増す。
背中にも背負って運んだが、疲れた体では部屋に運び込むのが精一杯で、
綺麗に飾り付けをする気力など、あろうはずも無かった。
……だから内心、もっと鍛えなくてはと思った。
「アデル様っ!? 一体何が!? 一体何が起きたんですか!?」
「……?」
そして、朝に目覚めたユリアの悲鳴で俺は目を覚ましたのだった。
「……ああ、ユリア……俺は君を喜ばせる事ができただろうか?
少しでも君の笑顔が作れたなら、俺は嬉しい」
いつも誰かを傷つける事しか能力の無い俺だが、
ユリアには今まで沢山助けて貰った。荒んでいた俺に安らぎを教えてくれた。
――だから今度は、俺が君を幸せにしたいんだ。
そう言いながら、俺はがっくりと薔薇の山の中で埋もれながら気を失った。
ひたすら疲れて眠くて……それでいて妙な達成感があった。
だが、意識が薄れ行く中で、
(……思っていたよりも、ユリアが喜んでいなかったな)
……というのが、かなり気になったが、
その一方で、俺はユリアに花を贈る事ができて満足していた。
これだけの花を贈れる雄は、そうそう世の中には居ない事だろう。
とりあえず俺は、ユリアに一番多く花を贈った雄になれたのだ。
そう、一番だ。この響きが俺は好きだった。
ユリアの中で二番になるのは嫌だったのだから。
しかし、なんだ……魔力を全て使い切ってまで花を作るのは命がけである。
今度からは止めようと思った。まさかその後5日も寝込む事になるとは思わなかった。
ユリアが傍にいてくれるのは嬉しいが、これでは何も出来ない。
「アデル様……あの、言いそびれてしまいましたが、
お花ありがとうございました」
そう言って微笑むユリアだが、なぜか表情が晴れない。
何か悩みでもあるのだろうか? 君をいじめる者が居るのならば、
この俺がきっとその者を排除してやるから……と、ユリアの手に触れるが、
ユリアは静かに首を振って、「何でもないのです」とそれを断った。
「……ユリア?」
……先日からずっとユリアの様子がおかしい。
何だか無理に俺に笑い掛けようとしていて、それが痛々しく見える。
俺がユリアにしてあげられる事は無いのだろうか?
俺はまだ人間界の暮らしに慣れていない。ユリアに教えられる事もある。
だから、頼りないと思われていたとしたら、凄くショックだった。
(ユリア……俺は君の一番になりたい。
だが、俺の気持ちは君の迷惑になるだろうか?
嫌われていないとは思う……が、雄として見られていないのか?)
元々が龍族と人間だ。天敵同士が相容れる事など無いし、
ユリアは俺をペットのように思っているように思える。
勿論、俺もそんな様子だったとラミルスが言っていたから、
彼女も俺がそう思っていると信じているだろう。
そんな俺が……主人である俺が、マーキングした娘に想いを寄せるとは……。
龍と人は生き方も感性も違う。
けれど、俺は人として、ユリアの傍に居てやりたいと思うようになった。
居心地の悪い人という姿の檻、その姿に少しでも今は慣れたい。
俺の持つ牙も爪も角も……彼女を傷つける事しか出来ないのだから。
だから早く慣れたい。傍に居る事が出来るように。
(リオ……これはお前が仕組んだ事か? それともお前の願いか?
あんなに人間を憎んでいた俺が、人と共に暮らし、笑い合い、
こうして恋をする事になった……まるでリオの願いの通りだ。
俺は、この先どうすればいい?)
今は亡き、親友のリオ……俺の大切な仲間。
あいつの言う通り、人間にはいろいろ居た。俺を傷つける者だけじゃなかった。
こうして人の輪で暮らす事になったからこそ分かる。
人々がもたらす優しさと温もりを……。
人間はこの世界に害悪だと、そればかりを信じていた日々。
だが、こうして人として過ごしてみて、復讐に燃えていた牙の感覚が鈍る。
もう何も知らなかったあの頃には戻れないと思った。
この場所には、俺の傍には守るべき存在が居る。守りたいと思う居場所がある。
それは同胞から見たら、裏切る行為だとしても。
(俺は……ユリアが大切にしているこの場所を守りたい。
ユリアが人を愛せるのなら、俺も愛せる気がする。
彼女が居るなら、俺はいつか人間を許す事が出来る気がするんだ)
ユリアはその気持ちを俺に教えてくれた唯一の存在だ。
人の輪に馴染めずに悩んでいた俺に、確かな道しるべを作ってくれた。
本当の復讐を考えるのならば、人間であるユリアも復讐の対象となり、
この俺を翻弄するから、真っ先に殺さなければならない仇になるが……。
俺にはそれが出来なかった。あの笑顔を壊したくは無いと思った。
(リオ……親友であるお前の、仇討ちが果たせない俺を許して欲しい。
俺はユリアを殺せない、あの娘を殺したくない)
いつも自分の傍に置いてある愛用の大剣。
これは大切な親友、リオの形見だ……。
あの最後の戦いで折られた友の角から作られた剣。
どんな武器よりも頑丈で相性がいい、俺自身の武器。
それに話しかけて亡き親友を想う。
そして胸元に下がっている母の形見、半分に欠けた龍星石に手を添える。
こうして母と親友の形見を、肌身離さずに傍に身に着けていたのは、
あの時の苦しみを、痛みを、悲しみを、怒りを忘れない為だった。
(――それなのに……俺は……)
俺の、芽生えたこの想いは……家族や仲間を裏切り、
そしてまた、ユリアも苦しめるかもしれない。
龍の伴侶となれば、眷属として巻き込まれる可能性が増える。
それは今あるユリアの安全を脅かすと思えた。
「それでも……俺は……」
ユリアという、人間の娘を想う気持ちを消す事が出来なかった……。
”――大丈夫です。私、怖くないですよ。だから心配しないで下さい”
俺の正体を知ったのに、彼女は俺に刃を向ける事も無ければ、
泣き叫ぶ事も無かった。ただ、彼女は俺に笑いかけていた。
今思えば、あの時からこの気持ちは定まっていたのだろう。
俺に怯えもせず、手を差し伸べてきた、あの時から――……。
この気持ちを素直に彼女に伝えるべきか……とも悩む。
しかし相手は龍の雌ではない、人間の娘なのだ。
これまでの人間の女達の反応を見ると、その勇気は未だ持てなかった。
※ ※ ※ ※
早朝、俺は何時ものようにユリアの手を取り、街へと出かけた。
最近は魔物の討伐に出かるのが多かったから、
こうして一緒に出かけるのは、本当に久しぶりだ。
だからか、なぜか俺は気分が高揚している。
ユリアと出かけるだけで、こんなにも嬉しいと感じた。
おかしい……なぜこんなにも嬉しいのだろうか?
芽生えたこの感情の変化に、俺は今も戸惑っていた。
「きょ、今日はアデル様がご一緒ですので、多めに買えますね。
何処から行きましょうか……アデル様は何か入用の物はございますか?」
「いや、特に無い。ユリアの用事を済ませよう」
「は、はい、ありがとうございます」
空いた方の手で、ユリアの髪をそっとなでる。
……若い娘の髪に触れるのは、それなりに親密になってからと言うが、
恥ずかしげに俯いた様子を見るに、嫌がれているようには見えない。
この距離感を許されている事が、とても嬉しかった。
(しかし……人間の娘への求愛行動は、受け入れられているのか、
それとも違うのか、判断がよく分からないな)
龍は言葉よりも行動で好意を示すものだ。
本来、発情期とも言うべき求愛時期を迎えた龍の雄は、
その力で周りの雄を牽制し、雌を傍に……これは既にやっている。
次に、狩りで得た獲物や花を雌に贈り、
雌の機嫌を取り、優秀な所を知って貰うのだが……。
(これも……やっている……な?)
菓子も花も既に贈り続けている。
次に、雄は雌と共に暮らす為の巣を用意する。
丁寧に、綺麗に、住み心地の良さそうな巣を用意して、
雌と共に暮らす……これもやっているな。
いや、掃除はユリアにやって貰っているが、アレでは駄目なのだろうか?
(受け入れて貰えた時に、雌と暮らし始めるのが普通なのだが……)
最初から暮らしている場合は、どこで判断するべきか?
ユリアは既に俺の想いを受け入れてくれ……ているわけは無いな。
そうだとしたら、他の女使用人達も同じ立場になるのだから。
最終手段は――……力ずくで俺のものにする。
そうか、これだな? そう思ったが……。
『――いいか? アデルバード!!
決して、決して力ずくでユリアをものにしようとするなよ!?』
――と、先日、ラミルスに言われたばかりだったのを思い出す。
そう……だな。あいつは何時だって正しい。
俺がやる事が、ことごとくユリアを困らせる事だというのを思えば、
力ずくでものにするのは止めようと思った。
ユリアに泣かれて嫌われるのだけは嫌だ。
彼女は人間の女で、龍の雌とは違うとは再三言われた。
つまり今の俺は……彼女と想いを通わせる術と判断基準が分からなかった。
こんな時は、ラミルスが熟読しろと言われた指南書が役に立つ。
まだまだ全部読むにはかなりの量があるが、きっと覚えてみせる。
そう思いながら、ユリアの横顔を見つめながら歩いた。
※ ※ ※ ※
「寒くなって来たので、お野菜が高くなってきましたね」
街に出るとユリアはメモを片手に巡る順番を考え、
少し寄り道を交えながら歩いていた。ユリアはいつも嫌がらずに俺の相手をし、
日々の中で感じた些細な出来事でも、楽しそうに話してくれる。
だから聞いている俺も何だか楽しく思えた。ユリアと話すのは心地よい。
ユリアが市場の野菜を見ている最中、俺もユリアの好きそうなものを探す。
彼女に好きになって貰える唯一の方法と言えば……。
そう、餌付けしかない。
(ユリアに喜んで貰える物を探さねば)
何時もよりも真剣に品定めする。
好みに合うもので珍しいものなら、なお良い。
ラミルスが持っていた指南書には、
経済力のある事も、人間の女に好かれる必須条件だと書いてあった。
種族も違う、生活習慣も違っていたのなら、俺が出来る事は……。
彼女の喜ぶ食べ物を探して探して、彼女に贈りまくるしかない。
(大丈夫だ。一応俺も、少しは勉強をしている)
これはデート。仲の良い人間の男女が出かける行動なのだ。
だとすれば、少しは俺も認められているという事であり、
今、俺は求愛行動の真っ最中である。
他の雄に、ユリアの興味が行かないように排除して、
彼女の機嫌を取っていけばいい。
そう思っていた矢先、ふと嫌な視線を感じて振り返れば、
ちらちらとこちらを……正確にはユリアを見ている男が居た。
先程から気配を感じていた所を見るに、狙いはユリアのようだ。
さてはずっと後を付けて来たな……。
「……」
一瞬にして高揚していた気持ちが、言いようのない怒りへと変わる。
(……誰に断りを入れずに、この娘を見ているのだ? 貴様……)
――龍の求愛を邪魔しようとは、いい度胸だ人間の雄……。
ふつふつと龍の本能で闘争心が芽生える。
すぐさま排除しようとしたが、今、自分は人の姿をしているのを思い出した。
(そうだ。人として生きるには……人間の掟に従わなければいけない)
むやみに街中で刃を向けてはいけない事になっていたので、
俺は舌打ちをしたくなる気分で、剣の柄に触れた手を離した。
心の中ではユリアを狙っている時点で、極刑相当なのだがな。
保護されている手前、迂闊にここで問題を起こす訳にもいくまい。
(人間の世界は、色々と制約がうるさくて困る)
その為、俺の取る行動は一つだった。
周りを確認して、他に仲間が居ない事を確認し、
人通りも無い事を調べると、俺はユリアの方を向く。
「……ユリア、あのリンゴは美味そうだと思わないか?」
「え? ああ、本当ですね~……色んな種類があります。
ふふっ、アデル様は本当にリンゴがお好きですよね。
それじゃあ……えーと、すみませーん」
ユリアの注意がリンゴに向いたその瞬間、
俺は龍の目で瞳孔を尖らせ、男をぎろりと睨み、威嚇した。
感情が高ぶると、俺の目は獣の瞳になり、色も紫から金色へと変わる。
彼女の傍に、俺以外の雄を必要以上に近寄らせたくは無い。
屋敷の使用人は仕方ないにしても、街中の雄は流石に許せない。
(ユリアに近づかない暗示を掛けて、追い払っておくか……)
少し力を込めると、地面がびきびきと割れた気がしたが構うものか。
龍のお気に入りに手を出そうとする者には、手は抜かない。
(ユリアに近づく雄ならば、尚更だ)
その手に持っている手紙は、ユリアに渡そうとしている物だろう?
前にローディナが、同じ物を沢山貰っていたのを見た事がある。
ローディナの様子を見るに、貰うと困る内容が書かれているらしい。
記憶を失っている娘に良からぬ事を吹き込まれても困る。
俺は男が怯み逃げ出すまで、じっと男を睨み続けた。
獲物を狩る俺の瞳に勝てるものは早々居ない。男が震えて逃げ出す姿を見送る……。
(よし、勝った)
ぐっと密かにガッツポーズをしてみた。
先日、部下がやってみたので真似してみたのだ。
(ふむ……これは何かの魔力の調節の仕方なのだろうか?)
いまいちよく分からないのだが? だが、なんだか気分がいいぞ。
(さて、こちらは片付いたか、ユリアは……何か買ったのか、
では荷物を持ってやろう)
重い物を体の弱い娘に持たせられない。
ただでさえ、ユリアは龍の雌よりも腕が細いのに……折れたら大変だ。
「ユリア、俺が持とう」
「あ……はい、ありがとうございます。アデル様」
購入した袋を俺が受け取ると、中身は俺が先程話したリンゴだった。
ああ、俺が美味そうだと話したから、買っておいてくれたのか。
俺が代金を支払おうとしたら断られた。生活費でいただいているから大丈夫だと。
困った……本当は俺が買い与える計画だったのに。
「これで、アップルタルト作ってみますね」
でも……ユリアは笑っている。それだけで俺の気持ちは弾んだ。
彼女が迷子にならぬように再び手をつなぐ。歩調を合わせてゆっくりと。
石畳の道は歩きにくいのか、時折転びそうになるのをそっと支え、
ユリアが潰されぬように、人の少ない方へと誘導し、
俺が盾になって歩く。どうやら人が増えて来たようだ。
(こんな街中に危険が潜んでいるのなら、
ユリアがやって来たばかりの頃、外の世界に怯えても仕方が無いな)
そう考えると、リファがユリアの傍に付いたのは良い事だったのだろう。
無事に彼女が屋敷へ着くまで、俺は彼女の護衛を徹底しなくては。
念の為、途中でユリアの腕を引き、抱きしめて俺の匂いも付けておく。
「は……あのっ! アデル様?!」
「静かに……」
「は……い……」
彼女の耳を撫でると、腕の中で大人しくなる。
それを見計らい、俺はユリアの髪に顔を埋めた。
そのまま……ちらりと周囲に気を配る。
死角となる場所はないか、往来の道は特に注意を払う事にした。
「よし……行こうか? ユリア」
「はっ、はい」
安全なのを確認すると、ぐっとユリアの肩を掴み、俺の方へと引き寄せた。
俺の屍を越えられぬ者に、ユリアを任せられるものか、
この程度の威嚇でしり込みするのならば、
万一の時に彼女を助ける事もせず、一人だけ逃げ出すのが目に見えている。
そんな人間の雄に、一時でもユリアが気を向けるのが許せない。
雄ならば、傍に置いた雌を守る為に、
命を賭しても闘うべきである。
(……っ、何だか……むかむかする)
後で薬湯を作って貰おうか。
庭の薬草をたまには使ってみるのもいいかもしれない。
ああ、そう言えば……ユリアは庭で泥遊びをするのも好きらしい。
前に庭で陽気に落とし穴を作ったと聞かされた時には驚いた。
せっかく彼女が作ったのだから、誰か穴に落とす必要があるだろうか?
(そうか……もしかすると、落とし穴に掛かる者が居なくて寂しいのかもしれないな)
誰も引っかからずに、ユリアが残念がる姿を見るのは俺も辛い。
ラミルスか部下を連れて来れば、やってくれるだろうか、
……いや、待て……俺が落ちてやった方が喜ぶか?
(いっその事、騎士団総出で罠にかかってやるのも良いかもしれないな。
……いや、駄目か。俺の縄張りに他の雄の匂いを、これ以上付けたくない)
それとなく、誰も罠に掛からないのは寂しいのか聞いてみたら、
防犯対策だと言うので、わざと落ちてやるものでもないらしい。
そうなのか、何か獣を罠の所に落として置いてやろうかとも考えていたが、
其処までしなくても良いという事だな?
「最近は、庭を少しずつ手入れして、大分見られる状態になったんですよ。
冬が来る前に苗を部屋に移してしまうので、また少し寂しくなりますが」
確かに庭は荒れ果てて散々たる様子だったが、今は大分良くなっている。
ティアルは良く木の実を摘んで、リファとままごとを庭先でやっているらしい。
(ユリアも一緒にやっているのだろうか?)
……そう思うと口角が緩む。
陽だまりの中、無邪気にティアル達と遊んでいる光景が目に浮かぶ。
……しかしなぜだろう? 白い子猫姿のユリアの方が思い浮かんだ。
大分、ユリアの事を分かりかけて来た俺だったが、
まだまだ知るべき事は多い気がする……。
人間の娘に求愛するのは、まだまだだな……。
まずはユリアに、この姿を受け入れて貰わなくてはな。
とりあえず、今日のデートとやらは楽しかったと思う。




