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52・変わり行くもの


 えと、ただいま私……とてもとても困った事態になっております。

……と言いましても、命に関わる危機的状況とかではないのですが、

何時ものように自分の身支度して、朝食の準備のお手伝いをし、

ご主人様を起こしに行って、身の回りのお手伝いをして……。


 そう、どう考えてもこれと言って変な事はしていないはずです。

たまに奇行に走ったり、妄想全開フルスロットルする私ですが、

今日は暴走することも無く、そつなくこなしたんです。


 あ、いつでも変だろと言われたら、否定できませんが……はは。

 


「「「いってらっしゃいませ、ご主人様」」」



 何時ものように玄関先にて、一列に並んで深々とお辞儀、

お見送りメイド隊一号として、元気にミッションをこなしたはずでした。


 ところが、アデル様は私の前に近づいて来たかと思うと、

私をぎゅーっと抱き寄せ、私の頭に自分のあごを乗せたまま、

動かなくなりましたよ?


 一体これはどういう意味なのか、誰か説明プリーズしたくなる状況です。


「あの~?」


 龍のスキンシップ……謎が多いですね。

わたわたしながら、腕の中から逃げ出そうにもアデル様が全然微動だにせず、

私は私で赤くなったり震えたりと大忙しでございました。

もしかして、寒くなって来たので同胞が恋しいのでしょうか?


 ほら、人間も寒くなってくると人恋しくなるといいますし……。


 で、でも、こんな近くで抱きしめられて、息遣いとか傍で聞いてしまうと……。



(いっ、意識しないようにしているのにっ!!)



 心の中で叫びながら、私は平常心になろうと必死になった。

こんな事をされていると、私が封印している感情が、あっけなくよみがえってしまう。


 

 これは彼にとって、きっと何て事無いスキンシップなのです。

そうです。そうなんですよ!


 だから、私がこんな事を気にする必要なんて絶対にないはず。

アデル様は私を保護した人で、私を家族として接してくれているだけだ。


 決して……決して特別な感情を持っての事じゃないと思う。


 そんな私を他所に、傍に居たイーアとユーディの二人は……。



「……つ、ついにご主人様は決意をされたのですね!?」



 と、顔を真っ赤にし、横で握りこぶしを作って居るイーアと、



「きゃああっ! 素敵ですロマンスです!

 流石はアデルバード様ですね! 白昼堂々と玄関先でメイドとの抱擁ほうよう

 こ、これは今度こそ、秒読み段階と期待していいのですか?!」



 と、興奮気味に両手の拳を上下に振りまくっているユーディが居て……。

違うんです。だから違うんですよ。私とアデル様は主従関係で、家族で、

互いを尊重した仲で、決してそんな関係になる事はありえないはずなんです。


 それなのに、私の鼓動こどうは早まる一方なんですが。



(こんな事をされると……勘違いしてしまいそうになります)



 抱きつくのを止めてくれと言ったのは、今に始まった事じゃないけれど、

アデル様はこうしているのが好きなようで、私も毎回流されてしまっている。


 彼に弱いのは、ユリアとして長期に渡り、一つ屋根の下で過ごしていたが為に、

役者特有の同調による錯覚が起きたのかもしれない。



(私の芽生えたこの感情は、きっとそれと同じなんじゃないかな?)



 役者同士が共演と言う形で長期間、生活を共有していく事で、

役の感情に引きずられる事がある。


 例えば恋人同士、夫婦役とかだと、その相手に恋愛感情を錯覚してしまい、

実際に付き合い出し、結婚に至る場合もある。

そして、また別の仕事に変われば、関係が破綻はたんするなんて事もあるらしい。



(声優の仕事では直行直帰が多いから、そう言う事は少なそうだけれど、

 どちらかと言うと、女優さんの心理状況に近いよね。今の私って)



 だから、きっと私の感じているこの気持ちも、

ユリアの役を追求したがゆえの副作用的なものなのだろう、

この気持ちはいつか、無かった事にされる。現実に引き戻される。

元の生活に戻ったら、此処での出来事は全て夢の中の出来事だ。

目が覚めた途端に、消えてしまうかもしれない。


 何より、ユリアとアデル様が結ばれる未来が無い事を私は知っている。

私が貰った台本には、「それ」は載っていなかったのだから……。



(……だから、アデル様の行為は深い意味は無い。

 なんでもない、何でもないのですよ。平常心、平常心です)



 それでも、アデル様に抱きしめられる状況は変わらず、

頬がかっかと熱くなって、おろおろと助けを求めます。

この状況にのまれてしまったら、きっと戻れなくなりそうです。


 ……が……誰も助けようとしてくれない。



(駄目だ! リファもアデル様の味方してる!!

 そこの二人~きゃあきゃあ言ってないで助けてください~っ!!)



 心の中で再び叫び、目で訴えるも効果なし。

リファには目が合った途端に、さっと目をらされた。

そうですよね……本来、リファはアデル様の使い魔ですものね。

何かあれば、瀬戸際でアデル様にゆずらなきゃいけないので……。


 ティアルはティアルで、まだ眠たかったのか、

リファのふわふわな背中の上で、すぴすぴと夢の中へ旅立って行きました。


 くっ……何という事だ。味方になってくれる者がいないじゃないですか!!




(気のせい……かな? 何だかアデル様のスキンシップが最近過剰になった気が?

 いやいや、相手は龍だよ? ただ甘えているだけという事も?

 そうか! 甘えているのか、見た目と行動は反比例ですものね!)



 うん、それなら耐えようかな。

なんか、こめかみに彼の口が当たっているような気がしたり、

額に温かい感触がしたりしていますが。


 ……えと、待って? リップノイズが聞こえて来るのは何故ですか?



(べ、別の事を考えよう。リップノイズが音声に入ろうものなら、即NGですね。

 収録時にそういう表現が許されるのは、ラブシーンとか……ラブ……)



 声優の仕事を思い出して現実逃避をするつもりが、

余計自分を追い込む事に……。


 ラブシーン……っ!? や、いや違う、違うんだ! これは絶対に違う!

考えるな私!! それ以上考えないで!!



(こ、ここは異世界、いわゆる外国ですもの。

 つまり、日本とは違う習慣とかあってもおかしくないですよね。

 物凄く恥ずかしいですが、これはユリアとしての試練かもしれません。

 ティアルが“オハヨウ”って、ほっぺにキスして来るのと一緒ですよ)



 そう、ティアルが指をちゅーちゅー吸ってくるのは、お腹が空いた合図。

リファがスリスリして来る時は、甘えたい時だと分かっております。

だから、アデル様がそう行動してもおかしくは無いはずなんだ!!


 最近、妙にアデル様の言動を意識してしまい、

頬が火照ほてってしまう私ですが、

アデル様がそれをとても気にしていたので、私はそれを抑えねばなりません。


 「俺の事が嫌いになったのか?」と悲しい目をされて聞かれると、

彼を避けるというのもいけませんよね。



(~~っ! じ、人種差別ならぬ、種族差別をしては駄目ですよね!

 体は大きくても、アデル様は立派なドラゴンさんです。

 ドラゴンさんが誰かに抱き付きたくなる事も時にはあるのでしょう)



 心の中で一人納得、自己完結した私はこの次の対応を考える。

優秀なメイドを目指すには、こういう場合の対処策を考えるべきだろう。


 アデル様はようやく、私という甘えられる身内を手に入れたんですものね。

リファは飼い主とわんこな関係だろうし、ティアルも同じ、

そんな感じで、正体を知っていて実際に甘えられるのは私だけなのでしょう。


 拒否してしまえば突き放されたと思い、彼が傷ついてしまいますよね。


(懐かれている、そう、懐かれているだけ……だけなんだよ。意識しちゃダメ)



 顔がぼーっと熱くて足元がふらふらしそうになるけど、

ぐっと我慢のユリアさんですよ。頑張れ、全力で耐えるんだ私よ!

これは、あにまるスキンシップ上級編としての試練です!


 だからユーディ、イーア、傍できゃあきゃあ言っていないで、

何とかご主人様を励まして、温かくお見送りするのを手伝っていただけませんか?

聞いてませんね? そうですか、そうですか~……。

うああああっ! やっぱり誰も味方が居ない~っ!!



(あれ……?)



 私が先程から微動だにしないアデル様を不審に思い、

顔を見上げるとアデル様の顔も赤い事に気づく。

……? なんだろう何だかアデル様の様子がおかしい。



「アデル様……少し屈んでいただけます?」


「ん……」



 ちょいちょいと手振りをして頼み、彼の額に自分の手を添えてみると、

とても熱いのが分かった。



(……どうやら、ただ具合が悪かっただけみたいです)



 先日、私が病気だと勘違いをされた事がありましたが、

今度は本当の病気らしいです。


 「じゅう……! い、いえ、お医者様か治癒師を!!」


 危ない危ない、思わず獣医さんをと呼ぶ所でした。


 しかし、アデル様を診察して貰うには、

龍の生態を良く知る方でないといけませんよね。

でもそれは、彼の正体がばれてしまう可能性があり、とても危険だ。

なにせ彼は蒼黒龍そうこくりゅう、しかも絶滅危惧種でありレア中のレア素材。


 その貴重な龍が街中で弱っているなんて知られたら、

賞金稼ぎの冒険者の皆さんが、このお屋敷に一斉になだれ込んで来る可能性が高い。

だから、事情を知る人以外にこの件を知られるわけにはいかなかった。


 今置かれている状況から、私は出来るだけ穏便に済む方法を考えた。



「イーア、アデル様の熱が高いので、本日は仕事をお休みしていただきます。

 急いでおじさま達を呼んできて下さいますか? お部屋に運ばないと。

 ユーディは、騎士団本部宛に手紙を書いて下さいますか?

 内容は私が口頭でお伝えしますので、それを書いて、

 居間にある、メサージスバードを使って飛ばして下さい。」



「「は、はいっ!!」」



 慌てて使用人の皆でアデル様を私室のベッドへと運び、

彼の上着と靴を脱がして寝かしつける。

しかし困った。この場合の対処法を私は知らない。



「リファ、アデル様にこういう事は前にもあった?」


「クウン……」



 首を振って、リファはおろおろ歩き回っている。

リファも初めての事で動揺しているらしい。

だから、リファの体でアデル様の体を包んで温めてくれるように頼んだ。



「どうしよう……アデル様……」



 龍は丈夫な生き物だと聞いていたけれど……心配だ。

一瞬、あの発作が起きたのかもしれないと思ったが様子が違う。

熱を出して乱れた呼吸を繰り返すその姿は、とても同じとは思えなかった。


 アデル様が病気になるなんて、きっとよっぽどの事なのかもしれない。

最近は魔物が増えて来たと言うし、騎士団の仕事も増えたせいだろう。

疲れが出て、体が弱ってしまったのだとしたら……。



(気付けなかった私のせいだ……)



 傍仕えとして、彼の体調を気遣わなければいけなかったのに。



(こんな時に、なんて自意識過剰なことを)


 アデル様が、ユリアである私に好意を抱くはずなんてないのに。



 私は泣きそうになりながら、ラミスさんに助けを求めようかと思った。

彼は龍仲間だから、きっと何か解決策を知っているだろう。


 私はリファに、行き先を告げて出て行こうとすると、

リファは自分の代わりに、ティアルをアデル様の横に寝かせ、私について来ようとした。


 だから私は、自分の部屋から毛布を運び、アデル様の上掛けに重ねる。

暖炉もまだ点いているし、直ぐに戻ってくれば大丈夫だろう。



「――直ぐに戻って参りますね? ご主人様……」



 目指すは騎士団本部、出来るだけ早く戻ってこよう。




※ ※  ※  ※



「――あ……うん、そうか、うん、分かった。分かったから。

 だから泣かないでユリア、あいつなら大丈夫だって、

 俺達龍族は、生命力が他と違って格段に強いんだ。

 ユリアを残して簡単にくたばったりしないよ。あいつ、もの凄くしぶといしさ」


「……はい……」



 騎士団本部で、泣きながらラミスさんに会いに行ったので、

皆様をとても心配させてしまいました。


 以前、ローディナの一件がありましたし、

今回も緊急を要する事態だとは分かっていただけたようなのですが、

辿たどり着くまでに泣きじゃくっていた私は、上手く説明するまでに時間が掛かり、

泣きながらラミスさんと相談していた事で、あらぬ誤解を生む事にもなって……。



「ラミルス副団長! なにユリアちゃんを泣かす事をしているんですか!?」


「うおおおっ! いくらラミルス様でも許せねえ!!」


「ただでさえ、俺達と話してくれる女の子は少ないのに!」


「まっ、まてお前ら!?」



 ラミスさんが私をいじめていると勘違いされ、

皆様に袋叩きの刑をされそうになり、大騒ぎとなりました。


 連絡を先にして置いたはずなのですが、まだアデル様の急病を知らない人も多く、

私は必死に泣くのを堪えながら、事情を話す事に。



「アデル様は私に居場所を与えてくれたのに、

 私はこんな時、どうしたらいいかも分からなくて……っ、

 誰かを呼ぶ事も出来なくて……私どうしたらいいのか……」


 

 命に関わる事だったらどうしよう、そんな事まで考えてしまって、

私は最悪の事態まで考えてしまった。


 まだ全然恩返しだってしていないし、彼の幸せをまだ見届けてない、

彼のお陰で、私はこの世界で生き延びてこれた。

沢山助けられていたのに、何も出来ない自分が辛くて悲しい。


 こんな時、私の知っている知識は何も役に立たない。

人間と同じように対応する事しか分らないのだ。

 

 アデル様の素性を知っているのは、同じ龍族出身の騎士の方達だけ、

その為、ラミスさんも紅炎龍の人だけを集めてくれて、

アデル様の症状について相談しました。


「大丈夫だよユリアちゃん。アデルバード様は強いから」


「そうそう、きっとそれは龍風邪と言って人間の風邪の一種だよ」


「龍の……風邪ですか? 龍も風邪を引くんですか?」



 紅蓮騎士ぐれんきしのお兄さん達が、命には関わらない事を教えてくれる。

本当に? そう言ってラミスさんを見れば、私の頭をなでて頷いてくれた。

他の人達が「規約違反!」とか色々騒いでいたけど、私はそれ所じゃない。

ラミスさんは何時ものように、好感のもてるさわやかな笑みを向けてくれる。


 その笑顔で少し安心できた。



「ああ、人間のように栄養のある物を食べて、薬草食べて寝ていればじきに治るさ、

 だから、そんなに心配しなくても大丈夫だよユリア」


「そう……なのですか、良かった。

 申し訳ありません。取り乱したりなんかして……」



 大事には至らないと聞いて、ほっと息を吐く。



「いやいや、女の子の訪問はいつでも大歓迎だよ。

 頼ってくれて嬉しかった。最近はアデルバードが君と話すのを凄く怒ってさ、

 俺的にはユリアと話せてラッキーだよ。だから気にしないで?」


「はい……ありがとうございます」



 その言葉を聞いて、私もようやく微笑む事ができた。


 いい人だなラミスさん。気さくで親しみやすくて……。

まるで私のお兄ちゃんみたいだ。メイドの私にも同じ目線で話してくれる。


 彼がヒーローの一人と言うのも、頷ける気がします。



「――ところでさ……ユリア、外に出てきて大丈夫なのか?」


「え?」



 ラミスさんに言われて私は首を傾げた。

はて? 何か出てきてはいけない何かがあったかな……?


 ――……あ。




『ユリア、寒くなって来たから君は外へ出ては駄目だ。

 ただでさえ体が弱いのに、冷たい外気に触れたらどうなるか、

 外回りの仕事は他の者に任せるんだ。いいな?』


 と……先日、アデル様に言われたばかりだったような……?


 アデル様の事で、いっぱいいっぱいになって忘れていたけれど、

私、虚弱体質判定ゆえに、ご主人様から外出禁止令を出されていた!?

ど、どうしよう、バレたらアデル様にめちゃくちゃ怒られる。

クールビューティなアデル様に、凍りつく様な目でお説教されるんだ!


 ――そして既に、ラミスさんにも無断で会いに行っているし……。



「……っ」


 泣く、絶対に怖くて泣かされる。

アデル様が怒っていると、びりびりと空気が張り詰めたように感じるのだ。

其方の覚悟まではしていなかったので、お説教は何時もの二倍かも。


 詰んだ。



「う……うう……っ」


「あ、ちょ、ちょっとユリア?!」



 私は顔を青ざめ、先程よりも豪快にだーっと涙が流れていった。

メイドなのですから、ご主人様のご命令には従うのが当然。

良い子のメイドを目指していたのに、また真っ先に破ってしまいました。

いえ、既に色々とやらかしている私ですが、心は良い子のメイドのつもりです。

つもりなんですよ!


 私は脳内で、


(リイ王子様に、時間が巻き戻せないか聞きに行くか?)


 ……と本気で考え、必死に現実逃避をしました。


「……っ」


 いいんだ、いいんだ……私はどうせ、おっちょこちょいメイドが関の山、

大人しく可憐なメイドの女の子なんて、きっと無理があったのです。

実践して分かる。ユリアと言う少女として過ごす大変さを。

 

 ……ふふ、リファ、今日もふかふかだね。

君の真っ白な毛並みだけが私の味方なのさ。


 横に居た、リファの真っ白でふかふかの体に倒れるように抱きついた後、

私は遠い目をしました……る~る~るるる~と歌ってみます。



「うわあああ~っ! ユリアちゃんが、

 あさっての方向見て、泣きながら笑ってる!?」


「なんかリファに、指先でくりくりやってるぞ!?」


「副団長が、ユリアちゃんを壊したあああっ!?」


「――……え? ちょ、ちょっと待って俺のせいなわけ?」



 一回沈んだら、浮上するのは直ぐでした。過ぎたる時間は戻せない。

ここは潔く状況を受け入れる事にする。役者は気持ちの切り替えが早くなければね。


 私は、がばっとリファに抱き付いていた腕を離して立ち上がると、

目の前のラミスさん達に懇願こんがんしました。



「お願いします。今日、ここへ私が来た事……黙っていて下さいますか?」



 うるうると瞳をうるませて、同情に訴えてみます。

演技力で鍛えた涙も、現在はマジ泣きをしていますので、

先程の感情に同調するだけです。


 皆様には同情を誘い、口止めをしておきましょう。

優しい龍のお兄様方は、私のお願いを快く聞いて下さいました。

あ、ちょっと勢い良く立ち上がったせいで、少し引かれてしまいましたけど。


 その後、ラミスさんが自宅の屋敷に龍風邪に良く効く薬草があるからと、

リファと一緒に彼の屋敷にお伺いする事になりました。




※  ※  ※  ※




「――ごめんな? 折角の機会だから、

 本当は中に招いて、お茶でも用意してあげたい所なんだけど、

 俺達の習性で言うと、ユリアを不用意に他の龍の巣に招いたら、

 後で俺やユリアが酷い目にうだろうからさ、

 これ以上、アデルバードを怒らせたくないだろ?」


「すみません。お気遣い頂いて……。

 薬草分けて頂いて、本当にありがとうございました」



 建物の外で、龍風邪に良いという専用の薬草を多めにゆずって貰い、

アデル様のお屋敷まで、ラミスさんが送ってくれる事になった。


 初めて伺った、ラミスさんのお屋敷の外観は立派で関心を誘ったけれど、

今は熱で苦しんでいるアデルが気がかりで、ゆっくりと外観を見ている暇は無い。

出来るだけ早く帰りたかった。


(良かった……相談して)



 薬草の入った包みをぎゅっと腕に抱いた私は、ラミスさんと並んで街中を歩く。


 ……そう言えば、冒険の時や騎士団以外でこうして彼と一緒に歩くのは初めてだ。

でも、気兼ねしないで話せるのは、ラミスさんの人柄のおかげだろう。

彼は落ち込んでいる私を何度も励ましてくれた。




「……最近さ、あいつの様子が変だった気がするんだよ」



 聞けば、アデル様は近頃、何かに悩んでいたらしく、

ラミスさんにさえ相談する事が無かったらしい。

そして、騎士団で起きた相次ぐ挙動不審の数々。


 お茶の入ったカップをテーブルにだーっと流していたり、

剣を振っているはずが、さやの方を振り回していたり、

挙句には頭を抱えて、部屋の隅にうずくまっていたりしたらしい。

思わず、ラミスさんが茶目っ気を言うすきすらない程に、

どんよりとした気をまとっていたそうだ。



「そう……だったんですか。では、体調不良はきっとそれで……」



 不眠症とかが影響してこうなったのかも。

そう言えば、今朝もドアを開けずに頭から突進していたな……。

おじサマーズが、直したばかりのドアを再び壊されて、悲鳴を上げていたけれど。


 あれも、その兆候の一つだったのか。



「ほら、ユリアも知っている通り、奴はさ野生育ちだろ?

 例え具合悪くても警戒して人を寄せ付けず、周りに助けを求められないんだ。

 元々、そういう概念が無いままで育って来たせいだと思う。

 野良猫同様に、じっと自力で耐えて治そうとする癖があるんだよ」


「そう……ですね。以前もそういう事がありました」



 屋敷の片隅で龍体になり、うずくまって痛みに耐えていたあの頃、

せめて自分は、あの人の助けを求められる存在になりたいと思っていたけれど、

まだまだ難しいのかな……と、しょんぼりしてしまう。



「いや……多分、あいつはユリアに弱い所を見せたくなかったんだろうな。

 龍のめすは強いおすかれるんだ。

 より良い子孫を残す為の本能で、やせ我慢したんだろうさ。

 ユリアに弱いおすだと思われて、愛想をつかされたくなかったんだろ」


「え?」


「……うーんと、あのさ、込み入った話を聞いてもいい?

 今、ユリアはアデルバードの事をどう思っているのかな?」



 それは、以前、リーディナ達にも言われた言葉、

そしてラミスさん自身にも聞かれた事がある。

あの時は「お義父さん」と軽い気持ちで答えていた。

彼は後見人になってくれていたし……。


 でも今は……私の心境は変わってきていて……。



「ええと……あの……」



 頬が熱くなる。考えただけで、封印した筈の気持ちがよみがえる。

それは決して、私が叶うわけが無いと思った想いであり、

結理亜ゆりあ」として、私が思ってはいけないはずの感情。


 ユリアに対しての裏切りでもあり、許されない気持ちだ。


「……私、私は」



 上手く答えられなくなった私は、

歩くことが出来ずに、その場に立ち止まる。


 ラミスさんの顔を見る事が出来なくて、うつむいた。

からからに口の中が渇いて、酷く緊張している。

素直に言ってもいいのだろうか、そんなことをして許されるのだろうか。


「――……」


 そんな私に気付き、ラミスさんは私の頭にぽんっと手を乗せ、

私の髪を優しくなでてくる。



「あー……やっぱそうか……そうなのかあ……。

 いや、何かさ、変だなと思ったのは、アデルバードの事だけじゃないんだ。

 ローディナがユリアの様子が最近変だと気付いて、俺の所に相談に来たんだよ。

 だから何となく、二人で何かあったのかなって思っていたんだ」


「ローディナが……?」



 私達の様子が、少しぎくしゃくしていた事に気づいて、

喧嘩けんかでもしたのかと思って、心配してくれたらしい。


 そして、彼女からそれを聞いたラミスさんは、

互いに相手をちらちらと、遠くからでも意識して見ていたので、

何となく事情を察してしまったのだと。



「……」


「俺の思った通りならさ、無理にそれを俺に言う必要は無いよ。

 言いにくい事を急に聞いたりしてごめん。

 きっとその答えを誰よりも聞きたいのは、あいつのはずだからさ」


「え……?」


「ユリアのように、あいつの中でも心境の変化があったんだろうね。

 そうかあ……あ~……ついにあの馬鹿も、とうとう気付きやがったのか!」



 ラミスさんの言う事が理解出来ない。

その言い方では、まるでアデル様が私の事を好きだと言っているようではないか。

……正確には「私」ではなく、「ユリア」の方だろうけど。


 頭をがしがしと掻くラミスさんの横で、私は放心状態になった。


 ありえない。そう、ありえないのだ。

ユリアとアデルバードが結ばれる台本シナリオなど存在しなかった。

彼が想いを寄せるのは女主人公の方であって、決して「ユリア」ではないはずだ。



「ごめん。急にこんな事を話して……動揺したよな?

 あいつは龍族だし、野生で生きてきたから、ユリアとは価値観も生き方も違う存在だ。

 人としての常識が通用しない事もある。それに君が苦しむ可能性もあるんだ」


「……」


「もし君が、それを受け入れられないと少しでも思うのなら、

 俺に助けを求めてくれれば、なんとかあいつから逃がしてあげるからさ」



 基本、龍族と人間の娘の恋は破綻はたんしやすいものらしい。

だから、真剣にお付き合いするまでに関係は解消される事がほとんどで、

それを知っているから、人里暮らしに慣れている龍族の場合は、

不用意に人間の娘との関係に踏み込めないという。


 けれど……これまで野生暮らしのアデル様は、その折り合いの付け方が下手らしく、

彼が本気になると、とても厄介なものに発展するかもしれない……との事。



「俺は一応あいつの友人だし、幸せになって貰いたいとも思ってるよ。

 でも……ユリアも俺にとってはとても大事で幸せになって欲しいんだ。

 アデルバードがユリアを伴侶として本気で求め始めているのなら、

 君の行動次第で、奴はあっけなく暴走すると思う。だから……良く考えてみて?」



 ――それほど、龍と恋仲になるのは命がけなんだ。


 その後、屋敷までどうやって帰ってきたのか覚えていない。

私は気付いたら屋敷の玄関の前に立っていて、ラミスさんは居なくなっていた。


 下を見ると、先程からリファに、スカートを引っ張られて呼ばれていたのに気づく。



「……クウン~?」


「うん……そうだ。今はアデル様の看病が先だよね?」



 慌てて屋敷の中へ入り、薬湯を用意してアデル様の部屋に向かうと、

アデル様はなぜかベッドからい出て、床にうつ伏せの状態で倒れていた。

不思議な事に、右手にはピンク色の花が握られており……。

まるで力尽きたかのような姿だった。



「アデル様っ!?」



 慌てて持っていた薬湯をテーブルに置き、彼に駆け寄ると、

私が近づいてきたのが分かったのか、

ぜえぜえ言いながら私の両手をがしりとつかんで来た。


 彼が顔を上げると……その瞳は金色に光っていて……。

獣の瞳そのものになっていた。びくりと体が硬直する。



「……どこに、行っていた?」


「あ、あの、アデル様の薬草を分けて貰いに……」



 出かけていたのを見破られたので素直に話す。

でも、言っている途中でアデル様は私の腰に両腕を回し、腹部にしがみ付いてきた。



「駄目だ……行くな……ユリア……。

 大丈夫だ。君は俺が守ってやる……何があっても俺がきっと……守ってやるから」


「アデル……様……?」


「俺の……傍に居てくれ……」



 そう言いながら、彼は腕を伸ばし、私の髪に持っていた花を飾る。

その時、ラミスさんの言葉を思い出した。



『――知っている? 龍が異性に花を贈るのは求愛行動の一つなんだよ』



(求愛……?)



 私はずっと彼に花を贈られていた。ラミスさんの言った事が本当ならば、

それはつまり……かなり前から彼に求愛されていたという事なのだろう。



(待って、違う、アデル様が好きになるのは主人公のはずで、

 ユリアに求愛するなんてことありえないのに)



 そんな事無い、あるわけ無いのに……。

でも、彼の行動はそれを裏付けていた。


 ぐいっと後頭部に手を添えられ、顔を引き寄せられた時、

私はアデル様にキスをされていた。伝わってくるアデル様の熱。

唇に触れたのは、ほんの一瞬だったけれど、でも……。

その意味を知るには十分の出来事で……。


「……っ」


「う……」


 腕の中で崩れ落ちるように意識を失ったアデル様を、

私は受け止めてぎゅっと抱きしめる。


 こんな状態になってまで、私の為に花を摘んで来てくれたのだろうか?

彼の足は土で汚れていて、それが彼の必死さを感じた。

苦しいのに、それでも私に手渡そうとしてくれたのだろう。


 膝枕をしてあげて、眠る彼の頬に手を添える。



「馬鹿だな……私……」



 例え何があっても、自覚してはいけなかった想い。

いつかその場所を、ユリアと引継ぎをする為にこの感情は邪魔なものだった。


 立場を明け渡さなければいけない私には、とても辛いものなのに。

それなのに私は、それを認めずにはいられなくなってしまった。



(――私……やっぱりアデル様の事が好きなんだ……)



 それは、本物のユリアと同じように、彼にいだいてしまった感情。

私が演技をする上で知らなかった経験。私に欠けていたもの、

頬を伝い落ちる涙を拭う事もできず、私は気付いてしまう。


 こんなにも必要とされているのに……。

いつかここから消える私には、それに応える資格すら無いのだと……。

少なくとも彼の気持ちに応えるのは、受け取るべきなのは、

本物の「ユリア」という少女なのだから。


 この世界に来て、ずっと願っていた。アデル様とユリアの幸せを。

それなのに、不毛な恋に気付いてしまった私は、今はそれが苦しい。


 ……ある偉い人は言いました。

演技の為にも恋はしなさいと……でも……。



 こんな辛い恋なら、知らない方が良かった。







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