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43・お買い物計画

 


私がユリアの代わりに役割を演じる事を決めてから、

体を返す事が出来た後の事を想定して、

私は密かにある準備を続けていた。



 日記とは別に、こちらの世界の言葉で書いているメモ。

それはアデル様やリファ、この世界で私が知り合った人達の名前と特徴、

交友関係や好みや苦手な事等のその人に関する情報、

横に簡単な絵も書いてみて、人物辞典なるものも作ってみた。



(本当のユリアが、もしも戻った時に困らないように……。

 出来るだけ、私がしてあげられる事をやっておこう)



 そう思って、私が演じているユリアに伝えておきたい情報を記しておいた。

この世界で知り合った、大好きなみんなを託せればいいなと思っていたから。

だからこれは、ユリアの引継ぎの為に必要なものだ。


 そんな事を考えつつ、ふと、書いていた手を止めて目を閉じる。


 ――ねえ……ユリア……あなたは何処にいるの?


 ――私……あなたの居場所、ちゃんと守れているのかな?


 ――私、きちんとあなたの代わりを果たせている?



 心で呼びかけるのは、本物のユリアと言う名の少女。

この世界に来て、誰よりも近い存在なのに誰よりも遠く感じる存在。

届いているといいなと思いながら、そっと目を開けて書くのを再開する。


 ……相変わらず、私の字は習得が上手く出来ていない状態なので、

所々、つづりをみんなに教えて貰ってから書き記しているから、

もしかしたら間違った表現とか文法とかあるかもしれませんが、

彼女が許してくれる事を祈りますよ。



「……と言うか、あの子に通じるといいな。うん」


「みい~……ユリア、カキカキ、オワリ?」



 夢中で作業をしていると、ティアルが私のひざの上によじ登って来て、

机の上の物をのぞきこんだので、一瞬私の思考が鈍る。


(ああっ! まずい!! 見られたらバレる!?)


 思わずティアルのわきをこちょこちょしたら、

ティアルは、にいにい、にゃんにゃん言って身をよじる。


「みい~クスグッタイノ~」


「ふふ……っ」


 今度、ティアルにも、ペットマッサージをやってあげようかな。

健康状態の確認とスキンシップに、ペットマッサージはとてもいいそうですし。



(……それにしても)


 ティアル、もう数ヶ月経っているけど成長の兆しなしだなあ……。

妖精さんだから、体が大きくなる過程は普通のネコさんと違うようです。

リファは小さいままだから大喜びなんだけどね。お世話が出来るから。



「じゃ、もう終わりにしますか。これからみんなでお出かけですよね。

 ティアルの準備はもういいのですか?」


「みい! イイヨ~」



 そう言って、右の前足を上げるティアル。

そんなティアルに私は外出用の上着を身につけてあげる。

最近、ほっかむりスタイルを凄く気に入っているように見えたので、

ティアルには、猫耳フード付きの赤いミニマントを作ってあげました。


(赤だと目立つから、はぐれた時に見つけやすいですし)


 きちんと耳も入れられるように、試行錯誤して頑張りましたよ! 私。

これなら、ティアルの防寒具としてもいいですからね。



(……ふふっ、今度リーディナにも見せてあげよう。きっと喜ぶよね。

 猫ずきんちゃん。ティアルの黒い毛との相性もいいですし)



 ちなみにミニマムサイズのリファにも、水色マントを作りました。

こちらは狼ずきんちゃん、ティアルとおそろいのデザインです。

マントを着込んだリファ達を抱かかえ、マイバッグを持参して、いざ出発です。



※ ※ ※ ※




「――あ、あの、ご主人様。本当に私どもの分まで買って頂いても?」


「ああ、俺には君達の好みは分からないから、

 ユーディ達も好きなものを選んでみるといい。装飾品が欲しいのなら、それも……」


「いっ、いいえ、十分です!」



 ユーディとアデル様という、珍しい組み合わせで会話がなされている。


 金銭感覚が余り無いのか、メイドに自ら装飾品を勧めるご主人様も珍しい。

でも流石に、メイドに宝石とか豪華な首飾りとかは、

必要ないんじゃないかなと思いますよ。



 少しずつではあるが、アデル様は人と接する時に眉をひそめなくなってきた。

そして魔法具の効果から、徐々にユーディとイーア達とも仲良くなってきている。

良い傾向です。私はアデル様に手を引かれながら、うんうんと頷いていた。


(一方、私は……)


 ええ……本日も恋人つなぎでお出かけだったりしますよ? こほん。



(ご主人様とお出かけ嬉しいな)


 と心の中で連呼して、本日もイメージトレーニングです。


 大好きなご主人様の為、割り切りましょう!

そのうち、脳内で作詞作曲、メイドイン私でお出掛けソングが出来そうです。


 こうして私達が出かける事になったのは、季節の移り変わりが理由でした。


※  ※  ※  ※


――三日前。


『――くしゅっ!』


 そろそろ肌寒くなって来た頃、私はアデル様を玄関先でお見送りする際に、

目の前で、盛大にくしゃみをして震えてしまったものだから、

アデルに様とても心配されてしまいました。



『ユリア? 寒いのか?』


 そう言いながら、アデル様は自身の着ていた上着を肩に掛けてくれました。


 そろそろ暖炉の準備とかも必要で、

冬支度も本格的に視野に入れて今後は行動しないといけませんね。

でも流石に、秋、冬用の衣服を仕立てるのは不安が過ぎります。


 生地の知識も余り無いので……。

やはり、しっかりとした作りと材質の物が欲しいですね。



『も、申し訳ありませんアデル様』



 騎士団長様を遅刻させるわけにはいかないので、

上着はお返しするとともにリファに抱き付いてしのぎます。

でも、返したはずの上着は、再び私の両肩へと掛かりました。



『いや……謝らなくてもいい。これは遠慮せずに使ってくれ。

 俺とは体の作りが違うんだ。もう少し暖かい服装をした方がいいな。

 君用の外套がいとうや手袋など用意しようか』


『あ、大丈夫です。今度ののみいちで買いそろえる予定なんです。

 だから、もう少しだけこの格好で我慢しようかなと』



 野生育ちの龍のアデル様には、この位の寒さは大した事無いらしく、

リファもティアルも、ふわふわの毛におおわれているから、大丈夫そう。

問題は、コットンドレスに身を包んだ薄着の私です……。


(流石に……厳しい状況になってきましたね……)



 体が弱い認定を受けている為に、心配をされまくり、

おじ様達が買ってくれようとしたのですが、そのお気持ちだけを頂いて、

今度のいちでそろえようと計画していたのです。

だから今は、ひたすら我慢の子として頑張ろうかと!


 すると、アデル様から予想もしない言葉が……。


いち?……今度のいちは延期になったそうだぞ?

 道を整備する為に、大通りの広場を一時的に通行止めにするらしい』


『!?』


 ――なんですとっ!?



 ガラガラと崩れる。私のお買い物計画。

脳内では、もうあれこれと思いを膨らませていたと言うのに……っ!!


『……ユリア?』


『……』


 ショックを受けて、固まる私の頭をアデル様がなでる。

だから、それまでそれを着ていろと、私に掛けた上着のぼたんを留めていく。


 とてもじゃないが、更に次のいちまで耐えられそうに無い。

これは早々に必要なものをそろえる必要が出てきました。

風邪を引いたりでもしたら、またみんなに迷惑を掛けてしまう。



『その様子だと、直ぐに手配した方が良いな、

 防寒着はきちんと専門のものに仕立てて貰おう、

 人間は寒さにとても弱い、体を壊したら大変だ』


『はい……』



 今回は、素直にアデル様のご好意に甘える事にしました。


 ……で、私と同じようにくしゃみをした人物が居ました。

私のメイド仲間であり後輩、ユーディとイーアです。

彼女達も私ほどではないですが薄着だったんですね。

その為、彼女達も誘ってお買い物に行く事にしました。


(ユーディ達は成長期ですし……)


 二人とも、今まで周りの方からお下がりなどを頂いて着ていたらしく、

ちょうど替える頃合だったそうで、今まで持っていたのは年下の子達に譲ってしまい、

そろえる為に必要なお店を教えてあげたいと思いました。


(二人は自分の事よりも年下の子の心配をしていましたからね~)


 きっと私のように、いちでそろえる予定だったのだろう。


 ――と言うわけで、本日の参加メンバーは、

私とアデル様、ティアル、リファ、後輩のユーディ、イーア。

……の皆様でお買い物をする事になりましたよ。


 ユーディ達は、二人ともお給料の殆どを仕送りや返済分に当ててしまう為、

何時まで経っても、自身のものを余り買いそろえられないという事情もあり、

その為、おじサマーズ、おじいちゃマーズ達が心配して、

お金を出し合って、必要なものを買ってくれるという事になりました。


 ……が。



「必要ならば俺の方から金を出そう。長い事務めて貰っているからな」



 ……ええと、確かまだ彼女達は2ヵ月の筈なんですが? ご主人様……?   


 アデル様にとっては、「よく自分に耐えてくれた」と言う気分なのでしょう。


 メイド志望の方が、最短数分で泣きながら逃げ出す事もあった為に、

2ヶ月も居てくれるなんて!! と感動したのかなと思った。

……うん、何というか……本当に良かったですね? ご主人様。


 そんなわけで、アデル様がスポンサーとなって、今日はみんなでお買い物です。

お着替えしたティアルは、お買い物と言うと目を輝かせていて、

「ティアルモ~ティアルモ~」とアデル様にぎゅっと抱きついておねだり。


「ティアル、アデル様の頭の上でしがみ付くのは止めましょうね?」


 男性の毛根はとてもデリケートなので、気を使わないといけません。

ほら、先日はルディ王子の髪の毛を抜いてしまったじゃないですか。


 そんな私の声を他所に、ティアルは魅惑の猫なで声でおねだりします。


「にい……オネガ~イ?」


 くおおお! 何て可愛らしいんだ!!

これは私だったら一発KOの必殺技ですよ!!


 役者が、子供と動物には勝てないって言うのは本当ですね!!

この愛くるしさを表現出来るのは、本物じゃないと無理でしょう!



「……っ、分かった。ティアルのも何か買ってやろう」


「みいみい! アデル、スキ~」



 ……小動物に弱いのはアデル様もですね。

頭から降りたティアルは、アデル様の肩に跳び乗って、

尻尾をフリフリしてご機嫌です。


 丁度良いので、ティアル用のお皿も買ってあげようかな。

食べ易いように、深皿の方がいいかなと思っていた所だったので。


 そう思っていると、アデル様の空いた方の手が私の頭の上に乗りました。

え? と、アデル様の方を見ると……。



「ユリアも他に何か欲しいものがあれば言うといい、

 俺に遠慮なんてしなくていいぞ?」


「あ、ありがとうございます」



 ふわりと微笑まれて、何だか頬が熱くなりました。

不意打ちでされますと私の心の準備が……っ!

少しずつ、何だかささくれていたアデル様も、印象が変わりつつあるように思えます。


 その笑みだけで女の子が倒れると思います。私も今にでも倒れそうですよ。


(でもなんだか嬉しいですね。アデル様の笑う所が、

 こうして少しずつ多くなっているのを見るのは……)


 彼が幸せそうだと私も幸せに思えます。胸がぽかぽかしますよ。



(だいぶ、人間としての暮らしに慣れて来たのかな?)



「――時間が掛かるから、先に仕立ての注文を済ませよう」


「はい、アデル様」



 ユーディ、イーア達が服の持ち合わせが少ないという事で、

仕立て屋で外套がいとうなどの秋冬用の服を注文した後、

その店のお針子さんに相談してからドレス用の生地を買う予定になっていたので、

私も新しい服を仕立てるべく、生地を買って頂きましょうかね。



(皆で仲良く、アトリエの暖炉の前でお裁縫さいほうするのも楽しそう)


 あ、そうだ。アデル様用の生地も見て来ましょうか?

よく体を動かす方ですし、直ぐ服を駄目にする事も多いので、

耐久性があって、肌触りが良くて、通気性も……そうなると色々と悩みますね。


 仕立てはまだまだ勉強段階ですが、大丈夫、

私には、お裁縫上手なヒロインのローディナが居るもの!

それに物づくりは好きです。作り上げた時の達成感はいいですからね。

ものすごーく時間が掛かる事を除けばですが……。



「あの、ユリアさん……」


「ん? はい、何ですか? イーア」


「その……私達が、お二人にご一緒しても良かったのですか?」


「え? 何でですか?」



 おかしな事を聞かれるものだなと思いました。

今日はユーディとイーアの物を買いそろえる事も含まれてます。

大家族出身のユーディ、そしてイーアは孤児院育ちとあって、

経済的な事情から持っているのは最小限。


 その為、今回私の物と一緒に買いそろえようと思ったわけで……。


 私もメイド役を頂いた時に、メイドさんの資料を調べて読んだのですが、

お屋敷に勤める使用人を家庭から出すに当たって、

制服やストッキング、キャップや靴などの必要経費は自腹で事前準備が普通なので、

娘を出稼ぎさせるのに、親戚中からお金を借りる事もあったそうで、

家計に相当な負担が掛かったそうです。


 その為、仕送り分、借金の立替の返済分、そして将来の貯蓄を……となると、

自分で使えるのは、ごくわずかとなりますね。


 雇用主であるご主人様、奥方様が気前のよい方ですと、

制服の生地代を支給して下さる方も居ますが、最初はみんな自前。

だから、今日みたいに好きな生地を買って頂くのは、

とてもありがたい事のはずですが……。



「あの……その、ご主人様とユリアさんのお出かけでしたのに」


「え? 私達はお二人の付き添いでもあるのですが?

 元々、みんなでお買い物に行く予定でしたよ?」



 ですよね? 勿論、ティアルとリファもそのつもりです。

リファは私の肩の上で首を傾げておりました。

あ、もしかして、イーアと二人だけでお買い物をしたかったのでしょうか?

だとしたら悪い事をしました……お邪魔をしてしまったんですかね?



「いえ! せっかくのお二人のあいび……デートだったのにと思いまして!

 私達の方が付いて来てしまっては、お邪魔じゃないですか?」


「は……?」


 デート、そう言われて顔が一気に火照った。

それってあれですよね? うふふ、あはは、きゃっきゃで、

捕まえてご覧なさ~いな、ピンクオーラ満載のあれですよね?

私としては未知の体験、憧れなんかもちょっぴりあったりするものですが。


(確かに、確かにご主人様であるアデル様と、恋人つなぎなんぞ私はしておりますが、

 しておりますけど! 彼とはそんな関係にはなっていませんよ?!)


 内心パニック状態です。



「――……ええと……あの……」


 だがしかし! イーアに説明する良い方法が見つからなかった。

私の上手い切り替えしワードには恋愛要素に関するものはなく、

また、誤解を解く為に、必要な知識も乏しかったのである。



(どっ、どどどどうしよう誤解されまくってませんか? 私~っ!?

 これは違うんです。龍のお散歩の延長線上にある行為なんです!!)



 慣れとは恐ろしいものである。

毎回アデル様が当然のようについて来て、私と手をつなぐものだから、

すっかり私も、彼の行為をすんなり受け入れていました。


 自分から見たら彼と手をつなぐのは、リード代わりのつもりだったのだが。


はたから見たら、これは恋人同士に見える気がする。

 ……いや、絶対そうなのだろう)


 誤解されると屋敷でアデル様に言っておきながら何ですが、

自分もそれを許容していた部分がありました!


 どうしよう……だからと言ってアデル様が龍のお兄さんで、

これはやましいものじゃないんだと、そう言うわけにもいかなくて……。


 今更、アデル様の手を振りほどいたりでもしたら、彼が傷つくだろうし。



「で、デートじゃあ……無いので、大丈夫ですよ?

 今日は、お二人のお買い物の付き添いでもありますから。

 その……アデル様は保護者的な意味でいらしたのでしょうし」



 ほんの少しだけ否定するのがやっとでした。

下手な事を言ってアデル様を傷つけてもなんですので。

ただ龍と仲良くなっただけの事で、じゃれ合いみたいなものなのです。


(そうか、そうか~……以前から私とアデル様がやり取りしている時に、

 目を背けていたり、顔を真っ赤にしていたり、一歩下がって見ていたのは、

 私達をそういう風に見られていたという事なのか~)



 てっきり私は他の女性達のように、

アデル様の事が怖いのかなと思っていたのですが。


 私とアデル様が恋人同士だから、気を使おうとしてくれていたみたいです。


 実際は違うのですが……この状況は誤解させるのに十分な効果ですよね。

私は悩んで、アデル様と手をつないでいない方の手をイーアとつなぎました。



「私はアデル様に後見人になって頂いて、家族になりました。

 でもイーアもユーディもお屋敷の皆さんは皆、私の家族みたいなものですから。

 家族がこうして一緒にお買い物するのは、そう変な事でもないですし」


「あ……」


「だからどうか気にしないで下さい。これは家族でのお出掛けですから。

 アデル様に甘えて、今日は良いもの買って頂きましょうね?」



 にこっと笑ってごまかしてみる。

この時、イーアはとても嬉しかったと後で言ってくれた。

孤児院出身である彼女は、家族とこうして出かけた思い出が無かったと言うから。



「……ありがとうございます。ユリアさん」


「ふふふ、いえいえ」


「じゃあ、私とも手をつなぎましょ? イーアさん」


「ええ、ユーディ」



 ユーディもイーアと手をつなぎだし、私達はクスクスと笑いあう。

一人でお買い物も楽しいですけれど、みんなでお買い物も良いものですよね。


 通行の妨げになるといけないので、イーアとつないだ手は少ししたら離しましたが、

ユーディが代わりに、ずっと彼女と手をつないでいてくれて、

私はその姿を微笑ましく見守っていました。


 その後、私達は最初に仕立て屋で好みの色と生地を選び、デザインを選び、

サイズを隅々まで測って、上着を注文、既製品となっていた帽子、手袋を買い、

荷物は屋敷へ届けてくれるようにと頼みました。


 ただ、ここで少し弊害へいがいが……そう、ご主人様です。



「ユリアには何色がいいだろうか? 桃色に……いや、いっその事、白に……」


「あ、あの、アデル様~?」


 外套がいとうに使う生地の色を選ぶだけで、この悩みっぷりです。


 ユーディとイーアは個人の好きにさせていたのですが、

私の注文の時になると、色々と生地見本を私に合わせて悩み始め……。

ティアルが退屈して、リファにもたれかかって眠り始めてしまい、

私は慌てて、合わせやすいシンプルなハシバミ色を選びました。


 アデル様はもっと明るい色でも……と言っていたけれど、

メイドですからね。一応……急ぎの時は制服の上から羽織るので、

公私ともに使える物が欲しいと、そうお願いしました。


 そして次は雑貨屋に入り、ティアルの食器を購入する事に。

可愛い物が大好きなティアルは、猫の絵が描いてある深皿を選びました。


「みい、ネ~?」


 人の多い所で興奮したティアルが、アデル様と話そうとしたので、

私とリファで、ティアルのお口を塞いだのは言うまでもありません。



「ティアル、ティアル、こういう場では、猫語のみでお願いしますね?」


「みい? みいみいみ?」


「はい、それでお願いしますね?」



 頭をなでると、目を細めてにゃあにゃあ鳴いています。

もっとティアルをなでてあげたいけれど、用事が終わってからね~?


 お屋敷の皆さんには、ティアルが人語を喋られる事は周知となりましたが、

まだまだ街中での会話は、流石に危ないのではないかと思いました。

何せ、レア素材ともなるケットシーですからね。


 一応ティアルのお出かけの際には、王家の刻印がされた腕輪をさせてますが、

万一という事もあるので、気をつけたいと思います。


 その為、人の多い所では普通の子猫になって貰いました。

大丈夫、アデル様さえ居れば、ティアルの通訳には事欠かないと思います。


 ついでに……アデル様の肩の上に居てくれれば、

動物好きの、優しい騎士団長様の出来上がりです。

好印象だと思いますよ! これは!!


「ありがとうございました~!」


 店員さんが元気良く声を出す。


 会計をしてティアルのお皿を包装して貰い、バッグにしまうと次は本題です。

ローディナお勧めの生地屋さんに向かうと、沢山の服飾資材が私達を待っていました。

圧倒されるほどの数の布が、筒状になって所狭しと並んでいます。



「今まで午後用のメイド服しかありませんでしたから、

 午前用の華やかな色合いのがいいですね。 

 後、よそいき用のも買っておきましょうか」



 そう、メイドは本来、午前と午後で制服を着分けるのです。

午前は水色にストライプの線が入った花柄やピンク色の生地など、

明るめの色が使われて、午後は落ち着いた色のグレーや黒、紺、茶色などが選ばれます。



 ……ちなみに私は紫の生地なので少し例外の色合いです。

ほら、ユリアの設定がそんな感じでしたので、彼女のイメージカラーですからね。

ゲームとかではシックな制服ではなく、華やかな物が多い為でしょう。


 ちなみにご主人様の好みの色が指定されて、用意する事もあるらしいですが……。



「好きなのを選ぶといい」



 ……という、アデル様のご意見を頂きましたので、

各自、好みの生地を選んで行こうと思います。

勿論、お屋敷勤めの身なので、制服に合うものを選ばなくては。

合流する時間を決めて、私はアデル様と一緒に生地を見ていく事にしました。


 持って帰るのも大変そうですが、配達料の節約の為にも今日は頑張りますよ!



「ユリア、この色はどうだろうか? 深い緑色でユリアの髪にも合いそうだ」


「あ、綺麗な色ですね」



 その色は、自然な色合いの深緑。アデル様の好きそうな森の色だ。


 端には白いラインが入っていて、バラとイラクサが描かれていた。

確かに触り心地もいいし、動きやすそう。

では、まずはこれを候補に入れておこうかな。


 私のだけじゃ何なので、アデル様のは私が見立てる事に。

何時も黒をベースとして着ている方なので、

爽やかなブルーのモスリンを手に取る。

状態を確認して、アデルの胸元に生地を当てて見た。


 身につける色で印象って変わりますからね。

爽やか系のお兄さんになって貰いましょう。

まあ、これは今の時期には合わないと思いますが。



「……うん、アデル様、こういう色もいいですよ。どうでしょうか? 触ってみて下さい」



 そう言って話しかけると、アデル様は生地ではなく私の頬をなで始める。

いやいやいや、触るってそっちじゃないですから!

前から思っていましたが、アデル様はスキンシップが好きな龍のようです。


 いや、それとも蒼黒龍そうこくりゅう自体が、

意外とフレンドリーな種族なのかも知れません。


 何も言わないのなら、私が勝手に選んでしまいますからね!

と言う訳で、アデル様はさわやかブルー系でまとめようと思います。


「クウン」


「あ、リファ、何かいいのありました?」



 私の肩に乗って見ていたリファは、肩から飛び降りて一つの生地を示していた。

それは、リファの毛色のように白銀色の光沢のある生地、

二枚仕立てになっていて、表面がレースのように編みこまれてある。

手に取ってみると、すべらかな感触が手に馴染んだ。



「うわあ……とても綺麗な生地ですね。リファの毛の色と同じです」


「あ、それは花嫁のドレスに使われる生地なんですよ」



 私が手にとっていた生地を見て、近くで作業をしていた店員さんが、

にこにこと私達に話しかけてくれた。


 そうか、花嫁用のだからこんなに高いんですね?

値段のタグを見て私はなるほどと頷いた。

レースも使われているし、この生地を織るのはさぞ大変だったのだろうな。

うん、これはそっと元に戻しておこうか。汚したら大変ですもの。



「そうか……問題ないな。ユリア、それでドレスでも作るか?」


「え? いえあの、花嫁になる予定は今の所は無いので、

 これを買う必要がですね……?」



 令嬢用のドレスは一着のみだから、

あれ以外持ち合わせが無いと、流石に不味いかなとは思ったけれど、

何も花嫁用の生地でドレスを作る事も無いだろう。


 第一、お付き合いしている方も、結婚してくれる相手も居ない訳で……。

そんな事を言ったら、かの龍のお兄さんは見事なボケを演じて下さいました。



「俺の花嫁になればいい。俺は構わないぞ? ユリア」


「はい……?」


「ユリアが花嫁のドレスを着たいのなら、花嫁になればいい。

 人間は教会で式を挙げるらしいな。他に希望があれば聞くが……何かあるか?」


「いえいえいえ、今の所その必要は全く無いので、遠慮しますね?」



 なぜ、なぜ私とアデル様が、結婚する事を前提で話が進んでいるのでしょうか?


 以前、「家族にならないか?」の発言は、そういう意味ではなかったはず。

私を子ども扱いしていたし、そういう対象でもない筈です。


 もしかしたら、結婚イコール仲のいい人とずっと一緒にいる事と解釈した?

それとも、私のような複雑な娘を保護する為に必要かと思ったのかも。

ほら、夫の立場なら、妻を守る名目が出来るし。


 どちらもありえそう……責任感の強い人だから……。


 でも、彼に其処までして頂くのは流石に申し訳ないかな。



「お気持ちは嬉しいのですが……」



 さり気なくお断りしたら、アデル様は私の手を取り、

俺の花嫁になるのはそんなに嫌なのか? としょんぼりされた顔で聞かれました。


(そんな、そんな顔をしないで下さい、アデル様!)


 私の頭の中で、しょんぼりした龍のアデル様が目に浮かぶじゃないですか!

頭をなでくり回したくなるじゃないですか!!


 あの、アデル様は人間の結婚を余り理解されていないのでしょうか?

メイドに結婚するかと、ノリノリで言ってくるご主人様も珍しいですよ。



(えと……この場合、どうすればいいんだろう?

 ユリアはアデル様が好きだから、これはむしろ嬉しい事なんだろうけれど、

 彼女が確実にここへ戻って来られるという保証がないと、

 うかつに返事も出来ないわけで……)



 シナリオ通りに行かない部分がある事を、ここへ来てから沢山知った。

だから、登場キャラクター同士が結ばれるという事があっても、

可笑しくはないと思う……思うけれど……本物のユリアが戻って来ないと、

自動的に私がアデル様のお嫁さんになるんだよね。


(お嫁さん……お嫁さんかあ……それを言ってあげるのは『私』ではないと思うんです。

 少なくとも偽者の私では、その言葉を受け止める人は他の人だから)


 これがユリアでなく、女主人公でアデル様と恋仲になっていれば、

そういう未来もあったのだろうなと思います。


 女主人公でアデルルートを進む場合、恋か友情か選べて、

恋愛が絡む時は、ユリアが彼女の恋を応援し、

いずれはユリアが彼女に仕える。そんな状況になるわけで。


 男主人公でアデルルートの場合は、アデル様との友情イベントが起き、

その中の隠しルートを選ぶとユリアとの友情、もしくは恋愛が選べて、

恋愛が絡む場合はユリアがアデル様への想いを止め、

主人公と恋仲になる……もしくは彼女が実家に引き取られるという展開がある。


 でも、アデル様とユリアが結ばれる話はないのだ。



「あの……アデル様の事が嫌な訳ではありません。

 ただ、まだ少し私にはそういう事は早い気がいたしまして、

 特に今すぐ、是が非でも花嫁になりたい訳じゃなくてですね?」


「そうなのか?」


「はい」


 アデル様と結婚……そう想像して顔がぼっと熱くなった。

彼の天然ぶりもこのまで行くと罪作りです。本気にしたらどうするの。

おろおろと言葉に困っていると、アデル様に肩を掴まれて、

ぎゅっと抱き寄せられました。



「分かった……困らせてすまなかったな。

 それじゃあ、君が気の向いた時にでもしようか。

 若い娘は、結婚に憧れると部下の持っていた本に書かれていたから、

 てっきり、ユリアも早めにしたいのかと思った」


「は……え?」



 ――気が……向いた……時って?


「若い娘は、婚期を逃すと恐いとあったんだ。

 怖いとはどの程度の恐怖なのだろうか? 俺には想像も付かない。

 何か呪いが掛かっているのなら、解いてやりたいのだが」


「の……呪い?」


「結婚すると解けるらしい」


 えと……その為の結婚ですか?


 アデル様は結婚を一体どんなものと考えているのだろうか? 儀式?


 もしかして結婚に興味があるのでしょうか? 

人間の風習などにも興味がわいたのかなアデル様。

そのお相手であるユリアは、人間の女の子になるのですが良いのですか?

女主人公ちゃんみたいな、バリバリ高い能力も持っておりませんよ?


(一体、結婚をどんなものと考えているのでしょうね?)



 とりあえず、今は恐ろしくないので、大丈夫です。

そう言って、なんとか理解して貰いました。

大丈夫です。アデルの考えているような恐ろしい事は起きないと思います。



(ああ、びっくりした。……なんだろう……胸がどきどきする……)



 離れる時に、額に感じた僅かな熱。


 その意味を理解するのが何だか信じられなくて、私はうつむいた。

アデル様が会計を済ませて、他の皆と合流し帰路を歩く私達。

そんな中、まだ頭がぽわぽわとした感覚で、アデル様に手を引かれて歩く。


 ふわふわ、ふわふわ……。


 込み上げた感情は、何か分からぬままに、

本日のお買い物は、無事に終了しました。


 だから、私は気付かなかった。

ほわほわして他所を見ている間に、アデル様がその生地を一緒に買っていた事を。

そして私の荷物の中に、いつの間にかあの白い生地も入っていて、

帰宅した私がそれに気付き、頭を抱えて悶絶したのは言うまでも無い。


 アデル様いわく、いつかは必要だろうとの事。

白いドレスは、魔除け用ではないんじゃないでしょうか……?


 どうしよう、一度裁断して購入した生地は、返品不可なんですよ?







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