42・ティアルの里帰り
庭に植えられている木から、木の実が多く取れる季節になった頃。
私は収穫したロムというベリーの果実と、
保存して置いたラルクスの実で、スコーンを焼きました。
ラルクスは以前、ローディナ救出の際にアデル様に食べさせて貰った実です。
最近知ったのですが、これはティアルの大好物だったそうですよ。
情報源、リイ王子様でした。
なので早速、私はティアルに喜んで貰おうと作ってみましたよ。
「お待たせしました。はい、ティアルの分ですよ?」
「みい~、アリガト、ユリア!」
生地に練りこんだ。ラルクスのスコーン。
最初は、みいみい言いながら、喜んで食べていたのですが……。
「みい……ママ……ママモ……コレ、スキ……」
「ティアル?」
ふと、ティアルは思い出してしまったのです。
その木の実は、ティアルのお母さんも好物だったという事に。
ティアルはその日から、空を見上げて、
「ママ……」と寂しげに呟くようになりました。
ティアルのお母さんも、ケットシーでありレアな種族。
見つけるのは、並大抵の事ではない為に私達も苦戦しております。
母親から逸れてからというもの、ルディ王子様も知り合った私達も、
皆でティアルの同胞、もとい家族を探し求めるべく動いていて、
冒険にも連れて行く事で。手がかりはないかと行動しておりました。
「――……駄目だ……今日もそれらしい手がかりはなかった。
俺の匂いで怖がって近づかない可能性もあるな。野生の生き物は警戒心が強いから」
「そう……ですか……ありがとうございました」
アデル様も懐いてくれているティアルがそんな事になっており、
とても気に掛けてくれて、遠征での討伐の仕事を率先して引き受け、
ティアルの仲間を探してくれています。
レアと言う事は、人間を警戒している種族とも言えるので、
野生育ちのアデル様が探すのが適任という事になりましたが、
龍の匂いで見つけられない可能性もあるとの事。
今回に限り、アデル様は精霊にも呼びかけてティアルの情報を集めていた。
猫の妖精という事もあるので、彼らにも情報を聞いた方がいいとの事です。
「みい、みいみい……ママ……ドコ?」
「ティアル、私と一緒に寝ましょうか?」
「ユリア……みい」
籠の中で一匹で眠るのが寂しかったのでしょう、
私がそう誘うと、ティアルは腕の中に飛び込んで来ました。
だから私も、ぎゅっと小さなティアルの体を抱きしめます。
こんな小さな体で頑張っているんですよね。
「ティアル……」
リファは私の腕の中に居るティアルの顔を、
ぺろぺろ舐めて慰めています。
「クウン……」
「大丈夫、きっときっとお母さんに会えますよ。
だから私達と一緒に頑張りましょうね?
ティアルは一人……いえ、一匹ぼっちじゃないですよ?」
「みい……ティアル、ガンバルノ、ティアル、ツヨイコ……」
そんなティアルを、私とリファは抱きしめて眠ります。
まだお母さんに甘えたいさかりですものね。
抱っこをしてあげると、ティアルは安心するようです。
(……本当ならば、ティアルはお母さんや兄弟達と、
こうして体を寄せ合って眠っていたんですものね)
ティアルはその寂しさからか、母の温もりを求めていて、
リファにもとても懐いていました。
「クウン~キュウキュウ……」
そんなリファは、ティアルの事も気遣い、甲斐甲斐しく面倒を見てくれています。
アデル様から聞いた話によると、かつてリファには子を失った過去があり、
母を恋しがるティアルの姿は、リファにとって放っておけない存在。
その為、ティアルの母親が万が一にも見つからなければ、
リファが母代わりになると、そうアデル様に言っていたらしいです。
「みいみい……」
「……クウン~」
本来、孤高の存在であるリファは、他者を寄せ付けない種族だそうですが、
家族と逸れた私や、ティアルを守ってくれているのは、
そんな過去があるからだろうとのこと。
そうでなければ、本来人間の私はリファの天敵にしかならないそうです。
ティアルとも仲良しだったのは、子供の面倒を見ている気分だったのですね。
そして私も……形はちがうものの家族から離れ離れになった為に、
ティアルが家族を思ってさびしがるその辛さはとても分かります。
私と違い、ティアルはこの同じ世界にお母さんが居るのだから、
せめてこの子だけでも、お母さんの元に無事に帰してあげたいと思いました。
けれど私は、ティアルに関する情報が全く分かりませんでした。
私がそのシナリオを知っているのならば、それを参考に行動出来たのですが……。
(ティアルの立ち位置を考えると、あの子はライオルディルートのキャラじゃないかな、
主に私がやっていたのは、アデルバードとユリアルートの一部のみ、
その際に、他の人の所も少しやった位で……だからティアルは流石に知らないなあ。
それに私が、勝手に問題を解決していいのかとも、悩みます……)
実の所、これがもし、主人公が攻略すべき内容に含まれているのならば、
私達が勝手に解決していいのかとも悩みました。
でも、ティアルの様子を見ているだけなんて出来ません。
「みい……ティアルノママ……イツ、アエル?」
そう寂しげに聞いてくる子を放って置けませんよね。
(そうだ……主人公と知り会えたとしても、この件を解決してくれるとは限らない。
なら、私はティアルの事を最優先に考えて行動しよう)
全員が幸せになるなんて無理な話だけれど、私は私なりに最善の行動を考えて行こう。
ローディナの時のように、後悔しない為にも……。
いつも無邪気なティアルが、白い子猫のぬいぐるみを持ったまま、
リファのお腹に体を埋めてしょんぼりしているだけで、
私とリーディナの涙腺が崩壊していくと言うものです。
(ティアルの無邪気な声が無いと、やはり寂しいですよね)
ええ、ティアルが楽しいのならば、
以前、ルディ王子様の似顔絵を描いた横に猫語で「ハゲ」と書いた事も、
今なら許せると思うんだ! むしろそれが楽しいなら、どんどんやっていい!!
ルディ王子様が、
『私はヅラじゃない》
……と部屋の隅でいじけていたり……。
リイ王子様が焦って、
『兄上はハゲじゃない!!』
……と、兄を必死で擁護していたり、
みんながそろって、ルディ王子様の頭頂部に視線が行ったりもしましたが、
あの子を元気付ける為に。お許し頂きたいと思いますよ!
はい、ルディ王子様の髪の毛にぶら下がって、
毛根から引き抜いてルディ王子様が悲鳴を上げても、
今なら、今ならきっと私も見て見ぬ振りが出来そうな……出来るかな?
いや、そもそもティアルは、そんな言葉を何処で覚えて来たのか?
騎士団、おじサマーズ……それともギルド? どちらにせよ気をつけよう。
小さい子って、変な言葉を喜んで覚えてしまう事があるし……。
「私達の癒し系、ふわもこティアルが! 一刻の猶予もないわよ、ユリア!!」
「そうですねリーディナ、私達の持てる全てで、ティアルのお母さんを探しましょう!」
ふわもこ同盟……愛らしいふわふわ、もこもこの動物を愛でるとともに、
その子達の幸せを願い尽力する。という活動内容が追加されました。
そして、一緒にいるローディナもティアルのそんな姿に心を痛め、
知り合いと言う知り合いに、ケットシーの情報を尋ねてくれていました。
求む! ケットシー! もとい、にゃんこの里!!
その為、私は仕事の合間に本格活動をする事にしました。
自分のお給料で報酬代を工面し、ギルドに情報提供を呼びかけたのです。
すると、ラミスさんを筆頭とする騎士団の皆さんも出資して下さり、
一緒にチラシを作って一日中配り歩いて下さって、
みんなが得意分野で探してくれるようになりました。
「王家の情報網でも駄目なら、この国に出入りする人の数にも訴えてみる。
冒険者の誰かが、ケットシーを見かけたという場所を重点的に探せば、
手がかりがあるかも知れません」
ルディ王子様からの情報によると、ティアルは発見時に森の中でさ迷っていたとの事なので、
かなりの距離を移動した可能性があるとの事。
「ケットシーは知能が高い、人語を話す事から見ても、
知恵を働かせて人が立ち入らないような結界を作っているやも知れない」
……そう、ルディ王子様は言っておりました。
私はティアルを腕に抱きながら、 子守唄を歌って散歩をしてあげたり、
ルディ王子様の計らいで出入り可能になった王立図書館に足を踏み入れ、
手がかりになりそうな情報も探し、そして大聖堂教会にも赴き、
弟のリイ王子様にも協力要請をする事にしました。
「ああ、ティアルの事は私も気にかけていた。
本来ならば、監視以外で神聖能力を使う事は禁止されているのだが、
ユリアの要望となれば、その誓約は例外となるだろう。
私も是非、捜索を手伝わせて欲しい」
リイ王子様の持つ魂の目の力で、見えざる力、
人の情報だけでは拾えない情報を探そうと思ったのです。
リイ王子様の力を借りる事で、私は他国からの情報も手に入れる事が出来るようになった。
その条件はティアル……ケットシーの生息区域に関する情報だけと言う事で。
そしてリイ王子様の能力により、猫目石というハチミツ色の石が結界を通るのに必要だと知り、
ローディナとリーディナに頼んで用意して貰いました。
見た所、私の世界のタイガーアイにとてもよく似た石ですね。
真ん中が猫の目のような模様が出来るのです。
「きっとティアルのお母さんも、ティアルを必死に探しているはず!
早く無事な姿を見せてあげて、安心させてあげたいですね」
そして漸く……有力情報がギルドよりもたらされました。
カルディナの南方部に、ケットシーを見た人がいたとの事。
其処で各自の収穫した情報を、地図に印を付けていく、
ティアルが保護された場所、ケットシーの好物とされる実が採れる所、
そして、リハエル王子より、ティアルと似た気配がする所を地図に印を付ける。
「カルディナ南方部に、ティアルの故郷があると見て間違いないですね」
そう言う私に、ルディ王子様は首を傾げた。
「おかしいな……その周辺は私も念入りに探したのだが……。
やはり、結界を張って人を遠ざけていたのかもしれないな」
みんなの協力で目星がついたら、直ぐに冒険への旅支度を始めた。
もうすぐ、もうすぐティアルをお母さんと会わせてあげられる。
それは、ティアルとのお別れでもあったのだけれど、
私は寂しさを感じつつも、ティアルの幸せと喜ぶ顔を思い、
その夜はティアルの好物を作ってあげた。
「みいみい、ティアル、コレスキ」
「ふふ……良かった。沢山食べてくださいね?」
「みい!」
もう直ぐ……一緒にいられなくなる事を考えながらも、
私はいつもと変わらぬフリで、ティアルと接していたのだった。
※ ※ ※ ※
「……お母さん……か……」
出発を前日に控えた日の夜、私はなかなか眠れなかった。
ティアルが眠っている姿を確認してからベッドから抜け出し、
明かりとなる小型の魔法具を手に、庭に出て月を眺める。
ふと、私も家族を思い出して切なくなったのだ。
忙しい毎日の中で、考えないようにしていたこと、
考えればどんどん悲しくなってしまう事が分かっているから。
……時間というものは、「命の時間」になる。
悩んでいる時間が多ければ多いほど、命を削る事になる。
だからこそ、悩んでいる暇があれば前に前にと進んできた。
でもやはり、恋しくなるのは事実で……。
大丈夫、大丈夫。そんな言葉を内心呟いて、自分を励ましていた。
「――ユリア……寝付けないのか?」
「あ……」
振り返ると、其処にはアデル様の姿があった、
物音で起こしてしまったのだろうか? そういえば龍は聴覚も良かったよね。
すると私の考えが分かったのか、違うと彼は話す。
アデル様もまた眠れなかったらしい。私の隣に並んで静かに月を見上げた。
こちらの世界の月は青白く、金色の歯車が数個付いてあり、
くるくると時計の秒針のように動いていた。
時の流れと言うのは早い。最初は不思議だったこの光景も今では見慣れたものだ。
「いよいよ、明日は出発だな……」
「はい……明日ですね……」
二人で一緒に月を眺める。きっと、ティアルとこの屋敷で過ごす最後の夜だろう。
「お母さん、見つかるといいですね。ティアルの幸せはお母さんと一緒ですから」
この屋敷も、ティアルが居なくなったら寂しくなるなと思った。
無邪気なあの子の存在は、何時も私達を癒してくれていた。
いつかティアルのように、私もみんなとも別れてしまう時が来るのだろうか。
そう思うとますます切なくなった。
それは沢山の時間をみんなと過ごしてきた証拠だ。
「ユリアも……家族が見つかれば、帰りたいと思うか?」
「アデル様……?」
「人は……髪や肌、瞳の色が少しでも違うだけで迫害する者が多い、
やむをえなかったとはいえ、ユリアは俺の印が魂に刻み込まれてしまった。
もう、その瞳の色を元に戻してやる事は出来ない……」
「……」
「ユリアが知っての通り、俺は蒼黒龍だ。人間とは違う。
人の世界では白を神聖視し、黒を不吉だと考えるものも多い、
ティアルは偶然にも、ライオルディに保護された事が幸いとなったが……」
「私の場合は……」
「ああ、その身に宿した色一つで扱いは変わってくる。
もしかしたら、ユリアは瞳の色が変わった事で、
蒼黒龍の色を宿したと、家族に拒絶されるかもしれない」
それは、例え私の家族が見つかったとしても、
自分を受け入れてくれない可能性がある事を危惧している。
下手をすれば、魔物に心を奪われたと思われるかもしれないと。
会いたくないと言えば嘘になる。会えるのならば会いたい。
でも、それは……ユリアの家族であって「私」のではない。
この世界に、私の家族は何処を探しても居ないのだ。
結理亜の本当の家族は、この世界の人じゃないから……。
「会いたいですが……私の家族には……」
会いたくても、会えないのが現状。
この姿は私が演じていた女の子の姿。
その姿で帰ることも出来ないだろうし……無事に帰れるという保証も無い。
うつむいた私を、アデル様はそっと肩に手を添えて抱き寄せた。
彼の腕の中に囚われ、私を労わるように頭をそっとなでられて……。
私の元気が無い時に、彼は何時もこうして慰めてくれる。
けれど私は、彼の前では絶対に泣いては駄目だと思っていた。
家族を目の前で失った彼の痛みを知っているから……。
「ユリア……このまま俺と、俺達と家族にならないか?」
「アデル様……?」
「人の身でありながら、人とは判別されなくなるかも知れない。
寄せ集めの家族になるが、リファも俺もユリアの未来を案じている。
家族の元に帰れるのならば帰してやりたいが、
俺はこのまま……俺の傍に居て欲しいとも思う」
「……っ」
「離れれば離れるだけ、俺の力が及ばない可能性が高い。
万一の時に、ユリアを守ってやれないかもしれない。
ユリアが辛い時に、危険な時に俺は傍に居てやれない。
俺はそれが嫌だ……それに寂しいとも……思った」
アデル様の背中に腕を回して、彼のシャツを掴む。
家族が恋しいのならば、ここで家族になろうと彼は言ってくれているのだ。
「ユリアの求めている家族と同じものではないが、
新しい家族として、一緒に暮らす事は出来るだろう?」
自分の大切な者を奪った人間の一人である私に家族になろうと、
その存在を受け入れようとしている彼の想い。
それが、どれ程の意味を持つのか……。
やはり彼は優しい龍人なのだろう。
本当ならば、私でさえも突き放さなければいけないのに、
彼は私を放ってはおけなかった。
「ユリアは……俺を龍だと分かっても拒絶しなかった。
……人間は嫌いだ。知識と能力を欲深さの為に、誰かを陥れて利用する。
魔物を作り、俺の仲間を家族を殺した。俺から大切な者を奪った」
「アデル様……」
「今も憎んでいるはずなのに……俺はユリアを同じように憎めない。
あの人間達とは違うと分かる。この俺の存在を認め、尊重し、労わってくれた。
……ユリアが、優しい君が俺のような目に遭うのは絶対に嫌なんだ」
ティアルと同じように、アデル様も本当はずっと寂しかったのだろう。
私の時とは違い、彼が頼れるものは自分の力だけだった。
ルディ王子様の勧めから人里で住み始めた時も、
敵味方も分からなかった為に、怖くて仕方なかっただろう。
そしてリファもきっと……私達はみんな家族と離れ離れになった。
だからこそ、寂しさを埋めるように引き寄せられたのかもしれない。
「家族が恋しいなら、俺がユリアの家族になろう。
帰る家が恋しいならば、この家を君の本当の家にしてくれても構わない。
ティアルに会いたいのなら、これからはティアルの故郷に俺が連れて行ってやろう。
だからもう……一人で泣くな」
「どうして……」
どうして知っているのだろう? 私が、陰で泣いていた事を……。
「今も泣きそうな顔をしていた……迷子の子供のような不安な顔で。
ユリアが俺にしてくれたように、俺もユリアの存在を認めて受け入れる。
君が何者か分かったとしても……だからもう、一人で泣かなくていい」
アデル様は来た時からずっと、私を見守ってくれていたらしい。
私が目を覚ました時、アデル様が隣で眠っていた時の事を思い出す。
その前の晩、私はいつも決まって家族を恋しがって密かに泣いていた。
それに気付いた彼は、私が一人で泣かないように、
いつも傍に寄り添っていてくれたのだろう。
優しく髪をなでてくれる感触に、思わず涙が込み上げる。
「アデル様……」
そうだ、いつもいつも泣いていた次の日の朝、
目が覚めると、彼の寝顔を一番に見つけていた。
私が目が覚めた時に孤独だと感じないように。
(私よりもアデル様の方が、ずっとずっと大変なのに……っ)
本当に辛い思いをしたのは、この人の筈なのに……。
本当に寂しい思いをさせたのは、私の世界の人達なのに……。
私はそれに……関わっていた人なのに……。
(私がアデル様の幸せを願っているように、
アデル様も私の、ユリアの幸せを願っていてくれていた……)
そこで、ユリアの気持ちが分かった気がした。
そんな優しい彼を彼女は好きになったのだろう。
アデル様はユリアの心の空白を埋めてくれた人だった。
寂しさと不安を理解し、居場所と家族を与えてくれようとした人だった。
ああ、だからユリアは、自分の想いよりもアデル様の幸せを願ったのだろう。
アデル様の幸せを「家族として」優先させたのだ。
例え、その為に自分の秘めた想いを、生涯伝えられなかったとしても……。
(この先……何が起きても、私が本物のユリアじゃなくても、
アデル様に幸せになって欲しい気持ちは、きっとこれからも変わらない……)
ユリアがアデル様の傍に居る事で、彼が幸せになれるのならば、
寂しくなくなるのならば、私はそれを拒む事なんて出来ない。
「だから――家族になろう、ユリア」
「はい……家族になりましょう、アデル様」
彼の言った言葉に、きっと深い意味は無い。プロポーズとは違うと思う。
父として兄として、彼は傍に居てくれようとしているのだろう。
だから私も、娘として妹として彼の傍に居よう。
何時か彼の隣に、心を許し愛する人が並ぶその日まで……。
アデル様の心の隙間を本当に埋めてくれる人が現れるまで……。
私は彼の帰る場所をこれからも守っていく。
この世界でずっと一人ぼっちだと心の隅で思っていた私は、
この日、もう一つの家族を手に入れていた――……。
※ ※ ※ ※
カルディナの森へ入る前に、私達は細心の注意を払った。
他者に恐れられる龍のアデル様とラミスさん達は勿論の事、
人間の匂いですらも、野生の生き物にとっては脅威である。
匂いに怯えられて会えないのは困るのだ。
そして、これから家族に会うティアルは特に……。
よく野生の動物に触ってはいけないと言われているのは、
人間の匂いのせいで、仲間外れにされる恐れも考えての事ですからね。
魔法具で匂いを消し、気配も消し、
ティアルは魔法ではなく、匂い消しの薬草を直接その身にこすり付けた。
「みい~ナニ~? クスグッタイノ~」
「もうちょっと、もうちょっとですから、我慢してくださいな?」
ティアルには、がっかりさせるといけないので、
本当に会えるまでは、今回の冒険の目的は秘密です。
くすぐったそうに、ころころ転がるティアルを追いかけながら、
私達の匂いをティアルの体から消して置きました。
そして、全員が猫目石を装備する。私はアミュレットの中に、
皆は武器のカスタムパーツの中に、リファは足首にリボンで結んで。
これは猫の気配を身に纏う効果があるのだそう。
私達は、それぞれの役割分担をした。私とローディナ達はティアルの相手をし、
アデル様は精霊との交渉、相談をし、ラミスさんとリファは匂いを探し、
リイ王子様は、この区域に息づく者達の思念を拾っていた。
そしてルディ王子様は周辺での魔物の気配を探り、安全確認。
(みんながそろっていなかったら、此処まで出来なかったかも……)
縁とは不思議なものである。
みんなとの出会いで問題が一つずつ解決して行き、此処まで辿り着けた。
その事にとてもとても感謝している私。
そんなこんなで数日が過ぎて行き……。
帰還する期限が迫るにつれ、焦りの色が濃くなっていた頃、
方々を探しながら、私達は漸く目的地を探し当てた。
カルディナの南方部、ケットシーの里。
猫目石を使って結界を潜り抜ければ、
開けた土地に、ティアルと同じ姿をした翼を持つ黒猫さん達が居た。
「みっ?」
私達は歓声をあげたい心を我慢して、さっと物陰に隠れた。
里に人間や狼や龍が近づいたら、怯えさせてしまいますからね。
驚くティアルが此方を振り返る。私達は行きなさいとジェスチャーで伝えた。
これからは、あの子自身の足で頑張って貰う必要がありますから。
(ああ、暫くぶりに戻ってきたティアルを、受け入れて貰えるでしょうか?)
群れから一旦はぐれると仲間に受け入れてもらえない可能性もあるかもしれないと、
私たちがハラハラしながら見守る事、数分……。
ティアルはきょろきょろしつつ、とても戸惑っているようだった。
その場から一向に動く事が出来ず、おろおろしている。
すると、ティアルの姿を見つけた一匹の黒猫がティアルに近づいてくる。
大人の猫だろうか? ティアルよりは一回り位大きいのだが、
それでも子猫だと思える大きさだ。
(ケットシーって……もしかして、そんなに大きくならないのかな?)
ティアルは近づいて来る猫に気付くと、「ママ~!」と言い出し、
嬉しそうに、みいみい鳴いて走り出し、目の前の猫の元に駆けて行く。
……と言う事は……あの猫がティアルのお母さん?
(良かった! じゃあ、お母さんに会えたんだね。ティアル……!!)
ティアルのお母さんも、ふわふわな毛並みの愛らしい黒猫さんでした。
これは感動の再会です! きっとお母さんも心配していた事でしょう。
皆様、ハンカチのご用意は宜しいですか? 私は準備万端です!
私と、リーディナ、ローディナは、もう涙腺が緩んでうるうると、
リファは我が子のように可愛がっていたティアルを見て、声を押し殺して号泣。
アデル様とラミルスさんも、その様子を微笑ましく見守っていて、
王子様達も、うんうんと頷いて喜んでおりました。
――が……。
「みにゃーっ!! みにゃにゃにゃーっ!」
「み゛っ!?」
ティアルのお母さんは会って早々、
右前足でティアルの頭をぺちこーん! と叩き、
何だか盛大に怒っています。私は訳が分からず、リーディナ達も呆然。
お涙頂戴ものの、感動の再会どころでは無くなっておりました。
地面をてしてしと叩きながら、お母さん猫は何やら強い口調で話しております。
……私はアデル様の方を恐る恐る振り返る。
「あの……あの、アデル様、ラミスさん。通訳を頼んでも?」
「あ、ああ……ええと」
ラミスさんが頷くも、目の前の修羅場に処理しきれない様子。
その為、アデル様の方に通訳を求める事にしました。
「――……あんたは、今まで何処をほっつき歩いていたのと言っている。
心配して、どれだけ探したと思っているのだとか」
「はあ……そ、そうですね。ずっと行方不明だったんですものね」
「このお馬鹿……だそうだ。で、ティアルはママごめんなさいと言っているらしい」
その通訳を聞いていくと、食べ物を取りに行った母猫に黙って付いていき、
好奇心の旺盛なティアルが、余所見をしている間に、逸れてしまったらしい。
……で、ティアルは母を探しても見つからず、みいみい泣きながら、
通りすがりのひなり獣のお母さんにお願いして、お乳を分けて貰い、
ぶら下がりながら飲んでいた所を、ルディ王子様に発見された……との事です。
うん、ティアルならやりかねないな。私達と冒険中も何度か逸れて、
リファがぷらんぷらんと首根っこを咥えて、連れて来る事があったから。
「みいみい!! みにゃあああっ!!」
ティアルのお母さんは肝っ玉お母さんのようです。
小さい体なのに迫力がある。だけど言い分はごもっともですよね。
きっとずっと心配していたんだろうし。
「みいい~……」
耳をへちょんと垂れて、尻尾も垂れているティアルに、
お母さん猫はお説教です。私の「めっ!」よりも遥かに迫力がありますよ。
やんちゃなティアルが逸れるのは、よくある事だったのかも知れませんね。
暫くすると、お母さん猫はティアルの顔をぺろぺろ舐めて、
すりすりと擦り寄っていました。
怒った後は、きちんと子供の無事を喜んでいるようです。
そして、「さあ行くわよ」とティアルに呼びかけているようでした。
ティアルはお母さん猫に従おうとして……。
「み?」
私達の存在を思い出したのか、こちらを振り返りました。
私達はそろって頷きます。さあ、いよいよ最後のお別れの時なんですね。
ティアルは私達の意図が分かったようで、頭をそっと下げ、
「アリガト」と言っているのが聞こえました。
「ティアル……良かったね? 幸せにね……」
これであの子とも本当のお別れなんですね……。
寂しいですが、ティアルの幸せの為にも見つけられて本当に良かった。
どうか元気で……私達は涙ぐみながらティアルを見送りました。
お土産にティアルのリュックには、
ティアルの大好物のドングリのビスケットを沢山入れてあげました。
後はティアルの頑張り次第です。どうか私達の事を忘れないで欲しいな。
「みいみい、ミンナ、バイバ~イ」
ティアルは嬉しそうにそう言うと、母の後を追いかけて行きます。
……こうしてティアルは私達と別れ、自分の故郷へと無事に帰って行きました。
※ ※ ※ ※
「――……良かったわね……ティアルのお母さんを見つけられて」
ローディナはしんみりとした顔で微笑んでいる。
「ええ、ホントよね。最初はどうなるかと思ったけど、
みんなの協力あってこそだったわね」
リーディナも涙を拭いながら、その言葉に頷いていた。
「うう……ティアル……」
「ユリア……元気を出せ」
「クウン……」
私はアデル様に手を引かれて、リファに慰められながら歩きました。
もう会えないと思うと、涙が何度も溢れてくる。
それでも伝えなければ、皆さん、本当にありがとうございました。
みんなはとても忙しいのに、ティアルの為にこんなにも頑張ってくれた。
今回の冒険に付き合ってくれたルディ王子様、リイ王子様、
ローディナ、リーディナ、ラミスさん、アデル様とリファにも感謝です。
「いや、お礼を言うのは私の方だよ、ユリア君。
ティアルを保護したのは、他でもないこの私だからね。
私一人では、きっと見つける事が出来なかったと思う。
君達のお陰でティアルを無事、母の元へ帰してあげられた。感謝する」
もうここに、ティアルの姿はありません。
いつも冒険に付いて来ていたから、傍に居ないと寂しいのが分かりますね。
でもティアルの幸せはあの里にあるのだからと、皆でしんみりとしながら、
私達は帰り道をたどりつつ、リーディナの素材集めを手伝い、
数日かけて、王都へと無事に帰ってきました。
※ ※ ※ ※
「――……ただいま帰りました~」
「みい? オカエリ~」
――!?
屋敷に戻り、玄関のドアを開けて帰宅を告げる私達。
そんな私達に、のん気にみいみいと応える声……。
あんぐりと口をあけたままのリファ、
目を見開いたまま、持っていた荷物をどさりと床に落とすアデル様。
そして私は……頭に両手を当てて困惑しておりました。
目の前には、数日前に故郷へと無事に帰して来たはずのティアルの姿が……!?
ローディナが作ったピンクのウサギのぬいぐるみを抱いて、
ふわふわ飛びながら、のん気に「オカエリ」発言です。
一体、何がどうしてこうなったのか。
そもそも、ティアルだけ先に帰って来られたのが驚きです。
「みい? ドウシタノ?」
「ティ、ティ、ティアル……なんで此処に!?
お母さんの所に帰ったんじゃないのですか?」
「……み?」
アデル様もリファも、無言でこくこくと頷いております。
すると、ティアルは首を傾げて、「イエデ?」と私達に告げる。
イエデ……家出!?
家出ってあの……私達と別れた後に、何らかの複雑な家庭の事情があって、
ティアルは家を飛び出したという事ですか!? 何があったのっ!?
困惑する私達に、ティアルは説明してくれた。
ティアルはあの後、数日間は母の元で甘えていたらしいが、
それに満足すると、強い子になると宣言してこちらへ帰って来たそうだ。
「ママ、アッテ~ティアル、マンゾク。デモ、コッチ、サビシイノ」
つまり実家に帰ったら、都会のお屋敷でみんなと過ごした生活を恋しくなり、
巣から出て行ったとの事。確かにこちらは何時でも賑やかですからね。
ティアルを出迎えたユーディとイーアいわく、
帰還用のアイテムである小瓶が、リュックに一つ入っていたので使い、
街の入り口へと着き、あとは匂いをたどってお屋敷まで自力で歩いて帰って来たらしい。
どうやらリファやアデル様に、以前、木の実を貰っていた事で、
嗅覚が発達していたようです。
ああ。付食属性がここでも役立ったのか~……と、思わずびっくりですよ。
食べ物に触れたリファ達のわずかな気を取り込んだらしい。
……凄いガッツのある子猫さんですね。
(あ……そういえば、非戦闘員のティアルにリーディナが何かあげていたな……)
私達が戦闘で何かあった時の為に、ティアルには逃げるアイテムを渡していたらしい。
しかも、それを手渡したままだったので、ティアルはリュックでそれを見つけ、
自分だけで王都へと帰って来たとの事。この件は直ぐに仲間達に知らせました。
ええ、大騒ぎしたのにティアルは結局、この人里に戻って来てしまったのですから。
みんなはティアルの帰還に驚いたり、喜んだりと大変でしたが、
ルディ王子様とリイ王子様が、ティアルは人里の暮らしに慣れた子なので、
野生に完全に帰るのは、もう難しいのかもしれないと言われました。
その為、恋しがった時は故郷に連れて行ってあげて、
こちらでこのまま預かろうという事になりました。
で、一応この事は、ティアルのお母さんにも伝える事に……。
また居なくなった事で、また心配をさせるといけませんからね。
ティアルは葉っぱにお手紙を肉球で書いて、メサージスバードを飛ばします。
故郷の位置さえ分かれば、届けるのは出来ますものね。
リーディナはいっその事、ティアルの故郷とこのお屋敷を繋げようと、
魔法具を使い、ゲートを繋げられないかと研究をしてくれています。
少しずつ、リーディナも力を付けているんですね。助かります。
それが出来るなら、安心してティアルを送り出せますし。
「みいみい、ティアル、ユリアノパンケーキ、タベタイノ」
「ああ、はいはい、パンケーキですね?」
尻尾をフリフリしながら、私におねだりしているティアルの頭をなでて、
私は苦笑しながら腕まくりをしました。
この子が此処へ帰りたいのならば、私達はティアルの居場所を守りますよ。
帰るべきお家が、森とお城とお屋敷にある。
そんなケットシーの子供が居ても良いと思うんです。
ティアルも大事な私の家族。大切に見守って行きたいと思います。




