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41・ラミルスの育児相談室


「あ~疲れたなあ……まったく、アデルバードの奴、手加減無しかよ」



 今日は朝から蒼黒と紅蓮騎士の合同訓練があった。

一段と訓練も厳しくなっていたので、流石の俺でも体があちこち痛い。


 人型になっていると、龍体の時とは違った筋肉と関節の使い方をするので、

気をつけないと、怪我をしたり筋を痛めたりする事もあるのだが、

アデルバードはいつも黙々と文句も言わずに、鍛錬たんれんと勤務をこなしている。



「あ、ラミルス様」


「おう、お疲れ~って、どうした?」


 休憩の為にやって来たアデルバードの部下と出くわした。

なぜか、疲れ切った顔で椅子に座る姿に思わず聞いてみる。



「いやあ、今日もアデルバード様にしごかれました」


「あ~……お前もか、俺もだよ。あいつは手を抜くという事を知らないからなあ」



 正直、戦闘馬鹿なのかと思うくらいに、闘う事に関するものには貪欲だ。

強くなる為に必要な戦術、魔術、毒や武器の知識に至るまで、

暇さえあれば勉強や鍛錬たんれんをしている姿を見かけた。


 騎士団は実力がものをいう世界でもあるが、

こうして日々努力をしているからこそ、部下の信頼もあついらしい。


 だが、俺には出会ったばかりの頃のあいつの顔を覚えている。

追い立てられるように見えて、痛々しく感じていたのだ。


『俺にはやるべき事がある。お前達のように、人間と馴れ合うつもりはない』


 そう言っていた過去のアデルバードの姿を思い出す。


 貪欲に……ただ、強くなる事だけに執着していた頃のあいつ。

当時はまだ警戒心が強く、人間として暮らす事にもまだ慣れない事だらけで悩んでいた。

同じ騎士団の連中とも一線を置いていた気がする。


 それが……どうだろう?



「あいつが部下の面倒を見るなんて、今までは無かったのにな」



 部下に対しても、以前のような突き放した言い方をする事が無くなってきた。


 ただ、自主的に関わって行こうと思うまでにはなっていないらしい。

相変わらずあいつは、騎士団でも孤高の存在として過ごしていた。



(何かあいつも、戦い以外の興味が持てればいいんだがな~。

 この街にやって来たのも生き延びる為だからな、難しいか)


 そんな事を俺が奴と出会った頃、内心思っていたのが懐かしく思える。


 時の経過と共に、憎んで来たものに情が芽生えていったようで、

最近の奴は心境の変化からか、別の事にも興味を持ち始めた。

それを喜ばしいと思えないのは、俺の心が狭いのか修行が足りないのか……。


 アデルバードは今や定番となった突然の爆弾発言をし、

この俺を大いに動揺させる事をしでかすのだ。



 ※  ※  ※  ※




「――ラミルス……ユリアが俺と一緒に入浴してくれないのだが……。

 どう説得すればいいだろうか?」


「ぶっ!? あ、当たり前だわ!! ぼけ!!」



 俺のツッコミは、ユリアがアデルバードの屋敷に来る前からあったが、

最近では、こんな会話が頻繁ひんぱんに起きている。


 奴の思考はいつも突飛なもので、龍の視点から見た俺様主義だ。

蒼黒龍そうこくりゅうとして、有り余る力を持ち余裕があるせいか、

色々な所で、独自の思考を周りに押し付ける傾向がある。


 育児書を読んだ奴は、


『人間の娘を入浴させる仕方が分かった』


 ……と言い出していたかと思えば、その日の晩ユリアに、


『一緒に風呂に入ろう?』


 ……と早速実行しようとしたらしい。


 で、当然ながら、本人から怒られて断られたと落ち込んでいる。



「どうしたら一緒に入ってくれるだろうか?」


 と、真顔で俺に聞いて来るんだ。



「おっ、おま、年頃の女の子にいきなり何て事を……っ!?」



 大胆すぎて、俺には奴の思考回路が理解出来ない。

俺は顔を真っ赤にして、断固それを止める。

お前は間違っている。強行したら変態になっていたぞと。



「なぜだ? 育児書では、娘との接し方の中に書かれていたのに」


「いっ、いきなり付き合ってもいない相手に何考えているんだよ!? 

 関係迫っているも同然じゃないかっ!!」


「関係? 既に後見人や主従の関係だろう? 別に問題はないだろう。

 人間の子供は、大人が予想もしない所で危険な目に遭うと、

 育児の本に書いてあったんだ」


「……あ?」


「中でも浴場での死亡例はとても多いらしい。それを読んで俺は愕然がくぜんとした。

 リファは傍に居るが、ユリアがおぼれたら助けられない可能性があるだろう。

 だから、俺が一緒に入ってやれば問題なかろう? 俺が傍で見ている訳だし」



 ティアルに一緒に入って貰っても、あれでは助けられないし……。

むしろ、一緒におぼれる可能性の方が高いと思われる。

だから、傍で俺が支えて見守らないといけないのだと奴は話す。


 ほんの少しの水の量でも、おぼれてしまう子供ならば、

一緒に入る事で事故を未然に防ぎたいのだと……真顔で真剣に悩んでいる。


 ユリアは体が弱い。沐浴もくよくしている途中で、

具合が悪くなる事もあるだろう。


 ならば、傍に居た方が安全だからと、

彼女の襟首えりくびぼたんをいそいそと外そうとした奴は、

ユリアに真っ赤な顔で怒られて逃げられたという……当然だ!


 だが、おかしな方向に進んでいる事が俺でも分かった。



「おい、ちょっと待て……?」


「後見人とは、親代わりのようなものだと以前、ライオルディに教えて貰った。

 だから俺も保護した以上は、責任を持ってユリアを育てようと思う」


「いや、だから……」


「暑くなって来たら、湖での水浴びも教えてやらなくてはな。

 森で獲物えものを狩る方法も教えていく予定だ。

 その為にも、まずはユリアに一緒に入る事を許して貰わないとなら――……」


「お前なっ!! ユリアはちびっ子じゃねえんだぞ!?

 今までだって、その、一人で勝手に入ってたんだろうし、

 洗ってやる事も着替えさせてやる必要もねえよっ!?」



 つい、よからぬ方向を想像してしまったではないか!!


 俺が話す機会も少なくて、仲良くなるのに苦労している上、

デートを申し込もうとする度に、アデルバードに妨害されているのに、

こいつはおかしな方向に考えて、傍から見るとストレートすぎる事を仕出かしていた。


 それは、真っ先に責任問題が生じるカテゴリーに含まれるだろう。



(嫁入り前の、女の子の肌を見てしまうなんて絶対に許されん……っ!!)


 いや……でも万が一にもそうなったら、

こいつは「ユリアなら構わない」と言って、伴侶にするの一直線だろう。

ノリノリでユリアの為に、花嫁衣裳を用意してやるに違いない。


(――ユリア自身の意思を確認する事無く、無自覚で……だ)


 恐ろしい奴だとは思っていたが、これ程に強敵とは思わなかった。

この男は、素で女を落とせるスキルを持っているのではないか。


 人間の常識を……特に男女のそれにはかなり疎い野郎である。

常識外の考えでユリアに関係を迫っているようにしか思えん。



「他の使用人達にも、ラミルスと同じような事を言われて止められた。

 娘が父親と風呂に入ってくれなくなる時期があるというが、

 まさに今、そんな状況なのだろうか? ……親離れとは寂しいものだな」



 しんみりとした顔で、黄昏たそがれるアデルバードの姿……。

というか、お前……あの子を育てていないだろ。

ユリアは、お前の事をお父さんみたいだとは思っているが、

実の父として慕っている訳では無いと思う。


 人懐っこいが、元々自立した精神を持つ子だぞ? おい……。



「いや……だからな? 止められて当たり前というか……。

 ユリアは俺から見ても、れっきとした年頃のだな?」


「――……ふむ、何が良くないのだろうか?

 ユリアの肌なら、もう既に見ているのだがな?

 寝ている間に着替えさせた事もあるし、保護した時も……」


「~~アデルバードおおおおおっ!?

 今すぐ、ユリアに土下座して謝って来~~っい!!」



 俺が思わず剣を抜いて奴に切り込もうとすると、奴はひらりと交わしやがる。

何をすると言われたが、それはこっちの台詞せりふだ馬鹿野郎!

寝込みの女の子の服を脱がすとは、一体どういう了見だ!


「あの子は嫁入り前で、しかも他所から預かっている大事なお嬢さんだぞ!?」


 女の子の肌を無断で見た時点で、責任を取って妻にしなきゃいけない位、

お前がした事は、とんでもない事をしでかしたんだぞ!?


 すると奴は平然と言う、「我が娘として世話をして何が可笑しいのだ?」と……。


(確かにそうだが限度があるだろう……かなり不味すぎる状態ではないか)


 やる事なす事全てが凄すぎて、俺にはついて行けない……。

これが野生の雄と都会育ちの雄との違いなのだろうか? なぜこうも積極的なんだ。


 羨ましい……じゃなかった。お前、そんなのでよくユリアに嫌われてないな。

口を利いてくれなくなっても仕方ない事なのに……。



(――……はっ!? もしかしてユリアが龍相手だと油断しているから、

 それを利用して、こいつはよからぬ事を企んでいるんじゃないか!?)



 ユリアはアデルバードを1人の男としてではなく、

どうも野生の動物の感覚で見ているようで、

そのせいか、奴の行動を笑って済ませている傾向がある。

顔や頭を馴れ馴れしくなでて来るのも、抱きついて来るのも、

動物がじゃれ付いている行為だと思っているみたいだからな。


 それで奴は調子に乗るんだろう……。


 嫁を育てる気でもあるのか、こいつは。



「なぜそこで土下座なんだ? 俺からしたらユリアはまだまだ小さいんだぞ?

 この俺ぐらいに成長するには、どれだけ食べさせればいいのだろうかと、

 俺が真剣に悩んでいるのに……」


「おい……言っておくがな、お前、龍体の姿と比較して考えているだろ?

 人間の女の子はそんなに大きくならねえよ!! アレ位が普通だ!」



 そうなのかと聞いてくるので、俺は何度も頷いた。

どうやら食べる量も少ないので、それも心配だったらしいが、

人間の女の子が龍体の俺達みたいな量を、がつがつ食べていたら異常だろう。


 確かに龍族の雌は体が大きいのが普通だ。

人型になっても人間の娘よりも大柄になる。そして何より強いし大食らいだ。


 その上、気位もかなり高いので、扱いにくいことが多く、

気性の荒い龍のめすよりは、いたいけな人間の女の子の方がいいと思うのも結構居る。

俺もまたそんな考えの一人である。


(やっぱり何て言うかこう……か弱い方が守ってあげたいって思えるからさ。

 龍のめすなんか、守る必要ない位に強いのが多いからな~……)



 ローディナとリーディナも、俺の中では守ってやりたい女の子だぞ?

出会った可愛い女の子は、俺のリストにばっちり入るからな。


 彼女達のやり取りを見ていると、人間の女の子っていいなと思う事が多い。

龍のめす……女よりも気立てもいいし、優しくて温かみがあるんだ。

何より男である俺を、頼って立ててくれるんだよ。


 で、アデルバードは、そんなめすとユリアを比較しているらしい。

……ユリアがあんな風になってしまったら、俺は泣くぞ?


 龍体で狩りを教えるなんて、野生の動物じゃあるまいし、

どうせやるのなら、ティアルにでも教えてやれ。

まだ食べられるものの見分けが良く分かってないようだからさ。



(まあ……リファが育てる気満々でティアルの世話しているようだから、

 そのうち教えてやるんだろうけど)



 しかし、奴はそんな俺の心中を他所に、またも爆弾発言を俺へ食らわせて来た。



「では……あれだ。ユリアを寝かしつけようと一緒に寝ようと告げたら、

 それもダメだと断られた……婚姻関係でも恋人でもないからと。

 ユリアが夜泣きした時の為に、あやせるようにしたかったのだが。

 なら、直ぐに伴侶にしてしまえば良いのだろうか?」


「ぶはっ!?」


「ユリアは俺の所有物ものだ。

 このまま俺よりも強いおすが現れなければ、俺がつがいになるべきだろう。

 強い者がめすを所有する。それが自然の摂理と言うものだ。

 俺を倒せるものでなければ、ユリアはやれん」



 俺はアデルバードの言葉に思わず、地面へと倒れこんだ。


 彼女とお付き合いする前には、

レジェンドクラスのこの龍を、どうやら超えなければならないらしい。



(どんな無茶振りだよ。その辺の生身の人間じゃ、まず無理な話だぞ!?)



 なんたって奴は蒼黒龍そうこくりゅう

そして騎士団長をやっている男なんだからな。


(ハードルが絶壁過ぎて、最早、真剣交際どころじゃないんだが?)


 偶然通りかかり、その話を途中から聞いた同僚達も次々にその場に倒れこむ。

そして奴の切り出した言葉は、その周囲に居た男達に破壊力があった。


 今、その場に居たのは偶然にも「ユリア応援団」のメンバー達だ。

そして、互いの秘密を守っている同胞の龍達でもある。


 それが一瞬にして戦闘不能へと追い込まれ、

壊滅状態になってしまったのは言うまでもない。


(こいつ……一体どういう思考なんだよ?!)


 どう考えても口説いているようにしか思えない言動も、

アデルバードは「育児の為に」と至極真面目に考えている。

育児って……こいつはユリアを一体いくつだと思っているのだろうか?


 俺は頭を抱えた。育児書をすすめた事が、余計な方向に暴走しているではないか。


 なんて事だろう。しかも奴は精神攻撃すらも俺より強いらしい。

ダメージが計り知れない位に俺には重かった。不戦勝とはこの事ではないか?

天然というか、奴は何と言う思い込みでユリアに迫っているのか、

本人に自覚なくとも、それ相応の行動をやっているのだから恐ろしい。



「……さっきから、お前は何をしているんだ? 新しい遊びか?」


「い、いや……お前なあ……」


「まあいい、続きを話そう。あとは……そう、あれだ。

 寝ている間に部屋から勝手に連れ出すのは駄目だと言うので、

 一緒に寝るなら良いだろうと、ユリアの部屋で寝るようにしたら、

 また寝ぼけたんですか? ダメですよと怒られてしまった」


「ぐほっ!? そ、添い寝まで……っ!?」


「子供は親が寝かしつけてやるものだろう?

 龍が身内と寄り添いながら眠るのは当たり前の事だ。

 情操教育に絵本を読み聞かせると良いらしいので、やろうとしたら、

 それも断られてしまった……」



 むしろ、読んでやろうとすると、

ティアルの方が、目を輝かせてベッドによじ登って来るという。

二人の間に寝っ転がるティアルや、ユリアを寝かしつけるリファも居て、

アデルバードは余り役に立たない事も悩んでいるらしい。


 ……父として。




「だからせめて、ユリアをいつも腕に抱いて眠りたいと言ったんだが、

 ユリアが顔を真っ赤にして黙り込んでしまった。

 ……俺は何か言葉を間違えたのだろうか?

 どう思う? ラミルス……おい、俺が真面目に話しているのに、

 なぜまだ寝転がったままなんだ?」



 俺はぴくぴくと小刻みに震えて倒れこみ、しばらく動けなかった。

精神攻撃クリティカルヒットで、俺は戦意を完全に喪失したのだ。

この男はあろう事か、本に書かれてある事を全て実行する気ではあるまいか?


(……ありえる。流石は蒼黒龍そうこくりゅうだ)


 俺の想像のななめ上さえやってのける。

ななめ上所か、変化球まで付けやがったな、こんちくしょう!


 今度から不用意に実用書をすすめるのは止めて置こう、絶対に。



「お、お前は……もう……本を当てに……するな」


「なぜだ? とても参考になったのだが?

 確かに俺は無知な部分が多いからな、人間のめすの生態は全く分からなかった。

 だが、少し理解できた気がする。ユリアは人間とはいえ優しい心根の娘だ。

 このまま真っ直ぐ育ってくれるように、俺も良い後見人になろうと思う」



 アデルバードの中では、ユリアはまだ幼い養い子であるらしい。

そう言えば首輪の件の時も、小さい子として物事を考えていた面があったな。

だがしかし、何度も言うがユリアは自立心の強い年頃の女の子である。


 むしろ世話よりも、世話をされている事の方が多いだろうと指摘すると、

アデルバードはハッと我に帰った顔で固まった。


 お、ようやく気が付いたか?



「そうか……俺は小さなユリアに世話をさせるという事をしていた。

 何てことだ。確かに子供に親の世話をさせるべきではないな。

 ではこれからは、全て止めさせて……そうだな、

 騎士団に、託児所と子連れ出勤が出来るように、至急要請を……」


「まてまてまて待てっ!?」


「あ、アデルバード様が……ユリアちゃんをそだ、育て……」


うらやましい、俺も育てたい! お嫁さんを育てようって事か!?」


「うあああ~ユリアちゃーんっ!」


「お前らも落ち着け!」



 俺の背後ではユリアがアデルバードによって、

「嫁育成計画」をしていると噂になり、その場ですすり泣く男達がいた。


 出会いが少ない分、知り合った女の子は誰もが嫁もしくは恋人候補である。

ユリアだけでなく、ローディナ達がやってきた時の同僚の顔を俺は忘れてない。

まさに嫁候補争奪戦の真っただ中の出来事だった。


 ただでさえ、女の子との出会いが少ない野郎ばかりの職場。

この出会いを逃すものかと思うのは、当然だろう。

一見、きりっと表面上は取りつくろう俺達だが、

実は内面では硬派でも何でもなかった。


 城警備の近衛騎士達は、メイドや令嬢と知り合う機会があるし、

家柄がある程度ある者なら、社交場からもお誘いが来るが、

大半がそれからあぶれる存在だ。騎士団は殆ど実力が物を言うのだから。


 戦ともなれば、由緒正しい血筋など何の役にも立たない。

その為、武骨な者達が多くそろっていた。


 だからこそ、女の子との出会いは滅多に無く貴重であり、大切にする。


 だが、周りが牽制けんせいしあっている中、

一人だけそれをものともしない男が居た。そう……アデルバードだ。


 俺はユリアが、結婚も出来る頃合の娘さんだという事、

アデルバードが甲斐甲斐しく世話をしなくても良い事を必死に教え込んだ。

でないと、被害はユリア本人に向けられるからである。


(ちくしょう、俺だって泣きたいよ!)


 だが先に奴には、人間社会での常識と言うものを叩き込まねばならない。

俺はその面で言うのならば先輩、それも大先輩だ。

ここは後輩であるアデルバートに、寛大かんだいな心で接するべきだろう。



「まて、お前の言った事が正しいのならば、ユリアは、もう子を成せる体だという事か?

 どう見てもあの細さでは心配だな……」


「……アデルバード、一つ前もって大事な事を言っておく、

 お前の子を産ませる事を前提で、物事を考えるのだけは止めろ!」


「なぜだ? ユリアが俺の子を産みたいなら、俺は別に構わないが?」


「俺が構うんだよこのアホがああああっ!? ユリアに触れるなあっ!!」



 それを見て、近くにいた部下達も立ち上がった。



「みんな、立ち上がれ! 俺達のユリアちゃんを守るんだ!」



 ――うおおおおおっ!! 抜けがけはんたーい!!



 合図をした訳ではないのに、俺達の心は一つになっていた。

誰かの絶叫と共に、俺達はアデルバードに一斉に襲い掛かる。

俺も含めて、殆ど全員が半泣き状態だったよ。



 このまま奴を闇に葬って、ユリアに嫌われたとしても、

彼女の将来を守る為に俺達はあえて悪を演じよう。悪の騎士団だ。


 しかし、紅炎龍こうえんりゅうが数名含まれていたユリア応援団であったが、

アデルバードの力には及ばず、俺達は次々となぎ払われ、

あっという間に伸されてしまった……奴は強すぎた。



「うう……くそっ……」


「全く、お前達は直ぐに飛び掛る癖をどうにかせねばな。

 ラミルス、次期団長候補がそんなのでは先が知れるぞ?」


「――……あっ! アデル様~! こちらにいらしたんですね? お探ししましたよ~」



 そんな時、殺伐とした空間に突如聞こえて来るのは、

今や聞きなれた娘の暢気のんきな声。


 俺達を見下ろす冷ややかな目が、一瞬にして穏やかなものに変化する。

奴が振り返った先には、噂の張本人、ユリアの姿が……。


 はっと俺が周りを見ると、他の騎士団の奴らは即座に立ち上がり、

彼女に背を向ける形で必死に土ぼこりを払っている。

何処から出したのか、クシも使って髪も整えていた。


 先ほどまで立ち上がれぬ程になっていたのに、凄い回復力と変わり身の早さだ。


(お前ら……分かりやすいな)


 そういえばユリアが後方支援するだけで、

戦闘能力も格段に上がっていたなと思い出し、女の子の存在の影響を思い知る。

俺もまた無様な格好は嫌だから、必死で制服に付いた土を払いのけていた。

そして、がっくりとうな垂れる。



 俺……情けない所ばっかり見せている気がするよなあ……。



「ユリア、どうした?」


「はい……あの、実はティアルがルディ王子様に会いたいと言い出して、

 迷子にならないように、今、お城の入り口まで送ってあげた所なんです。

 折角なので、アデル様の帰宅予定の時間をお伺いしようと思いまして。

 あ、こんにちはラミスさん。皆さんもお邪魔しております」



 落ち込んだ男達に、すれていない女の子の笑顔とはいいものである。

 一瞬にしていやされたが、直ぐにユリアの視界を封じるように奴は立ち塞がった。


 くっ!? 俺達が女の子と会話する貴重な時間すら奪う気だな、お前は!!


(少しは目の保養ぐらい俺達にもさせろよ!!

 ただでさえ、女の子と近くで会話する機会が少なくて飢えているんだぞ!?)


 だが直ぐにアデルバードは、ユリアの肩を抱いて方向転換だ。



「え? アデル様……?」


「丁度いい、今日の勤務は終わった。

 一緒に帰るかユリア。買い物があるのなら付き合おう」


「あ、はい。帰りましょうアデル様。

 晩餐ばんさん用の買出しをおじ様に頼まれているので、寄って頂けると助かります」


「ああ、分かった」


「はい、あ……では皆さん、お邪魔しました」



 当然のようにつながれる手に、俺達は衝撃を受ける。

ユリアは恥ずかしそうにうつむいて、ちらちらとアデルバードを見ている。

そんな彼女に、奴は微笑を向けていた。


 ユリアに恋愛感情は無いのかも知れないが、

あんな事を堂々とされれば、異性として意識してしまうだろう。

傍から見ると、ピンク色のオーラがばんばん出ている気がする……。


(ちくしょう! 余裕がありすぎるじゃねえか!!)



 既に負け戦じゃないかとは思いつつも、

俺は仲間達がうな垂れている中、闘志をメラメラと燃やす。


 手をつないで帰る姿が新婚の夫婦に見えたなんて、絶対に認めないからな!



 けれど俺はこの時、アデルバードから聞いた話の中に、

とても大事な言葉が含まれていたのに、

それに全く気づく事ができなかった。


 ユリアが夜泣きをしている。

それは彼女が失ったものを思い、密かに陰で泣いている証。

彼女が不安定な部分がある事の証である。


 だからこそ、あいつはユリアを気に掛けていたという事を……。


 それこそが、俺があいつに勝てない部分である事も……。



 あの子は龍と人との橋渡しをしてくれる存在だ。

例え俺のものにならなかったとしても、幸せになってほしいと思う。

それがこの国で息づく龍達の総意なのだから……。








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