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3・異世界で就職してみました。

 


 私が迷い込んだと思われるゲーム、

蒼穹そうきゅうのインフィニティ」の世界について。



 この世界の7つの大陸には、異なる文化を持つ国が各地に点在し、

その中のひとつに、剣と魔法に守られたローザンレイツという国がある。

西洋文化の情緒があるこの国こそ、この物語の主な舞台となる場所です。


 海や山、森や渓谷など囲まれ、豊かな資源が多い土地で、

バロック建築風の細部にまで凝った造りのお城があるのが特徴。

石造りの城壁に守られた王都でプレイヤーは活動を拠点にし、

出会う人々とさまざまな物語を紡いでいく……。



(……その登場人物の一人、ユリアになって早一ヶ月が経とうとしています)


 攻略キャラクターの一人である。メイドヒロインユリア。

それが、私の演じていた役であり、現在の姿なんだよね。


 少しは知っているとはいえ、不安の中で分かった事と言えば、

この世界のユリアは行方不明になっており、私が身代わりのようになっている事、

私がこの世界に来た時期は、第一作目が始まるちょうど1年前の春らしい。


 あと、メインヒーローに保護された後に気付いたのですが、

いつの間にか私の瞳の色は、青から紫色に変化しており……。

そう、私が知るゲームの設定そのままの、ユリアの瞳の色に変わっていました。



(おかしいな……? 倒れる前に見た時は確かに青かったのに……)



 なぜ彼女の声を演じていた私が、ユリア本人になってしまったのか、

なぜゲームの世界だと思っていたものが、リアルな物として展開しているのか、

分からない事は余りにも多すぎる、それなのに手がかり一つありません。



(これはゲームの世界、つまり仮想世界にきたと仮定するとしても、

 私がゲームで遊んでいた事が原因とは限らないよね。

 第二期は出たばかりだけど、先に遊んでいる人は居るだろうし)


最初初はただの夢だと思っていたから、最初は楽観視していた部分もあった。



(まっ、夢なら別にそんな心配しなくても、いずれは目が覚めるよね!)



 ……って思っていましたよ。そう、ただ長い夢を見ているんだと思っていたから。


 でも結局、私は日を追うごとにこれは現実なんだと、

改めて打ちのめされるようになり、夢は覚める気配すらないので、

本格的にユリアとして、ここで生きる事を覚悟しなければいけなくなった。

何をしなくてもお腹は減るし、ただ成り行きを見守っている訳にも行かない。



(お母さんとお父さんも心配しているだろうし、お兄ちゃんだって……)


――もう、あちらの世界も1か月になっているのかな。


「……」



 帰りたいとそうは思っているのに、でもその帰り方がまだ分からないなんて。

それに元の姿に戻れる方法が分からないんじゃ、仕方が無いし。



(この体の本当の持ち主であるユリアも、どうなったのか知りたいし……)



 そう、ユリアだ。そもそもどうして彼女が居ないんだろう?

あの子はサポートキャラでもあるから、居ないと物語が進行しないだろうに。


 魔法がある世界だから、もしや……何かそれっぽい何かがないかと思って、

アデル様にそれとなく聞いてみたが否定された。

そんな都合よい魔法なんて無い。という事が分かっただけでも収穫ですよね。



(そもそも私のような症例はまず無いと思う。

 キャラの声を当ててた人が、魂ごと演じていた本人に同化しているなんて)



 確かに中の人だけど、本当の意味での”中の人”になるとは思いませんでした。



 声を入れて魂を吹き込むのと、

声の持ち主の魂まるごと入るのは違うと思うんだよ。


(でも、そのお陰で上手く溶け込めたんだよね)


 彼女の役を演じていたお陰で、行動の指針というものは出来ている。

つまり、当面の間は彼女のまねっ子をして生活していけばいいんじゃないかな。


 最初は違和感がかなりあったユリアの体だったけれど、

この体の感覚(主に胸とか)もなんとか慣れつつあり、

少しずつではあるが、異世界生活も落ち着きを見せて……いるといいなあ。



「は――……でも困ったなあ、何も進展はなしかあ」



 ユリア本当にどこに居るんだろう……早く帰っておいで~?

……まさか、何かに嫌気がさして家出したんじゃなかろうな。

中身だけ?



「クウン……?」


「ん? リファ?」


 私は記憶喪失のユリアとなって保護されているので、

不審がられないよう、余り勝手に動いて情報収集する事もできず、

ひざを抱えて部屋の隅でしょぼんと落ち込んでいると、

彼の使い魔であり白い狼さんのリファが、心配げに私の顔をのぞいて来る。


 大丈夫? 元気出してって言ってくれているのかな? 

すりすりとすり寄って慰めてくれる。なんていい子なんだろうね。



「……もしかして心配してくれているの? 

 ふふ、君は本当に優しい子なんだね」


「クウン~キュイイ?」



 ありがとう、大丈夫だよと頭を撫でてあげれば、

クウンとひと鳴きして私を包み込んでくれた。


 さわり心地の良い、ふさふさの真っ白な尻尾はゆらゆら揺れていて、

傍に居てくれるだけで、こんなに心強いとは思わなかった。

もう私を知っている人って誰も居ないんだもん。



「ふふふ~いいな~この毛並み、ふわふわで柔らかくて。

 リファにくっ付いていると、なんだかすごく安心するなあ……なんでだろう」



 めげそうな時に、いつも傍で励ましてくれる存在ってありがたいよね。


 今はこの世界に投げ出されて、一人ぼっちだから余計に……。

少なくても貴方は、私の味方でいてくれるって事だよね?



(せめて……ユリアの手掛かりが分かればいいんだけど……)



 あれから、ユリアの表向きの素性は判明していないんだよね。


 結構、良い服装から見るに何処かの令嬢ではないかと思われたから、

案外直ぐに見つかるんじゃないかと思われていたのに、

実際は、捜索届けすら出されていないという事が判明したらしいし。



 まあ、年頃の娘が誘拐された=家の名誉を傷つけると考えられるので、

いい所の家だとすると、探したくても届けられないと思う事情が、

貴族かなんかにはあるのかなとは思うけど。


確か、嫁入り前の娘がそんな事になったら、

傷物になっていると噂されるだろうから、醜聞を避けたいと思うんじゃ……。



(そうなると、家名に傷が付くとか言われそうだから、

 見捨てられているという可能性も考えられるよね)


 そんな事を思っていると、やはり同じように困っている人が居た。


 そう……私を保護してくれたメインヒーロー、アデルバードその人である。



※  ※  ※  ※



「……弱ったな、こんなに手こずるとは思ってもみなかった」



 アデルバード……愛称呼びを許されたので、「アデル様」と呼ばせて貰いますね。

まだ好感度も上げた覚えもないのに、いきなり呼ぶのを許してくれるとは、

主人公よりもユリアの方が待遇良すぎな気もしますが。まあ置いておこうかな。

やっぱり、一つ屋根の下というだけあって仲良くなりやすいんだろうし。


 さて、そのアデル様なんですが、

彼が仕事の合間に、ユリアの家族を探してくれているのですが、

届けられる報告書には、有力な手がかりは見つからない状況が続いておりました。



(ごめんなさい、ごめんなさい……っ!)



 事情を多少知っているのに口が出せない私は、良心がちくちくと痛みます……。

実はユリアの家名を告げれば解決すると思うんですが。

話さないのはこちらにも深い事情がありまして、私が安心できる状況にする為だ。


 ただでさえこの不安な状況なのに、

余計に見知らぬ展開と環境に放り出されるのは不味い。

下手をすれば、バッドエンド一直線かとも思えてしまうから。



 出来るだけ安心な状況で……そう思うと、私はイージーモードを選びたい。



(ゲームでは、このアデル様はユリアの後見人となってくれていたよね。

 そして、このお屋敷で使用人として暮らしていたので、この選択をするしか)



 つまり、私の方針はこの一か月で決まっていた。


(周りに気付かれず、怪しまれずに、本当のユリアの行方を調べていく必要がある。

 でもその前には、私が色々とここでの生活に慣れてからじゃないと……)


 まずは地盤固めだ。本人ユリアが居ないというのなら、

居ない彼女の代わりに居場所を作っておいてあげないと。

いざ交代する時にユリアが生活に困ってしまうじゃないか。

なので、是非ともその辺りは基本として守ろうと思います。


(それで、どこかで上手い所でバトンタッチできれば!)



 そんな私の思惑を他所に、アデル様は私の扱いに困っていたようです。


「ご迷惑をお掛けして、申し訳ありません」


「……いや、ここは男所帯だからな。女手が無いから行き届かない点が多い。

 若い娘には居心地が悪いようだし、俺達も君の扱い方がよく分からないんだ。

 だからと言って、俺には頼れる女の知り合いは居ないしな……」


「……」



 保護した手前、身よりもない私を見捨てて放り出す事も出来ず、

かと言って、このままお客様扱いのままでもいられない。

それは私も充分に分かっていました。


 だから、これも私の知る設定の通りに進んでみよう。そうしよう。



「あのっ、ではもし宜しければ、こちらで住み込みで働かせて頂けませんか?」


「なに……?」


「私の家族は今は見つかりませんし、素性も分からないままです。

 でもこのままお世話になっているばかりではいられないですから。

 だから私が何処の誰か分かるまで、メイドとしてやとって頂けませんか?

 心を込めて、一生懸命に働かせて頂きますから」



 お世話になっている、せめてものご恩返しも兼ねて頼んでみました。



「いや、それは駄目だ。騎士団で保護した娘を働かせる事は出来ない。

 君は自分が何を言っているのか分かっているのか?

 どう見ても君は、働いた事のある者の手では無いだろう」


「う……」


 確かにこのユリアの手は綺麗だけど、そうも言ってられないんだよ。

だからめげずに食い下がってみる。



(ここで働かせてもらえなきゃ、ユリアがメイドヒロインにはなれないし)



 それはユリアをやっている私としても死活問題だわ。

ユリアがヒロインとしても使えないなんて。

そうなると何処に出番を作ってもらえば……って、いやいや。

今はそんな事言っている場合じゃない。


 

「……でも、このお屋敷を管理するには人手が足りないと伺いました。

 特に若手の使用人が居なくて苦労しているのではないですか?」



 こちらは結構大きなお屋敷なのですが、使用人の数がかなり少ないんですよね。

働いている人の多くは、長年務めている中高年の方や年配の男性ばかりで、

若い方達は定着率が低く直ぐに辞めていくそうで、

特に若い女性なんて尚更だそうです。


だから管理、維持するには難しい状況になっているんですよ。

そんな訳で、いろいろな面で困った事になっているようでした。



(ここの皆様では服の修繕も出来ないみたいですし)



 ――この状況ならば、私でも何か出来そうな気がします。



「もしかすると、針仕事や細やかな気配りが出来る女手は、

 今すぐにでも欲しい状況ではないでしょうか?」


「それは……」



 そしてこれは、彼が現在進行形で悩んでいる事の一つだと思います。

彼はある理由から、人々に恐れられている一面があるせいなので。


 彼を攻略すると分かるんですが、彼の正体は実は龍人、

それも龍の中でも絶滅危惧種とされた。蒼黒龍と言う珍しい龍なんです。



(まあ、世間一般には絶滅したと思われているようですが)



 この世界の龍には色別ごとに能力と力が決まっており、

白は治癒を主とする光、赤は炎、青は水、緑は風、茶色は土、

……を主な力として持っており、そして彼、アデル様の場合は、

それら全ての属性を持つとされる蒼黒龍そうこくりゅうの生き残り。



(そう――彼は人の輪の中に入って生きる事を決めた。龍のお兄さんなんだ)



 龍の中でも一番珍しく、龍の中でどの龍よりも力が強い、

生まれる事も少ない希少価値の高いレア中のレア。

古代種レジェンドクラスとも言われる種族です。


 その為、その体から取れる素材は、全て貴重な薬やアイテムの材料になる。

だから冒険者とか権力者とかに、命を狙われる事が多くて……。


 欲深い人々に乱獲されたりして、家、家族、仲間を次々と失った彼は、

この国の王子によって保護されました。



 ――それが、確か今から5年前位のこと。


※ ※ ※ ※



故郷を追われ、行く宛てもなく各地を転々としていた彼を見つけたのが、

この国の第一王子、ライオルディ殿下だった。



『――誰が貴様らのものになるか!!』


 

 でもアデル様は人間である彼に、最初はなかなか心を開かなかった。

自分の故郷や仲間を襲ったのが、他でもない人間だったからと。

人間の国の長の息子という彼は、いわば天敵であり仇の代表格だったから。


 でも牙を剥いて抵抗するアデル様に、ライオルディ殿下は決して剣を向ける事は無くて、

時間をかけて彼を説得したらしい。



『配下や道具としてではなく、君と共存出来る世を目指したい』



 ……と剣ではなく弓でもなく、手を差し伸べてそう言われ、

種族を超えて、彼はこの世界で共に生きていこうとする者が居る事を知りました。



『この俺が、人と共存する……か、確かに俺の亡き友もそれを願っていた。

 俺はあいつの意思を継ぐべきなのかもしれない』



 今は亡き親友の生前との思い出が脳裏によぎった彼は、

苦渋の決断で、生き残る為に大嫌いな人間の保護下で暮らす事を選び、

また同胞の仇を討つ手がかりを得る為に、共存の道を選びました。


 この事を知っているのは他の龍仲間、

ローザンレイツ国王とその重臣、ライオルディ殿下、

そして今後知る事となる主人公……――と言うのがゲームでの予備知識でした。



※  ※  ※ ※



(……メインヒーローだけに、情報がバンバン開示されるわ)




 これね? どうしてそんな事を覚えているかって言うとね。

このアデル様を演じていた青柳先輩あおやなぎせんぱいに毎回、

そう会うたびに毎回プッシュされていたからなんだよね。


(……で、私が演じていたユリアルートを攻略するには、

 一度アデル様のメインルートを、先に一度クリアーしなければいけないんですよね。

 それからユリアルートがオープンするんですよ)



 ええ、”演じた部分”を確認するのと、”ユリアを極める”為には、

アデルルートをある程度把握しておく必要がありました。

ユリアって、彼のルートで主に出てきますからね。彼のメイドですし。



(でも思うんですが、後輩が自分の声当てたキャラを落として、

 うはうは言ってたら、妙に思わないんですかね先輩は……。

そういう所、結構ドライな方?)



 ……今なら分かるけど、アデル様は声だけしか先輩に似てませんね。


 普段の会話とかだったら尚更ね。演じる時とは声質微妙に違うのが普通だから。

静かに苦悶くもんの表情を浮かべているアデル様は、凄く悩んでいるようです。



 あ、一応ユリアの年齢ですが、私の実年齢より若く16歳の設定でしたから、

本編前となると1歳若いので……今は15歳か。



(……って、15歳でこの胸の大きさって、

 一体、どういう生活したらこうなれるんでしょうか……?

 ぜひ、其処の所を是非、もしもユリアに会えたら詳しく聞きたい位ですっ!)



 あ、今は私がユリアですね、

つい脱線してたわ。さてさて、本題に戻りましょうか。



「どうした?」


「……あ、えっと……こんなにお世話になっているんですから、

 恩返しと社会勉強もかねて働かせていただけませんか?

 一応、家事は少し出来ると思いますし、自活できるようにもなりたいので」


「……だが、君はこの俺が怖くないのか?」


「え?」


「俺の下で働きだした娘は、決まって泣き出して辞めていくからな」



 ……何も知らなかったら、確かに近寄りがたい雰囲気で怖いかも知れないけれど、

私は良く知っているからなあ……演じた者としての予備知識もあるし。


 アデル様は龍族だし野生育ちだから、

普通の人の感覚とはかけ離れている所があるせいだろう。

仕事から帰った時は、話し掛けるのも戸惑う程に目つきが違う事があるし。

でもそれは、他の人よりも危険な仕事があるからなんだろうと、私でも分かります。


(だってこの人は今、嫌いな人間を守る為に働いてくれている)


 別に人間の娘に好かれたいとは、彼も思っていないだろうけれど、

これだけ日常生活に支障が出ていると、この人も困るだろうなあ。

人を憎みながらも、人との共存を選んだ彼には……。



(憎しみの連鎖は、何処かで誰かが消さない限り永遠に続く拷問ごうもん

 龍である彼は人よりも頭がいいし、それを誰よりも分かっている。

 だから彼は選んだのかな。本当に龍が共存出来るようになるのなら、

 自分の中にある、人間への憎しみの感情を抑えて、人としての生活も必要だと……)



 憎しみを持ちながらも、それを後世に残さぬようにと考えた。


 だから彼の存在は、同じ境遇の者達をも導くんじゃないかな。

私はそれを少しでもお手伝い出来たらなって思うんだ。

ユリアが彼にそう思っていたように。



「いいえ」


「……っ」


 だから私はそう答える。


 ……一方で私の方は、そんなアデル様に密かに罪悪感を抱いている。


 こんな境遇と苦しみを与えたのは、他でもない人間だ。

それもこの世界の人間じゃない……きっとここがゲームの中そのままだとしたら、

彼を苦しめているのは、この「ゲームを作った人達」だ。


 つまりはこちらで言う所の創造の神。制作した側の人間とその関係者だ。



(私は声だけの関わりだけれども、それを作った製作サイドの人間になる。

 全くの無関係というわけじゃないんだよね……私の場合は)



 私と同じように先輩が彼の中に居たら、どんな事を思ったのかな? 


 こんな設定で苦しんでいる彼を……。



(演じた以上は、その役に愛着も出てくるだろうし、感情移入もするから)


 責められるべきはこの世界の人間じゃなくて、それを作った私達だ。

アデル様が背負ってしまった悲劇は、娯楽の為に作られているのだから、

この人の傍で支えたいと思うのは、私の罪滅ぼしも兼ねているんだ。



(ユリアの視点だから、余計に思い知らされるよ)



 こうして実際に、この世界で生きるキャラクターを間近で見ていると、

もう設定上の架空の人物とは割り切れなくなっている。

直ぐに夢から覚めたら、ここの世界で経験したことはきっと忘れていただろうし、

現実ではないと割り切れれば、こんなに心なんて痛まなかっただろうな。


 所詮は人が作った架空の世界、偽りの存在なのだからと。


(でも自分は関わってしまった。知ってしまったのだ)



 1ヶ月あれば、もう十分だと思うくらいに、

この世界の人達と関わってしまっている。



「私にはアデル様の良い所が分かりますから……。

 素性も分からず、身寄りが分からなかった私を、

 こうしてアデル様は保護して、見捨てないでいてくれました。

 だから私にも出来る事をしたいんです。何か目標も作りたくて」



 ――それが例え、彼が私を助けてくれたのが、

誰かによって作られた”役割”なのだとしても。


(私がそう思うのが、私の演じた役の延長なのだとしても)


「……」


「それに……私、リファと離れられないです」



 そう、リファなんだけど……常に自分の傍に居てくれるんだよね。


 保護されたばかりの時は、後ろでハラハラと見守ってくれていたし、

最初の頃は「ベッドに寝ていなさい」と言わんばかりに寝かしつけられたりもした。


 何も手がかりがつかめない、この状態をどうにかしようと、

こっそり屋敷の外に出てみようとした時は、私が出て行くと心配したのだろう、

リファが慌ててドレスのすそをくわえて来て、

中に必死に連れ戻そうとする事もありましたからね。



(でもね? 身寄りもいない今は、気にかけてくれる存在はとても嬉しいんだ)


 だから一緒に居たいってそう思ったんだ。



「キュウ~クウウン……?」


「リファ?」


「リファ、どうした」



 リファは人語が理解できるのか、それまでじっと部屋の隅で座り込んで、

アデル様と私の話を静かに聞いていたんだけど、

私がここに居られる理由を作ろうとしているのを感じ取ったのか、

一緒になって何度も彼に話しかけて頭を下げている。まさか私の為にお願いしているの?

か、可愛いリファ、もふもふしていいですか?



「確かに騎士の寝泊りするような所に、若い娘を置いておく事は出来ないが……」



 ――ちょっ!? リファと会話も出来るんですか貴方は!!



(なんてうらやましい……私もそんな能力あるなら毎日が楽しいだろうに)



 そう言えば彼も獣だから、人語以外の言葉が分かっても不思議は無いのだろうな。



 いいなあ、私も猫耳キャラとかだったら良かったのに……。

いえ、ユリアが悪いわけじゃありませんよ。ええ。



「……分かった。だが、タダ働きはさせたくないから給金はきちんと支払おう。

 辞めたくなったらいつでも辞めていい……しかしそれで本当にいいのか?」


「はい! 大丈夫です。ありがとうございます」


「部屋は使用人用の物があるが、君はあくまで俺が保護した娘であり、客人だ。

 後見人として、今の部屋を引き続き使ってくれて構わない」


「え、よろしいんですか?」


「ああ、保護した娘を使用人部屋に追い込むことは出来ないからな。

 今まで……そんなに俺の所で働きたがる娘を見たのは、君が初めてだ」



 はは、そうでしょうね~……アデル様の素性を分かっていたからこそ出来た事です。

このまま、見ず知らずの男性の家に寝泊りしているなんて、普通なら評判悪いだろうし、

彼自身を理解していないと、先日の女の子のように怯えるでしょう。


 ここでわざわざ働きに来るのは、

他では働けない、何らかの事情のある人がほとんどですから。



(本物のユリアは……不安で仕方なかっただろうな。

 記憶がない中、見ず知らずの環境で働くのだから……)



 でも大丈夫です。その点私は現代人、リアルで生きていた女。


 家での家事手伝いレベルならば、きっと出来ると思います。

使用人として働くようにしていれば、世間的にもきっと怪しまれないだろう。

住み込み先も仕事も無事に手に入れられた事だし、順調ですよね。



「ユリアだったな……君は……その、本当にこの俺が怖くないのか?」


「はい、全然、全く、ちっとも怖くないですよ!」


「……」



 アデル様は私を保護してからというもの、

一向に態度を変えない私がとても不思議でしょうがないようですね。

大丈夫、私は泣き叫んだりしないですから。


 むしろ彼が居たからこそ、ユリアと言うキャラクターが生まれたようなものです。


 感謝こそすれ、怖がったりなんて致しませんよ。



(ユリアが大好きだったご主人様ですから)



 だから私はにっこりと微笑んでみる。営業スマイルは得意ですよ。

私にはよく見知った先輩のイケメンボイスですからね。

ご褒美だと思って、これからは目の保養、耳の保養をさせていただこうかな。



「では、これからはアデル様がご主人様ですね。どうぞ宜しくお願いします」


「ああ……君は変わった娘だな……」



 その時、じっと見定めるように見ていた彼の瞳がふっと和らいだ気がした。

そう、気がしただけ……こんなにすぐ笑ってくれる方だっただろうか?

プレイしていた時は、なかなか笑いかけてくれるのも遅かったんだけどね。


「……」


 アデル様は難攻不落とも思わせるような、ガードの堅いメインヒーロー、

誰よりも辛い過去を持ち、誰よりも強く生きる事を選んだ方。


でもね……私はユリアを演じていたから知っているんだ。

彼は本当に優しくて、「ユリア」を本当に大事にしてくれていた事を……。

娘のように、妹のように傍で守ってくれていたから。


(だからね。私は怖くないって最初から分かってる)



 私はアデル様に「傍に居る事」を許されている……それだけでも嬉しかった。


 人の悪意も知っているし、人の内面も見抜く警戒心の強い彼が、今、

こうして警戒を見せていないのが何よりの証。


 

(リファの……お陰だね)


「リファ、ありがとね」


「クウン?」


 アデル様と別れ、リファと一緒に廊下を歩きながらお礼を言う。

この子が、私をここに居るきっかけを作ってくれた。


(これからの事は物語が始まる空白の期間であり、未知の世界だ)



 きっと私が知る予備知識には無かった事も多くなってくるだろう。

それでも少しずつだけれど、不安定だった地盤が出来上がっていくのは嬉しい。



(でも、もしこのまま元の世界に戻れないとしたら――……)


 という不安も頭をよぎる。そうしたら家族と二度とは会う事もできないし、

これまでの夢を諦めなければいけないんだろうなあ、という思いがよぎるけれども。



(ううん、でも目下の夢は叶った……よね?)



 作品が良作となれば人々の記憶に残るから、私は生きた証は残せた。

けれどまだ……まだ続けたかったと思った。”続けなければいけない”と思った。


 だって、だって私はまだ……。


「――……っ」



 そ、そう、ちゃんと自分の中で納得して辞めた訳じゃないから。



(お父さん、お母さん……お兄ちゃん……)



「私、大丈夫だから……ね」



 思う事は色々ある。寂しさに囚われて泣いてしまう事もあるだろう。


 広いこの異世界で、別人として生きていく苦悩。

例え予備知識はあったとしても、通用しない事の方が多そうだ。

それでも頑張って生きる。そう決めたから、前向きにまた頑張るだけ。


 自分の中の引き出しを使う、私が演じた「ユリア」を……思い出す。


(でも、ユリアの役割はこなすけど、演じるのに没頭して役に引きずられないように、

  出来るだけ普段の声質としゃべりでやらせて貰おう)


 精神的にもかなり疲れるし、負担をかけて喉が潰れたら大変だしね。


(がんばろう……私)


 こうして私は「ユリア」として、筋書き通りにアデル様のメイドとして働く事になった。




(いい勉強になるかもしれない。滅多に出来ない貴重なメイド体験だもの)



この経験が後で何かに活かせるかもしれないからね。

そう、これはメイド喫茶とかのバイトよりも本格的なメイド体験だ。

この経験からメイド役をまた振られた時には、以前の私よりも上手く出来るかな。



 沢山の経験と勉強が役者の肥やしになり、それが演技の時の引き出しになる。



「うん、何事も経験だよね。元気出てきた。頑張ろう」



――……でも、この時の私は気づきもしなかったんだ。


 既に私がユリアとなったのが、大きな意味を持っていたなんて……。






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