34・秩序を守るもの
私の目の前に突如現れた。巨大な光り輝く鏡。
まるで私を守るかのようにそれは目の前に存在している。
そして私の体も、同じ様に白い光に包まれていた。
それが出現すると同時に、背後から誰かの腕が伸びて私を一瞬包み、
直ぐにその背中に庇われるのに気づいた。
その髪の色を、後姿を私は知っている。
今、一番傍に居ると安心する人だ……っ!
――ああ……来てくれたんだと口元が震えた。
「アデル……様……っ!」
「無事か? ユリア」
「はい!」
思わず涙が溢れてきた。もう駄目かと思っていた。
安堵して、後ろから彼の背中にぎゅっと抱きつく。
すると、その手にアデル様の手がそっと重ねられた。
「……っ、ああ、なんて事だ怪我をしたのか……可哀そうに……。
もう大丈夫だ……大丈夫。来るのが遅れてすまなかったな、ユリア」
「アデル様……」
アデル様は自身の闇の属性を利用して、私の影から魔法で出て来たという。
初めての試みだったそうだが、彼は難なくそれをやってのけた。
彼の印を付けられている為に、私がどんな場所に居ても、
妨害がなく影や闇がある場所ならば姿を現せるという事だった。
直ぐに助けに来てくれるというのは、こういう意味も含まれていたんですね。
「――っ、あ、あれ?」
「私達……一体どうしたのかしら?」
「……クウン?」
次いでローディナ、リーディナ、リファもはっと我に返る。
掛けられた魔法の効力が完全に切れ、拘束が解かれたようだ。
けれど、みんなの中では止まっていた間の記憶は無いようである。
「みんな……良かった」
目の前には、水浸しになり倒れているルディ王子様に似た謎の青年の姿。
そして、先ほどまで居たはの院長の姿は、目の前から何処にも居ない事に驚いていた。
いきなりそんな事態になっていたら、誰もが驚くだろう。
先ほどまで戦闘直前と向かい合って身構えていたのに、
見ていたものが、一瞬にして様変わりしているのだから……。
そして、傍に居たはずの私は、隣の部屋で腕や足に怪我を負っているし、
目の前にはわけわかめな光り輝く鏡が現れていますし、
いつの間にか、ここには居なかったはずのアデル様も居るのだから。
説明するには、順序だてて教えないといけないでしょうね。
「あら、アデルバード様がどうしてここへ?」
「えっと……ローディナそれは……」
「一体何が……ちょっと院長先生は何処行ったの? 居なくなっているじゃないの!!
確かにさっきまで目の前に居たし……戦闘していた最中だったのに」
リーディナが辺りを見回していると、床に倒れこんでいる青年を見つけた。
「あれ? この人って……ええっ!? もしかしてルディ王子様なの!?
残念王子様が何かやらかしたの? 何でこんな所で伸びているのよ?」
つんつんと、リーディナは伸びている青年に杖の先で突いていた。
ああ、リーディナ……人をそんな物で突いてはいけませんよ?
……って、さっき短剣とかを投げつけていた私が言える口じゃないですね。
それにその人、ルディ王子様と似ているのは顔だけのようです。
少なくとも王子様は、フェミニストな方だと思いますから。
女性にこんな手荒な事をしませんものね。
「あっ、リーディナ、それよりもユリアが大変な事にっ!
ユリア大丈夫!? もしかして院長先生に襲われて怪我をしたの!?
待ってて、直ぐに治癒魔法を掛けるから!!」
ローディナが慌てて両手をこちらへ伸ばしてきたが、それをアデル様は制止した。
「いや、治癒魔法はユリアの体質では効果を弾く可能性がある。
ユリア、回復アイテムが無いのなら俺が……」
「へ? いえ、まだアイテムは残っているので、自分で回復できますよ?」
「!? クウン、キュウウウッ!?」
リファは私の怪我を知ると、おろおろしながら駆け寄ってくる。
必死に怪我の部分を舐めて治そうとしていて、瞳からは涙が浮んでいた。
「リファ、大丈夫、大丈夫だよ?」
「キュウウ~……クウン……」
……と、私はリファの首元にもぎゅっと抱きついた。
伝わる温もりが、怖かった気持ちを落ち着かせてくれる。
みんなが元に戻ってくれて本当に良かった。
一人きりの戦闘は本当に本当に孤独で怖かったから……。
安心したら震えが止まらなくて……涙がぼろぼろ溢れていた。
下手をしたら時の狭間で殺されて、存在を消されていた可能性もあった。
みんなからも記憶を消されて、ユリアが帰る居場所も無くなってしまったかもしれない。
(――助かったんだ……よね?)
そう気づいた私は、立っているのもやっとの状態だった。
体は震えるし、足は力が入らないし、涙は止まらない。
それでも、私はようやく安心する事が出来た。
「ユリア! そうよ大丈夫!? 目の前のそれは一体どうしたの!?」
リーディナが私の様子にようやく気が付いて、今度は彼女が慌てだす。
その為、リーディナを安心させるように微笑んだ。
「い、一応は大丈夫そうです。これは……私にも状況が掴めなくて、
何でしょうか? これ……鏡みたいですけれど? リーディナ分かります?」
「……うー……ごめん、私には分からないわ。資料でも見た事無いもの」
結果として、私の目の前に現れた光の鏡はみんなの目にも映っていた。
魔力が全くない私にもはっきり見えると言う事は、特殊な魔法の類では無いと思う。
片羽しかない光の蝶が、その鏡の上部に止まっており、
それからは不思議な音色が響いている。
私が此処へ来る前に、「バグ」だと思っていたあの音色。
凄い速さで流れていたあの音は、ゆっくりとその旋律を奏でていた。
(もしかしてバグとかじゃなくて……これから流れていたって事?)
辺りを覆い尽くすほどの、白く発光する鏡。
先ほど謎の青年を攻撃したかに見えたが、傍に居ても何も起こらない。
アデル様は目の前の鏡をじっと目を凝らして見るも、それに心当たりなど無いらしい。
「魔法の類ではないな……これは君が出したのか? ユリア」
「分かりません。あの、もう駄目だと思ったら急に胸が熱くなって……。
体が熱くなったら白く光りだして、気づいたらあの鏡が出てきて、
あの人の出した攻撃魔法を跳ね返したみたいです」
そう、攻撃と言うよりも、相手の魔法を跳ね返していたように見えた。
まるで、光を反射するかのような感じでしたが。
「魔道具……でもなさそうだ。これには魔力は……」
感じない、そうアデル様が言い掛けた途中で、鏡は見る見るうちに小さくなり、
光の蝶だけとなって私の胸元にすう……っと消えてしまった。
え? え? 今、私の中に入ってしまいましたよ!?
思わず蝶が消えた部分に触れるも異常は無い。
あんなに大きかった鏡が体の中に入って大丈夫でしょうか? なんて考えていると……。
「ユリア!?」
今度はアデル様が顔を真っ青にして、私の顔や肩をぺたぺた触りだし、
痛くは無いか? 苦しくは無いか? と必死に聞いてくる。
おろおろした彼が私を抱き上げて「すぐに治療を!」と叫ぶほど動揺しているので、
大丈夫そうですと告げると、アデル様は勿論、みんなはほっと安堵の顔をした。
「そうか……大事無いのなら……いい。だが、帰ったら直ぐに休むんだ。分かったな?
後で医者にきちんと診て貰おう。心配だ」
「は、はい……」
「さて、後は……ここで何があった? ああ、その前に怪我の手当てだな」
アデル様に心配されながら下ろされて、私は持参したアイテムで回復する。
先ほど傷つけられた傷跡がすっと塞がっていき、痛みはもう感じない。
体を見下ろせば、リーディナに借りた制服はボロボロになってしまった。
駄目にしてごめんね? と彼女に謝ると彼女はぶんぶんと首を左右に振っている。
「そんな事どうでもいいのよ。それにユリアのせいじゃないんでしょう?」
「うん……ありがとうリーディナ」
でも後できちんと弁償させて下さいね。と、そう告げると、
私はアデル様との会話を再開した。
「あ、あの……アデル様。実はアデル様に書置きを残しておいたのですが、
その様子ですとまだ読んでないのですね? 実は――」
「待って下さい! 私から説明します。だからユリアを怒らないでやって下さい」
ローディナは胸元に両手を組んで、これまでの経緯をアデルに話した。
その後の事については私が説明をした。ローディナ達にも知らせる形で。
現れた謎の青年がこの空間の時間を止めて、魔物と化した院長先生を浄化し、
今度は唯一身動きが取れた自分に襲い掛かってきた……そう言った所で、
アデル様とリファの目つきが瞬時に変わった。
「グルルルル……」
「そう……か……分かった。よく分かった。
ユリアを泣かせたのは……傷つけたのは其処に居るあの男か……?」
地を這う様な、その声に……私はびくりと固まった。
リファは、標的を気絶している青年へと狙いを定めて、唸り声を上げる。
ひた、ひた、ひた……一歩ずつ青年に近づくその様子は、狩りをする獣の姿。
「ユリアの受けた痛み以上の痛みを、こいつには与えなくてはな」
一方、鞘から、ゆらりと剣を引き抜いたアデル様の顔は、
誰もが見たら怯えるような、凍てつく程の威圧感があった。
「俺のユリアに手を出すとはいい度胸だ。人間の男。
二度と、ユリアの前に現れないようにしてやろう」
そして大きく剣を振り上げる彼を、私は背後から必死に止める。
我らが騎士団長様は、謎の青年を「処刑相当」と判断した模様です!!
「あ、アデル様っ!?」
何か、何か地響きが起きているのは、私の気のせいじゃ無いはずだ!!
アデル様の怒りが、周りの大気を振動させてピリピリしています。
ただ、彼が怒っているだけで彼の足元や壁に一瞬にしてひび割れが……っ!?
駄目だ! こんな所でラスボスになってもらうわけにはいかない!
これじゃあ、どっちが悪役か分からないですよ!?
「もっ、もう終わりましたから!! 私、元気です! すっごく元気!
だからだから、剣をどうかしまって下さいアデル様ぁっ!
無抵抗の人間に剣を向けてはいけませんよ! どうどう!」
「ガウウウウッ!! ガウ! ガウ!」
ああっ!? リファ、戦闘は終わったんだから追い打ちかけなくていいから!!
リファは泣きながら前足でその青年を往復ビンタし始め、
私はアデル様を抑えながら、必死にリファに叫んでいた。
「リファ! 待って、待って待ってーっ!?」
アデル様はアデル様で、
「リファ、そいつは俺がとどめを刺すから、其処をどけ」
……とかなんとか言っているし、
私の声は彼らには全くと良いほどに届いておりません。
リファの訴えを私の解釈で翻訳、アテレコすると……。
「(アタシの子供にアンタ、なんばしよっと~っ!!)」
と、言っている気がする。
……あれ? なんで訛っているんだろう? ……まあいいか。
「そうだ!? ローディナ何とか言ってくだ……あ? あれ?」
そう! こんな時に頼りになるべきは、お姉さんタイプのローディナです。
彼女ならばこの修羅場をほわわんと、和ませてくれてくれるのでは?
私は唯一の頼りの女の子に期待を込めて振り返って、
絶対的メインヒロインにご助力を求めたのですが……。
その時、私は見てはいけないものを見てしまった気がした。
「――……そう、つまり私達の動きを封じて、ユリアを狙った人が居たのね?」
……普段はどんな時でも、温厚なはずのローディナの目が全く笑ってなかった事や、
リーディナが同じ顔で指をぽきぽき鳴らしながら、青年を取り囲もうとしていた事。
素直に話したのが裏目に出てしまったのか、一瞬にして皆様は標的を決めたようです。
ええ、一言でこの場を説明するのなら……。
「カオス……カオスだ……っ!!」
「リーディナ、私ね? 久しぶりに怒ったわ」
「あら奇遇ね。私もよ? ローディナ」
「「女の子に刃物を向けるような男の人は、容赦しちゃ駄目よね」」
「み~……すぴー……すー……」
一人の青年に殺意を向け、不穏な空気が満ちる部屋の隅では、
こんな状況でも、のん気に寝息を立てて眠るティアルの姿。
ころんと足を投げ出して、すっかり夢の中です。なんて幸せそうなその顔。
緊迫した場所でも、あの子の周りだけが実に平和なんですが……。
(私も、私も其方の世界に逃げてしまいたいよ、ティアルッ!!)
こんなに騒いでいるのに起きないあの子は、大物になりそうな気がします。
平和的解決を目指した筈の、私の決死の行動はなんだったのか……。
一人、現実逃避をしたくなる私が居ました。
※ ※ ※ ※
「す……すまなかった……」
その後、青年は頬をぷっくりと赤く腫らして、自らの正体を告げた。
彼はなんとライオルディ王子様の弟の一人、リハエル王子様。
このローザンレイツで神職を務めており、
大聖堂教会に籍を置いている人だそうだ。
つまり、顔や髪や瞳の色が似ていたのは、
ルディ王子様の実弟だからという理由だった。
ああ、残念王子様の弟だから、こんななのか……なんてみんなが口々に言うと、
リハエル王子様はぎょっとした顔で、こちらを見ていた。
聞けば、兄が王都の女性達に普段から何をしているか、全く知らなかったとの事。
聖職者の方は、余り世俗の話に耳を傾ける事って余り無いですからね。
「嘘だ……兄上がそんな……そんな事を?」
「ええ、そうよ。で、貴方は変態王子様に決まりね。ねえ? ローディナ」
「そうね……よりによって、か弱いユリアを狙って乱暴しようだなんて、
男の人のする事じゃないわ、可哀そうにユリア、あんなに泣いて……。
凄く怖かったでしょうね……本当に許せないわ」
ぼろぼろと涙を流して、我が事のように悲しんでくれるローディナ。
……えーと……“か弱い”という点に付いては、訂正したいのですが?
皆さん、時間を止められた事で実際の現場を見ておりませんが、
あの、あの、私、さっきこの人に何度か……その、蹴りをですね?
入れちゃったりなんか……している訳ですよ。はい……。
ええ、大人しくてか弱い女の子なら、まずしない事です。
しかも、一対一でバトルっておりました。ははは……。
(い、言えない……さっきまでの私の行動を)
二人はアデル様から、ユリアは体が弱いと言う話を聞かされていたらしく、
多分、自分が不在時に何かあったら気遣って欲しいと頼まれていたのだろう。
双子姉妹にとって私は友達であり、妹的立ち位置だったようです。
考えてみれば、ユリアってローディナ達よりも年下でしたよね。
そうか、つまりユリアって妹属性だったのか、初めて知りましたよ!
裏設定というものですね? ユリアになった事で色々と分かって来たよ。
(……と言う事は、アデルがお父さん、リファがお母さんで、
ローディナ、リーディナがお姉さん、ラミスさんは……お兄さん?
それで私が妹で、ティアルが弟? わ~……即席ファミリーが出来たね!)
一人歩きしていく、ユリアのイメージ。
思わず現実逃避をしてしまう私が居る。
(ユリア、この場を持ってあなたに謝りますね。本当にごめんなさい……。
私のせいで、ユリアの虚弱体質の設定が確定してしまったよ)
――……で、そんな娘に力ずくで、それも刃物をちらつかせて脅して、
いたずらをしようとした変態王子様……という見解がされたのか、
リハエル王子様は一瞬にして、双子姉妹に女の敵認定を受け、
二人にそう呼ばれるという、不名誉な状態になってしまったのでした。
確かに「襲われかけた」とは言ったけれど、意味違いますから!!
そう、必死に周りの方達に王子様とのやり取りを話し真実を訴えかけるも、
私の着ていた制服は見るからに乱れ、風圧やらで所々切れており出血、
何というか……傍から見たら、私の姿はまるで……そうまるで、
変質者に襲われかけたと言っても、信憑性がありそうな?
そんな状態になっていたわけなんですよ。
というわけで、みんなはこう解釈をした「ユリアが変質者に狙われた」と。
ローディナが「大丈夫よ、もう怖くないからね?」と頭をなで、
リファが私の体をすっぽりと毛で包み込み、目の前にアデル様が立って背に庇う。
まさに完全防備の状態になっておりました。心強いが、あえて言おう。
誰かーー私の話を、きーいーて~~っ!!
はい、聞いて頂けないのもお約束になっておりますね。
なんで、ローザンレイツの皆さんは人の話を聞かないのかな?
「兄が兄なら、弟もよ! この国大丈夫かしらね? 行く末がすごい心配。
女癖が悪すぎて目も当てられないわ!
ユリアが許したからって甘く見ない事ね!!
この子はアデル様の立場を思って許しただけなんだからっ!」
リーディナは、びしりと王子様に向かって指をさしてお説教です。
い、いいのでしょうか……相手は王子様なのですが?
「わ、私がその娘に手を掛けようとしたのは、彼女が異物だからだ!
私は主より監視者となる命を受けている。この世界の秩序を乱し、
この世の為にならない者を始末する権利が、私には与えられて……」
言っている途中で、青年のみぞおちにリーディナの拳が炸裂した。
「ぐほっ!?」
ああ、痛そう……そう思っていたが、アデル様も「俺にも殴らせろ」と言っているので、
私は後ろから再びがしりと抱き付いて止めた。
あなたが本気でやったら確実に相手は死にますよ! ご主人様!!
さっきの不穏な言葉を、私は忘れたわけじゃないですからね!!
アデル様はそんな私を、まだ怯えているのかと感じたのか、
振り返って私をぎゅっとハグして頭をなでてきました。だから、違うから。
「女の子を異物~っ!? このごに及んで失礼にも程があるわよ!!
しかも始末って、ユリアに何ておそろしい事しようとするの!!
いたずらして口封じまでしようと企んでいただなんて、
お仕置きがまだ足りないようねええ~?」
「だ、だから違う! 私はそんな……」
「うるさいわ! この女の敵!!」
今度はかかと落としが炸裂した。
何でしょう……リーディナが先ほどの院長先生や王子様よりも怖く見えるよ。
ぷるぷる震えて、リファにがっしりとしがみ付きました。
私、リーディナだけは敵に回さないようにしよう、うん。
リファのふわふわなお腹に顔を埋めて、私はぎゅっと目をつむる。
はあ……落ち着く。ふかふか。
「ユリア、抱きつくなら俺の方においで」
「……アデル様」
仕方ないので、アデル様にも抱きついてあげた。
「ぐ……っ、ま、待ってくれ! も、もう彼女を手に掛けようなんて思っていない!!
先ほど彼女の体から出て来たものから、神気を感じ取った。
神の加護が与えられた可能性のある君を、私が勝手に排除するわけにはいかない。
本当に申し訳なかった。主からは何も、この事は聞いていなかったから……」
「しん……き?」
出て来たものと言うと、あの光っていた鏡の事だろうか?
首を傾げて不思議な顔をしている私に、
「君は何も知らないのか?」とリハエル王子様に驚きながら言われたので、
素直にこくこくと頷いた。思い当たる事なんて何一つないはずだ。
そもそも神様って……えーと、会った覚えもないですが?
「待て……まさかお前は“魂の目”を持っているのか?」
「アデル様! 王子様相手にお前呼ばわりは……むぐっ!?」
流石に騎士団長様の立場で、その言葉使いは不敬罪になるから止めようとしたら、
アデル様がこちらを振り向いてきて、片手で口を塞がれました。
そのまま、ぎゅむーっと再び抱き寄せられます。
なになに何―っ!? 何なのですかああ――っ!?
むぐむぐ抵抗しようとすると、耳元で「静かに」と囁かれまして……。
彼の吐息がかかり、イケメンテロリズムの威力に、
みごと完敗してしまった私がいました。
くっ!? 私もまだまだ修行が足りないという事ですね。
黙った私に「いい子だ」と頭をなでてくるアデルの姿……。
うう、ご主人様に負けました……がっくり。
「ああ……私は幼少期に魂の目を開眼し、それがきっかけで教会に預けられた。
王族の中には、そのような者が時折生まれてくるらしい。
継承権は第一位の兄上が居るし、私には興味がなかったからな。
それに、王族で神職につける者を輩出するのは名誉な事なんだ」
「では、その力は……他の魂の目を持つ者を感じ取れるか?」
「……やろうと思えばな。教会にも私ほどではないが、
同じ能力を持つ者が何人か居る。そしてそれぞれ何らかの役目がある。
仲間かそうじゃないかは、ある程度感じ取る事はできるが」
「ではこの事は内密で聞くが、ユリアは……彼女にはその力があるのだろうか?」
「え?」
何ですか? 魂の目って? 私が首をかしげているとアデル様が説明してくれた。
魂の目は神聖能力の一つで、全ての物事を見通し聞き取れる特殊能力だそうだ。
その力を持つ者の中には、神との交信も出来る者が居るという……。
え? 私そんな神がかりな事は出来ないですよ?
出来たら私、そもそもこの世界で未だに暮らしていないと思う。
元の世界に帰る方法を真っ先に聞くと思うから。
そして今までの事もろもろ……不幸体質はどうなのよって思うし。
「――……いや、彼女はそんなものは持ち合わせていない。
だが、君達は先ほど彼女の目の前に現れた物を見たか?」
「ああ、直ぐにユリアの中に消えたようだが」
「……あれ自体に、聖遺物とは違った神聖の力があると見て良いだろう。
魂の目ではなく別の効果があるようだったが……。
彼女の中に入ったのなら、彼女はあの鏡の持ち主だという事だろう。
今のところ、宿主には危険はないと思うが」
あれは寄生とかするものなのか!?
鏡……さきほどの鏡は私が……ユリアが持っていた物という事?
しかし、其処で何かが引っかかる。私は何かを忘れている気がした。
(まただ……思い出そうとすると頭が痛くなる。
ユリアは、ユリア・ハーシェスで……アデル様に拾われて、
アデル様とプレイヤーのサポート役で、
それで……”他にも役目が”……なん、だったっけ?)
時間が経つと共に、欠落していくような何かの記憶。
それは私の世界に居た頃に得た、ユリアに関する予備知識のような気がした。
この世界に来た時の弊害だろうか……?
首を傾げて必死に考えるも、私にはそれが思い出せない。
(さっきの鏡……何処かで見た気がするのにな)
たしか……ユリアに関係する事だったとは、おぼろげに覚えているのに。
※ ※ ※ ※
――……その後、院長先生の思惑をリハエル王子様の口から知らされた。
彼女は昔、若くして将来を誓い合った者を不慮の事故で失っていたらしい。
早世したかつての恋人を蘇らせようと、
悪い事とは知りながら、禁術の研究をしていたそうだ。
一方で、自分よりも能力の上回る錬金術師を育てあげて、
これに協力してくれる者が現れるのを待っていたらしい。
その間、体は老いて朽ちていく、其処で彼女は苦渋の決断で自分へ術を施した。
死者に施すものを「まだ生きていた」自分へと掛ける事で、
生ける屍を作ったのだと。
それは神の決めた理を崩す事となる、人ではなくなる行為。
本当は不死の妙薬を求めたのだが、それが捻じ曲がって、
アンデッドの研究へと変わってしまったらしい。
「結局の所、院長は死んだ恋人を蘇生する事は出来なかったんだ。
一度器から抜けた体に魂を引き戻し、再生する事はな」
教会側はこれを把握しておきながら、
まだ害は無いと監視下において、静観していたという。
しかし今回、術の暴走と他者への危害を加える事態となった事で、
リハエル王子様が、こうして秘密裏に処断しに来たというわけだった。
彼は神の代行者であり、この世界の秩序を守る監視者、
世界を乱すものを処刑、排除する役目を主から直接任命されており、
私を見た時も、一瞬にして異物と判断してその対象にしたからという。
けれど、別に神様や教会から命令されての事ではなかったとの事で、
私は少しだけ安堵した。つまり、今回は彼の独断でやった事というわけだ。
「そうなの……院長先生、亡くなった恋人に会いたくて、
生きながらえて、恋人を蘇らせようとしていたのね」
「そうしてみると切ないけど……禁術はどちらにせよ許されないわ。
処断されるのは、時間の問題だったのでしょうね」
ローディナは恋するが故の行動に胸を痛め、
リーディナはそれでもいけない事なのだと私達に話す。
「禁を犯してまでも……そんな命を賭ける程の恋をしていたという事ですね」
恋には色々な形があるのだなと、この世界に来て色々学んだ気がする。
私にはそこまでの危険を犯してまで、恋を選んだその人を理解出来ない。
まだ私は、そんな恋をした事も無いのだから……。
けれど……悲しい恋だと思った。長い年月、彼女は失った人を待ち続けたのだ。
恋人を失った事が、彼女をこうも変えてしまったのだろうか?
本当ならばとっくに天寿を全うして、恋人の元へと行けたはずなのに、
それにも気付けないほどに、院長の心は黒く塗りつぶされてしまったらしい。
大変な一日だったけれど、院長の消える時の光景を思い出す。
今はその恋人の魂と、天国で幸せに過ごせているといいなと思った。
「いろんな恋が……あるんだな……」
この件はリハエル王子様の計らいで、責任持って処理してくれると約束してくれた。
今回のお詫びもかねてのつもりらしい。
そして、リハエル王子様の役割とこの院長先生の件は、
他の人には、決して口外しないようにと口止めされて……。
私達はその話に静かに了承した。人に気安く話していい内容じゃないから。
それから数日後、表向き院長先生は高齢による辞任と言う形にされ、
新たな院長が選ばれ、赴任されて来たという。
……で、私達の方はと言うと――。
※ ※ ※ ※
「何をしに来た。もう俺のユリアには近づくなと言ったはずだ」
「そうよ、変態王子様が何しに来たのよ。ローディナ、変な男を追い払う方法教えて!」
「え? それはちょっと……お塩とか聖水とかを掛けるとか? でも聖職者に効くのかしら」
「ガウ! ガウガウ!!」
「頼むからその呼び名はどうにかしてくれないか!?」
変態王子様こと、リハエル王子様とのコネが出来た私達ですが、
彼が私にした事を、アデル様達に「やり方が汚い」と散々怒られて、
リハエル王子様は、暫く皆から要注意人物扱いをされておりました。
対する私……王子様を蹴ったりとか色々やらかしてしまいましたよね。
「わ、わたし、不敬罪で捕まるんでしょうか……?」
……と、私が部屋の隅で一人落ち込んで震えていると、ローディナが、
「そうしたら世論を味方に付けるから、大丈夫よ!」
と、素晴らしい笑顔で言って下さり。
ローディナ……あなたは意外と策士の才能があったんですね?
私、メインヒロインには一生勝てない気がしました。
そう言えばローディナは、私よりも遥かに知り合いが多かったですね。
しかもいつの間にか、事情を聞いたラミスさんまで加わっているし……。
私がリハエル王子様に、襲われかけたとだけ聞かされたラミスさんが、
アデル様に「今日だけは許す! 一緒に始末しよう!」なんて言い出すから、
私は止めるのにかなり疲弊する事となりました。
リハエル王子様の能力は、
二人が兄のライオルディ王子の庇護下に当たる龍である事と、
その威圧感をもろに感じて、がたがたと震えておりましたよ。
えーと、えーと……とりあえず、今日の格言。
みんな! なかよく!! これ大事!
最近、切実に感じたユリアさんでした!




