33・突入! 院長室2
……一体これは、何が起きているのだろう?
壁からすり抜けるように突然人が現れたと思ったら、
それが聖職者の姿をした、ルディ王子様似の金髪青年だった。
そして行き成り大鎌を出してきたと思ったら、
院長だった魔物めがけて一閃を食らわせている。
その瞬間に院長の体を覆うように光の柱が現れ、足元には光の魔法陣が発動していた。
(これは……ホーリー系の光魔法だろうか?)
ホーリーは浄化や鎮魂を目的とした神聖魔法だ。
聖職者やそれに近い者のみが使える特殊な力。
これはきっと高等の高位魔法なのだろう、
リーディナ達が普段使っている力よりも規模が大きい。
一般の人がこれ程出来る人はそういないと思う。
ましてや、時間を操るなど神の領域としか思えない。
だとすれば、相当の立場に居る人である事が分かる。
ちらっと横を見れば、皆はやっぱり微動だにしていない。
まるで、彫刻にでもなったかの様に、瞬きすらしていなかった。
(でもなんで……私だけ……?)
なぜ自分は動けるのだろう?
自分の体をぺたぺた触ってみて、其処で漸くある事に気づく。
そうだ無属性……っ! それが何かの魔法を弾いているのだろうか。
考えてみたら、さっきの院長の攻撃も魔法だった。
あの時、自分だけは吹き飛ばされていなかったじゃないか。
院長が此方を不思議そうに見ていたが、なぜ効かないのかと思ったんだろう。
そしてよろけていたのは、効かない事で術者本人に返ったんじゃないだろうか?
「うがああああ――っ!!」
「っ!?」
院長の発した悲鳴に私は我に返った。
光の柱の中で、魔法陣から無数の光の鎖が彼女の姿を捕らえる。
すると、捕らえた所から徐々に体が透けて行った。
苦しんで、暴れていた者の瞳の色が徐々に元の色に戻っていく……。
黒い闇が白い煙となり、やがて苦悶の表情は、安らいだものへとなっていた。
光に包まれた者はその時、何かに気付いて天井をはっと見上げる。
魅入られるように、ゆっくりと右手を高く高く伸ばしていた。
「ああ……ああ……っ」
「これまでは人の世の為に働いてもいたから、見逃していたが……。
闇に食いつぶされたその身では、最早、脅威にしかならない」
「……」
「――さあ、迷える魂よ。お前の待ち人と共に、あるべき場所へと行くがいい……」
青年は胸元に下げていた十字架を手に取り、それを高く天井へと掲げる。
まるでそれは鎮魂の儀式のようで……。
私にもその光景は、魂を浄化するものであると分かった。
黒い闇に囚われた体も、歪んでいた表情も生前の彼女らしい姿になっていく。
「――……」
そして彼女は、ぽつりと小さな声で誰かの名前を呟いていた。
瞳から流れる涙の訳は、それがずっと待ち望んでいた人だったのか、
彼女の元に降りて来た一人の青年の差し出す手に、自分の手を添えると、
二人は高く高く光の柱を登って行ってしまった……。
(もしかして院長が禁術を研究していたのは、あの人を取り戻す為だったの……?)
無表情でその姿を見つめる謎の青年。
やはり別人だ……ルディ王子様はこんな冷たい目を向ける人じゃない。
アデル様にだって、人として対等に向き合おうとしてくれているのだから、
こんな、こんな人じゃないと私は思う。
彼がした事で助けられたのだろうけれど、その顔は冷たく感じる。
ぞくりと怖くなった私は、リファの体にぎゅっとしがみ付いた。
「……」
戦闘は一瞬のうちに終わった。本当にあっという間だ。
私達が苦戦していたのが嘘のように、簡単に決着が付いていた。
辺りを覆っていた闇が霧散して消えていき、静寂が辺りを包む。
取り残されたのは、私達と目の前に立っている見知らぬ青年だけ。
青年は院長が光と共に消え去るのを見届けると、
静かにこちらを振り返った。彼の視線の先には――……私が居た。
「……っ!?」
びくっと震えた私を一瞥した後、彼は隠し部屋の棚の本を次々放り出し、
山のように積み上げると、パチンと指を鳴らして簡易の炎の魔法を生じさせた。
「あ……っ」
私が止めるのも間に合わず、燃えてしまう黒い書物達。
確かめる必要はもう無いのかもしれないが、
何か分かる事が他にもあったかもしれないのに。
そう思っていたのに全て燃やされてしまった。
灰になって行く本を呆然と見つめる私に、青年はこちらに再び注意が向いたようだ。
この空間で何事も無く動ける時点で、私を不審がるのも無理は無い。
自分だって驚いている位なのだから……。
「主の理に反する者は排除した。さて……次は君か、
見た所、私の術も効かないらしいな……君は何者だ?
君は……この世界の人間ではないだろう? なぜ、君はここに存在する?」
「!?」
じっと青い瞳が、こちらを見透かすように見つめてくる。
なんだろう……何もかも見透かされているようで、ぞくりと寒気がした。
「なるほど……偽りの姿と名を手に入れ、人の世に紛れ込んだか……。
”ミカミ・ユリア” それが君の真名だな?」
「……っ!? どう……して……?」
青年はひと目で私をユリアの偽者……イレギュラーだと見破った。
でも、どうして分かったのだろう? 他の人はユリアとしてしか見て来ないのに……。
一歩ずつ青年が私の方へ近づく度に、
私の足はリファから離れて後ろへと一歩ずつ下がる。彼が怖かった。
逃げ場など無いと気づいているのに……私は震える足で逃げようとしていた。
「……っ!?」
けれど、ついに壁に追い詰められて、もう逃げられない事を知る。
冷たく私を見つめるその瞳、凍てついたその瞳に温かみは無い。
ルディ王子様と似ているはずなのに、彼のような快活さは感じられなくて。
まるで……そう、感情の無い人形のような人みたいだ。
こんなにも、こんなにも違う印象を受けるなんて……。
(やっぱり……この人の声、全然違う。
彼がルディ王子様だったら、声のベースは一緒のはずだもの、
それなのに違うという事は……別人っていう事?なの)
誰? 何で? どうして?
怖い……鼓動がどんどんと早くなっていく。
先ほどの脅威など微塵も感じさせないほどの威圧感。
空気が張り詰めて行くのを肌で感じる。
ちらりと視線を横に向けて、投げた武器を呼び戻そうと左手を伸ばそうとするが、
その腕を、ぎゅっと強い力で掴まれた。
「――私に君の抵抗など無駄だ……諦めろ」
「いっ!?」
「……異物は排除するのが私の役目だ。悪いがここで君も一緒に消えて貰う。
ああ、君の供には、君に関する記憶を一切消しておくから安心するといい。
用があるのは、異端者である院長と異物である君だけだ。
この世界に不穏な分子はいらない」
青年の空いている方の左手が首に触れ、ぐっと締められる。
少しずつその力は強くなっていく……。
――駄目だ……このままじゃ消されてしまうっ!
「う……く……っ!?」
(アデル……様……っ!!)
時間が止められているのなら、彼でさえここへ辿り着くのは不可能だ。
殺される。殺されてしまう。このままだと確実に……。
何が駄目だったのか、選択肢を間違えたのか?
けれど、答えを教えてくれる人なんて居ない。
(元の世界に戻れるかも分からないのに、こんな所で殺されるわけにはいかない……っ!!)
この体はユリアのもの、ユリアのものなんだ。
彼女の魂が今、どうなっているのかも分からないままなのに、
私が大事にして育てて来たユリアを、他の誰かが踏みにじろうとしているのなら、
それを私は許したくない……っ!!
私はまだ、ここでやらなきゃいけない事がある。
ユリアがこの体からいなくなってしまった事を知っているのは私だけだ。
助けられるなら、この異変を知る私しかいないじゃないか。
本来あるべき持ち主に返せるのなら、私もそれが一番だと思っている。
けれど――ユリアの体ごと消そうというのならば、話は別だ。
(ユリアの魂が、まだこの世界の何処かにあるのなら、
私は、彼女にこの体をどうにかして無事に返さなきゃ……っ!
それまで、それまで私はこのユリアの器を守らなきゃいけないんだ!!
ユリアとして積み上げて来た居場所も、絆もみんなもっ!)
これまで彼女として歩んで来た道のりと絆。
それは容易な事ではなく、手探りで迷いながら、悩みながら地道に積み上げてきた。
何時か彼女が戻って来ても良いように、彼女の居場所を作っておいてあげるつもりで。
でも、その中で私は本来感じる事のない感情が芽生えた。
そして今度は、大好きなみんなに忘れ去られてしまう痛みを知る。
其処でもう一つの痛みに気付く。ユリアに関する記憶を消すと言っていたけれど……。
ここに”彼”は居ないから、あの人だけはユリアの記憶を残す事になるのではないか。
(このままじゃ……っ)
脳裏に過ぎるのは、私が知っている最悪のシナリオ。
息絶えたユリアの亡骸を抱きしめ、悲痛な声を上げるアデル様の姿……。
それがきっかけで、彼は心を完全に凍てつかせ、魔に心を染め上げる。
身内となった娘を、またも人間の手で理不尽にも奪われる形になってしまう。
その事で今度こそ人間への復讐を誓い、人に敵対する悪龍へと変じ、やがては魔王になる。
私はそのシナリオには関わっていないので、伝聞でしか知らない。
でも、プレイをした人から聞いた事がある。
『あの時のアデル様の声は、絶望に満ちていてやっていて辛かった』と……。
それが現実で、アデル様をあんな目に遭わせる事になる。
(アデル様はやっと笑顔が増えて来たのに……っ、
それなのに、それなのに家族同然になったユリアが消えたりしたら、
誰が彼の居場所を守ってくれるの……?)
ユリアの死は、アデル様のその後を大きく変えてしまう。
彼にそんな事をさせるわけにはいかない。
ただの物語ならば、それも一つの出来事だと割り切るだろう。
でも、もう現実として私は彼と関わって来たんだ。だから情だってある。
感じているものは、全てユリアだからと思っていたけれど、それは違う、
これは「結理亜」として感じたものもあるのだと思う。
そして、それを作ったのが、娯楽として彼に辛い現実を押し付けるのなら……。
私はシナリオライターさんに怒られても、この事だけは回避したいっ!!
「~~……っさせ、ないっ!!」
かっと目を見開いて、私は思いきっり男の脛を蹴飛ばした。
対、痴漢用に青柳先輩に教わった防衛方法だ。
ここで一応、心の中で盛大に謝っておきます。
(ごめんなさいユリア、本当に本当にごめんなさい。
あなたの大人しいイメージが、これで完全に崩れると思うけれど許してね?!)
いえ、私が素でユリアをやっている時点で、
既にイメージが崩れているだろって可能性は、大だとは思いますが。
今は、この訳分からん不審者(としか思えない)のお兄さんを、
私の手でどうにかしなければいけないから、
あなたの居場所と大事なご主人様の未来を守る為に、どうかお許し下さい!!
(あなたの帰る場所を、絶対に守るから!)
もしどこかであなたに会える事が出来て、この体を無事に返せるその時が来たら、
スライディング土下座をして謝りますから!!
(ユリアの性格だったら、ここで大人しく殺されて終わりだろうけれど、
私は結理亜だ。逆境でもくじけないのが役者根性の見せ所!
役者が何もしないで舞台を退場するのは、役者失格だからっ! ねっ!)
突然のアクシデントにも立ち回れる、頭の回転のよさも必要ですから。
私は舞台を(無理やり)続ける為に、抵抗しようと思います!
「うっ!? うぐぐ……」
「えいっ!!」
「ぐあっ!?」
私の首を押さえていた手の力が緩み、青年が呻き声を上げ、体を屈ませるが、
私は咳き込みながらも、相手が反撃してくる間を与えずに、
脇腹目掛けて二発目の蹴りを食らわせる。
私の左手を掴んだ手さえも離れるが、
間髪入れずに屈んだ彼の頭を、今度は横から膝蹴り。
その勢いで青年がよろける隙を狙って、
短剣のある方に左手を伸ばす。
風を巻き付けて、私の手元に戻ってきた短剣の柄をぎゅっと握った。
(簡単に諦めない! 簡単にこの舞台から降りたりしないんだからっ!)
そして直ぐに男から離れる。さっきの蹴りもたいした力なんて無い、
今は相手が回復する前に距離を保つ方が先決。
ここじゃみんながいるから駄目だ! 隣の部屋におびき寄せなくちゃ。
(大丈夫大丈夫……頑張れ私、怖いけど、物凄く怖いけど頑張れ!)
――本当に怖いと悲鳴すら上げられないらしい。
(アデル様、アデル様……っ!)
ご主人様の顔がよぎり、胸を締め付ける。
手はまだ恐怖でがたがたと震えている……が、
ここであっさり倒されるわけには行かない。
目的が私一人ならば、逃げてしまう方が得策かもしれないが、
相手が何者かも未だに分からずにいるし、
残されたみんなが何をされるかも分からないので、
みんなを置いて一人で逃げる事が出来なかった。
さっきの大鎌で挑まれたら勝ち目は無いが、
せめて一矢報いる覚悟はある。だからおびき寄せて対処するしかなかった。
(何もしなくても殺されるなら、最後の望みを託して悪あがきで暴れるのみだ!)
両手で剣の柄を掴み。右足を前に出して構える。
そしてゆっくりと呼吸をして精神統一だ。
出来るだけ時間を稼ぐ必要がある。その為には方法はこれしか分からない。
「その構え……この国では見た事が無いものだ……君は剣の心得があるようだね」
「……」
よろよろと立ち上がり、自分の後を慌てて追って来た青年は、
私が隣の部屋で短剣を待ち、構えている姿を見て騙されているようだった。
剣の心得? そんなもの勿論あるわけ無いじゃないか、
これは演技の為に習った、殺陣でやる構えですからね。
殺陣とは、時代劇とかでやる立ち回りの演技だ。
直ぐに腰を低くして、攻撃を仕掛けられる構えに切り替えた。
さわりしか知らないので、後は持ち前の演技力でカバーするしかないだろう。
視線で動揺が伝わらぬように、ぎっと相手を睨み付ける。
一瞬の隙が命取りになるから、気をつけないといけない。
(刀身が短いから、練習の時のようには出来ないけれど……。
それも熟練した人間じゃなくて、ただの演技者としてごまかしているだけですが)
相手に容易に切り込めない様に気を張り詰めて、間合いを取るべきだ。
戦闘技術もまだ未熟の状態で、かと言って魔法が使えるわけじゃない。
そして、この殺陣も実戦には不向きである。見せる為の演技だ。
頼りになるのは、リーディナが作ってくれた能力補助アイテムだけ。
だったらどうするか? 少しでも時間を稼いで、この騒ぎを周囲に知らせる。
例えどんなに特殊な魔法が使えても、広範囲を覆う魔法など使えない筈。
そして、長時間効果を持続したままの魔法は負荷が掛かりすぎる。
(その切れる頃合がこちらの好機になるかも)
時間を止めてまでここへ来たという事は、彼は人目に付くのを嫌がっている証拠だ。
これでも役者として、人間観察をする目は養っている。
直ぐに状況判断して、瞬時に切り替えて行動出来ないといけないのだから。
という訳で、私は自分の世界の殺陣の構えで、
相手を威嚇する事にした。
見慣れない構えなんてしていたら、誰だって警戒するものです。
それが、少しでも戦闘経験のある人なら尚更……。
つまりこれは、演技経験者ならではの秘技、THE・ハッタリ!
(演技で必要なのは、演技技術や声質、声量だけじゃない、
その場その場で立ち回れる度胸、即興演劇が出来る頭の回転の速さ、
アドリブ全開で、役者根性の見せ所ですっ!)
演技者の能力が頼りの、本格的な雰囲気を作り出す。気を張り詰める。
目に力を込め、口元を引き締め、お腹に気合を入れる。
一瞬でも相手に動揺を見せたらいけないのは、演技の基本。
剣術の心得があると見せかけ、相手に容易に踏み込ませない戦術だ。
下手をしたら一瞬で倒される可能性もありますが、もう他に手段はありません。
意識を集中して、瞬時に私の中の演技の引き出しを開ける。
演技に夢中になっていると、時々役が降りてくる感覚がある。
何かに憑依されているような、そんな不思議な感覚がするのだ。
その時の事を思い出す。まるで自分が自分じゃないような顔つきと声、
そしてその動きは、何かが自分の体を支配しているかのような錯覚。
(これは自分の命をかけた死に物狂いの演技だ。
立ち回りの実戦経験は少ないけれど、ぶっつけ本番でやるしかないっ!)
素早さを上げる為に、リーディナから貰った予備のストラップを起動させる。
呻きながら立っている彼は、こちらを睨みながら先ほどの鎌を取り出した。
「……っ!?」
ぐっと短剣を握る手に力が入る。
この相手を戦闘不能にするには、動きを止めるには一体どうしたらいいだろう?
相手は人間だ。まだ人と命のやり取りをして戦う覚悟までは出来ていない私は、
戦闘経験の浅い知識で必死に回避する方法を考えた。
(影縫いは、その場に留める方法だけだから出来ない。
動きを封じるなら、あの人の足か手を……)
じりじりと間合いが詰められるが、私はその瞳をそらさない。
そらした所で、一閃が来る事は容易に想像ができるから、
鎌を振り上げた時点で、さっと体を動かす。足元に風を巻きつかせ、宙に飛んだ。
攻撃を封じるなら、狙うのは彼の手元。鎌を握っている手を目掛けて投げる。
けれど、やはり相手の方が上手だった。
私の投げる短剣は寸前の所でさっとかわされてしまう。
(く……っ! 駄目だ避けられる。
短剣にしびれ薬でも付けていれば良かった……っ!)
私がそう思って焦る一方で、目の前の青年の顔色が変わる。
「……っ、何だ? さっきは筒抜けに見えたのに、
今は考えが全く読めないなんて……思ったよりも君は手強いようだ。それなら……っ!」
二度、三度、攻撃を避けながら手元を狙うが、あちらに避けられてしまう。
余り長引けば体力が持ちそうにない……息が上がって集中力が途切れてくる。
そして避ける時に、素早さを上げていたストラップの一つに負荷が掛かりすぎて、
突然破損してしまった。
「……っ!? まずい」
きっと風圧が掠って壊れてしまったのだろう。
(まだ……まだだ……)
私は逃げながら、投げた短剣をこちらへと引き戻してまた機会を伺う。
そうして私達は、攻防を繰り返していた。
そして不意を付いて、私は卵煙幕を投げつけた。
これが本当の自分の切り札だったから、慎重に様子を見ていたのだ。
ちょうど彼の顔の辺りに行くように仕掛けた。
すると案の定、鎌でそれを真っ二つに切られる。
その瞬間、中に入っていた香辛料が男の顔にもろに掛かる。
「うわっ!? 何だっ!? くっ……目が……ごほっ、げほっ!!」
「チャンス! えいっ!!」
青年が咳き込み、目を庇った時に短剣を投げる。
だが青年は目を覆いながらも片手で鎌を振り続けた。
今は目が見えないはずなのに、こちらの攻撃を難なくかわし、
次々に鎌で作る風の刃を私へと差し向けてくる。
まるで、目が見えなくなった分、他の感覚が鋭くなったかのようだ。
相手の動きはどんどんと早くなっていく。
その勢いに押され、少しずつ戦況は不利になっていった。
(うそ! なんでっ!? 見えないのにどうして……っ!?)
逃げ場を徐々に狭まれて、避けきれずに手足に焼け付く痛みを感じる。
「いっ!?」
それでも、かろうじて持っていた短剣を落とさないように、ぐっと堪えた。
顔を上げた私とは裏腹に、まだ青年には余裕があるように見える。
「ええい……ちょこまかと手間のかかる女だ……っ!」
青年は詠唱を唱え始めると、鎌に水が生きた縄のように絡まり始めた。
やがてそれは水でできた蛇となって、その牙をこちらへと向けてくる。
辛そうに目を開いている男は、
最後のとどめをこちらに仕掛けようとしているらしい。
(何これ……水が生きているみたいに……)
「これなら逃げられまい、これで――終わりだ!!」
「っ!?」
鎌が私の方へ再び振り下ろされた。
向けられた無数の水の刃が、私の方へと一斉になって襲い掛かって来る。
避けきれない!? ああ、もう駄目だ……っ!
そう思ってぎゅっと瞼を閉じる。
その時私の脳裏に浮んだのは、アデル様と……兄の顔。
(こんな所で終われないのに、諦めたくなんてないのにっ!)
――負けたくない!
そう心に強く願った時だった。
「……えっ?」
胸元が急にかっと熱くなりだして、全身を白い光が包み込んだ。
あれ? これは以前感じた感覚と同じだ。
ローディナを助けようとした時の……。
真っ白な……温かい……白い……光――……。
「……え、なにっ?」
「うわああああ――っ!?」
自分の体には痛みも衝撃も無かった。
その代わりに悲鳴を上げたのは、
私に止めを刺そうとしていた青年の方だった。
彼はなぜか、目の前で吹き飛ばされているではないか。
私はその一部始終を見ていた。
私へと向けられた筈の水の攻撃魔法は、なぜか青年の方へと方向転換し、
術士その者を攻撃するという、ありえない事態になっていたのだ。
まさか、自分の攻撃を食らうとは思わなかったであろうその人は、
驚愕の顔をしたまま、自分の放った魔法を避けきれずに、
そのまま壁へと思い切り叩きつけられていた。
彼の首元に下げられていた金色の十字架が砕け散り、
跳ね返された衝撃を吸収していたかに見えたが、耐え切れずに壊れてしまったようだった。
「なに……? 何が起こっているの……?」
そして私の目の前には……巨大な光り輝く楕円状の鏡が出現していた。
……その時の私にはまだ分からなかった。
この鏡がユリアにとっても、そして私にとっても、大切な意味を持っていた事に――……。
其処に響くのは、一つの音色……。
聞こえて来るのは、このローザンレイツに来る時に聞いたあの音色。
「蒼穹のインフィニティ」で聞いたあの音色だった。




