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31・あにまる潜入大作戦3

 



 さて、ここでサブヒロインのリーディナの設定を、ざっとおさらい。

まあ、とは言っても私はやり込んでいた訳じゃないので、

私もさわりの部分しか分かりませんけどね。


(私が演じていたユリアは、主人公のアドバイザーをしていたので、

 プレイヤーに他の登場人物と出会えるヒントなどを教えていたんですよね。

 だから私が読んだ台本の内容だと……ええと……)


 確か彼女は、一度ローディナルートをクリアーした後、

プレイヤーがアカデミーの生徒の一人となって庭先で実験をしていると、

知り合える事になっていたと思う。


 それか生徒専用の依頼所にて、水曜日に行くと出会える。

其処は見習いの生徒が、一般の人からの依頼を受ける場所だ。

そんな訳で、念の為に其方の可能性もみてシフトとか探してみる事にした。


(万一、気のせいですれ違ったらアレですので確認しておかないと)



 ……あ、でも考えてみたら、今日は水曜日じゃなくて火曜日でしたね。


 実はこちらの世界も、一週間が私の住んでいる世界と同じなんですよ。



「うーん……やっぱりここには居ないかあ……残念」



 一応、設定上の所にも目を通したが、其処には彼女の姿はなかった。


「(仕方ないですね……地道に探すしかないようです)」


「みい、ハーイ」


「クウン」


「ぷ~」



 それから、頭の片隅でアデル様の夕飯の献立どうしようかとか、

そろそろアデル様が気づいて、捜索に入っていたりしないといいなと危惧しつつ、

リーディナどこや~いっ! と私達が探してから数十分が経過。


 至る所にリーディナが出入りしていた事で、

一つの場所を絞るのに時間が掛かりましたが、

私達はようやく反省室なる表札を見つけました。


 その外観は一言で言うと殺風景、飾り気も無い白いドアが複数あり、

ドアの上部に小さな小窓、それにはさくが付けられていて、

まるで牢屋のような外観だ。ちなみに見張りらしき人はいなかった。



(独房? 問題を起こす生徒用なんでしょうね……)



 ――リーディナ……とってもお世話になってそう、なんて思ってしまう。



 この何処かに居る筈だと、私達は手分けをしてリーディナを探す事に。

私、ローディナ、リファは使い魔専用の出入り口から中をのぞいて確認。


 使い魔の動物とかが自由に出入り出来るように、

ドアや壁に専用の小さなドアがそれぞれ設定してありまして、

それと同じ様なのが、ここにもご丁寧に作ってありました。


「(うん、問題なくいけそうです)」


 きっと、主人がここに閉じ込められて姿が見えなくなった時に、

使い魔が不安がらないようにと、配慮して作られた物なのでしょう。

動物は飼い主と少し会えなくなるだけでも、

ストレスで死んでしまう事もありますからね。


 むむっ、これは知恵を働かせれば、脱走出来るんじゃないかと思います。



(ああ、いけないいけない。まずは状況確認が先ですね。

 何時もの癖で、逃げる事ばかり考えてしまいました)



 ティアルはふわふわ翼で飛んで、上の小窓からのぞきこみ、

リーディナの姿をそして私達は下の小さな入り口から探していました。



「みいみい、イタヨ、リーディナ」


「(え……?)」



 ティアルがリーディナを見つけて、私達に合図を送ると、

私達は一斉に、ティアルが居る部屋の前のドアの前に集まる。


 次々に、傍にある使い魔専用の出入り口から中に侵入すると、

殺風景で白一色、高い所にある窓以外は何も無い部屋の中心で、

ひざを抱えて座るリーディナの姿を見つけました。



「みいい~!(リーディナ~!)」


「プウウ~!(見つけたわ~!)」


「ガウ! キュイイイ!!」


「みいみい、リーディナ、ワーイ」



 ええ、私達は喜びの余り飛び掛りましたよ。

皆、凄く凄く心配していたのですから、当然ですね。

でもリーディナは状況を掴めていないので、悲鳴を上げて後ろへ転倒。


「きゃあああっ!?」


 そして小動物達に一斉にじゃれ付かれる事態となりました。

私だったら、幸せすぎてもだえる状況じゃなかろうかと思うのですが、

リーディナは「ナニナニ何――っ?!」と叫んでもがいております。


 その間、私達はぺたぺた、すりすり、ぺろぺろして無事を喜んでおりましたよ。


 ふわふわの毛玉の群れに包まれたリーディナは、

私とローディナが魔法具を着けているのに気づくまで、

それはそれは、脳内修羅場が起きていたようでした。


(……はて? 私達はリーディナを倒しに来た訳ではないんですが?)



 なんだか、もふらせてあげに来たような状況になりましたよ?

倒れたリーディナの顔に、私の肉球でぺたっと触れてみました。


「み~い、みいみいに?(お~い、大丈夫ですか?)」


「うふ……ふふふ……」


 ……あ、何か喜んでる。これは大丈夫そうですね。





※ ※ ※ ※






 リーディナは、自分が作った指輪を私達が身に着けているのに気づき、

ローブを私の体に覆って、腕にはまっていた魔法具を解除した。


 私はみるみるうちに元の姿に戻ります……が、

リーディナの貸してくれたローブで全身を包んだだけの姿。

下は裸なので恥ずかしいですが、ここは我慢です。


 ローディナも元の姿にしてあげたいけれど、体を隠せる物が他にない為、

彼女は今だ小さな子ウサギ姿のままでしたが、流石は双子ですよね。

足元でぷうぷう鳴いては、頭をすりすりとり付けてくるウサギを見て、

リーディナは直ぐに、それが姉のローディナだと気づいた様です。


「……ローディナね?」


「ぷ~」


 彼女がそうよと言わんばかりに応えれば、

リーディナはそっとウサギのローディナを抱き上げ、

自分のひざの上に乗せて頭をなでます。


 小さくローディナに向かって、「ごめんね?」と言っているのが分かりました。



「――全く、それにしても皆も無茶するわね……何事かと思ったわよ」


「あはは……驚かせて面目ないのです。心配していたのでつい嬉しくて……。

 ご無事で何よりですよリーディナ」


「ありがたいけれど、もう少しね……」


「んん? でも、さっきすごく喜んでいましたよね?」



 そう指摘すると、さっと視線をそらすリーディナの姿。

さっき悲鳴を上げていた彼女は、後になってにやけておりましたものね。

ええ、肉球で触れた時に喜んでいたのは見え見えです。



「では、おびに、後で盛大に動物姿で触らせてあげますね?

 私とローディナが子猫とウサギさんで、

 もっこもこ、ふっわふわの接待ですよ?」


「よし! 許す! 盛大に許してあげる!

 肉球もつけてね! ウサギには肉球無いけど」



 あっさりとお許しが出ました。


 私とリーディナは「ふわもこ同盟」を結んでます。

ふわふわで、もこもこの素晴らしさを語り合うだけなのですが、

お互いの好みはばっちり分かっておりますからね!

ええ、それだけでも私達はとても気が合うお仲間なのです。


 リーディナは何やら小さく詠唱えいしょうを始めると、

部屋いっぱいに、一つの大きなシャボン玉のような膜が出来て、

その中に入る形になると、リーディナは周りを確認して話し始めました。



「……ここじゃ、誰かに聞かれると不味いから、

 外と会話を遮断する魔法を使ったの。

 攻撃魔法はここでは使えないけれど、それ以外は使えるから。

 ……で? 私の元へ来たって事はローディナから話を聞いたのよね?」



 それは私の無属性の原因を聞いているのだろう。

もしかしたら、私は生者ではない可能性がある事、

ことわりに反する事で、よみがえらせられたかもしれない事を……。


 何と言って良いか躊躇とまどいつつも、でもこれは私自身の、

そして何より、私の知るユリアに関わる事だ。


(もしかしたら、ユリアの捜索の手掛かりになるかもしれないもの)



 収録内容で、大体のユリアの設定と立場を把握しているが、

それに含まれない隠し設定があるのでは……と私は考えている。

作品を作る上で、容量の問題から大幅にカットされるシナリオ部分がある。

それが裏設定と言うものだ。つまり、語り継がれることのなかった物語。


 現にリファの存在はゲームには登場していない。設定にも含まれてなかったし、

何より、「水上結理亜みかみゆりあ」の存在自体が、

この世界ではイレギュラーなのだから。


(可能性は0でない事は確かだ。既にありえない事は起きているし)



「はい……リーディナ、聞きました。まだ断定は出来ない所ですが、

 可能性の一つとしてはあるかもしれないと思います。

 ショックじゃないと言えば嘘ですが、私がここにいるのは、

 何か意味があるのではないかと思うので」



 それは……「結理亜ゆりあ」としても言える事。


 この体にユリアの存在を感じられない以上、ユリアは何処かで……。

そう、「あの場所で死んだ」と見た方がいいのかも知れない。

それか、一時的に魂が肉体から離れる何かが起きてしまっているかだ。


 ユリアを演じた私は、その辺の事を詳しくは知らない。

物語の始まりはユリアが既にメイドとしてアデル様の屋敷で働いていた。

それが本編での状況であり、それ以前の事はユリアルートで少し出るものの、

断片的な物でしか出てこない、グレーゾーンの部分だ。



(ユリアは記憶を失くし、怪我をしていた所を保護された。

 でも……怪我にも色々ある、軽症か重症か詳しくは語られていない。

 それでも分かるのは、記憶を失くしてアデル様に保護されるという境遇だけ)



 私がここへ巻き込まれたのにも、関わるであろう何か……。


 けれど私が知る限りでは、

ユリアが本編よりも前に死んでいたという話は知らない。

つまりこれは「私が知らないシナリオ」の部分である事は確かだ。


(私が主に知っているのは、

 膨大なシナリオの一部から、私がしゃべる所を抜粋されたものだ。

 それから、どういう展開なのかを想像して私は演じていたから、

 演じたもの以外の事は、実際に全てのルートをプレイしてないから分からないし)


 無数にあった台本の中身を思い出すが、やはり無かったと思うんだ。

となると、「お蔵入くらいり」になったシナリオの部分だろうか?

心の中で、ユリアの役割を整理してみる。


(私……ユリアのヒロイン以外の役目は、アデルバードルートの攻略の鍵、

 そして登場キャラクターの情報をプレイヤーに教え、

 攻略の橋渡しや進行をお手伝いしてあげるサポートキャラの一人)


 

 ユリア・ハーシェス。謎が多い娘という設定だ。

彼女の実家の情報……つまり家名の「ハーシェス」は、

ユリアルートの後半部分で判明するのだが、

流石に勝手にシナリオ改変して、何か副作用的な何かが起きないか不安だ。

話せば何か分かるかも知れないが、それがまだ怖い……。


 既に、ローディナ失踪事件で遭遇した魔物を見て思う。

あれは本編のゲームで終盤に出て来るはずの、ラスボスクラスの魔物。

こんな序盤以前の物語で現れるなんて、本来はありえない筈だ。

でも、物語以外の部分で元々実在しているのなら、

知らなかった部分があってもおかしくない。



(自分は本物のユリアじゃないから、

 何処かで些細だと思っていた選択肢を間違えて、重大なミスを犯したか、

 それかイレギュラーの私が居る事で、何かが狂ってしまったのかもしれない)




 家名知っていて、手がかりになりそうな記憶があるのに、

何でアデル様の家で居候いそうろうしているんだって事になるので、

言うに言えない状況です。アデル様に不信感を与えてしまいますからね。


 そもそも、その彼女の家の場所もまだ知らないですし、

本家、分家を考えると、どれだけハーシェス家ってあるんでしょうかね? 



「ごめんね。不安がらせて……せめて確証を持ってからと思っていたのに、

 ちょっとドジ踏んじゃって、院長の仕掛けたトラップに引っかかって、

 後は見ての通りよ。問い詰められたんだけれど、

 なぜ忍び込んだのかなんて言えないでしょ?」



 だから、いたずらを仕掛けようとして……と、ごまかしたと彼女は言う。

確かに、友人に無属性の子が居るから調べたかった……なんて言ったら、

どんな惨事が引き起こされるか、分かったものじゃないだろう。



「でも結局、私がおとりになってしまったようなものね。

 ユリアがここに来るのが、一番危険な事かもしれないのに……」


「いいえリーディナ、すみません、私の事で巻き込んでしまって、

 前にローディナが危険な目にあったのも、私のせいなのに……」


「いいのよ、それにこれは巻き込まれたんじゃなくて、

 私達は自分から勝手に飛び込んだんだもの、だから気にしないでね。

 ……でも困ったわね。ユリアの存在がバレたら危険だわ。

 あなた、未確認生物の第一号だものね」


「う……だってリーディナが院長に何かされるんじゃないかと、

 もう、気が気じゃなかったんですよ~」



 大事な友達が、自分の為に危険な目に遭っているかもしれなくて、

頼りたい相手は、レア素材の龍である事を隠している騎士のお二人。

出来るだけ彼らを巻き込みたくないから、

考え付く方法はこれしか思いつかなかった。



(本当は……すごくアデル様に居てほしいけど、でも)


 アデル様に頼るのは本当に最終手段だ。


 私は戦闘も皆の足手纏あしでまといばかりだし、何時も助けて貰っている。

だけど、どうしても待っているだけなんて出来なかったんだ。


 ローディナだって、リーディナに比べたら戦闘能力は低いけれど、

助けたかった気持ちは一緒だと思う。危険だからと言っても聞かなかったもの。


(きっとローディナの事だから、自分の指輪をめさせて、

 自分が身代わりになろうとしたんじゃないかな……)



 見た目は双子でそっくりだから、髪型と服装さえ似せてしまえばいいもの、

万一があれば、入れ替わってでも助けようとしたと思う。


 でもそんな事……黙って見ていられる訳無いよ……。



「ごめんね? みんな心配掛けて……。

 でも、ただのいたずらだと判断されたから、大丈夫よ。

 ユリアの事は絶対に口を割らなかったから、安心して?」


「そうですか……良かった」



 ほっとした私、そしてリファもティアルもローディナも安堵の顔。


 でも――……リーディナは続きを話しにくそうに声に出す。

ぎゅっと両手を握り、彼女は床を見つめるようにうつむいた。



「――院長先生が、死者を蘇生そせいする研究を密かにしていたのは、

 どうやら本当かもしれないの……隠し部屋を見つけて慌てて元に戻したけれど、

 其処にあったのが、どれも不穏なタイトルばっかりだったもの」


「え……?」


「ぷっ!?」


「ごめん……ごめんね……私、ユリアが怖い思いしていたかも知れないのに、

 辛い思いをさせていたかもしれないのに、

 そんな事をした人の元でのん気にしていて、

 もしかしたら……このアカデミーの中の秘密部屋の何処かで、

 恐ろしい事が起きていたかもしれなくて……」



 死者の眠りを妨げて、理を曲げ、無理やりよみがえらせるのは、

神を冒涜ぼうとくした背徳な行為だ。


 つまりは国に反逆した可能性も出て来るわけで……。

リーディナはそうでない事を祈っていたのだろう、

けれど結果は、黒の可能性ありだった。


 それは錬金術の中でも禁術。


 治癒以外での人を扱った研究は、悪用を恐れて禁止されているとの事。

けれどまれに……禁忌に魅了されてしまう者がいるそうだ。


 つまり……それはアンデッドを作り出す事。

不老長寿を考えた末に、その考えにいく事があるらしい。


 でも、それだけで断定するのはまだ早いと思う。

私がその被害者になったという証拠は無いのだから。

だから今私がやるべき事は、震えるリーディナの手を握ってあげる事だ。



「リーディナ……リーディナが悪い訳じゃありません。

 あなたは私のような弱い立場の人達の事を、真剣に考えてくれて、

 強い魔物から身を守れるようにと頑張っていたじゃないですか、

 それに、私はこうして生きていますし、ほら、手も温かいでしょう?」


「うん……温かい……」


「私の為にと危険な目にあわせた事、私の方こそ謝りたいです。

 他の人と違う所がある私を、気味悪がる事無く友達でいてくれて、

 それなのに、私に出来る事はリーディナ達よりも少なくて。

 もし、私が院長先生の被害者だったとしても、リーディナは悪くないですよ」



 人間は自分とほんの少し違うだけで、目立つだけで迫害する事がある。

自己解釈の常識を押し付けて、相手を非難する者すら居る。


 辛い時に、自分の為に動いてくれる人のありがたみを忘れてはいけない。

そして、言葉を扱う者は人との縁を大事にしなければいけない。

役者がきもめいじなければならない事だ。


「ユリア……でも……」



 リーディナは初めて目指していたものに対して、衝撃を受けている。


 誰かを助ける、役に立ちたい。それが本来の錬金術師の役目だったから、

それをアカデミーの頂点に立つ人が間違った方向に進んでいる。

苦しむのも無理は無いと思う。


(この体はユリアのもの、借り物だけれど……)



 私の知る彼女なら、きっとこう言ってあげるんじゃないかな?

そう、私の積み上げてきた「ユリア」なら……。



「リーディナはリーディナです。気にしなくていいですよ」



 私だってそう思う。リーディナは決して悪くない。

錬金術師というひとくくりで、彼女が背負い込む必要なんて無い。

これまで付き合って来たから分かるのだ。リーディナがどんな子か、

人を守る為に日々はげんでいる彼女を、私はずっと見て来たのだから。



「……ユリア」


「さて、では解放されるのも近いですかね。

 また子猫になっていますから、フォローを宜しくお願いします。

 リーディナが無事に家に帰れるまで、あなたの使い魔を皆で装いますので、

 そのつもりでリーディナも振舞って頂けると助かります」


「――待って、まだやりたい事があるの」



 再び子猫の姿になろうとした私の肩をつかんで、

リーディナはこう言ってきました。





 ※ ※ ※ ※



 その後、私達はリーディナが反省室から出るのを許されると、

動物の姿で、リーディナの後をちょこまかと付いて行き、

彼女の私物が置いてある個室を訪れた。


 本棚と私物を入れるかご、天井から吊り下げられた薬草や花、

植木鉢に植えられた卵のような何かが並べてあったり、

空中ではふわふわと魚の模型が泳いでいて、ティアルの興味を誘った。


「みい、オサカナサン~」


 実験室のように、ラベルの貼ってある瓶がずらーと棚に並んでおり、

ビーカーや試験管らしき形状に似たもの、仮眠が出来るように簡易ベッドもあり、

ここでお泊りも出来るように、一通りそろえてあるらしい。

薬草と試薬の匂いで、この部屋は独特の匂いが満ちていた。



「生徒は寮の部屋とは別に、一人ずつ個室を与えられるの、

 勉強する時や研究する時に、集中する必要があるから。

 ここで課題をやって提出する事もあるのよ」



 物珍しくて、おもしろそうな物が沢山あるのですが、

勝手に人様の部屋をうろうろする訳にはいきませんよね。

そんな訳で、リファとティアルのしっぽをぎゅっと前足で押さえて止めさせます。

クウンクウン、みいみい言って抗議されますが、却下です。却下!



「えーと、確か予備が……あっ、あったあった。

 ローディナ変身といて、この制服に着替えてくれる?」


「ぷうぷう」


「さてと、ユリアにも……はい、着替え。下はショートパンツを貸すわね。

 普通の生徒の振りをしていれば、まずバレないと思うわよ」



 籠から出して手渡してくれたのは、アカデミーの予備の制服。

私達はうではまった魔道具に触れて変身を解除し、

直ぐに渡された服にいそいそと着替えます。


 その間、リファとティアルは足をそろえて、隅にちょこんとお座り待機。



「――で、本当にやるのですか……?」


「ええ、まさか同じ日に二度も狙ってくるなんて、相手も思わないでしょ?

 油断している今が忍び込む最大のチャンスだと思うのよ。

 ユリアは危ないから、私達が行っている間にここで待っていて貰って……」


「ここまで来て、リーディナ達だけ行かせられませんよ!

 私も勿論、一緒について行きますからね!」



 リーディナも私と同じように、ただでは起きないタイプのようです。

そのたくましさと前向きな性格は、すごく感心します。

この現状は行動しない限り、何も解決しませんから、まずは行動ですよね!



「でも……大丈夫かしら? 私、何も媒介ばいかいを持って来ていないし、

 万一アンデッド系のが本当に出てきたら、私達に対抗策は無いわ」


「や、 そもそも怖い系全般が苦手だと思いますよ? 私達は」



 アンデッドの属性は闇、対抗するのには、光か炎の属性が無いと戦況が不利だ。



(私の知り合いの中で、アンデッド系に最も強い人はと言えば、ラミスさんだよね)



 彼の属性は炎、太陽、光の属性でアンデッドにはどれも効果的です。

浄化の炎とも言うので、光を出しながら燃える炎もまた有効だと思う。

ただ、紅炎龍という名だけに、炎の方が得意なんですよね。


 もう一人、有効と言えばルディ王子様だ。彼は光、雷、太陽属性、

けれど流石に王子様を個人的な事で巻き込む訳には行かないし、

大事おおごとになりそうなので却下です。

何よりローディナ達が嫌がりそうですし。


 で、アデル様は他の龍族全ての能力を持つ、

蒼黒龍そうこくりゅうだけれども……。


(今は……使えないと思うし……)


 人を憎む念の強さから、現在は使える能力と属性が制限されている。

炎は使えるけれど、闇属性の炎の方がやりやすい。

つまり、今のアデル様は光そのものを持たない闇の炎。

今回の場合は相殺されてしまうと思う。まあ、アデル様は力押しが出来るけれど。



 一方私達は……なんですが。


 私は無属性、本来のユリアの属性は水、音、風。

ローディナは、太陽、風、木の属性持ちで、

リーディナは、月、土、水の属性持ち。



(私は無属性だから、相手の力を消す事が出来ればいいんですが、

 その力の使い方そのものが、まだ良く分かっていない現状ですし……)



 使えるとしたら、ローディナの太陽が唯一光属性の一種に含まれますが、

どちらかと言うと、協調性あふれる彼女は風の属性の方が強く、使うのも得意。

太陽の力はそれ程強い訳じゃないんですよね。


 しいていうのなら、「陽だまりぽかぽか」レベルです。

果たしてそれで、対抗できるかと言えば謎ですよねえ。



(むむ、ですがここで、ラミスさんまで巻き込む訳には。

 ご主人様と違って、上手く人の輪の中で暮らしている方ですし……)



 あの気さくなお兄さんが、アデル様のように皆に怯えられると思うと、

彼に頼ってはいけないんじゃないか……と思うわけで。


(そしてアデル様にも頼れないと思うし)


 一応アデル様に保護されている立場なので、行き先を書置きして来ましたが、

出来るだけ、私だけで何とか出来ないかなと思ってしまう。


 私だけで潜入するって言っても、私には錬金術の知識などないから、

どれが問題の物になるのかすら、きっと見当も付かないだろう。



(あと、少し引っかかる事があるんだよね。

 ユリアが万一にも禁術でよみがえったりしているのならば、

 ラミスさんが以前使った光魔法に、私が影響がなかったのはどうしてかな?)


 これまで何度か冒険する際に、ラミスさんも同行してもらっているから、

その時に何度も戦闘の際、彼の光魔法を傍で見ている訳で……。



 お腹も空くし、怪我をしたら痛いし、眠くなったら眠るし夢も見る。

体温だってあるし、リファ達ともふる時の感覚もあるし……。

普通の人間そのものの、健康な日々を送っているんですが?


 それと……私、怖いの苦手です。まともに戦えるでしょうか?


「あ、しまった!? 短剣も持って来てないので、私、丸腰なんですが!?」


 これは……何処かで武器になりそうな物……。

ほうきとかを調達して、 特攻するしかないような? うわあ……無謀すぎる。



「その辺は大丈夫。何時も私達は装備が壊れた時や、

 万一の時の為に、余分に媒介ばいかいを用意して身に着けているでしょ?

 それにカスタムで属性付加も出来ないか、ちょうど試していた所だったのよ。

 光属性の魔石を媒介ばいかいに仕込んで、詠唱も簡略化出来る様に予め刻んである」


「……凄い。其処まで研究が進んでいたのね。リーディナ」


「二人を驚かせようと思ってね! 他属性の物も使えた方が便利でしょ?

 勿論、元々持ち合わせている属性じゃないから、回数は限られているけれど。

 でも私の今の技術では、体に負荷が掛からないように5回までが限度かな」



 つまり、もしも戦闘になったら、5ターン以内に決着を付ける必要があるのか。


「で、ユリアには……こっち」



 そして引き出しから、リーディナが私に差し出して来たのは、真っ白な短剣。

さやも刀身さえも白い…… 。

細かい細工はローディナが仕上げたものだろう。


 刀身には不思議な呪文らしきものが掘り込まれており、はリスタという、

破邪効果があるとされる木で作ったと、リーディナが教えてくれた。


 そしての部分には、紫色の魔石が付いている。




「知り合いの鍛冶師かじしの人と協力して作ってみたの、

 リーディナちゃん特製、【破邪の短剣・ディアナ】よ。折角だから使ってね!」





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