30・あにまる潜入大作戦2
前方を小さくなったリファ、その次に白い子猫姿の私がついて行く。
てちてち、ぽてぽて歩いて、目的地のアカデミーへと向か――。
「……っ!?」
な、なんて事でしょう! 小さくなるとコンパスに差が出来てしまい、
現地に辿り着くには、かなり歩く必要がある事が発覚しました!!
ですが、街中やアカデミー付近で服を脱ぎ捨てるという事も出来ませんし、
誰かに見られたら大変だし、服は貴重ですものね。ここでは用意が大変ですから。
まさか誰に見られるかも分からない場所で、お着替えする訳にもいきませんし。
「みいみい……(それにしても)」
後ろを見れば、一緒について来てしまったローディナ、ティアルの姿。
私はこうなった数十分前の経緯を思い出します。
※ ※ ※ ※
『(――じゃあ、危ないかもしれないから、待っていてね?)』
数十分前、そう猫語でティアルに通訳して貰ったのですが……。
結局、彼女達も一緒に付いて来てしまいました。
ほら私が原因なのだし、私が責任持って突入するつもりだったんです。
もしも万が一にも危険ならば、リファにリーディナだけでも連れて行って貰って、
私は足止めするなり、囮になるとかして、
めちゃくちゃ暴れようかなと思った訳で……。
『だめよ、危険なら私も行くわ。ユリア達だけ行かせられないもの』
と、同じ様にリビアの指輪を使って、私の目の前で動物の姿に変わりました。
どうやら、私のだけでなく人数分作られていたようです。
それで私が止める間もなく光に包まれて行って……。
『みっ!?』
『ぷう、ぷうぷう(ほら、これで大丈夫)』
ローディナはキャラメルオレンジのロップイヤー……。
耳の垂れた子ウサギさんの姿へと様変わりです。
元々、髪を二つに結っていたローディナだけに、
なんだか彼女らしいチョイスだなと、内心思いますが……。
でもね。ウサギは肉食獣に狙われやすいので、
それは止めた方が良いんじゃないかなと思ったのですよ。
ほら、うちには肉食な動物さん達が居る訳ですし。
ご主人様は龍ですからね……言えませんけど。本能で噛み付くかもしれないし。
一応、リファには言っておかないといけないよね……と、振り返ると、
『(リ、リファ?)』
『……クウン~』
リファは流石、お利口なだけありますね。
ウサギになったローディナの匂いを嗅いだ後、
彼女の顔をぺろぺろ舐めて、毛づくろいを始めました。
……うん、大丈夫そうだ。ローディナだと分かるみたいだし、一安心。
『みい、ローディナ、カワイイ! ウサギサン!』
『にいい(ティアル)』
ティアルはまたも大興奮。ぎゅっとローディナに抱きつき、頭をすりすり。
そして、『ティアルモ、イッショニ、イク~!』と自己主張を始めてしまい。
ローディナに貰ったピンクのうさぎを、いそいそと背負い込み、
勢いがついて、ぺしゃんとその場に倒れていました。
なぜ、ぬいぐるみを持って行こうとするんだろう? ティアル……。
ああ、もしかしてリーディナにも見せに行こうと思ったのかな?
『(でも今は遊びに行く訳じゃないから、それは置いて行こうね?)』
と私が猫語で言うと、ティアルは、「みい、ハーイ」と返事して、
いそいそとぬいぐるみを下ろし、何時も自分が寝ている籠の中に寝かしつけました。
『みいみい、オルスバンネ? イイコ、イイコ……』
小さな右の前足で、ぬいぐるみ達の頭をなでなで、ぽんぽん。
なんて平和なんだろう……あの一角だけ。
……本当は、本当はね? ティアルにもお留守番していて欲しいんだよ。
でも、駄目だというと泣いてしまうからね。それで下手すると後から追いかけてきて、
すぐに迷子になって、街中でみいみい泣いているのが想像出来てしまうんだ。
だから君も連れて行くよ! こんな小さな子を泣かすのは私の心情が許さない!
『(もしも怖い事になったら、私達に構わず逃げるんですよ?)』
と、また猫語で言っておいた。万一の時には私達が逃がすからね?
ティアルは『ハーイ』と、片手もとい前足の右側を上げて私に手を上げる。
思わず肉球同士でハイタッチをしてみました。はい、条件反射です。
そんな訳で、ミニマムのリファ、猫ユリア、ウサギローディナ、ティアルという、
即席のあにまるな探偵団が結成。
別名、「動物さんご一行」が、王都の街をかっ歩する事になりました。
※ ※ ※ ※
そんな訳で私達は目立たぬように、動物の姿で移動しているのですが……。
……ええと、でもね? これ、言っていいでしょうかね?
(これ、逆に悪目立ちしているんじゃないだろうか?)
動物が一列に並んでぞろぞろ歩いている姿は、はっきり言って目に付く。
街の皆様が「あらあら~」と、次々に振り向かれたり、
「可愛いわね~みんなでお散歩かな?」とか、行く先々で言われているし、
時にはお菓子をくれようとしたり、(リファとティアルが反応して大変だった)
なでて来ようとしたりで、通常とは違う弊害が起きたようです。
(どうぞ私達にお気を使わず、むしろそっとしておいて~っ!!)
幸いな事は、リファがローディナを舐めていたお陰か、
ウサギ姿の彼女を狙おうとする獣が、誰も近づいて来なかった事でしょうか。
もしかして、リファはそれを分かっていてやってくれたのかな?
私もこんな状況下じゃなかったら、ウサギのローディナをなでたり、
あにまるな姿で、お庭でみんなと遊ぶのも楽しそうだなと思うのですが、
緊急事態なので今はそれ所じゃないのです。ぐっと我慢のユリアさんです。
ああっ、でも誰か、今の私達の姿を映像に残す技術を作ってはもらえまいか。
「みいみ」
「ぷっぷ」
「みいみ」
「ぷっぷ」
リズムを取りながら行進。どうですか、この私達の完璧な連携体制は!
皆様に、あざとい程の愛らしさを振りまきながら歩きます。
言っているのは、私とローディナだけですけれどもね。
そんな調子でアカデミーの中にも難なく侵入です。
アニマルフリーパス、なんて便利なんでしょうか。
というか防犯こんなんで大丈夫?
どきどきしながら使い魔用の出入り口を潜り抜け、
無事に中へと入れましたよ。
このままリファにリーディナの匂いを探して貰いながら、
ぽてぽて、てちてち、ぴょこぴょこと歩く私達。どう見てもただの散歩姿。
視野が狭まっている為に、私達は逸れないように、
そして、何か起きたら、直ぐに行動出来るように神経を尖らせます。
「(わあ、それにしても広いですね~)」
才能ある錬金術師がここから多く誕生していく、言わば聖域。
錬金術アカデミー「トゥールティリオン」、リーディナが通っている学校だ。
錬金術の最高機関ともされるこのアカデミーは、
赤、白、黄、青、緑、黒という塔に分かれており、
そこかしこに赤、青、緑のローブを纏った生徒さん達が歩いてます。
今は休み時間なのか、多くの人が賑わっている状態だった。
(こうして見ると、私の居る学校を思い出しますね。
外装とかは違うけれど雰囲気が……いえ、こんなに特殊ではないけれども)
天井、壁、床、窓、ドア、至る所に魔法陣が描かれており、
きっと用途目的なのだろう、色も形も様々なそれらは常にくるくると動き、
それらがどんな意味と効果があるのか分からない私達は、
魔法陣を踏んだりしない様に、ぎりぎり端の方を歩いて進んでいく。
開いたドアから見えたのは、天井から吊り下げられた無数の薬草。
入り口の表札を見ると、薬草室と書かれている。
薬草を貯蔵、管理する為の部屋らしい。その部屋からは独特の匂いがしていた。
「みい~……みいにゃあん(わあ~……すごいですねえ)」
次の大きい部屋に入ると、部屋全体が小宇宙になっていた。
無数にある星達がそれぞれの特性を持って、くるくると動き光り輝いている。
こうして見ていると、私の世界の星の特徴に似たものも多く、
やはり、こんな所でも繋がっていたりするんだなと感心した。
「(まるで、プラネタリウムみたいです)」
一つの星を見つめていると、その中に吸い込まれてしまいそうで、
うっかり惹き込まれそうになった私は、
自分を叱咤して歩を進めた。
いかんいかん、今はリーディナの安否が最優先でした!
前にリーディナは、月と星から力を借りて魔法を使っていたから、
ここはそういう練習の為に用意した物なのかもしれない。
しかし凄いな……どれも本物の星みたいだと呟いたら、
私のすぐ後ろに居たローディナが……私の声を聞いて。
「(本物らしいわよ。星を育てているんですって)」と、教えてくれた。
勿論、他の人が傍から聞けば、
ぷうぷうとか、キュウキュウと言う声にしか聞こえないだろうけれど。
なんだかウサギの格好の彼女と話すのも不思議な感じがする。
(リーディナも、こう言うのを作ったりしているんですかね?
星が身近で見れるなんて、素敵ですねえ~……)
ここは、神秘学の研究部屋なのかもしれないとの事。
自然から力を借りるという考えが、基本にあるらしいですよ。
(どうやら、この指輪を嵌めた者同士は、会話が通じるみたいですね。
残念です……リファともお話できたら、とても嬉しいのになあ」
そんな事を考えていたら、後ろで何やらやっている気配を感じた。
ぱちんぱちんと言う音が、何度か部屋に響いているんだ。
(……?)
幸い夜目が利く姿なので、後ろを振り返って見ると、
列の最後尾に居たティアルが、何やら後ろ足だけで歩きながら、
前足で何かを大事そうに持っている事に気づいた。
ちょっ!? 二本足で歩いている姿を見られたら余計怪しまれますよ!!
ケットシーだって十分レアな存在なんですからね!? 捕まったら大変です!
(……そう言えば、リファも珍しい種だってアデル様に以前聞いたから、
ローディナを除けば、私達、レア素材がそろいまくっているよね……)
いや、メインヒロイン属性も希少価値はかなり高いですけども。
ここには日々、研究と新たな発明に闘志を燃やす学生さんも多く、
また講師の先生達も名のある方が多い。
(本当に気をつけないと、見破られたら大変だなあ、これは……)
自分に何かあったら、アデル様にも連動して影響してしまう。
だから関係者には知られないうちに、済ませてしまいたい。
心の中で、私はそんな事を考えていたのに。
「みい、オホシサマ、カケラ……トッタ!」
「(あら、星って取れるのね)」
「(駄目ですよ取っちゃ~)」
みてみて~と、のんきで嬉しそうなティアルの姿に脱力。
お星様に触れたのが嬉しかったのか、
にいにい、にゃんにゃん言って喜んでいるではないか。
ええ、可愛い、可愛いんですが、それは勝手に取ってはいけませんよ?
だから離しましょうね? そう言ってティアルに話します。
するとティアルは、素直に持っている星を離そうと、重ねた前足をそっと開いた。
「みい……オホシサマ、バイバイナノ」
ティアルが取ったのは、水色の小さな星の欠片、
ビー玉位の大きさの欠片は中心部から光り輝いて、ふわふわと宙に浮く。
わあ、綺麗ですね~なんて思っていたのも束の間。
その欠片が、なんといきなり方向転換をしたかと思えば、
真下に居たティアルの口の中に目掛けて、一気に飛び込んできたのだった。
ちょ――っ!? お星様の大逆襲って聞いてない!!
「みいいい――っ!?(ティアル――ッ!?)」
「キュウウ! (大変!!)」
驚いた私達の目の前では、やっぱりティアルも驚いていた。
目をくるくるして、けれど、暫くして、もぐもぐ……ごっくん。
ティアルはなんと……口の中に入ってきたお星様を食べてしまったのである!!
(だっ、駄目だよティアル!! お星様は食べ物じゃありません!)
どんな素材かも分からないのに、あんな物を食べたらお腹を壊します!
下手をしたら気管を詰まらせてしまうかも知れないのですよ!?
小さな生き物や子供は、誤飲が一番怖いんです。
釦一個でも、窒息してしまう事があるんですから!
「みいみい!(ティアル、ぺっしなさい、ぺっ!)」
私は必死に吐き出す事をさせようと、背中をぺちぺちしました。
これは直ぐに取らないと大変な事になる。
あわあわして、私もローディナもパニックになり涙目に。
リファは驚いてくるくると回っていた。
……それなのに、ティアルは別段苦しそうでもなく、
むしろ「オイシカッタ」と言って、まだ宙を飛ぶ星達をうっとり眺めています。
そして、「オホシサマ、マッテ~」と、てちてちお星様を追いかけて行きました。
なぜあんなのが美味しいんだ!! ティアル、味覚が変なの?
あの残念王子様の元で、変なものばかり食べさせられていたの?
――はっ!? それともまさか、うちか? うちのお屋敷が原因!?
(も、もしかして、私の世界で好まれる味覚と、
こちらの世界で好まれる味覚が違うって事ですか!?)
確かに……国によって好まれる味付けは様々である。
それにティアルはケットシー……妖精さんの味覚なんて理解できる筈もない。
私達には駄目でも、ティアルには美味しいレベルになるのだろうか……。
ティアルは嬉しそうに、みいみい言って次々とお星様をキャッチする。
(え? え?)
私が呆然としていると、今度はティアルによって、
捕まえた欠片を私達の口の中に無理やり放り込まれた。
私もローディナも固まって……でも、ティアルと同じ様に咀嚼し始める。
あれ……? これって……。
「(これ……金平糖?)」
味も食感も、まさに金平糖そのもの。
なるほど、これなら確かにティアルが喜ぶのも無理は無い。
リファもティアルによって食べさせられて、嬉しそうに尻尾を振っていた。
そういえば甘いもの……好きだものね君たちは。
口の中でとろけて消えて……リファも平気で食べているようなので安心した。
害が無いと分かれば問題ない。でも、これ以上数が減ったら大変だから、
「(もう勝手に食べるのは止めましょうね?)」
そんな事を言って2匹に諦めて貰った。
リファ達の目には、お菓子が飛んでいるように見えるんだろうな。
甘いものは私も好きだけど、今は我慢なのです!
まずは、リーディナの安否を確かめないと駄目ですからね。
(誰かの大事な研究の品か、教材だったかもしれないのに……。
ごめんなさい。少し食べてしまいました)
前足をちょこんと合わせて、ぺこりと何処かの誰かを思い頭を下げる。
お腹が空いた時用にビスケットを持って来たので、
代わりにそれを置いて行こうかな。お金は持っていないし。
実はティアル用のリュックの予備を私は持ってきていました。
それに食料と卵煙幕を入れておいたんですね。念の為に……。
(棚は……っと、よし、じゃあここで……)
流石に金平糖は、私じゃ作れませんもん。
それも光って空飛ぶ金平糖なんて。
ビスケットのお星様、なかなか斬新じゃないでしょうか?
※ ※ ※ ※
部屋を出て、次に向かったのは建物一つが図書室になっていた。
膨大な量の本が本棚に詰められているが、何階分あるのかも分からない蔵書の数に、
私達は呆然と上を見上げた……あれ? 天井近くまで階段があるよね。
どれだけ蔵書に溢れているんだろう……ここは……。
ちなみにここでも、調べ物や自習をしている生徒さん達が出入りしていた。
「(う~ん……いないなあ)」
ざっと目を凝らすが、リーディナらしき姿は無い。
まだ錬金術師を目指す女性は少ない事もあり、彼女の姿は目立つ筈だけれど。
やはり、まだ部屋に閉じ込められていると見た方がいいだろうか。
残念ながら見つからなかったけれども、ここにリファが来たと言う事は、
リーディナが、この場所で勉強をしていた名残でも残っているんだろうか?
ひくひくと鼻を動かすリファが、次の匂いを辿っている横で、
私はティアルの尻尾を、はっしと前足を使って掴んでいた。
「みいみい~みいみい~」
ティアルは、あっちに行きたい行きたいと、主張しています。
目が、目が輝いているよティアル。ここには君の好きな絵本は無いからね!?
ただでさえ君の翼は目立つのに、
人語を喋る事が出来ると気づかれたら不味いよ。
お願いだから今は静かにね?
リファがリーディナの捜索に集中できるように、私は尻尾を、
ローディナは前足でティアルの口を塞いで、しーっとやっていた。
(……ああ、こんな調子で本当に大丈夫なんでしょうか?
何だかバレバレになっている気がしますよ。スパイにすらなっていませんし。
まあ私もリュックを背負って持ってきた一人……いえ、一匹ですが)
内心、そんな事を考えて不安がる私。
ティアルのお昼寝の時間が来るまでに、どうにかしなければいけませんね。
リーディナが早く見つかる事を祈って、私達は図書室を出て行きました。




