29・あにまる潜入大作戦1
その日は、急にローディナが尋ねて来ました。
「――……こんにちは、ユリア。急に来たりしてごめんなさいね。
ティアルは居るかしら? 実はあげたいものがあるんだけれど」
ローディナは手先が器用で、お裁縫もとても上手なんですが、
今日はティアルに、ピンク色のウサギのぬいぐるみを作ってきてくれたそうです。
私はどうぞどうぞと、彼女をティアルの居るお部屋に案内しました。
「こんにちは、ティアル。今日は貴方に……はい、これどうぞ?」
「みい? ティアルノ?」
「ええ、今日はウサギさんにしてみたわ」
「みい!」
お部屋でお勉強していたティアルに、プレゼントしてくれました。
実は先日も、ティアルに白い子猫のぬいぐるみを作ってくれて、
ティアルはとっても大喜びしていたんですよね。いつも大事にしているんですよ。
そして今日も目の前のぬいぐるみを見て、ティアルは目を輝かせていました。
「みいみい、ウサギサン~」
ぎゅっと、うさぎのぬいぐるみに抱きつくティアル。その姿が実に可愛い。
本当ならば、今頃ティアルはお母さんの傍に居たはずなので、
きっと寂しがっているんじゃないかと、気を利かせてくれたようですね。
(ティアルはこういう可愛いぬいぐるみや小物がとても好きで、
お出掛けで店の前を通ると、窓ガラスから良く覗いてましたものね)
ローディナはそんなティアルの姿を見て、ティアルが抱っこしやすく、
それでいて甘噛みしても良いように、タオル地でぬいぐるみを作ってくれていました。
本当は、最初にティアルの姿を模した物を作ろうとしたそうですが、
お母さんを思い出させたら可哀相との事で、黒猫を作るのを止めたそうです。
「に~ローディナ、スキ!! アリガト!」
「ふふ、良かった気に入ってくれて」
「みいみい、リファ、ミテ~」
「クウン?」
ふわふわの毛並みをした、ピンク色のウサギのぬいぐるみを、
ぎゅ~っと抱きしめて、みいみい甘えた声を出しているティアル。
尻尾を揺らしながら、嬉しそうにリファに見せに行きます。
ぬいぐるみを持って、ぱたぱたと飛ぶ姿は可愛らしい事この上ない。
思わず私は両頬に手を当てて悦に入りましたよ。
「ふふ、可愛いなあ~ティアル」
「ええ……喜んで貰って良かったわ」
「……ローディナ?」
ローディナは笑っていたのですが……なんだか何時もと様子が違って見えて、
もしかして何かあったの? と聞いたら、驚いた顔をされました。
どうやらローディナは、私に隠していたつもりだったようですね。
ちっ、ちっ、ちっ、甘いですよローディナ君。
私にその位の演技を見破れない訳がありません。
「ささっ、私に白状するのです。でないと、くすぐりの刑ですよ?」
「う~ん……でも……」
話すのを渋っているローディナに、私は彼女の手を握り話しかけます。
どうやら笑い事では済まされない、とても真面目な事情のようですね。
「……私じゃ役に立たない事の方が多いですけど、
愚痴位なら聞けますよ? だから良かったら話してくれませんか?」
そこで漸くローディナは、私に話す決心が出来たらしく、
その目は潤み始めました。
やっぱり、無理に笑おうとしていたんですね……。
ローディナは悩みを内に溜め込みやすいのを私は知っています。
だから聞く人が傍に居るだけでも、きっと違ってくると思うんですよ。
「大丈夫です。ローディナが他言無用を望むのならば、
ここだけのお話として聞きますから……」
「ごめ……なさい、本当は一人で家の中に居るのが不安で……。
実はね。リーディナは王都の中のアカデミーに通っているんだけれど、
それはユリアも知ってるわよね?」
「はい、前に聞いた事があります。それが何か?」
リーディナが通うアカデミーは、錬金術師養成学校、
言わば、この世界で言う所の専門学校である。
ゲーム内では錬金術師を目指す職人的な工程を楽しむ一方で、
学園物まで楽しめる為、数ある専門職の中でも人気のあるルートでもあります。
何せ、錬金術師は物語で役立つアイテムを自身で作れますからね。
プレイヤーがその職業を選ばなくても、必ず仲間に一人は欲しい役職です。
ほら、仲良くなるとお友達割引で作ってくれたり、
たまに素敵な品を作ってくれたりもするので……。
「リーディナは其処の学生で、見習いだと言っていましたよね?」
学生だとレベルも見習いなので依頼料は安くなり、
質を求めず、沢山欲しい人には特に重宝します。
ただ、まだ未熟という事で能力に達していない物は作れず、
効果に関してもレベルに準じたものとなります。
素材集めの為に会えない事もよくありますね。
攻略を楽に進める上で、アデル様のような能力が高い人が求められる一方、
回復などが出来る支援要員や、アイテム精製要員も冒険の時には必要です。
持久戦の場合は、一瞬の油断が命取りになりますからね。
その点、リーディナのような錬金術師は、攻撃と回復が出来る為、
とてもバランスの取れた存在だと思います。
まあ、能力の育て方にもよる場合もありますが……。
物理攻撃、防御に弱くても、アイテムでカバー出来ますし。
「確か……通いで行っていると聞きましたが」
勿論アカデミーには専用の寮もあるのだが、
実家が王都の中で近いという理由で、リーディナは通いで勉強をしているそうだ。
王都出身の人は、そういう人が結構多いらしい。
「え、ええ……そうなの、そこでね、ちょっと大変な事をしているようで……」
どうやらリーディナが学校の中で何かやらかしてしまったらしい。
そう思うのは、これまで付き合ってきて気心が知れてきた証拠でしょうか。
ええ、リーディナは行動力がある余りに、凄い事をやりますからね。
たまにそれが大発明になるので、皆さんが許容するらしいですが……。
だから、「ははあ、悪戯でもして怒られたのかな?」と思っていたんです。
「実はリーディナがね。院長先生の部屋に忍び込んだらしくて……。
それが見つかって今、反省室に入れられているらしいの。
家にも帰って来られなくて、私も様子を見に行けなくて心配で……」
「ぶっ?!」
――しかしだ……ものには限度があるよ、お姉さんっ!!
予想の斜め上を行き、私は絶句しましたよ。
いえ、それどころか口にしたお茶が気管に入りそうになってむせた。
下手したらそれ……バッドエンド行きのフラグでは!?
「なんですって、それは大変じゃないですか!?
で、でも、一体どうしてそんな事になっているんです?
院長先生に弱みでも握られるような事でもあったのですか?」
忍び込むなんてただ事でない事位分かる。
それで分かるのは「話しても駄目」な事か、「相手に知られるのは不味い事」
そんな理由しか考えられない。
……と、なると、リーディナは何か切迫した悩みがあるか、
もしかすると、先生にも話せない事情があるという事だろう。
「……あのね。忍び込む前の日の事なんだけど、
リーディナが言っていたの、院長室には授業とかで教わるよりも、
高度な技術の本が多くて貴重な物が多いって。例えば研究資料とか」
「それが狙いだったという事ですか?
確かに今のアカデミーの院長先生は、錬金術師としてのトップだと、
前にリーディナから聞いた事がありますけど……」
いつか、その人を超える人物になりたいと言うのがリーディナの夢だと、
以前、私はあの子から直接聞いた事があるけれども。
アカデミーの院長は、生徒の育成と才能ある生徒の発掘にも力を入れているそうだ。
そんな人でも、全ての技術を生徒に教えている訳ではないらしい。
確かに経験や知識、そして独自の発見で得られた情報は個人が培ってきた財産だ。
それが時に、交渉の上でも大事な取引材料になる事がある。
情報……それらは無料で公表される事もあるが、
大事な内容ほど金銭が発生する。情報=金なのだ。
(私の世界でもそれは共通する事ですよね)
これは役者にも言える事で、知りたい貴重な情報は金銭が発生します。
その為、金銭を支払いワークショップやボイストレーニング、
専門の本を購入して知識を手に入れたり、舞台を見る事などで得て行くのだ。
無料で知りえる情報は、誰でも手に入りやすい上に余り役立たないですからね。
ただ、それでも全てが知りえる訳ではない。
大事な事ほど教えられない、自分の身を危うくする可能性があるからだ。
特に年月をかけて経験して得られた知識は、本人の一生の財産なのに、
何の苦労もせずに手に入れたがる者に、同列に扱われては堪らないだろう。
だから何でも教えてクレクレなんて、図々しくて失礼になる。
知りたいのならば、自力でそれを知る努力をするのが”当然”なのだから。
錬金術は会社みたいな、組織の役割を果たしていると考えれば、
私達の世界で言う産業スパイ。そんな技術を盗もうとする人もいるので、
全てが全て、ありったけの知識と情報を知る事が出来る訳じゃない。
秘蔵の錬金術式とか、本人が研究の末に独自に編み出した構成物とか、
色々あると思われる。リーディナはそれを狙ったようである。
「実はリーディナね。ユリアの無属性の体質がずっと前から気になっていて、
独自にアカデミーの中で調べようとしたらしいの。あそこは知識の宝庫だから。
ほら貴方が保護された時に、頭を怪我していたと言っていたでしょ……?」
「私の事で?」
「うん……それで……その……」
私に話の続きを話すべきか……まだ悩んでいるらしく、
ローディナは途中で話を切り、再びうつむいてしまった。
でも、私のことならば、ユリアに関する事ならば尚更話して欲しいと思う。
私はこの世界に来て数ヶ月経っているが未だに手がかりもない。
こうなった状態も分からないままだ。
私は知らなきゃいけない。ユリアがどうしてこうなったのか。
彼女がどうなってしまったのか……判断材料は沢山欲しい。
「大丈夫、受け止めるから話してくれる?」
私がそう言うと、ローディナは逡巡したのち、頷いて口を開いた。
「あのね……理論上で言うと、無属性は“生きていない”という事になるの。
みんな、生まれた時から必ず属性を持って生まれる。赤ん坊でさえも“無”ではない。
属性は個性や生きている証明でもあるの、だからそれがないと言う事は、
自我が無いか無機物。その状態で生き続けるのは、本来ありえない事なの……」
「そうですね。それは私も思いました。前にそれは皆さんから教わりましたし……」
中身が、からっぽ……それならば無属性に誰でもなる。
ただしそれは生きている事にはならない。属性とは命そのものだ。
だから無属性ならば魂が抜け、器だけが残っている状態。つまりそれは――……。
「――だからね。もしかしたら、ユリアは一度……その、
何処かで何かの原因で亡くなってしまって、その後何らかの禁術を持って、
誰かに蘇生されたんじゃないかと、リーディナは思ったらしいのよ」
なるほど……それは一理あると思った。ユリアに何らかの意思が働いていると。
つまり、実験材料にされた可能性があるという事だろうか?
確かに矛盾はない気がする。
なにせ、私自身が本物のユリアでない事を既に知っているし、自覚している。
つまり、ユリアは何らかの理由で既に死んでいたとしたら……。
私がユリアとなったのも、関係があるのかもしれない。
ただ、人が死者を蘇らせるのは成功しないものだ。
かつて私の世界でも延命や不老長寿などを望んだ人達が、
莫大な資産を投じても、それが叶わなかったのと同じように……。
そう、私達の世界にも錬金術で命を作ろうとした人達は居たのだ。
「そっ、それであの子は院長先生の部屋へ殴りこみに?」
「そうみたい……殴りこみとは、ちょっと違うけれど。
でもユリア、リーディナの性格を良く分かっているわね。凄いわ」
ああ、いけない。ついついリーディナの性格でそう考えてしまった。
「実は前に聞いた事があるのよ。噂でね、院長先生は錬金術と平行して、
ネクロマンサーとしての研究もしているんじゃないかって……」
「ネク……なんですか?」
「ネクロマンサー、死霊使いとも言うわね。
死者を蘇らせて使役する人の事よ。
召喚士の一種とも言われているわ。この国では禁術とみなされたから、
かなり昔に禁止されたらしいけれど、隠れて研究をしている人がまだ居るらしいの」
「その一人が……院長先生?」
ローディナは「噂だけなので確証はないけど」と、
こくこくと頷いてそれを肯定する。
……なるほど、それならばリーディナの行動理由が分かる。
私がその被害者の娘かも知れなくて、そしてこのままの状態だと私は、
いずれ存在維持も出来なくなるんじゃないか? そう、リーディナは考えたようです。
「私の為に……」
「ごめんね……まだ確かな事も分かってないし、こんな事を話したら混乱するでしょ?
ユリアを怖がらせたらとも思っていたんだけど、あの子に何かあったらって、
私今とても心配で……それに、こんな事話せるの、ユリアしかいなくて……」
「……ううん。私に関係する事だもの、話してくれてありがとう、ローディナ。
本当に院長先生が私の件に関わっているのだとしたら、
私がこのまま生きていられるのか、心配してくれたのですね?」
ぎゅっとローディナに抱きついて、背中をぽんぽんと叩く。
「ユリア……」
「ありがとう、ローディナ、私は二人の事が大好きですよ」
判断材料は少ないが、その噂が本当だと仮説立てるのならば、
私があの場に一人放置されていたのは「失敗した」と見なして捨てられたのか。
そしてその後、「私」が何らかの影響でユリアとして息を吹き返す。
本来は生きている人間ではないから、無属性になったと……。
(……うん、そう考えるのなら、ユリアがこの体に居ないのはおかしくはないかな)
それがどうしてこの世界の者ではなく、
中の人だった”私”が代わりになったのか……までは不明だけれども。
私が無属性だという事を他の人に知られるのはとても危険な事だと、
リーディナもアデル様も、以前、私に言っていたのを思い出す。
(あの時から、きっと私以上に無属性の危険性に気づいていたんだ)
そんな前例が今までこの世に居なかった場合、人は一体どういう行動に出るか?
答え、その体を調べさせてくれと研究熱心な人達が群がってくるに違いない。
下手をすれば、無理やりさらってでも実験材料にされる。
むしろ高い確率でそうなってしまうだろう。それだけ珍しいのだから。
だからこそ皆の中で、この事は私達だけの秘密にしようという話になった。
……という事でしょうね。きっと。
(皆、本当に優しいなあ……ありがとう。
でも私は大丈夫、ちゃんと受け止めて、考えるから)
つまり、気づかなかったのは私だけだ。
私が怯えないように、黙っていてくれたのだろう。
ずっと私は皆の優しさに甘え、守れてきたんだ。
「死者の蘇生は、これまで完全に成功したという前例がないの。
出来たとしても僅かな時間だけ、持続するなんて事も出来なかったはずよ。
でも、もしもユリアがその成功した者の一人で、生きている人と同じように、
普通に生活が出来る状態だったとしたら……」
「院長先生がどんな考えの人か分からない以上、
私の存在……無属性がこの世に居るという事を知らせるのは危険。
確かに、この状況だと事情を相談する事も、匂わせる事も危険ですよね」
最悪の場合、その禁術に院長先生が関わっているとしたら……。
ユリアに危害を加えた犯人、それも首謀者と言う可能性が出てくる。
リーディナが取った行動は、そういう理由があっての事だろう。
アカデミーに自由に出入りできるのは、生徒であるリーディナだけだし。
敵になるかも知れない人に、私の存在を気づかせる訳にはいかない。
それが、知り合いの命に関わる事だとしたら尚更。
まあ、人の属性なんて顔を合わせた位じゃ分かる訳はないだろうけれども。
リーディナだって道具を使って調べていましたものね。
「前例が無い以上、ユリアがこのままでいられるのか不安だったらしいの、
もし何かの術なら、いつかそれが解けてユリアが死んでしまうかもって。
それが禁術とされる事でも、ユリアを助けられる方法が無いかと思ったのよ」
「リーディナ……」
どうしよう……リーディナが今回の件で動いたのは私のせいだ。
私が皆と知り合ったのが後手後手に回って、
こんな不幸な連鎖を生んでいるのでしょうか?
(前回はローディナ、そして今回はリーディナだなんて)
二人とも私を助けようと独自で行動し、
その結果トラブルに巻き込まれている。
もしかして、私が彼女達と出会ったりしなければ、
こんな事は起きなかったのではないか?
そうは思っても……リセットの出来ない現状では後戻りは出来ない。
(ユリアだったら……本当のユリアならこれを回避できたのかな?
今回の事も私、何も知らない……どうすればいいのかも……)
もしも偽者の私でなく、本物のユリアだったなら――……。
私の知る限り、ユリア本人には属性がきちんとあった。水、音、風がそうだ。
(なのに、私がユリアになったら無属性になっていた)
だからこれは、私「結理亜」が原因である可能性が高い。
私はこの世界の理に反する存在なのだから。
この世界で生まれた者なら、赤子ですら持っている属性。
けれど私は元々がこの世界の住人じゃないのだから……それには該当しない。
もしもそれが理由ならば、無属性なのは私が偽者だからだ。
(ユリアなら……少なくともこんな事にならなかったのかも……)
巻き込んでしまった事が申し訳なくて、本当に本当に申し訳なくて……。
ぼろぼろと泣き出した私に、ローディナはぎゅっと抱きしめてくれる。
「ユリア……泣かないで……」
そんな彼女も震えていた。妹が私のように何かされたらと思ってしまったのだろう。
会いたくても面会謝絶と言われてしまって、追い返されてしまうそうだ。
あの場所は一般人では出入り出来ない、錬金術師の聖域とでもいう場所で、
何か恐ろしい事に巻き込まれていないか、せめて無事かどうか確認したい。
気のせいであればいい、ただ悪戯を叱られている位ならばと……。
でも、そんな噂があるような所だけに、不安はどうしても過ぎってしまう。
「ガウ!」
「リファ……?」
其処へリファが、クローゼットの中から木の小箱を咥えて差し出してきた。
中に入っていたのは、以前リーディナに貰った子猫に変身する指輪。
それをしきりに嵌めろと、リファは訴えているようだ。
訳が分からない私に代わって、ローディナがはっとその意味に気づき、
両手をぽんっと胸の前で合わせて話し出した。
「そうだわ! 人の姿が駄目でも、動物の姿ならきっと出入りが自由になるわ。
あの場所は、動物を使い魔として使役しているのが一般的だもの。
誰かの使い魔のフリをすれば、中に潜り込めるんじゃないかしら?」
「あ! ナイスアイディアです! リファにも一緒に付いて来て貰えれば、
匂いでリーディナを見つけられますよね! お願いできますか? リファ」
「クウン!」
勿論だと言ってくれている気がする。
リファに私はぎゅっと抱きついて礼を言った。やっぱりリファは心強い。
ローディナも一緒になって、「ありがとうリファ、大好きよ」と抱きついて、
こうして私は子猫姿で潜入捜査をする事にしました。
題して「あにまる潜入大作戦!」である。
※ ※ ※ ※
「……しかし、まさか“これ”が役立つ時が来ようとは……」
私の手には、にゃんこ事件で副産物となりました。
メイド七つ道具その一・変身グッズ【リビアの指輪】がありました。
あ、現在、それ以外の七つ道具は研究段階です。
全部が揃うまでに、リーディナの気力が持てばの話になりますから。
彼女、興味がころころ変わる所があるんですよね。
……っていうか、これはメイドと言うよりも、スパイ道具な気がしますが。
「では、いざ参ります」
指に嵌めて、付属の青い石に触れた途端に、私の全身を覆う白い光。
その光の中で手も足も小さくなって行き、身長もみるみるうちに縮んで行く。
なんだか変な感覚で、全身がもぞもぞする。でもぐっと我慢だ。
指に嵌めていたそれは、
小さくなった手首に透明になって、腕輪のように嵌っており、
視野が一気に低くなったのを確認すると、自分の体を見下ろしました。
「みい(よし)」
全身真っ白な毛並みで、ふわふわな子猫ユリアの完成です!
「にい?(んん?)」
試しに尻尾をフリフリしてみたり、肉球の付いた手をにぎにぎしたり、
慣れない感覚に少しでも慣れるべく、ちょこちょこ動いてみます。
お? なんか尻尾が動いてなんだかとっても気になるんですが?
ねえローディナ、と私が彼女を見上げれば、
ローディナは私を見下ろしたまま口元に手を当てて、プルプル震えておりますが、
今は真剣な場だからと、なんだか必死に堪えているようで……。
いえ、喜んでもいいですよ? 今回ばっかりは怒らないでいてあげますから。
「みいみい、ユリア! カワイイ!!」
「みっ!?」
この姿に喜んだのはリファだけじゃありませんでした。
傍で見ていたティアルも大喜びです。飛びついて頭をすりすりしてきますよ。
そう言えば、ティアルには初お披露目ですよね~この姿。
みいみい言いながら、私に、ぎゅ~っと抱きついてきます。
サイズは同じ位かな? 白猫と黒猫の私達は大いに猫好きの皆様を喜ばすかと。
仲のいい子猫達が戯れている姿は、絵面としても最高の光景です。
あ、ところでティアルの言う「カワイイ」は、
動物的に見た愛玩対象としての意味合いなのか、
それとも猫社会で言う、美人とかの基準なのか気になる所です。
……うん、多分前者だろうな。ティアル、ぬいぐるみが好きだしね。
「クウン~キュウキュウ~」
リファは小さくなった途端に、ぺろぺろ舐めてきて目を輝かせておりますよ。
うああっ、くすぐったいのです~……ちょっと加減して下さいなママン。
相変わらずこの姿は、リファを魅了する威力があるようですね。
ティアルと私は一緒にリファに舐められて、
揃って、みいみい、にゃあにゃあ悶えます。
「みい~」
リファが久しぶりに見た私の子猫姿に興奮して、
出発時間が遅れてしまい、私達が必死に宥めたのは言うまでもありません。
「(――無事に終わったら、盛大に私をもふっていいから!)」
……と、猫語で交換条件を付け、ようやく落ち着いてくれましたよ。
「みい、みいみい(さあ、気をつけていきましょう)」
……あ、念の為、アデル様の机に書置きをしておかないとね。
お出かけする際には、必ず誰かに行き先を知らせておく約束がありまして、
今回に限っては、私が無属性だと知っているのはアデル様だけですので。
他の方に読まれるとアレですので、暗号文書でお伝えしますよ。
はい、肉球にインクを付けて、紙にぺったんぺったん。猫語で書き記しておきました。
あ……ちなみに代筆ならぬ、代肉球はティアルです。
私は此方の世界の言葉を書くのはまだ苦手ですし、
猫語で書くなんて全く出来ませんからね。
ご主人様なら、きっと読めるはです! ええ、きっと!
ユリアに何かあると、アデル様が黒化するのは既に知っておりますので、
最悪の事態にならないうちに帰って来るつもりです。
(できれば、レア素材にもなるアデル様には余り関わらせたくないし)
言伝は、万一に私達が捕まった時の保険にもなりますからね。
そうならない事を祈るばかりです。




