27・メイド長になりました
本日は喜ばしい事があります!
私の涙ぐましいPR活動と、日々の努力の甲斐もありまして、
新しくメイドとして雇われた子達が正規雇用となったんです。
(ついに、ついにこの日が……っ!)
ユリア自身の保有スキル、「情報収集能力」は、
私自身も役者を目指すものとして、必要不可欠の能力です。
つまり、私が偽者でもこれだけは同じ事が出来る訳ですね。
それを逆手に取り、ご近所のおじいちゃま、おばあちゃま、お店のお姉さん、
宿屋のお姉さん、ギルドの冒険者のお姉さん……などなど、
親しくなれそうな方から地道に人脈を広げて行き、交友を深め、
サポートキャラに相応しい、幅広い口コミ作戦を使ってみましたよ。
(ユリアは元々、プレイヤーに必要な情報を教えて、
攻略に必要な事をアドバイスしたり、アイテムを渡したりする、
いわば支援型に特化したヒロインですものね!)
そして、その交友関係の広さから、イベント発生させるのに必要な人間です。
プレイヤーと攻略キャラとの橋渡しすらやってのけてくれるお助けキャラ、
ローディナの実力に比べたら、私なんてまだまだですが、
それでも十分な働きをしていると思いますよ。
彼女の存在無くして、真のハッピーエンドなんて望めません。
言わば作品の良心と言ってもいいかと!
つまり、それをご主人様支援に動く事も可能だという事ですね。
本当は出来るだけ知り合いを作らない方が、私的には平穏を保てて良いのですが、
お世話になっているご主人様の為、ここは私の本来のお役目を務めました。
(レッツ! ユリアターン発動! デス!!)
ついでに言えば、役者は自力で営業が出来てこそなんぼです。
結理亜として培って来た協調性、自主性スキルも駆使してみましたよ!
気分は、アデル様の専属マネージャーになった気分です!!
(ラミスさん経由で分かったアデル様のフェロモン対策も、
なんとかレア素材の組み合わせで抑える事も出来たようですし、
後は、ご主人様の為に使用人を集めるのが、私の役目ですよね!)
そう、レア素材……実はかなり身近で意外な所にありました。
アデル様の正体を知っている上で、普通に接する事が出来るのは、
ルディ王子様、龍仲間の皆さんとラミスさん、私、リファ、ティアル。
で、ですね。大抵の小動物は、龍であるアデル様を恐れるのが普通だそうです。
ほら、あの方は獰猛な大型肉食獣ですし、
小さい生き物はお食事対象ですので、当然ながら本能で逃げる。
アデル様が、どんなに小さくて可愛らしい生き物が好きでも、逃げられます。
逃げられて彼が影で落ち込んで居ても、こればっかりはどうしようもなく……。
……でも、ティアルはアデル様の傍に居ても、全然平気なご様子で。
『みいみい、アデル、アソボ~?』
『ん? 俺とか?』
『みい』
普段からじゃれ付いたりするし、すぴすぴとお昼寝もするし、会話もしています。
『みい、アデル、ダッコ、ダッコ』
時々アデル様におねだりして、お膝の上に乗せて貰ったりもしているんですよ。
甘え上手と言いますか、そんなわけでアデル様は勿論のこと、リファとも仲良しさんです。
『ティアルは懐っこくていいな』
『アデル様……』
『他のも、ティアルのようなら苦労しないんだが』
……ええ、ティアルがお膝に乗ってきた時、アデル様はとても嬉しそうでした。
私が猫の時も喜んでいたのはそのせいですかね?
『みいみい、ワーイ、アデル、タカイ、タカイ』
『そうか』
『クウン?』
龍体のアデル様の体の上によじ乗って、滑り台代わりに遊んでいても、
アデル様は全く怒りません。いや、そもそも気にもして無いのかも知れませんが。
自分よりも遥かに大きい龍相手に、物怖じしないあの子は勇者です。
(リファは使い魔だから、ともかくとして……)
何であの子だけは平気なのかな~? と以前から不思議に思っていまして、
リーディナに相談してみたら、私みたいに何か効力があるのかもと、
ティアルのサンプルが欲しいという事になりました。
『ティアル、貴方の毛を少し分けて欲しいのですが?』
『み? イイヨ~』
ハイ、ドゾ~っと、ころんと足を投げ出し、
お腹を見せて寝るティアルにブラシでさわさわ……。
もう、されるがままの愛らしさで此方を見つめてくるその姿に、
私は心がきゅんっとなりました。思わずピンク色のぷにぷにな肉球にも触ります。
『みい?』
それでもティアルは嫌がりませんでした。首をこてんっと動かして、
私がいいよと言うまで、じ~っとしてくれる気のようで……。
『みい~?』
(くう……何と言う、この信頼しきった顔をするんでしょうか!!
ティアルは、ふわもこ愛好家のツボを分かっていらっしゃる!!)
この子は猫が大好きな人なら、確実にノックアウト出来る、
悩殺ポーズを極めておりました! 最強無敵の可愛さですね!
ええ、この信頼には応えなくてはいけませんよね!
私はそっと、その小さな前足にビスケットを持たせてみて、
そのまま、ポリポリ素直に食べ始めるティアルを見て、悦に入りました。
『……みい……』
その後、ビスケットを咥えたまま、眠ってしまったティアルを見て、
私は余りの可愛らしさに、ここが異世界だという事を心底悔やみました。
誰か!! この私にティアルのおねむ写真を下さいっ!!
(私に今必要なのはこの愛くるしいお姿です! 記念に残しておく映写技術が欲しいです!!)
……失敬、興奮してしまいました。さて、本題に戻りましょうかね。
その後、採取したティアルの毛を試作品に添加し、私の髪との組み合わせ、
動物の嗅覚などをごまかす薬草なども使い、色々調合して行った結果、
フェロモンを最小限に抑える事が出来る事が判明しました。
で、後は何の形にするかで試行錯誤で悩み……。
カフスなら、アデル様のお仕事にも差し支えないという事になりました。
「私だと思ってお守りにつけて下さいね?」と茶目っ気を付けて差し上げた所、
アデル様は、毎日きっちりと身につけてくれるようになりましたよ。
……こういう所、とても素直で可愛らしいなアデル様。
一応、どんな効果があるかも話してはあります。
何度か試作品をつけている時に、バレてしまっていたのを知りましたので。
(私の演技力もまだまだか)
やはり、隠し事は上手くいきませんね。
本当は自然に解決したと見せたかったのに、甘かったようです。
相手は匂いや気配に敏感な龍だという事を、私はすっかり忘れておりました。
でも、これで本来の生活が出来るのではないでしょうか?
(……さて、そうなると残る問題は、お屋敷の女手不足ですよね)
以前、色々な女性が居ましたので、採用するには試用期間を持とうと考えました。
そして採用担当者は、同性であるこの私!
これまでの事から、同じ女性の方がいいんじゃないかと、
おじサマーズ達は配慮してくれた訳ですね。
やっぱり異性だと緊張するからでしょうか……?
まあ、聞きづらい事もありますよね。
『――では、此方に応募した志望動機を、教えていただけますでしょうか?』
『はい、それは勿論、アデルバード様に憧れていて……』
『申し訳ありません。そういう理由でしたら、お引取り願えますでしょうか?』
最初はこんな感じの方がとても多かったのです。
そうですね~アデル様は素敵な好青年ですものね。
でも中身は、結構どろどろな事情を抱えた龍のお兄さんなんですよ。
(ふ……ふふふ、アデル様が”本気”で怒ると、本当に怖いんですよ。
バッドルート次第では彼、人類の敵になりますからね)
ついでに言えば、恋愛ごとにはかなり疎いと思われますので、
かなり苦労しないと駄目なのは、ゲームをプレイした者としての意見です。
孤高の龍だけに、本来は警戒心がとても強いですし、あの性格です。
アプローチをしても、本人自覚なしで並大抵の事ではスルーされますよ。
見た目は、何を考えているのか分からない方ですし。
私が仲良くなれたのは、一つ屋根の下という事、
保護され、後見人になった間柄だという事、
世話をするメイドになったから……だと思われます。
プレイヤーである主人公が、このお屋敷に来る事がなかなか出来ずにいる中、
私は初期段階から、ここに住み込みをしていますからね。
(ですが……今はアデル様のお嫁さんを募集している訳ではありません。
ただのファンの人をお屋敷に住まわせたら、どんな惨事になるかは経験済みですし、
心休まる時など与えられず、アデル様がお屋敷に帰れなくなってしまいます)
此処は、ご主人様の憩いの場として守っていくつもりの私としては、
その事だけは、きっちりお守りいたしますよ。
それこそが、私の目指すメイド道ですから!
来て頂けるだけでも本当にありがたい所なのですが、それは別です。
こっちは龍のテリトリーを管理するという、大変なお役目がありますから。
その為、面接の場では女の勘も含めて、きっちりと見させて頂き、
試用期間を一ヶ月付けて、様子を見てから正規雇用をしてみる事にしました。
『あっ、あの聞いても宜しいですか?』
『はい、何でしょう?』
『其方にいるのは……』
『クウン?』
私の座る椅子の後ろには、寄り添う様に座っているリファの姿……。
ふわふわな毛並みが私の体を包んで、ふわもこソファーに私が座っているかのよう。
それを指差し聞かれるのは当然の事ですね。目立っていますし。
だからといって、リファの存在を秘密にするわけにもいきません。
『ああ、この子はリファと言いまして、アデル様の使い魔です。
私の後見人になって下さったアデル様のご厚意により、
護衛とお母さん代わりになって貰っています。
見た目は大きくて怖そうですが、とってもいい子なので、大丈夫ですよ?』
『はあ……』
私の傍にはいつもリファが居るので、こちらも配慮しないといけません。
隠し事をしていたら何時かは内情がバレますので、
アデル様の正体は流石に伏せて置くにしても、
リファの存在は明らかにしておく必要がありますよね。
そうでないと、リファが過ごしにくくて大変になってしまいますから。
大丈夫です。リファは良い子なので怖い事はしませんよ!
ええ、悪い人には巨大化したり閃光を口から飛ばしたり、
カマイタチで情け容赦なく相手を追い詰めたり、
爪やキバが、シャキーンと伸びて華麗なる一撃とかもしますが、
普段は絶対に絶対にいい子だと、私が保証したいと思います!
『……』
――……たぶん!
『ええと……希望的観測を込めて保証します?』
ティアルも珍しい子ですので、お屋敷には秘密が多いですね。
そんな訳で、色々ある事にも目をつむって頂ける方を募り続け、
今回はユーディ、イーアと言う二人の女の子達が正式に採用されました!
ユーディは13歳の小柄な女の子、大家族の長女で、
家族の生活の為にと今回応募して来てくれた健気な女の子でした。
お屋敷勤めは初めてで、何事にも興味津々、目を輝かせて初々しさがあります。
んー……私に妹が居たら、こんな感じですかね?
見ていて、微笑ましい感じの女の子達です。
『あの……若い人はまだ募集しているのですか?』
『はい、そうですね。若手は直ぐに辞めてしまうので、常時募集中という状態ですね。
まだ人手不足ですから、出来ればもっといらして欲しい位で』
『そっ、それじゃあ私の頑張り次第では、私の弟や妹を採用して頂けるなんて事も?』
『はい、そうですね。頑張って仕事に励んで頂けるのならば、
貴方の紹介ということで、優先的に採用する事も出来ますよ』
『が、頑張ります!』
その会話を聞いて、目を輝かせて持っていた箒をぎゅっと握り、
いそいそと仕事に励んでくれるユーディ。
水色のショートボブの髪をした彼女の瞳は青い瞳。
私からすると、とても珍しい色合いを持つ方だと思います。
私の世界には、こういう方は居ませんものね。
背は140cm前半の為に少々低めではありますが、まだ成長期ですし、
よく気が付く気立てのいい子ですので、直ぐに採用が決まりました。
『あれ? どうしましたか? イーア』
『あの、すみません。ユリアさん、この手入れはどうしたら良いでしょうか?』
『ああ、これはですね。専用の磨き粉がこちらに収納してあります。
これを布に少しつけて、磨いていくと……ほら』
『うわあ……綺麗になった。ありがとうございます。やってみます』
『作業をしている時に膝を痛めるので、こちらの膝用のパッドを当てて行ってください』
『はい』
もう一人の子はイーア、14歳。
銀髪の髪を左右二つに分け、三つ編みにした細身の女の子です。
背が高く、スタイルが良くてモデルさんみたいなんですよ。
彼女もメイド経験は皆無の子だったのですが、
何せ向学心と向上心に溢れた子でした。
私が此処へ来てから、おじ様達に色々教わった仕事を教えてあげると、
彼女はメモを片手に取りながら、効率よい方法を思案してくれて、
真面目に仕事をこなしてくれていたので、彼女も直ぐに採用となりました。
(年齢も近いし、初めての職場の二人……同じ境遇の人の方が働きやすいですよね)
同期の二人は相性も良さそうなので、見た所問題もなく。
一ヶ月もあれば大抵の仕事は覚えられる状態ですので、
各自の判断に任せて見る事にしました。
メイド長と言っても、私自身もまだまだ未熟です。
むしろ、本場のプロの方に教えて頂きたい位ですとも。
『失敗も沢山すると思うので、何かあったらフォローをお願い出来たら嬉しいです』
なんて言って笑って見せたら、直ぐに打ち解ける事が出来ましたよ。
そして、彼女達の本採用は、屋敷の中のおじ様達を凄く喜ばせました。
『ユリアちゃん! 君のお陰でこのお屋敷に女の子の使用人が増えた。
ありがとう……本当にありがとう……っ!』
『辛かった悪い評判も、ユリアちゃんのお陰で薄まりつつあるよ。
頑張ってくれた君のお陰だねえ』
おじサマーズ、おじいちゃマーズには泣いて拝まれました。
いや、だから拝まれてもご利益はありませんってば。
皆さん、私がそんな大それた事が出来るほどの人間じゃない事位、お分かりでしょうに。
(いつも私を心配していたおじ様達に、こんなに感謝される日が来ようとは……)
新しく入ってきた若い新人の二人は、おじ様達にも大事にされ、
こんなにいい職場があったなんて! と、彼女達にも喜ばれた位です。
そんな訳で、私の後輩が出来ました。
※ ※ ※ ※
――そして今に至ります。
この調子で、どんどん若い子がやってきてくれる事を祈りつつ、
私達は三人で、仲良く三時のおやつタイムを過ごしておりました。
「雇って頂けて安心しました……。
家族に仕送りをしたかったので、お屋敷勤めをしたかったんです。
でも紹介状が無いと何処も駄目だったので……諦め掛けていました」
仕事が決まって、ユーディはほっとカップを持ちながら息を吐いた。
「ああ、そうですね。身元証明ですからね。
私はそう言うのを渡されても、その、疎くてですね。
頂いても確認のしようも無いわけで……やはり、人柄と働きぶりで判断しないと」
むしろ私自身が、得体の知れない娘代表と言っても過言ではない状況です。
そんな訳で、事前に私の素性とやらも、二人にはお話しておきました。
アデル様に保護された身の上の為、世間体を考慮の上に、
今でも使用人部屋ではなく客室を利用させて貰っている事、
此処へ置いて貰う為、恩返しの為に自主的に働いている事などを告げて、
そうしないと、私と彼女達の待遇に不満を抱くと思いますから。
メイド長だからと、割り切れる話でもないですよね。
(まあ、私の世界でも貴族のように振舞い扱われる。
上級使用人が実際には居たようですが、上級とか、下級とか面倒ですよね)
私は別に使用人部屋に行ってもいいとは思うのですが、
ただでさえアデル様の印象が悪かったという事もあり、
保護した娘を、使用人部屋に押し込んで働かせていたと知られたら、
絶対に噂になりそうだから、そんな状況を作るのはどうしても避けたかった。
アデル様も最初は、私を働かせる事をかなり渋っていた事もありますし……。
「私はアデル様に後見人になって貰っていますので、
お二方とは立場が少し違い、私の扱われ方に不満に思うかも知れませんが、
其処はなにとぞご理解頂きたく……」
ぺこりと頭を下げると、二人が慌てて止めようとする。
いやいや、こういうのはきちんとやっておかないといけませんよ?
これから一緒に頑張っていく為にも、理解して頂かないと……。
「分かりました! 分かりましたから、ユリアさんがそんな事をする事無いですよ?」
「そうですよ。私達、皆様にユリアさんの事を聞いたんです。
もしかしたら何処かのご令嬢ではないかという話じゃないですか。
だったら、私達のような者に頭を下げるなんて駄目ですよ!
こうして同席させて頂くだけでも、本当は恐れ多い事かもしれないのに」
「いえいえ、私は身分とかそう言うのは気にしないので、
出来れば同じ職場を共にする仲間として見てくれたらありがたいです。
他では使用人にもランク分けされていたりしますが、此処ではありません。
コックもメイドも一緒、大事な職場の同僚ですから」
中身は本当に平民出身な訳ですし、ましてや、人間としても役者としても未熟者の私、
何処をとっても、威張れる訳じゃないのですよ。
「わっ、私……そんな事を言って頂けるなんて嬉しいです」
と、ユーディが言えば、
「私も、此処のお屋敷の人達は皆良い方達で本当に良かったです」
と、イーアも喜んでくれた。
「慣れない仕事は凄く緊張しますよね。私も同じでした。
早く此処に馴染んで貰えるよう、私達も頑張りますのでどうぞ宜しくお願いしますね?」
休憩時間を終えて、再びお仕事タイムです。
今日は三人で、他の客室を掃除しようという話になりまして、
私が先頭に立って、部屋の一つを開けた時でした。
「――……やあ、ユリア君、久しぶりだね?」
部屋の中心には、ここには絶対に居る筈のない男がなぜか居た。
そう、優雅に椅子に座ったまま微笑む金ぴか王子様の姿が……。
思わず無言で、ぴしゃりと扉を閉めました。
後ろに立っている二人は首を傾げています。
……が、今はそれ所じゃありません。一体、いつ、どうやって?
いやいや、それよりも……なんで「あの人」がこんな所に居るのでしょうか?
「あの……ユリアさん?」
「どうしたんですか?」
「私……疲れているのでしょうか? 今、幻影が見えました」
私は、お城で会ったルディ王子様が居たように見えてしまいました。
ふう……いけませんね。最近は新人教育を頑張っていたせいで、
自分の時間を確保するのが難しく、疲れたのかも知れません。
寝る時間を削って練習と勉強するのも、程ほどにしないとですね。
さて、気を取り直して、もう一度開けてみる……と。
「……折角こうして再び会えたのに、喜んではくれないのかい? 可愛い人」
バン! っと、問答無用で思いっきりドアを閉めました。
(……居る。なんか知らないけど居た!?)
これは幻じゃないですよね。そうですよね!?
「あの……今、中に……どなたか居らっしゃいませんでしたか?」
「お客様でしょうか?」
「はは……はははは……」
イーアが指摘し、ユーディが此方に聞いてくるが、
聞きたいのは私の方なんです。だから、私は乾いた笑いで返すしかない。
――なぜこんな所に居らっしゃるんですか、王子様!!
と、心の中で叫ぶ私。流石にご本人にツッコミは自粛しますが、
どうして彼がこんな所に居るかは分からないけれど、
私はメイドです。それも今やメイド長として配慮しないといけません。
足元に居たティアルは、ルディ王子様が居ると分かったら嬉しそうに、
「ルディ、ルディ」と言って、ドアを前足でカリカリしているし、
相手は曲がりなりにもこの国の王子様だから、例え不法侵入して来たとしても、
お屋敷勤めのメイドとして、ここは接待しなければならないのでしょうか?
あ、もしかして、そんな法自体が無かったりするとか?
沈んだ顔でドアを開けて、渋々応対する事にしました。
「し、失礼します。ルディ王太子殿下、お久しぶりでございます。
あの、なぜ当屋敷のお部屋にいらっしゃるのでしょうか?
本日はアポイントメントを受けた覚えはないと思いますが?」
「ルディ王子でいいよ。可愛い人。
うん、実は仕事が立て込んでいて大変でね。少し息抜きに来たんだ。
あと……細かい事は気にしないでくれるかい?」
「……」
いや、気にしますよ! むしろそれが普通ですよ!?
息抜きに来られる様な距離じゃない筈なんですが……王子様よ。
もしかして、これも何か魔法やら何やらで移動したのかもしれない。
……王子様避けの何かを用意して貰った方が良いですね。
今度、リーディナに特別注文しておきましょうか。
ほら、一応女の子も新しく来た事ですし、防犯の意味も込めてです。
「えっと……ユーディー?」
後ろを振り返ると、二人は固まっていました。
「……」
「……」
そうですよね。こんな所でお城に居るべき王子様が居るとは思いませんもん。
無駄に、キラキラとしたオーラが漂っている気もしますので、
彼女達が毒されないように、さっと視界を遮るように立ちます。
この子達は駄目ですよ? 目を付けないで下さいね?
やっと出来た後輩なんですから。
「ちょうど君が来てくれて良かったよ。喉が渇いたから、
お茶が飲みたいと思っていた所なんだ」
「かしこまりました。では直ぐにご用意致します」
私が深々と会釈して部屋から静かに下がると同時に、
良い子に入り口のドアの前で座り、私達のお話が終わるのを待っていたティアル。
終わった頃合を見計ると、ルディ王子様の下へとてとて嬉しそうに駆け寄っていきました。
「みいみい、ルディ~アイタカッタ~」
く……っ、ティアルのあの嬉しそうな様子を見たら、「帰れ」とは言えませんよ!
「やあ、ティアル、みんなの言う事を聞いて良い子にしていたかい?」
「みい、ティアル、イイコ~ルディ、ルディ、ダッコ、ダッコ」
「うん、相変わらずティアルは甘えん坊だね。よし、おいで?」
「みい!」
拙い言葉で、ルディ王子様相手に無邪気に話しかけるティアル。
な……なんという愛らしさでしょうか!!
今やその愛らしさは、無駄にあの残念王子様に駄々漏れしているんですよ。
(そりゃあ飼い主は王子様ですけど!)
ティアル……そっと私は影で涙を拭う素振りをしました。
ケットシーと言えば、高度な知能を持ち、その一端が人の言葉を話すというもの。
あの子の教育の為には、王子様から引き離した方がいい気がするんです。
ええ、残念無念な思考回路を植えつけられたら、あの子の将来が……っ!!
(どうしよう、あの子が将来この辺の雌猫を誘惑する、ナンパ猫になってしまったら!?)
大事なティアルの今後について必死に悩む私に、
恐縮とばかりに体を小さくしたユーディは、震えながら私に尋ねてくる。
「あっ、あの、このお屋敷には、王太子殿下もよくいらっしゃるんですか?」
王族には、教育の施された身分がある女官が世話をする事になっており、
メイドとしても、新人になったばかりのユーディやイーアには荷が重いでしょう。
私も……似たような状況です。胃がきりきりと痛みます。
流石に本物の王族や貴族を相手に接待した経験なんてないんですから。
そんな教養もありませんし。
「あ……あはは……どうやら……ソノヨウデス。
このお屋敷は、アデル様が殿下から直々に頂いた物で、
元々殿下の所有する屋敷の一つだったそうですから」
そう、考えてみたら、このお屋敷は元は王子様の所有物でしたね。
間取りから何まで、知り尽くしていても不思議は無いわけです。
きっと、隠し通路とか使って、やって来たに違いありませんよ。
く……っ、私のトラップ能力よりも、王子様の方が上手とはね……!
今度の着目するべき項目が、一つ増えた瞬間でした。
隠し通路……絶対に見つけて塞いでおかなくては!!
「殿下の元お屋敷!? ここがですか?」
「はい……でもユーディ達には、(王子様の手癖の面が物凄く心配なので)
殿下の世話よりも通常のお仕事をメインにお願いします。
でも、もしもお声を掛けられたら、その時は単独でのお世話は禁止ですよ?」
「「はっ、はい!!」」
「では、私は殿下のお飲み物を用意しますので、
お二人は他のお部屋の掃除を引き続きお願いしてもよろしいですか?
あ、多分、騒がしくなると思うので、あの部屋と正反対の部屋をお勧めします」
ハーレムがどうとか言っていたので、念のために予防線を張っておく。
嫁入り前のうら若きお嬢さんを、王子様の気まぐれに扱われたら堪ったもんじゃない。
「すみませんおじ様方、先程ルディ王子様がいらっしゃいまして、
私、其方の応対の方をしなければならなくなりました」
「殿下が!?」
「え? 何時来たの?」
「それが……いつの間にかといいますか」
「殿下も困った人だなあ……分かった。で、ユーディちゃん達は?」
「別室での掃除を任せています、私はこれからお茶を」
「ああ、じゃあそっちは俺らがやろうか?」
女性によく言い寄っているという殿下に、私が狙われないか心配してくれたようだ。
「いえいえ、大丈夫ですよリファも一緒に居ますし」
「そうかい? 何かあったら言うんだよ?
じゃあ俺はユーディちゃん達の様子を見てくるわ」
「はい、分かりました」
屋敷のおじサマーズに連絡して、王子様の来訪を告げると、
私は厨房で湯を沸かして、お茶菓子を用意し、茶葉と茶器の用意をしてカートを運ぶ。
「――お待たせ致しました」
――と、リファと共にルディ王子様の居た部屋に再び入ると。
「ああ、可愛い人、やっと二人きりになれたね……」
なんて、私の方に手を伸ばしてくるものだから、
「ガウ!!」
「ライオルディ!!」
リファが王子様に突進して行くわ、いつの間にか彼の背後にアデル様が現れて、
ルディ王子様に剣を突きつけるわで、部屋はとても賑やかになった。
(……あれ? アデル様、もしかして窓から帰宅したのかな?)
人目に付くから、後で言っておいた方がいいかも知れないね。うん。
窓辺にはメサージスバードが。あ、おじ様の誰かがアデル様に連絡したのかな。
「ライオルディ! 貴様、俺の留守中に屋敷にやって来て、
俺のユリアに一体何をしようとした!? 事と次第によっては切り捨てる!!
貴様との友情もここまでだ!!」
「いやいやいや、これはレディに対する紳士として、当然の挨拶で……」
「挨拶でも許さん!!
ユリアに手を出したら、お前をただではすまさんぞ!」
「そんな、ちょっと位いいじゃないか。今日はこっちに泊めて貰おうと……。
あ、もしかしてベッドが無い? 大丈夫だよ私はユリア君と一緒に寝るから」
「誰が許すか帰れ!」
そんな騒々しい彼らの傍らで、私はテーブルに菓子の乗った皿を並べ、
主人と王子様の分のお茶をカップにコポコポ注ぎ……。
「……失礼致します」
何食わぬ顔で、そっと一礼すると、部屋の扉を閉めました。
閉める前に、リファとティアルに手招きして呼び寄せるのもお約束。
「み?」
「クウン?」
「さあ、ティアル、リファ、行きますよ~?」
「みい、ハーイ」
「クウン」
優秀なメイドは慌てず騒がず……さらっとスルースキル推奨ですね。
結局、王子様は騎士団長様自らがお城に無理やり連れて帰り、
ルディ王子様は側近達に囲まれて、泣きながら残りの公務をやらされたそうです。
以上、本日のお仕事を終えたユリアがご報告いたしました。




