22・突撃! 騎士団本部
本日はご主人様の職場、騎士団本部にお届け物です。
「アデル様に出来立ての温かいものを、お届けしないとね」
「みいみい、ティアルモイッショ」
「クウン~?」
騎士団では、定期的に王都の外へ魔物の討伐隊として出ており、
状況によっては野宿になったり、帰りが遅くなる為に、
手軽に食べられるお弁当が必須になります。つまり遠征ですね。
で、私は、おじ様達が作ってくれたお手製サンドイッチに、
私が作った「から揚げもどき」と「ポテトサラダもどき」、
そして飲み物を籠に入れて持参しておりました。
から揚げは大和国から片栗粉のようなキュリ粉とお醤油もどきや、
生姜を手に入れまして、試食をかねて以前アデル様にもあげたのですが、
その時にとても気に入ってくれましてね?
以来、時々作ってあげるようになりました。
(流石は龍だね肉食だね! ああ、私の目には彼の尻尾が見えるようです)
なんて、心の中で思っていた私ですが。
……ところで、彼にとって人間は捕食対象にならないのかな?
(なんて……ははっ、聞いたら怖い気もするので、あえて聞いたりしませんが)
聞いた途端にデッドエンドになる質問は避けるべきですよね。
ここは無かった事にって出来ない環境だからね。
間違っても危ない台詞は言いませんよ? NGワードは。
(メインヒーローだとて侮れませんよね。
私は見ていませんでしたが、アデル様には闇堕ちの魔王様エンド? とか、
そんな物騒な物語も、選びうようによってはあるらしいですから)
……なんで最近は、キャラクターを黒化させるのが好きなのかなあ? と思う訳で。
(アデル様には、絶対にそんな未来を選ばないようにしてあげないと!)
今は頼りの主人公さんすら居ないし、
私が代わりになって、アデル様を支えていくしかない。
「でも、ちょっとだけ龍体でお肉を丸かじりする所を拝みたい気がするなあ」
ちょっと遠い目をして見ました。この世界に来てから大分経ちましたが、
日々、驚く事の連続で、まだまだ知るべき事も多いんですよね。
事務所の無茶振りな要求に、素直に応じたりするよりも大変ですよ。
「クウン」
「みいみい」
「大人しくしていて下さいね? ここではぐれると大変なので」
「みい! ハーイ」
ミニマムサイズのリファを腕で抱っこして、ティアルは肩に、
私は自分の世界の歌を口ずさみながら、陽気に歩を進めておりました。
「帰ったら一緒にから揚げ食べようね? リファ、ティアル。
あなた達の分も、ヘルシー仕様で少しだけ用意しておきましたから」
「クウン! キュウキュウ!!」
「みい、みいみい!」
話しかけた途端に、リファは目を輝かせて白い尻尾をぱたぱた揺らし、
ティアルはくるくると回転して見せて喜びを表現していて可愛い。
リファ達もお肉が好きなので、食べる時はとっても機嫌が良くなります。
(うわあ、それにしても何という愛らしさでしょうか!)
こんなに愛嬌を振りまかれますと、
ご主人様のお世話なんて止めて、リファ達とスキンシップしたい位です。
尻尾をフリフリしながら食べるから、見ているだけで和むんだよね。
どんな名優でも、子供と動物の愛らしさには勝てないと言うのが分かります。
(ふふふ、リファ達もから揚げ気に入ってくれたんだね。嬉しいなあ。
こっちの世界の人にも、こういう料理は合うのかな?)
勿論、リファとティアルの分は別途に用意しました。あにまる仕様で。
「まだ厨房のかまどは、使い方が難しくて手伝って貰わないと駄目ですが、
少しずつ、出来る事が増えてきたんじゃないかなと思いますよ。ふふ」
徐々にですが、私の食の好みに皆さんを変えているのは内緒です。
いえ、食の好みが違うと何かと不便ですからねえ。
ここの世界の味付けは少々淡白で、日本人の私では物足りなさがあります。
ジャンクフードも無いので、それも辛いですね。
「最近は騎士団にもお使いさせてくれるようになりましたし、
以前は出入りも制限されていたのに、凄い進歩ですよね。
私、メイドとして、レベルと言う名の信頼度が上がったんじゃないでしょうか、
どう思う? どう思いますか? リファ」
「クウン~? キュウキュウ」
「うん、ごめん、分からないや!」
※ ※ ※ ※
さて、騎士団は国が抱えているだけあって、とても大規模な造り。
お城と騎士団とは警備や国の連携体制の都合上、隣接して建てられているので、
その一部に入る状況ですね。街がすっぽり収まる位に大きくて広い。
石造りで出来たこのお城も、大分見慣れてきました。
でも、キャー凄い住んでみたい~と思わないのは、
きっと私が庶民丸出しだからだと思います。管理とか面倒そうだし。
……でもお姫様とか王子様の役作りには、良い勉強になったりするのかな。
(でも駄目だ! ルディ王子様のお陰で残念王子様しか思い浮かばなくなった。
ええい、どうしてくれるんですか!! ただでさえ貧困な私の王子様イメージが、
どんどんおかしな方向へ行くじゃないですか!!)
最近お知り合いになった本物の王子様。ライオルディ……略してルディ王子様。
この国の第一王位継承者のルディ王子様(しかもこの人もヒーロー枠)は、
アデル様の話によると、これまで事あるごとに女性を次々と口説いては振られて、
相手にもされないと言う……公務とかどうしたのよ?
と言う事を何度も繰り返しているらしく……。
(アデル様とは、真逆の女性問題がある方なんですよね)
類は友を呼ぶというのでしょうか?
だからアデル様には、私に接触して来ようとする彼への対策として、
『ユリア、君はライオルディに狙われているようだ。
だから奴に会ったら、直ぐに全力で殴れ、とことん殴れ、俺が許す』
と、とんでもないアドバイスまでされました。
本来仕えるべき相手に、なんというアドバイスでしょうか……。
(しかも、相手は自分を保護してくれた恩人なのに……)
けれど、そのアドバイスに、素直に頷く私が居たのは言うまでもありません。
いや、流石に実践するとなると出来ないとは思いますが。
(それにしても、思っていたイメージと違ったなあ……ルディ王子様)
私はプレイした事もなかったから、
ビジュアル的なイメージしかありませんでしたから。
※ ※ ※ ※
――思い返せば先日は、お屋敷の呼び鈴が鳴ったので応対に出て行った所。
『はーい……あ、ルディ王子さ……』
アデル様のお屋敷の前で、薔薇の花を一輪片手に持ち、
花の香りを嗅ぎながら、左手を空高く上に伸ばすような形で、
びしっ! と、変な決めポーズをしながら立っていたので……。
『あの、アデル様……ルディ王子様と言う名の変な方が、
お屋敷の前に構えていらっしゃいますが、対応はいかが致しましょうか?』
『ああ、”いつもの事”だからそれは相手にするな。君の目が腐るから』
『はあ……』
『屋敷に娘が働きに来る度に、娘を口説きに来ていたようだが、
今まで、誰一人として相手にされてなかったから、
君が何をしても、不敬罪とかで捕まる事はないだろう』
『はい、かしこまりました』
偶然、傍に居合わせた(というか私に付いてきた)アデル様の許可の下、
目の前で扉をぴしゃりと閉めさせて頂きました。
満面の笑みで、
『勧誘はお断りします』
と、軽いオチ付きで有無を言わせずに閉めましたよ。
ええ、きちんと鍵とチェーンもしっかり掛けておくのもお約束。
今度からはチェーン越しで応対しようと思います。はい。
(いけませんよね。最初から防犯対策でやっておくべきでしたよ)
おじサマーズに、変質者にはくれぐれも気をつけなさいと言われていたのにな。
『え? や、待って、ちょーっ?!』
無駄にキラキラした何かを背負って酔いしれている辺り、
王子様はかなりのナルシストと見た! つまり、余り関わらない方が無難!!
『みい? イマノ、ルディ~?』
『あ、ティアル……』
その時、声を聞きつけてティアルがやってきた。
ティアルには、あなたのご主人様は、
重大な病を持っていると教えるべきでしょうか?
あの子が怪しい知識を植え付けられて、間違った道に行かない為にも、
このままアデル様のお屋敷で暮らしていた方が、ティアルには良いのかも。
ティアル……あなたのご主人様は遠い所へ旅立ちました。
そう言って、涙を呑んで別れさせるべきではないでしょうか?
と、勝手に亡くなった事にしようかと、本気で考えてしまうよ。
聞く所によると、彼は理想の花嫁を探しているらしく、
気になった女の子がいたら、取りあえず片っ端から口説いてみるらしい。
……どうりで攻略条件が煩いはずだよ。
「女性の方から相手にもされてない」事が、裏設定にあるとは思わなかったな。
(うん、私はまだ王子様とは出会っていない事にしようっ!)
そう考えないと、そのうちお屋敷の前で薔薇を口に咥えて、
華麗なステップを踏みそうな方の対応に、本気で悩みそうですから。
(こちらって警察みたいな部署あるんですかね? あ、それ騎士団のお仕事かな?
流石に王子様は、不審者でも引き取ってくれないかなあ?)
困るなあこういう困った人が上層部にいると……。
なんて思ったのが、三日前の出来事でした。
※ ※ ※ ※
だからもう、残念王子様の事は忘れようと思います。
会う度に、かの王子は壊れて行っている気がするのは、なぜでしょう?
「騎士団に行く途中で、王子様に見つからないようにしないといけませんかね」
でもこの国はいずれ、あの王子様に引き継がれる事になっています。
「本当に大丈夫かなあ……この国、心配」
余計なお世話かもしれませんが、住民として一抹の不安がありますよ。
ほら、直属の部下にはアデル様も含まれているでしょうし。
「良い所なんだけどな」
街道が整備されている辺りを見ても、この国はとても豊かだと分かります。
私の世界のように水路も整っており、
ローザンレイツの都市部では、水の都と言われているそう。
大きい水路では、橋渡しと称した小さな船も出ていますし、
公衆の場である噴水広場では、流れる水がキラキラと虹色に輝いており、
水琴となって可愛らしい音色が響き、ここで時々演奏してくつろぐ人が居るのも頷けますよ。
(王都の中はとても平和だ。治安もいいと思うから私も安心して歩ける。
民の人の表情も、圧政に苦しめられている訳でもないし)
今は良くても、上に立つ者次第でこれは変わってしまう。
それだけに、ルディ王子様の動向は大きな影響を与えるのですが。
空を眺めながら歩いていると、漸く、騎士団本部へと到着しました。
「はあ……やっと着いた。ここに辿り着くまで一苦労ですね」
「みいみい?」
「クウン~?」
「ええ大丈夫ですよ。まだそんなに疲れていませんから」
城下街を潜り抜け、小高い丘の上にローザンレイツ城と騎士団本部はある。
直ぐに本部の入り口へ向かって、手続きを済ませる事にした。
「お使いで参りました。蒼黒騎士団長アデルバード様の使用人、ユリアと申します。
本日はアデルバード様の昼食を届けたく」
「おお、ユリアちゃんか、ごくろうさん。まずは証明を見せてもらえるか?」
「はい、こちらです」
私が己の身を証明する為には、騎士団の本部の入り口での手続きをする。
(もう毎日のように日参しているので、顔パスできそうですけどね)
アデル様から直々に預かった。騎士団関係者の紋章を見せた後、
手荷物を調べてもらい、その間に用意されているオーブに恐る恐る右手をかざしてみる。
すると青色の光が発光し、光が私の全身をふわりと包み込んでいく。
そして不思議な音色が辺りに響いて聞こえた。
(何度かやっている事だけれど、これって踏み絵みたいなものなのかな?
それでも内心、いつもドキドキしてしまうなあ、平常心、平常心)
「はは、そんなに怖がらなくても大丈夫だよ」
「あ、はい」
実はこのオーブは、危険物や偽りの姿に変える者達を見破ったり、
悪意のある者を、見破る検知効果があるんだそう。
つまり、刺客とかスパイとかが、紛れ込まない様に作られたものだそうだ。
こんな世界でも、セキュリティを色々考えているんですね。
(私、初めてこれをやった時に偽者だと見破られるかな?
とか、本気で思ったんだけどな……今の所、何とも無いんだよね。
多分、何か容姿を錯覚させる魔力とかを感知する物なんだと思うけれど)
そもそも、私は魔力自体がないんで反応する訳が無いと。
でも正確には、この私はユリアの姿をした全くの別人な訳で……。
それでも私は、無事にスルー出来ているから不思議です。
声を吹き込んだ中の人効果で、何かが幸いしたのかな。
笑って許してくれるのならば、
「ふはははは!! ばーれーたーかー」
――と言ってみるんですが、余計こじれますよね。普通は……。
とっ捕まって牢屋行きだから止めときます。大人しくしておきましょう。
(でもこういうのがお屋敷にあれば、防犯になるかな)
屋敷のそこらじゅうに敷き詰めて、踏んだ途端に正体がばれるとか。
うちのお屋敷でこういうの欲しいなあと、つくづく思うんですよ。
(騎士団長の妻の座を狙う女性達を、見破れたりとか出来ないかな)
ほら、一応大きいお屋敷だし、警備の人だって居ない訳で……。
私のトラップ能力は子供だましでしかありません。
(何かあったら、ハタキとかタワシで戦ってくれるおじ様達が、とても心配です……)
おじ様達は一般の方なので、アデル様みたいに特殊訓練とか受けていませんし、
私も戦闘には不向きだと思うので、戦うメイドさんというスキルだけは難しいです。
最近ナイフ投げも少しはましに……なっているといいなと思う程度なので。
笑い抜きで何か対策をと考えておりますよ。
そうそう、おじサマーズなんですが、
一体どうやってタワシで戦うの? と、先日なんとなく聞いてみたら、
『そりゃあ勿論、ドアの上部に挟んで罠を仕掛けるに決まってるよ!』
『なんか飛んでくるのもいいな』
とか言っておりましたよ。満面の笑みで。ええ、満場一致でした。
(――学校の悪戯レベルかーいっ!)
……なんて、ツッコミどころ満載の平和な回答を頂きましたよ。
(駄目だ……ユリアが居ない以上、この私が代理でしっかりしないと)
改めて思いました。きっと王都の屋敷の中に暮らしているだけだから、
平和ボケしているんでしょうこれは。
ユリアが物語の中で、やたら一生懸命だったの、
今ならとてもよく分かる気がするんですよ。
私、ツッコミには少しだけ自信がありますので、
ハリセンチョップをお求めでしたらやりますよ?
(それはそうと、お屋敷のセキュリティレベルを上げないといけませんね。
価値の分かる人から見たら、アデル様のお屋敷はお宝ザックザックですよね。
まあ、一番のレアがそのお屋敷のご主人様なんでしょうけども)
……最近、ギルドに作ったお菓子とかを届ける依頼を受けてみて、
アデル様が高級レア素材だと言うのを、ひしひしと感じるようになりました。
“腕に自信のある者に求む。龍の体の一部”
そんな依頼が、ず~っと募集されたままで、
しかも少しずつ値が上がっているんですよね。
(もしもアデル様の正体が、ここに居る人達に知られたりしたら、どうしよう……)
そうなってしまうのが……とても怖い。
私から見たら、アデル様の姿ははもう見慣れた存在ですが、
この世界で龍は珍しいものらしいです。
予備知識では多少知っていましたが、こうしてみると現実を思い知りますよ。
(レアも何も、灯台下暗しとはこの事です。
そのお探しの龍は、街で平和に暮らしておりますよ)
彼の髪は、ブラッシングしている時に抜け毛として簡単に手に入るのですが、
幾ら魔法とか錬金術に詳しくない私でも、体の一部とか体液とかは、
変に使われでもしたら、とても怖い事になりそうだなと分かっています。
(これ、事情を知っている私が処分しておかないと)
アデル様の髪の毛や捨てる服など、彼の持ち物を処分する時は、
庭の焼却炉で燃やして、傍で完全に燃え終わるのをきちんと確認する事にしました。
万一にも持ち去られるのを防ぐ為です。
(雇用主の不利益になる事は一切伏せておくのが、働く者の常識ですよね。
役者としてもとても大事な事です。発売前の作品のネタバレとかをしたら、
大変ですからね……って、状況は違いますけど基本は同じかと)
なので私も、雇い主の不利益になる事を避ける為、
アデル様の個人情報は伏せて置く事にします。
「――よし、荷物の方も大丈夫だな。いつもごくろうさん。中に入っていいよ」
ぼうっと考え事をしている内に、手荷物検査も終わったようだ。
はっと我に返って荷物を受け取った。
「は、はい、ありがとうございます」
「いつも恋人の為に手作りの弁当とは、いじらしいねえ」
アデル様の「俺の女」発言への影響は、ここ騎士団にも来ているようだ。
「ち、違いますよ。アデル様は私のご主人様で……。
リ、リファ、アデル様は何処に居るのかな? 分かる?」
「クウン~」
顔がかああっと火照っていくのを感じながら話を逸らす。
すると腕の中で大人しくして居たリファが、ひくひくと鼻を動かした後、
クウンと一声鳴いてから、私の腕の中から飛び降り、一瞬にして大きくなりました。
そして、「連れて行ってあげる」と言わんばかりに、
こちらに尻尾を差し出してきます。
何時もの光景ですね。白い尻尾がゆらゆらと揺れています。
「クウン」
「うん、ありがとう、リファ。そ、それじゃ失礼します」
お言葉に甘えて、私は見事なリファの尻尾を掴みます。
ここに来ると大きくなるのは、男性が中心となる騎士団の中である事と、
出会いの少ない皆さんに、若い女の私がターゲットにされやすいからだそう。
その為、リファは皆さんが私に近づいて来ないようにと、
威嚇する為に大きくなるらしいです。
(皆さん、女性との出会いが滅多に無いらしいですが、
女性の騎士の方も居るのになあ)
それに街中に出れば、出会いなんてきっと幾らでもあると思うんですよ。
街中歩いていて、「あ、あの人ゲームで見た事あるなー」と時々思うので、
頑張れば恋愛にも発展すると思います。
ほら、私もそうしてローディナ達と知り合えましたし、
ああいう可愛らしい子達が、探せばいっぱい居ると思うんですが。
(……あれ……? でもよく考えてみれば、私も一応その攻略対象になるよね?)
すっかり忘れてましたわ。そうか、その影響もあるのかも。
ん~? 私にも出会いが待っている可能性もあるのか。
まっ、気にしない! ほぼ私引きこもってるものね。
(そう言えばまだ、主人公の方にはお会いしていませんよね。
今、何処で何をしていらっしゃるのか……)
どのルートを選んでいるにせよ。平穏でいてくれたらと思います。
(でも、このまま行くとアデル様はどうなるんだろう?)
主人公さんが他の方と恋人になった場合、他の人の後日談って聞きませんよね。
※ ※ ※ ※
さて気を取り直して騎士団の本部ですが、
当番で宿直などもあるので、宿舎も併設してあり、
訓練や避難所としても利用されています。
城や街中で何かあれば、緊急用の通用門が開き、
現地に辿り着けるというのもあるとか。
見た所、何の変哲も無いものなんですが、
これもやはり、魔力のある人しか使えないものなのかな?
……え、別にこれがお屋敷にあったら、
ますます引き篭もれるなー……とか企んでいませんよ?
ほんの、ほんのちょぴっとだけですとも。
(騎士団本部は、私の世界の感覚からすると学校みたいな雰囲気ですね)
体育会系の場所だけあって、そこかしこで訓練していたり、筋トレしていたり、
こういう地道な努力を続ける人は良いですよね。
やっぱり、頑張っている人を応援したくなりますから。
(そう言えば私、先日声が小さいって言われて悩んでいた騎士の人を見かけたから、
発声方法のコツを教えてあげた事もありましたね)
腹筋を鍛えているのならば、後は喉の開きを良くする体操を教えて、
お腹から声を出す様に意識すれば、喉を痛めずに高音が出せますから。
地声で怒鳴っていると喉をすぐ痛めてしまうので、
早々に教えた方がいいと判断しました。無理に酷使するのは危険ですもんね。
(アデル様やラミスさんは、小さな音でも拾いやすいそうですが、
他の騎士団仲間には、伝令がちゃんと伝わらない事は問題ですよね)
本部に入り、アデル様に会いに行く途中で、
私が教えた方法を続けて効果が出たと、嬉しそうにお礼を言ってきてくれたその人に、
ささやかでも、こちらで私が何か役立てる事があったのは嬉しかったな。
あの後、色々あって時々他の騎士の方達にもその方法を教えて、
レッスンと称して、様子を見てあげるようにもなりましたが、
あくまでサポートという立場をわきまえようと思います。はい。
「私でも、この世界で出来る事があるんだね……」
なんて、感慨深く思っていたりすると。
「あ、居た居た。アデル様~!」
建物の入り口には探していた人達が……。
「ユリア?」
私は話をしているアデル様とラミスさんを見つけて、手を振りました。
アデル様は私に気が付くと、こちらへ近づいてきてくれます。
どうやら、私のお使いは間に合ったようですね。
本日のミッションは無事、クリアーしましたよ!
「お待たせ致しました。どうぞこちらをお持ち下さい」
「ああ、ありがとうユリア。迷わずに来られたか」
「はい、リファのお陰です」
バスケットを受け取ったアデル様は、直ぐに後ろに控えていた人に渡し、
私を労わるように、頭をなで繰り回してきました。
そして私の手のひらに乗せられたのは、ころんと転がる赤い飴玉。
「使いの礼だ」
「あ、ありがとうございます」
受け取った飴玉を両手で包み込む。
(まるで……小さな子がお使いをやり遂げた時のような労わり方だわ)
最初は驚きましたが、もう慣れましたので気にしない事にする。
仲間と別れ、愛情に飢えた孤独な龍ですもの。
ここは人との交流を学ばせる機会だと思いました。
(というか、待って? 野生の龍のお兄さんに食べ物を貰ったという事は)
少しは信頼されていると見て良いのではないでしょうか?
つまりこれは親愛の証? わわ、これは大事に食べよう。
(ああ……っ、着実にアデル様との関係が良好になって居るんだわ)
頑張ってお世話してきて良かった。感動。
「では、私はこれで……どうぞ、お気をつけて行ってらっしゃいませ」
さあて無事に用件も済んだ事だし、寄り道しつつ帰ろうかなーと、
くるりと方向転換をして振り返ったら、後ろからアデル様の腕がすっと伸びてきて、
ぎゅーっと抱きつかれました。や、何? 何が起きているの今!?
「うきゃああああーっ!?」
だから思わず変な叫び声をあげてしまいました。
中身があれでも、成人男性の姿で抱き付かれるのは流石にちょっと。
動物バージョンなら萌え……ないな、うん、無い。
何というか……こう、私の好きな肉球も、ふわもこな感覚も無いので。
あ、でも着ぐるみを着た龍体のアデル様ならいいな。うん、盛大に許す!
(でもええと、これは龍のスキンシップの一部だと判断していいものかな?)
取りあえず今後の対応の選択肢は……1、殴る。2、殴る。3、殴る。
(よし! じゃあなぐ……いやいや、まてまて?
ユリアはそんな事をご主人様にしないか、じゃあここは我慢だ私!)
動揺しつつ、心の中でお地蔵さんの演技をイメージする私。無心にならねば。
そうだ人型だから意識してしまうのであって、龍体だったらどうって事ないはずだ。
すると自分に触れてくる、アデル様の吐息が耳元をくすぐる。
「ユリア……暫く俺は帰って来られないから、リファと離れないようにな?」
「は、はあ……」
ん? もしかしたら……これは「餌付け」による効果なのかな。
そうか、やっぱり家庭の味とぬくもりに飢えているんですね? ご主人様。
「あの、でもちょっと、これは恥ずかしいのですが」
……と訴えたら、
「なぜだ?」
……と真顔で返されてしまいました。も……いいや。相手は龍だもんね。
今は人型ですが、動物が懐いてじゃれているのだと思えば気が楽かもしれません。
龍と仲良くなれるなんて、凄く貴重な体験だと思いますし。
ここで変に拒絶して、人間不信が余計に悪化したら責任感じてしまうもの。
「くおらあああーっ! 其処!!
ユリアに勝手に抱きついてんじゃねーぞアデルバード!!」
「あ、ラミスさん」
私が困っている所へ、顔を真っ赤にしたラミスさんが駆け寄ってきた。
「……? ユリアは俺のだが、何か問題でもあるのか? ラミルス」
「問題大有りだわ!! それにユリアはお前のものじゃねーっ!
ほらユリアが困ってるじゃねえか!! 離せよ!!」
……私の中で教育的指導の項目が、もう一つ増えた気がする。
(私が、いつアデル様のものになったんですか)
これ、女の子にしたら絶対に駄目ですよ? ご主人様。
人間の女の子とのスキンシップ法を間違えているもの。
アデル様が人間と仲良くしようと考えてくれたのは、とても良い傾向だと思いますけど。
じゃれ付くアデル様様を、私から無理やり引き離したラミスさんは、
アデル様と取っ組み合いを始めました。
「で、では私はこれで失礼いたしますね?
お気をつけて行ってらっしゃいませ。リファ、ティアル、行こう」
「みい、ハーイ、バイバーイ」
「クウン、キュウイイイ」
私はこれ幸いと、振り返る事無く逃げるように走り去りました。
餌付け(えづけ)効果恐るべし! このままなら本当にビーストマスターになりそうだ。
暫くアデル達が、王都へ帰って来ない事は幸いしましたね。
恥ずかしくて顔が真っ赤になりましたよ。
彼が帰って来るまでに平常心を養わなくては、うん。
「みい、ユリア……アツイノ?」
「は、ははは……い、いえ、これはですね……」
「み?」
「な、何でもないです」
ちなみにその後、私が届けたランチを巡って騎士団が大変な騒動になり、
アデル様が剣を片手に死守していたのは、後から聞いた話でした。
ああ、でもね。先に言っておくの忘れていたな。
サンドイッチはオジサマーズ達が作ってくれたんだって事。
そんなに女の子の作る料理がレア食材だったとは私も知らなんだ。
喧嘩はヨクナイ。平和主義者のユリアがお送りしました。




