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20・トラッパーメイドの野望

 



 本日は庭先に出て、ぶちぶちと草むしり。

時々、しつこい根でなかなか抜けない時なんかは……。



(――ふおおおっ! メイドをなめるなあああーっ!!)



 ……と心の中で叫びながら、根性で引っこ抜きます。

気分は、ストライキに参加する国民の気分で気合を入れてみました。



「お庭はお屋敷の顔と言っても良いですからね。綺麗にしておかないと!」



 この屋敷ではシフトを管理する執事や家令が居ないため、自己申告制です。

その為、各自で得意分野などで担当の仕事を担当していました。


 ただ、此処でも人材不足による影響が……。

おじサマーズやおじいちゃマーズは、年齢と共に体力が落ちてきているので、

若手の人と比べて、スタミナ面での差もあり苦労していたらしい。

だから、彼らはどうしても定期的に休息が必要になっていた。




※  ※  ※  ※



 ――1時間前。




『うう……ユリアちゃん、わ、わしはもう駄目だ。後は任せたよ?』



 息もたえだえにベッドの上に横たわる、庭師をしているおじい様が私にそう告げた。

そんな状態のおじい様を励ますべく、私はその手を両手で包み込んで励ます。



『おじい様、そんな事をおっしゃらないで下さい。

 まだまだ現役で庭師として働けると思いますよ?』


『そ、そうだね……がんばるよ……うっ、がくっ!』


『ああっ!? おじい様~っ!』



 腰痛を悪化させた庭師のおじい様はベッドの上で、

「いつも悪いねえ、○○さんや」という定番のお芝居を始め、

私もノリノリでそれにお付き合いした後、二人でくすくすと大笑いし、



『……じゃあ、そんな訳ですまないんだけれど、

 また庭の掃除を頼んでもいいかい? ユリアちゃん』


『はい、お任せくださいませ』



 と、お仕事依頼を引き受けました。


 仕事量は上乗せになってしまいますが、出来るだけフォローしないといけませんよね。

日々の努力と根性で、開拓作業は少しずつ進んでいるのですが、

やはりこの人手不足は深刻ですね。一つ一つの部屋も広いですし、天井も高い。

ただでさえ掃除が大掛かりになり、物が多いとなおさら。

上下関係がないのはありがたいのですが、仕事がこれだけ広範囲になると大変だ。


 個人的にもう一つ困った事がありまして、私の身長だと高い所の掃除が難しい。

その為、梯子はしごを使って掃除しようものなら、



『クウンッ!? キュイイッ!!』


『リ、リファ?』



 リファに泣きながら止められますし、おじサマーズ達も、



『女の子が落っこちて怪我でもしたら!』



 ……と言われてしまい、高い部分は他の方に任せきりになってしまう事ですね。


 先日はそのやり取りをアデル様が見ていて……。



『もしも怪我をして、嫁の貰い手がなくなるのなら俺が貰ってやろう、

 君なら傍に居てもさほど邪魔じゃないと思えるからな。

 傷跡の一つや二つ位で気にする程、俺は人間の男より狭量ではないつもりだ』



 と、言われたりもしましたよ。

いえいえ、そんな事で簡単にお嫁さんを決めては駄目でしょう?


 アデル様のボケなんだか、なぐさめなんだか、

よく分からない台詞せりふも慣れて来ましたよ。

つまり、女手が居なくなるのが切実に困るから、此処に居て欲しい……。

そういう事ですよね? 他意はないと思う。



(それとも、アデル様が保護している手前、

 責任を持って私の面倒を見るからと言いたいのだろうか?)



 今のうちにご主人様には、周りに誤解を与えてしまうので、

女性にそういう事を軽々しく言っては駄目だと教えるべきですよね?

なんか他所でも色々やっていると、本気にする人が出てくると思いますよ。



(まあ……私は勘違いする人でなくて良かったですね。アデル様)



 私は演技でそういう台詞せりふは、聞き慣れておりますので動じません。


 ええ、近くにイケメンボイスの先輩が沢山うさん臭い……。

いえいえ、素敵な台詞せりふをお遊びで言ってくれましたから。

私は毎回聞かされる台詞せりふに、お腹を抱えて笑っておりましたよ。


 ある意味、仕事で辛いのはどんなに臭い台詞せりふでも、

絶対に笑ってはいけないって事でしょうか。 



(うーん。でもまさか、ここでも身長を気にする事になるとは思いませんでした)



 声優でも身長の低い人は、死活問題とも言うべき問題です。

というのも、近頃の声優さんの平均身長は160cm以上、

その為、それ以下の身長の人は何かと不利になります。


 どうしてかと言うと、単独取りをする以外では殆どマイクは数人で共有します。

収録人数にもよりけりですが、大体2~4本のマイクを皆で使います。

勿論、男女共有ですよ。入れ替わり立ち替わりで通しの収録になっている。

その中に身長の低い人が1人でも居たりでもしたら、身長差が発生してしまう。

お分かりですね? マイクの高さがそのつど合わずにマイクに声が乗らなくなります。


 ちなみに単独取りするのは、ゲスト扱いの例えばタレントさんや子役、

もしくはスケジュール調整ができないベテランや超大御所さんとかです。


 収録の時は、マイクの真正面に立つのが正位置なので、

下から上を向いて収録すると、他の人よりも音声が上手く入りません。

わざわざ一人の為に、マイクの高さをいちいち変えて貰う訳にも行きません。

不利なことがあるということは、それだけチャンスが減るという事につながるわけで。


(だから、身長が低い人は自力でカバーするしかないんですよね)



 私の場合157cmでしたので、体の歪みを取る体操をし、

牛乳も沢山飲んで何とか160cmに伸ばす事が出来ましたが、

それでも高いなと思う事があり、ヒールのある靴を持参する様にしていました。

理想としては、165cmあるといいですね。



(もっと低かったら、私も厚底ブーツが必要でした)



 一時期、そういう靴は流行ったそうですが、今は廃れていて数も少なくなり……。


 余りにも身長低い人は、靴を手に入れるのも大変だし、

歩くのが大変な上に転んだら大怪我。持ち運びも重くて大変。

それでいて動く度に靴音も響くので、マイクに雑音が入り、かなりデメリットになる。

そうなれば、一緒に仕事をする人達にも迷惑が掛かります。



(そして現在……自分の中のメイドユリアを極めるべく、

 日々メイド修行をして過ごしていた私も、

 身長に大いに悩まされる状態になっておりましたよ)



 お掃除は身長があると高い所に手が届いて便利ですよね。

背の高いアデル様の体に見合ったお屋敷なので、まあ仕方ないのですが、

努力でカバー出来ない部分と言うのはくやしいですよ。



「他の事は何とかなりそうなんですけどね~努力と根性で。

 不便な事も多いですが、こういう事はどうしようも……。

 厚底ブーツなんて動きにくいから、日常的に履いている訳にもまいりませんし」



 そうつぶやきながら、草むしりを続けた。

こうして単調な仕事をしていると、色々と考える事がある。


(こちらへ来て既に5ヶ月かあ……帰る手段、元の姿に戻る術は未だ見つからず。

 かと言って異邦人がやって来た。そんな報告例が無いのも分かりました)



 そしてユリアが、連続誘拐事件の被害者ではないという事も判明。


 犯人達がさらって来た娘達の中に、ユリアは居なかった事を口々に証言したので、

どうやら彼女はその事件とは無関係らしいのだ。


 それはユリアの身体的特徴からすれば、忘れるなんてありえない。

人買いが欲しがる金の髪に青い瞳(今は紫だけど)の娘でしたから。



(つまり……全く別の理由で、ユリアは怪我をしていたという事になるよね。

 一体どういう事なんだろう……他の事件に巻き込まれていたとか?)



 ユリアが保護された詳しい経緯は、私の予備知識の中には無い。

ただ「保護された後」のユリアしか知らないのである。

断片的に抜粋された台詞せりふと、多少やったものと伝聞に知ったシナリオしかない。

その上、発見当時に怪我をしていたからか、記憶が所々抜け落ちているし。



(もう少し何か手がかりが欲しいんだけど、私、まだ分からない事が多いからなあ)



 こちらでの一般知識も、知らない事の方が圧倒的に多い。

自分で調べようにも、こちらの世界の専門用語で難しく書かれているので、

基礎の基礎から学ばないといけません。仕事しながらの勉強が大変というのを、

私はこの世界で思い知らされておりました。


(気持ちはまるで苦学生の気分ですね)



 日々の仕事で疲れていると、余計、頭の中にも入りませんもの。

衝動的に込み上げるホームシックにも耐えておりました。


 時々感じる孤独感、まるで周りに取り残された気分にもなりますが、

泣いていてもどうにもならないので、せめて出来る事からやっていかなくては。



(どうしても泣きたくなったら、リファにもなぐさめて貰うんだ。

 取りあえず、衣食住に恵まれている事だけでも感謝しないと)


 ちらりと横を見ると、リファは屋敷の中から私を見守っていた。

その姿に微笑み返して自分を励ます。


「クウン~?」


「ふふ、大丈夫大丈夫」



 あの時、リファに発見されなかったら私は助からなかったと思うし。

だから今この恵まれている環境に感謝して、日々を頑張っていくしかない。


 辛い事、悲しい事、嬉しい事、楽しい事。

この世界で過ごし、ユリアの体を通して感じる感覚の全て……。


 私が経験した全てが演技の肥やしになるのだ。

その時に感じた気持ちを忘れずに取って置く。

何時か、この経験が活かせる日が来るのを信じて。



「さっ、おそうじ再開」



 草むしりはストレス発散にもってこいの単調な作業だもの。


 ぶちぶちと定期的に雑草を抜かないと、お庭は大変な事になります。

こちらも広範囲なので全てに行き届かない状態でした。

これをいつも一人でやっていたのだから、凄いですよね。



「あ、そうだ。せめて薬草と区別できるように整理したら、

 草むしりもはかどるかな、いちいち確認しなくていいし」



 お屋敷にあった植物辞典を発掘したので、それを見ながら薬草と雑草を見分けて、

引き抜いていたのですが、元々区別が出来るようにしてあればやりやすいのでは?

そう思って早速実行開始。


「まずは……」



 雑草はお屋敷で出た野菜くずと一緒に、天日で乾燥させてから、

肥料として土の中に混ぜ、薬草は庭先に積まれていたレンガを並べて即席の花壇を作成。


 その中に種別ごとにまとめて並べて植えて、ネームプレートを差し込む。

あ、書くのはおじ様にお任せしました。


 植物の名前の下には辞典に書いてあった効能もそのまま明記。

これで何かあった時は用途ようとごとに使う事も可能ですよね。

お庭を整頓する為に余った薬草は、種別にまとめて乾燥させておこう。

空きびんの中に保存して、ラベルを貼って冷暗所で保管。


 怪我を治す時に使う時は生の方が良いのですが、

捨てるには勿体無いので、乾燥して取っておく事にしています。



「リーディナが遊びに来た時に言っていましたよね。

 このお屋敷のお庭にある植物は宝の山だって、

 まさか貴重な薬草がこんなにあるとは思わなかったな~……。

 最初はみんな雑草かと思っていましたよ。早めに気づいて良かった」



 珍しい薬草とかも幾つかあるそうだ。

鳥がよくお庭に遊びに来るので、種を遠くから運んで来たのかもしれませんね。

私が目を輝かせて、少しお分け頂けないかアデル様に聞いてみたら、

 


『欲しいのならば、好きなだけ持って行くといい』



 と私に惜しげもなく使わせてくれると言って下さいました。



(彼にとっては此処の薬草はただの雑草なのでしょうか?)


 猫に小判、アデル様に薬草なのでしょう。価値を分からないのなら仕方ない。


 まあ、元々彼は能力が桁違けたちがいに高いので、

回復アイテムの必要などほとんど無いのでしょうね。

でも流石は知能の高い龍だけあって、持っている知識は豊富で、

薬草や鉱物、レア素材まで彼は熟知しているようです。


 時間がある時には、アデル様が私にそういう知識を教えてくれる事があるんですよ。

ええ、私が間違って毒物を口に入れないように……という理由で、です。

私、そんなに食い意地張っているように見えるんですかね?



(かく言う私といえば……演技経験に基づいた知識と、

 ハンドメイドやお菓子作りという事位ですかね。

 ローディナやリーディナのように、特殊な職業を活かしているわけでもなく、

 専業主婦のような自由気ままな状態ですよ)



 ……いえ、声優は役者でかなり特殊なお仕事だろうとは思いますが、

こちらの世界ではその職業は勿論ありませんし。

というか、役立つといったら舞台位じゃないでしょうかね?

旅の一座とかに就職していたら活躍できたかもしれないけど。


 でも、役者の勉強の為に学んだ様々な経験は、

何かしら応用が出来るかもしれない。

その点では、私の行動理念の基盤が出来たとでもいいましょうか。



「んーと……この辺でいいかな? だいぶ落ち着いたので、

 後は花壇と木に水撒みずまきでもしますか」



 小さな白い球体の魔法具の中心にある突起をぽちりと押すと、

スプリンクラーのように、水を勝手にいてくれます。

リーディナが、先日薬草を譲ったお礼にと、作ってくれました。


 魔力無しでも使えるように、中に魔力を含んだ水属性の魔石を使っており、

太陽の光を浴びる事で魔力が補充出来るそうです。

つまり、ソーラー魔石という事ですかね。ほうほう……。


 お陰でジョウロとかでやっていた水遣りも、少しやりやすくなりまして、

水滴が光に反射して、キラキラと虹を作っていてとても綺麗だ。



「おおお、流石はリーディナです。実用的なのを作って下さる。

 便利だなあ、これ低燃費だし」


 たまに変なのも作るけれど、こういう便利な物も作れるようです。


 で、私は水を避けながら最後の仕上げに取り掛かりました。

私には魔法も使えないし発明家でもないので、

行動は全て手作業アナログです。



「ふふふ……さあ、ちゃかちゃかやりますかね。第二段階の作業に突入します」



 道具を使ってざくざくと、塀近くの土を道具で掘り起こして穴を作ると、

表面に小枝を被せ、葉っぱと土をそっと乗せて行く……。


 気分は、秘密基地を守る子供の心境、鼻歌を歌いながら、広範囲の落とし穴を作成。

其処に落ちた反動で、土の下に隠した板が顔に当たるように仕掛けて置きます。

何をしているかといいますと、これは侵入者防止の為に罠を仕掛けているんですね。


 今まで防犯対策に関しては、アデル様がいるせいか皆安心しきっているので、

ずさん過ぎる程だと気づき、おじサマーズ達も平和ボケな発言が多く……。


 其処で一人の危機管理を持ったメイドがここに今、立ち上がったーっ!! のです。



(防犯意識を高めておかないと、悪い人に狙われやすくなりますからね!)



 騎士団長のアデル様が、このお屋敷に居る時は大丈夫そうですが、

悪い人は不在時を狙うのが普通です。相手が強ければ尚更、

その為、私はお屋敷に侵入者除けを作る事にしました。


 わなを作る地道な作業が、いかに大事かも分かっておりますとも。

軍師になるのは無理ですが、この位ならきっと私にもできる。

防犯用の魔法具を今後置いていくにしても、まずは気休めでも何かしておきたい。

警備が手薄な今、やれるべき対策はやっておくべきでしょう。



「原始的な物でしかありませんが、取りあえずあるだけましですよね」



 そんなこんなで、塀の着地地点になりそうな所を全て掘り起こし、

徐々に「対・侵入者用」の落とし穴を作成。


 そして使用人である皆様が間違えて巻き込まれないように、

目印となる花の苗を植えていく。


 これは夜でも薄っすらと青く光る、月明花げつめいかという花。


 いわば、この花が境界線となっている。

この先を歩くと、「危険でーす!」と知らせるものです。

他にも上から網が降ってきて捕らえる物、わざと残しておいた雑草の先を結んで、

足元に引っかかりやすい様にと色々工夫してみました。



(生垣の間には、ロープを張り巡らせて鈴を沢山付けて、

 お庭に出ただけでは分からない所に、こっそり仕込んで置くのがポイントです)



 死角になりそうな所には徹底的にわなを仕込んでおこう。

あ……流石にやりが降ってくるとか、そう言うのはやりませんよ?

そう言うのだと、誰かが間違って引っかかると危険ですから。


 夜になると、夜目が利いたとしても足元は見ていないものです。

カモフラージュに他の花も育てていたら、尚更分かりにくいもの。

其処をあえて攻める事にしてみました。



(今まで私も引きもってばかりいたので、失念していた所です。

 此処は完膚なきまでに相手のやる気を削ぐような,

 素晴らしい対策を取らせて頂きましょう)



 落とし穴の中には、特殊な蛍光塗料を仕込む。

踏んだ途端に爆発して、発光する塗料が衣服に付着すると言う物で、

特別な落とすクリームを使わないと、絶対に落ちないと言う優れものです。

その為、一度引っかかった人は、私が持っている物でないと落とせないという、

犯人にとっては、大変困る状況に陥る訳です。


 一見すると、子供じみた悪戯かと思われますが、これでも必死ですよ。

折角この世界で安住の場所を手に入れたんですから、死守させて頂かなくては。

ええ、お許しが頂けるのならば、是非ともコントとかで使う、

泥水の中にざっぷーんもやりたい所です。はずれーという効果音も付けて……。



「上からタライを落としたり……」


 ああ、本当にやりたい。思わずうっとりとしてしまいました。



「ふ~これでいいかな? 私、今日も良い仕事をしました。達・成・感!」



 額の汗を腕で拭って、満足げに立ち上がる。

さて、手を洗ってまたどこか掃除をするかなーと思って、井戸の水で手を洗い、

ハンカチで手を拭きながら、くるっと振り返った時でした。



「……あれ?」



 作業に集中していたので気づきませんでしたが、

広い広いお屋敷のお庭の片隅に、白い鳥が沢山集まっていた。



「鳥の集会でもやっているんでしょうか? 仲がいいですね」



 お庭は果実を実らせている木々も多くあり、よく小鳥達が食べにやって来る。

だから、もしかしたら今日も遊びに来てくれたんでしょうか?

戯れている姿を見るとなんだか和みますね~。羽毛に包まれてみたい。


 見た所、はとのような姿ですが体も小さく、鳴く声はウグイスの様だ。



(何の鳥だろう……? 皆で寄り添っていて可愛い~)



 そう思っていると、中心にいる黒い物体に気がつく。

どうやらその黒いものに鳥達は群がっているようでした。

ふと、その存在がとても気になってくる。


「ん?」


 ちらりと見えたのは、ちょこんと出た耳と尻尾。

時折、「み~……っ」と助けを求めるような、か細い声が聞こえます。



「え? あ、ちょ、ちょっと駄目!!」



 何という事でしょうか、戯れているんじゃなくて襲われていた!?

しかも襲われているのは黒猫さんでした。よく見ると居るのは小さな子猫、

それを鳥達が大勢で寄ってたかって取り囲んでいるようです。


(なぜ猫が鳥に襲われてるんでしょうか? 普通は逆ですよね!?)


 私は群がる鳥達の中に、「ちょっとごめんなさいね~」と言って割り込み、

襲われていた子猫を抱き上げ、保護する事にした。

その瞬間に、群がっていた鳥達は一斉に飛び立って行きました。



「み、み~……」



 ぷるぷると体が震えていて、とても怖がっていたようです。

耳がへちょんと垂れ下がっていて元気がありません。

ぎゅっと目をつぶった瞳からは、涙がぽろぽろ出ていました。



「ああ、もう大丈夫ですよ。ごめんね? 早く気付いてあげられなく……て?」



 あれ? と思ったのは、私が知る猫とは少々違ったせい。


 薄く目を開いた黒猫の瞳は、金色と青い色をしたオッドアイ。

とても可愛らしい子猫で胸元が白くなっており、星の形をしていました。


 まあ、其処まではまだ分かります。問題は――。



「なに? この翼……?」



 子猫の背中には、見事な白い鳥の翼が付いておりました。

黒い毛並みに白い翼は、より一層、翼の色が目立つ。

首をかしげていると、翼を怪我をしている事に気が付き、

慌ててポケットに入れておいた回復アイテムの青いボトルを探して手に取る。


 一応サポートキャラなので、念の為に持ち歩いていて良かったですよ。



「みい……みいい~……っ」


「大丈夫、大丈夫、直ぐに痛いの無くなりますからね~?」


 アイテムを使うと、ボトルから出てきた光が子猫を包み込む。

その後、怪我が治っているかを確認。よし、大丈夫そう。



「もう大丈夫だと思うけど……どうかな? まだ痛む?」


「みい?」



 黒猫は背中の翼を恐る恐るぱたぱた動かしながら、ゆっくり宙に浮かび上がり、

大丈夫そうだと分かると、嬉しそうにこちらを振り返る。

私の周りをくるくる飛んで、にゃーにゃー鳴いていました。

そして、みいみい言いながら、私の頬にすりすりして来ます。



(おおおっ! 空飛ぶ子猫―! すごいすごい!!)



 凄いなあ、こちらの猫は空が飛べるのも居るらしい。

もしかしたら、翼があるのに鳥じゃないから責められていたのでしょうか?

動物社会にも世知辛い何かがあるのかもしれませんね。可愛いだけじゃだめなのか。

私だったら、「可愛いから許す」で終わるんだけどな。

何はともあれ、飛べるという事は翼の異常はもう無いようです。


「みいみい~」


 私はみいみい、にゃあにゃあ言って、

お礼を懸命に言ってくれているような子猫の頭をなでる。


「うんうん、治って良かったね」



 私に挨拶あいさつをしているようにも見えましたので、

「初めまして、私はユリアですよ?」と、小さな前足に握手して挨拶あいさつしてみる。


 肉球が私好みのピンク色で、前足も本当に小さくて……。


 ああっ、も、もう堪りません。もふもふして良いですか?



「みにゃあ」


「ふふっ、可愛いですね~……えと、君は何処から来たのかな?

 ご近所のどなたかに飼われているの? ……あれ?」



 つい先ほど子猫が居た所には、一つの白い封筒が落ちていました。

どうやら子猫はこれをくわえていたようである。思わず拾い上げた。



「もしかして誰かのお使いかな?」


「みい」



 子猫は、前足でてしてしと手紙に触れてくるので、

この屋敷にお届けに来たと言いたいのだろうか?


「みい~みい、みい~みい」


 まるで、「みーて、みーて」と言っているように思える。

封筒からは花のみつの様な甘い香りがして、鳥達はこれに群がっていたのかな。

見るからにボロボロになったそれを、この子猫は必死に守ろうとしていたらしい。



「誰からだろう……緊急の用事かな? 必要ならアデル様に届けないと……」



 ろうで封をされ、紋章らしき龍の刻印が押されたそのマーク。


「はて? 何処かで見た印のような?」


 まぶたを閉じてみて、しばし考える。そう言えば騎士団に行く前に、

アデル様が同じ刻印のされた手紙を読んでいたなあ……。


 宛先を見て、字のつづりをなぞるとユリア……つまり私に宛ててあるらしい。


「私に? 何で私に……この字はアデル様のものではないし」


 不思議な事にこちらの字は私でもなんとなく読めるのだ。書くのはアレだけども。


(この体に刻まれた記憶なのかな?)


 すらすらと書かれた字が頭の中に入ってくる。


 でもこれは一時的なものかもしれない、何時この状態が無くなるかも分からないので、

自作で辞書なる物を作り、こちらの字の勉強もしている状態だ。

やっぱり読み書きが出来ないと何かと苦労すると思うから。


 それにしてもこの手紙、一体誰からだろう?


「うーん……?」


 送られた封筒をじいい~っと見つめる。

字を見る限りでは、ローディナ達の物でもないらしい。


 まだ屋敷の外で懇意に付き合っているのは彼女達位なので、

差出人が誰なのかは、皆目見当かいもくけんとうも付かなかった。

さっと裏返して、後ろの差出人を確認してみる。



「ラ――……ライ……オル……ディ?」



 差出人は、ライオルディ・ローザンレイツ。



(はて? ……ああ、王子様か。確か攻略対象に居たよねー……)



 ……なーんて、私が思った直後に私は硬直した。



「お、王子様あああ?!」


 なんという事でしょう、王子様からの果たし状、もとい招待状が届けられました!!



「何をやらかしたんですか! 自分!?」


「み?」



 その日の午後、私は王子様のお呼びに従い、城へとおもむくことに。

腕には先ほど保護した黒猫を抱いて、肩に小さくなったリファを乗せて。


(……私、な、何か悪い事でもしたでしょうか? 覚えが無い)


 そんな事を思いながら、私は取次ぎを頼むことにする。


 お母さん、先立つ不孝ふこうをお許し下さい……じゃなかった。

王子様に会う為の注意事項って何だと思いますか?

まさか、異世界で王子様とご対面する事になろうとは、思いもしませんでしたよ。




 とりあえず何か怒られたら、「お代官様、お許しを」と、

スライディング土下座をするつもりだとは言っておきます。






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