1・プロローグと言う名の巻き込まれ物語
世界中で人々を魅了した名作のゲーム、『蒼穹のインフィニティ』
そのゲームの人気が評価され、待望の第二作目が発売された直後、
一人の新人声優の少女が、突然行方知れずになった……――。
「とか、世間で思われていたらどうしよう」
……で、肝心のその声優が、今現在、何処にいるのかと言うとですね?
ここに居るんだな、なぜか……はい、それ「私」のことなんですよ。
そんな私、現役の高校生をしながら、駆け出しの若手新人声優である、
水上結理亜18歳が居る所は現在、見知らぬ森の中、
さっきから辺りを見渡しても、どこもかしこも木しかありません。
都会にない澄んだ空気に和む余裕も流石になかった。
(な、何かのドッキリとかいうオチもなさそうです)
いや、まだ無名の新人のドッキリ企画なんて、誰得ですよね?
突然森の獣道で、置き去りにされていたこの事態を呑み込めず、
混乱のあまりに現在は現実逃避まっしぐらです。
それだけでも驚きなのに、自分の着ているものが舞台とかで使いそうなドレスだったり、
身に覚えのない胸の谷間が、今日はやたら主張して目立つことに動揺し、
違和感を感じながら近くに水たまりを見つけ、私は驚愕の事実を知ることになった。
「う、うそ……」
水面に映し出された女の子は、私もよく知るキャラクター。
自分が声を当てて演じていた「蒼穹のインフィニティ」に出てくるヒロインの一人、
ユリア・ハーシェスの姿になっていたのだった。
「え? え? なん……どうなってるの……本物?」
目の錯覚だと思った。実によくできていると思った。
青い瞳の色を抜かせば、まさに自分が声を当てていた役にそっくりだ。
ハチミツ色の緩やかな波を打つ髪に、サイドにリボンの付いた片羽の蝶の羽飾りを身に着け。
今着ているドレスは違うものの、彼女のイメージカラーと同じ紫。
中の人が、二次元でしか存在しないはずのキャラクターご本人になっていた。
うん、自分でも何を言ってるのか分からない。
「えっと……一応私は中の人、このキャラに“魂を吹き込んだ”人間ってわけで、
だから、私が中身そのまんまユリアになっていたとしても、
ある意味同一人物なんじゃ? 違う? 違うのかな?
でも、やっぱり記憶とかのレベルだと、別人だよね……」
無言で再び自分の体を見下ろして見る。
その後に頬を触れて確かめてみれば、感触があるものだった。
「……やっぱり本物なんだよね。この胸も」
ささやかだった私の胸が、今は体積が通常の倍はありそうだな。
着ているドレスの作りは何処も繊細なレースであしらわれ、
作り方も細部までとても凝っていて、細かい刺繍も施されていた。
それはまるで貴族の令嬢のような、ゆったりとしたデザインのドレスに見える。
着ていたのは、絹のレースをふんだんにあしらった胸元に装飾のあるもの。
しかし、そのドレスはなぜかかなり薄汚れていた。
所々に赤黒い謎のシミとかできていたし、一部盛大に転んだのか破けてもいる。
「恰好はともかく、ユリアが実際に居たらこんな人」という、
イメージにも合う気がするけれど……。
「でも、少し違う事を言えば……」
ゲームでのユリアの瞳は紫色だけど、今の私は青色なので色が違う事になる。
違う部分と言えばそれくらいだろうな。
とりあえず私は「自分が声を担当したヒロインユリア」になってしまったらしい。
(確かに……確かに私は“中の人”だけど、
声はともかく魂ごとまんま中に入るってどうなのよ)
と、誰も居ないのをいい事に一人でツッコミ。
声は確かに一緒なんだけど、性格とか好みも育ちも違うよねとも思ったが、
誰かに確認のしようもなく、何にも解決策は分からなかった。
こういう時、悪い事が起きる時には予兆と言う何かがあるべきだと思う。
それとも何か? 私がずぼらで、お馬鹿だから気づけなかったとでも?
「――うう、否定はできない。もしそれが出来ていたら、
こんな状況にはきっとならなかったよね、いや、そんな芸当最初から無理だけどさ」
私には先見の明とか、予知能力とか、女の勘とやらも一切働かなかったらしい。
悪い予感所か、降ってわいたチャンスを「ラッキー!」としか思えなかったし。
「……」
……ちょっと混乱しているらしい。ちょっとどころかかなり混乱している。
落ち着こうか? 自分。うん、落ち着こうー……。
でも今思えば、そう……きっと私が声優人生のチャンスを掴んだあの時、
人生全ての幸運を使い切ったのだと考えられます。
よし、まずはこの状況の整理をしようか。
※ ※ ※
私は高校に通いながら、学業の傍らで駆け出しの新人声優をしていました。
いわゆる、アニメ、ゲーム、ナレーション、
洋画等で声を吹き込んだりする「中の人」なわけです。
声優というと、テレビやライブなどで顔出しなんかをして、
華々しく活躍している方もいらっしゃるので誤解されやすいですが、
実際は表舞台で華々しくしている人は、ほんの一握りの方に限られており、
本来は裏方メインの役割なので、地味なお仕事が多いのが殆どなんです。
特に新人声優の仕事と言うと、ガヤ(名前も無い通行人など、その他大勢の役)とか、
脇役のちょい役なんかが主で、華々しいデビュー作なんて事は滅多にありません。
だから新人のデビュー作が、配役名もない通行人Aとか、
ガヤの仕事だったとかいうのはよくある話で……私もそうでした。
そんな新人の期間はとても短く、ギャラが安いこの期間中に実績をある程度作れないと、
その人はクビになってしまうという厳しい状況下に居ます。
そして私も例にもれず、そのタイムリミットが着実に近づいていまして、
実績と呼ぶには程遠い状況下にとても焦っておりました。
『こ、このままじゃまずい……っ!!』
そんな時に、知り合いの事務所の先輩である青柳先輩に背中を押され、
事務所許可をもらい、ダメもとで履歴書とサンプルボイスをある製作会社へ送ったら、
それが関係者の目に留まり、初めてゲームのキャラクターボイスの仕事をいただきました。
ゲームの名は、『蒼穹のインフィニティ』
その登場人物、メイドヒロインのユリア役が決まったのである。
そう、この役の名前はユリアで、私の名も『結理亜』、響きが一緒。
偶然にも同じ名を持つという話題性もあると考えられて、私が選ばれたのだった。
名前のある役は初めてだったし、これが次につながる可能性もあるから、
私は振ってわいたチャンスに、凄く張り切って挑んだ仕事だった。
はず……なんだけど。
――そう……これがたぶん、私が「全ての運を使い切った」と思う要因だと思う。
で、つい最近なんですが、そのシリーズの続編が出まして。
ついでに、私の担当ヒロインのユリアもめでたく続投決定となりました。
数カ月前に収録も無事に済ませて、発売日にも間に合い、私はそれを購入。
ええ、買いましたよ。自分の演技チェックの為にもこれは譲れませんでした。
声優として関わっていても、出来上がった商品を貰える場合は一握りですから、
ちょい役位では貰えません。ええ「ヒロインをやっていても」です。
だって売れっ子でもないしね。なので自腹は仕方ないかと。
収入が、ほとんどこの購入に消えたのは言うまでもありませんが。
稼ぐギャラよりも出費の方が多いのも、目指す者には辛い所です。
『お~っ私だ! 流石は青柳先輩、上手だな~すごいすごい。
なるほど、あの台詞はこんな感じに使われるのか~勉強になります』
ゲーム機にセットして、早速プレイ開始をした事は覚えている。
このゲームはマルチエンディングシステム方式で、
男女好きな方の主人公を選べる形となっているので、ユーザー層は広め。
そして選択肢と行動次第では、シミュレーションゲームやRPGにもなるすぐれもの。
プレイヤーの好みでカスタムも出来て、色々プレイが楽しめるという新感覚の内容だったので、
やり込み要素が多く、作品はカテゴリーの枠を超えて人気が出ていました。
そんな作品に少しだけでも関われて、とっても嬉しかったんだけどね。
『こうして声優の仕事をしていると、物語を楽しむよりも、
まず裏方的な目線で見てしまうので、あんまり楽しめないけど……』
職業病というものですね。でも、こればかりは仕方ないのかも。
声一つで、作品が台無しなんて言葉も聞くくらいですから。
だから、キャスティングには人気の方をメインに置き、
ギャラの安い新人さんを、脇役やガヤ(その他大勢の無名の役)などに使い、
バランス良く配置していたりします。
『こうして見ると、ガヤとか脇役も実はバランスが大変なんだな。
主役の方達より、声が目立ってもいけませんからねえ』
これも勘違いされやすいけど、アニメ声は癖が強すぎて使いづらいので、
新人に求められるのは、マイクに乗りやすくて落ち着いた声質だったりする。
(でも、私の演じたこの娘にはもっと活躍して欲しいなあ)
他の声優さんの声量や距離感などの演技も参考にさせて貰いながら、
改善点などを考えつつ、ゲームをさくさく進めていく。
一応役作りの為に、前作の世界観は把握してはいるんだけど、
主に私の役中心で、全部の内容は流石に知らないんだよね。
『おっ、でたでた。よ~し……』
条件を満たす事で新ルートが開く。
其処で私が演じた金の髪のメイドヒロイン、ユリアルートがオープン。
実は主人公のサポート役になる女の子なのですが、
彼女は隠しキャラで条件をそろえると、攻略が可能になるんですよ。
恥ずかしながら、自分で声を当てたら情が移りますよね。名前も一緒だし。
(演技の為にも自分の演じた物は確認しておかないとね)
実はゲームでの声当ての場合は、ある程度の内容は理解しているのですが、
台本は自分がしゃべる所だけ抜粋された形で渡される為に、
いつ何処で起きている展開かなのか、どの状況で私の声が使われているのか、
演じた者でもよく分かりません。ほら、フルボイスじゃない所もありますからね。
なので、演じる際には台詞だけで展開を読み解いて、
どの状況に使われるのかを何パターンか想像し、当日の収録に挑むのが通常、
収録の段階で音響編集の方にダメ出しを言われたり、
こんなイメージでと提示される事もありますが、
やはり求める演技と、演じる側がどこまで近づけるかが鍵となります。
そしてゲームをやってみて初めて、ここで使われているのか~と分かるんですね。
なのでまあ……空振りする事も実際にはあります。
(台本を読んだ時のイメージと違う所で使われる事があるって……この事かあ)
なんて、最初は本当に不思議に感じていたものです。
そしてプレイして数時間……自分自身で駄目だしをして今回の改善点を考えていた頃。
『――えっ?』
異変は予兆もなく突然起きた。
ヘッドフォンを着けたまま私がプレイを続けていたら、
何もしていないのにバックで流れていていた音楽だけが逆再生を始めたのだ。
(……え? 何だろこれ……バグか何か?)
思わず本体が壊れたかと思い、持っていたゲーム機を振ってみる。
それでも逆再生した音楽は普通に聴けるもので。何かの旋律を奏でているようだった。
でも、その流れる速さはとても早くなっていき、止める術が分からない。
それなのに……ゲームの中の物語は勝手にどんどん先へと進んでいった。
(――ちょっと待ってよ。私、さっきからボタン押してすらいないのに……?)
『え……うそ? 何で? もしかしてもう壊れた?』
慌てた私の耳元で何かのノイズを聞いた直後、ぐらっと揺れた視界。
気づけばその場にゆっくりと体が傾いていて……私の意識がぶつりと途切れたんだ。
『あ……れ……?』
※ ※ ※ ※
――そうして気づけば現在の状況になっていた。つまり……。
「一生分の運を使い切った結果、
目が覚めたら別世界で一人放置プレイされている人、それが私」
……現在、私が置かれているこの状況を冷静に分析し、
要約して言った直後に、自分で盛大に落ち込みました。
うん、訳分かんないし、何の手がかりにもならなかったな。
「……そういうわけで現在に至るけれども……」
情報を聞けるような人が一人もいらっしゃらないんだよね。なんせ森の中ですし。
いや、もしかしたら山の中かもしれないけれども、それは置いておこう。
「困ったよ……どっちに行けばいいのかも分からないし。
これからどうしたらいいの、何がどうなっているの?」
今の段階で分かる事はたった一つだ。
私はなぜか知らない場所に放置プレイされたという事だけですね。
(どうしよう……どうする。どうするよ私)
「しかもなぜか外に居るし……居る所が人気すら無い場所って。
こんな恰好なのに、お供や家族の者すら居ない状態って、どんだけですか?」
いくら主人公じゃないからって放置プレイからスタートって、
余りにもハードモードすぎないですか? ユリアに何を求められているの?
せめてこれが夢だとしても、お供にもふもふな癒しキャラが欲しいよ。などと、
くだらない事まで愚痴りながら一人さめざめ泣いてみる。
言うのは自由だ。タダなのだ。
やっぱり涙もリアルだな……本当に夢だといいのに、まだ目は覚めないぞ。
学校に提出する宿題がまだ終わっていなかったのに、どうしよう。
明日先生になんて言おう……異世界でゲームのヒロインになっていましたとか?
うん、通用しないな。言ったら絶対に怒られるわ。
その前に帰り方教えて欲しいんだけど。
「こういう時は、必ずサポートキャラとか動物とか精霊とかが出てきて、
色々と困った時に教えてくれるべきだと思うのよ……って、
それ“私”の役割だったよね……確か」
そう、ユリアはあの作品の中で、物語を進行させるサポートキャラの一人だった。
『――何かお困りの事はありますか?』
……って、困っている主人公を王都の中で見かけて、
色々手助けしてくれたりするのがユリアという娘なんだよ。いい子だよね。
だから自分がユリアになっているから、彼女の助けを求める事は当然できない訳で。
「今、私がお困りですよ。でもユリアは私になっているから助けてもらえない」
そもそも中身のユリアは何処へ行ったんだろう? そろそろ交代してくれないかな。
お胸の大きな女性になった夢を、もう充分見させてもらえましたから。ええ。
いつもなら、ここで誰かがツッコミ入れてくれるのだが今はそれもないし。
寂しい。誰かささくれた今の私に笑いを一つ提供して欲しい。
そうでないと心が折れそうだ。こんな所で”ぼっちなう”は辛いよ。
役を追及するあまりに、役者が演じた役に引きずられるという、
あの特有の現象だったらどうしよう。ここじゃ先輩に相談もできないよ。
「……えっと、一応これが夢であると仮定するとして」
目が覚める方法その1で、頬をつまんで引っ張ってみた。
うん、一応だが、やっておくべき行動と思ったから念のため。
「…………」
やっぱり変化が無かった。素晴らしい痛覚まで見事にあるではないか。
となると「夢の世界で死ぬ=物凄く痛い」となるだろうから、
目が覚める方法その2は試せない。というか怖くて出来ないよね。
よし、これはやめておこう。
そうなると私はもう一つの仮説を立ててみた。
「私はこの作品に関わった事で、何かのきっかけで巻き込まれユリアと同化した」
もしくは転生とかなんとかの状況に陥り、私の人格が覚醒……とかはないと思うが。
そうなる経緯が全然思いつかないし。
「……私だけがこの状況なのかな?
もしかしたら、他の先輩方も同じゲームの役を演じていたから、
私みたいになっていたりして」
……と言う、ささやかな希望、 いや、願望がわいて、
私は現時点での問題に向き合う事にした。とりあえず歩こう。
まずは直ぐに帰れない以上、住む所とかをどうにかしないといけない。
お金も必要だから、住み込みで働ける場所が必要だよね。それも今すぐに。
「……あ、ユリアの家を探してみるかな」
登場人物になっているという事は、本人になりすます事が出来るのかも。
上手くすればユリアの家族や家も見つかるかもしれない。
――……が、良く考えてみると、ユリアの家はゲーム中では見かけなかったな。
ファン雑誌とかでも紹介されていないし。
一応隠れキャラだから、開示されている情報が他より圧倒的に少ないせいだろう。
これでユリア自身の記憶があると助かるんだけど、
あいにく都合よくは無いようで、私が覚えていた他の記憶を思い出そうとすると、
一瞬だが、ずきりと痛みが走った。
「……っ」
その時、思わず痛みを抑えようと頭に触れた手が、ぬるりとした感触を感じて、
呆然となって手のひらに付いたものを確認する。
「うそ……何これ、なんで?」
それは血だった……どうりでさっきから頭がズキズキして痛むはずだよ。
慣れぬ状況に身を置かれたストレスからの頭痛かと勘違いしていたのに、
それが間違っていた事に気付き、もしやこれで記憶がないのだろうかと思った。
(なんだろう、ユリアを演じた時の内容も設定も、断片的に所々抜け落ちている気がする……)
どうせなら頭を打った衝撃で、天才的な能力が芽生える展開とかが是非欲しい所です。
……が、そんな都合の良い事は全然ありませんでした。当然か。
「まずいな……これ以上悪化する前に、
本当に早く誰か助けを呼んで、住む所を探さなきゃ」
――ああ……でも頭から血を流す女をやとって貰うのは難しいよねえ。
「というか、そんな場面に出くわしたら修羅場になりそう」
伸びた枝を除け、木の根っこに手こずりながらも歩を進める。
そうこうしているうちに、痛みのせいか熱が出てきたようだ。
意識が朦朧としてきて、ふらふらとした足取りで尚も道を歩く。
本当なら、じっとしていた方がいいのだろうけれど、ここは人の気配が無いもの。
つまり、助けは自力で求めに行かないと無理そうだった。
「とにかく、一旦この森を出て誰か助けてくれそうな人を探さないと……」
ゲーム知識は多少あっても、土地勘とは程遠い。
気を抜けばすぐに意識を失ってしまいそうだ。
それから暫く無言で舗装されていない道をとぼとぼ歩いていると、
何処からか、こちらへ向かって凄い勢いで駆けて来る何かの足音が聞こえてくる。
それも、まるで大きな獣が走ってくるかのような息遣いも感じられた。
はっと嫌な予感を感じて背後を振り返って見れば、
既に熊のように大きな白い狼が後方に立って居て、私と目が合った。
「う……うそ」
距離は2、30メートルほどで、その距離も直ぐに縮み、
私の方へと一目散に走ってきていた。私が狙われているのは明らかだった。
「――っ!?」
狼の目は金色に光り、逃げるには遅すぎた。
逃げ出そうとしたら足がもつれて転び、近づいた獣の鼻息に身をすくめる。
「ひっ!?」
きっと血の匂いにつられて魔物がやって来てしまったんだ。
一瞬にして恐怖で動けなくなってしまいパニックになる。
に、逃げなきゃ、どこに? 間に合うの!?
「うそ……こ、来ないでっ!?」
――これが現実なら、私はここで死ぬの!?
そうだ。ここが本当にゲームの世界だったのなら、
街の外から出ると、魔物がうようよ居る世界だったじゃないか。
こんな事なら、散々悩んでいた時に少しでも村か何かを探していれば……っ!
「やだ、誰かっ!!」
――助けて、助けて、助けてっ!! お母さん!!
「お母さん、お母さん助けてっ!」
無意識に、ここには決して居ないはずの母に助けを必死で求めていた。
これが夢だったのなら私を起こして、私を目覚めさせて!! と……。
喉がカラカラに渇く。恐怖で上手く声が出せない。
そうこうしている間に、距離が縮まって上にのしかかってくる。
人の気配もない場所で助けなど届くはずも無くて。
うなり声を上げた獣はよだれを垂らしながら、獲物である私を逃がすまいと、
私のドレスのすそを咥えて引っ張り込もうとしていた。
――駄目だっ!? もう逃げられないっ!!
迫り来る死の恐怖。
「い、いやああああーっ!? 誰かっ! 誰かお願い助けてえええ――っ!!」
ぎゅっと閉じた瞼、次に想定される痛みに怯え、
私の意識は、恐怖のあまりに悲鳴と共に其処でぷつりと途絶えた……――。