18・ヒロイン達の女子会
今日は、友人になったローディナとリーディナの二人が、
このお屋敷にお泊りに来てくれる事になりました。
ご主人様のアデル様にも、おじサマーズ、おじいちゃマーズにも、
事前に彼女達の宿泊の許可を頂けましたので、
私はせっせとお迎えの準備に勤しんでおります。
(両手にヒロインですよ! 何て素敵なんでしょうね~!)
それは、この職場のイメージ回復方法の一つだった。
『ここに女の子が遊びに来てくれたら、悪いイメージも良くなるんじゃないか?』
『それです!』
ある日、使用人一同で定期的にやっている職員会議で改善点を話した時、
おじ様の一人が仰った何気ない一言が、今回の重要任務となりました。
そう、若い女の子がここに寄り付かないと言われているのならば、
知り合いの女性をまずお客様として、お出迎えするようにすればいいんですよ。
題して、女性限定口コミ作戦です。
「このお屋敷に女の子のお客様なんて初めてだよな」
「なっ、なんだか緊張するな。わし、変な所無いか?」
「ばっか、俺達が何かする訳じゃないだろ、やるのはユリアちゃんだろ」
「ああ、そっかそっか、ははは」
おじ様達は朝からそわそわして、失礼のないようにと身なりにも気を使って下さったり、
目に付きそうな所を率先して綺麗に掃除してくれています。
私は精一杯のおもてなしをするべく、朝からお花をお庭で摘んで、
廊下や使う部屋を華やかに飾る事に。
「ええと……ユリアちゃん、俺がやってあげようか?」
「はい?」
「いや、ユリアちゃんがいいならいいけど」
ふむ? どうやら私の感性のままに飾った花は何か問題があるらしい。
一輪挿しなら問題ないのだけれど、やはり多くの花を飾るセンスはないのかな?
私はしょんぼりとおじ様に後を任せて、玄関を掃除する事にしました。
普段、この世界のイベント事はまるっとスルースキルを発動しておりますが、
女の子とのイベントは平和な物ばかりなので、大歓迎な私です。
「これは女性に好まれるお屋敷に改革する良い機会ですよね!
二人からも利用する側の率直な改善点を沢山聞けそうです」
いわば、今回は視察という意味もある。初めてここへ来ることになる彼女達は、
新人で働きに来る女の子の視点と同じという事だ。そう、モニターなのです。
「二人には居心地が良さそうだと、思って頂けたらいいのですが」
今まで女の子がお屋敷の中で私のみという状態が続いていたので、
まさか本当に遊びに来てくれる女の子が居るとは思わず、
おじサマーズには「ユリアちゃんは天使や~」と拝まれてしまいましたが。
そうですね……今まで泣いて逃げ出す方ばっかりでしたものね。
私が友達を連れて来るなんて、きっと想像もしなかった事でしょう。
あの時、一人のおじ様が言った事を実践できるとは思わなかったようです。
――私はやりますけどね!
今回の事は、いいPR活動になると思うんですよ!
ローディナはメインヒロインだけに交友関係がとても広いお方ですし、
リーディナも独自の知り合いが居ますから、口コミは期待できると思います!!
「ふふっ! パジャマパーティーですね。女子会ですね!
一度やってみたかったんですよ~楽しみです~」
そうそう、私の世界にもある食材も幾つか存在しているのに気が付いて、
バターや小麦粉が手に入ったので、最近ではお菓子作りもやっているんですよ。
ローディナが色々な型をくれたのもあり、試作品も兼ねているんです。
勿論、試食とかもして貰っているんですよ。
ただ、最初に困った事があって、私の世界での計りがないので、目分量です。
料理はともかくお菓子は正確さが大事なので、最初の頃は大変苦労しました。
すると、この世界で似たような物を発掘しました。
様々な用途に別けられた、目盛りつきの計量カップとスプーン、
赤いレトロな真鍮製でできた計り……正確には分銅付きの天秤。
これも大和国が昔、ここへ輸出してきた物だそうで、中古品で手に入れました。
情報元はいつも金型を作ってくれるローディナです。感謝!
「思っていたよりも、私の良く知る調理器具に似たようなのが良かった~。
今日は失敗できませんね。気合を入れて作らなくては!」
かまどの使い方は、空気を送る【ふいご】と言う物や、
火箸などの扱いが難しいので、何時もおじ様達に手伝って貰っていますが、
これも魔法具で温度調節とか出来るのがあるらしいです。
なので、こちらの世界でも、お菓子作りが十分楽しめそうだと分かり、
私はほくほくと日々、午後のお菓子を用意しておりました。
「私も早くかまどで焼くコツを覚えたいな~」
焼きたてのお菓子とお茶は、お客様へお出しするのに大切ですし、
味や見た目のチェックをして貰おうと思います。
お庭に出て東屋で頂くともう! セレブ~な気分を味わえますよね。
(今日は、ヒロインお二人を其処へお招きしようと思うのです。おほほ……)
やっぱり相手が居ると、余計やり甲斐がありますからね。
「ユリアちゃんは、きっと良いお嫁さんになるねえ」
そんな訳で、朝はパン生地をこねて、バターを混ぜてクッキー作りです。
おじサマーズ達は、てきぱきとお菓子を焼く準備をしている私を見て、
笑顔で話しかけてきました。
来たばかりの頃は、厨房に立つ度にハラハラした顔で見られていましたが、
手馴れた様子で不思議な作り方で作る食べ物。(皆様の評価らしい)
……を提供した事で、記憶を失くす前の私は、お料理上手だったと思われたようです。
(私の世界では、普通の家の家事レベルだと思うんですが、はは……)
ふわふわのプレーンオムレツを朝食で出した時には、かなり動揺されました。
卵料理と言うと、普通に目玉焼きとかが定番なのだそうで、
だから、余り卵料理とかのレパートリーがないそうです。
ボイルしたゆで卵も、食べた事がなかったとか。
で、私がその辺の知識を持っていたことで、料理が出来る事を理解して貰いましたが、
その代わり、複雑な家庭の事情があったんだろうという事で、不憫がられ、
私を匿おうとか言う、そんな動きもあったらしいのです。
でも私が悲観した様子が、これっぽっちも無い事を見て、
暫くは様子を見ようという事になりましたよ。
『辛い事を忘れているのなら、思い出させたら可哀相だよな』
という意見の元らしい。
いやはや、大事にされていただいているのは分かっていましたが、ここまでとは。
でもありがたい事ですよね。はてさて……しかし、お嫁さん発言ですか?
なんだか照れますね。言われる程そんなに家庭的ではないかと思いますが。
その時、なぜか私の脳裏にアデル様の顔が思い浮かんだ。
(な、なんでこんな時にあの人の顔が思い浮かぶの!?)
慌てて顔を振ってなかった事にする。
「そうだな、ユリアちゃんも年頃だし、
お嫁さんに欲しい男が現れてもおかしくないよなあ。
よく気が付くし、俺らみたいなおじさん達にも優しいし」
「そっ、そうですか?」
いいお嫁さんになると言われて、更に頬が火照ってしまいました。
うわー褒められた嬉しい! なんて、相変わらず単純ですよね私。
(アデル様も、そう思ってくれるかな……)
……って、だからなんでここでアデル様の顔を思い浮かべてしまうのよ、私!
(でも、そんな事を言われたの初めてですよ。
私の世界じゃ、家事が出来て当然と思われますから)
ポーカーフェイスで演じたりするの、まだまだ難しいなと思う時があります。
知的で大人な女性には、私はまだ遠いですね。
「うんうん、君をお嫁さんに貰える男は幸せ者だろうな」
「ああ、その時になったら俺達は泣くな、絶対に泣く!!」
「だな、ユリアちゃんが幸せになれるならそれでいいが……。
ユリアちゃんに相応しいか、まずはみっちり調べなきゃな」
「認めん、ユリアちゃんは俺の娘同然だ。
娘を嫁にやるなんて……ああ、考えただけでも泣ける」
「あっ、あの相手はまだ居ないですからっ! 今泣かないで下さいな?」
おじサマーズ達は私がお嫁に行く話で盛り上がり、
そろってさめざめと泣き始めました……。今はお通夜のようで、忙しい方達ですね。
私はまだ身の振り方に悩む事もあるので、
其処まで考えた事はないんですけど。
(相手もいないし……そもそも私、こちらの世界の人じゃないし)
恋愛の方は……役者の引き出しを作る為には必要なことだとは思っていますが、
やはりご縁がないとこればっかりはどうも……忙しい生活だったので、
恋愛に時間を割く暇も無かったと申しましょうか。
出会いを求めている間が勿体無くて、日々勉強でしたから。
(恋愛……かあ)
私にもいつか、そんな方と巡り会えるでしょうか。
そう、本物のユリアのように、心から支えてあげたいと思うような相手と。
「ああ、ユリアちゃん。そろそろ出さないと焦げるよ?」
「え? あ、はい!」
コックのおじ様にかまどから取り出してもらい、
味見として焼きたてのクッキーをさくりとかじってみる。
ミルクたっぷりの濃厚なバターの風味が広がって、美味しく出来上がっていた。
おじ様も食べてもらって、うんうんと納得してくれたようだ。
「ああ、これなら、お客様に出しても大丈夫だな」
「はい!」
形も上手に出来ている。リファの形をしたクッキーだ。
少し冷ましてから、リファにもあーんと言って味見して貰った。
「リファ、どう?」
「クウン」
尻尾をぱたぱた……美味しいらしい。
そんな様子を見ながら、私は先程言われた事を考えていた。
(恋愛に憧れている気持ちは、あるにはあるんですが……ね)
役者として、恋は大事なものだと私は思う。
監督さんでも、恋をした方が良いという人も居る位ですからね。
それはどんな作品でも恋愛が絡む物が多いからだ。
むしろ作品を輝かすのは、少しでも恋愛が絡んでいないと面白味が減ってしまう。
それがあるだけで、作品は生き生きとするから。
何かの経験は演技をする上での大事な基盤になる。要するに経験に基づいた知識だ。
経験の無いものが想像だけで演じるのと、経験がある者が演じるのは違うもの。
それは他の事にも共通する。どれだけ沢山の経験を得たのかが鍵になるんですよ。
それは見聞きしただけの知識だけの者よりも勝る、経験という武器。
(今でも思う。それが役者として私には断然足りない事だったと)
実の所、私はそれで自分の演技の限界を感じた事があった。
頂いたユリアの台詞の中には、恋愛要素も実際にある。
ユリアルートは、プレイヤーが彼女を恋愛対象として攻略が出来たのだから。
(そして、彼女はアデル様が初恋の相手だった)
失恋と新しい恋を経験するヒロイン。それが彼女、ユリアだ。
だから、この微妙な恋の駆け引きすら知らない私が演じた時に、
どうも違うね……そう言われた事があった。
第1作目の時の収録の時だ。
他の事なら持っている知識や経験したものの中から、
似たような物をイメージできたのだが、恋愛は全くもってわけわかめ状態である。
一生懸命に導き出したユリアを、「何だか違う」と全否定されて言われた時、
私は凄くショックを受けたんですよ。だから違うユリアを何パターンか出した。
想像でしかないイメージ、私には分からない手探りの状態で。
(分からなさ過ぎて、想像でしか理解できなかった)
私に与えられた収録する時間のリミットは迫っていたし、延長は出来ない。
ヘッドフォン越しに何度も駄目だしされる言葉に焦って、手元が震えた。
他の声優さんが収録する為の時間を削るなんて、出来る訳ない。
だから何としても時間内に求められる演技をやらなければいけなかった。
もしも駄目だったのなら……ユリアを別の人が演じる事になる。
製品になってから、別の人の名前と声になっていたのを知る。
そんな事も業界では普通にあるのだ。
(好きな人がいる状況……胸がどきどきする感じ、温かい気持ち……)
それは実際には、一体どんな感じなのだろう?
想像でしかない虚像の恋人を思い浮かべる。
それでやっと、及第点と言う感じのものを演じてOKを貰えた。
だから二作目は……役に入るまでに資料を徹底的に集めた。
恋愛もののドラマや洋画を見まくって、本を読んで……でもどれも知識でしか分からない。
欲しいのは経験に基づく感情だ。それがまだ私には未熟だった。
それが新人であるユリア、いや結理亜としての現在の限界。
ここへ来る直前で感じていた。切実な悩みだった。
ある偉い方は言いました。
『演技の幅を広げる為にも、恋をしなさい』と……。
でもそれは、一人で出来るものではないのです。
※ ※ ※ ※
「――こんにちは、ユリア。今日はお招きありがとう」
「お邪魔しま~す! わあっ、ここがアデルバード様のお屋敷かあ……」
「いらっしゃいませ、ローディナ様、リーディナ様。お待ちしておりました。
本日はお越し頂き感謝致します。それではどうぞこちらへ」
ちょっと気取ってメイドらしい定番の挨拶で迎える私。
それを見て、ローディナ達はくすくすと笑っていた。
「ふふっ、ユリア本当のメイドさんみたい」
「ほ、本当のメイドですよリーディナ。まだ見習いですけれど」
それからローディナ達がお屋敷に来てくれて、にわかに屋敷は活気付きました。
女の子がお屋敷にお泊り来てくれるのは、おじ様達にとっても初めての経験です。
つまりは「お客様」のもてなしなど一切した事が無かった為に、
今回の事は、経験を積む良い機会ですからね。陰で徹底的に練習をしましたよ。
(私達、お屋敷使用人の真価が試される時!)
「あの、もしも何か気になる事がありましたら、遠慮なく教えて下さいね。
今後の女性使用人獲得の為にも、改善していきたいと思うので」
「うんうん。分かった任せて頂戴、ね? ローディナ」
「ええ、何かお役に立てるといいんだけど……頑張りましょうねリーディナ」
やはり、第三者視点での意見はかなり重要だと思います。
おじサマーズは夕食作りを頑張ってくれて、おじいちゃマーズは、
私達の入るお風呂場を綺麗に磨き、女の子の好む入浴用のバスオイルを入れてくれて、
ローディナ達専用の椅子と桶、タオルまで用意してくれていました。
女の子だけでお茶をして、夕食を食べて……今日は私もお客様扱いに戻りました。
三人ではしゃぎながら、大きなお風呂を楽しませて頂きましたよ。
はい、その間、男性の皆様は、お部屋に待機状態でしたとも! 感謝です。
「でも、まさかあのアデルバード様のお屋敷に泊まれるなんて、
全然思わなかったわ、ねえ? リーディナ」
「うんうん! そうよね。あの方は何だか近寄りがたい感じがしたから、
泊まってみたいとお願いをしても、まさか許可してくれるとは思わなかったもの。
ね? ローディナ」
ローディナ達は、大きなお屋敷に泊まるのは初めての事で、
実はとても緊張しているようでしたが、皆さんがとても気を使って下さるし、
大きなお風呂もあるしで、とても喜んでくれましたよ。
私も改善点や、おもてなしの訓練にもなっているので大助かりです。
「内装は綺麗になっているし、皆さんも人当たりの良い方達に見えるから、
働きにくい環境では無いと思うけれど……何がいけないのかしら」
ローディナはこれまでお屋敷で感じた事を、順を追って話してくれるのですが、
やはり、表向きの部分だけでは分からない部分もあるのかも。
「そう言えば、ここには男女別の使用人を統括する方がいらっしゃらないのよね」
リーディナに指摘されて、私はこくりと頷く。
「ええ、男性を統括する執事の方も、女性を統括するハウスキーパーも居ません。
だから相談がしにくい環境である事と、男女別に使えるスペースを、
どこかに確保した方がいいと思いまして」
今は私だけなので、自室で洗濯物とか干したりしていますが、
人数が増えてきたら女性用の洗濯を干す場所もと考えています。
「そうね。だったらオリーブで垣根を作って、
洗濯物をそこで隠せるようにしたらどうかしら?
あれは匂い消しにもなって、人目を避ける事も出来るそうだから」
「ああ、それはいいアイディアですね。ありがとうございますローディナ」
「ねえねえ、折角だから使用人部屋も見ていい?」
「ええ、どうぞどうぞ」
リーディナに言われて、確認してもらう。
其処で、何か暖を取れる場所を用意してはどうかという事だった。
確かに、ここで着替えるとなると、寒くなった時には辛いだろうな。
色々出てくる改善点をメモして、出来そうな物から取り組んでみよう。
夜も更けてきて、後は私の部屋に戻って寝る準備です。
大きなベッドなので、三人でも余裕で一緒に寝る事が出来ました。
「――……ねえ、ところでユリアは誰か好きな人はいるの?」
ローディナが濡れた髪をタオルで拭きながら、私に話しかけてくる。
「え? 私ですか?」
女の子が集まればお喋りが始まりますし、
決まってこういう時に恋の話に発展するのは、ローザンレイツでも同じらしい。
そんな訳で、私達は寝る前に内緒のお喋りを始める事となりました。
ローディナは友人が沢山居て、恋愛相談をよく聞かされている方だが奥手で、
リーディナは好きな人が居ると、攻めて攻めて攻めまくる性格らしい。
双子なのに、その行動は実に対照的なので、とても驚いた。
二人は好きな人の好みが似ているのかな? とも思ったけれど、
実は全然違うというから面白い。何もかもが対照的で仲がいいようだ。
それだと姉妹で喧嘩とかしなくてもいいですよねえ。
(いいなあ……)
二人とも素敵な恋をしているのかな?
でも私は……まだ恋がどんなものかは余りよく分からないのだ。
もしも分かるようになれば、
今の自分の殻から脱却できそうな気がするのだけれど。
そう、本物のユリアに近づける気がする。
「ええと……残念ながら、そういう方はまだいらっしゃらないんですよ。
ご縁と言うものがなくてですね? それに私は殆どお屋敷の中に居ますので」
皆で思い思いに過ごしながら、お互いの恋バナに華を咲かせていたけれど、
私はこれと言って、素敵な話題を提供できないのが申し訳無い。
「ローディナは出会いは多いと思うんだけど、
夢が第一なので二の次なのよ。勿体無いわよね、モテるのに」
妹のリーディナは、双子の片割れをそう言って評価する。
「で、でも、お付き合いするとなると色々と恥ずかしいし……。
それにリーディナも結構誘われているじゃない?」
姉のローディナ達は今、男性にデートに誘われる事も結構あるらしいが、
自分の夢に一生懸命でまずは其方を優先したいらしい。
(私もどちらかと言えば、ローディナ達と同じ意見だったりするんですよね)
役者の勉強は多岐にわたり、演技や発声、立ち回りの勉強だけじゃなく、
話し方の勉強、音響設備や編集の知識、社会人としての一般常識や経験、
学生時代の経験や知識、コミュニケーション方法や営業、何もかもが勉強になる。
だから沢山の時間と経験が必要ですし、この勉強には限りという概念が無い。
両立するのは難しいとさえ思っていました。
(今は、この経験を活かせるように、沢山の事を吸収したいと思ってますし)
……いえ、そもそも、私にはそういう相手は居ませんけどね?
二人はモテるんだろうなあ~……いいなあ。
ローディナは、濡れた髪を丁寧にまとめながら、こちらを振り返った。
「ねえねえ、じゃあアデルバード様はどうかしら?
まだ独身でお付き合いされている方もいないし、強くて頼りがいがあるし、
凄く近くに居る方でしょ? お父さんとユリアは言うけれど、
本当の親子関係ではないのだし……包容力もあると思うの」
「ああ、そうね。後見人になってくれたご主人様とメイドの禁断の恋!
いいわ~ロマンス小説では美味しい設定よね。おあつらえ向きに一つ屋根の下だし。
それでどうなのよ? アデルバード様は? ユリアの好みには合う?
記憶の無くなった女の子を保護した好青年なんて、いい感じじゃない?」
「え、アデル様……ですか?」
なぜでしょう? 先日もラミスさんにアデル様の事を聞かれたんですが。
リーディナ達にも、以前「恋人?」と、そう聞かれた事もありましたよね。
以前もお父さんって答えたけど、ラミスさんが聞いてきたのって……。
あれってもしかして恋愛的な意味で聞いてきたんですかね?
(……って、今更分かるってどんだけ私鈍いんでしょうか)
ん~……まっ、いいや、気にしない!
其処で私は、アデル様の事を改めて考えてみます。
別に嫌いではない、嫌いではないのだけれど……。
(そもそもアデル様ってヒーローだけど龍だしな……人間には興味ないだろうし。
私も、こちらの世界の人間という訳じゃないし、借り物の姿だし、
お互いに対象外過ぎるよね? 異種族よりもかけ離れている気がする)
それに私はこの世界で、誰かと恋愛しようとは思っていないんです。
……とは、流石に言えませんでしたよ。事情が事情だけに。
だって、ここにもしも好きな人ができたりしたら、困る事が多い気がするし。
借り物の体で恋愛するなんて、流石に申し訳なさすぎるよ。
あと元の世界に帰れる手段が出来ても、その人とは結局はお別れになるだろう。
帰る前提で恋愛なんて、別れるのが辛くなるだけだものね。
(それに私、一応ユリアの姿をしているだけで中身は全然違いますし。
これで元の姿に戻ったら、恋だって冷めるかと思いますよ)
ほら、百年の恋も一度で冷めるような?
私、本来こんなに可愛くないし、胸も大きくないですものね。ははっ!
……今、自分で追い込んでおきながら、落ち込むお馬鹿な私が居ますよ。
(何よりユリアが……あの子がアデル様には居るんだもの)
例え叶わない恋でも、本人の不在中にそんな事はできないよ。
胸に秘めるだけでも……許されない事だと思うもの。
「ユリア? どうしたの?」
「え、いえ、何でもないですローディナ。
えと……アデル様は私にとって、とても大切なご主人様で、
私みたいなのだと逆に申し訳ないといいますか……」
「そうなんだ~。勿体無いなあ……あの人すごくカッコイイ人なのに。
まあ、アデルバード様って確かに女性に人気はあるんだけど、
その辺の事には鈍そうだものねえ、ちょっとお堅いというか」
「もうリーディナ、言いすぎよ」
リーディナの切り込みは凄いですね。
確かにアデル様は、恋愛ごとにはかなり疎いと思います。
これまでもお屋敷まで愛の告白をしに来た娘を、平気で追い返してしまう程ですからね。
恋愛なにそれ? って、本人は思っているんじゃないでしょうか?
(苦手な人間から、勝手に好意を寄せられても困るでしょうし)
でも困っている人とか居ると、さりげなく人助けをしていたりするんですよ?
良い所はあるのです。不器用で誤解されやすい方ですが、思いやりはあるんです。
そんな彼だからこそ私も拾って頂けましたし。
(……まあ、そのせいかアデル様の見せた優しさで、これは運命!とか思って、
たまにのぼせ上がってしまうお嬢様方が、何人もいらっしゃるんですが……)
外見は色男さんなので、親切にされたり守られたりしたら、
それは勘違いして惚れるよね。
恋人もなし、独身という事でもチャンスがあると、
そう思われても仕方ない状況なんです。
ただ、アデル様自身は仕事として割り切ってやっている”だけ”なのであって、
特に思い入れがあるからとかはなく、義務であり本当に他意は無いのです。
それが、恋に猛突進タイプの人には、分からないと言いますか……。
「そうですね。とても危険で難しいお仕事をされていますし、
誤解もされやすい方ですので、女性関係には苦労されています。
アデル様に好きな方が出来るのか、私も心配な所がありますね」
「寡黙な所もあるけれど、優しい方だと私も思うわ。
以前ご一緒した時も、私達やユリアを気遣って下さったもの」
「ありがとうございますローディナ。
そう言っていただけると、アデル様もきっと喜びます」
リファはさっきから、リーディナにじゃれ付かれて動きません。
もうされるがままです。彼女もリファは嫌がらないという事ですかね。
ふっさふっさの尻尾をぺたんと床にくっつけて、大人しく座ってくれています。
リーディナ、どうやら動物好きのようですね。以前からリファを見た時に、
幸せそうな顔で両手をわきわき動かしてましたから。
「うふふ、ふふふふ~この子、凄くふわふわでいつ見ても可愛いわ~。
大きなぬいぐるみみたい、私も家にこんな子欲しかったな~癒される」
「クウン?」
「凄いですね。ローディナもリーディナも。リファは警戒心が強い子なので、
なかなか人間には懐いてくれないそうなんですよ」
「そうなの? ふふっ、じゃあ、私とリファは仲良しさんなのね」
私の話を聞いて、リーディナはご機嫌だ。
やっぱりヒロイン属性がある人とかは、リファとも仲良しになりやすいのかな?
ローディナが保護された時は、体温を下げないようにと彼女を包んでくれてましたし。
……ただ男性、つまりヒーローについては選んでいる気がします。
アデル様には懐いていますが、ラミスさんを凄い睨んでいましたし。
(彼もヒーローの一人なんですが、私はゲームじゃ攻略した事がありませんので、
ラミスさんについての事は詳しくは知らないんですよね……すみません)
でもこの様子を見て思う事は……リファはとても頭が良いから、
私に関わる交友関係を吟味しているんじゃないかなと。
最初の頃、私の傍に居たおじ様達もかなり警戒していたのですが、
今は一緒に仕事していても、唸り声を上げたりしなくなりましたし。
「えーと……それじゃあ、ユリアは他にいいなって言う人は居たりするの?」
ローディナはニッコリと微笑んで、ベッドに腰掛ける私の隣に座ってきます。
彼女はお姉さんの気風があるお陰か、人の話を聞くのが上手いですよね。
強引に聞いてくるのではなく、話し易い雰囲気を作ってくれる。
だから、ついつい私も色々と秘密を喋ってしまいそうになります。
「いいなと思う人ですか?」
うーん……答えるにしても、この世界の人が限定ですよね?
出会いも何も、やはり私はお屋敷で殆どの時間を過ごしていますし、
引き篭もりも同然です。メイドの仕事もありますからね。
私がときめくような事と言ったら……。
お菓子とか、お洒落とか、もふもふとか、演技とかその辺の事になります。
だから、「無いですよ?」と、そう言おうとしたのですが……。
その時突如、鍵を閉めた筈の私の部屋のドアが爆音と共に破壊され、
悲鳴と共に固まる私達三人は、寄り添うようにリファの後ろにさっと隠れた。
「なに? なになにっ!? これ分かる? ローディナ」
「い、いいえ、リーディナ」
「だっ、大丈夫ですか!? 二人とも?」
い、一体これは何事ですかっ!? 鍵ごと破壊されるとは思いませんでした。
今の爆音と衝撃と共に、部屋に備え付けてあった魔法具の明かりが全て消えてしまい、
その代わりに入り口に立つ、何者かの存在に気付く。
異様な事態に思わず三人でぎゅっと抱き合いました。
「「「ひっ……っ?!」」」
さっと顔を青ざめた私達は、悪い想像ばかりが浮ぶ。
夜に現れる人影……この世に恨みを残し死んでいった者……とか。
怖い話ってこういう洋館が良く使われますよね。皆、考える事は一緒のようです。
「ユッ、ユリア、こ、ここここのお屋敷にお化けって出る? 出ちゃうの?!」
リーディナの声が裏返って私に聞いてくるが、私も何が何だかで、
ぶんぶんと首を左右に振ってそれを否定する。
「いっ、いいいえ、そんな事聞いた事も見た事も無いですよ!?
私そう言うの、むちゃくちゃ避けて通る人間ですもん!!」
すると隣に居たローディナが、震えながら武器になりそうな物を探していた。
「だっ、大丈夫よ、私お姉ちゃんだもん。私が守って……っ、
ねえっ! 幽霊って魔法とか効くのかしら?! リーディナ何かいいの知ってる?!
私、アンデッド系って詳しくないのよ。アカデミーで対策を習っていない?
お菓子をあげたら仲良くなれるかしら?」
「知らない知らない!! 幽霊ってそもそも実体無いんじゃないの?!
どうしようローディナ! 私、流石にゴースト用の武器は持って来てないよ!
教会とか行ってないから罰でも当たったの?!」
ローディナの問いに、リーディナは必死で答えているけれど解決策なし。
「というか、お化けじゃ実体無いから、お菓子あげても食べられないんじゃ!?」
私もお菓子は無理だと却下する。
「そうだ! 塩!!」
塩はどこの国でもお浄めの効果があるって、私の世界でも言っていたし!
もしかしたら、こっちの世界でも有効なんじゃないか? なんて。
「だめよユリア、厨房まで遠いし、そもそも入口を塞がれているじゃない……っ!」
「はっ、そうでしたローディナ!!」
結局なす術もなく、三人で揃ってがたがたと震え、
私達が出来たのはリファの陰で小さくなるだけだった。
頼りになる筈のリファはそんな私達が居ても全然反応を見せないので、
もしかしたらこの子にはあれが全く見えていないの? と思った。
誰か、誰か! そうだ!? こんな時はアデル様‐―っ!! と、彼を叫ぼうとしたら、
現れた人影の正体は……私達もよく見知った間柄のお方でした。
「え? あ、アデル様?」
「……」
なんと、私達のいる部屋のドアを蹴破ったのは、
今まさに助けを呼ぼうと考えていた、アデル様ご本人ではありませんか!!
(ちょっと、女の子の部屋にノックをしないで乱入するとは何事ですか?!)
しかも今日は、ローディナ達も遊びに来ているんですよ?
鍵を破壊してドアをぶち抜くなんて、一体何を考えているんですか、ご主人様!?
もしかして、ローディナ達に寝る前の挨拶をしようと思ったら、
緊張して力の加減が出来なかったとかですか?
(人間の女の子に余り慣れていませんものね……アデル様)
そうだとしても、茶目っ気でごまかすのは流石に私でも無理ですよ?
「あ、アデル……様?」
「……」
無言でつかつかとこちらへ歩いてくるアデル様は、じっと私を見つめていました。
切羽詰ったその顔に、まさか緊急事態でも起きたのかと私は顔を青ざめた。
もしかして本当に魔物でも屋敷に乱入したのか? そんな事を考えたんです。
こちらの世界、そういう事が何でもありそうですから。
「ユリア……」
「はっ、はい!」
アデル様は近づいてくると、彼はしゃがみ込んで私の両肩をがしりとつかみます。
そして顔を近づけて、真剣な目で私にこう問いかけてきました。
「……君には、気になる奴が居るのか?」
「……はい?」
「誰か気になる雄、いや男は居るのかと聞いているんだ」
「……えーと?」
ちらりとローディナ達を見ると二人は固まっています。リファもです。
そうですよね。私も何よ突然言い出すのやらという感じです。
……って言うか、この人、絶対聞き耳を立ててましたね!?
龍が耳が良いのは知っていたんですよ。しかし、まさかここまでとは……。
きっと私がさっき話した「アデル様」に反応したのかも。
凄いですねアデル様、下手な事言えません。気をつけなくては。
が――……なぜ、そんな事を私に聞いてくるのでしょう?
その目が私を叱る時よりも、
怖い目をしているように思えるのはきっと気のせいじゃないはず。
ここで茶目っ気でも、「ラミスさんが好きです」なんて言おうものなら、
何だか言われた相手が袋叩きだけではすまない気がします。女の勘です。
「きっ、気になる人なんて居ません!」
ぶんぶんと首を左右に振って否定しました。
「……」
「……」
じっと見つめられる事10秒。それでもこの無言が長いと感じました。
静寂が……こーわーいー……えと、何これ? 私ホラーゲーム辿っています?
出来ればそっち系は、全力で得意な方にお譲りしたいのですけど。
私、ラスボスクラスの方と戦う気なんてありませんよ?
「そうか……」
そう言った後、私達に背を向けて静かに部屋から去って行くアデル様の姿が。
「――って!?」
うおおおいっ! ちょっと待ってー!! ドア、ドアを直して行って下さ―いっ!!
取り残される私達とリファ……そろって呆然と顔を合わせた。
「ねえ……何? なに? 今の……分かる? ローディナ」
「さ、さあ、何かしらね? リーディナ」
「うーん……私も何が何だか。まさかドアぶち破って乱入してくるとは思いませんでした。
もしかして女の子達が本日は多いので会話に入りたかったとか?
アデル様、女子との交流が極めて少ない方ですから」
(やっぱり緊張した……のかな? それで私に話しかけてごまかしたとか?)
人間嫌いのご主人様……密かに歩み寄る努力をされたんですかね?
だとしたら、これは責めてはいけないのかも。
「あっ、もしかしてあれって嫉妬とかじゃない?
アデルバード様ってユリアの事が好きなんじゃないかしら?」
「「えええっ?!」」
ローディナの言葉に、私とリーディナはそろって声を上げる。
いや、そんなまさか……あ り え な い!
ユリアとアデルバードの関係は、後見人としての繋がりと主従関係だけだと思う。
公式のゲームでも、確かそんな事を書かれていたと思うぞ、うん。
だって、ユリアは「攻略対象」として扱われているんだもの。
(ユリアが彼を想うような事はあっても、アデル様が想う事なんてなかったよ?)
だから交友関係を気にするのは、雇い主としての反応ではないのかと思う。
普通、こういう所での使用人の恋愛ごとは禁止されている事が多いと聞くし、
もしそれがバレたならば、解雇される可能性だってあるのだと。
そう、解雇とか……かい……こ?
(解雇……そんなっ!?)
もしや、さっきのあれは……主人として使用人の素行を聞いた意味なのだろうか?
(ここを追い出されたりしたら、私には行く当てなんて無いよ。
もしかして、ふざけて言っていたらここを追い出されていたのかも……)
「「ユリア?」」
「……どうしよう」
ショックで固まる私をローディナ達は見て、
主として慕っていた人に思いを寄せられて困惑していると、
別の意味に取られていた二人の判断によって、私は強制的に寝かしつけられた。
恋愛とは大変なものなのですね。私にとっては生活に関わってきますもの。
それだけは身にしみて分かった私でした。