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17・~最後の蒼黒龍アデルバード~

 


 ――いつかは決着をつける気でいた。



 ――それなのに……俺は手も足も出せなかった……。




 人の生活に紛れ生きるようになって、人の暦で5年が経っている。

戦士としても獣としても、俺は日々の鍛錬を怠った事は無い。

人としての戦いの知識も身に付けた。思考回路、戦略に戦闘形式、武術、護身術、

強くなれるのならば、利用出来る物は全て吸収するつもりで励んできたつもりだ。



『家族や同胞の仇を取りたいのなら、私も協力しよう』



 そう言って、俺の個人的な復讐にも協力すると約束してくれたこの国の王子。

ライオルディの言葉に耳を傾けたのは、変わりたいと思っていたからだ。


 あの頃よりも強くなった筈だ。あの頃、両親や仲間に庇われていた俺じゃない。

魔物はあの頃よりも巨大になっていた。忘れもしないあの禍々しさ。

誰よりも早く気配に気付き、まさかと思った。



「まだ、まだ足りないというのか。力が……っ!」



 あの魔物は人間が作り、俺達に差し向けたもの、

人の悪意と能力を飲み込んで巨大化する。それだけに通常の攻撃はほぼ通用しない。

そして、この世の全ての生き物があの魔物のえさになった。


(あの頃とは、変わったと思っていたのにな……)



※  ※  ※  ※



 思い出すのは、全てを奪われた忌まわしき5年前の出来事。


 あれはより強大な力を求めたのか、俺達の住んでいた住処は奴に狙われた。

おごりもあったと思う。誰もがあの程度の魔物と思って、

直ぐに逃げようとはしなかった。事態を悟った頃には既に手遅れになるとは知らずに。


 家族や同胞と共に戦った俺達は、あっという間に動けなくなった。

龍の中でも、最強である蒼黒龍と言われていた俺達がだ。


 これまで感じた事も無い瘴気しょうき。魔物の周辺はよどんだ空気へと変化する。


 俺達龍は、この世界の全ての元素の加護を経て生まれている。

つまり……世界そのものと同胞でもあった。


 だが、空間全てを瘴気しょうきへと変えられたら、勝ち目は無かった。

禍々(まがまが)しい瘴気しょうきを浄化するには、自然の力による長い年月を要するか、

特定の浄化の力が無いと無理である。俺達にはその力は備わっていなかったのだ。



『体が……動かない!?』



 体の中の属性全てが魔物によって封じられ、

身の内から強い力で地面に縫い付けられた。


 動けなかった。抗う事も咆哮ほうこう蹴散けちらす事もできなかった。


(ああ、これが人の犯した欲望の果てか)


 俺は悟った。人間とは、なんて醜く愚かな生き物だろうと。


 魔物からは無数の人間の顔が見え隠れする。

欲望を生み、吐き出して尚も強大化しようとうごめいている。


 俺達の住処は人が立ち入らない所に里を作って、同胞達と静かに暮らしていた。

人間とは相容れぬ事で、平穏な日々を守ってきたんだ。


 それでも、これまで何度も冒険者が龍の貴重な材料を求めてやってきた。

材料とは、すなわち……俺達を狩るという事だ。


(人間達にとって、俺達は物でしかない)


 大概の者は俺達の力に返り討ちにあった。

俺達は後追いはせず、逃げる者はそのままにし、命を奪う事はしなかった。


 特に俺の友である同胞のリオが、人間に興味を持ち好意的でもあったせいだ。

報復で狩ろうとすれば、親友のリオが怒るから。


『いつか、話の分かる人間が現れるかもしれないだろう?

 同じ世界に生まれた者同士、共存できたらいいよね』


 けれど、人をかばっていたその親友でさえも、

こうして魔物の餌食えじきっていた。


『うわああああ――っ!?』


『リオ!?』



 ……人間が作り出した悪意から生まれた魔物に親友は喰われた。


 その中には、リオが逃がした者もいるのかもしれない。



『こんな、こんな奴に……俺が、俺達が……っ!!』



 最後の一匹になろうとも、俺は最後まで戦おうとした。

龍としての誇りを持って、愚かな人間に決して屈しないと決めて。


(リオ、リオ、お前が好きな人間がこんなものを作った)


 いつか裏切られると知っていたのに、信じていた結果がこれだ。



『だから言ったじゃないか、奴らは俺達を利用する事しか考えてないっ!!』



 関わらなければ、あの時に狩ってさえいれば、

この里の場所も見つからなかったのではないか?


 父も母も兄弟も、仲間や家族、故郷を守る為に必死に戦った。

だが、次々に全て魔物に飲み込まれて養分へと変えられていく。



『あ……あああ』



 あの時の絶望を俺は今でも覚えている。傍に居たのに救えなかった自分の無力さを。

大切なもの全てを壊され、奪われていく様を。



『貴様あああああっ!!』



 持てる力の全てを振り絞って放った衝撃も簡単に弾き返され、

俺は母親に庇われる形で、遥か彼方まで弾き飛ばされた。


『――……う』


 全身を打ちつけた事で意識を失い、俺が目が覚めた頃には全てが終わっていた。

里には誰も居なくなっていた。俺だけを残して……。


『皆は……皆は何処だ……?』


 争っていた所まで痛む体を引きずって歩く、誰も、誰も呼び掛けに応える者はいなく、

また、仲間の匂いも息遣いも、何も感じられなかった。

台地がえぐれ、木々がなぎ倒されていた現場には砕けた紫の宝石が落ちていた。


龍精石りゅうせいせきが……』


 拾い上げると、それが母の体にあった龍精石りゅうせいせきの欠片だと気づく。

龍が生まれたときに、その身に宿して生まれてくる龍の宝石。

俺達にとっては、第二の心臓も同然に大切なもの。


 母が俺をかばい、傷つけられた時に欠けたのだろう……。


 傍には同じように親友リオの折れた角が、深々と地面に突き刺さっている。



『ああ……もう、俺だけなのか』


――何もできなかった。俺だけが。


 そうして俺の故郷は無くなり、俺は……最後の蒼黒龍となってしまった――……。


 思い出すだけで押し留めてきた人間への激しい怒りが燃え上がる。

あれから俺は人間への憎しみに囚われたせいか、殆どの属性を失い、

治癒の力も使えなくなった。能力も体力も格段に落ちた気がする。


 憎しみの印が頬に痣となって現れるようになったのも、それからだった。



『もう……どうでもいい……どうでも……』



 泣き叫ぶのにはもう疲れた。もう分かち合う友も家族もいない。


 行く当てもなく方々をさまよい、自暴自棄にもなっていた。

生きる意味を、自分だけ生き残ってしまった罪を考える事すら億劫だった。


 弱っていたこの俺を見つけたのは、ローザンレイツの王子ライオルディ。

里に居られなくなった為に、新たな住処を求めて辺りをさ迷っている時だった。

あの男は俺を友として手を差し伸べ、迎え入れてくれた。



『前に君の仲間と友達になったんだ。君とも仲良くなれたら嬉しい』



 最初は何度も拒み、追い払った。

よりによって俺の全てを奪った人間の一人、それも人間の長の息子と友になるかと。

怒りに任せて、もう二度と来たくないと思わせる程に恐ろしい目にも遭わせた。


 殺してやりたい所だが、心のどこかでそれが出来ない自分がもどかしい。

リオの最後の言葉が脳裏をちらついて、殺す事がためらわれた。

この男は、リオの言う共存を望む者だったから。


 そんな俺の気も知らず、人間の王子は何度も俺を訪ねてやって来た。


 傷ついた俺を理解しようとまるで旧知の友のように、手土産と共に、

俺ににこやかに日々知った話を一方的にして、それが済めば手を振って帰っていく。

その繰り返しをしてくるだけだった。



(俺は……何をしている? 復讐する相手が目の前に居ると言うのに……)



 やがて、仲間を殺した人間の手を取る事を悩む自分がいた。

鬱陶うっとうしい、この男を消してしまえば簡単だろうに。

だがライオルディを初めて見た時、俺は目を疑った。


 その姿が人型を取った俺の友、リオの姿にそっくりだったから。


 だから……もしかしてリオが、この男と引き合わせてくれたのかもしれないと。

この男が話す言葉は、まるでリオの言葉そのものだったから。

人間との共存、それを親友は望んでいた。


『リオ……俺はお前の意思を継げばいいのか?』


 それはまるで、亡き友が俺を導いてくれているように思えた。


(人間の世界で、見定めよう……お前の果たせなかった願いの代わりに)


 人間とは、生かしておくに価値のあるものなのかどうか。


 共存を望んでいたリオの願いをこの俺が、

守れなかった分、せめて叶えられなかったリオの代わりに叶えてやりたい。

俺は苦渋の決断で友の目指した道を選ぶ事にした。



 ※  ※  ※  ※



「あれから5年……忘れた事は無かった」


 自分とは違い、王都には早々に保護され共存の道を選んでいた紅炎こうえんの龍が居た。

最初は人間側に寝返った龍の一族を、侮蔑の目で見ていた事も事実だ。

だが、傍から見れば今の俺も、その一員になったと思われるだろう。


 慣れない生活を続けながらも、何時か仲間と家族の仇を討とうと思っていた。

あの時とは違う、そう思っていたのに何も変わらなかった。



「なぜだ……あれには魔力を感じなかった。

 なのに、俺は何の攻撃も出来なかった。あの頃と同じだ。

 圧倒的な力に打ちのめされ、身動きすらできなかった。

 意識はあるのに動かない。迫る脅威に声すら出せなくなった」



 あの時、ローディナという娘を庇おうとしたユリアが何をしたかは分からない。

本人でさえも分からないと言って、思い出した恐怖に泣いていた位だ。


(何かが幸いして俺達の身を守ったのだろう。ユリアは天を味方に付けたようだ)


 人間であっても、万物の加護を受けられる者がまれに居ると聞く。



「もしかしたら、ユリアもそうなのかもしれないな……。

 あのリファでさえも直ぐ懐いた位だ」



 俺には時折精霊がユリアの傍を取り巻いて、笑っているのを見た位だが、

他にも見えざる何かが、ユリアを助けてくれたのかもしれない。


「その力を手に入れる方法は何だろうか……? 俺にはそれが分からない」


 それを知る事が出来れば、もしかしたらあの魔物を倒せるのではないか。

人々との共存よりもまず、俺にはあの魔物と決着を付ける方が先だった。

これまで、方々を探して奴の行方を捜した事もあるが、会えたのはローディナの事件だけ。


 手がかりは今でも少ない。



「いっそこれまでの俺の立場を捨て、奴の後を追うか?

 だが……今、奴を見つけられたとしても倒せる保証がない」



 騎士団長と言う地位など惜しくなど無い。財産とてそうだ。

その時が来たら、全てを捨てて真っ先に俺は奴と対峙しようと思っていた。


 だが、簡単に切り捨てられると思ってきたものは、徐々に俺の中を支配する。

俺が居なくなったら屋敷の者達は……ユリアはどうなるだろうか? と……。


(あの者達は俺にとても尽くしてくれている……人ではない俺の為に)


 この姿を持ってしても、体の内にある力を感じ取って怯える者も多かった。


 だからこそ、怖がらずに接してくれる者達が傍に居てくれた事に感謝している。


「ライオルディに頼んで、別の職場を紹介して貰えればいいが」


 他の者達はともかくユリアは記憶が無い。後見人となった俺が居なくなっては、

あの娘には身元を保証する者もおらず、誰も頼る者が居なくなってしまうし、

住む所も失ってしまう。そうなると最悪な状況になるだろう。

そう思うと、いっそ一緒に連れて行こうかと考えた。


 後見人になって面倒を見ると約束したのだ。龍の約束は絶対である。

自分がどう変わろうとも約束は変わらない。



(いや、駄目だ……ユリアは俺が龍人である事をまだ知らずにいる。

 知ったらきっと、他の娘のように俺に怯えて逃げ出すだろう。

 それに連れて行っても、守ってやれないかもしれない。

 ユリアを危険に巻き込む事はできない……か)



 過去を捨てる事は出来ない、だが、だからと言ってあの娘を放り出す事も出来ない。


 ユリアは既に所有の印を宿した娘だ。

下手をすれば、龍の印をその身に宿していると知られ、

龍同然に、薬やアイテムの材料として捕らえられて利用されるかもしれない。


「傍に居れば守ってやれるが、その時にもし俺が死んでいたなら……。

 ユリアには身を守る術が無い。リファも決して無敵と言うわけじゃないからな……」



 焦燥、痛み、込み上げて来る憎しみの感情。

長く人と関わり過ぎた影響が出てきているようだ。

既に情が生まれている為に簡単に捨てきれないとは。


――何を迷う必要があるのだろう、相手は人間の娘だ。


(憎んでいたはずの人間を見捨てられずにいるのか、俺は)


 人と関わりを持たなかったあの頃なら、悩む事の無かった感情だろう。

せめてユリアを家族の元に……それからでも遅くはないと思ったが、

事態は悪化していくように見えた。



「あの魔物は、人間を獲物の標的に変えたようだ。

 食べる事で相手の魔力を取り込んで強大になっていく……厄介だな」



 まだあの魔物に関する有力な情報はない。

俺はこれから起こりうる脅威をまざまざと感じ取っていた。


 この件は既にライオルディには報告済みだ。


 行方不明者事件の裏に、強大な魔物が絡んでいた事を調べて貰うように頼んでおいた。

俺は知識と経験を元にしか動けないが、人間は無から有を作り出せるものだ。

龍が気付かぬものを何か探りだせるかもしれない。


 ライオルディは、直ぐにこの件の対策チームを作った。

蒼黒龍そうこくりゅうの俺でさえも打ちのめされ、

手も足も出なかった脅威を感じ取ったのだろう。



「……君の言う言葉が本当ならば、もし王都を狙って来たら私達では手も足も出ないな。

 早急に専門家に集まって貰って、その魔物を調べて貰おう」


「ああ、頼んだぞライオルディ」



 問題は山積みだが仕方が無い……。

いっその事、魔物の元凶である人間達を根絶やしに出来ればと思ったが、

そうする事はもう出来ないと知っていた。守るものが今はあるからだ。


(人間を滅ぼすなら、俺はユリアにも手を掛けなくてはいけなくなる……)



 それを行えば、ユリアはもう二度と自分に笑いかけてくれる事は無いだろう。

どんなに時間が過ぎようとも、今は怯えていないあの笑顔を奪うのは嫌だった。

そして、自分を慕って付いて来てくれる少ない使用人と部下達も……。

切り捨てるには、俺は多くのものを抱えすぎていた。


(まさか、この俺が人間に情が沸く日が来るとはな……)



 それでもまだ、人間を憎む気持ちは残っているのに。

その気持ちと両挟みになって苦しむのは、どうしてだろう?


「俺は……今後どうすればいいのだろうな……リオ」


 色々な感情が込み上げると、人の姿の維持が出来なくなってきた。

龍気が乱れてしまい、鏡を見れば、自分の瞳の色が変わっている事に気づく。

一瞬だが獰猛どうもうな赤い獣の瞳になっているのを見て、慌てて屋敷へ戻る。


(まずい……痛みが出てきた)


 

 部屋に閉じこもり、ただ時が過ぎるのを待った。

苦しい、痛い、そんなこともう忘れた筈だったのに、

あの魔物を再び間近で感じ取り、再び死の恐怖を味わった。


 龍としての本能が、最後の力で命を掛けて戦えと訴えてくる。


 何もかもを破壊しようとする魔の衝動、それをあえて抱え込んで消そうとする。

こうなってしまうのは、あの魔物の放った悪意にさらされたからだろう。


 ……あの魔物は、傍に居る生き物を同じ魔物に引きずり込む特性もあるようだ。


「耐えろ、ここで自我を失う訳にはいかない、屋敷の者を傷つける訳には……っ!」


 脳裏に浮かんだのは、はちみつ色の髪をしたユリアの姿。

ああ、だめだ。あの娘は、あの娘だけは……っ。


 ぐっと自室で衝動と痛みに堪えていた時、突然部屋のドアがノックされた。

俺はハッと顔を上げる。まずい……っ、部屋に鍵を掛けるのを忘れていた。



「アデル様……?」



 振り返ると、ユリアがドアを開けて部屋の入り口に立っている。

視線が俺と重なった。



(ユリア……)



 ――ああ……ついに娘にこの正体を知られてしまった……。


「……っ」



 息をのむ気配、静まり返る静寂の時。


――来るな。


 俺はにらみを利かせて追い払おうとした。

後で捕まえて、彼女の記憶を消さなくてはいけないだろう。

きっとユリアも俺を恐れて逃げていく筈だ。「化け物」と、そう叫んで。


(出て行くのならば出て行けばいい。ただ、君はもう俺の獲物だ)


 どんなに遠くへ逃げても、俺には君を地の果てまで追いかけられるし、

俺は君を傍に置く権利がある。その為の所有の印なのだから。



(後で連れ戻して、部屋にでも閉じ込めて記憶を奪ってしまえば……)



 半場、自暴自棄だ。もう知られてしまった以上、隠しようが無い。


 ユリアが泣いて怯える顔が今は堪えるとは思うが、これは自分が招いた事だ。

所詮、俺は人とは相容れない存在で排除されるべき存在なのだろう。


(さあ出て行くといい、今だけは自由に逃がしてやろう)


 そんな事を俺は考えて、追い払おうとしたのだが……。


 ユリアは逃げるどころか、一歩ずつ俺に近づいてくるではないか。

恐れるどころか、なぜか瞳がきらきらと輝いているのは気のせいか?

ああ、龍を見るのが珍しいのか? 


(そういえばユリアは、世間一般の人間の知識がなかったな)


 もしや……龍が人間にとって危険な生き物だという事も分からないのではないか?


(無防備すぎる。警戒ぐらいしたらどうなんだ。

 こんな素振りで、ユリアはこの世界で生きていけるだろうか)


……とも思ったが、珍しいだけでこんなに輝くだろうか?

まるで犬猫を見かけたような反応のような気がする。

リファ、早くユリアを、この部屋から連れ出せと動揺しながら目配せをした。

相手が俺だからまだいいものの、他の龍なら本能的に噛まれる可能性もあるんだぞ?



「クウン?」


「大丈夫、大丈夫ですから」



 ――…………。


  一体何が大丈夫なのか……。

まるで俺は犬を手懐ける事のようにユリアに体を撫でられていた。


  どうどうと言いながら頭まで撫でられて、なぜかとてもいたたまれない。



「アデル様、何処か苦しいですか? 辛いですか?」


「……」


「大丈夫です。私、怖くないですよ。だから心配しないで下さい」



 やはり正体はユリアにはバレていた。流石にここでごまかすのは無理か。


 それ所か、俺が龍だとなぜか知っていたかのような口ぶりだ。

怖くないのか? この俺が? 俺はそう思いながらじっとユリアを見つめる。

すると彼女は俺の周りをじろじろと見て、怪我が無いか探しているようだった。


 そして、突然ラミルスを連れて来ると言い出した。


(いや、判断は的確だとは思うが、あいつに弱みは見せたくない!!)


 俺は拒否をする為に、尾でユリアの進行を塞いだ。


 別に逃げるのを止めたという訳じゃない。

ただ、ユリアをあいつの元に行かせるのは嫌だった。それだけだ。

彼女が俺以外の雄に頼るのは嫌だ。そう思っていた。


 なぜ俺が「そう思った」のか、この時の俺はその意味に気づく事が出来なかった。


「どうしよう……私、何も出来ません……。

 アデル様が苦しんでいるのに、何も出来ないの?」



 ついにユリアは泣いてしまった。俺もリファもそろって動揺する。


「ウオオン!」


「グルル……」


(俺か? 俺のせいなのか!? さっきまで泣いていなかったのに、

 進行を止めただけで泣かれるとは思わなかった。そんなに怖がらせたのか?)


 リファはどうにかしろと、先程からずっとおろおろと動き回っている。

怯えて泣かれる事は覚悟していたが、まさか俺を心配して泣くとは思わなかった。


「どうしよう、どうしたら……」



 大きな俺の体に抱きついたまま、パニックになって泣きじゃくるユリアの姿。


 いたたまれなくなったと同時に、ふと気付いた事がある。


(苦しくない?)


 先程まで、あんなに感じていた痛みもいつの間にか消えている。


 ユリアの触れている所から、徐々に痛みも消えていく気がした。

治癒の魔法などこの娘は使えないはず。

ユリアには魔力の元素となる属性すらないのだから。



 ――この娘は……一体何者だ……?



(……っ、そうか、痛み自体を”無”に変えているのか)


 思い返せばユリアは無属性だった。無垢なる白を纏う娘。

もしかすると、負の影響も無へと変える事ができるのかもしれないと。


 この時ほど、ユリアを不思議な娘だと感じた事はないだろう。


(ああ……体が楽になっていく……)


 魔力すら持たぬ弱い人間だと思っていたが、何か理由があるのだろうか?

触れた所から、あの時見た白い光が帯び始めている事に気が付いた。


 しばらくして……ユリアが泣き疲れてそのままの状態で眠る頃、

俺は気づけば人型の姿に戻っていた。


 一体何が、何が起きたというのだろうか?



「ユリア……?」



 傍らを見れば、床に崩れ落ちて眠るユリアの姿。

その彼女を、リファは床に着く寸前で受け止めて包み込んでいる。

俺はユリアを抱き上げると、自分のベッドへ運んで共に横たわった。

反対側から、リファもユリアを挟む形で横たわる。


(俺が龍だと知っていても、その手を差し伸べるのかこの娘は……)


 本当に不思議な娘だ。



「もしも……俺が旅立つ時には、付いて来てくれるか?」


 手を伸ばし、眠っている娘の頬を指先で触れてみる。


(そういえば……俺が触れたいと、初めて思った娘だ)


 ふと、この胸に生まれた感情は、人の言葉では何と呼ぶのだろうか?



「ユリア……」



 娘が何者であろうと、俺もまたユリアの手を離す事は無いだろう。

これまで俺を真っ直ぐな目で見た娘は、ユリアが初めてだったのだから。


 腕に囲むと、とても心地良い感触だった。


(温かい、柔らかいなとても)


 ああ、こうして誰かを懐へ招いたのも彼女が初めてだったな。

だが悪くない……とても落ち着くと思えた。



(――この娘は、俺の寝首をく様な者ではない……)



 もうユリアに警戒を解いて、心を開いているのはリファだけじゃない。


 それは……同族を失ってから、初めて俺が本当の意味で得られた安息であった……。





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