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13・遭遇ご主人様



「――ユリア……俺は屋敷で待っているようにと言ったはずだ。

 その君が、なぜこんな所にいるんだ?」


「……ええと、そ、それは……」


「そしてなぜ、屋敷で君の護衛を任せていたはずのリファが、

 こんな所で盗賊共を一網打尽にする事態になっている!?」


「ウオオオン!」


 目の前には土煙と強風が吹きすさぶ中、威圧する大きな白き獣の姿。

尚もリファは巨体のまま、盗賊達に雄たけびを上げています。

足元に紫色の妖艶な炎を身にまといながら、ふわふわと宙に浮いたままで。


 いえね? これでも何度かは止めたんです。止めたんですよ!?

そ、そんなにらまないで下さい。私も色々と必死だったし、

リファはとっても良い子なのです。今は悪い子になっているかもしれないけれど、

……いえ、完全に悪い子ですね。


 でもこれは、カクカク、シカジカで、

私を必死に守ってくれようとした結果なんです。


 荒れ果てた大地、荒野となりつつこの山を作ったのは、私が弱いからです。

ついでに言えば、私が不幸体質だったせいだと思います。

そうですよね。異世界に放置プレイされた時なんて、既に大怪我でしたもの。

やはりこちらに来る前に、私の幸運は全て使いきった影響かと思われます。



「リファを、リファを怒らないでやって下さい。

 この子は私が強引に連れてきて、巻き込んでしまったんです」


 ……と、私は必死で説明しました。

ええ、演技の涙なのかマジ泣きの涙なのかも分からず、ボロボロ泣きましたとも。

アデル様は怒ると怖いのは体験済みです。マジギレされる前に素直に謝ります。



「……事情は分かったが、問題はリファだな」


 さやから抜いた剣を右手に握ったまま、アデル様はリファを見上げました。

これ程にこの子が怒った所を見るのは初めてです。



「子供を奪われそうになったと思い、暴走したか……」


「え?」


「君の事だ。どうやらリファは君を自分の子供だと錯覚している。

 なぜ人間の君をそう思っているのかは分からないが……」



 その後、次々とアデル様の同僚の方が駆けつけてくれましたが、

それは異様な光景でしょうね。逃げ惑う盗賊団の皆さんと、

暴れるリファ、そして泣いてアデル様に懇願こんがんしている私。

それぞれ囲むように剣を抜いたものの、一体どうしたらいいかと悩んでいるようです。



「あれ、アデルバード様の使い魔のリファだよな?」


「なんでこんな所で暴れて……というか、ユリアちゃんまで居るし」


「どちらが悪いんだ? この場合」


 この場合、どちらを助けるべきか悩みますよね。そうですよね。



 「リファは、必死に盗賊団から私を守ってくれた良い子なんです」


 ……と、私は必死に説明しました。


 え? 説得力ありませんか? そうですか……がっくり。



「とりあえず話は後だ。リファを落ち着かせなくては」


「あの、あまり乱暴な事は……」


「……それが出来ればな」


「そんな……っ!?」



 リファのご主人様でさえも、この子の暴走を止められないなんて……っ!

このままではリファが退治されてしまう。私の為に戦ってくれたリファが。

私のせい、私のせいでリファが――。


「リファ……」



 私の中でリファの死がよぎった時、ぷつんと何かが切れた気がした。



「……っ!」


 私はアデル様から離れて、急いでリファの元に駆け寄る。

この子を無理に連れてきてしまったのは、私の我がままのせいだ。

それにリファが、渋々応えて付いて来てくれた。

リファは悪くない、悪いのは責められるべきは私なんだから。


 だからここで責任を取るのは私のはず!! おっかさん待っていて!



「だめだっ!! 止めろユリア!!」


「リファ――ッ!」



 無我夢中とはこの事でした。でも私はリファが傷つけられるのは嫌だった。


 私は助走を付けて、リファの体に思いっきり飛びつく。

木登りなんてした事もありませんでしたが、何度かずり落ちそうになるのにも耐えて、

必死になって、リファの毛にしがみ付き上へ上へと登っていく。

不思議とリファは私を振り落すことなく、じっとしてくれていた。



「リファ、くっ……」



 そして私の声が届くようにリファの首元まで上がると、

ぎゅっと落ち着かせるように抱きついた。

リファの傍に居る事で、アデル様達は簡単に攻撃できないはずだ。

だから少しだけ猶予ゆうよがあった。そのチャンスを活かさなくては!!


(やっぱりリファは、暴走していても私だと分かっているみたいだ)


「リファ……」


 あれ程に盗賊達を攻撃しても、私には手も足も出してこないのだから。

むしろ盗賊達が近づいてくると助けてくれた。


 つまり……私にだけは、リファは乱暴な事をして来ないという確信がある。


 この子がこんなになったのは私のせいだ。だから私が助けなきゃっ!

戻せなきゃリファがここで倒されてしまう。頑張らないと!!


 宙に浮いているリファから落ちないように腕に力を入れたまま、

リファの耳に届くように私は必死に話しかける。


「リファ、リファ! もういい、もういいんだよ!?

 アデル様も来てくれた。皆が助けに来てくれたの!

 リファが頑張らなくてもいいんだよ! 守ってくれてありがとうね!」


「グルルル……」



 私にちらっと視線を送るリファの目と合い、私はうなづいて見せる。

リファの金色だった綺麗な瞳は赤い瞳へと変わっていた。

全身を覆う紫の炎と思われていたものは、何かの幻影なのでしょうか……?

私が触れても、ちっとも熱いとは思いませんでした。


「リファ……大丈夫、もう本当に大丈夫だから……ね?

 私、傍に居るよ? 分かる? 連れて行かれていないよ」



 リファを何時ものように頬ずりをして話しかける。私にはそれしか出来ないから。


 白銀色に輝く柔らかなリファの毛並みを優しくなでる。なだめるようにゆっくりと。

 

 出会ったばかりの頃、リファをとても怖いと思って怯えていた私だけれど、

リファの優しさを知って、私はリファの事が大好きになった。

だから、もうリファに怯える事は無いと思う。


 今のリファが、どんなに私の知るリファでなくなっていたとしても……。


 リファは今も尚、私を守る事しか考えていないのだから。



「もう怖くないよ……ありがとう、私大丈夫だよ。リファのお陰だよ?

 だからね、もうリファだけで頑張らなくていいんだよ?」


「…………」


「大丈夫、もう大丈夫だから……ね?」


 揺れる瞳としばらくの静寂。

その後、スッとリファの赤い瞳の色が金色へと戻っていく。

ああ……きっと私の声が届いたんだね? 本当に良かった。



「リファ、私の事分かる? お願い元に戻って? 

 何時も私の傍に居てくれた姿に……」


「……クウン……」



 私の声に応えるように頭を下げると、まばたきをして小さく鳴いて、

リファの体はみるみるうちに小さくなっていきました。

そして私が良く知るリファの大きさになった時、私は満面の笑顔に。


「……良かった。おかえり、リファ」



 リファ、こんなに必死になって私を守ろうとしてくれたんだね。ありがとう。

良かった……本当に良かったよ。


 頭をなでなでした後、リファの首元にまたぎゅ~っと抱きつくと。



「――さて……それでは説明して貰おうか。

 俺はまだ、君がここへ来た理由までは聞いていないからな」


 ――私達の背後から、静寂をぶち破る低いアデル様の声がしました。


「あ……あの、その」



 声がした方へ恐る恐る視線を向けると、怖いお顔をした大魔神、アデル様の姿が……。


 周りの騎士団の人達は何だか怯えているし、空気が張り詰めてるじゃないか。


 怒ってる! 怒ってるから!!

怖いよ怖いよ、ヒーローが怒ると尚更怖い!!



「あ……あうう……リファ……」


「クウン……」



 リファがさっと視線をそらした……そんな!? さっきの勇姿は何処へ!?


「ユリア?」


「う、うう……」



 私はその後、アデル様の腕の中に閉じ込められ、

逃げ場もないままにこっぴどく怒られ、またも泣かされる事になる。


 でも文句は言いません。リファが居なかったら危なかったのは事実だし、

アデル様達が駆け付けてくれなかったらと思うと……。

だから今回は運が良かったんでしょうね。


 最後にはぎゅっと抱きしめてくれたアデル様にしがみ付き、

私は無事でいられたことに安堵しました。



(こんな危険な思いを、普段ローディナは経験しているんでしょうか……?)



 そう思うと、彼女の安否がとても気になる。



(ローディナ……)


 水と食料が尽きて、人が生き延びられる時間はとても短いというし。

ローディナは万一の時に備えて、余分に持って行っているとは思いますが、

出来ればそれが尽きる前に、あの子を見つけてあげなければ。

だから帰れない、帰りたくない。私はまだやるべき事があるのだから。


「危険だって、無謀だって事は十分承知の上で来ました。

 でも何より、ローディナが好んで身に付けていた物も、旅立つ前の服装も、

 私はよく覚えています。だから見つけるのを手伝えるかもしれないから」


「どうしても……付いてくると言うのか?」


「はい、駄目ならまたリファと勝手に行きます」


「…………」


「アデル様、ローディナは私の初めて出来た友達です。

 記憶の無い、得体の知れない私を彼女は心配して、優しく接してくれました。

 今回彼女が遭難したのも、私の為に身を守る素材を集めようとしたからで、

 だから、私だけ安全な場所で帰りを待ってるだけなんて出来ません」


「リファが居るとはいえ、ここからユリア達だけを街に帰すのも危ないか。

 仕方ない……もしも戦闘になったら俺が守ってやるから、だからもう泣くな。

 君に泣かれると、どうしていいか分からなくなる」


「アデル様……」



 私はアデル様に引き寄せられて、頭をそっとなでられた。



「君が無事で良かった」


「……っ」



 ここまで来るのは本当は凄く怖かった。リファも傍に居てくれたけれど、

自分が知らない場所に行くのは、この世界で放置された最初の頃を思い出す。

行く当てもなく、彷徨っていた頃のあの頃の自分を。


(そんな不安な気持ちを、ローディナも今、何処かで感じているかもしれない)


 そう思うと、私はまたも涙があふれていた。

頼れる人が居ない時の絶望感は、私が身を持って知っている。

だから早くローディナの元へ駆けつけて安心させてあげたかった。

そう、私がリファに助けてもらったあの時のように……。



「大丈夫だユリア、君の友人は俺が必ず見つけてやる。だからもう泣くな……」


「アデル様……」


 アデル様は普段無口な事が多い人だけど、情の分かる方です。

私のことを必死で慰めてくれようと、言葉を探してくれているのが分かりました。



「おいおいおい……」


「団長が女の子を抱きしめて慰めてるぜ」


「アデルバード様もやっぱ男なんだな~」



 傍で成り行きを見守っていた同僚の皆さんの動揺ぶり……。

いつも思うんですが、アデル様は周りに誤解させたままで良いのでしょうか?

これは使用人の女の子でも優しく気遣ってくれる、優しいご主人様の姿なのに。


 まるで「見てはいけないものを見た」と、そう言わんばかりの周りの反応ですよ?


(アデル様だって優しい所があるんですよ。人間の私を保護して下さいましたし。

 決して冷たい方ではないと思います。熱血でも無いですが)


 一度、「ありがとうございますアデル様!」と、ぎゅっと彼に抱きついた私は、

こうしてはいられないと、リファに再び案内を頼む事にしました。

そうだ泣いている場合じゃない。急がないと。



(もう直ぐ日が暮れる。それまでに少しでも距離を縮めないとね)



 リファの元に駆け寄ろうとしたら、ふいに私の右手をつかむ感触がして……。


「え?」


「……」


 振り返ると、アデル様が私と手をつないでいる事に気が付きました。



「だっ、団長が女の子と手をつないでいるぞーっ!!」


「天変地異の前触れか?」


「いやいや、アデルバード様にだって恋の花咲く時もある!」


「って事は、あの子はアデルバード様の恋人なのか?!

 アデルバード様を追っかけて来たって事か? 

 そう言えば、さっき寄宿舎であの子を見た気が……」


「団長、何時の間に……うらやましい」


 えーと……皆さんの言葉を要約するに、アデル様は女の子と手をつないだ事が無い。

だからか、私で予行練習をしてみたいと……そういう事でしょうか?


 アデル様も将来お嫁さんを欲しいと思っているのかな。

……って、違う? あ、そうだもしかすると人間嫌いを治すリハビリなのかも。


 首をかしげている私に、彼はぼそっとつぶやきました。



「……君は俺が目を離した隙に、何処かへ行ってしまいそうだからな。

 戦闘の時以外は、俺と並んで歩いていた方がいい」



 だから、こうして私と手をつないでいると……要するに迷子防止と言うことですね?

リファが何時も「つかんでなさい」と、尻尾を差し出してくるのと同じだと。


(そうですか~それならば、安心させてあげないと駄目ですよね)


 同行させてくれるのを許可してくれたのだから、文句は言いません。

こうして異性の方と手をつなぐのは、小さい頃にお兄ちゃんとした以来でしょうか。

……お兄ちゃん元気かな。こんな事していると思い出してしまうよ。

小さい頃こうしてよく手をつないでもらっていたから。



「はい、分かりましたアデル様」


「ん」


 ちょっとアデル様を意識してしまいそうで恥ずかしいですが、

許可してもらえたんですもの、良い子にアデル様と手をつないで歩きますね。

リファに声を掛けて先陣を切り、他の騎士団の方もぞろぞろと後に続きました。


「しかし、まさか捜索に来て盗賊団の一味を捕らえる事が出来るとは」


 アデル様の友人であるラミスさんが呟くと、周りに居た同僚の方もうんうんと頷いて、

思わぬ問題の解決に驚いていました。


「あいつら、いつもアジトを転々とするから、居場所を特定するのが難しかったんですよね」


「ああ、お陰で一つ問題が解決したな」


 先ほど、大怪獣リファを倒そうとした盗賊の皆さんですが、

騎士団特性の魔法具で拘束された後、魔物除けの魔法を掛けられて、

応援の騎士団を派遣して貰うべく、本部に連絡鳥を飛ばしていた。


 こちらも生きた動物ではなく、

【メサージスバード】という鳥の形をした。連絡用魔法具です。


 持ち主の声を記録し、相手に届けるという代物で、

色はピンクゴールドの綺麗な色合いをしている。

私から見たらブリキとかの玩具みたいに見えるんだけれど。


 翼の羽が一枚一枚細部に至るまで精巧に出来ており、

生きている鳥のように、ぱたぱた飛んだかと思えば、

来た道を引き返して飛んで行く姿を見送った。


(……わあ、本物みたいに飛んで行った)



 携帯と違ってリアルタイムで会話が出来ないのが難点ですが、

連絡を取るには、これが一番効率がいいそうです。


 ちなみに拘束具に使った魔法具は、騎士団の人しか外せません。


 だから盗賊のお仲間さんが彼らを見つけて、逃がそうとしても無駄だそうで、

気絶したのをいい事に、盗賊の皆さんは応援が見つけるまでその場に放置。

魔物避けの術を念入りに周りに施してあるので、後は後続隊に任せる事になりました。

彼らは国の法にのっとり、厳正に処罰を受ける事になるそうです。



 私達はその後も本来の目的の為にさくさくと先を急ぐ。

荒れた道はアデル様が剣で切り裂きながら、歩きやすいように道を作ってくれた。


「ユリア、ここら辺の道は足が取られやすい、気をつけて歩くといい」


「は、はい」


「おいで」


 

 手を引かれて、腰を支えられ、私は少し急な斜面もアデル様の誘導で何とか歩ける。

やっぱり手馴れているだけあって、行動に無駄がありませんね。

出来るだけ私が歩きやすい道のりを選んでくれて、私はそれに従う。


 そして、しばらく歩いて陽が傾き始めた頃、

アデル様が辺りを見回してこちらを振り返った。



「――……今日はここまでにした方がいいな、陽が沈みかけている。

 暗いと方向を見失う恐れがあるから、夜は無暗に出歩かない方がいい。

 各自周りに魔物除けの結界を張ってテントを張ろう、

 見張りと、寝床の準備、火を炊く役割を――……」



 今日の捜索は打ち切られ、てきぱきとアデル様の合図で野営の準備が始められる。

とても残念ですが、焦って二次遭難になっても仕方が無いので、私も渋々了承します。


「リファお疲れ様、ありがとうね?」


「クウン」


 リファが沢山頑張ってくれたので、とても疲れていると思いますし……。


 実を言うと私も慣れぬ旅でへろへろです。

普段、筋トレをしていたお陰で多少は何とかなっていますが、

流石にここまで道なき道を探しに行くのは、至難の業ですね。


 キャンプの経験は無いのですが、林間学校は経験済みだから、

私でも何か少しはお手伝いできる事があるかな、なんて思って振り返る。

テントは魔法具の箱から出していて仕掛けが分からないので、

私は腕まくりをし、火を起こすお手伝いをしようとしました。


(よし、ここはサポート役としての頑張り時ですよね)


「あの、私も――」


 すると突然、アデル様に背後から肩をつかまれた。



「待て……今、何をしようとした?」


「え? 私も皆さんと一緒に火を起こすのをお手伝いしようと……」


「火傷をしたら危ないだろう、君は駄目だ」


「え……? わっ!?」



 軽々とアデル様によって抱き上げられた私は、

そのまま出来たばかりのテントの中に放り込まれました。

中には既にリファがのんびりとくつろいでいて、その上に乗っかる形です。


 ふわふわの毛並みが、よろけた私を受け止めて包み込んでくれて、

クッションの上よりも温かく柔らかい感触がします。



「うぷっ!」



 でも顔から入ったから驚いた。リファが受け止めてくれたから痛くなかったけど。


「クウン?」


 そのままくるんとリファに包まれて、

私はふわふわ天国に浸りました。うはー天国!


(いや……幸せですけど、いいんでしょうか? 

 確かに此処は、温かくて過ごしやすいですけれど)


 風にも当たりませんし、見慣れない騎士団の皆さんに、

じろじろ見られなくていいですし、リファが警戒する事もありませんが。

流石に、無理を行って連れてきて貰っているので、せめて何か役立ちたい。


 顔を上げるとアデル様に、「其処で大人しくしていろ」と言われ、

彼が消えた直後、大きな火が起こされたのか温かい熱風がこちらにも来ました。

きっとアデル様が火を起こしたんでしょう。便利な道具でもあったのでしょうか?

あ、でもよく考えたら彼は龍でした。ドラゴンブレスで火を起こせますよね。


「……ちょっとだけ見たかったかも」


 そういえば、私はまだお屋敷でも火を使うのはだめだったんですよね。

私はリファの体をなでて、労をねぎらっているしかないのかな。



 でもしばらくして、今回の救助隊の皆様には、致命的な欠点がある事を知りました。


 そうみなさん、「誰も料理が出来ない」という恐ろしい状態だったのです。


 旅の醍醐味だいごみといえば食事。ええ、これはどんな状況でもあるべきですね。

辛いこの状況下の今こそ、栄養のある物を食べて元気をつける時なのですが。


(……それなのに、この事態は一体何事なのでしょう?)


 騎士団の精鋭隊の皆さんには、是非、料理の方の修業もするべきだと思いますよ。

皆さん、げっそりした顔で料理を作ろうとしていますので。


(ああっ!? 何だか皆さん目が死んでいます!! 白目むいてあさっての方向に)


 アデル様はというと、野菜をむきむきしながら途方にくれておりました。


 えーと……あの剣で野菜をむくのはどうかと思います。

と、言ってあげるべきでしょうか? とてもやりにくいと思うんですけど。


 彼は刃物で野菜をむくという知識しかないらしい。

まあ、龍だものね。しかも人間社会経験も数年ですものね。納得です。

でもいいのかな……そのままいくと食べる実が無くなるけど。



「参ったな……毎度の事だが、これだけ食材があるというのに、

 どうやって作ればいいのか検討も付かない」



 いえいえ、貴方様は龍だから素材丸かじりでもサマになると思います。

是非、ドラゴンフォームでお肉丸かじり……するとバッドエンドですかね?

彼がその気になれば、ここにいる私達って全員食料になりませんか?


……ひいいい! 却下! 今のは却下です!



「団長、大丈夫です。俺達も家事は苦手ですし。

 こういう、わびしい食事には慣れてますから!」


「そうです。腹さえ満たせればいい。上手い食事は街に帰ってから期待しましょう」


「ああ、そうだな……空腹をしのげればそれでいいな」


「え?」


 調理器具や調味料はあるのに、肉を焼いただけ、野菜を焼いただけという、

とても斬新かつシンプルすぎる料理。野性味あふれるとでも申しましょうか……?

素材のうまみを楽しむという目的なのだとしたら、

それは成功しているかもしれませんね。


 しまいには、刃物で野菜の皮をむくのが面倒だと言い出して、

野菜を皮が付いたまま、丸ごと火の中にくべようとした者まで現れる始末です。

ええ、それはまるで原始時代を髣髴ほうふつとさせる食べ方ではないでしょうか?

微笑ましいとか、OH、ワイルド~なんて思えませんでしたよ。


 お腹さえ膨れればいい。まさにそのままです。


(あ、あああ、あんなに大きかった野菜がっ!?)


 とにかく、そんな料理ばかりを作ろうとするのを、

テントの入り口から見ていた私は、折角の食材が火力を間違えて、

ちりちりの乾燥野菜になる事に驚いて、急きょ炊飯係りに立候補して、

皆様の輪に入る事を決意する。


(今、私が出ていかなければ、きっと大変な事になる気がする!

 野菜チップは美味しいですが、丸ごとは流石に私でも無理ですし)


 皆さんが良くても私は嫌だ! 頑張ったリファにもまともな物をを食べさせたい!

食材の無駄は駄目! 絶対です!


「クウン~」


 傍に居たリファが、あの一部始終を見て諦めきった顔をしているじゃないか。

しょぼんと元気が無くなっているので、私は必死にリファをなだめます。



「だっ、大丈夫だよ!? 私が何とかしますから!!」


(ここで止めないと、貴重な食材の殆どが黒こげになってしまう……っ!)


 今、落ち込んでいる気持ちを浮上させるには食べ物しかない。

それなのに、大事な食事で意欲を減退させるって、どんだけでしょう?

一応保存食を持ってきた私ですが、出来れば温かい食事がいいです。

そして出来れば……いいえ、美味しい料理が欲しいですよ。


 テントから飛び出して、私はハイハイと手を上げてアデル様に話しかける。


「アデル様、私、私にどうぞ作らせてみて下さい! きっとお役に立ってみせます!!」


「しかし……君も料理が出来ないだろう? それに万一怪我でもしたらどうするんだ。

 火も使うし火傷をするかもしれない。嫁入り前の娘に怪我をさせたりしたら」



 いや、出来ますから! 本当に出来ますから! 

どうして誰も信じてくれないのー?!


 アデル様は私に危険な刃物を持たせるのを渋りました。

……が、よく考えてみてください。この方、私に短剣を贈ってくれましたよね?


 だからそれを話し、そして調理経験がある事も告げてみます。


「あの、料理の経験はあると思うんです、何をすればいいのか分かりますので」


「その記憶があるという事か?」


「は、はい……」


 かなり心配されながらも、料理をさせてくれる事になりました。

ただし……私の両肩をがしりとつかまれて、余計な一言を頂きましたよ。


「え? あ、アデル様?」


 顔が近いんですが……ま、まさかキスとかされる?

なんて、そんな事を思ってしまうかのような至近距離ですよアデル様。

ちょっと自重しましょう。



「大丈夫だ……どんな物を作ろうとも、胃も俺達はきたえてある。

 多少の毒にも耐えられるように、日々訓練しているからな……安心してくれ」



 ――ちょ、失敬な!! まるで私の作るのが毒物だとでも言うんですか!



「酷いです! 私だって料理位出来ますから! 出来るんですからね?!」



 今に見ておれ! と私は闘志を燃やして、

リュックから取り出したのは異国の調味料。

おじ様経由でヤマト国から取り寄せてもらった。私のフェイバリットアイテムです。


 なんか名称は違いましたけれど、醤油や味噌らしきものとかも色々あったのですよ! 

特に醤油もどきは万能アイテムです。なのでそう呼ばせてもらおう。


「あとは騎士団の方が持ち込んだもので、料理に使えそうなものは……っと、

 ……うん、私の持って来た物と合わせれば、何とかなるかな?

 干し肉は日持ちするから、こちらは貴重なタンパク源として取っておいて……」


 街から持ってきたお肉は下味も付けないまま、

既に焼かれてしまった状態なので料理は限定されますが、

薄くスライスして、焼肉用のタレを手作りしました。

醤油しょうゆに刻んで潰したにんにく、お酒、

そしてリファ用に持って来たハチミツを少し混ぜて、軽く煮て完成。


 ねぎやゴマみたいな薬味になる野菜もあれば最高にいいんですが、

持ち込んだ食材にはなかったので、今回はそれ以外で作る事にした。


(別途で、リファ用の野菜ベースのタレも作っておいて……っと)



 小麦粉にハチミツ、卵、ふくらし粉に水を少し加えて、

袋の中で生地をこねこねし、そして取ってきた小枝の表面を削って水で洗い、

お酒を掛けて消毒してから生地を巻きつけ、たき火の周りに刺して簡易パンを作成。


 これ、実はアウトドアとかで作る簡単レシピです。

いつかこういう事もやってみたいなと思って少しだけ知識があったんですね。

結局そのまんまになってしまったけれど。


(まさか、何気に覚えた事がこんな所で役に立つとは)


 その後、鍋を使って数種類の野菜をことこと煮たスープを作成。

味付けは塩とお酒で、私が持ってきた乾物の魚で出汁も取ったんです。

本当はタンパク源として持って来たものですが、役に立ってよかった~。


(ここは意地でも、アデル様を認めさせる料理を作らなくては!!)


「……っ」


 背後でおろおろとしているアデル様が居る。そしてなぜか他の騎士の人達まで。


 みんなは心配しすぎです。厨房だって、いずれは侵略する予定ですので、

ここでじっくり、ご主人様の胃袋をつかんでおくからね。


(私にだってやれば出来る! 出来るんですからね?!

 リファ、何で貴方までハラハラしているの?! 

 泣かないでお母さん、私、やれば出来る子で頑張るから!!)




 そんなこんなで二時間後……いよいよ実食の時が来て。


「……食べられる。料理になってる」


「ああ、美味しい……まともな食事だ」


「すごい、あんな悲惨だった状態から……いけるよ」


「ほ、本当ですか!?」


「うんうん、これなら充分任せられるね。ありがとうユリアちゃん」


 騎士団の皆様に用意されたものを食べて貰い、判定して頂いた私は、

結果として、私は騎士団の料理係という栄誉を頂きました!

胃袋つかんだ! ユリアは進化した!(立場的な意味で)



「……」


「ええと、アデル様?」



 なのに「せぬ」と言う顔をするのはなぜですかご主人様!

そんなに私は駄目な子認定なの? そうなの!?


 アデル様は私が料理が出来るという事に、とても驚いていたようです。






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