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11・~紅蓮騎士ラミルス~

 


「あっ、ラミルス様、お疲れ様です」


「おう、お疲れ~」


 燃え上がるような緋色の髪を風になびかせながら、部下の一人に軽く挨拶あいさつを交わす。

そして琥珀こはく色の瞳で辺りを見回しながら、友であるアデルバードの姿を探した。


うわさによると、先日起きた若い娘の連続誘拐事件の被害者の一人に、

 あのアデルバードがれたらしいが)


 アデルバードは一応は俺の後輩にもなるのだが、

この騎士団でも、若手でありながら実力は誰よりも上だ。正直、俺より遥かに実力を上回る。


 ここの騎士団は秩序も必要だが実力社会。

その為に直ぐアデルバードは頭角を現して力を認められ、

5年前に新たに作られた蒼黒騎士団の団長をしている。異例のスピード出世を果たした。


天性の戦闘のセンスとカリスマ性、上に立つにふさわしい冷静で的確な指示、

そしてどんな局面でも部下を守り、被害を最小限にする行動力を奴は持っていた。

で、そのアデルバードが事件の関係者であった娘を保護するのを理由に、

同じ屋敷に連れ帰り、共に暮らしていると言う情報を得たんだが。



「あいつが人間の女の子をねえ……凄い意外だ。

 人間嫌いだって聞いてたんだが、どんな心境の変化なんだか」



 あの鉄火面な男が、何を思って年頃の若い娘をと思っていたのだが、

保護した時にアデルバードがとある娘に一目惚ひとめぼれをし、

部下の反対を押し切って、目の前で気を失った娘に熱い口付けを始め、

そのまま、本人の意志も無視して無断で自宅に連れ帰ってしまったというのだから驚きだ。


 勿論、この話は騎士団の連中に知れ渡り問題となったが、

彼女を部下が奪還しようとすると、奴の使い魔である白い幻獣が邪魔をし、

またアデルバードも、「あの女は既に俺のものだ」と発言した事もあり、

とてもじゃないが、救出するのは無理だろうとの話だった。


(元々は殿下が後見人になっているからな、ここでの奴の要求は殆ど通されてしまう)



 血気盛んな男達が寝泊りする寄宿舎に預けるのは、流石に危険だとの見解だそうが、

アデルバードの屋敷で暮らす事も、十分危険だと思った。

だってさ……あいつはある意味最強でもあるが、最凶でもあるんだぞ?


「流石にあいつが本気になったら、対抗できる奴は居ないもんなあ」


 そう、別名歩く危険生物、猛獣でもある。

奴は、蒼黒龍そうこくりゅうであり、一族唯一の生き残りだ。


 その影響で王子に保護され、人間の民として暮らす事になった時、

その正体を人間に隠して、蒼黒龍そうこくりゅうから名を取った騎士団が作られた。

奴の為に作られた特別な騎士団である。


 きっと殿下も、役割を与えることで自身の居場所を作ってやろうと考えたのだろう。


(……で、俺は数少ない奴の正体を知る人物の一人だ)


 俺の名はラミルス、紅蓮騎士ぐれんきしの副団長をしている。

皆からは愛称でラミスと呼ばれていたりもする。


 実をいうと俺も紅炎龍こうえんりゅうという龍の一族の一人で、

アデルバードとは種族は違うが龍仲間でもある。


 絶滅危惧種として知られた蒼黒龍のアデルバードとは違い、

俺達の先祖は、早々に王家によって密かに保護された。


 俺が生まれたのは、このローザンレイツの城下街。

龍族というのを隠して人と共に育ち、人を憎まずに生きてきたから考え方も人間よりである。

それでも根本的な部分は獣人である為、アデルバードとは仲間意識があった。

流石に野生育ちの本能にはかなわないけどな。



(でもまさか、アデルバードが会ったばかりの子にマーキングするなんて、

 それは龍の行為では、所有の刻印だぞ?)



 その行為は求愛や所有物である時に、自分の匂いや気を口付け等で印を付けるものだ。

龍は自分の仲間や家族を大事にするが、その行為をするのは限られた場合が多い。


 中には、自分の獲物と決めたもの全てにマーキングをほどこし、

それらが逃げても、居場所が分かるように付ける奴もいる。

わざと逃がして狩りをして楽しむ者もいるらしいな。


 もし、自分以外の誰かがマーキングしたものを壊したり、傷つけでもすれば、

その龍は激昂げっこうし、その相手を残忍な方法で報復する位の効果を持つのだ。



 アデルバードとは立場も境遇も生き方も違う。


 だから俺には、あいつの考え方はよく分からない。

だが、流石にそれはかなり不味い話だろうと思っていた。



(確かに今、アデルバードは蒼黒龍の唯一の生き残りだ。

 生存本能が強く働いて、種の存続をしようとしたのかもしれんが)


 もうアデルバードには同種である蒼黒龍の雌は存在しない。

このまま、アデルバードが種族外で誰かを伴侶に選ばない限り、奴は生涯独り身だ。

最後の龍として、せめて人の中にでも血を残す事を考えてもおかしくない。


 だからか、目星をつけた娘に自分の子を産ませる事を決めて、

無理やり自分の巣へさらったのだとしたら、龍としての本能で奴は動いている事になる。

早々にマーキングしたのは、そのせいだろう。


 屋敷に連れて行かれた娘の安否を知る者は、限りなく少ない。


 噂では屋敷の使用人達に監視され、屋敷の外にも満足に出してくれないとの事だ。

逃げる事も出来ずに監禁され、日々アデルバードに襲われているのか……。


 これがおおやけになれば、国中を騒がす大問題になるだろう。

国の治安を守る騎士団長が、娘をさらい監禁しているなどと……。

きっと今でも、その娘は辛い日々を過ごしているに違いない。



(これが事実なら、何としてでもその娘を解放してやらないとな)



 俺は女性には優しくすると決めている。いたいけな人間の娘ならば尚更だ。


 彼女達は龍のめすよりも弱くもろい、

体力も腕力も比べ物にならないし、鱗に覆われていないだけ肌も傷つきやすい。

だから力の加減にも気をつけて接する必要があるから。


(ま、出会いの少ない職場だから、知り合う機会も滅多にないけど)



 人として暮らしている以上、龍の本能のままに街で暮らす事は出来ない。

この世界で共存すると言う意味を法という名の掟を、まだあいつは分かっていないのだろうか?

人間としての規律に準じた行動をしなければ、いずれは破滅してしまう。

欲しいものがあれば力ずくで奪うような事は駄目なのだ。娘ならば尚更である。


 

(出来れば平穏な解決方法を望みたいと思うが、はたして応じてくれるかどうか……)



 アデルバードは龍の中でも一番の力を誇る。龍の長と呼ばれる一族だ。


 この地へ来るまでに色々あった経緯で、今は弱体化しているものの、

奴が本気になれば、騎士団総出で戦ったとしてもきっとかなわない気がする。

……それ程に普段から力の差があるのだ。


(元はあれ以上だったって事だよな、一体どれだけ強いんだか)



 そんな奴の一族は、人間の仕掛けた罠で次々に乱獲されたと聞く。

最後の生き残りだった家族と仲間も人に倒されたらしい。


 龍は強い魔力を持ち、その体は全て貴重なアイテムの材料になるのが原因だ。


 そして龍の中でも蒼黒龍は一番魔力が高く、堅いうろこに守られている種族。


 薬などの素材にすれば、万能薬や長寿の秘薬も作られる事から、狙われる事が多かった。

その光景を、故郷で嫌というほど目の当たりにしたアデルバードは、

俺と違い、人の輪に居るのは苦痛でしかないのだろう。


 それでも……生き延びる為に共存する道を選んだ。 


(色々と問題をやらかすのは、まだ人間の暮らしに慣れてないせいだろうか)


 確かに人々を憎みながら共に生活するのは大変だろう。

憎い敵であった人間を守る立場として暮らし続けることは。


 友として心配だが、アデルバードの苦しみを俺は理解してやる事が出来ない。

同じ龍でありながら立場は真逆だった。

幼い頃から、人と共存して生きてきた自分とは違うんだ。



(アデルバードは俺の友達だが、俺は人間が好きだ。

 だから、お前の助けにはなってやれないよ……愚かだとお前は思うだろうけどさ)



 もしも娘をさらったのが、人間への復讐の意味で無ければいいと思う。

復讐の為に娘をいたぶり、傷つけているのだとしたら……事態は最悪な方へ傾く。


 俺でさえもあいつの敵に回ったら、確実に苦戦を強いられ勝てる見込みは薄い。

つまり、娘を助け出し逃がすのもただでは済まないだろう。返り討ちが関の山だ。

こんな状況でなかったら、奴の恋を応援する事位出来ただろうに……。

そう思い、友人に声を掛ける言葉を探しながら寄宿舎前の庭を歩いている時だった。



「あれ……?」



 ふと、視界の隅に大きな白いものが映った。

顔を上げると、騎士団の庭先で白狼のリファが歩いている。

リファはアデルバードが飼っている使い魔で、狼の姿をしているが幻獣だ。


 けれど、その身が白い事から神の使いではないかとも言われている。


 この国、ローザンレイツでは、白い生き物は「白き使い」として、

全て神の使いとして尊重されている。


 その為、リファに危害を加える事を教会と王家では固く禁じていた。


 だからリファは例外にもれず、

ローザンレイツの第一王子のライオルディ殿下の庇護下にある。


 しかし、外見はどうであれ、中身は魔物の本性が宿っているのではないか?

保護したアデルバード以外には、滅多めったに懐かないのだ。

主人に似て、人間嫌いという点では気が合うらしいな。


 だが、今日は珍しい光景が目に映る。

そのリファの前方には、見慣れぬ一人の少女が歩いているではないか。


(なんでこんな所に?)


 見た瞬間、体中の血の気が引いた……。



 ――まずいっ! まさかあの娘はリファに狙われているのか!?



「おいおいおい……っ! まじかよ!?」



 あの獣がアデルバードに懐いているとしても、本性は獰猛どうもうな獣だ。

元々はリファも野生で生きてきたと聞くし、狩りの本能はあるだろう。

こんな所で若い娘の犠牲者を出させる訳にはいかない。

俺は地面を蹴り、腰に下げた剣を抜き取ると、娘とリファの間にざっと割り込んだ。


 同時に俺の存在に気付いた女の子に、俺は必死で「早く逃げろ!」と叫ぶ。


 振り返った娘は、俺に気付いて呆然と立っていた。



「え……?」


「早く!! 俺がこいつの注意を引き付けるから!

 君は一刻も早くこの場から立ち去れ! 振り返る事無く!!」


「あの……はい?」


「急いで!! 大丈夫、俺が君を守るから!!」



 何という事だ。娘は恐怖の余りに状況が飲み込めていないのか、

いや、無理もない、こんな大きな獣が目の前にいるんだからな。

逃げる力もない位に怯えて、腰が抜けてしまったのかもしれない。


(く……処罰を受けるだろうが、迷っている暇はないな)


 間合いは狭く、下手に剣を振り回せば、

背後の娘にも危害が行くかもしれないではないか。

これは今までの修羅場の中でも難易度が高いだろう。やれるか、俺。


(仕方ない、俺の腕に食らいつかせて、そのうちに……)


「グルルル……」



 リファは俺に獲物の娘を奪われると思ったのか、牙をき出しにしてうなり始めた。


「そうだよな、お前は所詮は魔物のたぐいだ。狩りの本能があってもおかしくない」


だが悪いな、俺はそんな事を見逃せるほどのんびりした性格でもない。


 アデルバードは自分が飼っている者が、

こんなに獰猛どうもうな生き物だとは思わなかっただろう。

ああ見えて、あいつは鈍い所があるからな。なにせ天然育ちだ。

仕方がないから友人兼先輩の俺は、お前の軽率な行動の後始末を手伝ってやるか。



「グウウウッ!!」


「お嬢さん、安心しろ。この俺が守ってやるからな」


「え……リファ? ちょっと何ですか? ま、待って下さい!!」



 ああ、俺にだけ危険な事はさせられないという事だね? 

何て優しい娘なんだろう。久々にお近づきになれそうなのに、今はそれどころじゃない。


 こんな状況でなかったら是非連絡先を交換して、お茶でもしたい所だけど……。


 女の子を助けて名誉の負傷をするのも悪くない。

だから早く安心させて逃がしてあげないと……きっと生きていたらまた会えるよね?


 ……なんて事を、一人勝手につぶやいている俺ってどうよ?



「大丈夫だよ。こいつは俺が倒してやるから安心して」



 今年一番の爽やかな顔で、女の子に笑いかけてみました。

これでも腕には自信があるんだよ。まだ未熟な部分もあるけどな。



「倒すって……だ、駄目!! 倒しちゃ駄目です!! 止めて――っ!!」


「はあああっ!」


 俺が剣を振り上げて、リファと距離を取った時だった。


 その瞬間、背後で庇っていた娘から、「うきゃっ!?」と変な声を出したので、

剣を構えたまま、思わず後ろを振り返ると……。


「あ……っ」


「……」


 娘の腰を右腕で抱え込んで引き寄せている、アデルバードの姿があった。

一度奴は娘を見つめた後、ぎろっと睨みをきかせた視線がこちらへと向けられる。

なんとなく、機嫌が悪そうだったが焦る俺はその理由に気づけなかった。


「こんな所で何をしている……? ラミルス」


「何って……そうだ! あのリファが女の子を襲おうとしたんだよ!!

 だから俺は、その子をかばって戦おうとした所!

 お前、こいつの飼い主なら、なんでこんな危険なのを野放しにしてるんだよ。

 鎖にでもつないでいろよ! 危うくその子は死ぬ所だったんだぞ!」


「リファ……」


「クウン、キュウキュウ!」


「アデル様、アデル様、助けて下さい……っ!」



 ほら、その女の子だって、しがみ付いて助けを求めているじゃないか。

後から来たアデルバードの方に助けを求めるなんて、ちょっと俺の立場は?


(ああ、なんでそいつに抱きついているの、俺には抱きついてくれなかったのにな……)


 くっ、やはり顔か、顔なのか、こいつの顔はやたら人間の女の子に好まれてるもんな。

でも今はこの魔物の本性が表ざたになった以上、それ所じゃないよな。

被害が広がらないように、今のうちにこいつを倒しておかないと。


 そう思った俺だったが――……。



「リファ、リファが殺されてしまいます。助けて下さいアデル様!」



 その子は瞳に涙を浮かべて、リファの救済を願っていた……――なぜだっ!?


 俺が剣を握ったまま、娘とリファを交互に見つめた。

襲われそうだったんだろう? だからあんなに至近距離にいたんだろう?


 そんな事を、俺がパニックになりながら思っていると……。


 アデルバードは娘を抱えていた腕を放し、娘の頭をなでている。


「ああ、大丈夫だ。だから泣くな」


「アデル様……」



(あのアデルバードが……人間の……娘の頭を……?)



 その瞬間、俺の思考回路は完全に停止した。


 

「え……? ちょ……待って、どういう事だよ?」


「――ラミルス、お前は血気盛んな一族そのままの性格だな。

 リファは、ただこの娘の護衛として傍に居るだけだ。危害など加える事などない。

 普段から自分の子供のように彼女の面倒を見ていて、とても懐いているからな」



 なでなで……。



「この娘は俺が後見人になって、今は俺の屋敷で暮らしている。

 リファが彼女に危害を加えるなら、もうとっくにしていただろう。

 娘を見つけ、保護をして俺の元に連れてきたのはリファだからな」



 なでなで……。



「それに娘も……ユリアも、リファにとても懐いている。

 お前が心配するような事は何も無い。今日は一緒に外出しただけだろう。

 ユリアが外出の際にはリファを連れて行くのを言いつけているからな」


 なでなでなで……。



 始終、アデルバードが娘の頭をなでる手は止まない。

その姿が異様に見えて、リファ以上に俺は驚いていた。

まて……? 今、聞き捨てならない事を聞いた気がするぞ?



「アデルバードのお屋敷で……暮らしている……娘?」



 それは、先ほどまで考えていた。

アデルバードに囚われたという、深窓の姫君の話が思い浮かぶ。


 日々、誰かの助けが来る事を待ちながら、懸命に生きている娘……の筈。

ゆっくりとアデルバードの顔から視線が降りて、奴に抱きついている娘を見る。

そういえば金色の髪……確か連れて行かれた娘も同じ髪色の娘だった。


(何でここにいるの? いや、閉じ込められているんじゃなかったの?)


 なんて疑問点がふつふつと……。


 噂が本当ならば、屋敷の外に出る事すら許されないはずだろうに。



「えと……もしかして、いや、もしかしなくてもその娘ってあの事件の……?」


「ああ、怪我をして身元が分からないから、俺の屋敷で預かってるが何か?」


「えーと……監禁していたんじゃなかったの?」


「……なんだそれは? ユリアを余り外に出ないようにさせていたのは、

 記憶を失っているせいで、この世界の一般知識がほとんど無い為だ。

 もしもユリアをだますような者が近づいたりでもしたら大変だろう?

 それに、まだ屋敷の中は勿論、街中でも迷子になりそうだからな」


「も、もう迷子にはならないですよ。アデル様」


「そうか? だがまだ俺は心配だ」


「も、もう……」



 そしてその間、アデルバードはほんのりと染まる娘のほほをなで始めた……。

なんだろうこの光景。異様なものを見ている気がする。


(まるで、そう既に恋人のやり取りのような……)


 獲物として捕らえたと言うよりも、愛でていつくしんでいるように見える。

娘の名はユリアと言うのか……小柄で可愛らしい顔立ちの娘だった。

改めて姿を見る。はちみつ色の金髪に、奴の施したマーキングの証でもある紫の瞳、

肌は白くほっそりとしているが、女性らしい体つきに恵まれていた。


彼女がアデルバードを見るたびに揺れる豊かな胸に、一瞬凝視してしまう。


……と、そこまで考えて顔を赤らめた。

こんな時に女の子の胸なんか見てどうするんだよと。



(ええと、じゃあ俺の早とちりだったわけか……)


 静かにパチンと剣をさやに戻して頭をかいた。

血気盛んだと言う事は否定できない。俺は話も聞かずにリファを切りつける所だった。


 でもそうか……俺が彼女に近づいたから、リファは俺から守ろうと……。

真相が分かると俺はがっくりと肩を落とした。とんでもない迷惑を掛ける所だった。



「俺はてっきり襲われていると思ってたんだ。悪かったよ。

 ごめんねユリア……だっけ? いきなり剣を出して怖がらせてごめん。

 俺はラミルス、紅蓮ぐれん騎士副団長のラミルス。気軽にラミスって呼んでくれ」


「い、いいえ……私を守ろうとしてくれていたんですね。

 リファも無事だったし、大丈夫です。ありがとうございました。

 私はユリアと申します。アデル様のお屋敷でメイドとして働いております」



 良い娘だな……思わず惚れそうだ。なんて思っていたら、

鋭い目がこちらに容赦なく向けられているのを感じた。


 一つはリファ、そしてもう一つは……アデルバードから。

今にでも相手を射殺さんばかりの……殺意が。



「グルルル……」


「…………」



 無言の圧力……分かった。凄く大事にしている女の子なんだな?

分かったけど、その威嚇いかくはどうなの、

俺は一応お前の友だぞ? アデルバード……。


 それにしても、彼女はアデルバードの洗礼を受けたのは本当だったのか。


(紫の……瞳)


 ユリアの瞳は、アデルバードの色を宿していた。


 所有の証がどんな理由で付けられたにせよ、

彼女はアデルバードの管轄かんかつに置かれる。だからこその威嚇いかくなのだろう。

もしかしたら、本当に惚れているのかもしれない。



 でも噂の通りだとしたら、眠っている娘に求愛のマーキングは良くないと思うぞ?



「ユリア……今日はどうした?」



 じーっと無言で俺をにらみつけていたアデルバードだったが、

懐に居るユリアが、恥ずかしげにもぞもぞ動き出したので、

彼女に目を向け、まるで何事も無かったかのように話す辺り、

本当に良く分からん男である。



「はい、あの……アデル様が昨日からこちらに連泊されていらっしゃいますので、

 洗い物の回収と、新しいお着替えをお届けに参りました」


「……着替えはここにも充分あるし、洗い物は部下が世話をしてくれる。

 ここは男達しか居ない、君が来るような場所じゃないぞ」


「あ……そうなのですか……」



 彼女は保護された経緯で、アデルバードの屋敷に住み込みで働き始め、

メイドとして主人の洗濯物を預かりに来たらしい。


 こんな男ばかりの、むさ苦しい所にまで世話をしに来てくれる女の子が居たら、

俺だったら大喜びしているんだけどな。


 アデルバードはさも迷惑そうな顔で、彼女の折角の好意を踏みにじっているように見える。

しょぼーんとうつむいたユリアが可哀相で、俺が助けようとした時だった。



「そうだな……では……これを頼めるか?」



 そう言ってアデルバードは、自分の懐から紫のハンカチを取り出した。

折角来てくれた娘の行動が全て無駄にならないように、洗い物を渡したつもりらしい。

手渡されたユリアはその意図に気付き、パアっと顔が明るくなって、

嬉しそうに頷いて、そのハンカチを受け取る。


 そんな彼女の頭をなでるアデルバードの姿……。



「はい! お任せ下さい。では帰りますね? お仕事がんばって下さいませ、アデル様」


 そういうと、ユリアは代わりの物をと自分の青いハンカチを奴に手渡していた。

ハンカチの交換……ますますやっていることが甘酸っぱい気がしてならない。

アデルバードは受け取ったハンカチを大事そうに懐へとしまう。


 その時、俺は見てしまった。

アデルバードが、笑って、いた。



 大事なことだからもう一度言う。奴が、笑って、いたんだ……。


 それは付き合いの長い俺でも初めて見た姿だった。



「ああ、気をつけて帰るんだぞ? ユリア」


「はい、アデル様。じゃあ行こうリファ、ラミルスさんも、さようなら~」


「あ……ああ……」



 手を振って、リファと元気に帰る娘の姿を見送る俺達……。


 どう見ても、悲壮に包まれた様子など見られないよ。


 むしろ、彼女は生き生きと屋敷の中で暮らしているようだな。

噂とは当てにならないものだ……と、つくづく俺は感じ取った。



「…………」



 アデルバードは、ユリア達の姿が完全に見えなくなるまで、

じっとその場で見送る。無事に騎士団から出て行くのを確認しているようだ。

そして姿が見えなくなった後、ぽつりと俺にこう告げた。



「――ラミルス……ユリアには近づくなよ。例えお前でも許さん」


 どすの利いた声で、さらっと言うなよっ!


「おいおい……やたらと必死だな。そんなに好きならさっさと結婚しちまえよ。

 そうすりゃ夫として彼女を傍に置いて置けるし、世間的にも法で守れるぞ?」


「……結婚? ああ、人間の求愛行動か……」


「……まあ、似たもんだろうけど」


「守れる、か……そうだな、どうせ俺には同胞の雌は死滅しているし」


「お、おい?」


「……」



 その日の夕方、アデルバードが王都の道で「俺と結婚してみるか?」と、

ある娘の両手を包み、プロポーズ紛いな言動をしていたらしいとの噂を聞いた。

どうやら街で晩餐の買出しに寄っていたユリアと、帰りに偶然会ったらしい。


 ……で、再会したその場でユリアを口説いたようだ。


(お前、急用ができたと俺に残りの仕事を丸投げして、早退した理由がそれかよ!?)


 ……と、心の中で奴にツッコミを入れる俺。


 多分……いや、絶対にあいつは、その意味を深く理解していないと思われる。

自分が気に入ったものに傍にいて欲しいだけだろう。


 それこそ龍の本能そのものだ。


(あの娘を気に入るってことは、つまりそういうことなんだろうな)


 あいつは自身の境遇のせいで極度の人間嫌いだ。

その奴が人間を気に入るなど、よほどの事でもないとありえない。


 まだアデルバード自身はその自覚がないようだが、

ユリアを手放したくはないという気持ちはあるようだ。


 だが、肝心のユリア本人には「アデル様が冗談を言うスキルを覚えたんです」と、

嬉しそうに俺に話してくる辺り、本気で受け止められていないのが幸いだろう。

と、なると……俺もまだ希望はあるかもしれないな。そんな事を思った。







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