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10・彫金師見習いローディナ



 どうやら私はこののみの市で、

メインヒロインのローディナが出展する店の商品を手に取っていたようだ。

それで彼女と目が会って……つい、驚いた顔をしてしまったんですよ。


 私は彼女を知っていても、彼女からしてみたら見ず知らずの人間ですよね。

当然、怪しまれてしまいましたが。



「……あの、私の顔に何か付いています?」


「あっ……い、いいえ。これとても可愛いなと思って顔を上げたら、

 製菓子店によくいらっしゃる人だと思って」



 実はこれ、とっさに思い出したゲームでの予備知識です。


 彼女は、自分が作ったお菓子の型を時々ですが製菓子店に営業で売っています。

職業は彫金師ちょうきんし見習い、アクセサリーや家具や建物の装飾金具などを作るかたわら、

人々が日常で使うような、調理器具なんかも手がけています。


彫金ちょうきんと金型だと、作り方も材料も全然違うと思うんですが……。

 たぶん、それで普段の材料費を稼いでいるのかな。

 彫金ちょうきんって、私の世界でも材料費が凄く高いし……)


 ローディナが作るお菓子用の型は、どれも女性らしく可愛いデザインが多く、

男性が作る典型的てんけいてきな丸とか、四角などのシンプルな形とは違い、

応用が効く事でとても人気があるらしい。


 私の世界でも商品化したら、凄い人気が出ると思いますよ。

一目見ただけでも、種類が豊富で可愛いのも多かったので。


 私がお店の話題を出したら、彼女も警戒心が薄れたのか、

戸惑った表情からぱっと明るくして、私に微笑みかけてくれた。


「わあ、そうですそうです。あのお店のお客様ですか?」


「はい、私、あそこで時々お菓子を買うんですよ。

 そこに売りに行った物を見た事があって……」



 本当は彼女をお店で見た事はありません。お店には実際に行ってましたけど。

ゲームの内容では会っている事がありますから、うそではないのかも。


 お店の人に「可愛い型を作れる人が居る」と名前を聞いた時……。


(はて? 何処かで聞いたような?)


 ……と思った私ですが。登場キャラクター多いですからね。


 私は自分が担当したユリアルートを主にやっていたので、

他の登場人物でそれなりにやっていたのは、ユリアの主人のアデルバードのみでした。

だって、ユリアをプレイするにはアデル様を先に攻略しないと開かれないので。

ユリアとアデル様の内容しか余り把握していないんですよね。


 なので、私が知る限りではローディナとの接点は余りないと思われますが。


 ただ物語の中でメインヒロインの場合、最初の部分だけ見る機会があるんです。


 彼女は、その製菓子店に出入りしていると会う人なんですよ。


 今日の出展で売っていたのは、どれも試作品という事もあり、

サンプル料金でとても安く販売していたので感動しました。

はい、本日買う予定はなかったのですが、ついつい買ってしまいましたよ。

ねことウサギのクッキーの抜き型。後で早速使わせて貰おうかな。


(アデル様って甘いものお好きでしたし、お茶うけに用意したら喜んでくれそう)


 その後、出展を一緒に出していた彼女の知人が店番を引き受けてくれて、

こうして暫しの休憩を「せっかくですしご一緒にどうですか?」とお誘いされました。

勿論大喜びで付いていきましたとも! 大先輩の声で言われたら断れません~!



(あ……アデル様達に、知らない人に付いて行ったら駄目って言われてたわ)


 でも彼女の事は知ってるし、「男の人」でもないから、いいよね? ね?

誰か大丈夫って言って! 後が怖いわ。ひいい……っ!!

帰ったら怒られるかしら……うん、だまっておこう! 話すのヨクナイ。



「あのリファ、この事はアデル様達には内緒ないしょにしてくださいね?」


「クウン?」


「リファだけが頼りなのです」



 リファの口止めもしっかりしておきました。

私が必死に頼むので、小さくコクコクとうなづいてくれています。

後で黄金色こがねいろの菓子でも、贈らせて頂きますから。


 そんな訳で今に至ります。



※  ※  ※  ※




「――……では、改めて初めまして、

 ユリアと申します。お屋敷で住み込みのメイドをしております」


「どうもご丁寧に、私こそ初めまして私はローディナよ。

 彫金師ちょうきんしの見習いをしているの、どうぞよろしくね」



 先ほど、市街地ののみいちで出会った少女ローディナ。

彼女と意気投合し、お近づきになる事が出来ました! 


(これは、すごい急展開ではないでしょうか)


 ローディナは「蒼穹のインフィニティ」におけるアイテム生産系のメインヒロインで、

ゲーム中に登場するヒロインの中でも、特に人気があったキャラクターです。

余りやっていない私でも、知っているくらいの知名度のある女の子だ。



(本物のヒロインだ。可愛いなあ……声も凄く可愛い)



 そんなわけで、ついつい中の人を思い出してしまう。


 こういう作品に起用する声優さんは売り上げにも左右されるので、

彼女の声は、人気声優である「立花りっかなを」さんが担当していました。

事務所が大手な上、人気絶頂のアイドル声優さんで、

歌唱力も抜群な為、蒼穹のインフィニティのOPソングも歌っています。


(実は私、立花りっかさんとは同じ仕事をしていた者でしたが、

 残念ながら、まだ一度もご本人にお会いした事はないんですよね)


 それもそのはず、ゲームの声の収録はアニメや吹き替えと違い、

常に単独でやるのが普通だからです。

台本の中で誰かと一緒に同じシーンで話す時も、そのかけ合いとかも……ですよ。


 これは後で、音響の方が編集がしやすいようにする為です。

声が被っていると、それ以上動かせなかったりするので別取りが一番楽なんですね。


(この時、演じる人がとても困るのが距離感なんですが、

 これがとても難しいんですよね。台本だけじゃ分からない事もあります)


 近くに居る場合、遠くに居る場合、

その時の感情とかによっても、声の出し方は違う訳で、声優さんの演技力任せです。

台本貰って一生懸命練習したのが、現場で違うよって言われる事もあります。

その為、何パターンか解釈などを変えて事前に考えておく必要あり。


(軽い打ち合わせみたいな事は収録の直前にするのですが、

 ある程度演技を固めておかないと、新人には難しいですよね)


 立花りっかさん程のベテランの方だと、

何パターンか即興そっきょうで出来たりするらしいです。

そういう所は経験や能力の差だなと思いますね。



(私みたいな脇役わきやくやサブはともかく、

 メインヒロイン、ヒーローになる人は知名度とかも大切ですよね)



 ……で、ベテランともなるとキャスティングする人や製作する方、

もしくは原作者である方にご指名で選ばれる事もあります。

要するに人脈だったり、個人的な好みだったりが絡んでくるんですね。


 あるゲームメーカー、もしくはアニメで「この人よく見るな」って言うのは、

こういう所が関係していたり。


(だからそんな所に新人が売り込む私の苦労……分かって頂けますでしょうか? なんて)



 私がユリアをやれたのは、本当に幸運だったとしか言いようがありません。

あ、ちなみに私の場合は芸名でなく、そのままの名前を使っています。

それがユリアに選ばれるきっかけともなりましたからね。

いえ、ただ単に、いい芸名が思いつかなかっただけの話ですけども。


立花りっかさんとは、もう少しイベントとか参加したりしていたら、

 こんな風に何時かでお会いできたのかもしれないなあ……)


 そう思うと、まだまだ未練みれんがありますよ。

あの作品にはまだ自分の可能性があったので。



(あー……それにしてもローディナは女子力が高いですね!

 声はあの方の声ですが、やっぱり違和感がないからご本人じゃないんだろうな。

 こうして見ると……改めてへこみます。こ、これが、サブとメインとの差でしょうか)



 ただ腰掛けているだけでも優雅ゆうがで、ヒロインとしての風格を感じる。


(でも、なんだか一緒に居ると……ほんわかするなあ)



 しゃべり方も所作も自然で、あざとい所がみじんも感じられない愛らしさ。


(これを私にやれと言われたら……うん、無理ですと断言しておきます。

 あ、勿論心の中で、ですけどね? 華のある仕草って難しいなあ)


 そんな事を思いながら、何気ない会話から始まり、私達は共にメニューを見て悩む。



「えっと……じゃあユリアさんは何にされますか?」


「あ、どうぞ呼び捨てでお願いします。私もローディナと呼ばせて頂いて宜しいですか?」


「ええ、じゃあ私はユリアと呼ぶわね?」


「はい、あ、そういえば私、この店を利用するのは初めてで……。

 少し勝手が分からないのですが、おすすめはありますか?」


「あっ、それなら私が教えるわ。 ええと、これはね……」



 こうして、本物のローディナと接していると、

やはり演技と本物では微妙な違いが出る事は、

演じる側としても少しずつ分かるようになってきました。


 つまりですね。偽者の声ほど、リアリティあふれる演技が出来ない場合があります。

本物の声と作った声。聞き比べるとどっちが本物か分かるから。


(だからもう、自分のように同業者仲間を探す事はあきらめるしかないかな……)


 実は脇役わきやくとかでも、同じ事務所の人が声をやっていたので、

買い物ついでに、さりげなくそれらしき人を見かけた事もあるんですが、

声の共通点を抜かせば、中身は別人だって事も確認済みです。


(やっぱり……私以外には居ないみたいだ)



 役になりきって一日過ごすのには、

喉に負担が掛かり、かなり大変だと思いますし精神面もそう。

日常会話を続けていれば、普段使う声と役作りで出している声は違うと分かります。


 その為、私は同類が居ると言う可能性をあきらめるしかなかった。

なのでこれからは、ヒーロー、ヒロイン達の目の保養をさせていただこうかなと。




(ローディナは、本当にヒロインって感じの可愛らしい雰囲気ふんいきが、

 びしばし伝わってきますねえ。流石はメインヒロインなだけあるな。

 これを素でやっているんだから、素晴らしい。是非、今後の参考にしないと)



 地でヒロイン路線を突っ走れる人って凄いと思います。

一方、私は毎回悩みながら周りの人と接している状態かな。


(ちゃんとユリアとして役割果たせているかな)


 中身もヒロインそのままだと、こうも違うのでしょうか。



(堂々としたヒロインとしての風格、所作、どれも参考になるなあ)


 自分が彼女を演じるとなると……声質的にかなり無理がありそうです。

こういう所を見るとキャスティングしたあの方は的確だったなと思う訳で……。


 ええ、こんな時でも勉強の為に人間観察はしておきますとも。

何せ本物のヒロインのご登場ですからね。私と違ってエセ・ヒロインじゃないし。


(ユリアが居ない分、代役を頑張らないといけないのになあ……)


 皆様に夢を売る仕事であって、夢見る仕事ではない事を忘れずにいないと。

でも、あんまりじろじろ見たら失礼ですので、

値踏ねぶみしない程度には気を付けよう。


 一言で言うと……目の保養。まさにこれですね。

これがローディナのファンの人だったら、きっと大騒ぎしそうだわ。


 生ヒロインとお茶会、一回幾らとかでも商売が出来るかと。

えー……最後尾は、こちらでございます皆様。なんちゃって。



(でもまさか、こんな街中でヒロインの一人と簡単に会えるとは思っても見なかったですよ)



「――じゃあいただきましょう。ここの飲み物とても美味しいんですよ?」


「そうなんですか? わあ、楽しみです。では、私もいただきます」


 ローディナがお勧めしてくれた物を注文したのが届き、

手に持ったジュースをこわごわと飲んだのですが、意外といける事を知りました。


「わ……さっぱりとしていて美味しい」


 選んだのは私好みの柑橘系の、口当たりが爽やかなジュースでした。

桃色をしているんで何かと思ったよ。飲んでいる途中でオレンジ色に変わるし、不思議だな。



「ふふっ、でも嬉しい。自分の作った物を実際に買ってくれた人と、

 こうしてお話できるなんてめったにない経験だもの。

 私達は本来は職人だから、実際手にとって買ってくれる人を見られるのは、

 のみいちとかでしか出来ないから」


「あ、そうなのですか?」


 なるほど、初対面なのに誘われたのはリサーチの為ですが。



「ええ、大体は専門店の注文になるから、だからどんな方に使って頂けるのか、

 とても気になっていて、こうしてお会いできるなんて思わなかったわ」



 そう、彼女は彫金師ちょうきんしでは見習いという事もあり、

まだ名前も売れていない。その為、販売先や依頼も少ない。


 だから、ああして少しでも売り込もうと必死なんだろうな。

でも徐々に、女の子達に喜ばれる製品が仕上がってきていると思う。

先ほど売られていた物はどれも丁寧に作られていたし、

買う側の好みも考えてくれていたもの。


 こういう所は、大量に作る金型かながたとかでは決して出来ない事だ。



「私もお陰で今日は大収穫でした。これで私もお菓子作りが出来そうです」



 お屋敷ではお菓子を作れる人が居ないんだよね。

だから私が作ってみようかなと思っていました。甘いものが恋しいし……。

アデル様にも喜んでもらいたいから、上手にできるといいな。


 女主人公さんからの手作りの物じゃないけど、それは我慢していただこう。



「他に猫型とか、小鳥の抜き型とかもあると、可愛いですよね。

 鳥のつばさのモチーフとかも、アレンジしやすくて可愛いんじゃないでしょうか」


「それいいわね!、そのアイディアもらうわね。ありがとう!

 今度試作で作ってみるわ。ねえねえ他にはどんなのが欲しいと思う?

 わあやっぱり実際に使っている人に意見聞けるのって、貴重だわ」


「そうですか? えーと……じゃあ、私の好みだとお花とか?

 薔薇ばらの形のケーキ型とか、色々あったら可愛いなと思いますよ。

 デコレーションしなくても型が立体的になっていると、

 生地を流し込むだけで、可愛いのが出来ますし」



 これ、実は私の世界にあった物です。とっても便利なんですよね。

ここは柔らかい素材で取り外しが楽になる物って作れないですかね?

なんて事を言って、ますます会話は弾みます。


 やっぱりこういう会話が出来るのって女の子特有でしょうか。

……私は食い意地の方が強いですが、お屋敷の厨房ちゅうぼうで作れるようになりたいな。


 その為には、厨房を貸してもらえるようにならないと駄目なんですが、

まだねー? 私、火を使うのを許されてないんですよ。


 ほら、「おんにゃのこを火傷やけどさせたら駄目だめだ~」と言う、

おじいちゃマーズがね? とっても心配なさるので。


(かまどの使い方とかも覚えたいんだけどな~……。きっといい経験にもなるし)


 これからまだまだ快適に過ごす為には、あの心配性の皆様と戦わなければ。

勿論、平和的な解決法で、ですがね?



「お花! そうね。それだと色々なパターンで作れるかも。

 でも柔らかい素材で、型離れもよく、火が通せて形が崩れない型……かあ。

 身内に錬金術師れんきんじゅつしをしている人が居るから、

 何かいい意見を聞けるかも知れない。あとで相談してみる。

 でも、今までそんな事を発想する人って初めてだわ。貴方凄いわね」


「いえいえ。あったらいいなあ……と思ったまでで、えーと……あとは……」



 其処で、足元にぬいぐるみのように動かない、小さいリファと目が合った。



「あの……個人的に欲しいな~と言うものがありましてですね?」


「ふんふん……どんな?」


 ローディナはバッグからメモを取り出して、アイディアを書き出している。

振ってわいたイメージを忘れないうちにメモを取るのは良い事です。

私も良くメモを取って勉強していましたよ! 大事ですよね。

何処で、いい情報が聞けるか分かりませんからね。



「あのですね……この子、この子の型が欲しいです」


「クウン?」


 リファを抱き上げてローディナに見せた。大人しくされるがままのリファは、

目の前のローディナには警戒をしないらしい。


 小さく鳴いて、目をパチパチとして彼女を見つめておりました。

そしてローディナも……その視線は好意的です。



「わあっ、可愛いわね! 凄く真っ白でふわふわだわ」


「リファって言います。私の頼もしい護衛をしてくれて……」


「クウン!」


「えと、お母さんです」


「ふふふっ、 このちっちゃい子がお母さんなの? 面白い~面白いわね貴方って」


「実は本当のリファはもっと大きいんですが、

 この人ごみだと、リファの大きさは騒ぎになってしまうので……。

 私、怪我をして、この子に保護されて以来、ずっとお母さん代わりになって貰っていまして」



 眠る時なんか、いつも尻尾でぱたぱたと寝かしつけてくれるんですよ。

もうお母さんの位置で良くない? と思ったのは言うまでもありません。

リファは最初から、そんなつもりらしいので、ここは肯定しておきます。


 きっと今も私のお母さんとして、

悪い人にだまされないようにって、心配してくれてるのかも。


 ローディナは「へえ、そうなんだ~……」とリファの頭をなでなで。

おおう、これもヒロイン補正というものでしょうか? 

あの警戒心の強いリファに触れても大丈夫なんて。


「クウン~?」


 リファは彼女の気質を見抜いているのかな? されるがままですよ。

何時もなら、すごい剣幕でほえるのにね?



「保護って、迷子にでもなったの?」


「いえいえ、実は怪我して名前以外の記憶が無くてですね。

 身よりも分からず困っていた所に、この子が私を見つけてくれてアデル様……。

 蒼黒そうこく騎士団長様の所まで連れて行ってくれて、

 以来、その方のお屋敷で住み込みで働いているんですよ」


「蒼黒……騎士団長様?」


 その言葉を聞くと、目の前のローディナの顔色がさっと凍りつくような感じになった。


「あの?」


「あ……そうなの……大変なのね……。

 ごめんなさい、気安く聞いていい話ではなかったわね……」


「いえいえ! どうぞお気になさらないで下さい。

 今はこの子も一緒に居てくれますし、ご主人様達もとてもお優しいですから」


「でも……その、大丈夫? あの方って、ここでも色々と噂を聞くから大変じゃないの?」



 アデルバードのお屋敷と聞いて、かなり苦労しているのかと思われたのか、

少し顔を曇らせた彼女に私は慌てて話した。ご主人様は噂とは全然違う事、

むしろ女の子が一人きりだから、かなり周りに気を使ってもらっているいて、

そして無口なご主人様な為に、あらぬ誤解がされやすいという事を説明した。


 ……最近、頭や頬をなでてきたりすることがあるのは伏せておこう。


(アデル様は野生の龍だもの、あれは毛づくろいの一種だと思うの)


 決して口説かれているわけじゃないわ。うん。勘違いしちゃダメ。



「なので、全然問題はないです。今は人手が足りなくて仕事も大変ですが、

 お部屋は貸切で使わせて下さるし、身の回りの物も色々集めてくれて……

 身元が分からないのは不安ではありますが、居場所があるだけでも幸せです」


「あの、私に何か手伝える事があったら言ってね?

 折角こうして知り合えたんだもの、お友達になりましょう?」


「はい! 喜んで、こちらこそ仲良くして下さると嬉しいです。

 今度、良かったらお屋敷にも遊びに来てください。

 お屋敷の皆様も歓迎してくれますので」


 むしろ、彼女が遊びに来てくれたら、イメージアップになって大喜びだと思う。


 この日、私はこの世界で初めてのお友達ができた。


「それじゃあ、またねユリア」


「はい、また。ごきげんようローディナ」


 お互いの連絡先を教えあった後、手を振って別れる。

ローディナはこの後も試作品の販売をするそうです。

私もお手伝いしてあげたかったのですが、門限が……そう、私には門限があるんですよ。


 万が一私が遅くなれば、大魔神と化したアデル様が恐ろしい形相をして、

街中を走り回るでしょうし……いや、冗談じゃなく本気で。



『念の為に門限を決めておく、遅くならないうちに帰って来るように。

 もし帰りが遅くなるような事があったら、迷わず俺の名を呼べ。

 直ぐに“助けに”行くから……わかったな?』


 ……と、初めてお出かけをした際にアデル様に言われましたし。


 私がごやっかいになってからというもの、

ずっと真面目なお嬢さんだと思われていたので、

よっぽどの理由が無い限り、私が門限を破るとは思われて無いらしい。


 だからもし遅くなったら、何か帰りたくても帰れない状況だと思われてしまう。

一度はさらわれた先入観から、「誘拐された」と考えるでしょうし、

前もってアデル様にそう宣言されたからには、破るわけにはいかない。


(もし、時間が掛かる事があれば携帯とかで連絡できればいいんですが、

 探してみれば、連絡する道具とかもあるのかな?)


 少し帰りが遅くなる位……と聞き流せないのが辛い所です。

信頼されているだけ、その期待を裏切るのは良くないし、

時間厳守なのは、学生でも声優でも守らなきゃいけない事ですし、

今は社会人です。門限までに帰りますとも。



 そんなこんなで本日、ローディナとお友達になりました。


 これをゲーム風のノリで言うのならば、

「ローディナが、仲間になった!! ちゃらり~ん」でしょうか?



※ ※ ※ ※



「――……あれ?」



 お屋敷に戻ると、玄関のドアに寄りかかり、腕を組んで立つ、

アデル様の姿がありました。どうやら私の帰りを待っていてくれたようです。

あれ? 仕事どうしたんだろう……まさか気になって帰ってきちゃったのかな。


心配させて申し訳ありませんが、小さい子がするお使いじゃないんだよ?

なんでそんなに心配するかな? と、内心ツッコミを入れます。



(でも……それだけ心配して待っていてくれたんだ)


 家族のようなこのやり取りに、なんだかこそばゆいけど嬉しく感じる。

それだけ私は大事にされているんだなと。



「アデル様……?」


 どう対応したらいいのか、困ったのは言うまでもありません。

だってまさか「メイドの帰りをご主人様が玄関先で待っている」なんて、

普通じゃないものね。


 でも、意を決してそろそろと近づくと、彼は私の存在に気づいてこう言ってのけました。



「ああ、おかえり……ユリア」


「……っ」


 その時、アデル様は世の女性をたぶらかせるんじゃないかというまでの、

悩殺レベルの笑顔を私へと向けてきました。


 もうね、ヒーローの微笑みつきのお出迎えとは、破壊力がありすぎでした。

そして、朝のように頭をなでなでなでしてきて……なんでしょう、この扱いは。


「あ、あわ、あの……」


「良い物は売っていたか?」


「~~っ!!」



(糖度が高すぎですアデル様。女の子が勘違いするレベルですよ、これ)


 思わずその場でくらりと卒倒しそうになりました。くっ! 不覚です!!

もう最近ではほとんど忘れまくってましたけど、彼、ヒーローでしたね。

私が無事でほっとしたからなんでしょうけど、心臓に悪いです。


 それはまさにテロ。イケメンテロリズムでございました。


 しかし事態はそこで終わらなかった。

アデル様は私の頭をなでていたと思ったら、私の髪に唇を寄せてきたのだ。

ええ、これも獣からしたら、ただの群れに戻ってきた仲間を確認しているのでしょうが、

でもね? 私は人間なの。そんな、そんなことされたら私、私は……。



「うう……っ」


「ユリア!?」



 そして腰がくだけるかのように、そのまま彼の腕の中で意識を失った私を、

アデル様が部屋までご丁寧にも運んでくれまして、

リファが、いい子いい子して寝かしつけて下さいました。



「玄関で突然倒れるなんて……ユリアは体が弱かったのか……。

 やはり早退してきて正解だったな」



 アデル様が卒倒した私を見て、変な勘違いをしていたらしいが、

私は顔を真っ赤にしたまま、イケメンの破壊力に打ちのめされ、

ショックでしばらくぐったりです……無念。


(だって恋愛経験ないんだもの……演技でだって、ここまでやったことないのに)


 こうして私は不本意ながら、「虚弱体質」という不名誉なステータスが加わり、

アデル様の得意技に、「魅了」が加わったのでした。


 違うといっても、誰も信じちゃくれなかったのは、

お約束でございましたよ。がっくり……。


あ……アデル様のお土産忘れてた。






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