繋ぎ合うその手を握り締めて~エピローグ~
本日2回目の更新です。
これで2人の結婚のお話は完結となります。
「――あ、ほら見て、あの娘よ」
街中で一人の少女が、隣に居た友人に話しかけた。
視線の先には、日傘と籠のバッグを持った1人の若い貴婦人の姿。
お付きの者は、彼女より若いお供のメイド2人と護衛の騎士が3人、
それにフードを付けた黒い子猫と狼の子ども達を3匹連れて、
ゆっくりと買い物を楽しんでいた。
「……あれが、噂に聞く騎士団長の奥方様?
あの小説のモデルになったとかいう?」
見た目は小柄な愛らしい顔立ちの女性だった。
大人っぽく色香に満ちた妖艶なタイプではないが、親しみのある笑みを浮かべている。
まるで「物語のヒロイン」が現実に現れたような、そんなイメージ通りの娘だった。
最近、巷では蒼黒騎士団長の迎えた奥方の噂でもちきりだ。
元々噂が多い騎士団長と結婚しただけあって、彼女の知り合いでもない者達は、
さまざまな噂が飛び交っていた。
「結婚の際は、騎士団長様がとってもはりきってらしたとか」
「告知もすごかったわよね」
そしてその奥方をモデルにした小説が世に出回り、世の若き娘たちはそれを愛読する。
青空の下で咲く花のように、懸命に生きる1人の少女の恋物語を。
「“蒼穹のインフィニティ”あれって、本当にモデルが居たのね……」
「ちょっと誰よ、騎士団長様に強引にさらわれて、妻にされたって言っていた人は、
とっても幸せそうじゃないの、自由に外出も許されているようだし」
「実際は恋愛結婚らしいわよ。それも大恋愛の。
アデルバード様が事故で記憶を失くしてしまった彼女を保護してあげて、
傍で大事に見守り、徐々に気持ちを通じあわせてきたとか……」
「騎士とメイドの身分違いの恋、まさに小説のお話のままじゃない、
アデルバード様はやっぱり素敵な男性だったのね」
「あの方が結婚されると聞いた時はショックだったけど、
でも、そんな事情があったなら、アデルバード様が女性を寄せ付けなかったの、
今ならとってもわかるわ。既に大切な人が傍に居たんだから」
※ ※ ※ ※
複数の好奇な視線に晒された感覚がし、噂の当人はぶるっと一瞬体が震えた
(今……自分に関する噂を立てられている気がする)
そう、女の勘だ。
この世界に来る時に、ほぼ全ての勘が働かなかった私だから、
それ、ぜんぜん当てにならないだろ? ……って言われるかもしれませんけどね。
「それにしても、なんで私とアデル様をモデルにした話が人気出てるんですか、
容姿的特徴からいっても、これどう見てもまんま私達じゃないですか。
変に事実を脚色されて困るんですけど」
私……こと、ユリア・ルーデンブルグ・ラグエルホルンはそう呟く。
でも、自分達がモデルになったというこの小説があることで、
その物語のファンを筆頭に、二人の結婚に理解を示してくれる人達が出てきた。
むしろ、本を片手に「お幸せに、これにサインしていただける?」なんて、
うるうるしながら言われる始末。つまり変なファンが増えた。
だがちょっと待ってほしい。確かにモデルは私達かもしれないが、
刊行されたこの小説は、明らかに事実とは全く違った方向性にいっているのだが。
言っておくが、二人の仲を引き裂こうとする、いじわるなご令嬢やメイド仲間とか、
そんなの居なかったからね。彼に恋慕していた人は確かに多かったけどさ。
「それに私なんかは異性にはもてていませんでしたし、むしろローディナ達の方が……」
そう言うと、背後で肩をたたきあって項垂れる護衛の騎士の皆様がいるんだけど。
なに? 私何かおかしなこと言いましたかね?
「まあまあ、奥様、皆さん理解者になってくれて良かったじゃないですか」
「もとはと言えばユーディ、これは貴方のせいなんですけどね?
もう少しどうにかできなかったんですか」
「いやいや、これはお二人の魅力を皆様に知っていただく、
大事な要素なんですよ。さまざまな障害を越えてこそ真の愛を勝ち取るのです」
実はこの物語を書いたのは、私の隣でニコニコ笑っているメイドの後輩、
ユーディだったりする。
そう、なんとユーディは趣味が高じて、メイド稼業の傍ら、
恋愛小説家デビューをしていたのだ。
(自分の元センパイ、現在は主人な人をネタにするのはどうかと思うよ)
プライバシーの侵害という言葉はないのか、この世界は。
いえ、私も役者目指していた頃は、癖のある方々を演技のネタにすることもあったけどさ。
普段からロマンス小説に入れ込んでいる彼女だ。それはもう臨場感たっぷりに、
ヒロインが数々の窮地を乗り越え、ヒーローと結ばれたというのは、
一部かなりの脚色が加えられているものの、世の刺激に飢えたお嬢様方には、
美味しく映った事でしょうとも。
(でも……まあ、初期の話は実話だし、所々やっぱり実話だし、
それで私に敵が出なかったのは良い事かな、うん)
通り過ぎていく風が頬を撫でていく。
ローザンレイツでの若奥様稼業もいろいろあるけど、なんとか順調にいってます。
(私は今、とても幸せだよ……)
空を見上げて、遠い世界に今も息づいているであろう人達に、心の中でそう呟く。
今、私はこの世界で、未知の物語を歩んでいる。
大切な人と歩む、新しいその物語を。
「ユリア」
「アデル様」
声のする方を振り返った先には、大好きなアデル様の姿。
雇用主としてではなく、今はたった一人の夫となったその人に、
私は出会った頃と変わらない笑顔を向けて、その名を呼んだ。
差し出された彼の手に伸ばす自分の手には、紫の宝石がきらりと光っていた。
~FIN~




