繋ぎ合うその手を握り締めて・4
いよいよ式の前日となったので、メイドの後輩であるユーディとイーア、
友人のローディナとリーディナの双子姉妹も加わって、最終調整することになりました。
あらかじめ用意しておいた婚礼用のドレスと装飾品は保存状態も良かったので、
この数か月、色あせもほころびもなくて、綺麗な状態で残っています。
アデル様が恋人になる前から買っておいてくれた生地を利用し、
ローディナのデザインから皆に手伝ってもらって、時間をかけ制作した手作りのドレスは、
胸元のすぐ下に、スカート部分の布が切り返しで縫われており、
下部分はふんわりと落ちるようなラインが特徴のもので、
いわゆるエンパイアドレスというものらしい。
制作したデザインは、最初すごくシンプルなもののつもりだったんだけれども、
その後ローディナが、出来上がったドレスを見て……。
『ユリアはやっぱりもっと可愛いもの着なきゃダメよね!』
と、ご本人の趣味もかなり混じった暴走をした結果、
私が持っていた紫の薔薇から作った染料を使い、
ドレスの裾に向けて、薄めのグラデーションとなるように染めてくれて、
元々にレースとの二重構造になっている生地でもあったために、
更に薔薇の刺繍を加えると、最初思っていたよりもとても華やかなものになっていました。
すると今度はリーディナがそれを見て、
『ただのドレスなんて、面白みがないわよね!』
と、何やら不穏な事を言いだした結果、
魅了効果、物理的防御力、物理的攻撃力、素早さ、
魔力効果耐性、精神異常耐性、毒耐性を全てアップの、
特殊効果付きのルーンを中に編み込んでくれたそうで……いや、ちょっと待って?
私、ただ式を挙げるだけだよね? なんでドレスにそんなものが必要なのさ。
いえ、その前に、なぜドレスに面白みを求める必要があるのか問いただしたい。
「だってユリアは龍の花嫁……ううん、騎士団長の妻になるんでしょ?
なら、あなたは世界最強の嫁を目指さなきゃ、となると最強のドレスが必要。
あ、ほら、女性にとってドレスとか化粧とかって、武装っていうじゃない?」
「いやだからって無理ですから、アイテムで底上げしてもたかが知れています。
ちょっとだけ神鏡のご加護とか、アデル様の加護とか頂いてますが、
素体はいたって普通、自称普通かもしれませんが、ノーマルなんですからね。
それに魅了効果なんてあげてどうするんですか」
「……旦那様になる、アデルバード様をメロメロ?」
もしもこれ以上、あのアデル様をメロメロになんてさせたら、
私は祭壇の上で、絶対に襲われると思うよリーディナ……煽ってどうするのさ。
最近のアデルバード様は、ルディ王子様によって変な知識を手に入れているらしく、
手際よく淑女のドレスを剥くレクチャーまで受けているんだよ、あの人。いや龍か。
表向き「レディに恥をかかせないためのマナー」だとか何とか言っているんだよね。
ああ、一回ルディ王子様をしめていいですか? なんて無理だろうけどさ。
天然培養の素直なアデル様に、なんてこと教えるんだあの人は!
「大丈夫よ。その為の物理耐性アップだもの。
人前で襲えないように、ドレスの防御力は通常より底上げしておいたから」
「頑張る所が盛大に間違っていますよ、リーディナ。
それに相手は蒼黒龍です。どこまでそれが通用するか……」
「ふふっ、でもユリアが一番に結婚することになるなんてね」
そう言って姉のローディナは、私とリーディナのやり取りの横で、
改めて自分が手掛けるのを手伝った、ドレスの完成度を見て上機嫌。
メイドは職業柄、結婚相手が見つかりにくい為に、この中で結婚が遅れるならば、
まず私だと思うんだけど、その私が真っ先に嫁ぐことになったのだから、
私自身も驚いている。使用人は辞められると困るから恋愛禁止なのが普通だし。
だからね。ローディナは私の事を最初すごく心配してくれていたんだって。
普通は主人とメイドの恋愛って、上手くいかないことが多いらしいので。
「……ユリアが幸せそうで、本当に良かった」
「ローディナ……」
しんみりしてしまった所へ、とことこと小さな足音が響く。
「みい、ネエネエ、ティアルモ、イレテ~……み? ヒラヒラナノ」
部屋にやってきたティアルがトルソーに飾られたドレスに近づき、
皆に黙ってこっそりとじゃれ付こうとしたものだから、
気づいたリーディナが慌ててティアルを捕獲してくれた。
「わわ、ティアル、だめだめ、触るのなら手を拭いてからそ~っとね。
これはユリアの大事なものだから、汚れたり破れたりしたら大変だもの」
「みい? ハーイ、ワカッタノ、ポンポンスル」
ティアルは手を拭かれてから「ソットナノ」と言いながら、ゆっくりと触ると、
嬉しそうにこちらを向いて目を細めていた。相変わらず可愛いなこの子は。
そんなティアルの横で見守っているのは、ぬいぐるみサイズのちびアデル様、
その頭の上にはマスコットサイズのアデル様が、ちょこんと乗っていました。
……本体とは仲が悪いのに、こちらのアデル様ズは本当に仲良しだな。
こうして見ていると、まるで仲の良い兄弟のようです。
いや、同じ生地で作っている部分もあるから、ぬいぐるみとしては兄弟なのかな。
「クウン」
「キャン」
「キャンキャン」
リファもその子供たちも、私達の様子が気になるようだけれども、
やはりまだリファは、幼子を抱えたガルガル期の真っ最中なので、
子ども達を前足で制止して、暫くは部屋の外からの様子見になっていました。
こんな様子なので式に参加してもらうのは難しいかな、どうかな?
リーディナがおいでおいでをするけれど、一向に近づいて来ようとしていないし。
これまでお世話になっていたユーディ、イーアでさえ近づけない。
「えっと靴も傷んでないし、装飾品はアデル様に貰った真珠のイヤリングを……」
靴も真珠のイヤリングも以前アデル様に貰ったものだ。
恋人以前の時に貰った物ばかりなので、
あの時から既にアデル様の嫁計画が始まっていた事を知るのは、
ここに居るメンバーだけだろう。
「こうして見ると、本当に良かったわね。アデルバード様も」
「そうねー……恋人になる前から用意しているんだものね、それも、ユリアを口説く前に」
人間の感覚で言えば確かにおかしいな行動だけれども、
野生の獣からしたら、雌が興味を引くようにあらゆる物を用意しておくのは常識だ。
だから彼にとっては、別段珍しい行為じゃないのだけれども。
感慨深げに話すローディナ、リーディナに対し、
ほうほうと目を輝かせるのは、後輩のユーディとイーアだ。
「あの頃から、ご主人様のアプローチすごかったですものね」
ユーディとイーアはユリアとアデル様のお買い物について行った際、
実はドレスの生地を、こっそりアデル様が買っているのを目撃していたらしい。
……が、主人の個人情報を勝手に漏らすわけにはいかないので、これまで黙っていたのだ。
納得したように、おさげ髪を揺らしながらイーアが頷けば、
「ああ、本当はドレス一式を用意してプロポーズの予定だったとか、素敵」
うっとりとロマンス小説愛好家のユーディは、夢見心地にどこかへトリップしていた。
「は、ははは」
それはそうと白いものってどうしても色が変色しやすいから、心配していたんだよね。
色移りしないように陽には当てないようにして、クローゼットの肥やしになっていたけど、
先日、陰干しをしておいたから、明日着る分には大丈夫だと思う。
状態を確認するために、クローゼットから次々出して机の上に並べていた私を見て、
後ろからそれを覗いていたリーディナが私に提案する。
「どうせだから試着もして微調整してみたらどう? ユリア。
明日はきっとバタバタしてしまうから、今のうちに念入りに見ておいた方がいいわ。
あ、収穫祭で貰ったリボンは髪を結いあげた時に使いましょうか」
そう言えば、女神様の祝福を受けた青いリボンが、
収穫祭のコンテスト参加者に貰えましたよね。
婚礼用に使われるものなので、使い方は各自の自由なんですが、
ドレスに縫い付けたり、アクセサリーにしたりと各自のセンスで使用しているとか。
で、この祝福付きのリボンを使って婚礼を挙げた花嫁は、幸せになれるそうです。
「いいわね。アレンジは私に任せてちょうだい、髪は生花も使ってみたいわね。
アデルバード様が必要なら薔薇の花を提供してくださるっていうから、
それを使って……そうだユリア、首元が寂しいから何かつけない?
一応何点か持ってきたけれど」
普段、妹のリーディナがお揃いの可愛い恰好をしてくれないせいか、
ローディナがまるで水を得た魚のように、きらっきらと目を輝かせているではないか。
暴走しない程度にお任せすることにした私、別にさじを投げた訳じゃない。
ここでお断りしたら、どこでその余波が来るか分からないからだ。
「そ、そう言えば首元を飾る物を用意していませんでしたね」
別に無くても困らないけれど確かに寂しいかな? それじゃあいっそのこと、
ビーズとか使って自分でシンプルな物を作るのもありかもしれない。
こちらの世界に来てからは、お小遣い稼ぎにギルドに卸す商品を作るだけだったので、
自分の身を飾る物は後回しにしていたんですよね。
持っているものといえば、以前ローディナにもらったアミュレットのペンダント位だ。
(メイドとして普段過ごしていたから、装飾は余り必要ではなかったですし)
声優をやっていた頃はジャラジャラ音を立てるアクセサリーは、
マイクが音を拾ってしまうので使えなかったし、せいぜい使うのはオーディションか、
宣材写真を撮る時くらいだった。こちらの世界に来てからも、仕事には邪魔だったので、
気づけばそういうのに興味がいかなくなって、買わなったんだよね。
(ティアルもいるから、誤飲したら大変だし)
すると、ぴょこぴょこと飛び始めた小さなアデル様ズが、揃って挙手をしていた。
「ユリア、オレガ、ヨウイスル」
「キュイ……ユリア、オクリモノ、スル」
ちびアデル様とちびちびアデル様が立候補した。相変わらずしぐさが可愛いな。
「キュイ、マッテイロ、ユリア」
マスコットのちびちびアデル様が、前足をちょいちょいと動かせば、
空中に紫のとても小さなミニ薔薇が、ぽんぽんっと出現して咲きはじめ、
それを受け取ったぬいぐるみのちびアデル様が、魔力で器用に棘を全部取り除いて、
弦をくるくるっと伸ばして鎖の網目上に組み立てていく。
キラキラと光の粒子が溢れ輝きだしたそれに、
先日アデル様が取って来てくれた真珠が加わり、とても華やかな首飾りへと変化した。
「わあ……」
その魔法に私はもちろんのこと、傍にいたローディナ達も目を輝かせる。
「すごいわ……祝福付きの首飾りね。それもハイクラスの物を一瞬で」
特にローディナは彫金師見習いだったこともあり、アデル様の魔法に興味津々だった。
生花を使った首飾りは独特の模様を作り、小さな小花達が華やかに演出している。
宝石を使うよりもとても素敵なものになっていて、金色の光の粒がキラキラと輝いていた。
「「デキタ」」
じゃじゃーんと言わんばかりに。前足で器用に持ち上げたちびアデル様達は、
私の方にとてとて近づいて嬉しそうに差し出してくれる。
……ちびちびアデル様は身長差でぷらーんと、ぶら下がっているけどね。
「あ、ありがとうございます」
手に取ったそれは軽くて、触れた瞬間にふわりと花の甘い香りがした。
自然の匂いが好きなアデル様らしい贈り物だ。
「わあ、とっても素敵ですね。あ……でも明日までに萎れてしまうんじゃ」
「ああ、なら、状態固定の魔法で処理すればいいわよ」
リーディナがそう言って腰に下げていたウェストポーチから容器を取り出し、
私の持っていた首飾りに、シュッとひと吹き何かを掛けた。
一瞬、目の前に小さな光の魔方陣が現れ首飾りを包み込む。
「それは?」
「状態固定する術式が込められた液体なの、これで数年は状態が持つわ。
普段は標本とか作りたい時に使う物なの」
……プリザーブドフラワーみたいなものかな?
「ありがとう、リーディナ」
「いえいえ。それじゃ試着してみましょうか」
「うん!」
「あ、じゃあ私、お手伝いしますね。ユリアさん」
「私も」
後輩のイーアとユーディがいそいそと着替えるのを手伝ってくれる。
私はしわを付けないようにドレスを試着し、アデル様から贈られた耳飾りと、靴を身に着け、
ローディナ達に髪を編み上げてもらい、青いリボンと紫の薔薇を髪に飾ってくれた。
「わあ……」
これだけでも姿見に映せば、とても素敵な花嫁さんに見える。
どきどきしたり気恥ずかしく思うけれども、心が浮足立って仕方がなかった。
(だって、これを用意していた時は、アデル様の安否が不安な中だったから)
でもちゃんとアデル様は、約束を守って無事に帰って来てくれた。
再会できた後に、私がドレスを用意して待っていましたと言ったら、
アデル様は嬉しそうに微笑んでくれましたから、用意しておいて良かったです。
少し動くと、裾がふわりと揺れるのを目で追っていくのは楽しい。
こういう体のラインにも沿ったデザインのものだと、
やけに胸の膨らみが強調されているように思えるのは気のせいかな。
ただでさえ胸が大きいのに、今にでも零れ落ちんばかりの状況なので、
胸元がここまで開いている服を着るのになれない私は、少し不安になってしまうよ。
「あの……これ、本当に大丈夫ですかね?」
「ふふ、大丈夫よ。ユリアはもう少し大胆になった方がいいわ」
本当かなあ……と思いながら、着飾った後は軽く化粧もしてみる。
書類選考とオーディションを突破する為に鍛えたこのメイク力も、
こんな所でいかんなく発揮してみせた。
(そうだ。全てが全て無くなったわけじゃないんだ)
あの頃の経験は全て無駄になったわけじゃない。
他の所でちゃんと活かされているんだ。それが嬉しいと感じる。
一通りを終えて、ゆっくりと姿見の鏡の前でもう一度自分の姿を見つめてみる。
其処には普段のユリアとは違う、少し大人びた私の姿があった。
「わあ……っ! とても素敵よ、ユリア。ねえリーディナもそう思うでしょう?」
ローディナは傍に居た妹のリーディナの肩を、興奮気味に軽く叩いて喜んでいた。
「そうね、こうして見ると本当にどこかの令嬢みたい。
周りの人が最初に勘違いしたのが分かる気がするわ」
「私達がユリアと出会った頃って、もうメイドになっていた頃だったものね」
「あ、ありがとうございます。サイズも調整しなくてもよさそうです」
ええ、そうね……と言ってローディナ達は顔を赤らめて私の腹部を凝視。
「……まだお腹が目立つ前で本当に良かったわよね、リーディナ」
「そうね。日常的に白昼堂々とあんなことをしていればね。
もう時間と忍耐の勝負だったんじゃないかしら?」
いや、ちょっと待って下さいなお二人さん、だから違うから、
まだ私達は、貴方達が考えているような事はないからね!?
……ちょっとだけ、誘惑にくらっとなる事は何度もあったけどさ、ほんとだよ。
「そ、そうだ。首飾りも着けなくちゃ」
話題を変える為に首飾りに手を伸ばそうとすると、
横から伸びてきた手によって、それを取り上げられてしまう。
あ、と、振り返れば本体のアデル様が居た。どうやら仕事から帰宅していたようだ。
今日はたまりにたまった仕事の処理のために、
ラミスさんに無理やり連れて行かれたんですよね。
……だがしかし、足元で踏まれている2匹の可愛い分身がもだえているのは、
ツッコミを入れるべきでしょうか? わざとでしょ、アデル様。
「あ、アデル様お帰りなさい。お出迎えができなくてすみません」
「……ユリアただいま、ああ、会いたかった」
すぐに私の頬に帰宅の挨拶をするアデル様。す、すばやい。
なんか、既に新婚夫婦のやり取りになっていませんか、今のって。
そして帰ったそばから見られている。頭のてっぺんから足の先まで隅々と。
じいい……と嬉しそうに見つめているアデル様は凄い上機嫌だった。
そんなアデル様を、生暖かい目で見ている双子姉妹と後輩が居る。
「ああ……やはり間近で見ると、いつものユリアとは雰囲気がちがうな、
ぬいぐるみの目から通して姿を見てはいたんだが、
なんだか普段のユリアとは印象が違って見えて、不思議な感じだな」
アデル様はとても気に入ってくれたようだ……。
いやむしろ「ユリア以外はどうでもいい」って考えているのかもしれない。
でも、小さな声で「これなら脱がしやすくていいな」とか言っていたのを、
私は全力で聞かなかったことにします。
「えっと、あの、私もここまで着飾ったりはしないので。
あまりこういう恰好には慣れていないので緊張します。
でも明日あるから、不備のないようにしたくて」
「ああ、そうだな、いよいよだ……。
ではこの首飾りは俺が身に着けてやろう、さあ、おいでユリア」
そう言うと、アデル様は手に取っていた首飾りを花が散らないように確認しつつ、
背後からそっと手をまわして首飾りを留めてくれた。
「よく……似合っている」
「あ……ありがとうございます」
首元に飾られた花が潰れないようにしながら、アデル様は一度背後から抱きしめ、
むき出しになっている肩に顔を埋めたあと、そのまま唇が触れる。
そして軽く部屋に響くリップノイズの音……。
両肩に触れていたアデル様の手が、体の線をなぞるように腕の方へ滑り落ちていく。
「ひゃっ!?」
その瞬間、揃って周りで息をのむ声がし、顔を真っ赤にする友人と後輩達の姿が目に映った。
アンタたち場所を選びなさいよと、リーディナが言いたそうに口をぱくぱくしている。
いや待って? わ、私は不可抗力だから、抵抗しても普段からこんなんなんだよ!?
足元で威嚇の声を上げているのは、ちびアデル様とちびちびアデル様だ。
「ツギハ、オレダ」とか言ってぴょんぴょん跳ねて、ティアルも真似っこしたりして、
アデル様は分身とティアルの主張は完全に無視しているというか、
私以外に視界に入っていない様子です。
「――……」
「あ、アデル様、あの皆が居ますので……」
「ユリアから俺の薔薇の匂いがよく馴染んでいるようだ……なあユリア、
どうせ明日の事だ。もういっその事、このまま1日予定を早めて式を挙げないか?
リハエルに頼めば、手ごろな所を貸してもらえると思う。
せっかく着飾ったんだ。このまま利用しない手はないだろう?」
「え、えっとそれは」
いそいそと、目の前でしゃがみ込んだアデル様は、「さあ、行こうか」と、
私の膝裏に腕を回し、あっという間に私の体を横抱きに……。
はい、お姫様抱っこというものですね。それをされておりましたよ。
――って、まずい……アデル様本気だわ!?
「あ、あの花嫁は式までにまだ準備がありますから、我慢していただけませんか、
それにユリアも心の準備がありますから」
困っていた私に助け船を出してくれたのは、その場を見ていたローディナだった。
ありがとう、ありがとうローディナ! 私の説得スキルは極端に低いので、
メインヒロインのお姉さんに助けてもらう方がいいかもしれませんね。
はい、元声優の私は、ここで誰よりも話術を駆使するべきなんでしょうけど、
即興演劇って私まだ苦手なんだよね。
今まで忘れていたけど、メイン、サブ、隠しと立場的な優先順位というのもありますし、
私が言うよりも同じメイン枠の方の方がいい気がするんだ。うん。
「準備か? これ以外に何があるんだ。もう十分ではないか?」
場所は弟のリイ王子様が、自身の所属する教会を一つ無償で予約してくれているし、
招待客は親しい者のみとなっているので、招待状を出すのも省略している。
ドレスとかはこの通り揃っているので、もう流石にやる事はないと思うのですが?
「いえ花嫁さんは、全身のお手入れを念入りにしないといけませんから」
そう言う彼女の手には持参した鞄から、小瓶を取り出した。
紫色に淡く色づいた透明の液体が入るその小瓶は、光を受けてキラキラとしている。
「これは?」
「ふふ、実はアデルバード様にご協力いただいて出来たの、
薔薇で作った精油から出来たマッサージオイルよ。
これでユリアの髪と体をお手入れしてあげようと思って」
「私はその余りでローズウォーターを用意してきたわ。
これでお風呂上りにお肌に付けましょう」
おお、エステだ。というか、アデル様どれだけ薔薇を提供したんだろう。
見ると、足元に居るぬいぐるみのちびアデル様が、えっへんと言いたげに、
胸をそらしていたので提供元はこの子らしい。
……毎日、ちびリオさんと日向ぼっこしているものね。ちびアデル様。
だから魔力はいっぱいあるか、うん、頑張ってくれたんですね。
私はしゃがみ込んで、ちびアデル様の頭を「ありがとうございます」と、なでてあげたら、
嬉しそうにしっぽをたぱたぱ揺らしていた。可愛い、ひたすら可愛い。
小さくてこんなに可愛いのなら、龍体になったアデル様本体に、
龍の着ぐるみを着せたら可愛くなるだろうか……などと、
この場にラミスさんが居たら心底心配されそうな事を考え、
余計な現実逃避なんぞしている間に、ローディナ達はアデル様の説得を続けてくれていた。
「……そうか、残念だがユリアが楽しそうなので諦めよう。
どうせならばこの俺が、自分の膝の上に乗せて、
君の肌を隅々まで手入れしてやりたい所だが……ユリアの肌は柔らかくて心地いい」
そう言えば、まだ私と入浴するのをしていなかったと言うアデル様に、
私は身の危険を感じてざざっと距離を取る。
「だ、大丈夫です!」
「だろうな……では、それは今後の楽しみに取っておくとして、
これだけは許してくれるか? ユリア」
顔を真っ赤にした私に、アデル様がついばむ様にキスを繰り返す。
ダメと言ってもするのがアデル様です。後頭部に手を添えてがっつりキスされました。
その足元では、このやり取りにやきもちを焼いたぬいぐるみとマスコットのアデル様が、
「ハナレロ」と言ってポカポカと本体の自分を前足で叩いて抗議をしていた。
そして幼さの残る我が後輩達は、アデル様の醸し出す大人の色気によって、
お邪魔しましたと言わんばかりに、慌てて部屋の外へ飛び出して行ってしまった。
「……明日の夜が楽しみだ」
「!?」
耳元に囁かれたアデル様の言葉に、私はさらに顔が火照る。
(あ……そうだ。このドレスって魅了効果が……)
つまり、この格好はアデル様を、余計にあおる状態になっている訳で。
アデル様に解放されて、私と同じく顔が真っ赤なローディナ達に促され、
ふらふらしながらドレスの端をつまんで、いそいそとその場を離れることにした。
くくっと笑っているアデル様と、前足を振って見送ってくれる小さなアデル様達と、
一緒になってこちらを見ていたティアルとリファ達と別れて、
まずはこのドレスを脱がなくてはと、自室へといったん戻る。
人前で恥じらいというものがないのか、問いただしたいアデル様。
そうして私は独身最後の1日を慌ただしくすごし、
アデル様の誘惑にも耐え、ついに待ちに待った日を迎える事になりました。
※ ※ ※ ※
――早朝、屋敷の中に温かな日差しが降り注ぐ。
新しいスタートを切る大切なその日の始まりは、
大好きなリファの揺り起こしからだった。
「クウン」
「……ん? おはようリファ」
最近はすっかり母親としての務めに専念しているリファの頭をなでる。
こうして触れているととても安心するのは、幼い頃から一緒に居てくれた懐かしさからか、
ふわふわの白銀色の毛並みは日の光に照らされて、綺麗に輝いて見えた。
(自立した娘と思われていた筈なんだけど)
それでも毎朝起こしに来てくれるのは、未だ手のかかる娘だと思っているからだろうか。
リファはまだ眠ったままの白狼の幼子二匹を、自分の背中の上に乗せたまま、
とことこと私の元へ起こしにやって来てくれたようだ。
「さあ、そろそろ起きなさい」と言わんばかりに上掛けまでめくられて、
私は大人しくゆっくりと起き上がり、両腕を伸ばしてあくびをした。
(アデル様はもう先に起きたのかな)
いつもならアデル様が横にもぐりこんで眠っていたり、
私が起きるまで傍にいて、髪をなでてくれたりする事が多かったけれど、
彼が傍に居ない事に、少し寂しいと思ってしまうのはいけないことだろうか、
いいや、別にかまわないのではないか。これから夫婦になるのだし。うん。
「夫婦……」
想像して顔がぼっと熱くなった。そうなんだ。そ、そうなんだよね。
そう、夫婦になるんだよね。あのアデル様と、うん。
私の隣ではアデル様の代わりに、ティアルが丸くなって眠っていた。
つんつんっとほっぺたを指で突っつくと一度びくっと反応を示したものの、
そのまま寝息をくりかえしているが、小さなピンク色の肉球をぎゅっと握って、
よりいっそう丸くなってしまった。出会った時からティアルは何も変わらない姿で、
今日も私の傍に居てくれる。
「ふふ、ティアルはまだおねむさんか、昨日はずっとはしゃいでいたもんなあ、
あ、そうだ……いよいよなんだよね」
今日がその日なんだ。私がまた違う自分になる運命の日。
「……」
これまでの事を思い、感慨深く浸る前に私は心の中で盛大に叫んだ。
――ここまでよく乗り切ったわ、私いいいいっ!!
これまでの事を思えば、顔を赤らめてベッドの中でもだえてしまう。
結婚準備を始めてからのアデル様からの誘惑攻撃は本当にすごかった。
眠る時なんて特に迫ってくる状態だったから、よく耐えたものだと自分でも思う。
いや、むしろ夜ば……いえ、強硬手段という知恵を、
アデル様がまだ付けていなかったのが幸いしたか。
防御特化型のヒロインでも、アデル様への誘惑耐性は0だっただけに、
最後の方は本当に自信がなくなっていたので、自分の身を守れたことに安堵する。
窓の外を覗いてみれば、婚礼の式を挙げる日は雲一つない快晴。
おりしも今日はアデル様と私が出会った日でもあり、私がユリアとなった日でもある。
新しいスタートを切るには、これほど意味のある1日はないということで、
私は式を挙げるならこの日がいいと、アデル様に前もってお願いして決めていた。
(今日でちょうど1年が経ったんだね……本当にいろいろあったな)
顔をのぞきこんでくるリファと目が合うと、ぎゅっとリファの頭を抱きしめる。
「ふふ、リファ……本当にありがとうね」
「クウン?」
「私がアデル様と出会うまでの間、ずっとアデル様の傍に居てくれて」
それは幼い私が「お兄ちゃんを守ってあげて」という願いがきっかけだったとしても。
兄が声を当てる予定だったアデル様にリファの魂は巡り会い、主従の契約を結んでくれた。
形は違うけれども、リファはずっと幼い頃の私のお願いを守っていてくれて、
兄と縁のあったアデル様の傍に一緒にいてくれていたんだよね。
(お兄ちゃんの魂の傍に、居てもらう事はできなかったけれど、でも……)
今なら、その理由がなんとなくわかる。
兄は私よりも遥かにすごい人だった。
私よりもどんどん前に行って、どんどん決断して自分の可能性を広げて道を決める。
いつだって未熟なばかりだった私の道しるべとなってくれていた。
そんな兄だったから、亡くなった後は気持ちを切り替えて、
今頃は次の人生を懸命に歩んでいるのではと今では思う。
そう、真の役者とは、心が強く、気持ちの切り替えがとても上手なんだ。
だから私が兄の魂とこの世界で巡り会う事ができなかったのは、
きっとそういう事だと思う。
だから、もう大丈夫なのだろう。リファが傍で見守ってあげなくても。
(今のアデル様を取り巻く縁は、私から始まったものだとしても)
リファが居てくれたから、アデル様は孤独じゃなく守られてきたんだ。
それは以前の金の髪のユリアの居た世界では、決してできなかったことだ。
「それと、私とアデル様を引き合わせてくれたことも」
ユリアによって、アデル様とユリアは出会わない運命に組み替えられていた。
命がけで組み替えたそれは、そうそう簡単に覆せるものじゃない、
本当なら出会う事すら出来ない可能性が高かった筈だ。
ユリアとしてこの世界に来た私は、あの場所で理を歪めた代償を支払う為、
もう一人の私の因果に巻き込まれ、一緒に力尽きて消えていたかもしれない。
だって二人のユリアは真名によって繋がっていたのだから。
だからリファが無意識に縁を辿って私を見つけてくれなければ、
今頃私はアデル様と巡りあう事はできず、助かる事もきっとできなかった。
だからユリアとして、あの出会いは奇跡と言うしかない。
この世界の制約に縛られないリファは、貴重な役割を担ってくれていたんだよね。
まさに“白き獣は神の使い”そのものの役割をしてくれた。
「リファのお陰で、私はアデル様と巡り会えたから、だからありがとうなの」
「クウン」
「これからもよろしくね」
リファにそう言ってから頭をなでてから離れる。
そんな私の気持ちが伝わったのかは分からないけれど、リファは私の頬をぺろりと舐め、
頬ずりをしてくれた。だから私は嬉しくなって再びぎゅっと抱き着いてみて笑う。
小さい時、あなたとこんな風に一緒にずっと過ごしていたよね。
ずっと私のこと、家族のことを見守ってくれていたよね。
あの時とは違ってこんな風にお話はできなかったけれど、
どちらの世界で過ごした思い出も、私にとっては大切な思い出だ。
「……さて、ところでリファ」
「クウン?」
「あそこに居るの、アデル様だよね? あそこで何をしているのかな?」
リファの柔らかな毛並みを楽しんでいたら、視界の隅にふと既視感が……。
見ると部屋の隅で居ないと思っていたアデル様が、
薔薇の花をまた大量生産してその中で突っ伏して倒れているではないか。
量こそ以前よりは加減してもらっているようだったがそれでも多い。
まさか、まさかとは思うがアデル様……今日が一番大切な日だというのに、
暴走したのではないか、魔力は一種の生命エネルギーなので、
大量に使えばそれは疲れるだろうに。
そのすぐ傍では、ちびアデル様とちびちびアデル様まで、一緒に埋もれている。
たぶん、こちらのアデル様達は私の寝床に忍び込もうとして、
本体のアデル様に気づかれ、邪魔されたんだろうなというのは分かるけれども……。
私は起き上がってそろそろと近づいて、アデル様の頬に指先でツンツン突ついてみる。
「アデル様、アデル様、こんな所で眠ったらだめですよ~?」
人型の時はベッドで眠るようにさせていただけに、
この寝方は流石に屋敷の皆さまが見たら驚いてしまうだろう。
「う……あ、ユリア?」
「はい、おはようございます」
頬をなでたら気持ちよさそうに目を細めるアデル様の姿が。
何度見ても美丈夫なお人である。こんな恰好ですら絵になっているのだから。
薔薇の海に突っ伏して眠るメインヒーローか……一体どんなイベントシーンだろう。
「アデル様、今日は大事な式があるんですよ? 大丈夫ですか?」
「ん……そうだ。分かっているずっとこの日を待ちかねていた」
「アデル様?」
腕を取られ、引き寄せられた私は体が宙に浮く、
そしてそのままアデル様の上に乗る形になり、
腰に腕を回され、抱きくるめられる形となった。
「忘れるわけがないだろう、やっとユリアが俺のものになってくれるんだ。
この日を指折り数えて待っていた、焦がれるほどに待ち望んでいた。
だが、いざその日になると思うと、昨日の晩は気分が高揚してしまって夜も寝られず、
ユリアの寝顔を見たら余計に興奮してしまい、結果この状況になった」
「……アデル様」
「眠い……だが、ユリアとつがいになって往生するまで死ねない」
――その執念は本物ですねアデル様。
なるほど、つまりアデル様はこの日が楽しみすぎて眠れなくなったと、
まるで遠足を待ち構えた子供のようなお人、いえ龍だなと思ったけれども、
ごめんなさい、そうとは知らず私はすっかりいつものようにグッスリ寝てしまいました。
ティアルを寝かしつけていたら、ついつい一緒に寝ちゃったんですよね。
ゆっくりと起き上がったアデル様は眠れなかったというから、徹夜したのだろう。
目の下にクマはできてはいないが、ちょっとお疲れ気味のようだ。
健康第一の騎士団長様がこれではとてもまずいと思う。
そんな時でもきっかり私に作った薔薇を髪に飾った挙句、
頬にそっと唇を寄せてくるアデル様の姿に、私は頬が熱くなった。
アデル様……こんな時でも愛情表現は忘れませんか。
私はふと窓の外を見た後、アデル様の手を取り立ち上がらせた。
「アデル様、式までには時間がありますから仮眠してください。
式を挙げるのは午後の予定になっていますから大丈夫です」
そう言って私が傍にあるベッドを勧めしたら、
アデル様は私に誘われていると勘違いしたらしく、
嬉しそうに私をベッドに運び、寝着に手を掛けようとするアデル様が居て。
「そういう意味じゃなーい!」
と、べしっとアデル様に一撃を食らわせて、ベッドに寝かしつける事になりました。
※ ※ ※ ※
お昼時になってアデル様はようやく目をさまし、
準備を手伝いに来てくれたローディナ達によって、ドレスアップを手伝ってもらう
前日念入りに準備をしていたので、今の所は不測の事態にはなっていないお陰で、
気持ち的にも余裕を持って準備にいそしむことができた。
私はまだ本番でもないのに、鼓動がどんどんと早まっていくのを感じながら、
みんなの手伝いを受けながら準備にいそしむこととなった。
でもこんなに皆にいろいろしてもらうと、こそばゆいんですよね。はは。
「ああ、もう駄目よユリア、笑ったりしちゃ……少しじっとしていて?
髪形はゆるく後ろで編みこんで、アデルバード様からいただいた生花も飾って、
あ、この蝶の髪飾りまでは考えていなかったわね。これはどうしましょうかユリア」
ローディナに私のトレードマークともいうべき蝶の髪飾りを差し出される。
今は形も変わり、両羽となった金色の蝶に青いリボンが付いたそれ。
私の大事な思い出の品でもあり、大切なお守りでもある。
「うん……大事なお守りだから持っていきたいな」
形は変わってしまったが、これは私の家族から貰った大事な思い出の品だ。
家族にはこの晴れ姿を見てもらえないけれども、せめて一緒に持っていきたい。
私はローディナから受け取ると、付属していたリボンだけを外し、それを胸元に留める。
すると蝶の髪飾りは一瞬七色になったかと思えばドレスの白い色に同化した。
「わ、すごい。色が変わった」
「あら本当ね。どういう仕組みなのかしら、これ?」
「リーディナ、分解はだめですよ」
「だめか」
手をワキワキ動かしても駄目です。香油を使って髪を丁寧に結いあげてもらい、
その中に紫の薔薇の花を一緒に編み込む形で挟む。
多少動いても外れないようにされたので、安心して動くことができそうだ。
そして仕上げに、アデル様より贈られた首飾りを着けて、靴を履いて完成。
「じゃっ! 私はちょっと用事があるから、それ済ませてから向かうね」
そう言うと、手伝ってくれたアンは忙しそうにそそくさと屋敷を飛び出して行った。
そんな彼女の後を「マッテ~」とちびリオさんがサンドイッチを両前足で持ったまま、
てちてちと追いかけていくけど、いいのかな?
なんか、ちびリオさんの行動が、まるで幼児の後追い攻撃になっているけど。
……なんだかちびリオさん、食いしん坊キャラになっている気がする。
まあ、これまでまともに食べられなかった分、その欲求が出ているのがあの子らしいし、
いいのかな、本人、というか龍は楽しそうだからいいか。
「それじゃあと、その前に……」
私はこの晴れ姿をお屋敷のおじサマーズ、おじいちゃマーズにも見てもらうことにした。
このお屋敷に来た時に、不安がっていた私にいつも何かと気を使ってくれたおじ様達、
私にとっては感謝してもしきれない恩人達でもある。
皆はうるうるしながら私の晴れ姿を褒めてくれて、とてもとても喜んでくれた。
今日はお屋敷のお仕事はみんなお休み。その代りに教会での式に参列してもらう事になっている。
「ああ……ついに俺達の娘が、ユリアちゃんが嫁ぐのか」
「うう、ユリアちゃん幸せにな」
「綺麗だよ。とっても綺麗だ。これはアデルバード様も嬉しいだろうね」
「長生きしてきて良かったなあ」
「同じ屋敷でこれからも暮らすんだとしても、やっぱり感慨深いな」
皆さまは今日の為に、朝から一生懸命に自分達の髪をくしけずり、
持っているものの中で、一番上質な素材で作られたシャツと背広のしわを伸ばして着こみ、
ぴかぴかに磨いた靴を履いて、私達の式の為に身ぎれいにして着飾ってくれていた。
一時は私が未亡人同然になるのでは、と悲観していたおじ様達は、
その後、アデル様の後を追うように屋敷を飛び出した私に、数名のおじいちゃま達が倒れ、
そして死んだと思われていたアデル様が、意識を失っていた私を抱きかかえて、
この屋敷に戻ってきた際には、数名が腰が抜け、ぎっくり腰になってしまったという。
そのまま私が眠り続けた際には、所々でさめざめと泣き続け、
アデル様ともども、私より先に衰弱してしまうのではないかと、
メイドの後輩であるユーディとイーアが心配したほどだったそうだ。
色々とご心配とご迷惑をお掛けしたんですよね……だから今、よかったよかったと、
こうして喜んでくれる姿に、私もじいんと胸が熱くなる。
この世界に来て彼らは本当の父代わり、祖父代わりになってくれていたんだもの。
私は優しい人たちに囲まれて、本当に恵まれていたんだと思う。
「おじ様方、おじいちゃま方、今まで本当にお世話になりました。
そしてこれからもよろしくお願いします」
だから私は嫁いでいく娘の心境で彼らに頭を下げ、
淑女の真似事でスカートの両端をつまんで膝を折る。
大丈夫、嫁ぐと言ってもお屋敷を出ていく訳じゃないし。永遠のお別れじゃない。
「いいんだよ、いいんだよ」
「幸せになるんだよ。幸せにならなきゃいけないよユリアちゃん。
ああ、でももう結婚するから、これからは奥方様と呼ばないといけないね」
「いいえ、今まで通りの呼び方で呼んで下さい。私もその方がうれしいです」
そう私が言うとおじサマーズと、おじいちゃマーズの顔が余計にほころんだ。
「……君は寂れていたこの屋敷を明るくして、わし達に笑顔をくれたんだ。
これからはアデル様に幸せにしてもらわんとな」
「すてきな奥方様になっておくれ」
「ふふっ、はい」
そして私達は、それぞれ式場である教会に現地集合という事になった。
ローディナ達は一旦家に戻って、自分の身支度を整えてくるらしい、
ユーディとイーアの2人は結婚式に参加するのは初めてだからと、
ぎりぎりまで着る服に悩んでいるようだった。
リオさんは親友が行う人間の結婚式に興味を持ったらしく、
車いすに乗って参加してくれるらしい。分身はアンを追いかけて行ったのだが、
こちらは上体を起こすだけでも精一杯のようで、おじ様たちが連れて行ってくれるそうだ。
「準備できたのかい?」
「はい、リオさんも今日は出席してくれるんですね」
すると足元でちょいちょいと私に触ってくる感触に気が付き、
見下ろしてみれば、そこにはちびアデル様とちびちびアデル様が、
しっぽをフリフリと振りながら私を見上げており、
誇らしげに、お揃いの蒼黒騎士団の制服を纏っていました。
……芸が細かいな。誰だろう作ってくれたの。あ、ローディナだきっと。
「わあ、素敵ですね。とっても似合います」
「ローディナ、ツクッテクレタ」
「キュイ」
それぞれ白いシャツと黒い制服の上着に青いマントまで羽織っており、
銀色の留め具まで丁寧に再現され、小さな薔薇を胸元に飾られたそれ、
人形用の銀色のボタンが付いたそれには、この家の紋章が掘られている。
こっちの面でも商売できそうなほど、彼女の作ったのは精巧に作られていました。
特にマスコットサイズのちびちびアデル様の物なんて、小さくて作るのは大変でしょうに。
(後でお礼言わないとですね)
前足を伸ばして抱っこをせがむ、マスコットのちびちびアデル様と、
私の足元でうっとりとドレスに抱き着いているぬいぐるみのちびアデル様。
既に幸せそうなその様子に、見ていてつい笑ってしまった。
「キョウハ、オレトユリアノ、タイセツナヒダカラ」
「キュイキュイ」
褒められたことで、嬉しそうにぴょんぴょん飛んでいます。可愛い……。
「えっと、でも本体に戻らなくてもいいんですか?」
「……イヤダ」
「キュイ!」
……やっぱり本体との確執はあるようですね。
私を独占するからという理由らしいけど、みんな似たようなものだと思うよ?
だって中身はアデル様なんだから。とりあえず式の間は暴れないようにお願いしておこう。
すると2匹のアデル様ズはリファの背によじ登って、
リファの子ども達と共に仲良く教会へ向かうことにしたようだ。
少し離れた所には以前私のお見舞いの品をくれたりした、
ティアルの使い魔友達の動物さん達も仲良く集まっている。
ティアルによると、今日の式に顔を出しに来てくれたんだって。
でもね? 結婚って意味はよく分かってないみたい。ティアルも分かっていないし。
ただ今日が私にとっておめでたい日だからって認識のようです。
皆に手を振ったら、嬉しそうに近づいて来てくれて、
口に咥えていたお花をそれぞれ貰いました。
「わあ、ありがとうね。みんな」
まさかこんな小さな子達にまでお祝いしてもらえるなんて、
私は用意していた薔薇のブーケの中に、もらった野の花をしのばせた。
「私達はルディ王子様の手配してくれた、お忍び用の馬車を貸してもらう予定だけど、
まだ来ていないですね。ティアルを預かっていてもらおうと思っていたんですが」
「みい? コナイノ」
「ティアルもリファと一緒に居る? それかアン達にでも……。
あれ? そう言えばアン、さっき出かけるって言っていたけどどこへ?
もしかしてもう先に行っているのかな、結婚式初めてだってうきうきしていたし」
それはそうとルディ王子様だ。ああ見えても彼はいつも時間には正確なのにな。
人の上に立つ為には、人の模範となるべきものにならないとと言って、
こういう約束事にはきちんとこなす誠実さがあるのに。
だからもしかして、不測の事態とか起きてたりするのかな……そんな事を思って、
事故とかじゃなければいいけど、と、心配になって玄関から外をのぞきこんでいると、
そっと背後から抱きすくめられ、うなじに熱がともった。
「ひゃあ!?」
「ああ、驚かせたか、悪い……ユリア、支度はもういいのか?」
「は、はい」
相変わらず、いきなりしてくるから驚くよアデル様。
振り返るとアデル様は、いつもよりも凛々しい恰好だった。
騎士団で公式の式典などの際にのみにだけ使用していた正装用の制服を着ていて、
黒地に銀の龍とイラクサの刺繍が施され、紫色の宝石が付いた銀色の飾りのある青いマントを羽織り、
当家の紋章が透かし彫りに掘りこまれた銀色の留め具のボタンに、
白い手袋を身に着けていた。
その姿を見て胸がどきっと跳ね上がる。か、かっこいい……。
普段こういう堅苦しそうな恰好は嫌がって着ない分、その破壊力がすごい。
でもね? 先に小さなアデル様達での正装姿を見ていたから思った。
うん、ペアルックならぬ、トリオルックだね。なんて。
「ああ、昨日も少し見たが、やはりいつものユリアと雰囲気が違うな……。
よく似合っている。元は俺が贈ったものだったとはいえ、ここまで変わるとは」
そう言いながらアデル様は私の頬に手を添える。
いえ、それを言うならアデル様の方です。と言いたかったが、
あまりの衝撃で言えなかった。
そうだったこの人、メインヒーローだったんだから、
こういう衣装が似合わない筈がないんだよね。
「ユリア、先ほどメサージスバードで知らせが来てな、
急で悪いのだが、迎えの馬車は使えなくなったそうだ」
「え?」
私の頬を撫でてそう言ったアデル様は、
自身の身に着けていたマントで私を包んだかと思えば、
横抱きに抱きかかえ、上空へと連れ出した。
その姿でも空を飛べたのですか、なんて思っていたら、
アデル様の背中には龍の黒い翼が現れていた。
どうやら力が戻った事と、始祖の力により以前より強化されたことで、
こんな事もできるようになったらしい。
……でもこの状態だと、まるでアデル様が魔族のように見える。
誰かに見られて誤解されないだろうか、私は心配になって誰も見ていないか確認。
よし、大丈夫のようだ。びっくりした。
「ユリア、見ろ」
「え?」
アデル様の首元に腕を回して、
言われるままに恐る恐る見下ろせば、其処は光の粒子に包まれた城下だった。
それは龍族と祝福を受けたものにしか見えないだろう、幻想的で不思議な光景。
光の粒子が、この地に満ちていく。
それはアデル様とリオさんが、この王都にいる事で与えられている恩恵なのだろう。
この光がきっと龍脈を通して、大陸各地へと伝わっていくんだ。
「わああ……すごく綺麗ですね!」
「王都は龍脈の中心部だから、ここから流れる俺とリオの龍気が溢れているんだ。
あとは故郷にも蘇った同胞達が、少しずつ大地を癒してくれている筈だ。
だからもうじき失われていた土地の生命力も元に戻る。
ユリア、君が俺と一緒に守ったんだ」
守った。その言葉に私がしてきたことが無駄ではなかったのだと実感する。
私が感慨深くその言葉に耳を傾け、再び城下を見下ろしていると、
見慣れた馬車が、馬に騎乗し、黒い装束に扮装している男達に取り囲まれているのを目にする。
あ、あれはルディ王子様が手配してくれる予定だったお忍び用の馬車じゃないか。
一見、辻馬車に似た装飾になっているお忍び用の馬車が、なぜかアデル様の屋敷とは正反対の、
それも人気のいなさそうな森の中へと入っていくのが見えた。
「アデル様、あれって……ルディ王子様じゃ」
「ああ、実はハーシェス家から王家へ抗議文が寄せられていてな。
王家の礎にする話だったユリアの結婚相手が、この俺に変更されたという事で、
今更になってユリアを返せと言ってきた」
「えっ!?」
「本来は神鏡を守る娘は外界とは隔離し、一族の男との間に子を作るものらしい。
閉鎖的な空間で、神鏡を覚醒できないものは子を産むほか道がないからな。
俺もライオルディも、ユリアが神鏡を覚醒させられた事までは伝えてはいないから、
君を取り返して守護者を継続させるか、一族が選んだ男との間に子を産ませて、
次代へつなげようとしているんだろう」
……なんだそれは。聞いてない、いや、今聞かせてもらっているのか。
でもそんな事をユリアの実家が考えているなんて、とは思ったが、
もしそれが実行されれば、こちらの意思を無視して強行されることは、
ユリアの記憶を引き継いだ私はよく理解していた。
「断るのならば、生まれてくる子供をよこせとも言ってきたらしい。
無視すれば、ユリアか子供が浚われる可能性も出てきてしまってな。
ふざけた内容だから、いっそ故郷ごと燃やしてやろうかと本気で思ったが、
ライオルディがこの件に手を打ってくれるそうなのでな」
始まりはルディ王子様の計画から始まった事だから、
これは自分が決着を付けようと、そう名乗り出てくれたのだと言う。
「ルディ王子様が、だから……」
「一度、王家から直々に断わりの手紙を出してくれたのだが、諦めなかったようで、
今日の婚礼の為に使う馬車を襲撃して、ユリアを連れ去ろうとしていたようだ。
その計画がライオルディの密偵から情報が入り、あいつは囮役になってくれた。
ユリアが神鏡を覚醒させた今、最優先すべきは君の意思ひとつなのだが、
相手にそれを知らせたら知らせたで、のちのち面倒な事になると見越してな」
ああ、この期に及んでそんな事態が起きていようとは。
アデル様との結婚に浮かれていて、そうなる可能性も考えていたのに、
私はまだそれに対する対処を思いついていなかった。
ぎゅっとアデル様にしがみ付く体が震える。
「大丈夫だユリア……俺の大事な花を他の男になんて触れさせたりしない」
アデル様とルディ王子様は告知義務を行った頃から、
この不穏な様子を見せ始めていたハーシェス家の一族に対し、相手の動向を探り始め、
最悪の事態を想定して、アデル様は私を外へ出したがらなかったようだ。
(ああ、あの時の台詞はこっちの意味も含まれていたのか……)
相手はあの神鏡を管理、守護していた一族なだけに、
いずれは何か仕掛けてくるのではないかと、私も予想はしていたけれど。
だからアデル様は「この世に存在しない筈の娘が存在する事」と、
「ユリアはアデルバードの花嫁」という証明をし続ける為、
彼はかなり念入りにマーキング行為を行っていたらしい。
「ユリアを怯えさせたくなかったから、皆で話して今日まで黙っていたが……。
今度同じような事があれば、きちんとユリアに話そう」
「はい……でもこれからどうするのですか?
囮になっているのなら、ルディ王子様が危険なんじゃ」
まさか王族に囮になってもらうなんて、誰が予想するだろうか。
馬車は開けた道で止まり、馬車を取り囲むように武器を持った黒ずくめの男達と、
大きな麻袋を持った1人の男が馬を下りて近づき、乱暴にドアを開ける。
上空でその様を黙って見守り続けるのは、とても勇気が要った。
「……これはこれは、熱烈な歓迎だね」
凶器を向けられても、ルディ王子は取り乱す様子もなく悠然と構えていた。
彼の向かいには、縄で縛られた御者の男らしき家来の姿が怯えた顔で悲鳴を上げている。
すでにここへ来るまでに馬車は乗っ取られていたのだろう。
ライオルディ殿下の隣には、黒いフードを被る小柄な女性が同乗していた。
つまり、あの人は私の身代わりとして用意されたのだろうか。
「アデルさ……」
「しっ」
上空からその様子を見ていた私は、助けに行かなくてもいいのかとアデル様を見たが、
アデル様は私の存在を知られないようにと、マントで私の体を覆い隠し、口を塞がれた。
「おい、お前らは女を連れていけ、こいつらには用はない」
男達は剣をルディ王子へと向けて牽制しながら、奥に居る彼女に腕を伸ばした。
だが、そこで男達は悲鳴を上げる。見れば男達の腕は何者かに切り裂かれたような、
赤い傷口が広がっていた。それはまるで獣にでも襲われたかのような傷跡で……。
「ひぎゃあああっ!?」
「うわああっ! 貴様、なっ、何をした!」
「……私は何もしてないよ。ただ、相手が悪かったね。
君は眠れる獣を起こしてしまったようだ」
「なっ、何?」
「この私が“護衛”もなしに、こんな所までついてくると思ったのかい?」
――いや、ルディ王子様、今までさんざんそれやってましたよね?
男達が慌てて馬車から距離を取ると、ルディ王子は余裕の表情のまま、
傍に置いてあった楽器のパルンを持ち出し、あっという間に剣を引き出して外に出る。
それを合図に彼の背後からゆっくりと馬車から出てきた女性は、
目深にかぶっていたフードをゆっくりとした動作で取り除き、
その素顔を男達へと晒した。
ツーサイドアップにした赤紫色の髪が風に緩やかに揺れ、
強い意志を宿した同系色のその瞳を持つ少女の姿があって。
……って、嘘!? 何であなたがここに居るの!
(アンッ!?)
それは私もよく知る、先ほど別れた元女主人公アン、アンフィールの姿があって、
彼女の前あわせのマントからひょこっと顔をのぞかせたのは、
隠れていたぬいぐるみのちびリオさんだった。
ちょ、なんでアン達がここにっ!? と、私が驚きに固まっていると、
さっきからシャーシャーと地を這うような声で威嚇する、ちびリオさんの声が響く。
「アンニ、サワルナ、ボクハユルサナイ」
おお、すっかり懐いたようですねちびリオさん。
流石は女主人公、最短記録で野生育ちのヒーローを懐柔成功したようだ。
「なっ、違う、ユリアじゃないっ!!」
「赤い髪……金髪じゃないぞ、囮か!?」
「なんだこの黒いぬいぐるみは!」
動揺する男達に対し、アンは震えそうな自分の体を叱咤して目の前の男達をぎっと睨む。
「……ユリアはあなた達の勝手になんてさせない、絶対に渡したりなんてしないわ。
あの子は私達を命がけで助けてくれた。手を差し伸べてくれた。
だから今度は、私が、私があの子を助けるんだからっ!!」
「ボクモ、オンガエシ、スル」
アンの腕から飛び降りたちびリオさんは、風を体に巻きつかせ宙に浮かぶ。
つぶらな愛らしい紫色の瞳は、すぐさま金色に怪しく光る獣の瞳へと色を変え、
その両前足にはバチバチと小さな電光がほと走っているのが見える。
ちびリオさんの背後で、アンも隠し持っていた剣を鞘から抜き出して構えた。
「さて、どうしたものか。君達がやったのは婦女子拉致未遂に加え、
王太子拉致未遂、暴行、暗殺未遂もこのままだと加わるね。
ああ、これは大変だ。王族への危害は特に重い罪に問われるねえ」
ユリアは戸籍上も秘匿されている。「いない娘」として認識されていたから、
ここで彼らを罰するには、ユリアがこの一族との関わりがある事を立証する必要があった。
となると、ユリアが別の組織にも狙われる可能性もあるので得策ではなく、
ルディ王子様は、自分の身分を利用し、自らを囮にさせるのが一番の抑止力になると思ったようで、
わざと自分がその被害者となることで、王族を狙った者として一族を抑え込もうとしたようだ。
次期王位を継ぐ王子様が、真っ先に取るべき選択肢ではないと私は驚愕する中、
慌てた男達は「あの女は、ユリアは何処へやった!?」と叫んでいる。
「さあ……どこだろうね?」
人の悪い笑みを浮かべ、怯んだ男達をあざ笑い挑発するルディ王子の姿。
どうやらルディ王子様が自ら敵のしっぽを掴むために、嘘の情報を流したらしい。
いや、でもだからって……せっかく殺伐とした環境から二人を引き離せたのにと、
固唾をのんで見守る私に、アデル様はなだめる様に耳元に囁く。
「アンフィール達がこの計画を知ってな、
償いの為に協力したいと、自ら志願したんだ。
リオは元々俺と同じ好戦的な龍族だからな、売られた喧嘩は買うタイプだし、
あの娘もリオの影響を受けているから、能力的にも大丈夫だろう」
アデル様の言葉にそう言われても、私は心配なんですよアデル様。
あの子は戦う事に怯えていたんだよ? いくら能力底上げで恵まれた体質だったとはいえ、
アンは人間の女の子だ。もし怪我でもしたらと思うと気が気じゃないよ。
そんな私の心配をよそに、ルディ王子様がゆっくりと男達に剣を向ける。
「今日は私の友達の大切な式が控えているからね。
あの男から花嫁を横取りなんて、恐ろしい真似は考えない方が無難だよ。
そうなれば王家だけでなくこの世界が敵に回る事になるだろう。
なにより彼らの後見人である私は、それを絶対に許す気はない」
指笛を合図にわらわらと岩場から顔を出したのは、
白い制服に身を包み、剣を手にする数名の近衛騎士達。
それまで他に誰も居ないと思った光景は、
彼らの術で幻覚を見せられていた事に気づく。見るとアンの両手に魔力の片鱗が見えた。
どうやらアンが広範囲の結界を張っていたらしい。
つまり、ここへ連れて来られる事も既に想定済みだったという事だ。
「なんだこれは……ぬいぐるみが、しゃべって」
しゃべって動き回るぬいぐるみのちびリオさんに面喰っている間に、
ちびリオさんは男達に、大きな黒い弾丸のように特攻したかと思えば、雷撃を食らわせ、
相手が体制を崩した隙に、今度はアンが重心を低くして懐に飛び込み、
腹部に剣の柄で殴りつけていき、華麗な連携攻撃を仕掛けていく。
その彼女をフォローするように、今度は近衛騎士たちが男達を次々に昏倒させ、
ルディ王子様は彼らを縛り上げ、拘束するように指示を出していた。
「あ……すごい」
「ここはもう大丈夫なようだな。今のうちに行こう」
一応アデル様は騎士団長ということもあり、様子を見に来たらしい。
もう一度振り返った時には、殆どの男達が拘束された後だった。
皆が怪我しなくて良かったと思った一方で、
陰で守ろうとしてくれていた彼らに心から感謝する。
そして、ある事に気づいた。
(ああ、彼女達を味方に出来た事が、この未来へと繋がっていたんだね)
アンの存在が居てくれたお陰で、この未来になるように上書きしてくれていたのだろう。
(ありがとう……アン)
そして私は、アデル様に連れられて皆が待つ教会へと向かうことになった。