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中の人がヒロインになりました  作者: 笹目結未佳
■本編後・番外■
101/119

繋ぎ合うその手を握りしめて・2



「――なあ、あんた。アデルバード様と結婚するって本当かい?」



 そう言った大柄の女性によって、私は腕を掴まれ体勢を崩す。


「きゃっ!?」


 背後には石を積み上げて出来た外壁、それは騎士団の敷地でも死角となっており、

いつもアデル様には、危ないから絶対に近づかないようにと言われていた場所だった。

私達の姿を人目から隠すのに都合がいいらしく、女達は私を連れ込み、

背後の壁へと突き飛ばされた私は、軽く悲鳴を上げる。



失敗した。もう少しよく考えるべきだったと気づいた時には遅かった。



(久々の外出許可をもらえていたから、浮かれすぎてた)



 あの後、私はアデル様にお手製の差し入れを食べてもらった後、

アデル様に騎士団本部の出入り口まで見送ってもらった。


 そのまま王都の市場で、色々買い物をしてから帰宅する予定だったのに、

それが、目の前の3人組の女性たちによって行く手を阻まれてしまい、

現在も取り囲まれている。


 それも「私を護衛する為にやってきた」人達によってだ。




――もしかして、妨害イベントだったりするの? これっ!?


(知らない、私聞いてない)



 ……なんて、私が内心で叫んで驚愕していたことは内緒です。



(ユリアって、元々アデル様とは結ばれない設定だったから、

 もしかして何か修正力でも働いているの?)



 むしろ、今までよく周りが怒ってこなかったなと思うべきでしたか。



 これはすぐには帰してもらえそうにないな……そう察したのである。



くれないの騎士団の皆さまとは、初対面のはずなんだけれど)



 正確には紅炎龍の雌が中心になり、編成されたそれが、

いつも接している紅炎龍のラミスさん達で慣れていたせいか、

人当たりがいいものと思いこんでしまったのが甘かったのだろう。

言われるままに承諾してしまったのがいけなかった。


 気づけば、気の強そうな女性三人に取り囲まれているではないか。



「ふふ、お嬢ちゃん。ちょ~っとお姉さん達のお願いを聞いてほしいんだけど?」



 目の前に悠然と立つ、肩まで流れるような緩やかな巻き毛をした緋色の髪に、

朝焼けの色の勝気そうな切れ長なその瞳をしたその女性達は、

普通に過ごしていれば大層な美人だと思うのだが、今はその顔をゆがめ、

私を苛立たしそうに見おろし、狡猾こうかつな笑みを浮かべていた。


 一瞬で、か弱い女性を射すくめるような威圧感だ。


 ……おお、生の悪役系美女ってこんな風なのか、参考になった。 ……って、

そうだそうだ、もう私は役者卒業したんだから、

別に人間観察しなくていいんだってば。


 だめだわ、嫌な人間=ネタ要員って癖、治さないと。



「なっ、何をするんですか!」



 なのでここは、プロトタイプのユリアらしく、うるっと瞳を潤ませつつ、

肩を震わせて、いかにも儚げでか弱い女性を“演じてみる”事にした。

とりあえずこれで様子を見よう。そうしよう。



「ミレディ様、こいつまだ自分の立場が分かっていないようですよ」


「ふふ、どうしてやりましょうか?」



 私の護衛にと手配された筈の女性は、どう見ても私に悪意を向けている。

アデル様達の前では、始終にこにこして人当たりの良さげな態度をしていたのに、

いざ彼らから離れると態度が豹変、これだから女って怖いのよね……って私も女か。


 メイドという立場の低い娘に、騎士団の精鋭の自分達が護衛につくので、

彼女たちのプライドを傷つけられたとでも言いたいのだろうか? 

こちらは話を振られたからお願いしたのに、なんてとばっちりだ。


 これは後で盛大に、ルディ王子様にクレームを入れたい所である。

そんな私をあざわらうかのように、目の前の三人組の武装している女性騎士たちは、

怯えている(フリの)私を鼻で笑いつつ、これからどうしてやろうかと囁いていた。


 これがかつてのユリアだったら、きっとただじっと耐えて泣いていただろうな。

そんな事を考えている私に目の前の人物の影が重なってきた。



「あんたさ、アデルバード様と別れな?」



 ミレディと呼ばれた三人組のリーダーらしき女がそう私に言い放った。

別れる……つまり、この人は私がアデル様と結婚すると言う告知を知り、

私をアデル様から身を引かせようとするべく、こんな手荒な真似をしているのか。

今まで私に面と向かって言ってきた人は居なかったため、驚いてしまった。


(……そうか、こんな風に言う人もやっぱりこの世界には居るんだ)


 今までがみんな、アデル様との仲を応援してくれる人が多かったから忘れていた。

アデル様にふさわしくないと言われているも同然で、胸がずきんと痛む。




「どんな手管を使って、あの孤高のアデルバード様を陥落したか知らないけどさ、

 あの方はもっと強くて丈夫な娘の方がお似合いだとは思わないかい?

 なんでよりによって自分の従者の娘となんて、それも自分の身すら満足に守れない、

 そんな弱っちろい人間のお嬢ちゃんなんかより、私らの方がいいに決まってる」


「……っ」


「つまりあんたじゃ、アデルバード様の背中を預けられる相手じゃないってことだ。

 あの方の本当の姿だって知らないんだろ? あんたじゃ泣いて怯えるだけだ」



 なるほどなるほど、つまりはこの方は以前からアデル様を狙っていたお1人で、

両側の取り巻きのお二人も、アデル様にそれなりに恋慕していたって事かな。


 ローザンレイツで暮らしている紅炎龍は、独自の価値観を持ちつつも、

平和な王都での暮らしによって、同種の龍とつがいにならないものも出てきているらしい。


 とりわけ、紅蓮騎士に所属している紅炎龍のお兄様方は、

気の強い紅炎龍の雌よりも、かよわい人間の女の子の方が良いと言っていた位だから、

好みが王都で暮らすようになって変わったのだろう。


 一方、雌の方もそんな腑抜けた紅炎龍の雄達を毛嫌いする傾向にあるようだ。

強くて優秀な雄との子を産みたいと言う本能が雌にはあるから、

彼女たちがそう思うのは、仕方ない事なんだけれども。



「――アデル様の正体なら、とっくに知っておりますが」


「え……?」


「あと、アデル様がどなたを選ぼうと、貴方達には関係ない事です」



 けれど、はっきりとこれだけは言わせてもらおう、これは私とアデル様の問題だ。

ユリアとアデル様との道のりを知らずに、そんな事を言われる筋合いなんてない。

私もアデル様も命がけの綱渡りもして得られた今なんだから。

最優先すべきはアデル様の気持ちであって、この人達じゃない。



「ふさわしいかそうでないかは、他人に決めてもらう事じゃない。

 アデル様一人に決めていただければ、それで私はかまいません」


「はあ? あんた何さまのつ……ぐっ!?」



 こちらに手を上げようとした手を、そうはいくか! っと、がしっとつかみ、

そのまま有無を言わせず、もう片方の手で相手の顎も掴み、ぐぐっと顔を近づけ、

これまでにない地を這うような低い声で、私は目の前の人に反抗の意を示した。

ドスを利かせるなんて、「一番簡単な演技」を元役者ができなくてどうしますか。

だから私は久しぶりに、強い女性をイメージして目の前の女と対峙することにした。


 

「何様? それは私が聞きたいです。自分の方がふさわしいと思うなら、

 貴方はこれまでアデル様に何をしてくれたんです?

 あの方に近しい女性を排除すれば、アデル様が救われるとでも?」



 自分以外に誰がアデル様を救ってくれただろう?

狂いそうなアデル様の未来を、破滅へ進む彼を誰が止めてくれただろうか?


 否、居なかった。


 アデル様を本当に本当に好きだった“私”以外は。



 もしも他に居たのなら、アデル様はあんなに苦しむことはなかった。

例え“私”が居なくなったとしても、誰かが支えてくれたはずだから。


 こちらの手を振り払おうとしていたが、そうはいかない、

私は更に彼女の口を片手で塞いで「最後まで聞いてください」と無理やり話を続ける。



「アデル様が好きだと言うのなら、貴方達にお聞きしたいです。

 ならばなぜ、私と出会う前のアデル様を支えてくれなかったんですか、

 なぜずっと苦しんでいたアデル様を、傍で癒してはくれなかったんですか?

 私より長い時間を過ごせたはずなのに、どうしてあの人を1人にさせたんですか!」


「……っ!」



 口だけは好きだと簡単に言える人は多いけれど、傍に居てくれる人は居なかった。

それが今の私にはよく分かるから、そう簡単に今の立場を譲るわけにはいかない。


 もしも本当に好きだと言うのなら、なぜ今まで助けてはくれなかったんだと、

私は声を大にして言いたい。かつて、私と約束をしたリファがイレギュラーとして、

アデル様の傍に居て守ってくれていたからこそ、今のアデル様が居るのだから。



「アデル様を周りから遠ざけて、孤独にさせる事は愛情でもなんでもありません」


「……何をきれいごとを! あんただって、あの方を独占したいと思った筈だろ!」


「確かにそういう気持ちがないとは言えません。

 でも私は……アデル様を好きになった時、最初に思ったのは、

 アデル様が幸せなら、誰を選んだとしても受け入れるつもりでした。

 貴方が仰るように、私は愛される資格はないと思っていましたから」




 だって私は、愛されない立場である事を”知っていた”のだもの。


(以前の世界ではアデル様はアンを選んでいるし、私はこの世界の人間ではない)


 何より、自分を犠牲にしても救おうとした金の髪のユリアの気持ちを考えると、

彼を求めることは許されないと思っていた。


 それでも私は結局の所、アデル様が幸せになれるのなら、それでよかった。

自分を好きになってくれるようになったら、それはとても素敵で嬉しいけれど、

アデル様の幸せが他にある可能性が高かったから、それを全力で応援したいと思っていた。



「幸せそうに笑うアデル様の顔が私はすごく好きですから。

 私の我儘で、あの方を縛るような真似はしたくなかったんです」



 脳裏に過るのは別離の記憶、あんな顔をもう二度と彼にはさせたくない。

それは今の“私”でも、昔の“私”でも思っていた共通の気持ちだ。

これだけはブレないし、譲れない。




「それが、たとえどんなに辛くて悲しい事だったとしても、

 ずっと笑えるようになってくれるなら、それで良かったんです」

 

 

 そう、例えアデル様が他の人を花嫁に望んだのだとしても、

その人がアデル様を苦しませない未来を誰かが傍でずっと守ってくれているならと、

今度こそ・・・・全力で守ろうと、そう決めていたのだ。


……でも、彼はそれでは幸せにはなれないのだと後になって気づいた。



 二人のユリアは、マーキングをされた事でアデル様と魂で繋がっている。

きっとどちらが欠けてもいけない状態で、更に私が花嫁に求められたことにより、

アデル様を誰かに託して消えるという、選択肢が無くなったのだから。




(アデル様は魂では覚えている。ユリアを失った時の傷を痛みを)



 だからこそ、今のアデル様は私を失わないように、細心の注意をはらっているのだろう。

私が誰かに壊されたりしないように、奪われてしまわないように。



「アデル様は私を花嫁にと望んでくれました。憎んでいたはずの人間であるこの私を。

 それでも私を必要としてくれるのなら、私はそれに全力で応えてあげたい」


「……」


「私は、私の出来る限りで生き延びる事で彼を安心させて、喜ばせて、支えて、

 彼が一人になって不安にならないように傍にいてあげたい。

 いつかもう大丈夫だと思えるように。何が起きてもアデル様の味方でいます」



 それが私の抱いた彼への誓いだ。



 アデル様は選んでくれた、求めてくれた。私との未来を。

結果的に魂ごと彼を繋ぎとめてしまった私を。

他の人ではなく私だけを、だから私は全力で応える道を選んだんだ。

今度こそ命をかけなくても彼の心を守れるように。彼の隣に立てるように。


 だからこんな妨害ごときで、簡単に諦められるような恋なんてしていない。



「確かに私は、貴方達のようにアデル様の背中を守れるほどの強さも、

 勇ましさも体力もありません……ありませんけど」



 むしろ守られてばかりの私は足手まといに等しい。

神鏡の力はあるが、私は防御に特化した後方支援タイプだから、

アデル様と一緒に前線で戦えるリファとかとは違うんだ。



「でもアデル様に必要だと思うのは、そんなものではないと私は思います。

 どんな状況でも諦めないで、アデル様の気持ちを汲んで支えてあげて、

 彼が道に迷わないように傍で導いてくれなきゃ、そんな存在じゃないなら私は譲れない」



 魔王と変じる道を選んでしまった、かつての彼の為に、命を捧げてでも守ろうとした。

そんな事をしたかつてのもう一人、“私”だったもの。


 それにより辿ってしまった過去の出来事は、私の心の中で業となって残っている。

でもそれを私は役割と同時に受け入れた。片割れの私が犯したその過ちを。

全ては教訓として学び、今に活かすためにも受け入れたのだ。


 だから私はアデル様の隣に立つ今の立場を、役目を簡単に譲る気はない。



「私がこの王都へやって来るまで、アデル様は貴方達を選ばなかった。

 貴方達はアデル様を癒してあげる存在にはなれなかった。

 それが何よりの答えです。今、彼の婚約者になったのはこの私、貴方達じゃない」



 私はぎゅっと口を引き結んでそう答えた。



「だから他の誰に言われても、アデル様に言われていないのなら、

 別れたりなんてしません。私は生涯添い遂げるつもりですから、そのつもりで」



 異種の龍族とはいえ、アデル様は強くて若くて何者にも流されない。

その姿が彼女達にはとても魅力的に見えたのだろう。密かに恋慕していたと思う。

だから横から掻っ攫う形になる私が邪魔なんだろうけれど、

私だって譲れないものがある。



「……手加減していりゃいい気になりやがって……生意気な口を。

 ちょっとその可愛いお顔を、痛めつけてやらないと分からないみたいだね」



 目の前の人にはいきがっているのだが、私は内心それどころじゃない。



(どうしよう、早くしないと本日の特売品を買いそびれてしまうのに!!)



 そう、意識は既に王都にある市場に思いをはせていた私。


 先着300名様という卵の特売があるという、大切なこの日に限ってのトラブル。

おのれ、アデル様が卵料理をいつもご所望するから、ストックは欠かさずにおきたいのに、

これじゃあ明日は、しょぼんとしたアデル様を見なくてはいけないじゃないか。

本体だけじゃなく、ぬいぐるみの方のアデル様までしょぼんとしちゃうんだぞ!


 それは私にとって許せない事態。アデル様を悲しませるのダメ! 絶対なのです。


 

 すると、そんな時に地を這うような男性の声が辺りに響いた。





「キサマ、オレノハナヨメニ、テヲダスナ……イノチガ、ゴフッ!?」



「な、な、なんだい、今、どこからか声が……」



「……」




 私は胸元に手を添えて呼吸を整えながら、顔を赤らめつつ、ぷいっと目をそらした。

……何も知らない、うん、私は何も知らないのですよ?


 聞こえた声が聞きなれた、あの人の声だったなってことも、

かなり身近に聞こえたのも、きっときっと気のせいなのです。

そういうことにしていただきたいです。はい。




「えっと……と、とにかくですね。私は屋敷へ戻って仕事の続きがありますので、

 貴方達とかまっている暇なんて私にはありません。そこを通してください」


「はっ、誰が聞いてやる……」


「……所属が違うとはいえ、同じ王立騎士団の1つに貴方達はいらっしゃいます。

 貴方達の行動が、アデル様にも迷惑がかかると、なぜ分かりませんか?」



 そう、これは元役者を経験した私でも分かる常識だし、

それと似たような状況である。こういう団体行動は協調性が大事、

それも、いつどこで一緒に仕事をするか分からない可能性がある以上、

人間関係でトラブルを起こすような人は煙たがられる。


 ある人間が問題を起こせば、同じ所属の人間も同等とみられるからだ。

当事者だけじゃなく、同僚や先輩、後輩にだって恨まれる結果を生む。


 あの時は事務所の看板を背負っていたから、いつでも自分の行動に責任が伴っていた。

もしも「このような真似」をすれば、その話が事務所に行くのだから。


 結果、この手のタイプは上層部に煙たがられ、自らチャンスを失い自滅するのである。

なので放っておくのが一番なのだが……部署が違えど同じ所の職場ならば、

アデル様にも少なからず迷惑が行くことになる。だから話は別だ。



 一見、大人しめなお嬢さんにしか見えない私が、

実はこれだけぽんぽん言い返せるとは思っていなかったんだろう。

ちょっと脅せば従うと思っていた3人は、ぽかんと口を開いたまま硬直し、

やがてぐっと息をのんで行動が一瞬止まる。向けられるのは敵意の視線。




「そんなことアンタが黙っていれば表ざたになんてされないじゃないか。

 告げ口なんてできないように、喉を痛めつけてやればいいしね……。

 ああ、あの方を呼ばれると厄介だから、口も塞いでおこうかね」



 するとミレディは私の首をがしっと掴み、爪を立ててきた。

その眼はこちらを射殺そうかという勢いで見つめてくる。



「うぐっ……!?」




 掴んできた女の手は強く、戦闘能力の高い紅炎龍が相手となると、

私の腕力では役に立たないのが目に見えていた。

神鏡は防御特化型だけど、魔法攻撃あってこそのものだ。

つまり、物理攻撃での対応は効くか、やってみたことがないので分からない。

いちかばちかやってみるか……そう思った時だった。


 私達の足元から突然蔦がぶわっと生えてきて、ミレディ達を引き離し、

追い打ちをかけるように強風が巻き起こったのである。



「うわあああっ、なんだ? お、お前がやったのか!?」


「……はっ……」



 慌てて後方へ下がり、引き抜いた剣で払いのけて距離を取るミレディ達。


 だが前もって言っておくが、私は何もしていない。

でも開放されたことでほっとして、安堵の呼吸をくりかえすことができた。



「――お前ら、そこで何をしている!?」



 そこへ、騒ぎをどこからか聞きつけたのか、

慌ただしくこちらへと近づいてくる数名の男性達が視界の隅に入る。

見慣れた緋色の騎士の制服は、紅蓮騎士団のものだ。


 その中にはよく見知った顔のラミスさんの姿がそこにあり、

彼の後ろからは、直属の部下たちを数名引き連れていた。




「ラミスさん」


「……チッ、邪魔が入ったか」




 部下の人達は、三人を私から遠ざけるように取り囲んだ。




「ユリアだったのか!? 精霊がやたら騒いで知らせてくれたんだよ……怪我は?

 おい、これは一体どういう事だ! お前達は自分達が何をしたか分かっているのか!? 

 殿下直々の護衛対象者に危害を加えるなんて、あってはならないことだ!!」


「ラミルス副団長様、あの、これは……」


「ちょ、ちょっとこの娘とおしゃべりをしていただけで」



 取り巻きの二人は、そう言ってころっと態度を変えた。

ラミスさんは紅蓮騎士団の副団長、役職クラスで言ってもここに居る人よりも立場が上だ。

それは3人とも気づいていたようで、先ほどの威勢が緩んだのを私も感じた。


 ここでもし、「以前のユリア」だったら恐怖で声も上げられない状態だっただろう。

が、今は私という存在も加わって、肝がちょっとだけ据わったユリアになっていたのです。


 ホウレンソウ大事。だから私は口止めさせようと睨まれていようが、

報告義務を怠りません。ええ、怠りませんとも。



「短くまとめますと、アデル様と別れろって脅されていたのですが、

 ――今後の対応はどういたしますか? アデル様・・・・



 その場に居ない筈の名前を私が口にした途端、

一瞬にして周りの空気が瞬時に凍りついた気がした。



「え゛っ?」


「ま、ままま待って、なんで」


「アデルバード様!?」



 女騎士たちはもちろん、居合わせた騎士のお兄さん達からも動揺の声が上がった。


 でもよく考えてほしい、“あの”過保護で溺愛発作までしているアデル様が、

人間の多い所に、私を一人で外出させるわけないじゃないですか。


 私が強気だったのは、彼が傍にいると言う絶対的安心感があったからと、

蒼黒龍の祝福まで貰っている為に、精霊さんも何かと助けてくれるからだ。


 だから私が突き飛ばされた時も、アデル様が緩衝剤代わりに風のクッションを作ってくれて、

衝撃から難を免れていたし、精霊さん達もそれに便乗して追加攻撃までしてくれていた。


 ……とはいえ、力の強い紅炎龍の前に堂々と出られない精霊さん達は、

おっかなびっくりな様子で、彼女達の背後で気配を消しつつの攻撃ではあったが……。



 そんなわけで私もちょっと強気な言葉で言い返すこともできたのですよ。




「……え? ちょ、待って、じゃあずっとアデルバードが聞いていたのか?」


「はい、そうです。筒抜けです」



 ラミスさんの問いに、私は満面の笑みでこっくりと頷いた。

周りが焦ったように辺りを見回すが、アデル様の姿は見えない。

けれど私の様子を見て、真実を言っていると察したのだろう、

すぐ傍にはその片鱗があるし。


 一気に険しい顔をした騎士団の皆さまと、

顔を青ざめたミレディ達がこちらを見ていた。



「なっ!? なんで先に言わないんだい!」



 ミレディが声を荒げる……が。



「親切に教えてさしあげる義理は私にはないですし……。

 ややこしくなるかなと思ったので、控えてもらっていたんです。

 でも……やっぱり居らっしゃった方がいいかなと思いまして」


「え、ちょ、ユリア何を」



 慌てるラミスさんにかまわず、私は自分の胸元に話しかける。



「やはり野生の掟に従って、やられたら完膚なきまでにやり返すのがいいですか?」



 私はそのまま、胸辺りのボタンをプチプチと外していった。




「うわああ、ちょっ、ユリアこんな所で何やって、お前ら見るな! ……って」




 すると私の行動にわたわたと両手を振って、背後の部下の人達に叫ぶラミスさん。

その後、彼は顔を赤らめつつも私の胸元にあるものを見て凍りついた。


 私の胸の谷間にちょこんと居たのは、小さい小さい蒼黒い龍の存在。

キーホルダーに付ける位の、マスコットサイズの小さなアデル様のぬいぐるみ。

別名、ちびちびアデル様がそこに収まって……いえ、埋まっておりました。




「……ア、アデルバードの小さいのが、更にちびっこくなってるように見えるんだが」



 口元を引くつかせたラミスさんが後ずさっていた。




「はい、余り布で、マスコットサイズの小さいのを作ってみました。可愛いでしょう?」


「か、可愛い……のか?」


「可愛いじゃないですか、ほら手もこんなに小さくて、作るの苦労したんですよ。

 これならアデル様にも負担がありませんし、持ち運びも楽ですからね」


「……相変わらずユリアの可愛いの基準が分からないよ、俺は。

 猛獣を、素肌の状態で懐に入れて持ち歩いているんだぞ、それ」



 ちびちびなアデル様はそれまで、私の胸の間にちょこんと埋まっていたのですが、

私の呼びかけに応じ、前足をあげて返事をしてくれる。


 でもその対応は私だけのもので、その後他のものを見つめるその瞳は機嫌が悪く、

くるっと背後を振り返るとギロッと睨みつけていた。



「モチロン、ユリアヲ、キズツケルナラ、カタズケル。

 キミヲ、カナシマセルモノ、スベテヲコワソウ」



 そう、アデル様はこの姿で私にされた一部始終を見ていたというわけです。

これまで大人しくしていたのも、怒って出て来ようとするちびちびアデル様に対し、

私が服越しに抑えて落ち着かせていたからなんですね。



(さっきは怒って飛び出していきそうでしたが)



 よくもユリアに……と言いたげに、つぶらな紫色だった瞳が金色に変わり、

標的を定めたかのように目をキラーンと光らせ、女性騎士たちを射すくめるそのお姿。

怖いお顔でキッとしているのかもしれませんが、見た目を可愛くしているので、

私にはあまり怖くないんですけどね。


(他の人にはそれでも怖いと思われるようですが……なぜでしょう?)



 こんなに可愛いのにと思っている私は、やっぱりダメな子でしょうか。




「ちょっ、待って団長をユリアちゃんが胸の中で? う、埋めて?」


「なんて羨ましいことしているんだ団長……ちっちゃいけど」


「仕事をこなししつつ、ちゃっかりユリアちゃんの胸を堪能し放題だったとは」


「さすが団長だ。やることが斜め上を行く……俺、泣いていいですか?」


「こんな目の前で、堂々といちゃいちゃされるのを見るなんて」


「俺も彼女いたらこんなこと、うう、羨ましい」


「お前ら落ち着け、あと泣くな」



 ラミスさんが、部下の皆さんに冷静なツッコミを入れている。


 お前ら日中から何をやっているんだよ、と、皆さんお思いでしょうが、

これはルディ王子様に話されたある事情により、行っていたものだったのです。


 それはルディ王子様により聞かされた。彼の出生にまつわる話。


 龍の子どもを受け入れられなかった人間の女性、

つまり今は亡きこの国のお后様であり、

ルディ王子様達の実のお母様でもあるその人は、

龍の鱗を持つ彼を受け入れられず、彼の存在を恐れて遠ざけ、

自分の子どもとも認知しないままに亡くなったらしい。



『人間のお嬢さんには、龍族との婚姻で生まれる子供に驚いて、

 育児を放棄してしまう事もあるんだ。だからユリア君、龍の花嫁になるのなら、

 どうか、いつか生まれてくる子を受け入れてやってほしい、拒まないでやって欲しい。

 決して私のような思いをする者を増やさないでほしいんだ』



 そうルディ王子様に言われてみて、私は結婚を数日後に控えた今、

改めて龍と人間の婚姻後の将来を考えた。



(将来、アデル様との子どもを私が受け入れられない可能性もあるってこと?)




 龍と人間の子、言われてみればどんな状態で生まれるのかもわからない。

ルディ王子様の情報によると、龍は元々知能や能力が高いおかげで、

母体を傷つけないように、幼少より本能で配慮されて生まれるらしい。

つまり人間が母親ならば、母体に負担をかけないよう、

人間に近しい状態で生まれてくるとのこと。


 ただし、人型を維持するのは幼子では大変らしいので、体の一部に龍の特徴が残っていたり、

龍体となって過ごす事もあるようだ。その時にきっと拒否反応が出るのではないかと、

ルディ王子様はそれを心配してくれていたらしい。


……って、結婚話で浮かれている時だったので、話された内容は至極ごもっともだ。

やはりルディ王子様は、次期ローザンレイツの国王になる人。

先の事を見据えて、いろいろ配慮していただいていたようなんですね。



「そんな訳で、私が立派な龍の花嫁になって、良妻賢母を目指す為にも、

 いつ子どもができても精神的なショックを受けないように、

 今のうちから慣れてみようかなとイメージトレーニングしているんですよ。

 アデル様にお話したら、喜んで協力していただいたんです」



 イメージとしてはカンガルーのお腹のような状態? を真似てみたというわけ。



「ユリア……君は真面目でとってもいい子だけど、

 ちょっと発想が斜め上過ぎるよそれは。突っ走りすぎだ」



 ラミスさんにツッコミを入れられました。

何を言うんですか、形からまず入って感覚を掴むのは演技の基本……。

あ、この場合は真似事ですが、実践に勝るものはないのですよ?




「え? でもアデル様が、この方法が一番龍の事を分かりやすいって……」


「アデルバード! やっぱお前かああああっ!?

 何も知らないユリアに、なにとんでもないこと教えているんだお前はああ~っ!!」




 聞こえてくる声はアデル様なので、

少し違和感は残りますが、この姿は本当に可愛い。


 体温を感じるように魔石のビーズの中身を変えて、保温機能も付けると、

まるで本当に小さな子を預かっているような気分になるから不思議です。


――見た目はぬいぐるみだけどね。うん。



 この小さいのは、アデル様が私と離れて旅立ったころに抱いていた、

孤独と寂しさの欠片がベースになっている。故郷で家族も奪われていましたから、

アデル様が再び抱いた孤独は、根強く形作られていたのを私は知っておりました。



(だからこれは、私の傍にいる事で、アデル様のヒーリングも兼ねているんです)



 私が傍にいるんだって事を、離れないってことを教えてあげる為に、

私は全力で癒す為にアデル様を懐に入れていた。


 うん、きっとこんな大胆な事ができるのは、

アデル様が人型でないのが、大きく関係しているとは思うけれども。



(アデル様の寂しさが少しずつでも癒されているなら、私も嬉しいし)


 だからこんな事をしていても、私は許してしまうのだ。

いや、これが本体の方だったら、それなりに抵抗はあるかもしれないけれども、

今はこんな愛らしい小さな姿だと、ついつい受け入れやすくなってしまうから不思議だ。


 ……人型の時にそれはもういろいろされまくっているから、それに比べたら、

この行動は、まだまだ可愛すぎるほどで許容範囲なはず……。


 あれ? もしかして私、既に感覚が麻痺していたりするのかしら?




「アデル様、失礼しますね?」



 ちびちびアデル様を胸元から出して、手のひらに乗せると、ちょこんとそこに座り込む。

小さな彼が向ける視線は、私を先ほどまでいびっていた騎士の女性陣の方へ、

さて、どうやって片付けようか……と考えているのか、右に左に頭を揺らし、

その手からは小さいながらも、鋭利な本物の爪が伸びていました。


 小さいながらに暴君ですね。


 

「どさくさの中で、なんて羨ましい事をしているんだアデルバード……って、

 いやいや、つまりユリアはずっと一人じゃなくて、そいつがお供になっていたと」


「はい、小さいとはいえアデル様とご一緒にお出かけしていたんですよ。

 だからいつでも私がお願い……しなくても助けてくれるというわけですね。

 大変だったんですよ? さっきから胸元でちびちびアデル様が出て来ようとするから」



 くすぐったくて、思わず変な声をあげてしまいそうになりましたよ。



「ハナヨメマモル、オレノヤクメ」


「ですね。ありがとうございますアデル様」



 顔を近づけると、ちびちびアデル様は背伸びして私にちゅっとキスをしてきた。


 そして、ぴょんっと私の手のひらから飛び降りた。

華麗に着地すると、私はぱちぱちと拍手をして褒める。

いやそんな事をしている場合じゃないだろと思いますが、ついつい。


 で、そのままちびちびアデル様は、よちよち、ぽてぽてと歩きながら、

女騎士ミレディとその取り巻き2人の騎士の元へ。


 ……歩く後ろ姿も可愛い。可愛すぎると、私がほわわんと和んでいると。



「ユリアニラムメ、イラナイ……ユリアノノシルクチ、イラナイ、

 ユリアキズツケルテ、イラナイ……ミンナイラナイ」



 ……なんか、アデル様が可愛い姿なのに、とても不穏な事を言っている気がする。



「ひ、ひいい……っ」



 せっかく想い人が傍に来てくれたのに、

彼女たちの反応は歓喜よりも恐怖が勝ったようだ。

彼が好きだっていうのなら、いっその事ここで告白してはどうだろうか、

玉砕されることが容易に想像できるけれども。


……なんて思っていたのだが、彼女達は予想外の展開についていけず、

私はそんな様子を見て、仕置きは既に終了しているなと察した。


 好きな人に嫌な面を知られてしまったのだから、嫌われるだけの事はしたのだ。



「……」


「……あ、あうう」



 彼女達を傍で見上げるちびちびアデル様。無言でいる事が余計に怖いのか、

ラミスさんを含めた紅蓮騎士の皆さまは、顔を青ざめてぶるぶると震えだしていた。

……やはり可愛いと思っているのは私だけのようだ。ううむ、なぜだ?



(じいっと見つめていて、可愛いと思うんだけど)



 そんな事を思っていたら、目の前で青ざめていた女性たちは突然、

どんっという音と共に地面に顔が埋め込まれていた。



「……」



 ちびちびなアデル様はそれをじっと見ていた。あ……やっぱり怒っている。

今のはアデル様が彼女達の空間を風で動かしたのだろうか。

目の前にいた人達は見事に埋まっていた。



「……キサマラ、サッキハヨクモ、ユリア、キズツケタナ」


「ぐ……っ」



 舞い上がる土煙、その煙も私の周りを舞う精霊が風を操り払ってくれる。

私を守ろうと、精霊がさっきより集まってきているようだ。


 触れることなく地面の中に突っ込まれた、豪快な土下座ともいうべきその体制で、

うめき声をあげて中からはい出そうとする女性騎士達に対し、

アデル様はぴょんっと彼女達の頭の上に順番に飛び乗った。


 一見、彼女達に無邪気に飛びついてじゃれているようにも見えたが、

あれは彼女達の頭を足でぐりぐりさせたくってやっているのだろう。

でもねアデル様、ぬいぐるみだからあまりダメージはないと思うんだ。

精神的なダメージはあるかもしれないけれども。


 ……あ、でも弟のリイ王子様が見たら羨ましがる光景だなこれ。




「ナゼ、オレガ、オマエタチヲ、エラバナケレバナラナイ?」



 その声は、怒りを押し殺したアデル様の淡々とした声、

私の目の前だから、余り手荒な真似をする所は見せたくないのだろう。

この場に私が居なければ、それ相応の事をしたのではないか。




「オレノハナヨメ、ユリアダケ、ユリア、イレバイイ、ホカハ、イラン」



 アデル様は私が龍の雌と違い、血や怪我を酷く怖がることがあるので、

目の前でそういう所を余り見せたがらない傾向にある。だからこその対応なのだろう。


 いえ、これでも十分今のアデル様のやっていることはえげつない。

相手が龍ということもあり、プライドを傷つける事で対処するようにしたようです。



「ユリアガ、コワガッテニゲタラ……キサマラ、ドウシテクレル!」



 怖い目にあって、アデル様との結婚を嫌がって逃げられたらと、

アデル様はそれを心配しているらしい。ぶるぶると怒りと同時に、

恐れからか、体を震わせてしまいには叫んでいた。



「だ、大丈夫ですよアデル様。私、アデル様から逃げたりなんてしませんから」


「……ホントカ?」


「ええ……って」



 その直後、私の体を背後から抱きすくめ、包み込む大きな腕があった。

伝わってくる温かなぬくもりと、聞きなれた息遣いと、見慣れたその黒髪。

視界に見えるだけで分かる、こうしていつも私の事を守ってくれるその人、

盛大な安堵のため息とともに、彼は私の肩に顔を埋めていた。



「アデル様?」


「ユリア……君の俺への気持ちはよく分かった。

 だがやはり駄目だ。黙ってこれを静観することなど俺には出来ない」


「わ、待ってください人前ですから、あと仕事中だったのでは」


「仕事よりユリアの方が大事だ」




 分身のアデル様だけでは収まらず、本体のアデル様の方も来てしまいましたよ。




「……ユリア、傷を見せてくれ」



 襟首をまくり、その痕を見るとアデル様の眉間にしわが寄る。

そして先程掴まれた私の首にゆっくりと顔を近づけたかと思えば、

そのまま舐めて治そうとしているアデル様がいる。



「ああ、やはりこんなに赤くなっている。可哀そうに、怖かっただろう?

 もう大丈夫だ。俺がユリアを守ってやるからな」


「ひっ……あ、アデル様……っ」


「ユリアの柔肌に、痕が残ったら……大変だ……大事にしないと」


「だっ、だめですアデル様……んんっ」



 みなさんが見ているのに、こんな事をやるのはまずいですよアデル様!


 けれど、「口の中も、切れてしまったかもしれないから」と、

治療と確認のために私の両頬を包み込んだアデル様が深く口づけてきた。


 そのまま服の隙間にまで手を滑り込ませようとしたので、

慌てて両手を前に突き出してそれを止める。



「だっ、だめ……です」



 流石にそれはダメだ! 危ない危ない、脱がされる所だった。



「うおおい! アデルバードそういうのは場所を考えてやれ場所を!」


「ああ、そうだな……ユリアの傷が他にないか確認するのは後にしよう」



 そう言いつつ、名残惜しげに私の頬に口づけたアデル様。

……もしかして服を脱がされることが確定したかもしれない。まずい。

い、今のうちに逃げる手段を考えておかなくては……っ!


(あう、なんてことだ。もう既に腰が今にでも抜けそうなんだが)


 耳元でささやくアデル様がいるせいだ。きっとそうだ。



 どうやらアデル様は私の影を使って来てくれたらしい。


 彼は私の腰に腕を回して体を支えてくれた後、

目の前にいる小さな自分の分身に視線を向けると、心得たというように、

ちびちびアデル様は頷き、その前足で地面に埋もれた女達の頭ををわしづかみ、

顔を本体のアデル様の方へ、ぐいっと向けてきた。



「お前達のせいで、ユリアがもし俺との婚姻に怯えて逃げるようなことがあったら、

 地の果てまで追いかけてお前達を消す事も考えていたが……運が良かったな。

 ユリアの寛大な心に感謝しろ……だが二度目はない」


「ひっ!?」



 そんな事を言いながら、アデル様は私の頬や唇をなでる手の動きは止まらない。



「アデル様……その台詞、悪役っぽいので止めましょうね?」


「む、ユリアがそういうなら……怖がらせたか? すまないユリア」


「いいえ、あとできればこの手をですね……」


「俺はユリアといつも触れあっていたい、分身の俺ばかりずるいじゃないか」


「あ、アデル様……そんな潤んだ目で言わないでください。あ、ちょっと」


「おーいお前ら、だからこんな所でいちゃつくなってば」



 ラミスさんのツッコミを再度いただきました。

すると、それまでやり取りを聞いていたミレディがくわっと険しい顔で吠える。



「なっ、なんでその女なんですか、そんな小さくて弱っちくて、

 アデルバード様に守ってもらうだけの、卵すら産めない奴なのにっ!!」


「……」


 アデル様ズはそんな彼女の姿を無言で見つめていた。



「さらさらの綺麗なはちみつ色の金髪で、アデルバード様とお揃いの瞳の紫色で、

 手とか爪なんかこんな、こんなちっちゃくて、肌が透き通るように白くて、

 はた目からでもすべすべしていて!! スタイルも良くてお人形さんみたいで」



 えっと……あの?



「胸なんか、胸なんか……あんな、あんなに見せびらかさんばかりに大きくて、

 女の子! 本当に女の子と言わんばかりの可愛さが凝縮してて、

 羨ましいいいいいっ!!」



 だんだんと握った拳を地面に打ち付けて叫ぶ、ミレディの姿。



「筋肉質の私らとは体のつくりからして全く違う!

 会ってみて分かった。これじゃあ惚れる! あたしが雄でも惚れる!!

 昔持っていたお人形さん並みに可愛い女の子なんて!! お裁縫も出来るなんて!

 極めつけに惚れた雄の為に手作りで好物を用意して、堂々と求愛行為とか!!」


「えっと、はい?」


「どうせ私らには、そんな女の子らしい可愛い真似事なんてできないよ! 

 その上、惚れた雄の為に、このあたしらとも張り合おうとする度胸の良さ!

 龍のあたしら相手でも、臆することなく立ち向かってくるなんて!!」



 その背後で同じように「私もそんな風になりたかった」とつられて泣く、

取り巻きのお二人。



「その心意気も惚れた! お幸せに!!」



 その言葉と同時に、私達の上に白い花びらが一斉にふわりふわりと舞い落ちる。



「……えっと?」



 じろじろとラミスさん達は私の体を見て赤くなっているし。

思わず私は羞恥プレイ過ぎて、ぎゅっとアデル様の背後に回ってしがみ付いた。

嫉妬されていたのは、そっちの面でもあったのか。

確かに龍族の人は雌でも大柄だし、体も日々鍛えているだけある。


 その後、ミレディ達から聞いたのは意外なことだった。

確かに彼女達はアデル様に好意は寄せていたらしい。

そして私に彼をたぶらかせた悪い女だと敵意を持っていたのだけれども、

その素性を調べていたら、その印象がガラッと変わったんだそうな。



「いつもアデルバード様の為に、手作りの昼食を持ってくる姿を見てたんだよ。

 雨の日でも風の冷たい日でも、休まず届けに来ていただろう?

 冷めないように、大事に大事に自分の体で包み込んで歩いている所とか見たり、

 街で困っている女の子を、さりげなく陰で助けていた事があったりして、

 もしかして悪い子じゃないんじゃないかって思ってね」



 ……ああ、それってもしかしてアンのことか。

隠れて助けていたあの頃のことを、この人達はばっちり見ていたらしい。

そして私の護衛になると言う話をいただいたので、アデル様の花嫁にふさわしいか、

自分たちで試してみたくなったらしく。その結果がこれだったということ。


 泣き出したらごめんねと言って、事情を言って飴玉をくれる手はずだったらしい。



(……飴って、私そんな子供っぽく見えるのかな、龍族の人たちにとっては)



 そりゃあ、龍族の人に比べたら小さいけどさ。



「ちょっとやりすぎかなって思ったのは否定しません。でも蒼黒龍の花嫁、

 そしてこの国の騎士団長の妻という立場は、それなりに危険がある。

 何も分かってないようなお嬢さんなら、自覚させるのも必要だと思ったんだ」



 自分たちに怯えて逃げ出す位なら、

最初からアデル様の花嫁なんて務まらないからと。


 悪かったねと言ってくる彼女は先ほどとは違い、けろっとした表情で笑っている。


 な、なんてことだ。私が素人の演技を見抜けなかったなんて!

そんな元役者としての洞察力について、私はちょっと自信がなくなってしまった。



「人間のお嬢さんだし、手加減はしたつもりなんだけどね」


「実際に見たらさ、つい、なんというか興奮してしまって加減が」


「悲鳴とかも、“きゃっ!?”だって、私らじゃ絶対にあんな声出せない」


「声も反応も可愛かったよね……いい勉強になった。今度試してみよう」


「うん……って、言う相手が居ないけどさ」



 彼女達は「女の子らしい」というものに、ひたすら憧れる人達でもあったらしい。

でも龍のプライドと、生まれ持ったその体質から、それは叶わないことらしく、

私の姿はもう理想的な女の子のイメージそのものだったのだと。


 その上、小さいお人形さんが好きだという、意外な趣味まで聞かされて、

目の前の人達のイメージが、ガラガラと崩れ去っているのは私の気のせいだろうか。


 ……ええ、私その事で、とても仲良くなれるんじゃないかという気になってきました。


 だって彼女がそうあこがれる気持ちは、

幼い私が抱いていたものと同じものだったから。



(そうか、そういえばユリアは隠しヒロインだったものね)



 ポジション的には影の薄い扱いだけれども、それでもヒロイン枠だったから、

それなりに容姿が整っており、何の役もない人にはあこがれるものなのかも。



「でも私は……あなたの事も羨ましいと思いますが」



 だから、ついつい私も本音を漏らした。


 そう私があの頃、ずっと欲しかった高身長。

これだけあれば身長差を気にせずマイクワークがこなせただろうし、

服装とか靴のヒールの高さとかも気にせずに着こなせたと思うんだ。


 そして体力もあるから、長時間の収録にも余裕でこなせたと思うし、

もっと安定した深めの声が出せて、声質もマイクに通りやすい声とかがあるから、

成長した私はそう言うのに憧れていたんだ。出来る事が多くなるという事は、

仕事のチャンスも増えるという事だからね。



「そんなことを言ってくれるのは、あんたくらいだよ」



 そう言ってミレディは嬉しそうに、にかっと笑い、私達は仲直りした。

もちろん手荒な真似だったから、本部とルディ王子様からのお咎めは、

今後免れられないようだけれども。


 アデル様もちょっと女性相手にあんな真似していましたし、

なんて思っていたら……ラミスさんより爆弾発言が。



「いや? 龍同士の嫁取りの場合はもっと激しいぞ? 

 アデルバードの場合はずいぶん龍仲間の雌にも手を抜いている方だと思う。

 力でねじ伏せて従わせるのが雄の役目だからな。屈服させないと雌も従わないし、

 弱い雄の言う事なんか普通は聞かないから、あれはあれで正しいんだ」


「へ? あれで……ですか?」


「それを考えると、ユリアはずいぶん大切にされているなと思うんだよ俺。

 逃げないように牙を首元に突き立てて襲ったりもしてないようだし、

 あ、そんなことしたらユリアじゃすぐ死んじゃうか。うん。

 あいつは野生育ちだから、ユリアにちゃんと手加減できるのか心配してたんだよな」



 そう言いながら、フォローしてくれたラミスさんの言葉に凍りつく。

なにそれ……そんなバイオレンスな嫁取りなんていらない。

もしも私が好きになった相手がアデル様じゃなかったら、

私、すぐにでも襲われていたという事じゃないですか。



 ……はっ!? 


 そうこうしているうちに、一瞬のうちにアデル様に抱きかかえられた。



「ユリア、震えているな……可哀相によっぽど怖かったんだな?

 仕事が終わるまで俺の部屋で休むといい、今日は一緒に帰ろう」


「だっ、だめです。今日はアデル様の好きな卵を買いに行かないと!」 



 慌てて彼の腕から逃れ、私は両手を伸ばしてきたちびちびアデル様を回収し、

その場から逃げだすことにした。今アデル様に喰われ……いえいえ、

連れて行かれるわけにはいかないのだ。


 だから静止する声も無視して私は一目散に城下町へと向かった。

低価格で効率よく取れるタンパク源は、奥様見習いとして死守しないといけないですし、

何より、このまま部屋に連れて行かれたら、服を脱がされてしまうものね!



※  ※  ※  ※




 その日の午後3時、教会から鳴る鐘の音と共に2回目の婚姻の告知がされた。

告知の内容の中には、本文の他にもこんなことが書かれていたらしい。



『この婚姻に対して意義のあるものは名乗り出ろ、

 アデルバード・ルーデンブルグ・ラグエルホルンが全て切り捨てる』



 ……という、末恐ろしい一文が急きょ付け加えられていたと後から知らされた。


 もしもこの婚礼に対し邪魔する人とか、私に近づくものが居たら容赦しないと、

そう言っているも同義語だった。あのアデル様に真っ向から不服を言える人なんていないと思う。



 だから当然ながら2回目の告知以降、私達の婚姻に何か言ってくる人はいなくなり、

アデル様宛に届いていた見合いや婚姻のお誘いもぴたっとなくなった。


 それは大変良かったんだけど、ここで一つだけ困った事が……。

アデル様のあの行動は、何が何でも私を手に入れてやると言う、

かなりの執着心を世間の人に知らしめる結果を招いていた。


 その為に私とアデル様をモデルにした。

メイドと騎士のロマンス小説がこの後に流行して出回る事態になり、

若い女性たちの憧れを一身に背負うものになってしまうことになるのを、

この時の私は気づくことはできなかった。


 そう、この国のお嬢様がたはロマンス話に飢えていた。

薄幸のヒロインが、魅力的でそれも財力もある男性に見初められる、

特に主従物のメイドと主人の話は、大好物な題材だったからである。


 隠しヒロインどころか、そんなに目立ってどうするよ!

なんて、私が内心でツッコミを入れたのはここだけのお話です。








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