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中の人がヒロインになりました  作者: 笹目結未佳
■本編後・番外■
100/119

繋ぎ合うその手を握りしめて・1



「――ねえ、聞いた? アデルバード様がついにご結婚されるんですって」


「ええっ!? あの蒼黒騎士団長様よね。それは本当なの?」


「私、あの方をずっとお慕いしていたのにそんな……それでお相手は?」


「私も憧れでしたのにっ!!」


「それがね、何でもお相手は……」



 寒かった冬が終わりを見せ始め、

いよいよ春が到来するという季節に差し掛かった頃、

王都では、ある話題でもちきりになっていました。


 魔物を生む魔王を倒したという脅威が去り、話題に飢えていた頃に起きたその話は、

ローザンレイツの騎士団の中でも、国一番の最強の男とうたわれる蒼黒騎士団長、

アデルバード・ルーデンブルグ・ラグエルホルンが結婚するという話だ。



 この国だけでなく、結果的に大陸全土を救った形になるあの戦いにより、

公には手柄が、王子様達と騎士団と一緒に居合わせた数名の協力者たち、

つまりさる事情で公に出来ない私を除いた、参戦者の皆であったとされているけど、

民が口々に英雄と称えるのは、やはりこの国最強と言われていた騎士団長の彼でした。


 そう、実際にはアデル様が居たからこそ、

魔王を倒せたのだと、民の皆さんは思われているんです。

確かに一番の功績は彼なのだけれども、実際に元魔王様は今もお屋敷で健在ですし、

正確に言えば、倒してすらいないと言うか……解呪して浄化させただけなんですね。


 そんな状況なのに、彼は凱旋パレードに参加する事もなく、

おごることなく黙々と普段の任務に戻り、物静かに過ごすその寡黙かもくさと、

ストイックさに惚れる女性が後を絶たない。


きっと女性達の間で妙な美化がされ、さらにそれが暴走されているものと思われる。


 その結果、あれほど女癖が悪いだの、陰でも表でも散々言われていたけれども、

やはり見目麗しきお姿にくわえて、騎士団長の肩書と英雄の肩書まで添付され、

それなのに未だ妻を取らず独身という立場が、若き女性人たちを浮足立たせており、

政治的な思惑を抱えた家柄の人達にも、とても魅力的に感じたようで。



「……今日も来ていますね。お茶会のお誘いのお手紙とか、お見合いの手紙とか、

 よくもこう、何日も何日も飽きないものですよ。もう」


「ユリア、大丈夫?」



 アンが心配して顔をのぞきこんでくる。うん……大丈夫だけど大丈夫じゃない。



 元々優良物件だったアデル様、魔王戦にみごと勝利した影響で、

その名声と地位を取り込もうと、こちらが頼んでいる訳でもないのに、

アデル様に縁談の話が次から次へとやってくるようになりました。


……私という婚約者が居ると知っていてもですよ?


(完全になめられているわ)


 アデル様のお相手となる娘がいる。でも所詮その相手は屋敷で働いていたメイド、

それも公には素性不明の娘という状態なので、いろいろこちらの事を調べあげても、

ろくな情報も出てこない、つまり大したことはない娘だと軽んじられているあまり、

私を無視して、自分の家の娘との縁談の話をぜひ進めましょうや……。

なんて状態になっているようなのです。けしからん。


 これまで若い人間の娘を寄せ付けないよう、徹してきたアデル様ですものね。

立場の低いメイドといちゃつく位に女に目覚めたのなら、

自分の縁者でもいけるとでも思ったんでしょう。


(でも分かっているのかなこの人達……そのお返事を書いているのは私なんだけどな?)


 当てつけか? これは当てつけというものなのか?

メイドならいいのかと、屋敷にメイドとして潜入してきたどこぞのお嬢様方も、

お色気たっぷりで面接に来たけど、全員追い返したからね。塩も撒いたよ。

みんな所作でバレバレだよ。あときつい香水なんてこの職場では絶対に駄目だからね。


 ここは嗅覚の強いアデル様達が居るから、かなり気を使わなきゃいけないもの。


  アデル様はこの縁談の話が書いてある手紙の束を見た時に、心底嫌な顔をした後、

『よし、燃やしてしまおう』と不機嫌丸出しで実行しようとして、

慌てて私が世間体を考えて止めたのは言うまでもなく。


 その為、戦後処理のお仕事が忙しいアデル様の代わりに、

私がこうしてお返事を書く羽目になりました。



「面倒くさいなあ……もう」



 確かにアデル様には、以前から慕ってくる女性が多かったですよ。


 アイテムである程度は龍気を制御し、人との接し方を学んできたアデル様、

少しずつだけれども人当たりが穏やかになってきて、そんなアデル様を見て、

今の彼に興味を持ったり好きになる人も勿論居たりしましたし、

私が彼と出会う以前から、女性が言い寄ってくる話は後を絶ちませんでしたからね。


 その上で、一度あの黄金龍になった影響もあってか、

龍気の一部であるフェロモンが、普通の蒼黒龍よりも向上してばんばん出ているせいで、

以前よりも、女性が魅了状態になる確率が高くなっているようなんですね。


 これは再び、リーディナのお力を借りて改良しなくてはならないか。



「頑張ってユリア、私も頑張るから」


「そうですよ。ファイトです! ユリアさん」


「恋に障害あってこそのロマンスです!」


「う、うんありがとうみんな」



 今日は元女主人公アン、後輩のイーア、ユーディと私の四人で、

アデル様宛に贈られたにっくき恋敵……おっと失礼、お誘いのお話をお断りするべく、

せっせと手紙をしたためておりました。いつまで続くのよこの状態は……。

いっそのことハンコで「断る」というのを作って終わらせたいよ。

何でこの世界にはパソコンがないんだ。



(言っておきますけど、アデル様は私のものなんですからね!)



 なんて心の中で盛大に叫ぶ私は、なんて小心者。



 ローザンレイツでは夫婦となるべく結婚する際には、

事前に毎週日曜日に3回告知をする必要があるという。いわゆる婚姻予告だ。

告知をするのは、重婚などの危険を冒さないようにと定めたものなのだそう。

意義があるならこの期間内に申してみよ。ということらしいですよ。


 現在、「私とアデル様が結婚しますよ」という告知をまず教会から1回行った後、

その反響として返ってきたのがこの手紙の束だったりする。


 メイドを妻に求めるくらいなら、うちの娘はどうですかね? 

もっと良いのを紹介しますよ? 


……なんて実際にも言われたらしく、

アデル様は牽制にすらなっていない状態に、

部屋の隅で時折いらだたしげに吠えたりしているのでした。



「……ヨシ、ヤッパリモヤソウ、ユリア」


「わ、だめですよ。ちびアデル様。こんな所でボヤ起こしちゃ」



 テーブルの上に乗って、ぴょこぴょこ動き回る蒼黒龍のぬいぐるみが歩いている。


 しっぽの先には私が作った青いリボンが結んであり、銀色の鈴が縫い付けられ、

歩くたびに鈴が小さくチリンチリンと鳴るという、

その見た目は実に可愛らしいそのお姿。


……が、中身があのアデル様の声だから、実にミスマッチだ。


 その後ろを若干慣れない動きでてちてち、よちよち歩いている存在がある。

もう一匹の同じタイプのぬいぐるみも、同感だと言いたげにこくこくと頷いていた。

こっちは首輪の代わりに、細めの紫のリボンが首元に結ばれてあり、

金色の鈴が同じように揺れていた。



「ナンデ、ニンゲンハ、メンドウクサイコトスルノ? 

 イヤナラ、ヤメレバイイノニ……ヘンナノ」


「えっと、ちびリオさん。これは人間社会にも色々と制約があるんですよ?

 群れの中で暮らしているから、それなりに角を立てないように努力しないと」



 本体のアデル様は、いつも通りに騎士団本部で団長としてのお仕事。


 そしてリオさんの方は、このお屋敷の温室で療養中なのですが、

リオさんはまだ体に力が入らず、今も余りベッドの上から動かせない状態なので、

こうして精神の一部をこのぬいぐるみへと移し、屋敷内を行動しているのでした。


 お腹の部分に、魔石を削った際に出来た欠片をビーズ状にして入れているので、

こうして魔力の消費を心配する必要なく、自由に動けると言うわけ。



 魔力は、お日様で日向ぼっこしたら魔石に吸収されて回復するので、

一石二鳥な仕上がりとなりました。ソーラー発電みたいな感じかな。



「ニンゲンモ、タイヘンナンダ」



 リオさんは人間の世界を歩き回れるのが嬉しいらしく、

仲良くちびアデル様について回り、こうして仲良く戯れたりもしているのでした。


 うん、見た目は微笑ましいんですよ。見た目は。

でもやっぱりこっちもリオさんの声だから、可愛いその姿とは違って違和感が。

ぬいぐるみに移した精神は、本体へと感覚が繋がっており、

ここで見たもの、感じたものは本体へとそのまま伝わり、感じるようです。



「リオさん、埋もれちゃいますからこちらへ」



 そう言ってアンはちびリオさんを抱き上げ、自分の膝の上に乗せて座らせると、

素直にちびリオさんは、されるがままの様子で後ろ脚を投げ出すように、

アンの膝に収まって座っておりました。


……どうやら、徐々にですがアンには懐いてきているようですねリオさん。


 元々、彼が助けてあげたという縁があり、

彼の一部もアンは持っているからか、他の人間よりも安心するらしく、

アンの顔をちらちら見上げているので、気にはしているようです。



(よしよし、そのままくっ付いてしまいなさいなお二人さん。私達は大歓迎しますぞ)



 そんな様子を見て、何を思ったのか、ちびアデル様はくるっと私の方を振り返り、



「ユリア……」


 と、私の方へ両前足をちょいちょいと伸ばして、しっぽを上下にぱたぱた。

抱っこのポーズを向けておねだりする、ちびアデル様のこれまた可愛らしい姿が。



(アデル様……まさかリオさんと張り合うつもりじゃないよね?)



 そう思いつつも彼のお願いに逆らえない私。

しかたなく作業の手を止めて羽ペンをテーブルの上に乗せ、

ちびアデル様を両手で抱き上げて、私の膝の上に乗せてあげました。



……ご機嫌でゴロゴロ喉を鳴らしています。


 私はちびアデル様の柔らかな頭をなでたり、

お腹のもっちりぷっくりとした所をなでたりしながら、作業を再開する。

するとちびアデル様は、私の左手を自分のお腹の上に乗せて自分の両前足で固定した。


 うん、やっぱりリオさんと張り合っているな、これは……勝ち誇った顔をしているよ。



 さてと、本体のアデル様が帰宅する前に、ある程度はこれを仕上げて、

湯あみと晩餐の準備をそろそろしなければ。



「本日の献立は何にしようかな? 

 とりあえずアデル様の好きなお肉か卵を使って……」


「プリン」


 ちびアデル様が、私のつぶやきを聞いて、

ぱっと顔をこちらに向けてリクエストをすれば。


「クレームブリュレ、タベタイ……」


 うっとりとした顔で首をかしげながら、こちらを見ているちびリオさんが居る。

前から思っていたけれど、甘い卵料理が好きだなあ、蒼黒龍のお二人は……。


 考えてみたら、野生での暮らしでは決して食べられない料理ですもんね。

初めて食べた時のアデル様とリオさん、同じように固まって衝撃を受けていましたし、

以来、すっかり気に入って、よくおねだりをするようになりました。


 よし、アン、リオさんの方は君が作るんだ。

異性の胃袋を掴むのは、きっと龍世界も共通です。

そう言いたげに私が彼女に視線を投げかけると、アンはごくりと息を飲み込み、

ぐっと握り拳を作って、アンはちびリオさんに話しかけました。



「あ、あのリオさん。私がそれお作りします」


「ホント?」


「はい! がんばります!」



 うんうん良い調子だ。


 ちびリオさんは嬉しそうに、前足を合わせてうっとりしている。

本日の晩餐を、とてもとても楽しみにしているようでした。


 そこまではいい。


 直後にアンが「ユリア、後で手伝って!」とこちらに必死の形相で、

私に語りかけており、そうかそうか、まだ君1人で作るのは難しいか。


 ……うん分かったよ。言いだしたものの、

やっぱり作れませんでした……じゃあ、

リオさんもがっかりしちゃいますものね。


 彼女はまだ単独で胃袋を掴むのには、まだ経験が足りないようだ。

そうなんだよね……こっちの卵料理って目玉焼き位しかレパートリーなかったし、

教えてもそう簡単には、あのなめらかな食感は作れないようなんですね。


 まあ、アンがやる気になってくれたのは良い事かな。

この調子なら、彼女が第二の蒼黒龍の花嫁になるのも、

そう時間はかからないかもしれない。リオさんもまんざらでもないようだし。


 ……リオさん、アデル様みたいに暴走しないように祈っておこうかな。うん。



「はあ、ロマンスがそこかしこで芽生えて目の保養……素敵ですね」



 うっとりとそれを見ながら、ハアハア言っている後輩のユーディが居ますが。

小さく「どうせなら押し倒して!」だの言っているのは止めようか?

君はロマンス小説を読みすぎなんだよ。もうちょっと自重しよう。

リオさんも野生育ちだから、その気になったら本気で押し倒すと思うよ?

だから今は煽らないでやって。



「……じゃあ、アデル様のデザートはもちろん私が作りますね?」


「ソウカ、タノシミダ、ホンタイノオレモ、ヨロコンデイル」


「そうですか。良かった」


「アンマリ、ユリアト、イチャイチャスルナト、ウルサイガ……シラン」


「は、ははは」



 アデル様、私への想いも分身であるちびアデル様へと繋がっているものだから、

元々同一体にもかかわらず、仲が悪いんですよね……時々ケンカもしているし。

感覚を共有しているから、別にかまわないんじゃないかなとも思うんですが。

自分に嫉妬してどうするんですか、アデル様。


 でも小さいアデル様は可愛いんで、ついつい許してしまう私です。




※ ※  ※ ※



 手が疲れて休憩していた頃、呼び鈴と共に玄関のドアを開けたのは、

蒼黒騎士団の黒い制服に身を包んだアデル様だった。私がその音を聞きつけ、

喜び勇んでぱたぱたと玄関へお出迎えに向かうと、私の姿を認め、

待ちかねたように持っていたカバンをさっと床に置き、両腕を広げているアデル様の姿が。



「アデル様、おかえりなさい」


「ああ、ただいまユリア、そんなに走るとまた転んでしまうぞ?」


 そのまま思いっきりアデル様に抱き着いて、ぎゅっと抱擁を交わす私達。

アデル様は私の髪をなでた後、そっと顔が近づいてきたので私は瞼を閉じる。


 あれからちゃんと意思の疎通も上手くなってきて、私は恥じらいを未だ持ちつつも、

それなりに婚約者として、アデル様から受ける口づけも、

こうして素直に受け入れられるようになりました。


 あ……大人のキスだ。そう思った時には既にアデル様に翻弄される。

口からもれてしまう吐息すら飲み干されていくような、そんな感覚。

まるで貪られるように深く深く交わされる熱は、まだ私にとっても未知数の領域。


 でもそんな事はアデル様も百も承知で、

強引に迫る余りに私が怯える事がないようにと、

時折反応をちらりと薄目を開けて、確認しているのも知っている。


(ちゃんと私の事考えてくれている……)


 この時のアデル様は私が言うのも何だけど、とっても色っぽい。反則級の色気だ。

これがメインヒーローとまでされてきた、絶対不可避の狙った獲物は何とやらなのか。


 私が傷つかないような力加減で私の手をそっと手に取ると、

彼は自分の指をからませ、壁にそのまま両手を押し付けられる形で、

アデルの腕の中に閉じ込められる私は、されるがままの状態になっていた。


 くぐもった声が上がってしまうけど、別に嫌なわけじゃない。

どうしても出てしまう。


 自分でも今までこんな声を仕事でもレッスンでも出したこともないだけに、

内心思いっきり動揺してしまうんだけれど。私……こんな声とか出せる人だったけ?

これ、確かに経験してなかったら、こんな色っぽい声出せないよ。

自分でもびっくりだ。


――そうか、でもこれが恋愛するって事なんだ。



(本当なら両想いと共に、私はアデル様にこの身を捧げなければいけなかったのに)


 それを考えると、ずいぶんとアデル様の我慢を強いている状況だから、

せめてこれ位は早く慣れていかないといけないと思う。

アデル様の望むままに受け入れる。体は少しまだ震えてしまうけど怖いわけじゃない。

こうして求められるのは恥ずかしいけれども嬉しくもあるんだ。

伝わってくる温もりで、アデル様が今日も生きていてくれたと言う安堵があるのだから。


 それに龍社会での当たり前の常識を私にも強制しないのは、

アデル様はアデル様なりにこの人間という娘を理解し、

尊重してくれている証でもある。

 

 彼は私の気持ちを尊重してくれる。焦らなくてもいいと、

時折今も震える私に慎重に接してくれている。

大事にされているよね私、それがとても嬉しくてでも少しだけ申し訳ない。

早くアデル様に追いつきたい気持ちと、今のままでいたいという怯えも来ている。

変わっていく自分に戸惑う私を見て、アデル様は本当にゆっくりと導いてくれていた。



 それでもついに息が苦しくなって、

のけぞるように顔を上げて離れ呼吸を繰り返したら、

私の首筋をなぞるように彼の唇がふれる。


「……っ」


 それがくすぐったくて肩がビクッと上下した。


(い、以前から思っていたけれど、アデル様、

 どこでこんな事を覚えたんだろう?)


 これ……アデル様の事だから、動物の毛づくろいの領域の範囲内とは思うけれども。


 私が婚約者となったことで、匂いを嗅いだり、親愛の情を示す毛づくろい的な事を、

アデル様は遠慮なくやるようになったようです。


 以前は私の事を人間の幼い娘と勘違いされて、

育児とか風呂の入れ方を勉強していた位だったのに、なんて思って、

ついこんな時に小さい声で呟いてしまい、それを聞いたアデル様は、

私の耳元に唇を近づけて囁くように熱っぽい声でこう答えた。


「ああ……ライオルディが、人間の娘の愛でる方法を教えると言って、

 たくさん本をくれた。夫となる妻への接し方というものもな。

 これで合っているのだろう? 龍の雌と違ってユリアは鱗がなく柔らかいからな、

 傷つかぬように牙も立ててないぞ?」



 吐息が耳に触れてくすぐったいですアデル様。

なんて思っていたら耳をかぷっと甘噛みされた。

アデル様……前から思っていたけど、あなた色気が倍増してはいませんかね?


 でもやっぱりそうか! 純粋なアデル様がこんな事すぐ出来るわけないものね!!

私がアデル様を押しのけ、くるっと方向転換してルディ王子様に文句の手紙を書こうと、

いざ走り出そうとしたら、アデル様に背後から覆いかぶさるように捕まえられてしまった。



「……ユリア、もしかして嫌だったか? すまない今のは性急すぎたか」


「あ、あのアデル様、ち、違います。そうじゃないんです。

 申し訳ありませんが私は、至急にルディ王子様に一言文句をですね?」



 私は大切な用事を思い出したんです。アデル様が変な知識を身に着けて、

天然たらしになったりしないように、ちょっと保護者さんへうちのアデル様に、

一体何してくれとんのよと言わなくちゃならないんですよ。これはゆゆしき問題なの。



「待てユリア、なぜ俺じゃなくライオルディに手紙を書くんだ」


「え? だってアデル様は、ちびアデル様を私に置いて行っているじゃありませんか」



 そう、あの子……という表現でいいのだろうか?

ぬいぐるみ版のちびアデル様は私の護衛兼、連絡手段としても優秀だから、

ここに置いて私の傍でうろちょろしているのです。

今は日向ぼっこしていて、ちびリオさんと仲良くお昼寝中ですけど。

感覚が共有しているから意思疎通もできるし。


 だから何か伝えたい時にすぐお話しできるから、

わざわざアデル様に手紙を出して、タイムロスをすることもしなくて良いので、

アデル様にはそんなに手紙を書くという事をしていないんですよね。最近は。



「……」


「ん?」


 私の肩に顔を埋める形で動かなくなったアデル様を不思議に思い、振り返ると、

アデル様は「なんであいつで、俺にはないんだ」と不満げに呟くアデル様の姿が。



「えっと……アデル様?」



 さっきから、あの……私の背中のボタンが外されていくような気がするのですが?

なぜこんな所でこんなことを? ここ玄関先なのですが……。



「先ほど壁に押し付けてしまったからな、怪我はしていないか?」


「え? あ、はい大丈夫です」



 ああ、私の肌が弱いから怪我をしていないか確認してくれようと……。

――じゃなくて、これはまずいっ!



「いやいやアデル様、こんな所でそういうことは止めてください」


「なぜだユリア……君はもう俺のものだろう?」


「え、は、はい、その通りでございますが……ひゃっ?」



 なんか……今、温かい何かが背中に触れた気がした。


「あ、あの、あの……」



 それが何かなんて、意味を想像するだけでも恥ずかしいですが。

赤くなっていても舐めて治さなくていいですから、もうそろそろ龍体に戻りませんか?

その姿でされると刺激が強いわ。いや、龍体で舐められるのもデンジャラスだけども。


 腹部に腕を回されてがっちりホールドされているので、

逃げる事もできそうもないわ。



「もう俺はユリアを逃がさないし、もう、逃がして、やれない……。

 分かっているな? 嫌がっても花嫁にする。身も心も全て俺に捧げてもらう」


「え、あの? 私はアデル様のお嫁さんを嫌がったりなんてしてないですよ?」


「俺は龍の中でもずいぶん待っている方だと思うぞ?

 その時が来たら俺はユリアが泣いても……」


「な、何の話をしているのですか?」


「ユリア……俺の愛しい花嫁、俺の、俺だけのものだ」



 あれ? アデル様の様子がなんだかおかしい。これは何かの地雷を踏んだのか私。

まさかここまで来て、隠しフラグでもあったのでしょうか?


 暴走する前にこれは対処策を考えようと、それまでの会話を思いだし原因を考えて、

はっと思い至った私は、慌ててアデル様にこう伝えてみた。




「え、えっとじゃあアデル様にもお手紙書きますから、ね、ね?」


「……」


「アデル様のは最初に書いて、その上愛情込めてお手紙書きますから、

 それはアデル様にだけにですよ? 大好きって書いたのを差し上げますから」



 その言葉でようやく機嫌を取り戻し、「分かった」と私は解放された。

しかし、私の背中がその間に犠牲になって、吸い付かれていたのは言うまでもない。

アデル様は「少し赤くなっていたので治す為に必要だった」としれっと言っているけれど、

うん……絶対嘘ですよね? 前に首筋に付けていたマーキングしていただけですよね?


 ああ、これみんなに見られないようにしないと……恥ずかしい。


 お願いですアデル様、ボタンを留めるのを手伝ってくださいな?



 だがその時だった。屋敷の玄関の呼び鈴が鳴ったのは。



「こんにちはー! 本日もお世話に……って」


「ちょっとリーディナ、もうダメよ。いくら通い慣れているからと言って、

 アデルバード様達のお家に勝手に……はいっ……て……」


 私がまずいと気づいた時にはすでに遅し……。

屋敷にやってきた仲良し双子姉妹のリーディナとローディナによって、

私が壁に押し付けられる形で、アデル様に背後から迫られていたその様子を、

ばっちりはっきりと見られてしまいました。


 私がアデル様にボタンを留めるのを手伝ってもらっていたのが、

今まさに外されている最中に見えなくもないわけで……。


「あ、あの……こ、これはその……」


「「……」」



 両開きの扉をそれぞれ開けたままの姿で、こちらを凝視したままの二人、

数秒が経過……。


 その後、顔をお互いにぼっと赤らめて、事態を察したお二人は手に手を取ったまま。



「「しっ! 失礼しました~っ!!」」



 と、一目散にたったかたーっと走り去ってしまい……ちょっ、待って~っ!!



「ユリア?」



 アデル様は二人に手を伸ばして固まる私を、不思議そうに見つめ、

私はアワアワと口を動かしながら、今度会う時にどうしようかと悩む羽目になった。


 そうですよね。こんな玄関先で何をやっているのでしょうか私達。

いちゃつくなら、まず場所を選べよとか言われても仕方ない状況ですよ。ええ。


 いや、半分以上はアデル様が悪いんだよ? 

必死に抵抗しなかった私も共犯ですけれども。

だってアデル様に本気で誘惑されたら、ユリアとしては弱いんですもん。


 これじゃあ、人目をしのびながらお付き合いするメイドなんて、

最初から出来るわけもないのです。

王都で堂々と手をつないで、買い物もしていましたし。



(と、とりあえず、まずはアデル様に大好きですって書いた物を渡そう)


 その一言だけ書くのも恥ずかしいけれども、ラブレターですよねそれって。


 きっとアデル様は、どんなささやかな物でも喜んで受け取ってくれるだろう。

そしてその文字を嬉しそうに指先でなぞり、口づける所まで容易に想像できる。

……想像しただけで頬が火照る。恥ずかしい。


(まあ、何はともあれ)


 ゆっくりと触れていた熱が離れていく、それに少し寂しく思いながらも、

今日もアデル様が無事に帰って来てくれたことをとても安堵し、嬉しく思っていた。

平穏が戻ってきたと言っても、アデル様のお仕事は常に危険が付きまとう。

幾らアデル様の能力がけた違いに強い蒼黒龍だったとしても、心配なものは心配だ。



「えっと、あの、ほ、本日もお勤め、お疲れ様……でした」


 さっきまでのやり取りで、すっかり桜色どころかリンゴ色に染まったであろう私の頬を、

指先で優しくなでるアデル様の視線は、今日も優しいもので。



「ああ」


 もし私が心配していることを悟られたら、きっとアデル様は私を安心させるために、

仕事を休むなんて言いだしかねないから、私は気づかれないようにと黙っていた。


 アデル様が疲れていて、そういう事を言っているのなら止めないけれど、

私のせいで彼がここで真面目に取り組み、

築いてきた信頼を失う訳にはいかないと思う。


 それは未熟だったとはいえ、

役者として社会人に片足突っ込んでいた私でも分かる事だ。



「ユリア、おいで?」



 再び腕の中に閉じ込められた私は、求められるがままにアデル様にそっと身を寄せ、

彼の背中に腕を回して結局再び抱擁を受けた。伝わる温もりに安堵しながらも、

明後日は待ちかねた二度目の婚姻予告を行うことになっている。

いよいよ秒読み段階だ。それがアデル様にも嬉しいらしく、

今日はいつもよりもスキンシップが多いようで。


 だからついつい私も、そんなアデル様を甘やかしてしまいたくなっている。

彼の甘えられる存在になれたことが、私はとても嬉しいし。



(もうアデル様は、出会った頃のような寂しい目をしなくなりましたから)



 旅立つ時に見せた、あの頃のアデル様の姿はもうない。

アデル様は私の頭の上に頬を寄せ、盛大に息を吐いた。



「ようやく一週間か……長かった」


「そ、そうですね。いつもはあっという間だと思う位なのに」


「いっその事、形式を省略した方をやりたかったんだがな。

 そうすればすぐにユリアを……いやなんでもない」



 実は公に告知はしないで、婚姻を早める方法は存在する。

許可証を手に入れて書面だけで済ますのだ。ただしこれには条件があり、

特権的な立場である事と、費用が通常よりも重み、

それをクリアー出来る者は許可証を貰ってサインすれば、

晴れて正式な夫婦として認められるのだそう。


 ……要するに、私の世界でいう婚姻届だけ書いて、

役所に届ける済ませるものなのかな。


 もちろん、騎士団長という立ち位置のアデル様は条件をクリアーできるだろう。


 そして私もまたいろいろと複雑な立場ではあるものの、

神鏡の影響もあり、特別扱いされることもある上、

アデル様の花嫁候補になっていること、

例え王家であっても反対する人は流石に居ないと思う状況なので。

……というかできないと言うか。もしも居たらアデル様の怒りに触れるからです。


 私の場合は、二人の王子サマーズの後ろ盾も密かに得られているというか、

全力で懇願されているほどなので、何とかなりそうな状況なのである。


 けれども、アデル様は一応ローザンレイツの第一王子、

ルディ王子様によって保護され、後見人になってもらったという恩があり、

その影響で式は内々で済ますものの、告知だけはちゃんとした方がいいと言う判断で、

こうしてこの国の礼法に則った準備で進めておりました。



(そうです。いよいよ私……)



 アデル様の、花嫁になれるんですよね!!


 この世界に来るまでは、誰かのお嫁さんになれる日が来るなんて思いもしなかった。

むしろ経済的、時間的、精神的な余裕を考えてみたら、

真っ先に切り捨てるべきと思ったもの。それが結婚だったから。


 家庭を犠牲にしている役者さんは多いですからね。

まあ両立できる人も確かに居ますが、同じ業界人とか関係者とかが相手でもないと、

ああいう複雑な仕事に理解ある方には巡り会えない訳で……。


 声優を目指していた頃は、役者一筋の毎日だったし、そんな出会いもなかったし、

あったとしても、貴重な練習時間を削ってまですることなのかなと思うと、

まともなお付き合いはできないと分かり切っていたから、

こうしている自分がとっても新鮮で未だに信じられません。


(でも私は声優を辞めたから)


 気持ち的にも余裕ができてきて、

こうしてアデル様ともきちんと向き合えるようにもなっている。

それはきっと良いことなんだと今では思えるんだ。

 

 それにしてもアデル様のお嫁さんか……ふふ、楽しみだな。

最初はきっと戸惑う事もあるかもしれないけれど。

好きな人のお嫁さんになれる。女性としての幸せを持てるのは嬉しいと素直に感じた。



(お母さん達にも、見てもらいたかったな……)


 

 胸に抱いた痛みに無理やり蓋をして、私は顔を上げた。


 前に進もう。私達はこれから、新しく始めなきゃいけないんだから。



※  ※  ※  ※



「あ、ユリア久しぶりだね。もう外に出てきても大丈夫なのか?」


「あ、ラミスさんお久しぶりです。はい、アデル様にお許しいただけました」



 2回目の告知を間近に控えて、縁談のお話は少しだけなりを潜めた。

アデル様が本気で私を妻にすると公言しているのも、効果を発揮しているのだろうか。


 お陰で私はちょっと時間に余裕ができて、

こうしてアデル様の職場に焼き菓子をお持ちすることができるようになって、

ちょっと一安心。このまま平穏無事にすぎてくれればいいなと、祈るばかりですとも。


 すると、きょろきょろと辺りを見回したラミスさんは、私に心配げな顔を向ける。



「もしかして一人で来たの? リファは? よくそれでお許しが出たな」


「あ、リファは今子育てで忙しいですから、お留守番です」



 そうそう、リファは2匹の子どもを産み、今日も元気にお世話をしています。

一度は失った子供が戻ってきてくれたとリファはすごく嬉しがっていて、

また以前の教訓から、子どもを育てるのにとても慎重になっている為、

幼い子ども達を引き連れて、私についてくることは出来なかったんですよ。


 外敵に狙われにくいお屋敷の中は快適で、比較的安全に子育て出来ることもあり、

私は大丈夫だからと、リファにお留守番を頼んで出てきたのです。


 ちなみにティアルはその子達とボール遊びで夢中になっていましたね。

すっかり仲良しさんになったあの子達は、最近ではずっと一緒に過ごしていました。



「そんなに心配してくださらなくても大丈夫ですよ。通い慣れた道だし、

 暗い所とか人気のない所とか、危ない所は通らないようにもしていますし」


「うーん……まあ、ユリアの護衛に一応は部下を何人か付けてはいるけど、

 用心にこしたことはないからなあ。ユリアはただでさえ狙われやすいようだし」



 そうなんだよね。元々隠しとはいえヒロインポジションだったから、

どうしても容姿的にも人の目につきやすいですものね。


 私が蒼黒龍のアデル様と両想いになったあの時から、

ルディ王子様の手配で、私には護衛が密かに用意されていたんだ。

お屋敷の中にいる時は外で、外出する際には変装する形をとってまで守ってくれている。


 申し訳ないと思いつつも、私という存在はアデル様の最大の弱点となり、

私をさらえば、アデル様は従わざるをえなくなるということで、

こうして私は、重要人物として王家に密かに保護されている状態だった。


 あ、アデル様は魔王戦での褒章を、リオさんの救済に当てたのだけれど、

実は私にも貢献したという事で、密かに褒章がされる手はずになっていたんですよ。

私が神鏡を覚醒させ、突破口を切り開いた事が結果的に滅んでしまった蒼黒龍を蘇らせ、

魔王化の阻止にも成功したから、それが評価されたのです。


 でもそれならと、私も違うもので褒章を貰う事にしたんだ。

それが、アデル様の同胞を含む、故郷一帯の不可侵による保護と、

私とアデル様を含む、今後生まれるかもしれない私達子孫への政治的な不干渉を。

今後の為を思って、その事を龍の誓いで陛下とルディ王子様達に約束してもらったんだ。


 そこで生まれたのが、龍を保護する条例のきっかけだったりする。



(もしもあの子が生まれた時の為に、今の私が出来る事を出来たのかな)



 胸元に手を添え、私は片割れだったもう一人の“私”に思いをはせる。

この選択が未来の子どもたちの為に、少しでも役立てられたならいいな。


 心配してくれるラミスさんに「大丈夫です」と頭を下げ、

そのまま別れようとすると、ラミスさんは慌てて建物の中まで送ると言いだし、

ついて来てくれることになった。騎士団敷地内とはいっても、

中には荒くれ者とか素行の悪いものが居る場合もある。


 規律を正して治る者もいれば、治らないものも居て、

そう言う場合は除籍処分を受けるが、それまでは一緒に扱われることも多い為、

私の事をとても気遣ってくれていた。



「ユリアに何かあったら、俺だって嫌だし、あいつも悲しむだろ」


「……ふふ、ラミスさんは優しいですね」


「いやいや女の子には優しくするのが騎士として当然だからね。

 そうだ。あいつ強引な事を君にしていないか? 嫌だったらちゃんと拒むんだよ?

 アデルバードは野生で育ってきたから、人間の女の子の扱いにはまだ不慣れだ。

 力ずくでユリアを押し倒す事だってしかねないんだから」


「そんなことないですよ。いつもアデル様は私が嫌がらないか、

 ちゃんと気を付けてくれていて、その、確認してから接してくれていますし」



……既に押し倒す事はされていますが。なんてことはさすがに言えなかったが。



「いやいや? 確かにあいつはやたら君に気を使ってはいると思うけれども、

 龍の本性はそれだけじゃないからな。本来なら龍の嫁取りの場合は、

 雄が雌を力ずくで従わせるものなんだ。自分より弱い雄を雌は認めないからね」


「え?」


「ほら、君も知っているだろう? 優秀な子孫を残すのに強い者が制すって、

 野生での弱肉強食の掟みたいなものをさ」



 そうなんだ。つまり雄同士じゃなくてもバトルするのか。

それを考えると、確かにアデル様は実に紳士な接し方をしてくれている気がする。

……龍の溺愛発作でも、そんな事をされた覚えはないのだから。

あ、でも昨日は暴走しかけましたよね。アデル様あれがそうだったのかも。



「ま、俺達もあいつのことは言えないんだろうけどさ、

 やっぱりユリアには俺達の分まで幸せになってもらいたいし……って」


 ラミスさんが言いかけている途中でしたが、視界にアデル様が映り、

私は、ぱああっと顔が思わずほころんで嬉しくなって、

彼の方へと一目散に駆けていった。



「アデル様~」


「……っと、ユリア急に走ったりしたら」


「大丈夫ですよ。ふふ」


「ユリアは意外とお転婆だな、だが、君が元気そうならそれでいい」



 受け止めてくれたアデル様は、そのまま私の頭をなでてくれる。

子ども扱いのようでいて、そのまま私の髪に口づけをさりげなく落とすあたり、

なんだか手馴れてきた感が。



「ああ、全くこんな所でいちゃついて……はあ、さすがに諦めるわこれじゃ」


「あ、ラミスさん、送ってくれてありがとうございました!」


「お、おう」



 手をブンブン振ってお礼を言うと、ラミスさんは片手をあげて返事してくれた。



「おいでユリア、温かい飲み物を用意しよう」



 アデル様は自分の着ていた上着を私の肩にかけると、私の手を取って歩き出した。

こんな風に彼は、何かにつけて私の体調を心配してくれる。


 いろいろと龍の雌とは違い、人間の娘は脆くて弱く、

固くて丈夫な鱗で覆われていない、服で覆われているとはいえ、

薄い皮膚を持っている私の肌は、アデル様にとって心配の種らしく、

直ぐに傷ついてしまう体なのだと認識してくれて、

私への接し方はその点からも学んでくれたもののようですね。


 でも実は怪我はしたりするけど、私の体調、すこぶるいいんですよ。

この体が私にすっかりなじみ、この世界にもなじみ、

違和感なく過ごせるようになった影響だと思うんです。

だから私が倒れたり熱を出したりしたのは、好転反応の1つなんじゃないかと。



「あ、そうだ。なあアデルバード、そういえばユリアにはあの話まだなんだろ?」


「ああ」


「ん? どうかしたのですか?」


「ユリアに女の騎士を護衛に付けてはどうかと、ライオルディが言ってきたんだ」



 女性の騎士団、その名をくれないの騎士団といわれるそれは、

女性のみで編成された紅炎龍のお姉さま方を中心に作られたものだ。


 小数しか存在しないことと、騎士とはいえ男女を共にするのははばかられる為に、

アデル様の居る騎士団とは別途で活動しており、

小さいが内装はしっかりと整えられた宿舎を構え、

男女が揃って訓練をしたり、仕事をすることは余りないことらしい。


 普段、くれないの騎士団は、男が立ち入れない領域の管理を主に担当する。


 いわゆる国内や、諸外国から来た貴族の娘や夫人、要人、客人などの、

主に女性を対象にした護衛につくことが多いらしいのだ。


 今回はその騎士団の中から選り抜きの精鋭達を、

ユリア……つまりは私に付けてはどうかとの話らしい。



「騎士団長の妻となるからな。用心に越したことはないという事らしいが」


「こいつが雄の騎士だと嫉妬するからな、だったら雌の方がよかろうと思ったんだと」


「女性の騎士団ですか……そんな方々がいらっしゃったんですね」


 名前ながらに、某どこかの塚みたいだなと思ったことは伏せておこうか。


 そうだなあ、別に居ないと不便だとは今の所は思わないけれども、

確かに万一ってこともあるし、危険な仕事も多いアデル様だけに、

集中できるようにできた方がいいかも。


(どなたか傍に居てもらっても、いいのかもしれないな)


 屋敷には大切なみんながいる。もしも私の為に危険な事になったら大変だもの。

私は了承の意味でこくりと頷いてお願いすることにした。

女性の方なら私も話しやすいかもしれない、そんな事を思って。


……でも後でそれが大変な事になるなんて、その時の私は思いもしなかったんだ。









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