第六話 冒険者試験 後編
「……はい、そこまで」
机に向かってペーパーテストを受けていた俺とプリムは、溜息と共に鉛筆を置いた。
試験官が俺達が今まで書いていた解答用紙を素早く回収する。
「ふー、終わった~。 マルコ達からあれこれ教わって無かったら殆ど分からなかったな」
何とか八割は、回答を埋める事が出来た。
脱力して背もたれによりかかる俺の横で、プリムは”撃沈”していた。
「お…おーい、大丈夫か?」
「うぅ……は、半分も…埋められませんでした……」
どうやらプリムは、この手のペーパーテストが苦手らしい。
「わ、私の生家は、武門の家柄だったので武術は散々仕込まれたのですが……こういう机に向かった勉強はどうも苦手で……」
「ははは……俺も勉強は苦手だったから気持ちは分かる」
俺達が”和やかに談笑(?)”している所に先程解答用紙を回収した試験官がやって来た。
「テストお疲れ様でした。 この場で10分程休憩した後に隣の第三会議室へ移動してください。 そこで”情報収集”と”生存能力”の試験を行います」
「は…はい、分かりました」
「お、復活したか?」
「な…なんとか……と、言いたいですけど…」
「んじゃ、ギリギリまで休んでろ」
「はい…」
俺達は、休憩時間ギリギリまで休憩してから次の試験会場まで移動した。
まあ……移動中、プリムは終始フラフラしていたのだが……
◆
「よう来たね、まずはお座り」
部屋には、黒いローブを着こんだ小柄な老婆が椅子に腰かけていた。
その傍らには、簡易寝台が二台。 部屋に元からあった机や椅子は端に片付けられていた。
「あたしゃここの試験官を務めとるブーマという婆だよ」
「は、はい。 初めまして、プリムラと申します」
ブーマと名乗る老婆に勧められるまま、俺達は用意された椅子に腰かける。
「ここでの試験は、あたしの”夢見の魔法”と、”幻夢の魔法”を使って行うよ」
「”夢見”? ”幻夢”??」
「”夢見の魔法”ってのは、他者の夢を覗き見る魔法だよ。 ”幻夢の魔法”は、他者に特定の夢を見せる魔法だね。 要するにこれからの試験は、あたしが魔法で見せる夢で特定の状況を疑似体験してもらうよ」
「えっと……つまりは、どういう事でしょう?」
「つまり、夢の中で試験をするって事じゃないか?」
「まあ、そう言う事だね。 時間も無いから早速始めるよ。 身軽な恰好になって寝台に寝な」
老婆に促されるまま、俺達は準備を始める。
俺は、ブーツとコートを脱いで部屋の端に片付けられている机の上に置いて胸当てを外し始める。 プリムは、ショートブーツを脱いだだけで寝台に横たわる。
「準備できたかい?」
「はい」 「ああ」
「それじゃあ、始めようかね」
「あ、まった!」
老婆が呪文の詠唱に入る直前に割って入る。
「ん、何だい?」
「俺達は具体的に、夢の中で何をすればいいんだ?」
「何をするかの指示は、夢の中に入ってから出すよ。 何、そんなに難しい事じゃないさ。 お前さん方の思うとおりにやってみりゃいいよ」
「ん……わかった」
改めて寝台に横たわるのを確認すると、老婆は聞きなれない呪文を朗々と謡いだした。
その呪文を聞いていると段々と瞼が重くなってくる。
呪文が終わる頃には、俺達は夢の中に深く落ちて行っていた。
◆
再び目を覚ました時、俺はどこかで見たような街に立っていた。
そこは、少々古びたアーケードの商店街。 俺が住んでいたアパートの眼と鼻の先にあった場所だ。
「ここは……なんで?」
俺の周りには人がまばらに歩いている。 時々いぶかしげに俺の方を見てくる人が居るところを見ると、俺の姿は見えているらしい。
(どこかのラノベとかだと、俺の方が幻で周りの人からは見えないとかって展開もあったんだろうけど違うらしい。 これだけ見ていると、どっちが夢か分からんな…)
実は、今までのが夢で今まで白昼夢でも見ていた様な錯覚を覚え始めた頃に頭の中に声が響いた。
(聞こえるかい? 今、お前さん方が見ているのは、お前さん方の記憶の中の街だよ)
(記憶の中? ああ、だからか… そういえば、プリムは?)
(あの子なら、お前と別に夢を見てるよ。 心配しなくても、試験が終わったらあえるさ)
(そっか、分かった)
(今から”情報収集”の試験を始めるよ。 制限時間は一時間。 課題は、”探し物”だ)
(探し物?)
(あたしが呼び出す”依頼人”の”探し物”を見つけてくるんだよ)
(見つけたら終わり?)
(時間内だったら、次の依頼人を出すから安心しな。 それじゃあ、始めるよ)
俺の頭の中で老婆はそう告げた。
「あ…あの……」
不意に後ろから声をかけられる。
そこには6~7歳ぐらいの女の子が立っていた。
女の子は、俺が振り向くと驚いて2~3歩後ずさる。
(あー、ちょっと傷つくなぁ…… そりゃ俺は、図体もデカいし目つきも鋭いけど……)
俺は、女の子を怖がらせない様に膝立ちになって彼女に視線を合わせる。
「どうかしたか、お嬢ちゃん」
俺は、”できるだけ優しい声”で女の子に話しかけた。
女の子は、ちょっと怯えつつも俺に近づいて来てくれた。
「あの……猫、見ませんでしたか?」
「猫? どんな?」
「えっと……白と黒の虎柄の子猫で…名前は”あすか”です」
なるほど、これが”探し物”か。
「俺は見てないな」
「そうですか……」
女の子はションボリする。 まあ、当たり前か。
「探すの手伝おうか?」
「え?」
女の子がキョトンとする。 まあ、いきなりの申し出だ、無理もない。
そこで俺は、この子が納得しそうな言い訳をする事にした。
我ながら苦しいと思うが……
「実は俺…」
「はい」
「む…”無類の猫好き”なんだ。 だから、見つけたらその…な、撫でさせてくれると嬉しい」
身長180cmを超える目つきの鋭い大男が”無類の猫好き”……
我ながら、すげぇギャップだ…
「わぁ、お兄さんも猫が好きなんですね!」
女の子の反応は、予想を反して嬉しそうなものだった。
「分かりました! あすかが見つかったらお兄さんにも撫でさせてあげますね!! よろしくお願いします!!」
「あ、ああ」
こうして俺は猫探しをする事になった。
しかし、俺と女の子の猫探しは難航を極める事になる。
”目つきが鋭い大男”と”6~7歳ぐらいの女の子”の組み合わせは、明らかに周りに浮いていた。
そこらの買い物中らしきおばさん達から冷たい視線を送られる事もあった。
だが、それに反して女の子は終始上機嫌で俺の手を引っ張ってあちこちをちょこまかと動き回る。
(ぐ…気まずい!! そんな目で俺を見るなッ!! 俺は親切心で猫を探しているだけだッ!! 決して…決して、”ロリ〇ンとかじゃないぞッ!!!)
そんな状態では、猫探しは遅々として進まず、ようやく路地裏の雨樋の上で震えている子猫を見つけた時にはタイムオーバーギリギリという有様だった。
「お兄さん、ありがとー!!」
女の子は、子猫を抱えたまま元気よく手を振ってその場を去って行った。
(んまぁ、ああいう顔をされるとな…悪い気はしないよな)
(時間切れだよ)
女の子と別れてすぐに俺の頭の中に老婆の声が響く。
(それじゃ、そのまま次の試験に移るからその場で目を瞑って大人しくしてな)
(目を瞑るのか?)
(一度夢を解除した後に次の夢を見せるのさ。 目を瞑っていないと夢が移り変わる時に頭の中が混乱を起こすんだよ。 頭を大きく揺さぶられた時みたいな感じになるかね)
(なるほど、瞑ってた方が良さそうだな)
(用意が出来たら声をかけるから、それまで大人しくしてるんだよ)
俺がその場で目を瞑ると、程なくして周りから音が無くなっていく。
音が無くなっていくのに比例して意識も落ちていく感覚に囚われていった。
◆
緩やかなそよ風が俺の頬を撫でる。
(ん……?)
俺は、そよ風に誘われるかの様に瞼をあけた。
最初に見えたのは、風に揺れる木々とその間から洩れる木漏れ日だった。
(あぁ…いい天気だ。 最近、あんまりゆっくり出来なかったから丁度良いや…)
……………あれ?
前にこんな事あったような……?
「あ、気が付きました? 大丈夫ですか?」
一人の少女……プリムが俺を覗き込んでいた。
「えっと……質問いいかな?」
「はい」
「プリムだよな?」
「はい。 寝ぼけてますか、カイ?」
「かもな…」
どうやら俺は、眠ってたらしい。 …また、プリムの膝枕で……
「あれ? 俺、冒険者試験受けてなかったっけ?」
「もう終わりましたよ。 お昼にしようと思ってたのですけど、準備している間にカイが寝てしまったんじゃないですか」
試験が終わった? いつの間に……
「カイ」
「ん?」
「そろそろいいですか? カイが起きたから、お昼ご飯にしようと思うんですけど」
「あ! 悪い!!」
俺は慌てて起き上がる。
プリムは、「しょうがないですね」とでも言いたげな表情で俺を見ていた。
「な、なんだよ?」
「そういえば、前もこんな事ありましたよね?」
「ああ、そうだな…」
プリムは、自分の脇に置いてあった包みを開きその場で弁当を広げ始めた。
「弁当なんていつ作ったんだよ」
「朝食の準備をしている時にイリスさんと作ったんですよ。 はい、準備できました。 座ってください、カイ」
「あ、ああ」
その時、俺は戸惑っていた。
少なくとも俺には、冒険者試験が終了した記憶が無い。
(これってやっぱり……”婆さん”の見せている夢なんじゃないか?)
「カイ?」
(って事は、”この”プリムは本物じゃなくて、夢の中の……)
「カイ!!」
「!?」
呼ばれる声に反応して顔を上げると、目の前にプリムの顔があった。
(ち、近い! 一歩間違ったら触れちまいそうだったじゃねぇか!!?)
「やっと反応しましたね。 ご飯の用意が出来ましたよ」
「わ、分かった」
俺が返事をすると、プリムは満足げに顔を遠ざける。
(まったく……コイツは、気も無いのにこんな事やってるなら絶対に勘違いされるぞ!)
俺は、溜息をつきながら立ち上がる。
(あー、お楽しみの所悪いけど、”生存能力”の試験を始めるよ?)
(………何と無くそう思ってたが、やっぱりそうか…)
(ん? やっぱりお邪魔だったかい?)
(いや、遅すぎだ…。 夢の中とはいえ間違いを起こしたら気まず……いやいや、そうじゃなくて…)
ぐ……婆さん、アンタしばらく観察してたな……
(説明に入るけどいいかい?)
(ああ)
(内容は簡単さ。 今から”アンタの足元以外のすべての地面が崩壊する”から何とかしな)
……ん? ”地面が崩壊する”って……
なにぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーー!!!!!
婆さんがそう宣言した次の瞬間……
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………
大地が激しい唸りを上げて鳴動しだした。
「カイ!」
「!?」
急な地震でバランスを崩したらしく、プリムが俺の腕にしがみついてきた。
(そうだ……! プリムが居たんだったッ!!)
「カイ、一体何が……」
婆さんの言う事に間違いが無ければ、”今、俺が立っている場所に居れば助かるはず”だ。
(そうなると……選択肢は無いか… く…あの婆さん、意地が悪すぎだぜ!!)
俺は、問答無用で”プリムを抱き寄せた”。 恐らく、こうでもしなければ”俺の目の前でプリムだけが地面の崩壊に巻き込まれる”自体になるだろう。
「ッ!? カ、カイ!?」
「いいからそのままでいろッ!!!」
程なくして、轟音を轟かせながら周りの地面にひびが走る。 大地が砕け始める。 俺の周りの風景が崩壊していく。
(ああ、言い忘れたけどね…)
そんな切羽詰まった状況でいきなり婆さんののんびりとした声が頭の中に響く。
(お前さんの足元は、”二人分の体重は支えられない”よ)
(なッ!? なんで、そんな大事な事、先に言わないんだよッ!??)
(先に言ったら、”試験”にならんだろうに…… まあ、お前さんの思うとおりにやってみるんだね)
俺達の周りの大地は、刻一刻と崩壊していく。
俺達の立っている場所まで崩壊するのも時間の問題だった。
(思う通りって言ったってなぁ……)
「カイ、このままじゃ…」
狼狽えるプリムと視線が合う。
(まぁ…ほっておけないよな……)
「カイ?」
抱きしめたままだったプリムを離すと、俺が立っていた場所に移動させて俺はその場所から一歩離れる。
「プリム、そこから動くなよ?」
「カイ!?」
(まぁ、崩壊に巻き込まれれば…まず、助からないよな……)
こんな時ばかりかっこつける自分に呆れながらも、それも悪くないとか思ってしまう。
「カイッ!!」
プリムが涙目で俺の服の裾を掴んでくる。
「ダメッ!!!」
「何とかするさ。 大丈夫だ」
全然、大丈夫じゃない。 強がりもここまでくれば、大したもんだと思ってしまう。
「カイ! カイッ!!!」
プリムの見ている目の前で、俺は地面の崩壊に巻き込まれた。
◆
痛くない。 音も無い。 そして、何も見えない。 あるのは虚無感と、浮遊感。
これは、夢の続きなんだろう。
このままでいても恐らく、すぐに目覚めるのだろう。
(あー、やっぱりこうなるか…… まぁ、プリムが無事だったし…………あ。)
”何とかするさ。 大丈夫だ。”
(とか、言ってたっけ……俺…)
ふと、涙目で俺に手を伸ばすプリムの姿が頭をよぎる。
(………良くは、無いか。 このままじゃ後味が悪い。 何とかしなきゃな)
はたして、この状況で何ができるだろう?
とりあえず、自分の身体を探ってみる。
(見えはしないが、身体はある。 そして…)
右手を背中に回してみる。
背中には”魁”があった。
(何ができるか分からないが……)
再び、俺の頭に涙目のプリムがよぎる。
俺のやろうとしている事は、意味が無い事なのだろう。
これは夢で、あのプリムは夢の中だけの存在だ。
だが……
(夢だろうと、絶望だろうと、崩壊した大地だろうと……”切り開いて”アイツまでの道を作るッ!!)
”魁”を背中から引き抜いて、下段に構えて後ろに切っ先を振った。
「”魁”! 道を”切り開け”!!!」
遅くなりました。
冒険者試験が長引いて、次回に少々食い込みます。