第五話 冒険者試験 前編
「到着~。 ここが”冒険者協会”スチームヒル支部だよ!」
ロウ探偵事務所に昨晩、一泊した俺とプリムは、探偵事務所所長の娘(パッと見では少年にしか見えないが)ヴィクターの案内で”冒険者協会”へ来ていた。
合衆国以外の国への入国に融通が利く様にする為、冒険者として登録するためである。
「ん? 誰かと思えば、エドの所のヴィクター嬢ちゃんじゃねぇか」
「あ、おっちゃんお久ぶり~!」
入口で厳つい男に呼び止められる。 どうやらヴィクターの知り合いらしい。
「今日はどうした? エドの所在はこっちでもまだつかめてないぞ」
「今日は、この二人を協会に案内してるの。 入会希望者だよ」
俺とプリムは、厳つい男に会釈する。
男は「気にするな」とでも言いたげに軽く手をふる。
「スチームヒル支部の支部長のブラウンだ。 よろしくな、ご両人」
支部長!? えらくノリが軽い支部長だな…
「んじゃ、ボク達いくね~」
「おう。 ご両人、気張らずにな」
ブラウン支部長に見送られて、支部の中に踏み入る。
「わぁ…」
建物の中を見たプリムが感嘆の声を上げる。
そこは、外のレトロな街並みとは一線を画していた。
「パソコンがある…」
蒸気を動力としていた外の光景とは違い、パソコンをはじめとした電化製品が使われていた。
日本でも割と良く見かけるこじんまりとした事務所の様な内装だった。
「二人とも、呆けてないでこっちこっち!」
外とは違う建物の内装に見とれていた俺達をヴィクターが呼ぶ。
俺達は、ヴィクターに呼ばれるがまま、受付まで行く。
「あなた方が入会ご希望の方ですね。 こちらの書類にご記入願います」
「えっと、これって住んでた世界の言語でいいんだよな?」
「はい。 分からない項目がありましたらその都度お聞きください」
「解りました」
俺達は、受付嬢から受け取った書類に記入していく。
名前、性別、年齢、出身世界等々…
「ん? 『ご自身の出身世界に当てはまる方に〇を付けてください』『魔法・科学』。 あー、そういう風に分けるのか…。 ”科学”に〇っと」
埋められる項目をすべて埋めて書類を受付に提出する。
プリムは、少し悩んでいた様で俺より五分程遅れて提出する。
「終わったか?」
「はい、何とか…」
「それでは、カイさんとプリムラさんには、これから五つの試験を受けていただきます」
「五つの試験?」
「はい。 基本的に冒険者としての資質を推し量るものと思ってください。 項目は、戦闘能力、世界知識、情報収集、生存能力、個人資質の五つです」
「それって、どういう意味があるんだ?」
「これは、冒険者の方々に仕事を斡旋する時の基準になります。 要するにその方は、どの様な事に向いているかと言う事を大まかに表示します」
なるほど、冒険者といってもピンキリな訳か。
「準備がよろしければ、すぐにでも試験を始めたいと思いますがよろしいですか?」
「はい」 「ああ」
「では、奥へどうぞ」
俺達は、建物の奥に通される。
「プリム~、カイ~、頑張ってね~!!」
ヴィクターの暢気な声援に見送られて、俺達は奥へと入って行った。
◆
係員の指示に従って、階段を上って三階へ。
そこは、だだっ広いだけの広間だった。
そこに男が一人立っていた。
「ようこそ、私は”戦闘能力”試験官のクランツだ。 ここでは、此方の用意した者と1対1で戦ってもらう。 武器は、此方で用意した訓練用の武器を使ってもらう」
「模擬戦って事か」
「各自、愛用の武器を提示してくれ。 此方でそれに酷似した訓練用の武器を用意しよう」
俺には刃を潰した両手剣が、プリムには木製のトンファーが用意される。
「使い心地等に問題がある場合は、今の内に申告するように」
俺達は、用意された武器を振ってみて使い心地を確認してみる。 お互い、普通に使うには問題ないようだった。
「大丈夫だ」 「私の方も、問題ありません」
「では、さっそく試験を開始しよう。 まずは、プリムラ君からだ」
「はい、よろしくお願いします」
指名がかかったプリムが数歩前に出る。
「彼女の相手は…ジョニー、お前が務めろ」
試験官の呼びかけに応じて、俺達が入って来た入り口とは違う入口から何者かが姿を現す。
「ヒュー、俺様の相手は女の子かい?」
ジョニーと呼ばれた男は、軽口をたたきながら部屋に入ってくる。
ウェーブのかかった髪をした優男だった。
頭にはテンガロンハット、革チョッキと革ズボンを身に着けて、腰にはホルスターに入った拳銃を提げている。
まるで西部劇のカウボーイの様な恰好だった。
「って、銃が相手って汚くないか!?」
「銃に入っている弾は、ペイント弾だ。 何も問題無い」
「相手は、飛び道具ですか」
「問題はあるかね?」
「いえ、大丈夫です」
プリムは、勝算があるのか平然とした顔をしていた。
「お、大した自身だ。 なら、俺様もホンキになっちゃうよ!」
ジョニーと呼ばれた男は、プリムから10m程離れた場所に立つと、身体を脱力させて右腕を少し浮かせる。
所謂、”早撃ち”の構えだ。
プリムも左腕を盾にする様に構える。
「制限時間は3分。 先に相手をダウンさせるか、ギブアップさせた方が勝ちだ」
「はい」
「レディー……」
試験官の腕が高々と上がる。
プリムと拳銃使いが互いに向き合いながら身構える。
「ゴー!!!」
開始の合図とほぼ同時に拳銃使いが動いた。
「もらった!!」
目にも止まらぬ速さで、拳銃を抜き放つ。
発砲音と共にプリムに向かってペイント弾が吐き出される。
「…見えた!」
プリムは、小さくつぶやくと左腕を顔の前に翳して走り出す。
ペイント弾は、プリムの左腕(正確には、左手に持ったトンファー)にあたって弾けて左手を紅く染める。 その数3発、すべてが左腕にあたった。
それでもプリムは、走る速度を緩めず一気に距離を詰める。
「チッ!」
拳銃使いは、舌打ちしながら引き金を引き絞る。
が、引き絞りきる前に拳銃使いの頭の横、数mmの所に風切音と共に黒いショートブーツが現れる。
「勝負あり…です」
プリムが繰り出したハイキックは、拳銃使いの頭の横で寸止めされていた。
「それまでだ」
「まさか、左腕一本盾にして最短の勝ち方をしてくるなんて…すごいお嬢さんだ。 あの蹴りを寸止めされてなかったら俺様のイカした顔が台無しになってた所だぜ…」
「それだけではないぞ?」
「は?」
試験官は、銃弾を受けたプリムの左腕を指さす。
「着弾は全て武器にしている」
「なッ!?」
「おお、すげぇな…プリム」
「な、何とかなって良かったです。 初撃で決められなかったら、もっと厳しい戦いになっていたでしょうから…」
「では、次はカイ君」
次は、俺の名が呼ばれる。
「ああ」
「クロウ、お前が相手を務めろ」
試験官の呼びかけに応じて、拳銃使いが入ってきた入口から、小柄な人影が部屋に入ってくる。
「うわ…アイツの相手ってクロウかよ!」
身長は、俺よりも低め…プリムと同じか少し高いぐらい。 体格も服の下から見た限り、細身に見える。
黒いフード付きのマントを羽織った少年だった。
ジャケットタイプの皮鎧を着こんで、腰にはやや短めの剣を身に着けている。
全身を黒で統一した軽装の剣士だった。
「クランツさん、俺の相手はこの人か?」
黒の剣士が声を発した。 想像してたよりも年若い少年の声だ。
「うむ、お前が試験の相手を務めろ」
「まあ、報酬分は働くよ」
黒の剣士は、マントを脱ぎ棄てて剣を抜くと無造作に構えた。
俺もそれに合わせて、両手剣を正眼に構える。
(こいつ……”クロウ”って言ったけか。 まだ十代半ばぐらいに見えるけど…)
”かなりの手練れ”だ。
「準備はいいな? レディ…」
試験官の腕が上がる。
それを合図に、場が緊張した空気で包まれる。
「ゴー!!!」
合図と同時に黒の剣士がまっすぐ俺の方に駆ける。
(ッ! 早い!!)
俺は、黒の剣士の進撃を阻むため、咄嗟に剣を横薙ぎに一閃する。
しかし、黒の剣士は、俺の動きを読んでいたのか難なくバックステップで回避する。
「へぇ…見かけだけかと思ったけど、いい太刀筋じゃないかアンタ」
「お前もな。 その年恰好で貫禄出し過ぎだぜ…」
「んじゃあ、ちょっと本気でいくかな」
黒の剣士は、再び俺の方に向かって駆けてくる。
今度は、上に振り上げて袈裟懸け気味に斜めに振り下ろす。
黒の剣士は、身体を回転させながら俺の両手剣をかわすと、その回転を利用して横薙ぎに俺を斬ってくる。
俺は、咄嗟に体を仰け反らせて何とかかわすと、崩れ掛けた体勢のまま力任せに剣を斬り上げる。
黒の剣士は、素早く後ろに飛んでかわすと、距離を空けて剣を構え直す。
(回避から攻撃に移るまでが速い! あんな攻防続けていたらジリ貧だぞ!!)
「それだけ大きい剣を振り回してて俺の速さについてくるとはな。 ちょっとなめていたぜ」
黒の剣士は、三度構える。
「んじゃあ、ここからは………”持久戦”で行かせてもらうぜ」
そこからは、俺が防戦一方になっていった。
黒の剣士が繰り出す攻撃を、完全には防ぎきれなかった。
それでも剣で受け止め、籠手や胸当てで逸らす事によって、何とか致命打だけは避け続けてはいるが、時間が経つにつれて被弾率も上がってきている。
(このままじゃ、何もせずに終わっちまう……何とか、何とかできないか……)
「へぇ、予想以上に粘るじゃないか。 でも、後1分程しかないぜ」
黒の剣士の言うとおり、今までの防戦で既に2分近く使っていた。
(このままやってても勝ち目は無いか……一か八か、やってみるか!?)
俺は、意を決すると黒の剣士が距離を開けた僅かな隙をついて部屋の壁に向かって駆けだした。
「そう来たか! 距離は開けさせないぜ!!」
駆け出す俺に黒の剣士が追い縋る。
俺は、壁に激突する寸前に両手剣を渾身の力で振り回しながら体の向きを変えた。 半ば壁に体当たりをする形になったが、壁を支えにして方向転換する。
黒の剣士は、両手剣の攻撃範囲に入る直前で軽く後ろへステップして難なくかわす。
「甘い! もらったぜ!!」
かわされた両手剣は、激しい音を立てながら壁に激突した。
俺の渾身の攻撃が外れた隙を狙って黒の剣士が一気に距離を詰めて来た。
誰もが黒の剣士のその一撃で終わったと思っていた。
だが……
ガキィィィィィィンッ!!!!!!!!
鉄と鉄が激しく打ち合う音が部屋中に響き渡る。
俺の両手剣の横薙ぎの一撃を黒の剣士が咄嗟に受け止めていた。
「……な、何が起こったんだ!?」
「なるほど、壁を使ったか…」
「壁に剣を打ち付けた反動を使って、剣を強引に切り返した……そんな感じでしょうか?」
「うむ、そうだな」
ギリギリと鉄と鉄が擦れる音がする。
「アンタ、凄いな。 普通は、あんな事考えないぜ」
「こ、こうでもしなきゃお前を捉えられないだろ!!」
得物の重量と体格に勝る俺が、ジリジリと押し始める。
「このまま、押し切ってやるぜ!!」
「それは……どうかな?」
「ッ!?」
俺の首に切っ先が突きつけられていた。
「な……ナイフ?」
黒の剣士の左手には、いつの間にか大振の戦闘用ナイフが握られていた。
「はぁ…結局、奥の手まで使わされちゃったよ。 勝負あり、だな」
「それまでだ。 今の時点で丁度3分たった、模擬戦終了だ」
試験官から終了の言葉が発せられる。
どうやら俺は、負けたらしい…
「”戦闘能力”試験は、これで終了だ。 次は”世界知識”の試験になるので次は、二階の第二会議室に向かってくれ」
「はい、分かりました」
次の試験を受けるために部屋を退出しようとした時、後ろから俺に声がかかる。
「なあ、アンタ」
「ん?」
「アンタ強かったぜ。 俺も久しぶりに本気になったよ」
賛辞の言葉だった。
「まぁ、師匠が化け物じみた達人だったんでな。 次は、俺が勝つぜ」
捻りの無い賛辞に気恥ずかしくなった俺は、少々皮肉って返事をした。