表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新世界の魁  作者: 黒狼
第一章 旅立ち編
7/74

第四話 鉄と蒸気の街スチームヒル

 様々な異文化が混ざり合った街、ニューデトロイトを出て南への街道を俺とプリムは進んでいた。

 目的地のスチームヒルまで街道を南へ、徒歩で約半日といった所だ。


 道の端を歩く俺達の横を古めかしいトラックがゆっくりめの速度で追い越していく。

 荷台には、10人ほどの人が乗っている所を見ると、乗り合いバスになっているらしい。

 荷台の上から乗客の子供が手を振ってくる。 それをプリムが笑顔で手を振って返す。


「のどかなものだな」

「はい。 何でも合衆国の首都近辺は、魔獣や蜘蛛モドキ(パウーク)もほとんど出ないそうです」


 街の周辺は、農耕地や牧草地が広がっていたが、一時間も進むとだだっ広い平原に街道が走るのみになってくる。


「そろそろお昼時ですね」


 真上に昇った太陽を見上げながらプリムが昼を告げる。


「んじゃ、休憩がてらに昼にするか?」

「はい。 お弁当にしましょう」


 街道脇の空き地に荷物を下ろして、背嚢(バックパック)の一番上に入れておいた包みを取り出す。

 アンナさんが出発前に持たせてくれた弁当だ。

 俺達は、弁当を取り出すとその場に座り込んだ。


「お、サンドイッチの具はスモークチキンか。 いいねいいね!」


 俺は、サンドイッチを一切れ掴むとそのまま大口を開けて頬張る。


「んむ、さすがアンナさんが作ったサンドイッチだ。 うめぇ」

「カイ、どうぞ?」


 いい香りがするカップが横から差し出される。


「冷たい…お茶か?」

「はい。 今朝の内に作って水筒に入れておいたんです」

「へぇ…」


 一口飲んでみる。 少々苦味が強い気がするが、何かを食べながら飲むのにはいい塩梅の苦味だった。


「ん、ちょっと苦いけど美味いな」

「はい、恐縮です」


 俺の言葉にプリムが嬉しそうにはにかむ。


(この子は…こういう所ばっかり無防備なんだよな…)

「? カイ、どうしました?」

「!? あー、なんでも無い。 ちょっとボーっとしてただけだから」

「そうですか?」


 プリムは、何事も無かったかの様にサンドイッチを食べ始める。

 とてもでは無いが、”笑顔に見とれていた”とは口が裂けても言えない。

 結局、俺は弁当を食べている間、プリムの顔を満足に見る事も出来なかった。



          ◆



 夕方と呼ぶには、少々早い時刻には目的地”スチームヒル”が見えてきた。

 鉄板とレンガで作られた街を覆う外壁。 外壁から突き出る様に伸びる何本もの煙突。 街のあちこちから、時々吹き出している白い蒸気。

 なだらかな丘の上にそびえ立つ蒸気の街。 正しく”スチームヒル”だった。


 俺達は、街の入り口に立つ”古めかしい警官”の様な恰好をした衛視に簡単に”何処から来て、何の目的でこの街に来た”かを簡単に詰問された後、街へと足を踏み入れた。


「わぁ…カイ、ここの”ジドウシャ”は後ろから蒸気を出して走っていますよ?」

「蒸気機関で走る自動車か。 そんなのもあるんだな」


 スチームヒルの街中は、石畳で舗装され、そこを蒸気機関の自動車と馬車が行きかっていた。

 街の住人もどこと無く古めかしい恰好をしている。


(前に歴史で習った、産業革命の頃のロンドンとか明治時代の東京みたいな感じだな。)


「それで、例の探偵事務所ってのは、どのあたりなんだ?」

「はい、ええっと…」


 プリムは、キアラから受け取ったメモ書きを取り出すとメモ書きの文字とにらめっこを始める。

 後ろから覗き込むと、アルファベットによく似た文字で書かれた文面が見えた。


「解るか?」

「ええ、文面自体はさっぱりなのですけど、何が書かれてるかは大体」

「しかし…言語は”世界自体が自動で翻訳”して、文字は”望めば意味は分かる”って、この世界を作った創造主(ジェネシス)って神様は、何を考えてこんなにしたんだろうな?」

「どうしてでしょうね?」

「まあ、俺らがここで考えてても仕方ないか。 で、住所は?」

「はい。 スチームヒル 東端通りイーストエッジ・ストリート…」

「まずは、その通りを目指すか」

「そうですね」


 東端通りイーストエッジ・ストリートは、その名の通り街の東端にあった。

 石造りの建物が多く並ぶ区画で、商店よりもアパートや住宅等が多く立ち並んでいた。


「で、ここのどの辺なんだ?」

「はい。 えーと……ロウ探偵事務所」

「…番地とかは?」

「書いてませんね…」


 キアラのメモ書きは大雑把すぎた。 肝心な番地が抜けていたのだ。


「ぐはぁ! マジか!?」

「これは…困りましたね」


 よく見れば、街に到着した時より日が傾いており、地平線が赤く染まっていた。

 東端通りイーストエッジ・ストリートにたどり着くまでにずいぶん時間を使っていたらしい。


「ん~、今から聞き込みしながら探してたら夜になるな。 まずは宿屋で部屋を取るか?」

「…そうですね」


 俺の提案に瞬間迷った様だが、プリムは提案を受け入れてくれた。


「それじゃ、まずは表通りまで戻って…」

「お二人さん、探し物?」

「え?」


 表通りまで戻ろうとした俺達の横にひょっこりと小さな人影が現れた。

 プリムのオーバースカートのすそを軽く摘まみながら、俺達を見上げてくる。

 歳の頃は十二、三歳ぐらいだろうか。 茶色の癖の強い髪をした青い瞳の少年だった。

 頭には、ぶかぶかの大きな帽子をかぶり、身の丈よりも少し大きめのジャケットを着ていた。


「二人して困った顔してたから、そうなんじゃないかな~って」

「えっと、地元の子か?」

「うん、そうだよ」

「地元の人間なら知ってるかもな。 聞いてみるか?」

「そうですね。 でも、その前に…」


 プリムは、コホンと咳払いをして軽く身なりを整える。


「私は、プリムラ。 皆さんは、プリムと呼んでくれます。 この人は、カイ。 私の事を手伝っていただいてます」


 手短に少年に自己紹介をする。


「ボクは、ヴィクター。 よろしくね、プリム、カイ!」

「はい、よろしくヴィクター」

「…呼び捨てかよ。 ま、いいけど」

「私達は、”ロウ探偵事務所”って場所を探しているんですけど、ヴィクターはご存じありませんか?」

「うん、知ってるよ。 人探しの依頼?」

「はい、そうです」

「んじゃ、ボクが案内してあげるよ」


 帽子の少年(ヴィクター)は、俺達に手招きをすると先を歩き始めた。


「ヴィクターだっけか、お前はその探偵の関係者か何かか?」

「うん。 所長のエドワード・ロウは、ボクのパパなんだ」

「ああ、お父様なんですね」

「んで、ボクはパパの所で見習いをやってるんだよ!」

「探偵の?」

「うん!」


 三人で話をしながら歩く事暫し、ヴィクターは、とある古めかしい三階建てのビルの前で足を止めた。


「到着! ここがロウ探偵事務所兼ロウ家の邸宅だよ!!」

「ん? 邸宅?」

「一階が倉庫、二階が事務所で、三階が自宅」

「なるほど」

「あ、看板も出てますね。 通りを歩いて来れば普通に見つかったんですね」

「それじゃお二人さん、どうぞ上がって」


 ヴィクターに促されて、俺達は階段を上がり事務所のある二階に向かう。


「ただいまー! イリスーお客さん連れて来たよー!!」

「ヴィクター!! こんな遅くまでどこに行ってたのですか!?」


 ただいまを言いながら事務所に入って来たヴィクターを一人の女性が待ち受けていた。

 栗色の髪を後ろで束ねた、碧色の瞳の女性だった。 年の頃は恐らく20代半ばぐらい。

 白いブラウスにタイトスカートという、どこぞの秘書かキャリアウーマンといった恰好だった。


「そ、そんなに遅くなって無いよ! それに遊んでいた訳じゃ無いし!!」

「お黙りなさい! あなたはいつもそうやって…」

「あー、あのー……」


 何やらこのままだと放置されそうな雰囲気だったので思い切って声をかけてみる。


「!! お、お客様がおられてましたのね…。 お見苦しい所をお見せいたしました…。 ヴィクター、何で先に言わないのですか!?」

「ボ、ボクは最初に言ったよ!?」

「コホン…初めまして、当事務所で助手をさせて貰っていますイリスと申します。 ご依頼ですか?」

「あ、取り繕った…」

「えっと…スタジョーネのキアラさんの名前で依頼がされていると思うんですけど?」

「スタジョーネのキアラ様ですね。 確認しますので少々お待ちください」


 イリスは、所長の机と思わしき立派な机の上の紙束を手に取りペラペラと捲る。


「はい、承っています。 貴女がプリムラ様でよろしいですか?」

「はい。 私がプリムラです」

「其方の男性の方は?」

「俺はカイ。 プリムの人探しを手伝ってる」

「とりあえず、中へどうぞ。 生憎と所長は留守にしておりますが、調査の途中経過は預かっておりますのでご報告いたしますね」

「お願いします」


 プリムとイリスは、応接用のソファーに対面で座る。 ヴィクターは、所長の椅子を持ってきて応接テーブルの横に陣取る。

 何と無く座る気になれなかった俺は、座ったプリムの後ろに立つ事にした。


「確認いたします。 お探しの方は、”ティリア・カルブンクルス”様でよろしいですね? お歳は13歳、女性。 出身世界はサンクトゥス、出身国はウェールズ帝国…間違いありませんか?」

「はい、間違いありません」

「合衆国内で”ティリア”という名のサンクトゥス出身の女性は計5名おりました。 ですが13歳前後の方は、一人もおりませんでした」

「それは…すでに報告を受けました」

「では、合衆国外の調査の途中経過をご報告いたします。 調査中の所長の報告によりますと、南のヴァンジェーロ教皇国に1名、西のモルゲンデンメルング武王国に1名、”ティリア”と言う名の女性を確認したとの事」

「南と西…ですか」

「生憎とお探しのご本人かの確認は取れておりませんが…申し訳ありません」

「そうですか…」


 肩を落とすプリムにイリスが申し訳無さそうに頭を下げる。


「質問いいか?」


 暗く落ち込んだ空気の中、俺は質問を投げかけた。


「何でしょう?」

「教皇国と武王国の”ティリア”って女性の所在って判明してるのか?」

「カイ?」

「詳しい住所までは…所在している街までは判明しています」

「なら簡単だ。 そこまで行って、直接確かめればいい。 だろ?」


 俺の言葉に、今まで暗く沈んでいたプリムの表情が明るくなっていく。

 俺には似合わないと知りつつもまたおせっかいをしてしまった…


(でも、まぁ…)

「そ、そうですよね…元々、その為に旅をしてるんですものね!」

(こんな笑顔されると、悪い気はしないわな…)


「ん~、今はちょっと辛いかも」


 今まで足をぶらつかせながら大人しく聞いていたヴィクターが口を挿む。


「辛いって?」

「西の武王国は、ともかくとして…南の教皇国は入国厳しいかも」

「どうしてだ? 確か、西も南も合衆国の友好国だったと思うんだが?」

「うん、南から来た商人の人から聞いた話なんだけどね…最近、教皇国の国境付近で小競り合いが頻発してるらしいんだ」

「小競り合い? 出発前にそんな話聞かなかったな」

「ここ最近になって頻発し始めたらしいからね。 大きな国に属して無い犯罪集団(コミュニティ)の仕業か、最近勢力を伸ばしてきている海賊同盟パイレーツアライアンスの仕業だってもっぱらの噂だけどね。 そのおかげで入国審査が厳しくなってるらしいんだよね」

「実を言いますと、その辺のゴタゴタせいで所長と連絡が取れなくなっている有様でして…」


 ヴィクターの言葉にイリスが補足する。


「どうにかならないもんかな?」

「そうですね…”冒険者”なら比較的入国は、容易かもしれません」


 ”冒険者”……

 キアラの話だと、この世界の秘密を探り元の世界への帰還方法を探すのが生業の連中だったはず…


「それはなんで?」

「”冒険者”は、”冒険者協会”が身元を証明してくれるからです。 それに”冒険者協会”は、現時点でこの世界唯一の複数の国に支部を置く中立組織だからです」

「昔は、元の世界に戻る方法を探すだけの組織だったんだけどね。 最近は、行商人の護衛とか魔物退治なんかを生業としている人も”冒険者”って呼ばれてるね。 要するに今は、大きな国に属していない”なんでも屋”の人の身分を保証してくれる組織だって事」

「もっとも…それなりの制約もありますけどね」

「でも、旅をするなら”冒険者証明証”は持っていて損は無いと思うよ」


 確かに…これから先、合衆国以外の国を旅するなら持っていた方が良さそうだ。

 でも、”証明証”発行に時間がかかる様なら他の方法も考えなければいけないだろう。


「冒険者ってのは、すぐになれるものなのか? これから先の事を考えるなら、なった方が良さそうだ」

「冒険者に登録すること自体は、一日もあれば…。 後は、登録料100ステラが必要になります」

「100ステラ…まぁ、何とか足りるかな?」

「その上で適性試験を受けねばなりません。 試験そのものは一日で終わります」

「冒険者協会の支部は、スチームヒルにもあるから明日の朝一で登録してくればいいんじゃないかな?」


 一日寄り道をする事になるが、それが一番の近道だと俺は思った。


「んじゃ、そうするかな」

「プリムはどうするの? カイの同行者扱いなら無理に二人とも取らなくてもいいと思うけど?」

「私も行きますよ。 元々、私のワガママで始めた旅ですから」

「じゃ、明日の朝ボクが案内するね」


 そんなこんなで明日の予定も話が纏まった。


 冒険者か……ゲームの中だけの用語だと思ってたんだが、まさか自分がなる事になろうとは。

 本当に人生ってわからんな。


「ねね、プリム達はもう宿取ってるの?」

「いえ、宿を取ろうかと話をしている所にヴィクターが話しかけてくれたので…」

「じゃあさ、折角だし家に泊まっていきなよ! ね、いいでしょイリス?」

「今から表通りに戻っていては日が暮れてしまいますね。 大したおもてなしもできませんが、それでよろしければ…」

「カイ、どうしましょう?」

「いいんじゃないか? 厚意に甘えてもさ」

「それじゃ、お世話になります」


 俺達は、厚意に甘えてロウ探偵事務所に泊めてもらう事になった。


「カイさんは、所長の寝室を使ってください」

「了解」

「プリムさんは…」

「プリムは、ボクのベッドで一緒でいいかな?」


 は? 何言ってるんだこのガキは…


「ヴィクター、あまりワガママ言うもんじゃありません」

「いえ、私は構いませんよ?」

「いや、構えよ!!」


 つい声を荒げてしまった。


「カイ?」

「コイツは…どんなエロガキだよ!?」

「………あー、カイさん」

「ん?」

「誤解をなさっていなさる様なのでご説明いたしますと……ヴィクターは、”女の子”ですよ?」


 ……………は?


「そーだよ」


 頭が半ばフリーズしている俺の目の前でヴィクターは、帽子を脱ぐ。

 帽子の中には、背中の中程まで届く長い髪が収まっていた。


「改めて自己紹介。 ボクは、ヴィクトリア・ロウ! ”愛称(ニックネーム)”は、ヴィクターだよ!」

「カイ……気が付いて無かったんですか?」

「な…なな……」



「な……なんだとぉぉぉーーーーーーーー!!!!!!!!!」



 俺の驚愕の声が、夕闇に沈むスチームヒルの下町に轟いた。

 背後事情で大変遅くなりました。 最新話投稿です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ