第一話 愛車
ヴィクターの親父さんをスチームヒルまで送り届けてから数日後、俺達はスチームヒルから乗り合いバスで二日ほど東にいった所にある村”ジャンクヴィレッジ”へと来ていた。
ジャンクヴィレッジとはその名の通り、あちこちにジャンクの山が乱立している村だ。
合衆国内の使えなくなった機械類は大半がここに運び込まれて解体され、使えるパーツをばらして売っている。
そのため、この村では住人の殆どがジャンク屋やジャンクをかき集めて新しい機械を作る技師だ。
この村に住むフリスの知り合いに預けてある”愛車”を受け取るために立ち寄ったのだ。
「おーい、ミハイル!」
一軒のジャンク屋の店先でフリスは声を張り上げてその名前を呼んだ。
「…………ん? あー、ごめんごめん、今行く」
その声に30秒ぐらい遅れて返事が返ってきた。
店の中から大あくびをしながら長身で痩せぎすの男がノロノロと現れた。
「よぉフリス、しばらくぶりだな」
「お前、また徹夜したのか?」
「んにゃ、ちょっとうとうとしてただけだな」
「うとうとって……仮にも客商売だろうに……」
「まあまあ、硬い事いいなさんなって。 ヴィクターちゃんと紅玉さんもしばらくぶりで」
ミハイルと呼ばれた男は、フリスの御小言をのらりくらりとかわしながら、後ろにいたヴィクターと姉さんに挨拶をしていた。
「ん、見慣れない新顔がいるけど、前に言ってた”件の二人”かい?」
「件のって……」
「”麗しの乙女”の命を救うため、自分の師匠と命を懸けた死闘を繰り広げた”色男”だろう?」
”麗しの乙女”に”色男”……コイツ等この人にどんな説明したんだッ!?
「……なんでそんな話になってるんだ? いくらなんでも盛り過ぎじゃないか!?」
「ん~? オレは聞いたままを言ってるんだがなぁ。 お嬢さん、オレは間違った事言ってるのかね?」
ミハイルは俺のツッコミを飄々と受け流しながら、今度はプリムに話を投げかけた。
「そこんところはどうなのかなぁ?」
「あ……ええっと……」
話を振られたプリムは、頬を染めて視線を逸らした。
「その……私は”麗しの乙女”などでは無いですけど……お話の大筋は、あってます……」
俺は失念していた。
プリムはこの手の話は”恥じらいながらも隠そうとはしない”ヤツだった事を。
もじもじと恥じらうプリムを尻目に、俺に”生暖かい視線”が集中する。
「な、なんだよ!? ニヤニヤしやがって!!」
「「「「べ~つに~」」」」
こ、コイツ等は……。
「まあ、カイをからかうのはこれぐらいにして……」
「おいッ!?」
「それより、スキターリェツのオーバーホールとチューンは終わってるか?」
一人ヒートアップしている俺を尻目に、フリスは本題を切り出した。
「ああ、時間はたっぷりあったんでな。 以前よりも”じゃじゃ馬”になってるから手荒に扱うなよ?」
「そりゃご機嫌を取っておかないとまずそうだな……」
「時間かかりそう?」
「できれば微調整して慣らしもしておきたいから、今日一日は時間が欲しいかな?」
「結構かかるね」
「まあ、急ぐ道程でも無い訳だし……今晩はここで宿を取るか?」
◆
スキターリェツの微調整と慣らし運転をする為に、俺達はジャンクヴィレッジで一晩の宿を取る事にした。
先に村の宿屋に部屋を確保した後、荷物を置いてからミハイルの店の裏でスキターリェツの慣らし運転を行っていた。
スキターリェツの整備用ハッチを開けてあれこれと話をしているフリスとミハイルを尻目に、俺達は”やる事が無くて暇していた”。
早々に酒を飲んで爆睡している姉さんの横で、俺とプリムはぼんやりと整備している光景を眺めていた。
因みにヴィクターは暇だからと散歩に出かけていて不在だった。
「なあ、プリム」
「なんですか?」
「思ったんだがな、俺達がここにいる必要ってあるかね?」
「何かお手伝いできればとは思ったんですけど、ここまで専門的な事ばかりだと何もできないですからね」
「かと言って、宿に戻っていちゃいちゃしてる訳にもいかないしなぁ……」
「い、いちゃいちゃ…………ま、まあ、そうですね!」
今、プリムの声がうわずった。
何をするか想像したなコイツ……。
「ん~……どうすっかなぁ?」
暇を持て余した俺は、何か興味を引くものが無いかあたりを見渡した。
至る所にあるジャンクの山と、それを回収、再生する為のジャンク屋の建物、この村にはそればかりだ。
「ん?」
そうやって見回している時、俺の目端に気になるものが見えた。
それは何処と無く”見覚えのある自動車”だった。
「……あれは」
「カイ?」
「ああ、ちょっと気になるものがな……」
近寄ってよく見てみると”見覚えのあるエンブレム”がその自動車にはついていた。
更に前方には、”日本のナンバープレート”までついていた。
「この世界に飛ばされて来た日本車だな。 しかもSUVか」
「エスユーブイ?」
「簡単に言えば”悪路でも走れる車”だな」
俺は興味をそそられて、その車をじっくり見る事にした。
型はそんなに古そうには見えないが、傷や汚れからそれなりに使い込まれている様だった。
タイヤもオフロードで使う様なタイヤを履いていた。
「お、それに目をつけたか」
その車をしげしげ見ている事に気が付いたミハイルが俺に話しかけてきた。
「ちょっと、見覚えがある車だったんでな」
「こいつはちょっとした出物でな、この近くのお偉方の邸に”運転手ごと落ちてきた”のをオレがその運転手から買い取ったんだ」
「こんなにいい状態のを良く手放したな……」
「いや、引き取った時はエンジンがいかれてたんだ。 で、それをオレが直したのが今のこいつだ」
「なるほど」
直したって事は、この車は動くのか。
「気になるなら、試しに試運転してみるか?」
「いいのか?」
「まあ、乗り逃げされたらフリスから差っ引いとくから遠慮しなくていいぞ」
「ひでぇな。 でも……そうだな、それなら試しに乗ってみるか」
◆
「ほれ、これソイツの鍵な」
ミハイルから車の鍵を受け取る。
「んじゃ、ちょっと借りるぜ」
ただボケっと待っているのもつまらないので、車の試運転がてらジャンクヴィレッジを一周してみる事にした。
俺は車に乗り込むと、早速エンジンをふかしてみた。
「おー、この感じ懐かしいな」
元いた世界では自分の車を持っていなかったので、運転するのも一年ぶりぐらいだ。
ウィンカーやワイパーなんかの細かい機器の動作を手慰みで動かしながら、昔運転した時の感覚を思い出していく。
「カイ、何か楽しそうですね」
「そうか?」
「ええ、新しいおもちゃに浮かれる子供の様に」
「まあ、ちょっとはウキウキしてるかもな」
さて、これからジャンクヴィレッジ一周に出発する訳だが、一人で行くのもなんだな。
”お互いを繋ぐ呪い”の件もあるし、このままではそんなに遠くへは行けないしな。
「プリムも一緒に行くか?」
「わ、私もですか?」
「ああ、時間もある事だし、そこら辺を走りに行こうぜ」
「そうですね……”ジドウシャ”には前々から興味がありましたし……」
プリムは俺とのドライブを控えめに了承してくれた。
プリムは、俺が乗り込んだ時の動作を真似て助手席の扉を恐る恐る開ける。
「鉄の扉なのにすごく軽いですね……」
「乗り込んだら椅子に座って扉を閉めろよ」
助手席に乗り込んで扉を閉めると、プリムは緊張した面持ちで姿勢を正した。
「はは、緊張しすぎだって。 後は一応このシートベルトをしろよ」
「し、シートベルト?」
「俺が今つけてるこれだよ」
おたおたしているプリムに俺は苦笑いしながらシートベルトのつけかたを懇切丁寧に説明した。
四苦八苦しながらも何とかシートベルトを装着して、プリムはほっと溜息を吐く。
「前に乗った乗り合いバスとは全然違いますね」
「まあ、アレはバスとは名ばかりのトラックの荷台だからな」
「えっと……どう違うんですか?」
「ん~、そうだな……。 あの時俺達が乗ってたのは”荷馬車の荷物を積む場所”って言えばわかるか?」
「なるほど、つまり私が今座っているのは”人が座る専用の座席”なんですね?」
「まあ、そういう事だな。 それじゃそろそろ出発するぞ」
俺の出発の言葉にプリムがぎゅっと身を固くする。
その仕草をほほえましく思いながら俺はアクセルをゆっくりと踏み込んだ。
◆
硬く固められた地面と、所々に張られた鉄板の道の上を時速30km程のスピードで走って行く。
道は結構ガタガタのはずなのだが、サスペンションがいいの車体の揺れは思ったほどでは無い。
助手席に座るプリムは、流れていくジャンクヴィレッジの街並みを眺めながら目をキラキラさせていた。
「すごいですね! 早いし、乗り心地もすごくいいです!!」
「そうだな、”乗り合いバス”とかスキターリェツの引っ張る”荷台の上”とかだと、降りた時に尻が痛くなるもんなぁ」
「歩いて行くよりは随分マシなのですけど、確かにちょっと痛いですよね」
「それにスキターリェツは”荷台を引いてる状態だとスピードを出せないって言ってたしな」
一年のブランクがあったが、俺が思ってた以上に身体は運転の仕方を覚えていた様だ。
コイツで荒野を思いっきりかっ飛ばしたら気持ちいいだろうなぁ。
「思い切って買っちまうか?」
「え? 買うって……この”ジドウシャ”をですか!?」
「長期の依頼になりそうだからな。 荷物とかも多そうだし、いつまでもフリスに頼りっきりってのもな」
「でも”ジドウシャ”ってお値段も張るんでしょう?」
「まあ……この前”海賊同盟”から貰った”お礼金”をつぎ込んで何とか買えるかもってところだが……まあ、何とかなるだろう」
コイツを買ったら俺のサイフはほぼ素寒貧になるが、コイツの足と輸送力とフリスの負担軽減を考えれば高くない買い物だ。
何より、俺は”コイツ”が気に入った!!
「フフフ……」
「ん?」
「なんかうれしそうですね。 まるで子供みたい」
「子供ってな……」
そんなに俺は子供っぽかったんだろうか?
俺を見ながらプリムがクスクス笑った。
 




