第二十九話 新しい旅立ち
「それじゃ……本人は不在だが、ヴィクターの親父さんを無事に連れ帰れたのを祝して……」
「「「かんぱーいッ!!」」」
俺達は宿屋で部屋を取った後、一階の酒場で祝杯を挙げていた。
当の本人がいないのは何だが、向こうは向こうで”家族水入らず”だろうからこっちはこっちで楽しもうと言う事になったのだ。
「いやぁ~、一仕事終えた後の酒は格別じゃのぉッ!!!」
「いや、姉さんはいっつも散々飲んでるだろう……」
「ははは、今日ぐらいは大目に見てあげなよ。 今回は、紅玉さんも随分頑張っていたしね」
まあ、俺の腹の傷を塞いでもらった事には感謝しないととは思うが……。
「私達、当面のやる事は終わっちゃいましたね」
「そう言えば、そうだな……」
元々、このパーティー『Wild Flower』は、”プリムのお嬢様”と”ヴィクターの親父さん”を探すために結成されたパーティーだ。
だが、ヴィクターの親父さんを無事送り届けた事により、その役目は終わった事になる。
そうか、その後の事を考えないとな……。
「まあ、仮に旅を続けるとして、先ずは”ヴィクターはどうするか”を聞いておいた方がいいと思う」
「ああ、そうですね。 折角、お父様が戻って来た訳ですしね」
正直な所、俺はヴィクターはこのままパーティーを離れた方がいいと思っていた。
しっかりしているとはいえ、ヴィクターはまだ14歳の女の子だ。
出来るなら親元に置いておく方がいいと思う。
「そうなると、寂しくなっちゃいますね……」
「まあなぁ……でも、そこら辺は俺達が強要できる事でもないしな」
それにイリスさんの過保護っぷりから考えたら、明確な理由も無しに旅に出して貰えるとも考えづらい。
「まあ、良いのではないかのぉ? ヴィクターぐらいの年の娘なら、まだ甘えたい盛だろうにのぉ」
「そうだな……」
「まぁまぁ、皆落ち着いて」
話していく内に、段々と口調が暗くなっていく俺達に突然、フリスが口を挟んできた。
「そう言うのは、”本人に”聞いてみた方がいいよ。 ね、”ヴィクター”?」
「え?」
俺達は一斉にフリスの方に視線を向けた。
そのすぐ背後には、”フリスの背中に隠れる様にして立っている”小さな人影が見えた。
「ヴィクター!?」
「お、お前、何時からそこにいた!?」
「はは……えっと、”乾杯のすぐ後”ぐらい?」
って、粗方聞いていたのかッ!?
「お前、親父さんやイリスさんを放ってなんでこんな所に!?」
「え~、色々と説明すると長くなるんだけど……強いて言うなら……」
「強いて言うなら?」
「”人目も憚らずイチャイチャしている”中にいるのがしんどくて逃げて来たッ!!」
その言葉に皆、呆れ顔で呆けていた。
「い、いや……だからって」
「んでね、その空気に耐えきれなくなって”捨て台詞”吐いて出て来たッ!!!」
ヴィクターがドヤ顔で親指を立てる。
「捨て台詞ってな……」
「んで、なんと吐いてきおった?」
「えっとね、『ボクはお邪魔な様なんで旅に出るね。 ”弟か妹が生まれる前”には帰るから!!』って」
満面の笑みを浮かべるヴィクターを前に、俺達は一斉に溜息を吐いた。
「ヴィクター……」
「これは、何ともはや……」
「くっくっくっ……いや、ヴィクターらしいのぉ!!」
プリムとフリスは何とも言えない苦笑いを浮かべ、姉さんは腹を抱えて笑っていた。
「お前、そんな事やって大丈夫なのかよ!?」
「ちょっとママは心配顔だったけど、パパからはOK貰って来たから大丈夫!!」
親父さんOK出したのか……まあ、あの人なら出すかもなぁ……。
「それに、ボクがいないとこのパーティーってフリスに負担が大きすぎるしね?」
「ああ……それは確かに……」
「それは、どういう意味だ……?」
「情報収集と交渉、それにお財布の管理とか。 特にお財布に関しては、ボクが管理しないとすぐ無くなっちゃうよ?」
”ボクが管理しないとすぐ無くなっちゃう”
俺は、その言葉ですぐに合点がいってしまった。
「それは、確かに大事だな……」
「大事ですね……」
「ヴィクターは、そういう所はしっかりしてるからね……」
そうして話している俺達の視線は一点に向けられていた。
「酒のおかわりじゃ、”樽”で!!」
そんな俺達の視線を向けられながら、姉さんは尚も”いつも通り”だった。
「まあ、そのなんだ……これからもよろしくな、ヴィクター」
◆
その後、俺達は改めて乾杯をして宴会モードに突入した。
まあ、”一人だけぶっちぎって”周辺の野郎共を巻き込んで大宴会を始めている人は、放って置くとして……
俺達は、これからどうするかを話し合う事にした。
「いやぁ、紅玉さんすっかり出来上がっちゃってるねぇ」
「しょうがねぇ、俺達だけで話をしておこうぜ」
「えっと、その前にいいかな?」
そう言うとヴィクターは、一通の封筒をプリムに差し出した。
「え、私にですか?」
「うん、冒険者協会の方からママが預かってたんだって。 ”プリムのお姉さんから”だよ」
「お姉様からですか、何でしょうね?」
プリムは封筒の中の手紙を取り出して一読する。
「これは……」
「ん、なんて書いてあったの?」
「お姉様からのお仕事の誘いですね。 今、請け負っているお仕事で人手が欲しいそうです」
「仕事って、どんな?」
「えっと……これですね」
プリムは手紙の中から一枚の紙を抜き取ると、それをテーブルの上に広げた。
「”開拓地の警備と護衛”、それに”周辺の魔物討伐”ねぇ……」
それは教皇国北東部に広がる森林地帯に作られている開拓村と街道の警備と護衛の依頼だった。
かなり大規模な計画の様で、冒険者協会も全面的にバックアップしているらしい。
この開拓計画のメインスポンサーは、”創造主教団”と”通商連合の朱雀”と渾名される夏家となっている。
「所謂、国家事業というヤツだね。 かなり大規模な事業だ」
「本来であれば、”ある程度実績のあるパーティー”にしかこの話は行かないらしいんですけど、”この仕事に参加しているパーティー”の紹介があれば仕事が受けられるらしいですね」
「それでも一定以上の実力は必要なんだろう? 俺等で大丈夫なのか?」
「そうだね、戦闘力だけだと難しいかもしれないね。 でも、僕等の場合はそれ以外があるから大丈夫だと思うよ?」
「それ以外?」
「うん、紅玉さんの”回復魔法”に僕の”輸送力と労働力”は戦闘力を抜きにしてもそういう開拓事業には欲しいと思うしね」
「なるほど、そう言うのも込でって事か」
俺等の場合、冒険者証明証での戦闘能力はそこまで強い訳じゃ無いからな。
「プリムはやっぱり手伝いに行きたいのか?」
「はい、私個人としては行きたいです。 でも、あんまり私の我儘で振り回しちゃうの訳にもいかないと思いますので……」
「ヴィクターとフリスは?」
「ボクは、手伝う方に賛成かな。 他にこれと言って目的がある訳でも無いし」
「僕としては、運び屋としてのコネを増やす意味でもやりたいかな? 通商連合の方のコネがまだまだ少ないからね」
ヴィクターとフリスもこの依頼には賛成の様だ。
「姉さんは……」
姉さんは毎度の如く、幾つもの樽を空にしていた。
そしてその周囲には、姉さんに挑んで潰れて行った呑兵衛たちが折り重なっていたのだ。
「まあ、いいか」
何時もの事なので俺は見ない事にした。
「それで、カイの意見は?」
「まあ、いいんじゃないか? プリムも久しぶりにティリアさんに会いたいだろうしな」
「それじゃあ、決定だね!」
ヴィクターが嬉しそうに声を上げる。
それを見てプリムが楽しそうに微笑む。
「どうしたんだい、カイ?」
「ん?」
「いや、君が楽しそうに笑っていたのでね」
「なんて言うかさ、こういうのっていいなってな……」
「フフ……そうだね。 何か”家族”みたいだね」
「”家族”か……」
家族にいい思い出が無い俺には、その”家族”って言葉は少々こそばゆかった。
でも、悪い気がしないな……。
そんな光景を見てて思わず笑みがこぼれていた。
普通に生きていれば恐らく、接点すら持てなかった様な”異世界出身”の仲間達。
今はこうやって笑いあって一緒にいる。
「自分の手を汚してでも、護りたいものってものはあるもんなんだな……」
「カイ?」
「いいや、何でも無い!」
今は、この仲間達と一緒に歩んで行こう。
この俺の、大切な仲間達と……。
これにて第二章終了です。
一話幕間を挟んでから、第三章を始めます。




